血圧のこと

 私が医者になったころは、脳卒中といえば梗塞(血管が詰まる)より脳出血(血管が破れる)のほうがめだっていました。高血圧症に対する知識が広まっておらず、生活習慣にもほとんど気をつけられていなかったので、いわゆる『高血圧性脳出血』といわれるものが多かったのです。

 その後、塩分の摂取量などの関心が高まり、副作用の少ない降圧剤がつぎつぎに開発されるようになって、高血圧症の治療はそれほどたいへんなものではなくなるとともに、脳出血は減り脳梗塞が多くなってきたわけです。

 そのうえ、最近は家庭用の血圧計のいいものが安く手に入るようになってきましたから、医療機関などで血圧測定するだけではなく、家庭でチェックすることも簡単にできるようになってきました。

 『白衣高血圧症』というのがあります。医師や看護師の白衣の前では、いつもより血圧が高くなってしまう状態をいいます。そもそも血圧はつねに変動しており、脈を打つごとに少しづつ違っているのがふつうです。大きな変化としては、たとえばいまごろの季節ですと暖房の効いた部屋から寒いトイレに行ったときには急に高くなったりします。昔のように厠(かわや)が家の外ということは少なくなったでしょうが、やはり温度変化は血圧の変動の要素になります。

 そういうわけで、医療機関でだけ血圧測定をしていますとそれは白衣高血圧の数値かもしれません。その数値が高いからといって安易に降圧剤を服用したとき、白衣に囲まれていない日常生活では逆に低血圧傾向になったりもします。高齢のかたが低血圧になりますと、脳の働きが鈍って活動性が落ちたり、一時的なボケがでたりすることもあります。

 そこで血圧が気になるときにお勧めしたいのは、家庭で、ほぼ決まった時間、状況下で血圧を測定し記録しておくことです。たとえば、目覚めて寝床から抜けだす前や、夕食をとる前など、なるべく同じ体調のときに安静状態で測定します。いうまでもありませんが、ずっとまったく同じ数値になることはありません。しかしふつうはほぼ決まった範囲のバラツキになっているはずですので、ご自分の基本的な血圧のレベル、傾向を把握しておきます。もちろん記録は診察のときに持参して医師にチェックしてもらいましょう。

 そして、とくにいつもと変わりのない生活リズムであるにもかかわらず、この基本的な血圧の範囲から大きく逸れた値になったときは要注意です。体になんらかの異常が起きている、あるいは起きかけているかもしれません。なるべく早く診察を受けるようにしましょう。

 家庭に置く血圧計はどれがよいかとよく尋ねられますが、家電量販店で売っているメーカー品ならたいていは信頼できると思います。気をつけなければならないのは、すべてデジタル表示のため、とても数字のバラつきが激しく感じられてしまうことです。医療機関で測定する血圧計はアナログ目盛りですので、ある意味では大雑把なところがあります。ヒトケタ目の数字の変化にはあまり神経質にならないようにしましょう。

 かくいう私も数年前から降圧剤のお世話になっていまして、調子の悪いときには起床直後の血圧を測定しています。しかし安定してくるとどうも忘れがち。きっちり毎日でなくとも、なるべく『習慣』にできればいいのですが、これ、ニンゲンの弱いところでもありますね。反省反省。


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