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はじめに

 ご紹介いただきました、老人保健施設ウエルハウス川西の上農でございます。

私と痴呆症との関係

 本日は痴呆につきましてお話するようにとのご依頼を受けました。私はもともと脳外科をやっておりましたので、痴呆症についてはそれほど専門というわけではありません。ただ、脳の病気についてはいろいろと経験してまいりましたし、痴呆については以前から診療の中で診させていただいてまいりました。そしてこの秋にオープンしましたウエルハウス川西に _痴呆症の専門フロア_ を設置することになり、痴呆症のかたをお預りする責任者としてあらためてすこし勉強したつもりです。
 今日はみなさまがたといっしょに、痴呆および痴呆症について整理してまいりたいと思いますので、よろしくお願いいたします。

本日の構成

 さて、さきほどのビデオで痴呆症について分かりやすい解説がされていました。同じことを下手なしゃべくりでやっても無駄なだけですので、私のほうは痴呆症とは何かということをすこししつこくまとめ、痴呆症の中核である記憶障害についても整理してみました。
 さらに、痴呆症と誤診してはならない疾患に関してしょうしょう詳しくお話させていただき、最後に時間がありましたら、私の痴呆症に対する考えかた、これは現在の世間一般の常識とすこし違うかもしれませんが、少しの経験と交友関係から得た情報などからまとめたものをお話したいと思います。
 レジュメが小さい字でぎっしりと漢字の多いものでして、申しわけありません。貧乏症なもので、なんとか一枚に納めようとしてこうなりました。内容は難解なものですが、話のほうはなるべく分かりやすくしたいと思いますのでおゆるしください。

痴呆とは何か

 まず痴呆とは何か、ということを厳密に考えてみたいと思います。なぜこだわるかと申しますと、しばしば痴呆症と痴呆症類似の病態を、当事者でさえ取り違えてしまっておられることを見聞きするからです。また、痴呆と痴呆症とは区別したいと思います。痴呆はあくまで症状でありますし、痴呆症はある病態についての病名だと考えて区別したいのです。

痴呆の概念

 この ~**OHP**~ をごらんください。
 痴呆とは、成人の記憶および知能の障害であって、そのために通常の社会生活ができない状態である、ということです。この「**通常の社会生活ができない**」という点にとくに注意が必要です。あとでお話するつもりですが、記憶や知能の障害があっても、日常生活にたいした支障がなければ痴呆と考えないほうがいいし、痴呆であっても原因の除去により改善するものは痴呆症ではないと私は思っています。

痴呆と診断するための条件

 そして、痴呆であると診断する際に気をつけておかなければならない点がいくつかあります。
 まず、意識が清明であるということです。軽い意識障害は痴呆に似た症状を呈します。健康な若者でも、たとえば眠いときなどには記憶できなかったりします。酒に酔ったときには、動作も正常ではなくなり、判断力が低下し、記憶障害になり、性格が変化し、などと、ちょうど痴呆の症状と同じようになりますが、そういう場合は痴呆症とは言わず単なる酔っぱらいといいます。私自身がしばしば経験しているので間違いありません。アルコールは脳の活動全体を低下させて、ある種の意識障害を起こしますので、これは痴呆とはいえません。
 つぎに、意識にも関連しますが、原因が脳の器質的病変、つまり形や構造の変化をきたす病気が原因であることというのがあります。薬物や精神疾患などの機能的変化の場合は痴呆症と診断してはいけません。
 そして病状は、速度はいろいろですが、つねに進行性のものであることが条件です。で、最後に、精神症状や行動異常を伴うことが条件です。もっとも、この条件については、記憶や知能の障害があればまず常に伴っているものと考えられます。

痴呆の診断

 この ~**OHP**~ は、痴呆症の診断のために、アメリカの精神医学会が定めた「精神障害の診断と統計のためのマニュアル」の改訂第三版で定められた基準です。現在のこのマニュアルは第四版となっていて、診断基準もアルツハイマー型と脳血管性に分けられています。これについてはあとでまたご紹介しますが、とりあえずその両方に共通するものがこの「痴呆の診断基準」に含まれています。
 それで、この基準で最も大事な項目は、AやBではなく、C以下だということを強調しておきたいのです。記憶障害などがみられても、日常生活でそれほど障害がなければ、痴呆症だと診断してしまわないほうがいいのです。ですから、個人個人で診断の時期が違うこともありえます。生活環境が違えば日常生活の障害度合は当然違ってくるはずです。

記憶について

時間からみた記憶の種類

 さて、その記憶についてすこし説明しておきます。つぎの ~**OHP**~ です。
 記憶は時間の長さで短期と近時、遠隔の三つに分けることができます。短期記憶というのは、ほぼ一瞬ごとの出来事についての記憶で、これは覚えておくことをとくに意識したり、あるいはなんども同じ刺激が反復しなければほとんど覚えていることはありません。たまに「頭のスミに残っている」というような記憶です。アリバイを聞かれても普通の人は直ちに思い出せないだろうといわれるのは、意識しない行動の記憶はほとんどこの短期記憶だからです。話は脱線しますが、テレビ画面の中に見えない短時間の映像を紛れ込ませて視聴者になんらかの記憶を持たせる方法を「サブリミナル」といいますが、それはこの短期記憶もくり返しによって記憶として認識されることがある点を利用しているわけです。
 つぎの近時記憶は、時間、日、月、年単位などのもので、経験のなかで短期記憶よりも注意が持続するために記憶として蓄積されたものです。一般に記憶といえばほとんどこの近時記憶のことで、痴呆の初期には近時記憶がまず障害されてきます。
 遠隔記憶はより長期に持続する記憶で、痴呆の場合もかなり末期まで保持されますので、こどもの頃、若い頃の記憶が鮮明なのはそのためです。

記憶の中枢

 これらの記憶は、厳密にではないものの、それぞれが貯蔵されている脳の部位が違っています。頭の外傷や非常に大きな精神的ショックの際にしばしばみられる「逆行性健忘」や「外傷性健忘」、これはその出来事の前後数時間から数日の記憶がなくなる状態ですが、これは近時記憶を蓄積する部分、難しく言いますと、大脳の側頭葉の内側、海馬と呼ばれるところの機能障害ではないかと言われています。近時記憶はこの海馬で情報処理されたあと、大脳皮質に広く貯えられ、それが遠隔記憶となると言われています。
 つまり、痴呆症の記憶障害の本態は、海馬付近の機能障害である可能性があるわけです。

内容からみた記憶の種類

 さて、近時記憶や遠隔記憶は、その内容によって手続記憶と陳述記憶に分けられます。手続記憶というのは、体で覚えている手続の記憶で、たとえば道具を使ったり服を着たり食事を作ったりというのはこれです。
 陳述記憶はまたふたつに分類できまして、エピソード記憶は個人それぞれの経験に根ざしたもの、「〜を覚えている」という内容、えーと、たとえば「去年の夏に浮気したがバレなかった」というようなものです。もうひとつが意味記憶と呼ばれるもので、「〜を知っている」と表現されるもの、たとえば「太平洋戦争は昭和20年に敗戦した」というようなものです。
 痴呆症では、これらの記憶分類でいえば、近時記憶の陳述記憶から障害されてくることが多いように思います。もっとも病状が進みますと手続記憶や遠隔記憶もダメになってきます。

生理的な記憶障害

 脳外科の外来診察をしていますと、もの忘れ、つまり記憶障害を気になさって受診される患者さんが少なくありません。最近よくものを忘れるのだが、痴呆の始まりではないだろうか、という心配をなさるわけです。
 病的な記憶障害と正常範囲のそれとの線引というのは、じつはたいへん難しいわけですが、この ~**OHP**~ のような比較をしてみてはいかがでしょう。
 いちばん大きいのは、正常範囲のものが部分的な記憶障害であるのに対して、病的なものでは記憶全体が障害されるという点です。また、記憶の低下を自分が認識しているかどうか、つまり「病識」があるかどうかがポイントになります。それ以外にも、手続記憶が障害されるかどうか、手続記憶とはさきほどお話しましたように、日常の行動の手続、手順についての記憶ですから、これが障害されていると日常生活をひとりでできなくなってしまいます。電車に乗って駅から歩いて病院にきて初診の申し込みをして脳外科の診察室の前まできて順番を待つ、というのは、これはけっこういろいろな手続を経ているもんです。

~AAMI~ (老年性記憶障害)

 で、正常範囲の記憶障害の概念として、この ~**OHP**~ のように、age associated memory impairment、老年性記憶障害というのが定義づけられています。
 ところで、この表を見ていますと、私は1の条件よりすこし若い48才ですが、2の支障についていえばしばしば@からBあたりは経験しています。うーん、これは酒の呑みすぎかいな、などと思いますが、要するにこういうものは「年のせい」なんだということですね。
 さきほど言いました診察での患者さんのご心配は、ほとんどこのAAMIで説明されるものと思われます。ついでに言いますと本当の痴呆の患者さんが診察におみえになるときは、まずおひとりではなく、ご家族が連れてこられます。ご本人は、なんで私が診察を受けなければならないのだという態度でおられることがほとんどです。つまり患者さんに病識はありません。AAMIの状態で強く心配される場合は、「鬱傾向」の場合が多いように思います。

痴呆症

 さて、いよいよ痴呆という症状について考えていきたいと思います。

痴呆の原因

  ~**OHP**~ は痴呆症状を起こしうるいろいろな原因疾患を列挙したものです。間違ってはいけないのは、これらが痴呆症の原因ではないということです。これらのうち「治らない痴呆」以外のものは「治る痴呆」です。まるで禅問答のような話ですが、そういうわけです。
 「痴呆は治るっ」などというマスコミ記事や誰かの主張は、こういう「治る痴呆」のことを言っているわけで、「痴呆症は治る」と言っていれば、それは意識的にか無神経にか「痴呆」という症状を表わす言葉と「痴呆症」という病名とを混同しているだけなのです。これらのうちで「治らない痴呆」を痴呆症というのだと考えてください。つまり、残念ながら、現在のところ、痴呆症は治らない、のです。

痴呆の症状

 さて、では、痴呆の症状とはどのようなものでしょうか。 ~**OHP**~ のように、よく中核症状と随伴症状、周辺症状と言われるようですが、基本的に中核症状はすべての例でみられます。それは当然で、こういう症状を持つ人を痴呆と診断しているわけですから。
 周辺症状のほうは、日常生活でいろいろと問題になるものが多くて、介護者の大きな負担になるものがほとんどです。しかし、詳しいことは省きますが、この周辺症状に関してはなんらかの原因、きっかけがある場合がほとんどでして、それが解決できれば症状を抑えることも不可能ではありません。もっとも、現実にはそれほど簡単なものではありませんが…。

周辺症状について

 たとえば、徘徊には徘徊の理由があるということがよく言われています。仕事に出かけなければならないとか、昔住んでいた家に今も住んでいると、要するに近時記憶の障害のために遠隔記憶上の家が印象づけられて、帰宅しなければならないということで出かけることになったりするわけです。
 また、記憶が障害されていても、たとえば強く叱られたり侮辱されたりすると、その内容については忘れてしまっても、イヤな気分を味わった感情だけは心に残っていて、それが原因で被害妄想が出現したりある人に対してだけ攻撃的になったりということが考えられます。
 たとえ痴呆であっても、自己愛とか自尊心とかいう、人間の根源的な感情を傷つけられることは、かなりのストレスとなって残るといわれています。

高齢者という先入観

 注意しなければならないことがあります。世間を見回しますと、老人のイメージというのがなんとなくパターン化されていると思いませんか。高等小学校を出てすぐ働きだし、長男なら家を継いで嫁をとり、次男以下だと町に出て下働きから身を立て、やがて所帯を持って子に恵まれ、子は成長して独立、孫もできたので、夫婦は隠居して孫の面倒を見る、「好々爺」という言葉がありますが、ああいうイメージ。テレビ大阪だったかの「徳光和夫の情報スピリッツ」という番組がありますが、あの番組の最後の「夫婦の肖像」というコーナー、あれです、あれ。
 でも、大正末期から昭和生まれのかたになりますと、自己主張が強く高学歴の傾向になっています。明治から大正はじめころ生まれの、どちらかといえば体制順応的なご老人とは明らかに違ってきています。こういう人たちに、従来の老人のイメージのまま接しているとどういうことになるか。ご自分がこども扱いされるような場面を想像すれば理解できると思います。痴呆の診断テストなどを不用意に機械的にすることもなかなか考え物だと思います。

老人施設の場所

 ついでにいいますと、老人施設だから山の中の静かな場所がいいのではないか、などというのはまったく的ハズレでしょう。現に76才になる私の父など、まだまだ都会でウロつきたいのだから、老人施設にもし入るなら駅前じゃあ、などと言っております。私の父ですから、ま、ちょっと変人ではありますが、まあ、そういうもんです。

アルツハイマー型痴呆と脳血管性痴呆

 ちょっと話が脱線しました。 ~**OHP**~ はさきほども紹介しました、米国の精神医学会のマニュアルで定められているアルツハイマー型痴呆の診断基準です。これで重要なのは、やはりCとDです。また、Eの譫妄の間のみ生じるものでないという点も重要です。譫妄についてはあとでまたお話します。
 そしてこちらの ~**OHP**~ が脳血管性痴呆の診断基準です。特徴はBで、つまり脳血管障害としての症状と、それに対応する検査上の所見が求められています。実際には、大脳の深い部分の多発性脳梗塞や、いわゆる分水嶺梗塞といわれるものなどが多く見られます。

痴呆と鑑別すべき疾患

 さて、油断しますと痴呆症ではないのに痴呆症だと騒がれることがありまして、これらはもちろん「治る痴呆」ですから、的確に診断して対処しなければなりません。

鬱病性仮性痴呆

 仮性痴呆と呼ばれるものがあります。 ~**OHP**~ は仮性痴呆の診断基準で、この場合は脳の器質的病変が原因ではないのが特徴です。しかしながら、仮性痴呆の原因とは別に、たまたま脳血管障害などを合併しておられることもなくはないので、そういう場合に「脳血管性痴呆」と誤診しないよう注意深い診察が必要です。
 それで、この仮性痴呆はほとんどが鬱病が原因になっています。 ~**OHP**~ に鬱病性仮性痴呆と痴呆症の比較を書きましたが、症状としては、反応の遅れ、物忘れ、失見当識、注意力の低下、周囲の状況の把握困難、抑うつ気分、罪悪感、卑小感、自責感などで、暗い顔をして小さな声で話されることが多いようです。
 問いかけをした場合には「知りません」「分かりません」という堪えが多く、作り話でごまかそうとする痴呆症の場合とはこの点が全く異なっています。
 なお、ついでながら、この鬱病性仮性痴呆のかたにはしばしば自殺祈念がありますので注意が必要ですし、鬱病のかたに「ちからづける」「頑張れという」のが禁忌であることはご存じのとおりです。

譫妄

 さて、今日きておられる皆さんはそんなことはないでしょうが、一般の病院やご家庭では、この譫妄を痴呆の症状だと思っておられることが少なくありません。医師にも誤解されていることがあります。 ~**OHP**~ に譫妄の診断基準を、例によってDSRから提示しておきますが、Aにあるように、譫妄というのは一種の意識障害なのです。で、痴呆を診断するときには、意識は清明でなければならないというのが一番最初にありましたよね。
 もちろん、痴呆症の症状としての譫妄はありえますが、譫妄は痴呆症に特有なのではありません。 ~**OHP**~ にありますように、譫妄は身体疾患の症状として現われることが少なくないのです。発熱や換気不良、電解質のアンバランスや睡眠不足、あるいはクスリの副作用などでも出現します。そしてほとんどの譫妄は原因を取り除くことで治療が可能なのです。
 この表ではついでにアルツハイマー型と脳血管性の比較もしてあります。

間違いだらけの痴呆症

 つぎの最後の ~**OHP**~ ですが、じつは私はここのところがいちばん言いたいところです。

治る痴呆という矛盾

 さきほど少し言いましたが、治る痴呆は痴呆症ではないわけですから、痴呆症と診断が確定されたら残念ながらいまの医学では治らないということをじゅうぶん理解してください。で、そのうえで、痴呆の発見は遅ければ遅いほどよい、と私は主張します。
 つまり、治る痴呆であることは、これは早く診断して治療に取り掛からなければなりませんが、そういう可能性がない場合、その時点で厳密に診断して「痴呆症だ」としてしまうことはよくない、と言いたいのです。

環境を急変させない

 痴呆症というのは、環境の変化や身体的要因などで症状が変化します。治らない痴呆症だと診断して、さあ大変だ田舎に一人で置いておけないからこちらに引き取ろう、施設に入れなければ、仕事はやめてもらわねば、外に出ないように閉じこめなければ、などと急に環境を変えてしまうと、一気に悪くなる恐れがあるわけです。
 いままでの生活を急激に変えないように、無理や危険のない範囲で日常生活をさせてあげておくほうが、進行を遅くできる可能性があります。しかしながら、これは痴呆症です、と言われてしまってはなかなかそういう冒険はしにくいのではないでしょうか。危険な病気の症状としての痴呆ではないようだし、普段の生活にそれほど障害がないのだったら、とりあえず様子を見ましょう、というのが正しいと思うのです。痴呆症の診断基準に「職業・日常生活・対人関係に障害をきたす」という項目が必須であることを思い出してください。濃密な地域社会、たとえばずっと住んでいる田舎のムラなどのなかで、ある程度のボケであっても危険や迷惑がないのなら、それは痴呆症ではない、と考えたほうがいいと思うのです。

脳血管性痴呆はじつは少ない

 ところで、日本ではもともとアルツハイマー型痴呆は少なく、ほとんどが脳血管性痴呆だと言われてきました。しかし、最近の疫学調査や、検査方法の発達などから、じっさいには日本でも脳血管性痴呆は少ないということが分かってきたそうです。脳血管性のほうは、痴呆症とはいえ、まだ少しは治療効果の期待できる部分がありますが、アルツハイマーですと今の医学ではほとんどお手上げです。そういう意味からも、ある日急にボケる痴呆はないというのは重要です。たしかに脳血管障害は急激に発症しますから、脳血管性の痴呆だと急に悪化る可能性はあります。しかし、慎重に見てみますと、それは痴呆ではなく、神経脱落症状だけである可能性が大きいわけです。

痴呆のクスリはない

 また、痴呆のクスリと称しているものの多くは、脳代謝賦活剤とか脳循環改善剤とかいうものですが、脳血管性の痴呆症がきわめて少ないことが分かったいま、これらのクスリに効果を期待することは無理があります。効果のないクスリは、副作用の危険だけが残ることになりますし、医療費の無駄使いでもあります。もっとも、健保の出来高払いの医療機関は薬価差益が入るわけですが…。

家族にできること

 最後にこれまでの話のまとめとして、痴呆症のご家族にできることというのを列挙してみました。ご家族にできることは、痴呆症に関わる専門職における心得でもあるのではないかと思います。

今までの生活を変えない

 痴呆症というと暴れたりひどく徘徊したり妄想がひどいなどの印象が強いようですが、現実には自分の世界に入ってしまっておとなしくなられるかたのほうが多いように思えます。痴呆症だからといって大騒ぎしたり施設入所を急いだりというような対応はとらないほうがよいと思います。環境変化がよくないことはなんども言っているとおりです。その意味でも診断が遅いほうがよいわけです。

鬱病や譫妄などに注意

 合併症はコントロールできることが多いので、単に痴呆が悪化したのだと考えずに治療の方法などを考える゛きです。

不愉快にさせない

 さきほど言いましたように、感情の記憶は維持されていることが多いので、不愉快な気分にさせますと、それが原因で妄想や暴れなどが出現する恐れもあるわけです。

できない姿にカッカしない

 誰でも親の悲しい姿は見たくないもので、ついカッカしてしまうものでしょう。しかし、周囲の者の不機嫌は、おもわず八つ当たりしたりすることによって、患者さんに不愉快な思いをさせてしまうことになりますね。

罪悪感にとらわれない

 痴呆症は誰の責任でもない、ひとつの病気、あるいは老いかたのひとつの姿です。周囲の者が見逃したので悪化したというようなものではありません。

ズボラな介護をする

 痴呆症にかぎらないのですが、演歌な介護、つまりひとりで必死になって介護しつづけようというような状況はけっしてよくありません。社会資源に助けてもらうような手だてを持って、余裕のある介護を続けたほうが、けっきょくは長続きすることになります。

最後まで自宅、にこだわらない

 痴呆症の初期には環境変化は病状の悪化に繋がりますが、進行した状態ではあまりそれは関係なくなります。自宅での介護が難しくなったら、施設入所も考えるべきです。ただ、現状では、施設が足りません。特別養護老人ホームは何年も待ちになっていますし、私のところのような老人保健施設は入所に期限があります。ついでながら言っておきますが、老人保健施設で長期の入所を認めないのは、老人保健施設はあくまで在宅支援の施設だという想定があるからでして、長期になりますと監督官庁から是正するように指導されるのが実情のようです。私などは、せめて痴呆症のかたについては、特別養護老人ホームが足りるまでは老人保健施設での長期入所を認めるべきだと思っているのですが…。

介護者のケアについて

 じつは、痴呆症のかたを介護なさっているご家族のケアという話、たとえば日常を知らない人には痴呆症の現実は見えないというような話もしたいのですが、それはまたの機会にしたいと思います。

おわりに

 なんだかとりとめなく痴呆症についてお話してしまいました。
 最後に、痴呆症の患者さんとはいえ、長年にわたって築いてこられた人生があり、一人の人間としての尊厳があり、その人を尊敬し続けたい周囲の人たちがいらっしゃるということを決して忘れることなく接していきたいものだと思いつつ終わりにいたします。
 ありがとうございました。


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