LINEAR PORTAMENTO

analog synthのportamentoには到達時間固定(一定)と速度固定(一定)の2タイプががあり、variable, fixed portamentoなどと言われていますが、これは到達時間から、

Variable : 変化率(スピード)一定 、到達時間に差が生じるタイプ
Fixed :  変化率可変で到達時間一定

と言われるようです。

通常analog synthの portamento回路は CRの充放電回路を利用するのでKeyのインターバルに関わらず到達時間一定となります。 以下に回路図を示します。

これは多くのanalog synthesizerに使われています。 2点間の音程(電圧)が異なっても到達する時間は CRの時定数に依存します。 これはCを充放電する電流が印加電圧が大きければ大きくなることからきている反応です。 Rによる電流制限後の値も印加電圧に比例しているからです。

一方、Cに充放電する電流値が印加電圧に関係なく一定であれば音程差が大きいほど到達時間は長くなります。 これを実現するのはどうしたらよいのでしょう。 考えられるのは積分器に一定電圧(*)を与えることです。 以下に回路図を示します。

こうすることにより一定速度でCの電圧が上昇しますが、このままでは印加電圧一定なのでそれを定電流化した充電電流値も一定を保持し出力電圧が止まることができませんので実際には以下のようにします。

*: 一定電圧(電流)というのがポイントで印加電圧(Key CV)をそのまま与えたのでは単にカーブがリニアになるだけで到達時間は同じになってしまいます。


(-)端子入力に Key CVを加え、積分器の出力を(+)端子に戻します。  一見負帰還回路のようにも思えますが初段のOP AMPはコンパレータとしての機能です。 すなわち初段の OP AMP出力は(+)(-)端子が同電圧に達するまでは +Vccか-Veeのどちらかの電圧に固定されており(+)(-)端子電圧が同電圧になることによって 初段 OP AMP出力が0となり積分動作が終了となり、(+) (-)端子とも同電圧を保ちます。


上記の2方法は到達のしかたであって、portamentoカーブが LOG(EXP)かLINEARになるのはたまたま回路形式の問題ですので本来はカーブの要素は別でして、

到達方法
 variable :
 fixed :

カーブ
 LINEAR:
 LOG(EXPO)
 他:

となり digital synthにおいては到達方法、カーブを自由に選べる物もありますが、analogの場合は回路方式による制約により実質LOG(EXP)カーブの到達時間一定タイプもしくはLINEARカーブの変化率一定タイプの2種類となり前者をLOG(EXPO) portamento、後者を Linear Portamentoと呼んでいるようです。


初めてLinear Portamento回路を使用したのがMINI MOOGだと思われます。 以降 MOOG社のsynthは Linear Portamentoが使われている機種、そうでない機種が混在しています。 他の海外synthにおいても MINI MOOG リスペクトの SCI prophet5等のSCI製品以外では使われている例は少ないようです。 一方国内においては1977年発売の TEISCO 100Fが国内初のLinear Portamento搭載synthでその後のTEISCO MONO synthも LINEARで、さらに1978年発売のPAX SIGNUSは LIN/EXPO切り替えができる portamento搭載でした。

1: MINI MOOGの portamento回路

まずはLINEARの代表格のMINI MOOGについて。

Q103のベースにKey CVが印加されます。 初段の差動回路の後にCR充放電回路が入りその出力がfeed backされる形になっています。 上記の説明ではLinear Portamentoは積分器を使うと言いましたがMINIのこの回路では一見Fixed portamentoになってしまいそうです。 負帰還がかかっているのでCR充電カーブが矯正されてリニアになるようにも一瞬思いますが、両端子の入力電圧が同じになるまでの両端子間電圧は高いのでこれは負帰還ではなくコンパレータ動作です。

3Tr.で構成されるこのコンパレータの出力範囲はこの出力回路が対称回路ではなくかつ出力を図のように抵抗で吊っているのでプラス側は +Vcc=10Vになります(*)がマイナス側は-4.5Vになっています。 よって両端子間が同じ電圧になった時OP AMPであれば原理的には0Vですがこの回路は -4.4Vくらいとアンバランスになっています。

*: 抵抗R117でつっていなければ -10Vです。

Key CVが上昇する場合、両端子が同じ電圧になるまではPNP Tr.出力は +10Vになっています。 すなわちKey CVの差にかかわらず印加される電圧は+10Vであるので充電カーブは同じになってしまいますが、Q105、Q104のベース電圧差すなわちKey CVの差が小さい時の方が一致するのが早いので結果的には到達時間がKey CV差によって変化する 変化率(スピード)一定 の variable portamentoとなります。

両入力端子電圧が(ほぼ)同じになればCR充放電回路に入力も同じ電圧になって系は平衡します。 単純に考えれば上記の積分器の回路のようにコンパレータ出力は0、この回路では-4.4Vになりそうですがこの回路の場合は間に積分器が入っている場合とは違うのでそうはなりません。 すなわち両端子間電圧は全く同じではなくその差と初段のコンパレータのゲインによってコンパレータ電圧が発生してそれが FET buffer 出力と吊り合っていることになります。

さらにCR充電カーブは結果的にLOGカーブの直線性のよい部分(*)が使われるようになるのでリニアカーブに近くなります。 これは負帰還によるカーブの去勢(リニア化)ではありません。

*:コンパレータの比較電圧差と、CR充電回路に印加される電圧は後者の方がはるかに大きいので。

上図はCR回路の充電カーブでLOGカーブになります。 ここでCR回路単体での平衡値は10Vになるので立ち上がり以降はCR曲線が顕著に出てしまいますが実際の Key CVの差はそれより小さく、最大でも3.5V程度ですのでCR充電回路が10Vにいくことはないが、カーブは10Vをめざしているわけなので図からも実際は直線性が確保されるということです。

また上図からKey CVの差によって到達時間が長くなるのもわかります。

CVが下降する場合はコンパレータ出力は -4.5Vになります。 ここでこの初段が普通の OP AMPであれば -10VになるわけでもしこうであればKey CVの範囲が 0から3.6V程度ですからCR放電回路に印加される電圧幅は最大 3.6V - (-10V)=-13.6Vとなり、Key CV上昇時よりかなり大きくなり結果としてこの部分の反応は CR充放電回路の特性ですからportamento Speedがかなり早くなってしまいKeyの上昇、下降でspeedが異なってしまいます。 それをさけるため上記にようにR117によって マイナス側は-4.5Vにしかならないようにしています。 これにより最大差は -8V程度になっています。

上記の説明でわかるようにKey 上昇時 CR充電回路に印加される電圧は10V固定ですが変化幅は10Vと直前のKey CV電圧との差になるため最大10V、最小 6.4V程度になるので積分器を使ったような完全なLinear portamentoとは異なりますが大枠OKと言うことです。 同様に下降時 CR放電回路に印加される電圧は最小-4.5V、最大 -8V程度となります。

上記の portamento回路は Key CVの S/H回路も含んでいるので KEY OFF時 FET SWがOFFとなり、 コンパレータ、 CR充放電回路のループは切断されます。 この際コンパレータ部分はコンパレータ単体時の動作特性に戻るわけで(+)と(-)端子の差によってコンパレータ出力は変化しますがR117が無いと場合によっては出力が -Vee=-10V近くになってしまいFET SWが誤動作する場合があるようでそれをさける為にもコンパレータ出力はMAX -4.5Vになるようにしているようです。

またこの回路の特徴的なことは Q103のベースに印加される KEY CV回路(抵抗分圧とKey SWの回路)のoutが Key OFF時 オープンになるのですがオープンになってもベース端子は直前の値をほぼ保持するという回路上のしかけが施されていたりとかユニークな回路です。 (電圧を保持しているのはC104ではありません) MINI MOOGは初期のシンセと言うこともあってディスクリート回路ならではのトリッキーな回路が興味深いです。

以下に MINI MOOG のportamento回路の各電圧変化の例を示します。

白: Key CV
赤: portamento out
緑: PNP out
水: Gate ON/OFF Timing



2: MOOG source の portamento回路

MINI MOOGと異なりコンパレータは OP AMP、積分器は OTAとCapacitorにより構成されており、初めに示した積分器 + コンパレータの構成と同じになっているので完全なLINEAR portamento 回路です。 この回路の場合コンパレータは OP AMPなのでFeedback Loop内で確実に発振(振動)するのでそれを押さえるためのシュミット回路とCが入っています。


3: SCI Pro1 の portamento回路

上記 sourceと同様 OTAとcapacitorで積分器を構成していますがOTAがコンパレータをもかねています。 OTAの入力にdiodeによるlimterが入っており両端子間の電圧差が+\-0.6V以上にはならないようになっています。 このdiode回路、上記のsourceのように発振対策かと一瞬思いましたがそうではないようです。 OTAはOP AMPのように本来、帰還をかけて使用するわけではないのでこのコンパレータ的使用では発振対策は不要なのでしょう。

OTAの入力には電圧を分圧せずダイレクトに入れているわけなので、入力電圧が0.2V程度もあれば出力電流は完全にクリップするのでKey CVの半音分の最小電圧83mV*2以上であればどのKey CV電圧をかけても出力のクリップ結果は同じです。

上記の端子間電圧差+/- 0.6Vに押さえる意味はなんなのか。 調べて見るとどうやら入力端子の保護のようです。 低速OP AMPにステップ電圧を与えた時の入力差動電圧の最大値を超えないようにするためのテクニックのようです。 portamento回路がFB loop内にあるので確かにバーチャルショートが完了するまで低速ではあります。


4: TEISCO 100Fの portamento回路

ぱっと見複雑ですが FET SWをはずせば、 MINI MOOGの portament回路にそっくりな構成の回路であることがわかります。 すなわち feedback loop内に入っているのは単に CR充放電回路で初段は OP AMPによるコンパレータです。 MINI MOOGと同様 Key CVの下降時 portamento timeが短くなってしまうのの対策として OP AMP出力の後にツェナーダイオードとダイオードによる マイナス出力振幅を小さくする回路が入っています。  また Feed back loopでの振動(発振)を押さえるために上記 souceと同様に対策を施しています。 また図では充電用のcapacitorにも技が使われてるなど興味深い回路になっています。


5: MOOG Prodigyの portamento回路

MINI MOOG、100Fと同じFB loop内に CR充放電回路を置いたもの。 コンパレータの後にDiodeがあって+ 出力と - 出力で出力電圧振幅が違うように設定されています。 上記100Fよりシンプルでよいのではないかと思われます。


6: TEISCO 110F の portamento回路

最後に上記の例とは異なる方法でリニアポルタメントを実現したTEISCO 110Fの portamento回路を示します。 上記のMOOGなどの回路が頭にあるとちょっ見では何をしているのか動作が理解できない回路です。

OP AMPの(-)端子と出力が diodeでつながっています。 このためたとえば上昇Key変化に際してコンパレータ出力は +Vccに向かって上昇しようとしますが出力はdiodeを介して(-)端子につながっているので一瞬にして(-)端子はKey CV入力側の(+)端子と同電圧になりその時OP AMP出力はDiode分0.6V高くなります。 すなわちこれはコンパレータではなくボルテージフォロワのループ内に diodeが挿入されている形になります。

CR充電回路はこの値(Key CVに0.6V上乗せされた)を目標に上昇します。 CRのbuffer用のOP AMP出力は10Kを介して初段の OP AMPの(-)端子につながっています。 この為、 (-)端子 > buffer outである間は初段の OP AMP out --> Diode --> 10Kと言う流れで電流が流れています。 OP AMPの(-)端子に流れる電流は微少ですのでdiodeに流れる電流は負荷に対する電流となります。 buffer out電圧が上昇するにつれてこの10Kを流れる電流は減っていきます。 電流が減ることによりdiodeの両端子間電圧が小さくなるので初段の OP AMP出力は序所に低下、両者の電圧が同じになれば電流0となるのでdiodeの両端子間電圧=0となり、初段の OP AMP out = Buffer out =(+), (-)端子電圧となり平衡します。

すなわちこの平衡過程は上記の他の回路の平衡と異なり初段の OP AMPはボルテージフォロワとして動いています。  またKey ON時の初段の OP AMP出力は上記のように基本ボルテージフォロワ動作ですので上昇時 Key CV +0.6V、下降時 Key CV -0.6Vとdiode電圧分が増加され CR充放電回路に印加されます。

このためインターバルが小さい場合はKey CVに対してより大きい印加電圧が目標値となるのでportamento speedは早く、インターバルが大きい場合は本来のインターバル差とあまりかわらない印加電圧がCR充放電の目標値となります。 よって同じ0.6Vの上乗せであってもインターバルが大きい場合は到達時間が長くなることになります。

MINI MOOGなどのCR充放電回路に比べて目標値と実際のKey CV差との差が大きくないのでKey CVのでインターバルが大きいほどカーブはCR充放電カーブにより近くはなりますが一応、Keyインターバルに応じて到達時間は変化するわけです。 この回路の特徴として上昇下降ともKey CVに対して0.6Vが付加されるため上昇、下降でのポルタメントの長さが異なることがありません。 おそらくはこの部分を重要視した回路なのでしょう。

以下に 110F のportamento回路の各電圧変化の例を示します。

白: Key CV
赤: portamento out
緑: 初段 OP AMP out
水: Gate ON/OFF Timing


Key CV 上昇時の Key CVと portamento 出力が同じになるまでの各電圧変化

白: Key CV
赤: portamento out
緑: 初段 OP AMP out
水: 下の diodeの両端子間電圧
*: 初段の OP AMPの (+)(-)端子間電圧差=0

なおportamento outから100Kを介して、前段のOP AMPの(+)端子の100Kに戻している回路ですがこれがないとKey OFF時初段の OP AMP 出力が大きくなるのをさける為のようです。  これがあることによってKey OFF時 OPAMP 出力は Key CV + 0.6Vにおさまります。

この回路の特殊性というのは両OP AMPの出力が抵抗を介してつながっているという事実。 また初段の OP AMPは出力は2っ出口があり、両OP AMPの出力電圧が同じになると2っの出力が1っになってしまうこと。

上記のMOOG等のコンパレータに相等するのがOP AMPのFBループ内に置かれたdiodeと外部負荷としての10Kの抵抗です。 初段のbufferはCR充放電回路とこの10Kに対して別々の出力を持つわけです。 OP AMP直の出力とportamento buffer出力の間に電圧差があるのでdiodeには電流が流れdiodeに電圧が発生しています。 両者の電圧差、すなわちコンパレータ入力電圧の差がなくなればdiodeの電圧もなくなり初段のOP AMP直の出力も入力電圧と同じになりCR充放電回路を駆動する。 MOOG等のコンパレータ動作と比べて静かなイメージ。 diodeが電流SW?として機能しているということか。 

diodeと並列についている100Kの抵抗はMOOG source等のシュミット回路と同様、コンパレータ電圧の一致付近でのクリティカルな動作による振動防止として必要なようです。


<2017/02/22 rev1>