2001年第二号「訪問調査は公平公正に行われているか」

■最初にちょっと横道――新年度の変化■
■市の直轄か事業者委託か■
■訪問調査員か介護支援専門員か■
■居宅か施設か■
■公正か経営か■
■理科系か文科系か■
■今回のさいごに■
※注釈※

■最初にちょっと横道――新年度の変化■

 介護保険制度が始まって1年を過ぎ、問題点はそれなりに明らかになってきましたし、それぞれの立場の関係者は初期の混乱をのりきって、ともかく見た目にはそこそこおちついてきたようです。

 ところで、私のように学校を出てからながらく「年度」というものに縁がなかった者にとっても、介護保険制度はあらためて「それ」を意識させてくれることになりました。一昨年の夏に委嘱された介護認定審査会委員は平成13年3月(つまり平成12年度末)で任期を終了することになり、そして新たに平成13年度からまた2年間委嘱されることになったわけですが、当市では当初の予測よりも処理すべき件数が多くなったということと、新年度の委嘱を辞退する委員が複数いたことで、新たに10人以上の新しい委員が加わりました。

 合議体が8から10に増え、1年半前に私たちが受けたのと同じように介護認定審査会委員の研修がもたれましたが、しかし各合議体には経験者がいるからというわけか、基礎的な短期間の研修だけで4月を迎えることになりました。加わった新委員さんはすぐに本番の審査会にはいり、またそれを迎える委員のほうもどのように会議を進めればいいのか、しばしおたがいにとまどいがあったのではないかと思います。  12年度の審査会各委員は1年半の間にかなり習熟し、けっこうスムースな合議になっていたのですが、新年度からちょっとぎくしゃくした空気になり、審査の時間もかかるようになっていたようです。

 もっとも、同じメンバーで長らく合議していては、きっと判定にその合議体独特のクセがつくことになりそうで、やはり2年くらいをめどに委員をシャッフルすることは必要なのでしょう。

 いっぽう、第3回目の介護支援専門員修了研修受講資格試験に合格した人たちが、訪問調査のための研修を受けて新たな訪問調査員として活動する日が近づいています。当市では訪問調査のほとんどのケースが居宅介護支援事業者に委託されていますので、審査会ではしばらく見慣れない訪問調査を見ることになりそうです。審査会の合議と同様に、訪問調査のほうも各調査員の水準がほぼ揃ってきて、少なくとも市内で調査されたぶんについては突拍子もないものを見なくなっていましたが、さて、新人さんが調査を始めたらどうなることでしょう。

 もうひとつ、前回に触れましたが、一次判定のアルゴリズム(註1)が変だということを厚生労働省も把握しておられるようで、新年度から在宅療養中のかたを全国で一千人選んで、いわゆる「一分間タイムスタディ(註2)」を開始したという話が流れてきました。当市でも二人のかたが調査対象になったようです。私の所属する法人の、他市にある介護老人保健施設では、通所リハビリテーションの対応をしているかたが対象者になったとのことで、通所中にもタイムスタディがあるというので、ちょっとした緊張感が漂っていると聞きました(かといってそのときだけ特別なことはしないでくださいね)。

 今年いっぱいでデータを集めて、来年度で分析し、再来年度で新たなアルゴリズムを作って…、やっぱり是正されるのは平成16年度からになるのでしょうか。

 と書いたところで、原稿の〆切ぎりぎりになって、厚生労働大臣が制度の見直しを今年の10月に前倒しするなどと表明したという報道がありました。第一号被保険者の保険料がこの10月から全額徴収になるのにあわせてということのようですが、さて、どうなりますことやら。

■市の直轄か事業者委託か■

 さて、では今回の本題、訪問調査に関するお話に入ります。  かつて行政の措置で福祉サービスが行われていたとき、サービスを受けることを希望されるかたの調査はいうまでもなく行政担当者が、つまり自治体職員が直接行っていたと思います。調査の内容は個人のきわめてプライベートな部分に関わりますから、もともと守秘義務が課せられている公務員が担当することは自然のなりゆきでしょう。

 ところが介護保険制度では、おそらくその事務量の圧倒的な増加が予測されたからだと思いますが、原則としては『当該職員をして、当該申請に係る被保険者に面接させ、その心身の状況、その置かれている環境その他厚生労働省令で定める事項について調査』すると定めているものの『市町村は、当該調査を指定居宅介護支援事業者等に委託』することができるとしています(註3)

 もちろん、前に書きましたように、この業務は個人のプライバシーに関与するわけですから『当該委託業務に関して知り得た個人の秘密を漏らしてはならない』と法律ではクギを刺しています(註4)

 先に書きましたように、当市ではほとんどの調査が私の所属する法人をはじめ多くの居宅介護支援事業者等に委託されていますが、他の市では調査をすべて市の職員が行っているところや、直轄以外にはごく限定した事業者だけに委託しているところもあります。たまたますべてを市職員で調査する方針の市の調査担当者になるかたと介護支援専門員実務研修でごいっしょしまして、
「朝から晩まで、月曜日から金曜日まで、一年中ずっと調査の仕事ばかりになるけど、しんどくないやろか」
となにげなく言いましたらちょっと顔が曇ってしまわれました。その後どうされているのか、お元気に市の第一線ベテラン調査員になっておられるでしょうか。

 もっとも、遠隔地の場合は一人の調査のためにいちいち市職員を派遣するわけにもいかず、個別に委託契約をすることが多いようです。  それはともかく、制度がじっさいに始まる前から、この事業者への委託というのは『両刃の剣』ではないかと考えておりましたし、じっさいこの1年あまりをみていますと、調査が迅速に処理できているという利点は感じる反面、
「おいおい、それはちょっとあかんのんとちゃうか」
というような状況も見聞しております。

 居宅サービスの場合は要介護度によって決まるのは「支給限度額」で、じっさいに事業者が得る介護報酬は利用者が希望したサービス量によって決まります。ですから、要介護度そのものが営業成績に響いてくることは少ないのですが、しかし施設サービスの場合、要介護度は直接介護報酬に反映されてきます。要介護度が1より3のほうが施設の収入はもちろん多くなります。施設に入所しておられるかたの訪問調査をその施設に委託した場合、ある意味閉ざされた場である施設内でその施設職員が調査するわけで、なんらかの作為が入りこむ余地はがまったくないとは言いきれません。

 前回ご紹介しましたように、一次判定をシミュレートするパソコンのソフトウエアが出回っており、これを使えばその場で要介護度をかなり正確に予測することができます。

 審査会では訪問調査の内容を信頼して審議するしかないわけで、調査の不自然さをチェツクする材料になるべき主治医意見書の記載内容が貧弱だったり、あるいは主治医意見書のほうにもなんらかのメーキングがなされていますと、これはもう審査会ではどうしようもありません。  もし施設での調査をその施設に委託している市町村があるなら、調査の公平・公正を疑われないために、ぜひせめて施設に関してはその施設はもちろん関連法人の調査員も除外していただきたいというのが、審査会委員として、また介護老人保健施設のスタッフとしての私のお願いです。

■訪問調査員か介護支援専門員か■

 さて、市町村の職員が調査する場合は別にして、委託で調査をする場合『介護支援専門員その他厚生労働省令で定める者に当該委託に係る調査』(註5)をさせることになっていますから、ほとんどの場合は介護支援専門員が調査することになるでしょう。

 で、当の介護支援専門員も、利用者のほうも、調査員の立場と介護支援専門員のそれとがごっちゃになってしまうことがなきにしもあらず、調査した介護支援専門員がケアプランも依頼されたり、あるいは担当の介護支援専門員が更新申請で調査をする場合、いい意味ではその利用者のことをよく知っているということもありますが、なんとなく立場があいまいになるようなことはないのでしょうか。

 この点は、じっさいに調査をされている介護支援専門員のかたに、建前はともかく本音のところをお尋ねしてみたいものです。

 ある市町村が、代行申請をした事業者にその申請者の調査を委託することを原則にしている場合、さらに調査した介護支援専門員がケアプランもたてることになる可能性が少なくないはずで、これでは事業者による利用者の一種の囲い込みを行政が荷担することになってしまいます。

 代行申請を請け負うことで囲い込みができることになりますと、代行申請の青田刈りといいますか、つまり、例の「医療福祉複合コングロマリット(註6)」では、系列の病院などで要介護者になりそうな患者さんをリストアップして、代行申請を勧めてまわるという営業活動をするところが、きっとできてきましょう。

 かくて巨大コングロマリットはさらにシェアを広げていくわけです。

 うーむ、しかし私はなんでこんなに疑り深いのでありましょうか。

■居宅か施設か■

 特記事項の記載に関して、これは私の印象だけかもしれませんが、居宅での調査のほうが、施設のそれよりも、総じて丁寧といいますか詳しいといいますか、生活感の有無かもしれませんが、対象者の具体的な生活が見えてくることが多いような気がします。

 審査会での二次判定では、訪問調査や主治医意見書に書かれた「具体的な介護の手間」の内容で一次判定を変更することができますので、この特記事項の生活感は重要です。
「施設の職員が行っている」
と書かれていると、
「ま、仕事だもんね」
と、ほんとうはそういうことはいけないのでしょうが、つい
「家族がやっている」
と書かれているよりも介護の手間はかかっていないという印象になりがちです(書きながら、これからもっと気をつけなければと考えています)。

 施設での調査の場合は、審査会での二次判定の判断を促すためにも、上のようなことに考慮しながら特記事項の記載をしていただいたほうがよいと思います(すくなくとも基本調査で作為を混ぜるよりも正当な調査といえましょう)。その介護行為を家族がするとしたらどのくらいの負担になるのか、というくらい踏み込んだ記載をしたほうが審査会委員の賛同を得られやすいと思うのです。

 いっぽう、施設で対応すれば当然手助けするであろう行為に対して、居宅では放置といいますか、手を出さずといいますか、あるいは本人が拒否的であったり、そういうことが少なくありません。訪問診療や介護老人保健施設の入所判定のための訪問面談などでいろいろな家庭を訪れて、おそらく家族は保清などにはほとんどタッチしていないのだろうと思える、私たちから見ますと不潔で悲惨な光景を目にすることがあります。

 たとえば、部屋の清掃や排尿排便の間接介助などの項目では、じっさいには必要と思われる介助がほとんどされていない状況があるわけで、そういう場合に「介護の手間」をどう判断するかは難しいところでしょう。本人がそのような状況に何ら痛痒を感じておられないとき、調査の段階でヘルパーによる介護が必要と考えるのは、一種のパターナリズム(註7)の雰囲気も感じてしまったりします。もっとも、施設では利用者にほとんど「有無をいわさず」介助してしまう傾向があってパターナリズム以前の問題だともいえますが…。風呂嫌いの利用者を無理に入浴させるなど、よく見る光景です。

 こういう細かいことをいいだしてはキリがないかもしれませんが、しかしこれらはまた調査が居宅で行われたときと、施設での生活を基準にしたときとでは差ができてくる可能性があります。

■公正か経営か■

 さて、なんどもくりかえすようですが、調査に作為がまぎれこんだり、代行申請の青田刈りをしたりという、いわば「民間活力」の悪い部分の影響が、残念ながらまちがいなくあります。いま、規制緩和のひとつとして、医療に営利企業を参入させようという議論がされていますが、介護保険制度での一般法人の参入実態をみていますと、今回のテーマの訪問調査に関してだけのことではありませんが、医療のほうは規制緩和をあまり早まらないほうがよいのではないかと思わざるをえません。

 そして、私の個人的な意見としては、訪問調査に関してはすべて市町村が直轄でしていただきたい。私自身が介護保険関連施設で仕事をしている以上、よその企業で作為的な調査がなされているのをみるのは腹だたしいし、逆に私たちの組織が同じようなことをしているのではないかと疑われるのは情けない。そういうことです。

 前回の「見聞録」でも書きましたが、制度が健全な方向に修正されていくためには、さまざまな統計は正確でなければなりません。正確な統計をとるためには、正しい尺度で運営していく必要があります。そんなことをしていたら経営がなりたたないというようなことをいう経営者がいそうですが、それは本末転倒でありましょう。

 もういちど書きますが、調査の公正さを保つことと、多忙な介護支援専門員の負担をすこしでも軽くして居宅介護サービス計画に集中していただくために、介護支援専門員のほんらいの仕事でない訪問調査を民間委託するという一種の便法は、なるべく早く解消すべきです。

■理科系か文科系か■

 さいごにちょっと別のお話。

 訪問調査員に多い介護支援専門員は文科系なんでしょうか理科系なんでしょうか。なぜこんなことを考えたかといいますと、介護認定審査会で訪問調査票を読んでいますと、けっこう「?」な文章や漢字を見かけるからです。もちろん、理科系は国語に弱いなどというステレオタイプな断定をするつもりはないのではありますが、じつは私が卒業した医科大学の入学試験、国語の科目がなかったのです(いまどうなのかは知りません。昭和42年のことです)。そのせいかどうか、同級生にはけっこう日本語に不自由なのがいまして、私の頭には理科系と思われている医学部出身者は国語が弱いという刷り込みができあがってしまいました。

 もちろん、医学部出身者に国語が弱い人が少なくないかもしれない点から考えて、主治医意見書のほうが文字や文章に問題がありそうですが、でもそちらはあまり目立たない。なぜかといいますと、そういう医師は主治医意見書にあまり多くの字を書かないからではないでしょうか。

 訪問調査のほうは、ともかく特記事項にできるだけ詳細に記載するように指導されており、それだけ文章の「?」が目立ってしまうのでしょう。それなりに多くの人の目に触れ、しかもずっと保管されることになる調査票ですから、文章の推敲もじゅうぶんにしておくのがよいようです。もっとも、このような駄文を弄する私が人のことをいえた義理でもないといわれればそのとおりなのですが。

 ところで、文科系か理科系か。もうすでに突っ込みをいれておられるかもしれませんが、介護支援専門員はその出自からどちら系のかたもおられるわけでしたね。

■今回のさいごに■

 毎回批判めいた話ばかりでばかりですみません。自分の時間を割いてまで公正な調査に心がけていらっしゃるほとんどの訪問調査員のかたがたにはたいへん失礼な話だったかもしれません。

 すこし触れたように、医師が書く主治医意見書に比べ、私の個人的な印象ではありますが、訪問調査のほうが緻密で真面目なものがほとんどだと思います。認定審査の場で意見書と調査票に矛盾があったとき、高度に医学的な内容についてはともかく、一般的には私は調査票のほうを重視してほぼ間違いないのではないかとまで考えています。

 すべての医師が介護に関してじゅうぶんに理解し、意見書を片手間でなく作成するようにならなければ、いずれ調査のほうがつねに信頼性があるということになり、やがて認定審査に医師の意見書は不必要ということになるかもしれません。

 介護の手間、人間のハンディキャップの度合を数値化することがたいへん難しいことはわかっていても、いまのところそれをせざるをえない以上、訪問調査にこそ公正さ公平さ正確さがたいへん期待されています。

※注釈※

(註1)アルゴリズム: algorithm。[アラビアの数学者アル・フワリズミの名にちなむ]@もとは算用数字を用いた筆算のこと。A計算や問題を解決するための手順、方式。(「新明解百科語辞典」三省堂編修所編、三省堂)。

(註2)一分間タイムスタディ: 要介護認定は「どれ位、介護サービスを行う必要があるか」を判断するものですから、これを正確に行うために特別養護老人ホーム、老人保健施設等の施設に入所・入院されている3400人のお年寄りについて、48時間にわたり、どのような介護サービス(お世話)がどれ位の時間にわたって行われたかを調べました。(「介護認定審査会事前研修資料」兵庫県、1999年)。

(註3)介護保険法第27条第2項。

(註4)同第4項。

(註5)同第3項。ここにいう厚生労働省令は「介護保険法施行規則」の附則第2条の2。介護支援専門員資格がなくとも、介護保険施設の相談員や看護職員も調査員として活動できると規定されている。また、介護支援専門員実務研修受講試験に合格して実務研修を修了していない者も含まれている。

(註6)医療福祉複合コングロマリット: 医療法人や社会福祉法人で病院や介護保険施設などから介護系のサービスまで幅広く事業を展開しているもの。その法人内でほぼすべての医療と介護保険関連サービスを提供できるため、地域で一種の独占状態を作りだせることになる。

(註7)パターナリズム: paternalism。親ごころ的な一方的措置。もともと医療での言葉で、患者の意思、自己決定を否定するほうが患者自身の利益になる場合、患者の意思や自己決定を無視して専門職が措置することをいう。現在では、その専門職の判断が正しいかどうかはともかく、患者の自己決定を尊重すべきだという方向、つまりパターナリズムは否定的になっている。


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