安定剤

 このコラムの開始は一九九七年ですが、その冬号に「不眠」について書きました。不眠は便秘や腰痛とならんで、多くの高齢者のかたが悩んでおられるものでして、その訴えがあまり強いと医師は睡眠薬や精神安定剤を処方することになります。

 最近はこれらのクスリの習慣性などを気になさるかたが増え、無造作に常用しておられるかたが減っているように思いますが、それでも「若いころからずっと安定剤を飲まないと眠れない」とおっしゃるかたも少なくありません。

 ずっと飲んでいる安定剤だからだいじょうぶとタカをくくっていたら、年とともに薬の分解や排せつの能力が落ちてきていて、ある時期からいろいろな副作用が出てくることがあります。しかもその副作用が高齢者の病気と紛らわしい場合があって、悪くしますとそのために痴呆症と誤診されたり、寝たきりになってしまったりしかねません。

 睡眠薬や精神安定剤は、基本的には脳の働きを抑える方向に働くものです。したがって、副作用は「脳の機能の低下」という形であらわれてくることが多いのです。

 具体的には、記憶や集中力、判断力などの障害や、手足の筋力が弱ったり体のバランスが悪くなったりする、つまりこれらは痴呆症や脳血管障害の症状にたいへん似ているので、間違われる恐れがあるのです。

 そこで、その症状が薬の副作用かもしれないと医師のほうも気づけばいいのですが、新たな病気が起きたと判断されますと、さらになんらかの薬が追加されることもありえます。そうしますと、今度はまたその薬のいろいろな副作用がでてきたりして、もう「なにがなにやら分からない状態」になってしまいます。

 そのような結果として要介護状態になったと考えられるかたが私の職場である老人保健施設に入ってこられることもあります。施設に入所したかたをそれなりの目で拝見し、薬を減らし、専門職がリハビリテーションのお手伝いをして、さらに日常生活をメリハリのあるものにしていきますと、ちょっと信じられないくらい元気になられるかたもおられます。経過から判断して、病気ではなくいろいろな薬の副作用だったとしか考えられないことがあるのです。

 もっとも、元気になられて施設を退所し在宅に戻られてから、油断していますと以前と同じ薬が処方されていて元のもくあみという場合も、残念ながら皆無ではありません。

 自分の飲んでいる薬の影響をよく把握して、気になる症状があるようなら主治医にしっかり相談すること、主治医に内緒で素人判断で勝手に薬を増減するようなことはしてはなりません。相談した結果、その主治医の判断に疑問があるようなら別の医師に相談してもいいのです。なにしろ、自分の身体と健康は自分のものなのですから。


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