2001年第一号「『状態像の例』は状態像の例たりうるか

■はじめに、にかえて■
■私の立場は■
■あてはまらない■
■なぜこの状態像が…■
■中途半端やなあ■
■どう違うねん■
■今回のさいごに■
※注釈※
■はじめに、にかえて■

 10年ほど前に始めたパソコン通信BBS「わんどねっと」を転勤を機会に閉局し、それに代わるべく1996年末から設置している個人ホームページ「湾処屋(わんどや)」(*1)は、私の唯我独尊ヨタ話やオタクな写真が主体なのですが、その片隅にはこれまでいろいろな場で依頼を受けて書いたりしゃべったりしたナマ原稿も置いています。そのホームページになぜか本誌スタッフが目をとめてくださったようで、思いがけなく四回連載のお話をいただいた次第。

 身のほどもわきまえずついお引き受けしたものの、他のご執筆者のみなさまのような格調高いお話は私にはむずかしい。といういうわけで、意外に知られていない介護認定審査会の内情の一端を知る者として、またかたや介護保険の最前線に近いところで仕事をする医者として、一周年を迎えた介護保険制度に関しての、ちょっと斜めに構えての話題提供をしてみようと思います。

■私の立場は■

 現在の私の肩書きは医療法人の「在宅医療センター医師」というものですが、実態は入所150名と通所30名の介護老人保健施設の医者であり、同時に関連病院の脳神経外科外来を1単位、さらにその病院の訪問診療部門の唯一の医者でもあります。訪問診療対応の登録をしている患者さんは約50名で、入院や入所のかたを除いてだいたい常時40名くらいの、高齢の寝たきりのかたや神経筋難病患者さん、そして悪性疾患のターミナルケアを抱えています。

 そういうわけで、介護保険の主治医意見書は日々辟易するほど書かなければならないし、医師会の新参者なのに、介護認定審査会の委員にも医療系委員として最初から委嘱されてしまいました。  さらに、もともと嫌いでないのでつい引き受けてしまったインターネット上の介護や医療関連のサイトの管理、それに患者さんの側から医療の問題を考える市民団体「ささえあい医療人権センターCOML」へのボランティア参加などにも手を広げています。

 訪問診療こそ10年以上前からやっていたものの、数年前までは脳神経外科の診療が主体だった私、いまや介護現場の医療にどっぷり浸かった状態の毎日になりました。もっとも、いつまでも煮詰まって顕微鏡下手術をしている歳ではありませんし、いまのところこの仕事に不満はありません。自分が介護を受けるころまでこのまま続けていくのではないかと予感している今日このごろです。

■あてはまらない■

 前置きが長くなるのが私の文章の悪いクセです。本論に入りましょう。

 介護認定審査会は、いまさらあらためて書くまでもないでしょうが、基本調査からいわば「機械的」に導き出された一次判定を、調査の特記事項や主治医意見書の内容を勘案しつつ検討して最終的な要介護認定をする場です。

 そして、その「二次判定」の判断には、制度発足前に全国の施設に入所している要介護者3400名で統計された「状態像の例」を重視するよう、市や県の審査会委員研修で繰り返し指導されてきました。ですから、ある要介護度の状態像にあてはまるものがない場合、少なくとも私どもの審査会では二次判定の根拠を示すのに苦慮してしまうわけです。

 おそらく全国的な悩みなのではないかと思うのですが、とくに痴呆症の問題行動がいろいろあるかたの場合、あてはまる状態像がないことがよくあります(図1)。ちなみにこのかたの要介護度は「2」です。また、要介護4や5という、たとえば「遷延性意識障害」などの完全な寝たきりの状態(図2)、こういうかたは現場では「とても珍しい」というほど少なくはないのですが、典型的なその状態像がありません。審査会の場ではしばしば図2のような状態像が提示されるのに、です。

 これらは、すでに指摘されているように、要介護認定の根拠となっているデータが、すべて介護施設で集められたからだという点、私も異論がありません。

 また、これとはべつに、図2のような状態は、介護保険施設以外の施設、つまり一般病院で介護されていることも多いのですが、ご存じのように昨年の診療報酬の改訂で「特定患者」という制度ができ、一般病院で91日以上入院している70歳以上の患者さんの入院料が定額制(いわゆる「マルメ」)になったことに伴い、退院を迫られる恐れがあり、さらに経管栄養や気管切開をしているかたを受け入れる介護施設が多くないため、在宅で介護せざるをえなくなる可能性が高いのです。

 したがって、在宅での状態像を早急に整備して審査に反映するようにしなければ、在宅療養の要介護者の認定が実情に合わなくなりがちになり、そのために在宅療養が継続できにくくなり、けっきょく施設介護への流れが加速するという、在宅を基本とする介護保険制度の根本を揺るがす事態になりかねないと思うのです。いや、すでにその傾向が出てきていると、現場で感じている専門職のかたも多いのではないでしょうか。

 朝令暮改のごとくたびたび変更されて改善されたとはいえ、ショートステイのとりにくさとともに、この状態像の偏りも在宅介護を続けていくのを阻害する要因になってきているはずです。

■なぜこの状態像が…■

 一次判定の要介護度と状態像がどうしてそんなにかけ離れたことになるのだろう、あるいは、ある要介護度の典型的な状態像とほぼ一致しているのに、実際の一次判定がぜんぜん違っているというものもよくみられます。

 図3と図5はその一例です。

 図3は、第二群(移動)になんらかの支えや多少の援助が必要な状態で、しかも問題行動はないものの痴呆のために意思の疎通に難がある状態です。これは状態像の例の2-1(図4)に酷似しているのですが、このケースの一次判定は「要支援」となっています。また図5は寝たきり全介助で経管栄養を受けており、ときに介護に抵抗したり昼夜逆転があるという状態で、状態像の例から見ますとほぼ完全に5-4(図6)ですが、一次判定はなんと「要介護3」なのです。この状態のかたの介護の手間がほんとうのところは3なのか5なのかという議論はともかく(つまり、ここまで寝たきりで全介助になるとかえって介護の手間が軽くなることもあるという現実についてはともかく)この判定の差はどこから生まれてくるのか。おそらく樹形モデルの分岐がなんらかの作用(!)をして基準時間の大きな差になっているのでしょう。

 二次判定で一次判定の要介護度を変更することは少なくありませんが、いかに状態像の例の根拠があるとはいえ、二段階の変更というのは、私にはやはりすこし抵抗があります。

 どうしてこういう状態像でこの一次判定なのだという疑問が、一次判定のメカニズムについてはそれなりに理解し、またある程度の齟齬はやむをえないのだろうと分かっていつつも、やはり釈然としないものがあります。

■中途半端やなあ■

 ところで、介護認定審査会の内情とはいっても、私が直接知っているのは私が属している市の介護認定審査会の「第八合議体」だけです。当地の審査会には8つの合議体があります(平成12年度。13年度には10合議体になる)が、同じ市の審査会委員でも他の合議体での審査の考えかたややりかたがどのようなものかすべて分かっているわけではありません。審査の「平準化」ということで、機会があるごとに各合議体の長が集まって協議をしたり、同じケースをすべての合議体で審査してその経過や結果のつき合わせをするなどをしていますが、どうしても個性というか差異というか、微妙に違っているのが現実です。

 同じ市介護認定審査会の中でさえそういう状況ですから、自治体が変わればもっと違いがあるでしょう。

 当市では、審査の資料が約一週間前に各委員に渡され、「予習」したうえで当日の審査にのぞみます。審査のさいも、各委員ごとにパソコン端末があり、個々のケースについて前回以前の情報も各自で自由に参照できるようになっています。聞いたところでは、予習なしに審査会が開かれる市が少なくなく、また各委員に資料を配布したり端末操作をさせることもせず、液晶プロジェクタで事務局が投影した画面を合議体委員が見ながら二次判定をする市もあるといいます。

 当市の審査会の端末では、あるケースの状態像のレーダーチャートを「状態像の例」のそれと重ねて検討できる機能を持っています。予習のさいの印刷物での状態像の例の検討では、なんとなくいくつかの例の中途半端な状態像になっていて迷うことがあります。審査会当日にこの端末を操作すると、予習で見当をつけていた状態像の例とは違っていることがよくあって、このシステムの便利さを感じます。こういう絞込みをできないシステムになっている審査会はたいへんだろうと思うことがあります。

 もっとも、一次判定が機械的にされたうえに、二次判定も電脳に頼ってばかりでは問題ではありましょう。現に「要介護認定二次判定変更事例集」(*2)の末尾にある「要介護認定における留意点について」のなかでも、

『状態像の例との比較検討の際には、単に中間評価項目毎の得点やそれらを表示したレーダーチャートの形状のみではなく、特記事項や主治医意見書などにより総合的に判断するものであることに留意されたい』

とあります。そのためにもいわゆる「介護の手間」を判断できるように、訪問調査の特記や主治医意見書の記載をしっかりしておいてほしいと痛感するところですので、調査や主治医意見書については次回以降にあらためてとりあげるつもりです。

■どう違うねん■

 じつは、状態像の例でしばしば迷うのが、たとえば「3-7」(図7)と「3-8」(図8)のようにほとんど違いがないものです。中間評価項目の数値もほぼ同じです。もちろん各項目を仔細に見れば微妙に違うわけですが、たとえば第1群では片麻痺の左右の違いと、関節拘縮の関節が異なるという違いくらいしかありません。

 要介護認定等基準時間も同じ79分、前に書きましたように、状態像の例にあてはまらない状態像を示すケースがしばしばあるにもかかわらず、ほとんど差のない状態像を例として提示してあるのをみますと、施設介護でのデータでは状態像にあまりバリエーションができないのではないかと疑ってしまいます。

 くり返しになりますが、そもそも状態像や基準時間の算定に使われている「1分間タイムスタディ」と「樹形モデル」が持つ矛盾もいろいろな場で指摘されています。基本調査のある項目がほんの少し変化しただけで結果に大きく影響したり、明らかに介護の手間が増えるはずの変化があったのに基準時間は逆に大きく減ったりする、いわば「バグ」(*3)のような問題がいくつも知られています。

 また、見守りより一部介助のほうが軽く判定される場合があります。たしかに「稚拙な動作で時間がかかる行動を見守る」より「めんどうだから手伝う」ほうが時間はかかりませんが、それではたとえば自分でせざるを得ない独居のかたや、手伝いたくても自分も動きが悪くてできないご家族の立つ瀬がありません。施設では「自立支援」という建前ではあるものの、人手の問題や施設側の都合で、現実にはつい一部介助で身の回りの世話をしてしまうこともあるのではないでしょうか。

 で、話は繰り返しになりますが、そのような施設中心の経緯で集められたデータをもとに判定された要介護度で居宅介護をしなければならないのが現実であり、だからいろいろな矛盾が出てきて、施設介護へと流れる傾向がすすんでいるのかもしれません。

 ところで、さきほど例に出した状態像の例の3-7と3-8ですが、これらはどちらも「浴槽への出入り」は「行っていない」、「洗身」が「全介助」になっており、これは施設での器械浴を想定しているように思います。施設で調査を受けた場合は要介護3ということになりますが、同じかたがたとえば居宅では入浴せず清拭だけしているような場合、これらをどちらも「行っていない」にしますと基準時間が94分で要介護4になります。この例をみますと、「浴槽の出入り」を、入浴していない場合も器械浴の場合も同じ「行っていない」で算定するのは、なんだか変ではないかと思えてきます。また、これをどちらも「全介助」にしますと、状態像の例の場合と同じ79分のままですが、「浴槽の出入り」を「一部介助」にしてみますと、要介護度は3ではありますが基準時間は85分に増えています。これらは一部の例ですが、非常に疑り深い邪推をすれば、一人の要介護者について訪問調査を居宅で行うか施設で行うかによって要介護度に差ができることを利用すれば…、と、このあとはもう書かないでおきましょう。でもきっとそういう掟破りをひそかにしている事業者もあるのでしょうね。話はすこし違いますが、要介護度の高い、つまり介護報酬の高いかたばかりを優先的に入れている、掟破りな施設も見うけられるようですから(*4)

■今回のさいごに■  いつもの悪いクセで話がちょっと拡散してしまいました。

 介護保険制度に対しては、要介護認定の方法をはじめいろいろな批判があります。ある施設の責任者のかたは、おおやけの席で「自分はこの制度には反対だからおカミの言いなりにはならない」とおっしゃっていましたし、どうもその施設の方向性を拝見していますとできる範囲でそれを実践なさっておられるようにみうけられます。小手先のごまかしや勝手な解釈で目先を整えても、その実際のとばっちりは、けっきょくご利用者に降りかかってくるわけで、いかに問題のある制度であっても、それを正しく運用し、問題点については根本から改善するべく冷静に分析し、改善するためのデータを客観的に蓄積していくのが、おカミだけでなく関係者全員の責任でありましょう。

 「認定審査会参考事項」(*5)という冊子が手元にあります。ここに

『一次判定ソフトウエアについては、国に設置された審議会から、「データの充実を図る」ことや、「在宅介護を受けている者を対象とすることについても研究を進めるべき」との意見があるので、将来の認定基準見直しに資する事を目的として、12年度より認定の考え方の基礎となる介護の状況に関するデータの収集に着手することを検討している。』<P> が、

『現時点では未定であり、すぐに見直しを行う考えはない』

とあります。正確なデータの分析をしていただくために、現場は何をすべきかはいうまでもないでしょう。

 介護保険制度の目玉のひとつである「競争原理の導入」ということが、あくどい商法を跋扈させることになってもいけませんし、その結果としてますます使いにくい制度になってしまっては元も子もありません。

 介護保険の世界が、世間から根強い不信をもたれている医療の二の舞にならないようにしたいものです。

※注釈※

(*1)「湾処屋」http://www.wandoya.com
(*2)厚生省老人保健局老人保健課(平成12年8月)
(*3)コンピュータのプログラムに潜んでいる間違いのこと。入力に対して予期しない結果が出てしまうことにもなります。昨年問題になった、鉄道の自動券売機での運賃取りすぎも「バク」の一種といえましょうか。
(*4)介護保険制度以前に老人保健で運営されていた老人保健施設では、介護の手間に関わらず施設療養費が単一だったため、できるだけ自立度の高いかたを入れようとする掟破りをする施設がありました。介護保険では逆に自立度が高いかただと介護報酬が低いので、できるだけ重度のかたを入れようとする施設が出てきています。あるいは、重度になるような調査の方法を編み出したりしているという噂も聞きます。事業者への介護報酬が高いと、利用者の自己負担分も多くなるということは無視されているようで…。
(*5)兵庫県県民生活部健康福祉局介護保険課(平成12年10月)


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