「せんもう(譫妄)」なるもの

 つい先日、インターネットの掲示板に、何週間か前から様子がおかしくなって入院した自分のおばあさんのことを若い女性が書いておられました。

 入院した病院で脱水と軽い肺炎だと診断され治療を受けたのですが、その際に異常行動があって「痴呆がすすんでいる」といわれたというのです。入院以前は年齢的にはよくある程度の物忘れなどはあったものの、日常生活にとくに問題なく、昼間はおひとりでふつうに過ごしておられたといいます。

 そして退院してから、おばあさんはそのときのことをまったく覚えていないというのです。気になるので近くのお医者にそのことを言ったら、長谷川式という痴呆の検査をされて、こんどはその点数が低いためにまたもやおばあさんはショックを受けてしまわれたとのこと。こんなに急にボケがすすんで、これからが心配だと書いておられました。

 しかしこれは、痴呆が出たとか進んだとかいうものでは、おそらくありません。入院直後に「せんもう」といわれる状態がみられたのだと思われます。

 「せんもう」は、身体的な不調や、ある種の薬物の副作用、心身へのストレスなどのがある場合に高齢のかたによくみられるもので、原因となっているものがなくなればふつうは元にもどります。  軽い意識障害のもと、なにかがまたは誰かが見えるという幻覚におびやかされ、まわりの状態を誤認し、落ちつきなく歩きまわったり泣いたりわめいたりという状態が典型的です。昼間より夜間にひどくなることが多く、とくに「夜間せんもう」という言葉もあるくらいです。

 痴呆は、比較的長い時間をかけてゆっくりと悪化してきますので、症状がはっきりしてきた時点で「いつごろから」と尋ねられても、周囲の人はなかなか発病時期を特定できませんが、「せんもう」の場合はたいてい「何月何日ごろから」と起こり始めがわかります。何か質問したとき、痴呆のかたは答が分からないといろいろとはぐらかしたり、話をでっちあげたりすることが多いのですが、「せんもう」では質問そのものを理解できなかったり集中できなかったりします。

 痴呆や「せんもう」について、医療者のすべてが必ずしも知っているわけではありません(どころか、知らない場合のほうが多いかもしれません)から、医療現場でもまちがった説明をされる恐れがあります。インターネツトで相談してこられた女性のように、そのためによけいな心配をしなければならなくなった話をよく聞きます。

 この時代ですから医療者にはちゃんとした知識を持っていただきたいとお願いしたいものですが、患者さんの側も「せんもう」という、それほど珍しくない現象について正しく理解し、いわば「自衛」する必要もあるのではないかと思います。

 かく言う私もときどき夜間の記憶が抜けることがあるのですが、私のそれは「せんもう」ではなく「でいすい(泥酔)」というようです。


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