第四回 「今後の老健・私が勝手に望むこと」

■在宅と施設の不公平■
■介護保険施設は一種類でいいのではないか■
■最後に急いで蛇足の問題提起■
■さいごに■



 老健医師を辞めて診療所を開設して早くも4ヶ月たってしまいました。たった一人でやっている超零細診療所、はじめはすべてが初体験、開設1ヶ月後から始まった保険診療では、もっと勤務医時代に勉強しておけばよかったのにと反省してばかりでしたし、さらに12月に入っての最初の診療報酬請求(いわゆる「レセプト請求」)では分からないことだらけ、なんとか締め切りまでに請求にこぎつけたものの、つぎつぎに問題が発生して、それでなくとも数少ないレセプトの返戻に冷や汗をかいてしまいました。この国の保険医療制度の複雑さを実感した平成15年末でありました。
 閑話休題、どっぷりと在宅シーンに浸かった今、あらためて在宅介護をしておられるかたがたと、施設介護に委ねておられるかたがたとの差を感じています。はっきり言ってしまえば、そこにはかなりの不公平感があります。これについてはあとで詳しく触れることにします。
 ところで、診療所を始めてから、ご紹介いただいて新たに在宅医療の対応を開始するのは、おそらくこれまで在宅で医療に困っておられたであろう「重度の医療を要する」患者さんがほとんどです。そして、こういう患者さんは、前回で書いた「好きなときにショートステイができない」どころではなく、老人保健施設からはショートステイそのものを断られます。いかに老人保健施設で医療依存度の高いかたがが多くなっているとはいっても、悪性腫瘍でメンタルサポートが必要なかたや、ほとんど食事をとらないで衰弱しつつある超高齢のかた、動くと酸素吸入が必要になるかたなどは、ほぼ門前払いといってもいいのではないでしょうか。ましてや介護老人福祉施設系では老人保健施設よりもっと早い時期に対応を断られます。
 訪問看護ステーションや訪問介護が苦慮し、ご家族がいまにも潰れそうになっていることにケアマネージャーが右往左往というようなことが、この国のあちこちでみられているに違いありません。

在宅と施設の不公平

 さて、これまでの連載で「老健めぐり」のことや長期入所のことを書きました。在宅介護しておられるかたがたとおつきあいしていて、在宅と施設との不公平を強く感じています。それは、身体的精神的な負担、経済的負担などすべてにおいてです。
 字数が限られていますので、結論から言いますが、私は施設介護の場合にはもうすこし個人に負担をしていただいたほうがいいと思っています。平成15年の介護報酬の改訂では、施設の「儲けが多い」という理由で、居宅サービスの介護報酬が若干アップしたのに対して、施設介護への介護報酬が下げられました。その結果どういうことがおきたかといいますと、利用者側にとっては一割の自己負担分がごく少しですが軽くなりました。施設側は減収分をカバーしようとしてより介護度の高いかたを優先するような傾向がでてきたことはすでに指摘しました。
 在宅介護の場合、支給限度額をいっぱい使ってサービスを受けても、それはあくまで「間歇的」な援助にすぎません。施設介護では、それは連続したサービスであり、ご家族は介護からはほぼ解放されています。その場合の経済的負担にそれほど差がない、それはとても不公平だと思うのです。
 かといって施設の介護報酬を高くすれば施設側の儲けが増える(らしい)のです。そうならないで経済的負担をすこしでも公平にするために、私は二つの方法を考えてみました。
 まずひとつ目は、施設の介護報酬を思い切ってアップしてその代わりに施設の人員基準も手厚くすること。前回書きましたように、施設での医療依存度が高くなっており、重介護のかたの割合も増えています。それに対応するために看護介護職員の定数を増やすのです。つまり介護報酬のアップ分は人件費であると割り切ることです。
 もうひとつは、介護報酬はそのままにして、ショートステイ以外の施設サービスの場合の自己負担割合を二割、三割とアップすることです。医療の老人保健でさえ二割負担にしようかという動きがあるこのごろです。介護保険の負担を上げるのもやむをえないのではないでしょうか。あるいは、現在すでに検討されているらしい「ホテルコスト」部分を、不公平感がないくらいの水準に設定するという方法も考えられます。医療では「特定医療費」(注1)という名目で自己負担分の増加がなし崩し的に導入されています。介護のほうでも似ようなものを制度化する根拠はありましょう。
 もっとも、介護保険会計が悪化している現状を考えれば、第一案のほうはほとんど望み薄かもしれません。
 年金だけしか収入がなくて支払い能力のないかたの場合はどうすんねん、と言われそうですが、その場合は医療における「医療保護」のように公費(税金)で支援する方法をとればいいと思うのです。
 それによって、少なくとも経済的な部分においては、在宅介護と施設介護は公平な負担になると思えるのですが、いかがでしょうか。

介護保険施設は一種類でいいのではないか

 もうひとつの問題は、介護療養型医療施設、介護老人保健施設、介護老人福祉施設の三種類の施設の間に合理的な区別ができていない点です。
 同じご利用者が、単に「空いたから」という理由でそれらの施設を利用する現実があります。それぞれの施設には理念はあるものの、実際にはそんなことには無関係に「介護保険の施設」として利用されているわけです。
 ということになりますと、介護老人保健施設に比べて医療職の定数が多く必要な介護療養型医療施設は介護保険会計にとっては高くつきますし、医療依存度の高いご利用者が増えているのに医療職の層が薄い介護老人福祉施設は医療に対する不安が大きい。だったら介護療養型医療施設の医療職を介護老人福祉施設にシフトさせてしまえばええやん、と私は乱暴に考えてしまうのです。
 つまり、介護老人保健施設タイプの施設に一本化するのがすっきりして分かりやすいのではないか、と。これは私が老健で仕事をしていたからという我田引水ではありません。老健での勤務の経験からは、同じようなご利用者を3倍の数の医者が対応するのは無駄ではないかということです。あるいは、介護老人福祉施設入所が決まって老健を退所されるかたのことを考えますと、医者の常勤、看護師の夜勤がないのが不安だと思う場合が少なくなかったということです。
 私は数学や計算が嫌いなので、いま全国の介護保険施設を上記のように再編した場合に、お金の面ではどのようになるのかというシミュレーションをする気はありませんが、でもきっとすでにお役所ではそういうことは検討されているのではないかと思えます。
 あと6年ほど将来にこの連載をしていたら、そのタイトルは「介護保険施設常勤医師のちょっと言わせて」になっていたかもしれません。

最後に急いで蛇足の問題提起

 連載最終のこの原稿を推敲しているとき、老健というものについていろいろ考えさせる依頼が、たいていの在宅医療は受け入れようとしているわが「おおむち診療所」に舞い込んできました。結果的には患家までの距離的なこともあって、さすがの私も丁重にお断りせざるをえなかったのですが、元老健常駐医師から老健スタッフのみなさまへの問題提起として、ちょっと長くなりますが記録しておきたいと思います。
 最初にお断りしておきますが、これは診療所のある川西市でのできごとではありません。
 独居で要介護になったため老健に入所し、とうぜん在宅復帰の芽がないので老健巡りになっていたかたが、昨年何軒か目のある老健に入所されてきたとき、疥癬を疑う病変を持っておられたと思ってください。
 その老健では、とうぜん母体の病院の皮膚科を受診させました。しかし数回の診察でも虫卵は証明されず、皮膚科的には疥癬の「確定診断」がなされないままであったようです。そのうち老健の現場では、痒みがひどく強いので副腎皮質ホルモンの外用薬を常用するようになったとのことでした。それを使用する指示がどなたの責任でなされたのかは分かりません。
 ある時点で、いまこれを読んでおられる「心ある」みなさまも思い当たられる悪い予感が的中しました。このかたは今どき珍しい「ノルウェー疥癬」になってしまわれたのです。虫卵が証明されていなくて診断が確定していなくても、現実には疥癬であったのなら、そこにステロイドを使用すればノルウェー疥癬になってしまっても不思議ではありません。
 幸か不幸か私はノルウェー疥癬の患者さんを拝見したことがありません。教科書の写真では見ていますが、医療機関が関係していてそこまでになることはふつうは考えられないと思うのです。ところが不幸にも今回はその考えられにくい経過をとったようです。
 それで、そのあとは私も伝聞なので正確なところは分かりませんが、その老健が監督官庁からの定期的な実地指導を受けることになり、この疥癬のかたが実地指導の前日に突然退所させられたようなのです。ノルウェー疥癬のかたがおられることを隠したかったのでしょうか。いや、同業者としては「たまたまだった」と善意に解釈してさしあげたいところです。
 退所しても独居ですから、ケアマネージャーは苦労して訪問看護ステーションのサービスを中心に入れて、在宅でノルウェー疥癬の治療を続けるようにケアプランを設定されたようです。通常の疥癬を居宅で治療することは私にも経験がありますが、ノルウェー疥癬は要するに全身状態が低下していることも原因のひとつですから、居宅で治療できるとは考えにくい。しかもそのかたには在宅医療をサポートする主治医がおらず、訪問看護指示書は老健の退所時に皮膚科のドクターが発行されたようです。
 退所して数日後、訪問看護師さんが訪問すると、意識レベルが低下し、失禁し、そのうえ右片麻痺の状態であったので、看護師さんはなんらかの脳血管障害を発症したと判断して救急車を依頼、対応した救急隊はもともと入所していた老健の母体病院を含む多数の病院に搬入を依頼したものの、おそらくノルウェー疥癬が理由でことごとく断られ一時間以上を経過。困り果てた訪問看護師さんがツテを頼って「おおむち診療所」に連絡してこられたというわけです。
 でも、私が往診してどうなる。病状を聞けば、おそらくそのまま在宅だと生命に関わる経過をとる恐れが少なくありません。二次的に在宅対応がやむを得ないとしても、ともかく急性期の診断と治療を一度は受けていただかなければならないでしょう。それができないという。
 原稿の〆切ギリギリの状態ではその結果を私は把握できていません。それにしても、このエピソード、老健でお仕事されているそれぞれの職種のみなさんは、どのようにお考えになるでしょうか(げーっそれウチのこととちゃうん、と思い当たられたかた、今後はそのようなことのないようにぜひがんばってくださいまし)。

さいごに

 4回の連載の半分は「老健常駐医師」でない状況になったことには、あらためておわびをしなくてはなりません。
 しかし、外に出てみたらまたもっと老健のことがよく見えるようになったことも事実です。そして、在宅介護にとっては、老健はやはりたいへん頼りになる施設であって、介護療養型医療施設や介護老人福祉施設よりずっと身近な存在であると実感しています。
 好き勝手な放言に憤慨された老健関係者のかたもおいでになるのではないかと思いますが、安心して在宅介護をするためには老健はなくてはならないもの、在宅介護をサポートするチームとしてもつねに老健が視界にあるという点はどうか覚えていていただきたいのです。
 だからこそ、介護保険の施設は老健タイプに一本化してしまえなどという乱暴な提案もしてしまうわけで…。
 少ない人員で医療依存度の高いご利用者をなんとか快適に過ごしていただこうと日々がんばっておられる介護老人保健施設の現場のみなさまに敬意を表しながら、言いたい放題の連載を終えることにいたします。

(注1)医療保険で認められていない高度先進医療や特別なサービスにかかる、法的に認められた料金のこと。特別の療養環境の提供(いわゆる「差額ベッド料」)、高度先進医療、200床以上の病院についての初診、療養型病床での180日以上の入院基本料など12項目が定められている。


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