予備知識さえあれば

 今回はいつもとはすこし違ったお話をしましょう。

 私はここ一五年ほど大阪のベッドタウン川西市で仕事をしてきました。その後半以降、現在もお年寄りの診療と在宅療養の支援が主な仕事になっています。病院で普通に診療していたのではなかなか見えてこないことを、そこでいろいろと知りました。そのひとつが、お年寄りにとって環境変化がいかに危険なものかという点です。

 外国の学者さんが、ある個人が生活で出会う四三項目のできごとについて、その人にとってどれだけの負担(ストレス)になるかということを研究し、それを点数化してその人の健康に対してどのような影響があるかをまとめたものがあります(注一)。それによりますと、たとえば「配偶者の死」は一〇〇点、「個人のケガや病気」は五三点、「生活条件の変化」が二五点、「個人的習慣の修正」二四点、「転居」二〇点、「食生活の変化」一五点などとなっています。

 そして、これらの点数の一年間の合計が三〇〇点を越えると八割の人が、二〇〇点以上では半数の人が翌年に大病を患うというのです。

 ベッドタウンでの診療でよく経験するのはつぎのような状況です。

 地方で暮らしておられたご両親のどちらかが亡くなられて、残った親御さんが独居になる。ひとりでは心配だというので、とりあえず地方の家を引き払ってこちらに住んでいる子どもさんのお宅にきてもらう。こちらには知った人もいないし、道が分からないし危ないのでどうしても閉じこもりがちになる。そのため足腰が弱って、ついに転倒して骨折してしまい、入院しなくてはならなくなる。初めての病院生活で混乱して騒いだため、鎮静剤を使用されてすこし呆けてしまったような状態になる。退院してもさらに閉じこもりや寝たきりが進んでしまう。 この経過では、前にあげたストレスの多くを経験することになっているのにお気づきでしょうか。合計は二〇〇点を越えているでしょう。すると、翌年にもっと大きな病気になる確率が五割だということになります。とくに男性は気をつけましょう(汗)。

 将来なんらかの形でいまの生活と違ったことにしようと思っておられる場合、このような予備知識を持っておいていただいて、ストレスが短時間に重なることのないように、長期的な計画をたてていただくのがよいのではないでしょうか。

    (注一)「社会的再適応評価尺度」Holmes, T.H. & Rahe, R.H.


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