(1)   地名由来   

      ○荒田(あらた)

荒田は市内を流れる甲突川の右岸に位置 し、古くは鎌倉時代から戦国 時代の
荘園名で、 荒田村 は江戸期から明治 22年までの村名だったが、 明治12年に
一部が下荒田町となっている。 もともと 地名が 示すとおり 付近 一帯は田上川
から 流れ出た 土砂によって 作られた田んぼだった。 当時 「県地誌」によれば
戸数334・人口1,459人(うち士族725人 ・平民 734人)人力車13とある。
一方武家屋敷が新屋敷から武之橋を越えて旧谷山街道に沿って広がっていき
人家も増えていった。
■田上川は後に新川につけかえられて 郡元(こおりもと)付近を通って海に流れ
ている。
■旧谷山街道は平之町から三官橋通りを経て市電高見馬場電停 ・ 市立病院
前を通り、武の橋を渡り、荒田八幡 ・騎射場・郡元・宇宿から谷山にいたる道路
で、街道の面影を残しているのは、武之橋から八幡小学校正門付近までで、そ
の先は区画整理で寸断されている。

旧谷山街道の下荒田入口
右側に電車通りがある。