今日は、経管栄養について話題提供をするようにというご依頼を受けたわけでありますが、よく考えてみますと、私は経管栄養について系統だって勉強したり研究したりという経験はなく、まずほとんどが経験則だけという状態でして、この壇上でお話できるレベルのものではないのでfはないかと思っています。
さまざまな病態に対する栄養管理については立派な成書も少なくなく、それなりにきちっとした成果をあげておられるかたもおおぜいいらっしゃるわけで、じつは途中でお断りしようかと悩んだほどであります。
ちょうど、私もこの機会に経管栄養についていまいちど勉強することができるということも考えたわけです。
「演歌な介護」という言葉を聞きました。あまり介護に必死になってはいけませんということを揶揄した言葉です。私は以前から「ズボラな介護」ということをお勧めしてきました。患者さんをほったらかしにしてはいけませんが、手を抜けるところは楽をして長く介護を続けられるようにしましょうという意味です。
そのためには、理論的や科学的な根拠だけで突き詰めないことも必要なのではないかと思います。
今日、私がお話しますことは、専門の先生がたからご覧いただきますと、間違ったことも多々あるかと思いますが、現場で、患者さんや介護者の生活のことも考えたうえでの妥協も含めてのものということで、お許しいただきたいと思います。
そして、じっさいに嚥下障害が進んできたときにどのような判断基準で経口摂取を中止して経管栄養にするか、また、経鼻経管から胃瘻に移行することを決断するのはどういうときかというようなことをまとめてみます。
さらに、じっさいの経管栄養の器材や手技などについてご紹介しまして、最後に経管栄養に使用する栄養剤についてまとめておきたいと思います。
私が在宅診療に力を入れるようになるまでのことにつきましては、さきほど山家先生からご紹介していただきましたが、その後に私がどういうことで今の仕事をしているかということを、今日の主題とすこし関係することでもありますので紹介させていただきます。
脳外科といいますのは、昨今の脳死臓器移植のことを待つまでもなく、けっこう時代の先端をいっているような印象のある仕事だと思われています。
しかし、脳外科が扱う傷病の結果は、心身に重い障害を残してしまうかたが少なくないわけで、大学のローテーションで回るような、いわゆる基幹病院の場合は、急性期の治療を終えるとさっさと後送病院に送って、その後はほとんど医者と患者の関係が切れてしまうことが多いのですが、1985年から私が仕事をしていた病院のような、いわゆる「地域の病院」では、急性期の治療を終えてからもその後長くフォローすることが普通になります。
当時はまだ長期入院が許されないとか、在宅療養への誘導が制度的にも始まっていないときでしたが、それでも経管栄養や気管切開をした重度障害のかたもおられました。その当時から在宅療養を始められて、一昨年に亡くなられるまで、10年以上にわたって経管栄養だけに頼っておられたかたもおられました。
私は病院で脳外科の仕事をしつつ在宅支援も続けていたわけですが、重度の障害のかたも引き受けるということで、とくに神経難病などのかたの在宅支援の依頼もすこしづつ増えてきておりました。
そして、1990年代になって、おそらく政策として在宅療養への誘導が始まりまして、ご存知のように長期入院を露骨に抑制するような診療報酬上の締め付けが始まり、それが診療報酬の改訂のたびにどんどんきつくなってきました。同時に世間では、病院でのスパゲッティ症候群、尊厳のない死、自己決定できないのはおかしい、などという空気が出てきました。究極の自己選択は在宅死であるというような、在宅賛美のマスコミ報道や出版物の傾向なども目立ってきました。
それに伴って、これまでは考えられなかった重度障害のかたや、高度医療を続けなければならないかたが、病院から、あえて言わせていただければ、追い出されるような形で在宅に戻ってこられる状況になりました。そして、それはいまでも続いております。
在宅で重度の患者さんのお世話をしている関係上、その支援施設としての老人保健施設はとうぜんそのレベルのかたの入所を引き受けなければ意味がありません。それで、この老人保健施設では、経管栄養のかたも、気管切開のかたもお引き受けするという方針を当初から持っていました。
したがいまして、私がいま仕事をしている老人保健施設では、経管栄養をしているかたがつねに入所しておられるという状況になっています。
したがって、これまで以上に在宅で高度な医療行為を必要とする患者さんが増えてくるものと思われます。現在の診療報酬にもすでに在宅での人工呼吸や透析などが想定されていますが、それらのようなごく高度なものでなくとも、経管栄養などの、いわば日常的な処置を要する患者さんはもっと増えることになるでしょう。あとで触れますが、在宅療養をするために経管栄養をするというのが普通になるかもしれません。
在宅療養しておられる患者さんは、以前はご本人かご家族が積極的に在宅療養を希望された場合が少なくありませんでした。しかし、最近は、主として経営的な理由で長期入院を嫌う病院が増え、また長期入院を認めている病院では患者さんの経済的負担が大きすぎてその負担に耐えられないために、やむをえず在宅での療養をしておられるケースが増えています。
もちろん、訪問看護ステーションやホームヘルプの整備、また、老人保健施設などの在宅支援のシステム整備が進んでおり、そして介護保険制度ができて、以前に比べて在宅療養をとりまく環境がよくなっているのは確かです。しかし、経管栄養をしておられる患者さんにとっては、あとで詳しく触れる理由で、けっして快適な療養ができるとは限りません。
ところで、しばしば「経管栄養は無用な延命処置である」という声を聞くことがあります。医療者の一部がそのように言うことがありますし、すこし前にはきわめて偏ったルポルタージュが大手新聞で掲載されたりもしまして、患者さんやご家族が「経管栄養は無用な延命処置だからしないでほしい」というふうに希望されることが少なくありません。
しかし、私は経管栄養や気管切開が単なる延命処置だとは思いません。自分で栄養をとれない人に栄養を与えるということが延命処置だというなら、まことに乱暴かもしれませんが、自分で食事をとれずに完全に介助で食べさせるという状況、つまり、口から食べて呑み込むことはできても、口まで食物を運んでもらわなければ自分では食べることができないというようなのも延命処置だということになります。買い物に行けないので食事をとれない場合なども含め、「自分で自分の食い扶持を確保できないのなら生きているのは無意味だ」というのは、いくらなんでも無茶ですし、とてもひどい差別意識の表れだと思います。
栄養を与えないということは、つまり「餓死させる」ということにほかならないわけです。もし私が嚥下障害のために通常の食事をとれなくなったら、私は経管栄養によってできるだけ日常生活を続け、命を永らえたいと思っています。
さらにねんのいった施設では、元気な患者さんですと経鼻経管では患者さんがしばしばチューブを抜いてしまう恐れがあるため、いきなり胃瘻造設に走るということも聞き及びます。のちほどちょっと詳しくご紹介いたしますが、いわゆるPEG、経皮内視鏡的胃瘻造設術ですと、高齢者にも比較的リスク少なく胃瘻を作ることができるようになったことで、経鼻経管を試すことなく胃瘻にしてしまうことになったということでなければ幸いです。
元外科医としてあえて言いますが、患者や家族にとっては、たとえ簡便に造設されるようになったとはいえ、身体にメスを入れたり穴を開けたりするということが心理的身体的に大きな影響があることを忘れてはなりません。
また、在宅では経管栄養の管理が医療行為であるとして、介護するご家族がホームヘルパーの支援を受けられないという現実があります。ご家族が経管栄養のチューブの状態の確認をしたり、流動食の注入後のフラッシング、チューブが詰まらないように水で洗い通す作業ですが、それをすることは問題がないのに、それを「ホームヘルパーが業として」行うと医師法違反になるという解釈が一般的であり、そのためにヘルパーが経管栄養の管理をすることを、ほとんどのホームヘルパー派遣事業者が禁じています。
訪問看護は一週間に3回までという縛りがありますし、患者さんにとって経済的な負担がヘルパーさんより大きいこともあって、訪問看護でカバーすることもなかなか困難です。
経管栄養を取り巻く状況のことを考えていますと、わが国の在宅療養、在宅ケアの限界のようなものを感じます。この限界を超えたところで、ご家族による「演歌な介護」がなされているのかもしれません。
これから、具体的に経管栄養の検討と方法について、繰り返しますがあくまで私の経験をベースにしてお話を続けてまいります。
まず、経管栄養にすることによってどのような利点が考えられるか、そしてどういうところが欠点であるか、そのあたりから入ってまいります。
私は、患者さんがいろいろな状況で食事をふつうにとれなくなったら、比較的早い時期から経管栄養を勧めます。それは、経管栄養にはデメリットをはるかに上回る利点があると思っているからです。まず経管栄養に考えられる利点をまとめてみます。
自民党の元警察官僚の議員さんが「子が親をみる美風」などとおっしゃったように、介護は愛情だ、負担を減らすためというのは邪道だと思われるかたもおられるようですが、食事介助で浮いた時間をべつの濃密な介護にあてるほうが患者さんにとってもいいことであるはずです。あまり余裕のない介護を続けていては、介護者の燃えつきなどの不幸な結果を招きます。
ただし、さきほども申し上げましたように、病院や施設が介護の手間を減らすために画一的に経管栄養にすることは言語道断でありましょう。
寝たきりのかたで、しばしば気道感染により発熱し、入退院をくりかえす経過をとっておられるのは、このような誤嚥が原因であることが少なくありません。そして、その結果として、やむをえず気管切開をせざるをえなくなることもあります。経管栄養をためらっていて、結果として気管切開までしなくてはならなくなるのはちょっと残念です。
嚥下障害がある程度すすんできて、発熱を繰り返すような場合には、無理に食事を続けることは危険です。
ある程度嚥下が難しくなっていますと、おかゆやミキサー食、ゼリー食などになっていることが多いので、摂取量の目安もつけにくくなります。
低ナトリウム血症については、のちほど時間があれば触れたいと思います。
ご承知のように、嚥下障害のある場合には、固形物や半流動性のものよりも、単なる水分のほうが飲み込みにくくなることが多く、栄養摂取不足より前に脱水をきたすことがあります。入院中には、脱水の傾向があれば点滴という手が簡単にとれますが、在宅や施設の場合にはその方法が容易にできないのが普通です。
経管栄養では、たとえば気温の高いときや入浴のあと、発熱しているときなど、栄養剤とは別にお茶やジュースなどの水分を別に注入するなどで調節できます。
高齢の寝たきりのかたの合併症としてきわめて多い糖尿病で経口糖尿病薬が確実に服用されていることはぜったいに必要です。抗痙攣剤もしばしば必須です。利尿剤や心臓関係の薬、降圧剤など、病状を安定させておくためには無視できない薬はたいへん多いのです。これらを確実に服用されていることができるのは大きな利点です。
ただ、チューブからこれらの薬剤を注入するためには、液体状になった薬やもともと粉末のものでない場合は、いわゆる「粉末化」という手間が必要になります。また、チューブの閉塞トラブルが最もおこりやすいのが、薬剤の注入に伴うものです。
また、粉末化することで、薬剤が本来目的としている血中濃度からズレる恐れがあります。投与回数や投与時刻に工夫が必要になる場合もあります。
病院では、消化器障害のない患者さんでも嚥下障害に対して安易に輸液が使われる傾向があるようにも感じていますが、消化管に問題がない場合には、栄養の摂取方法としてより生理的な経管栄養を第一選択とするのがよいのではないでしょうか。
かつて、流動食では下痢がつきものだったり、微量ミネラルの不足による症状が出たりして難渋したことがありましたが、最近の製品はきわめて使いやすくなり、以前の苦労が嘘のようです。
器材の交換も在宅のまますることができますし、経鼻経管の場合は最初の設置さえ行うことが可能です。
しかし、経管栄養では、消化管の機能が正常に近ければ、消化管でまず調節されるので、全身の管理が容易になることが考えられます。
なお、現在の定額制の病院や老人保健施設では、入院入所の診療報酬がマルメになっていますので、原価の高い経静脈高カロリー輸液は実際上は行うことができません。また介護保険もすべてマルメとなりますので、介護保険でも輸液はできないことになります。
極端な場合には、離脱したうえにいわゆる常食をとれるほどにまでなられた患者さんを複数経験しています。このようなケースを見ていますと、話は戻りますが、経管栄養がけっして単なる延命処置だとはとても思えないわけです。
また、離脱までにはいたらなくとも、嚥下困難がそれほど強くない場合などには、基礎的な水分や栄養を経管で確保したうえで、嗜好品などを経口的に少量、つまり味を感じる程度の楽しみとしてとっていただくという方法もとることができる場合があります。
いいとこだらけのような経管栄養ですが、とうぜんデメリットもあります。
また、経鼻経管栄養の場合、患者さんが意識してにせよ、無意識にせよ、ご自分で抜いてしまわれる場合が少なからずあります。
介護なさるかたは今までにそれほど縁のない器材やシステムを扱うわけで、慣れるまでは別の意味で管理に気を遣うことになります。
こういうことが頻繁におこるようですと、経鼻をあきらめて、胃瘻を設置して経管栄養を続けることを検討しなければなりません。
ただ、感染の誘発のことが経管栄養についての成書に必ずといっていいほどかかれていますが、私自身の経験としては、それほど頻度の高いものではないように思います。経鼻経管から胃瘻に移行した理由のなかで、感染誘発の防止のためというのは、私の記憶にはほとんどありません。
また経鼻の場合は顔面にチューブの断端が固定されているわけで、美容上でもけっしていいものではありません。もっとも、美容的な点に関しては、胃瘻の場合にはほとんど問題にならないのはいうまでもありません。
ま、深夜に対応する必要はふつうはありませんが、それにしてもこの事故はなぜか休日によく発生したりするわけですね。
患者さんのお宅にはたいてい予備のチューブや挿入のための器材が置いてありますから、身ひとつでかけつければいいわけですが、こういうことがしばしば繰り返されると、これは胃瘻にしたほうがいいかな、などとつい考えることになります。
そういう事情で、一時的にでも施設療養が必要な場合にかなり制限されるというデメリットがあります。
老人保健施設の入所に関する厚生省の指導に「経管栄養などをしていることを理由に入所を拒んではならない」というのがあります。このことは、いかに多くの老人保健施設で経管栄養のかたの入所を拒否しているかという証拠でもあります。
また、前に述べましたように、私の知る範囲では、公的なヘルパーさんたちが「医療行為に近い」という理由で経管栄養の管理はしてくださらないようです。したがって、経管栄養を現にしている時間には、介護者がヘルパーさんに任せて外出するというようなことができません。私は、嚥下のおぼつかないかたに食事介助しているほうがよほど危険なことであると思うのですが…。
いっぽう、スライドにありますように、経鼻経管栄養の欠点のかなりの部分が胃瘻で解消されるうえ、かつては造設するためには全身麻酔をして開腹手術が必要であった胃瘻が、いまや侵襲の少ないPEG(経皮内視鏡的胃瘻造設術)で容易に造設できるようになりました。
鼻や口、咽頭部に異物がないことと、とくにあとでご説明しますが、ボタン型の胃瘻であれば、患者さんがチューブを引き抜いてしまうような事故はほぼ防ぐことができること、これらは介護者や医療スタッフにとってはかなりストレスの軽減になります。
しかし、このことで、経口摂取から安易に経管栄養にすることと同じような事情で、経鼻経管から胃瘻にしてしまう傾向があるようにも聞いています。
しかし、患者や家族にとっては、たとえ簡便に造設されるようになったとはいえ、身体にメスを入れたり穴を開けたりするということが心理的身体的に大きな影響があることを忘れてはなりません。瘻孔部は一種の「創」キズですから、その部分の観察と管理が必要であるのは当然です。
そして、PEGの場合は、患者本人の協力が得られない場合には、局所麻酔での造設そのものができないことがありえます。
また、胃瘻を構成する本体部分の更新や交換の際には、瘻孔部分の処理を含めてそれなりの器材の準備と若干の熟練を要します。
チューブが抜けているのに気づかずにいますと、かなり短時間のうちに瘻孔が閉鎖してしまい、再挿入が難しくなることがあるのは、気管切開と同様で、注意が必要です。
それでは、どういうときに経口での食事摂取を断念し、経管栄養に踏み切るか。これは、今回あらためて文章化しようとしますとなかなか微妙なニュアンスが表現できず困ったのでありますが、あえていくつか並べてみましした。
さらに、とくに悪性疾患や消耗性疾患のきざしがないのにヤセや体重減少などが目立つときには、経口で十分な栄養量がないのではないかと考えてみる必要があります。
口に食物を入れていても、こぼしたり吐きだしたりして実際に飲み込んでいる量が少なくなっているかもしれません。毎日みている家族が気づかないくらいでも、月に1度か2度の訪問診療ですと目立って分かることがあります。
また、尿量が極端に少なくなったり、活気がなくなったり、そのほか脱水を思わす症状が続くときにも経管栄養を考慮しなければなりません。
まず、痴呆などのために病識が欠けていて、コミュニケーションがとりにくく、結果としてしばしばチューブを自己抜去してしまう場合があります。こういう場合には、たとえばあとで実例をご紹介しますが、手になんらかのものを付けていただいたり、あるいは抜去するほうの腕を抑制したりという、どうにもやむをえない対処をしばらくするものです。それでもたびたび抜かれるときには、胃瘻を考慮しなければなりません。
スタイレットやガイドワイヤーの使用は、とくに在宅での交換の場合、やはり粘膜を傷つけたりする危険を考えてできるだけ避けたいと思っていますので、よけいに難しくなります。
最後に、経管栄養で安定した状態が何年にもわたって続き、今後もしばらくはそのままの状態が維持されるように思える場合、安全性と介護の手間の軽減のために胃瘻への移行を考えることもあります。ただ、これはそれほど多いものではありませんでした。
この写真は、私の職場である老人保健施設での経管栄養の状況です。ごらんのように、たとえ経管栄養とはいえ、なるべくいろいろな刺激を与えたいため、療養フロアから食堂に降りていただいて注入することを原則にしています。ただ、みなさんがおいしそうに食事をされているのを目の前に見せるのは残酷ではないかという意見もありますが、ときにはごく少量の食物やオヤツを口に入れて楽しんでいただくこともしています。
チューブは、経鼻経管栄養の場合、全例がここに示しました「トップ」が輸入販売しているポリウレタン製「フィーディングチューブ」を使っています。この製品は他のものに比べてすこし高価ですが、閉塞することが少なく、挿入がしやすいうえに、留置しているときの患者さんの異物感が少ないように思います。
この製品にはスタイレットが付属した「ダブルポートタイプ」というのもありますが、前に言いましたように、粘膜損傷などの懸念からスタイレットは使用していません。
なお、ときどきイレウスや胃の手術後などの際に胃の内容のドレナージのために使用する太いチューブを栄養チューブとして留置されている例をみることがありますが、チューブは太いほど、堅いほど、異物感があり、また気道感染を誘発するのではないかと思われ、私はいっさい使用しません。
ちゃんと挿入されたことのチェックにレ線撮影をするように製品の説明書にあり、じっさいそうなさるドクターもおられますが、在宅ではレントゲンでの確認はできませんし、交換のたびに病院にきていただくのではなんのための訪問診療かということになります。
チューブに注射器で空気を送り込んで、胃の部分で聴診することで、まず間違いなく判断することができます。正常にチューブが設置されたことを聴診だけで確信することが必要ですので、在宅での交換にはある程度の習熟が必要かもしれません。
これの写真は右麻痺のあるかたです。自由のきく左手でしばしばチューブを抜いてしまわれるため、このようなミット型の手袋をつけられています。このミットは、手のひらの側に樹脂製の板が入っていまして、手を握ってもミットは曲がらないようになっています。
したがって手がチューブを握ろうとしても、つかむことができず、ひっぱることができないという仕掛けです。ま、一種の「抑制」であるともいえますが、自己抜去さえなければ安定して栄養管理ができていますので、やむをえない処置かと思います。
それでも入浴のときなど、ちょっとしたスキに抜かれてしまうこと、たびたびではあります。
これまで、私の関係する胃瘻の患者さんは、全身麻酔下で開腹のうえ、10センチほどの長さの瘻孔形成をしたところに、細い目の持続膀胱カテーテルを挿入していました。ほんらい胃瘻のために作られた器材ではありませんから、いろいろとアクシデントもありました。もっとも、最近では、持続膀胱カテーテルそのものの材質の進歩が著しく、現在この方法で管理している1名のかたは安定しています。
なお、聞くところでは、長期の経管栄養が必要な患者さんには原則としてすべて胃瘻にしている施設もあるということですが、私はまだ直接そのような施設を存じておりませんし、私どものほうがそういう方針をとる予定もありません。
近年、内視鏡の技術や器材の発達、専用キットの製品化などによって、この「経皮内視鏡的胃瘻造設術」がたいへん普及してきました。
胃内視鏡を併用して、局所麻酔で腹壁を穿刺するだけという、侵襲が少ない方法のため、高齢者や全身状態があまりよくない場合でも比較的安全に胃瘻を造設することができる点で急速に普及してきたものと思われます。
お気づきのように、私は造設された胃瘻を管理するばかりでして、実際に胃瘻造設をするのは内視鏡医と外科医でありますから、PEGに関するこれからの説明は単なるまとめとしてお聞きいただきたいと思います。消化器外科医である山家先生からは、とくにこれについて説明せよとのご依頼があったのですが、そういうわけで、日本内視鏡学会卒後教育委員会の「PEGガイドライン案」やその他の文献類をまとめたものになっていることをお許しください。
まずいかに簡便な方法であるとはいえ、禁忌ないし注意を要するものがあります。
列挙したこれらは、まあ当然であろうというものばかりではありますが、これだけ普及しまた簡便に行えることになりますと、えてして適応を拡大してしまいがちですので、つねに術前の十分な評価と、患者さんや家族へのインフォームド・コンセントが必要なのはいうまでもありません。
最後に書いてありますが、内視鏡の実施が困難な例、というのが、私たちが関係する高齢者には少なくないかもしれません。経鼻経管栄養のチューブの交換が困難な例としてご説明しましたが、身体の緊張が強いかたや、頚部の拘縮が強いかたは、そもそも胃内視鏡の挿入がかなり難しいのではないかと思われます。
また、痴呆でコミュニケーションがとれないかたは術中の協力が得られないことが障害になるでしょう。こういう場合にどうしても胃瘻ですと、従来の方法に頼らざるをえないものと思われます。
このスライドは、メディコン社が輸入発売しているバード社のPEGキットの例です。
今回のスライド作成に当たって、メディコン社からカタログの内容の引用や転載の許可をいただいていますので、これ以後はしばらくメディコン社のカタログをもとに説明させていただきます。
上がプル法、下がプッシュ法と呼ばれる方法のためのキットで、プル法のほうが一般的であるといわれているようです。
このスライドはキットを使って胃瘻を造設した状態を断面で示したものです。左はキットのカテーテルをそのまま設置した場合、右側はバード社でジェニーシステムと称されているボタン型に加工した場合を示しています。
実際の胃瘻造設の手順ですが、代表的なプル法の場合を紹介しておきます。
まず、内視鏡を胃に挿入し、胃を空気で膨らませます。別の術者が指で穿刺目標部位を押し、内視鏡でその部を確認、内視鏡からポリペクトミー用のスネアを出しておきます。
つぎに、局所麻酔下で小さな皮膚切開をし、穿刺、内視鏡で針を確認したら内筒を抜き、ループワイヤーを外筒に挿入します。
そして、ループワイヤーをスネアで掴みます。そのまま内視鏡を抜いてしまいます。
口から出てきたループワイヤーをスネアからはずし、PEGカテーテルのループとしっかり結びます。
つぎに、腹部に残ったループワイヤーの端を引っ張って、PEGカテーテルを胃の中まで入れ、さらにカテーテルそのものを抵抗を感じるまで腹部の穿刺部から引き出します。
そして内視鏡を入れてカテーテルの胃内の状態を確認します。
適当な長さにカテーテルを切り、カテーテルにチューブストッパを装着します。
ストッパーを腹部の皮膚表面に固定します。
チューブの先端にアダプターを固定して終了です。
チューブを体表ぎりぎりで切断してアダプターの代わりにガストロボタンをセットすれば、体表からチューブが出ていない状態で胃瘻を設置することができます。
造設し、胃瘻が安定した状態になっても、ある程度の期間でチューブやボタンを交換する必要がありますが、これはそのためのいろいろな器材です。
種種クすれば古いチューブは体表から抜き取ることができるそうですが、私はまだ経験していません。
カテーテルの状態で再設置することもできますが、瘻孔が安定していれば、スライドのように交換の際にボタン型のものを装着することもできます。
この写真は、開腹で造設して持続膀胱カテーテルを代用しているような場合に使うもので、形としては膀胱カテーテルと似ています。皮膚に固定するアダプターがありますので、膀胱カテーテルを代用した場合にしばしばカテーテルの不安定さのためにおこる瘻孔の拡大が防げます。
さて、たとえPEGの侵襲が小さいとはいえ、やはり観血的な手技ですから、造設術に伴なっていくつかの合併症が考えられます。
術中や術直後には上の4つに注意が必要です。気腹症は、PEGでは多かれ少なかれおこるものと考えられており、とくにそれによる症状がなければ放置しておいてもいいようです。
皮膚の問題は、胃瘻がある限りつねにありえることで、この観察と管理が重要なところですが、今回は詳しいところは省略します。
経管栄養のための市販の流動食には、薬剤の扱いになっているものと、食品のものとがあります。なぜこういう分かれかたになっているのか、私は不勉強で正確なところを存じていません。しかし、現実には、入院中から患者さんに使われていたものをそのまま続けていることが多いので、じつは、私の場合はどういう製品を使うかという点も含めてはっきりとした基準があるわけではありません。
これは私なりに現場の感覚からまとめてみた「薬品」と「食品」の比較表です。
薬品なら、とくに高齢者で老人保健のかたでは経済的負担が少ないのですが、しかし、食事代というのは普通に生活していても必ず必要なものですから、それを理由に食品の製品を避けることはちょっと変だとも思います。もっとも、介護負担のために生活が困っておられるご家庭もありますから、そのあたりはケースによって柔軟に対応していくことになります。
食品の製品では、味に工夫したり香りをつけたりして、経管でなく補助食品として普通に摂取することもできる製品が増えています。現に、栄養状態のあまりよくない経口摂取の患者さんに、補助食品として使っていただいている例がたくさんあります。
手元にある資料から、食品として市販されている栄養剤をざっと並べてみたのがこのスライドです。個々の成分などをあげていたらたいへんですので、おおざっぱな分類と商品名だけをリストアップしてみました。
最近は、量が少なくて栄養価の高いものがいろいろと開発されてきているようです。
こちらは医薬品として出ているもののリストです。
「適応症の指定」に「あり」とあるものは、たとえば大腸の病気や小腸切除後や肝機能障害など、とくに適応症が指定されているもので、単なる経管栄養に使うと適応外とされる可能性があります。
「なし」のものは、適応症としては指定されておらず、効能として『手術後患者の栄養保持など長期にわたり経口的食事摂取が困難な経管栄養補給に用いる栄養剤』と書かれています。
寝たきりの高齢者では、活発な日常生活をしている成人にくらべて、とうぜんエネルギー消費が少ないわけですから、私の場合だいたい一日に800Kcalから1200Kcal程度として、これを昼間2〜3回に分けています。
また随時お茶やジュース類などを注入していただいている場合もあります。
ときどき、寝たきりの患者さんに一日2000kcalもの注入をされたまま退院してこられるようなケースがあって仰天してしまいますが、いかに生理的で管理が楽な栄養法だとはいえ、ホメオスターシスが障害されている傾向にある高齢者では、それなりの注意をしなければ、このスライドのような合併症をきたしてしまいます。
いずれにしても、とくに経口で十分な量の食物をとれていない状態で始まった経管栄養では、慣れて安定してくるまでは、厳重に経過を観察しておかねばなりません。
はじめにもうしあげましたように、現在のわが国の医療や介護をとりまく環境からしますと、これからますます経管栄養の患者さんの在宅療養は増えていくものと考えられます。
経管栄養は無意味な延命治療ではけっしてないというところをスタートにして、患者さんやご家族の支援を続けていかなければならないと思っているわけです。
最後に、最近ごく日常になったインターネットですが、PEGをキーワードにして検索しましたら、いくつものサイトがヒットしました。ここに上げたサイトには、PEGに関するさまざまな情報がありました。機会がありましたら、私のホームページや私が主宰している「在宅ケアフォーラム」のページともども、いちどアクセスしていただきたいと思います。
ありがとうございました。