| 荒田八幡の祭神は正位が応神天皇、左位が玉依姫尊(たまよりひめのみこと)、 |
| 右位が神宮皇后となっている。産土神(うぶすながみ)とは自分の出生地を守る神の |
| ことで、鎮守(ちんじゅ)の神さま、氏神(うじがみ)さまともいわれる。 |
| ホゼというのは古くから神社の秋祭りのことである。ホゼは豊年祭りの要素が |
| 強く、 昔氏子の家々では親類縁者を招いてご馳走をした。ホゼの料理に欠か |
| せないものは、甘酒・コンニャク・ソバなどで、コンニャクは、庭隅に生えたコン |
| ニャク芋を掘って 木灰で自家製法で作ったそうである。 |
| 元亀2年(1571)大隈の肝属郡より賊徒が襲い来たり、八幡宮の神宝を奪い、 |
| 八幡浜から船に乗って帰る途中、俄かに暴風がおこって船、神宝もろとも海に |
| 沈んでしまったと云う。毎年正祭(10月の秋祭)には荒田浜に行宮を設け、御輿 |
| を護って下ったと云う。これを八幡浜殿下り(はちまんはまどのくだり)と云う。 |
| 荒田八幡宮の御領である当時の荒田村領地の四方にあり、2年に一回、春 |
| の彼岸に神輿を担いで四隋神祠を回っていた。八幡堺周りといわれるが、方 |
| 言では「オサケメグイ」といった。東西南北の四地点を結ぶと、荒田八幡宮を |
| 囲むように見事な平行四辺形になるが、その創建は不詳である。 |
| 東隋神 | 現在地 | 天保山中学校の裏南東角国道225線沿い |
| 加茂大神宮 | 「別雷命(わけいかざるのみこと)」 | |
| 春日大明神 | 「天児屋根命(あめのこやねのみこと)」 | |
| 「経津主命(ふつぬしのみこと)」 | ||
| 日吉社 | 「大山祇命(おおやまずみのみこと)」 | |
| 西隋神 | 現在地 | 田上2丁目城ケ平橋南東 新川沿い |
| 稲荷大明神 | 「倉稲魂命(くらいなたまのみこと)」 | |
| 水神 | 「水波能売大神(みずはのめのおおかみ)」 | |
| 南隋神 | 現在地 | 荒田2丁目知事官舎裏南東角 |
| 天照大神宮 | 「天照皇大神(あまてらすすめおおかみ)」 | |
| 諏訪大明神 | 「建御名方命(たけみなかたのみこと)」 | |
| 「事代主命(ことしろぬしのみこと)」 | ||
| 北隋神 | 現在地 | 甲南高校南東角 中洲大通沿い |
| 祇園社 | 「素戔鳴命(すさのうのみこと)」 | |
| 「稲田姫命(いなだひめのみこと)」 | ||
| 天神 | 「菅原道真(すがはらみちざね)」 |
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| 隋神祠(東) | 隋神祠(西) |
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| 隋神祠(南) | 隋神祠(北) |
| 霧島市隼人町に鎮座。天津日高彦穂々出見尊と豊五比売命が中心で、 |
| 仲哀天皇、神宮皇后、応神天皇、応神皇后も祀られている。現社殿は宝暦 |
| 6年の建造といわれ、本殿62坪・拝殿25坪・長廟20坪・勅使殿12坪・社務 |
| 所62坪などとなっている。JR隼人駅から北へ1kmに大鳥居が立っている。 |
| 旧暦正月18日(次の日曜日)の初午祭、5月5日のお田植祭りが有名である。 |