第二回 「老人保健施設の役割はどうなった」

■医療依存度の高いかたが多くなったわけは…■
■医療依存度の高いかたが増えると…■
■アホらしゅうてイエで介護してられへん…■
■いわゆる「老健めぐり」も増えて…■


 介護保険が始まって老人保健施設は介護老人保健施設となりました。もともと老人保健施設とは「老人」の「保健施設」ではなく「老人保健」の「施設」だと私は思っています。昭和58年に施行された老人保健法の制度のなかで昭和61年にこの施設の制度が始まり、ですから介護保険以前は老人保健施設の施設療養費は医療保険である老人保健から賄われていました。
 そして、介護保険になって、すでに施設の名称としてできあがっていた老人保健施設に介護を冠したものが介護老人保健施設というわけです。
 ところで、みなさんのところはどうでしょう。私の勤務先では、介護保険が始まって以来、それ以前とはかなり違った状況がでてきています。

医療依存度の高いかたが多くなったわけは…

 まず目立つのは医療依存度の高いかたが増えたこと。それは入所だけでなくショートステイや通所でもみられる傾向です。私の勤務先では平成7年のオープンのときから経管栄養や気管切開を必要とするかたを受け入れてきましたから、医療依存度の高いかたの受け入れそのものにはそれほど抵抗はないのですが、しかしその割合がどんどん大きくなっている印象があります。
 介護保険制度が始まったことで、医療保険のほうはいちだんと入院の締めつけが強くなり、とくに高齢のかたの長期入院に対する厳しい制約が、患者さんにも病院側にも課せられています。その影響を介護保険施設がモロに受けているのでしょう。胃瘻や経鼻での経管栄養、気管切開、持続膀胱チューブ、酸素療法、抗癌剤投与、悪性疾患の進行期など、油断すると病院の一フロアとまちがえてしまいそうなときもあります。月2回は血液検査が必要などと入所が決まってから指示がきたりしますと「こっちの懐具合はどーしてくれるんじゃ」とつい悪態をついてしまうのであります(注1)。
 もうひとつ医療依存度の高いかたが増えた原因が考えられます。
 介護保険制度が始まる前の、老人保健で施設療養費が支払われていたとき、入所やショートステイの利用料は基本的に1種類しかありませんでした。介護保険になって、それは要介護度によって5段階になりました。ショートステイの場合は要支援もありますので6段階です。
 老人保健のころ、これが施設入所の対象かというような、いまでいえば自立(非該当)のようなかたをおおぜい入所させている老人保健施設がありました。手がかかって医療処置も多い重介護のかたを避け、自立に近いかたの割合を多くすれば楽に運営、経営できます。
 ところが介護保険になりますとそれがまったく逆になりました。重介護のかたを多くしなければ収入が少なくなります。それで「平均介護度」などが気にされるようになり、要介護度の高いかたの入所が増え、よって医療依存度も高くなるという図式です。そのうえ、平成15年度の介護報酬改訂では施設の報酬が切り下げられました。これまでと同じ収入を得るには、単価を上げなければならず、したがってさらにまた重介護のかたが増えるいうことになっています。

医療依存度の高いかたが増えると…

 ところで、現行法規のもとでは介護スタッフは喀痰吸引や経管栄養、服薬管理や血圧測定などの医療的ケアは許されていませんから、医療依存度の高いかたが増えますと、必然的に看護師の負担が増えてしまいます。
 それがどういう結果になるかといいますと、ひとつには現場では看護と介護の線引きがはっきりせざるをえなくなり、医療勢力と介護勢力がいろいろな場面で衝突するということが起こりやすくなります。誤解を恐れずに言ってしまいますが、いまの病院には生活という概念がほとんどありません。それを補うための老人保健施設であるはずなのに、そこでまたまた医療の力がどんどん大きくなってしまう。介護の勢力が抵抗しようにも、医療職の「カースト制度」の強固さは、介護側から医療に注文をつけることを許しますまい。しかも医療行為を要するかたにはどうしても看護の力が必要になります。
 そしてもうひとつは、医療的なミスの発生の恐れです。複雑な医療処置、多数の処方、多忙な看護師、個性を消された対象者と揃いますと、これはもうしばらく前(いまでも、か)の病院そのものではありますまいか。そして、医学的なリスク管理は介護施設ではまだまだ未整備です。さらにまた、直接の医療事故だけでなく、人手の少なさによる見守り不足での転倒事故なども増える可能性がありましょう。

アホらしゅうてイエで介護してられへん…

 さて、長年にわたって通所やショートステイ、訪問系サービスをうまく利用して「介護保険利用の鏡」のような形で在宅介護をがんばってこられたお宅であっても、なにかのきっかけで老人保健施設に入所し、三ヶ月、半年とたつうちに、退所して在宅介護に戻ることができなくなってしまう例が、これまた介護保険制度が始まったのちに増えていると感じています。
 介護保険を使って、施設介護だとたかだか月4万円弱(食費を除く)でほとんど日常生活すべての世話を受けることができます。同じ保険を使って在宅介護をして月4万近く払っても、現状では介護者の負担がすべてなくなるようなものではありません。同じ出費で見返りがこれほど違ってくれば、よほど在宅介護のモチベーションの高いご家族でなければ施設に頼ってしまう状況を、簡単には非難できますまい。
 かつて在宅のサービスが行政の措置だったころ、その自己負担額は家庭の収入や事情によって差がつけられており、それなりに公平な印象がありました。しかし介護保険になってからは、所得の格差にかかわらず負担が同じになってしまいました。どうせ金を出さなければならないなら、家族が楽をできる施設へ、というのも単純に責めるわけにもいきません。
 ところで、老人保健施設は三ヶ月で追い出されるという「都市伝説」があります。三ヶ月ごとに入所を継続するかどうかの判断をすることが義務づけられていることが誤解された結果だと思いますが、私はこの三ヶ月というのは、施設を使うひとつの目安かもしれないなあと思います(注2)。つまり、三ヶ月くらいの不在ならまだ自宅にはその人の居場所は残っているでしょうが、半年となるとすこし怪しくなります。1年も家から離れていると居場所はなくなり、施設から帰るべき場がなくなってしまうのではないでしょうか。
 かくして、もともとは在宅介護ができていたのに、老人保健施設に入所したことがきっかれでそれが不可能になってしまう、そういうケースが多くなっているのです。

いわゆる「老健めぐり」も増えて…

 監督官庁のたび重なる厳しい指導にもかかわらず、一部の病院ではいまだにさまざまな名目をつけての、ある部分はヤミ的な患者さんへの経済的な大きな負担が続いています。お高いーくともそれだけの値打ちのある医療サービスがあればいいのですが、そこはそれ、そういうことです。かくして、より経済的な老人保健施設を希望されるかたが、在宅介護からだけではなく病院の側からも少なくありません。
 そのようなかたは、老人保健施設で一定期間すごされたあと、中間施設(注3)である老人保健施設をうまく利用して在宅に戻られることになるかといいますとほとんどそのような例はなく、退所を勧められたときには別の老人保健施設に移っていかれることが多くみられます。
 それは、他の老人保健施設を退所されて私の勤務先に入所されるかたの割合が増えたということでもあります。昨年、ある講演で私の勤務先の「老健めぐり」の数字を出してみてちょっと驚いたことがありました。介護保険前の1999年度に約5%だった他老人保健施設からの入所は2002年度には12%になりました。また、8%だった他老人保健施設への退所はなんと20%に激増しています。退所者の5人にひとりが「老健めぐり」ということになります。このことはケースワークのやりかただけに責任があるとは思えません。
 もう在宅に戻ることができないのだったら、そして介護老人福祉施設への入居の順番がなかなか回ってこないのだったら、そのために老人保健施設を渡り歩かなければならないのだったら、いっそのこと老人保健施設での入所をそのまま続けていただくべきなのではないか、そうなると、いまのように医療依存度の高いかたが多い状況では、老人保健施設での医療に対する制限はもっと緩和すべきではないかと思うのです。
 ただしそうなりますと在宅療養と施設療養の不平等という問題が解決しません。したがって、批判を承知で私がさらに提案することは、やはり「ホテルコスト」として施設療養での自己負担分をもっと増やすべきだという点です。平成15年度の介護報酬改訂で施設療養費が切り下げられたことにより、施設療養での割安感がさらに強くなったことを忘れてはなりません。病院でき逆に入院料に「特定療養費」(注4)が導入される時代です。混合診療が禁止されている医療保険でもそうなってきました。もともと「上乗せサービス」が認められている介護保険制度での実施にはなんの問題もないでしょう。


 今回はなんだかとても深刻な話になってしまいました。字数がつきましたが、要するに私は老人保健施設の役割はどうなったんや、といいたいのです。これからいったいどうなるんや、ともいいたいのです。
 もっとも、「どうなったんやどうなるんや」とわめいているだけでは、仕事の帰りに飲み屋でクダを巻いている単なるオヤジにすぎません。自分の回りでだけでもなんとかいい方向に向けたいものだとは、じつに思うのです。できることなら、ですけどね。


(注1)介護老人保健施設での医療費は画像診断や抗癌剤などの一部の例外を除いていわゆる「マルメ」ですから、血液検査などは施設側の負担になります。

(注2)医学的管理の意味でも、なにかと持病や慢性疾患のある高齢者のかたが、医療に十分な環境を与えられていない老人保健施設で長期に過ごされるのは危険ではないかとも思っています。

(注3)中間施設、なつかしい言葉です。病院から在宅に戻る中間で日常生活動作訓練をする施設、病院と特別養護老人ホームの中間の機能を持つ施設というような意味で老人保健施設の制度ができた前後の時期にはよく使われた単語です。

(注4)平成14年度の診療報酬改訂で始まりました。病院で入院期間が180日を超えたときに診療報酬を10%カットし、その分を患者さんが自己負担するというもの。個室などの病室の料金、いわゆる差額ベッド料も特定療養費のひとつです。



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