浮腫(ふしゅ)

 私たち医療者はごくあたりまえのように「浮腫」という言葉を使います。さてそれで、このコラムを書こうと思ってタイトルに「浮腫」としてから、あれれ、この言葉は一般的やないかもしれん、と思いつきました。では「浮腫」は一般的な言葉でなんというのかと考えて、ふと立ち往生してしまいました。一般的な言葉から専門用語に翻訳するときはすんなり出てきますが、その逆はちょっとひっかかることがあります。患者さんにいろいろなご説明をするときに気をつけなければつい専門的な単語を使ってしまう原因にもなります。

 「顔や足が浮いている」という表現はすぐ思いつきましたが、これは会話で使う言葉やし、まさか「浮き」とはタイトルにできません。そこで、三省堂「新明解国語辞典」を引いてみましたら『「むくみ」の医学用語。』とありまして、思い出すと同時に納得。医療の世界にどっぷりと浸かりきっている自分をあらためて反省しました。

 前置きがとても長くなってしまいました。

 高齢者で浮腫をもっておられるかたは少なくありません。その浮腫の原因はじつにいろいろあります。心臓や腎臓の重い病気の症状としての「危険な浮腫」から、皮下の組織のゆるみのために、長く立ったり座っていたりして足がむくむような、いわば「良性の浮腫」までさまざまですし、また原因がひとつだけでない場合も少なくありません。

 病院に入院しておられたかたが、私の職場である介護老人保健施設に移ってこられてから足の浮腫がめだってくることがあります。病院ではベッドで横になっている時間が長いのですが、施設ではできるだけベッドから離れていただき、車イスが必要なかたもなるべく座っていただくという生活になるので、物理的に足がむくむというものです。

 また、独居のかたなどでときにみられるのは低タンパク血症、つまり栄養不良による浮腫です。もっとも、低タンパク血症は栄養のとりかたが不足している場合だけではなく、肝臓の病気でタンパクが減少している場合にもおこります。その低タンパクとは別に、さまざまな微量栄養素の不足ででも浮腫をおこすといわれています。

 血圧を下げる薬や狭心症の薬の一部のものの副作用として下肢に浮腫をおこすものがありますが、これは服薬をやめますとなくなります(高血圧や狭心症の治療のために代わりの薬が必要なので、患者さんが勝手にやめてはいけないことはいうまでもありません)。

 静脈の循環不良や、リンパ液の停滞などでおきる浮腫もあります。

 しかしなんといっても注意しなければならないのは、心不全つまり心臓の機能低下に伴うものと、腎不全つまり腎臓からの水分排出が障害された結果の浮腫であり、これらは放置すると生命の危険にまでいたることがあります。はじめに書きましたように、浮腫の原因がひとつだけでない場合もありますし、途中から新たな病気がはじまることもありますから、良性の浮腫やからと油断していて手おくれにならないようにしなければなりません。

 気になるときはやはりひととおりの検査を受け、必要ならばそれなりの治療をしてもらっておかなければならないのです。

 ところで、なぜか私もときどき起床直後にマブタがむくんでいることがあります。え? それは前夜の深酒で夜中にノドが乾いて水を飲みすぎたからやないんかって、へぇへぇなるほどそうかもしれまへん。


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