在宅ケアあれこれ(宝塚カレッジささえあう長寿コース)

はじめに
自己紹介
介護保険でどう変わったか
介護保険の問題点
二つの在宅ケア
在宅ケアを阻害するもの
これから考えておくこと
さいごに


はじめに

 ご紹介いただいた協和会の上農です。

 今回でこの宝塚市民カレッジでお話させていただくのもたしか四回目になると思います。考えてみますと、介護保険が始まる前から同じテーマでやっていますので、その内容を並べて比べてみれば、介護保険でどう変わったかということも見えやすいのかもしれないなあとも思いましたが、いままで三回の結論として、みなさまのご期待を裏切る「在宅ケアはたいへんだよ」というものばかり、そして、今回もそれほど結論には変わりないという点で、けっきょく介護保険はなんだったんだろうということになりかねませんが、しかし、ある部分では確実に変化し、問題点が世間に見えるようになり、これからどうすればよいのかということを考えやすくなったのではないかという印象はあります。

 今回は、最初に私の立場を簡単に自己紹介し、つぎに介護保険制度が始まって一年半がたって、それなりに問題点も出尽くしてきた感がありますので、介護保険になって在宅ケアの環境はどう変わったか、あるいは、どう変わっていないのかという点をお話しします。

 そのあと、機会があるたびにお話していますが、在宅ケアとひとくくりにいっても、まったく異なった状態があり、それによって対応策が大きく変わるのだということのご説明、そして、これもしばしばお話する、どういう場合に在宅ケアがうまくいかないのかということをお話し、最後に、これからの超高齢化社会と、医療費を極端に抑制され、景気がなかなか回復しない時代に、自分やご家族の介護などについて考えておかなければならないことについてご説明しようと思います。

自己紹介

 私は1949年の大阪生まれで、以後ずっと大阪で過ごしてきました。

 1973年に、昨年から世間をお騒がせしました奈良県立医大を卒業し、母校の脳神経外科の医局で研修を受け、奈良県と大阪府の国立公立の病院をいくつか回ってから、1985年に協和会の協立病院に赴任しまして、脳神経外科の診療をしてきました。で、1987年ごろから在宅医療に興味を持ちまして、病院で手術や診療をする合間に、在宅の寝たきりの患者さんの往診をするようになりました。

 1997年に協和会が老人保健施設を作るということになり、そもそも老人保健施設というのは在宅ケアの支援の施設であるという建前があるので、私にやらせてほしいということで、1997年の9月にオープンした「ウエルハウス川西」の立ち上げの責任者をさせていただきました。その後、施設が落ち着いたところで、在宅に力を入れることと、その他のいろいろな仕事もしたいということで、1999年5月に施設長を辞しまして、在宅医療センター長という立場になっております。

 しかし、老人保健施設の仕事はまだ続けていますので、ショートステイを含めた入所のかた 150名の医学的管理をし、在宅の患者さんの訪問診療を約50人、そして、協立病院での外来診療もまだ担当しています。これとはべつに、特定非営利活動法人「川西高齢者と歩む会」、ここは川西市の北部で民間デイサービスなどの活動をしていますが、その協力や、いま特定非営利活動法人の申請中ですが「ささえあい医療人権センターCOML」という市民団体の協力医師のボランティア活動をしています。

 また、ずっと以前から最初は趣味ではじめたパソコン通信が高じて、いまインターネットでいくつものホームページの管理を依頼されていまして、これにつきましては、時間がありましたら後ほどご案内いたします。

 いい忘れましたが、私は兵庫県介護支援専門員の資格を洩ってります。また、川西市医師会からのご依頼がありまして、介護保険スタートのはじめから川西市介護認定審査会の委員もおおせつかっています。

 ここからはすこし蛇足ですが、私は50年すこし、ずっと大阪府民でおりましたが、今年の2月に宝塚市に転居しました。昨年までは、このカレッジでは、いわばヨソ者として勝手なことを言っていたと非難されてもしかたがないのでしたが、今年からは私も市民ですから、それなりに宝塚の医療や介護、福祉に関して言わせていただけるかなと思っています。でもまあ、今回はまだ新参者ですから、具体的なことについては触れないでおくことにしました。

 今後、選挙や市の活動などを通じて、すこしずつ宝塚市を勉強させていただこうと思っています。

 ま、住みだして半年、いまのところ私は宝塚市にとりたてて文句はございません。不便といえば、川西市に近いいまの自宅の場所は、市役所や警察が遠いことでしょうか。市役所は出張所があるので、日常的な用件はすみますが。

 と、これは脱線でした。さて、それでは本題に入ります。

介護保険でどう変わったか

 毎年、「選べるサービス」という副題のままお話しているのですが、結局さいごには「選べぬサービス」かもしれないなあという悲しいことになっています。

 しかし、介護保険が始まって落ち着いてきたいま、かつて医療以外がほとんど行政の福祉での措置とされてきたころに比べれば、すくなくとも「お仕着せ」の心配は、制度のうえではなくなっているといえます。

 これから「介護保険でどう変わったか」というところからお話を始めるわけですが、このカレッジの前回の講義で、宝塚市の介護保険の担当者のかたのお話もあったようですから、今回はみなさまがたが介護保険の基本的なことはもうご存知であるという前提で話させていただきます。

 もし、なにかお分かりにならないことがありましたら、あとで私の分かる範囲でしたらご質問に答えさせていただきます。

 さて、そういうことで、2000年4月にいろいろ問題点は指摘されつつも介護保険が始まりました。それまで医療保険である老人保健の施設であった老人保健施設も、そのときから介護老人保健施設として介護保険の対象になりました。施設としては、特別養護老人ホームも指定を受けた施設、実際にはほぼすべてですが、それが介護老人福祉施設となり、病院の一部も介護療養型医療施設という名称になりました。

 訪問看護も医療保険から介護保険に一部を除いてシフトし、ヘルパーやデイサービスは措置、つまりお役所言葉でいいますと行政処分から、介護保険でのサービスというものに大転換しました。それから18ヶ月、なにがどのように変わっているか。

 まず、利用者、つまりサービスを受けるかたやそのご家族のがわの変化で私が気づいたものをお話しましょう。

 ご利用者にもいろいろありますから、とってもズッコイ人たちもいらっしゃいます。反対に知らないためにソンばかりしたり、あるいは正直すぎて結果としてエラい目にあうかたもおられます。目だって感じる主な二点についてお話します。

【スライド】

 そもそも介護保険は、在宅ケアを建前とする制度として考えられました。在宅の介護を支援するためのいろいろなサービスが考えられ、それに付随した形で施設サービスが決められたはずです。それが、じっさいには、介護保険以前と比べて施設志向が強くなっています。それはなぜか。いまのところはっきりしたことは分からないのですが、私なりにいくつか原因を考えてみました。

 まず、特別養護老人ホームに関してですが、以前は役所の窓口で手続きしなければならないし、家族の所得まで調べられていた入所手続きが、介護保険では介護老人保健施設や介護療養型医療施設と同じように、個人と施設の契約だけで使えるようになったこと。所得でいえば、以前のように所得による自己負担の違いがなくなって、ある程度の所得や資産のある人が入所しやすくなったことなどがあります。

 介護老人保健施設では、以前は長期入所のかたは施設療養費が次第に安くなって、事業者の収入が減る「低減制」という制度があったものが、介護保険ではそれがなくなり、施設として長期に入所させていたり、短期間のうちに再入所としても経営的にそれほどデメリットがなくなったことがあります。じっさい、全国規模での平均入所日数は、介護保険前と比べて明らかに延びているということです。

 つぎに、居宅サービスが利用者のニーズに十分にこたえていないのではないかという点があります。もちろんすべての事業者が、というわけではないのですが、ケアマネージャーが利用者の意見をあまり聞いてくれないとか、知識が不足していたり連携が悪かったりして、介護保険で提供できるサービスをうまく利用者に提示できないため、そんなにたいへんならいっそ施設へ、ということになりやすくなります。

 それから、医療費の抑制のために、病院での入院期間をなるべく短くしなければ病院経営がうまくいかないということが、昨年の診療報酬の改訂でさらに強化された影響もあるようです。これについてはあとですこし詳しくお話します。

 ところで、介護老人保健施設のように一時的な施設入所であっても、ある程度の期間お宅を不在にしますと、そのかたの自宅での居場所がだんだんなくなり、その傾向は入所期間が長くなればなるほど顕著になります。ですから、入所期間が長くなると、自宅に帰ることが難しくなり、その結果、ずっと入所できる介護老人福祉施設、特別養護老人ホームへ入所希望が増えるということになります。また、その待機中、これまでですと自宅に戻っておられたかたが、別の介護老人保健施設に移られる、いわゆる「老健巡り」ということになっているようです。

 話はガラッと変わりますが、利用者のうちでそれなりの問題意識をもっておられるかたは、介護保険が契約行為であるということをよく理解され、情報開示や説明義務に関してかなりシビアな要求を出されるようになりました。

 私どもの施設でみますと、もともと医療機関としてスタートしたものなので、以前は医療がいまでもその傾向にある「よらしむべつ、しらしむべからず」になりがちでした。それを「サービス業である」という教育によって改善してきたものでしたが、介護保険ではそれぞれのご利用者ごと、サービスごとに「契約」という点を明文化しているため、利用者と提供者が対等の立場であるということが明確になり、ご利用者の権利の主張が増えてきたと思われます。もっとも、これはもともと当然の権利であったわけです。

 私は、この介護保険での契約という概念が、やがて医療の世界にも普及して、医療者が意識を変えざるをえない状態になるのではないかと思い、またそうなってほしいと思います。

 しかし、権利と義務は裏表です。契約について、十分に理解し納得したうえでなければ、逆に利用者側に不利なことになりかねないのは、いろいろな契約行為と同じですので、その点には注意が必要です。

 さて、介護保険での居宅事業者は大きく三種類に分けられます。

 一つ目は介護保険でも主流になっていますが、もともと福祉のサービスとして居宅サービス事業を行ってきたところです。たとえば社会福祉協議会や社会福祉法人などがこれにあたります。二つ目が、介護保険開始のすこし前に解禁となって参入してきた医療法人によるサービス事業者で、ヘルパー事業まで手を広げているところはそれほど多くないようです。訪問看護と通所リハビリテーションを行っているところが大部分でしょう。

 最後が介護保険の開始で民活として加えられた、その他の法人の事業者です。これには特定非営利活動法人などのボランティア系のものから、コムスンやニチイ学館などのように全国規模の大手営利企業までさまざまです。

 介護保険は営利企業の参入を認めたという点で、規制緩和のかなり先端をいったわけですが、それでどのような事態になったかといいますと、

【スライド】

 まず、営業活動がかなりの露骨かつ激しくなったというこてがあります。自由競争だといわれたわけですから、それは当然でしょう。

 たとえば、昨年かなりの頻度で流されたコムスンのテレビコマーシャルは記憶に新しいところです。ちょっと脱線しますが、あのCMでのヘルパーさんの「お熱くはございませんか」という台詞、あまりにもわざとらしいということで、現場では笑いのネタ、飲み会のサカナになっておりました。

 もっとも、私はとくに在宅のサービスは、とっても地域に密着したものだから、全国規模の大手だからといってコンビニのようにシェアをとれはしないと思っていましたら、やはり結果はそのとおりで、コムスンのその後のなりゆきはご承知のとおりです。

 最近では、地域での営業活動、口コミや訪問セールス的アプローチのうわさも聞きますが、では地域の事業者ならいいかといいますと、私の知っている限りですが、やはり事業者は玉石混交です。同じ保険料を支払っているのですから、できるだけいい業者、有能なケアマネージャーの世話になりたいものです。

 つまり、ここにきて事業者間でかなりの格差ができてきています。しかも、そういう状態になっていることが、あまり知られていないということがあります。

 私たちから見て、そんな事業者、そういうケアマネージャーとは縁を切ったほうがいいのに、ということが少なからずありますが、いかに言いたいこと言いの私でも、いきなり「ケアマネージャーを変えたらどうです」とは言えません。しかも、ではどこに、と尋ねられたときに、自身を持って推薦することができないのは、これはもう医者の紹介をしにくいのと同じことであります。

 できるケアマネージャーとアホなそれとでどういう点で困ることがおきるかということですが、きっと私にもおもいかばないもっとさまざまなことがあるはずですけれど、ちょっと気づいたこととしては、その事業者が持っているサービスしか提示できず、それ以上のサービスが必要になったらソソクサと契約を打ちきろうとするとか、各サービス機関との連携能力がなく、他の事業者からの協力が得られにくい、あるいは、ケアマネージャーの能力のなさが利用者本人に投影されて色眼鏡でみられてしまううということ、あるいは、事業者があまりの経営第一主義で、金や内容で汚いことをする、などのような例を経験しています。

 ある法人で、医療サービスから介護サービスまで、いろいろな種類、広い地域でサービスを展開している事業者を「福祉医療複合コングロマリツト」といいます。具体的にはどういうものかといいますと、なにを隠そう私の所属する協和会がそのコングロマリットの典型的な例です。

 川西市を中心にして、吹田市、西宮市、大阪市に介護療養型医療施設を含む5病院、4つの介護老人保健施設、4個所の訪問看護ステーション、5個所のヘルパーステーションを運営していまして、とくに川西市ではかなりのシェアになっています。川西市内の介護老人保健施設は2個所ですが、いずれも協和会のものです。

 こういうコングロマリットは、一見利用者にとって心強く見えます。病気になっても、居宅でも、施設でも、選択肢は多く、それぞれの流れがスムースなように思えるでしょう。もちろん、コングロマリット内の事業者とまったく系列関係のない事業者とでは、どちらを優先するかはふつうは決まっています。もっとも、たまーに、私やウチの婦長のように、そういう便宜を図るのがきらいで、すべて公平なやりかたをしすぎるために、法人本部からイヤな目でみられる例外もあります。

 それはともかく、こういう、いわば独占的な組織ができていますと、介護保険サービスがその組織の都合でどうにでもなる危険性がつねにあります。介護保険での「自由競争」「利用者本位に選択する」という理念からしますと、とってもおもしろくない事態が起こりやすくなるわけです。

 で、ここだけの話ですが、コングロマリット化された一部の組織では、急性期の病院の入院患者さんの「青田刈り」、要するに自分の組織のケアマネージャーを使うように営業活動をするということすら行われていると聞いています。

 時間がありませんので次にいきます。施設での変化です。

 施設介護での介護保険の報酬は、居宅の場合のように、限度額内の実績額というのではなく、入院、入所、入居している間はすべて全額支給されます。その施設療養費は、要介度が高く、つまり介護の手間がかかるほど高額になるように決められています。そのことについて異論はありません。手間がかかるのですから、多くの報酬をいただかないとワリがあいません。

 ただ、介護保険前は介護の手間の尺度がありませんでしたから、たとえば施設ではすべて報酬は一律でしたし、特別養護老人ホームでは自己負担が所得で決まっていたりしました。それでどういうふうになったかといいますと、

【スライド】

 すこし考えればお分かりだと思いますが、ある施設のベッド数が一定であれば、どうすればできるだけ収入が増えるか、それは簡単で、要介護度の高い、つまり介護の手間のかかる人を多く入れればいいわけです。

 それでは世話をする職員がたいへんだろうと思われるでしょうが、じつにそのとおりでして、ではどういうことになるのかといいますと、職員を酷使して、ただでさえいい条件でない労働環境がさらに悪くなるか、あるいはまた介護の手間を省く、または省かざるをえなくなる、などと、けっきょくはご利用者の迷惑になるような事態にいたります。

 かつて、介護保険前には、老人保健施設の一部では、ともかく介護の手間の必要でないかたを選んで入れていました。それはそうでしょう。手がかかってもほとんど自立していても、施設療養費による実入りは同じだったのですから。で、おそらくそういうあくどい感覚の施設は、介護保険になって逆に要介護度の高い人を重点に入れて収入を増やそうと考えるのが自然だと思えます。

 この点はさきほどご説明しましたとおりです。

 じつさいに、私の施設でも、平均在所日数は長くなっていますし、全国的にも同じだというのは、さきほども申し上げたとおりです。

 老人保健施設の全国組織である全国老人保健施設協会の幹部も、このままでは低減制が復活しかねない、つまり厚生労働省から長期入所を金で締め上げられる恐れがあるといっています。

 施設入所志向が強くなってきたことと、詳しい経緯の説明は省きますが、介護保険になってからショートステイに関する仕組みがコロコロと変わり、ケアマネージャーとしてもケアプランに組み込みしにくいためか、ショートステイの利用が減少傾向になりました。

 ちょうどそんな折、入所の長期化や入所待ちが社会問題化しそうになったため、また介護保険ではショートステイの介護報酬上のメリットが圧縮されたことなどで減少して空きがちだったショートステイのベッドがつぎつぎ入所、入居用に転換され、そのためショートステイが希望どおりにとりにくくなり、それでまたショートステイの利用が減る、という悪循環になりました。

 ショートステイがとりにくいことで、それでは在宅ケアが続けられないということになって、入所したいということになる、べつの悪循環も発生してしまいました。かつて、介護保険を検討していた厚生省の委員会で、ショートステイをしやすくすると入所が増えるからアカンと主張したという医療系の委員がいたらしいのですが、いまどのように思うのか、ぜひ聞いてみたいものです。

 つぎに、行政のほうの変化です。もちろん厚生労働省のことなどは、私には知るよしもありませんから、ここでは、介護保険の保険者でもある市町村に限ったお話になります。

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 市町村は、いっぽうでは保険者として事業を規制している立場にあるものの、もういっぽうでは介護保険サービスについての提供者の側面も持つということになりました。保険金を徴収し、事業者をある程度監督し、にもかかわらずサービスの種類や量などについて決定しているという、利用者のがわから見れば「敵」とさえ思える立場ではないでしょうか。最近の流れに沿って、サービス業であるという意識をもっていただきたいものですが、やはりいまだに福祉サービスの延長のように考えておられる一部の公務員さんもおられるようです。

 それと同時に、市町村の他の関連部署、たとえば高齢者や障害者の福祉部門、生活保護の部門などが、介護保険のことをじゅうぶんに理解せず、いままでどおりのお役所的発想をされるケースも見受けていまして、それらのことの解決がこれからの課題でしょう。

 介護認定審査会などでいろいろ見聞していますと、いかに行政機関といえども、もともと医者に対しては腰がひけているようで、私など、理不尽は理不尽として、公務員がほんとうに市民のがわに立つならば、医者などという勝手な人種には確固とした対応をすべきだよと思っているのですが、なかなか難しいようです。

 しかしこれは、介護保険の主治医意見書作成依頼や、介護認定審査会を通じて、すこしづつではありますが、変化のきざしが見えてきたように思います。

介護保険の問題点

 さて、この項の最後に介護保険のその他の問題点を簡単にあげておきたいと思います。もっとも、これらは、報道されたりしているように、全国どこでも問題になっていることで、いわば制度の欠陥といえるもので、見直し作業はすでに始まっていますから、とりあえず列挙の形ていどにとどめたいと思います。

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 基本調査85項目から導き出される一次判定がおかしい、とくに痴呆に関係する場合にとても変だということは、もう最初から指摘されました。また、ある組み合わせになると、とんでもなく理解不可能な形で要介護度の一次判定がでるというのも知られています。そして、これらについては、現在具体的に再検討作業がされているところです。

 制度があまり複雑になるのもどうかと思いますが、たとえば私の勤務する老人保健施設であるていどの医療管理をされていたかたが介護老人福祉施設に移られた場合、その入居の判断は要介護度がいちばん基本的なものです。医療の度合いが濃い施設と、福祉の系統の施設が、要介護度という単一の尺度を使っているのも不思議です。

 最後にこれです。この話をしだしますと、それだけで二、三時間は十分に必要ですから、いまは詳しいことはやめておきましょう。総じて、介護保険のことをよく知っている医者はごく少ないということだけ覚えておいてください。特に急性期病院の勤務医は、ほぼすべて介護保険には興味がないというふうに思ってくださってけっこうです。そのことが、あとで申しますように、自衛しましょうということに通じます。

ふたつの在宅ケア

 最初の話題だけでえらい時間をとってしまいましたし疲れました。

 さて話はがらっと変わります。

 一口に在宅ケアと申しましても、どのような患者さんがどういう病態で在宅におられるのかということによって、その対応や方法、難しさにはちょっと違いがあります。つぎには、そのことについてご説明します。

【スライド】

 まず、医療のかかわりが小さく、いわゆる介護、ケア中心のものがあります。

 お年寄りで寝たきりになられたかたや、あるいは脳卒中や骨折などのための障害でそのような状態になったかたがこういうケアになります。

 すでに病状は落ち着いており、とくに新たな濃厚治療などは必要がない状態で、体の清潔や日常生活の世話が中心になります。

 医療の出る幕は少なく、おそらく介護保険がまず想定した状況でしょう。

 つぎに、医療行為がかなりウエイトを占める在宅ケアがあります。

【スライド】

 これは、ガンの末期が代表的なもので、最近は「在宅ホスピス」という言葉が一般化してきました。

 いろいろな病状変化がおきますし、事態が急変することも少なくありません。医療スタッフの関わりがほとんどであり、介護系のサポートとしては、患者さん本人よりも、介護者への手助けという面が大きくなります。

 介護保険ではさまざまな制約のため利用できない場合が多く、脇役になるケースがほとんどです。医療側としては、介護保険になってかえって患者さんの負担は増えたような気がします。

 つぎに、これら二つの中間のような場合があります。医療も必要ですが、介護もとても必要な状態です。

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 これは神経難病、たとえば筋萎縮性側索硬化症や脊髄小脳変性症、重症筋無力症などが代表的です。

 いろいろな意味で医療スタッフの関わりと処置が必要ですし、経過が非常に長期にわたり、また進行しますと体の障害が強くなるため、介護の必要度はとても大きいものです。

 これらは、65才未満でも40才以上の第二号被保険者のうち介護給付の対象になる特定疾病に加わっています。したがって介護保険のサービスは使えますが、病気の性質上医療の関わりもかなり必要で、実際に在宅ケアをするとなりますと、介護者の負担はけっこう大きいものがあります。

 以上のように、同じ在宅ケアといいましても、90才後半のいわば老衰のような形で在宅ケアをされているかたと、40才台で末期ガンの患者では、その対応に大きな開きがあることをお分かりいただきたいと思います。

在宅ケアを阻害するもの

 つぎに、不幸にもご自身やご家族が在宅ケアをしなければならなくなったとき、ほんとうに在宅ケアが可能なのか、無理はないかを考えていただくために、どういう場合に在宅ケアが難しいのかということをすこしお話しておきます。

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 まず、体の障害が重度で介護の手間がとてもかかる場合。ヘルパーさんの支援は、時間に限度があり、やはり中心は家族がしなければなりません。また、足腰が丈夫な痴呆症のかたは、一日中目が離せず、在宅でのケアはかなり困難になります。

 それとはべつに、気管切開をしていたり、栄養を管でとっている場合、膀胱に管が入っているとき、そのほか、医療行為を要する状態で在宅におられると、ヘルパーさんは緊急避難的にしか医療行為は行えないとされていますので、けっきょくは訪問看護のとき以外にはほとんど家族の負担となります。

 それらのことにご家族がどこまで耐えられるかということになります。

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 つぎに、住宅の事情を考えてみてください。

 家までの道路はどういう状態か、道路と玄関との高低差はどうか、室内で車椅子は使えるか、介護用のベッドは置けるか、介助で入浴できるかあるいは移動入浴のためのスペースがあるか、トイレの状態は、などなど、一般的に少し前まで日本の家屋はバリアフリーの考えかたをほとんど取り入れていません。お帰りになったら、いちどそういう目でご自宅をご覧になってみてください。

 それから、地域の特性というのもあります。さきほど気分転換にお見せしました武家屋敷の民宿、「ダン林」さんという屋号ですが、あれは京都市左京区の久多というところにあります。京都市とはいうものの、鞍馬から車で1時間あまり、つまり市街地からだと1時間半は十分にかかりまして、途中にこれといった町はなく、険しい峠が二箇所、携帯電話は圏外というところです。

 民宿に泊まりながら、おそらくここにヘルパーさんはきてくれないだろうし、デイサービスもたぶん無理だろうなと思いました。でも介護保険の保険料は同じように徴収されているわけです。

 町で暮らしていますとあまり感じませんが、日本にはまだまだそういうところがあります。

 つぎに、これが一番重要なのかもしれませんが、介護にほぼ専念できるご家族がいらっしゃるか、それを援護する家庭環境にあるかということがあります。最近とくに増えているのが、いわゆる「老々介護」という状態です。高齢者が高齢者を介護する、しかも他に家族が同居していない二人暮らしという状態が少なくありません。まだ独居であればいろいろと割り切ってしまえるのですが、同居のご家族がいらっしゃると、いろいろと難しい問題も発生してきます。

 責任をもってしっかりとした介護にあたっていられるご家族が確保できないとき、おそらく在宅ケアは長続きしません。患者さんの状態が悪くなるか、介護者がギブアップしてしまわれるか、あるいは倒れてしまわれるかでしょう。

 若い家族が同居しておられても、最近の世間の事情から、共働きであったり、子供さんの世話にたいへんだったりして、介護に専念することが難しいようです。「介護休暇」などということが最近言われておりますが、そういう休暇を本当に心配なくとることができるのは、おそらくごく一部の企業か、あるいは公務員くらいではないでしょうか。

 これとは別に、患者さんをまったくほったらかしにしている家族、同居しているのに無関心な家族、ひどいのになると、年金などを使いこむだけ使いこんで知らんぷり、などというのもありました。

 家族だけでギリギリまでがんばるということは、あとでもお話しますように避けなければなりませんが、しかし、在宅ケアの中心はやはりご家族であることは現実として受け入れていただく必要があります。

 つぎに問題になるのがこれです。とくに、在宅ホスピスや、神経筋難病のかたの在宅ケアでは、医療のサポートがぜったいに欠かせません。

 世間では「在宅医療」がちょっとしたはやりのように言われており、じっさいに在宅入り4に力を入れたり、あるいはほぼ在宅専門という診療所もできてきてはいますが、それでも在宅に熱心な医療機関、医師は絶対数がまだまだ少なく、また、どの地域にもあるというわけにはいきません。というより、探してすぐに見つかるというところのほが少ないはずです。

 寝たきりのお年よりのサポートなら比較的簡単に訪問診療や往診を引き受けてくれる医師がみつかるかもしれません。それでも、24時間サポートということになると、なかなか難しいのが現実です。

 そして、ガン末期の緩和療法、つまり痛みのコントロールを麻薬でやっている患者さんや、難病で気管切開をしたり人工呼吸器を使用しておられるような場合は、じつに難しいと考えておかねばなりません。

 また、このような状態の患者さんは、一般の介護保険施設ではほとんど対応できません。制度的な問題もありますし、医療職の割合が少ない介護施設では医療処置が現実にはとれないことが多いからです。

 ところで、医療保険と介護保険の大きな違いのひとつに民活導入という点があります。政府は介護保険を手本に、医療でも民間企業を参入させようと考えているようですが、介護保険でみられたいくつかの企業論理をみますと、これはちょっと危ういかもしれないなあと思えます。

 もっとも、介護保険での企業論理は、株式会社などの営利企業だけのことではなく、社会福祉法人も医療法人もいっしょなので、そういう意味では、程度の低いそれらの法人より、意識の高い株式会社のほうがマシということになるかもしれません。

 たびたびコムスンを例に出して申し訳ないのですが、全国に多くの営業拠点を作って客集めをしたものの、採算性に問題があるとして拠点を簡単に廃止し、お客さんにかなりの迷惑と混乱を与えたことは記憶に新しいものです。

 一部の施設が要介護度の高い人を優先的に入居させ、社会的にかなり困っている人を要介護度が低いという理由で後回しにしている例もかなり見受けました。自分のところでカバーできないサービスが必要になったり、いわゆる「ウルサイ」利用者だとすぐにケアマネージャーを降りてしまう事業者もあります。息のかかった系列のケアマネージャーのほうを露骨に優先して、他の事業者を事実上締め出すような形をとることによって、顧客を集めようとするところもあります。

 こういうあくどい企業のかげで、たくさんの利用者や良心的な事業者が迷惑していますね。

これから考えておくこと

 さて、最後に、ご自身であれ、ご家族であれ、ひょっとしたら在宅ケアが我がことになるかもしれないということで、これから何を考えておいたらいいのかというのをお話して終わりにしたいと思います。

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 こういう話をさせていただいているとき、多くのみなさまはほとんど人ごとのように感じておられます。漠然と自分がそうなったときのための勉強をしておこうというお気持ちのかたもおられますが、まだまだ切羽詰りかたが少ないようです。

 けつしてヨソごと思ってはなりません。不吉な仮定をして恐縮ですが、今夜にでもケガをして寝たきりに近くなるかもしれません。半月後、病院から退院を迫られるかもしれません。

 医療に関しては、さすがに命に直結するだけあって、町では急な対応も、質に関してあまりとやかく言いさえしなければという限定つきですが、まあまあしてくれるようになっていますが、直接生命に関係しない介護の世界では、急な対応というのはかなり難しいことを覚悟しなければなりません。

 とくに、いまのり時期、さきほどから申し上げていますように、施設への志向が多く、たいていの施設には順番待ちがあります。介護老人保健施設や介護療養型医療施設はまだしも、ずっと入所できる介護老人福祉施設では、いつになったら入れるのか、たいていはよく分からないまま、行列に加わるしかありません。

 そこで、私たちはすこしでも自衛手段を講じておかなければなりません。

【スライド】

 繰り返すようですが、いつ何時介護が必要な状態になるかもしれないのだということを、ほんとうに心にとどめておいてください。

 治るまで入院させてもらおう、治っていないのに退院させらることはないだろう、病院がなんとかしてくれるだろうという考えはきっぱり捨ててください。

 いまの時代、病院も生きるか死ぬかのまっただなか、政府の医療費抑制政策のあおりでとくに入院期間を短く短くという傾向になっています。かつて「三ヶ月で退院させられる」という話がありましたが、いまはそんな生易しいものではなく、ともかく一日でも早く退院させなければならないのです。とくに70歳以上の高齢者に関しては、そもそも入院そのものを嫌う傾向にすらなつています。そのうえ、昨年の診療報酬改訂で、高齢者は三ヶ月を越えますと入院の診療報酬がいわゆるマルメになってしまうようになり、治療や検査をすればするほど病院は損をするという具合になりました。

 ともかく、私たちでもちょっと信じられないくらい、言ってみれば「追い出し」のような圧力が加わるようです。

 そして、介護に関して困っていても、みなさんのほうからどこかへアプローチしないと、おそらくどこからも救いの手は差し伸べられません。

 ですから、するべきことは、元気なうちに、家族に要介護者がでないうちに、いろいろな知識と情報を手に入れる、あるいは、どこに行けば情報がえられるかを知っておくことです。

【スライド】

 とくに在宅のサービスは、自宅から遠いところにどんないいものがあっても意味がありません。自宅近くにどういうサービスがあるのか、調べておく必要があります。

 そして、そのサービスの質、スタッフの質、そういう、事業者の良し悪しも知っておきたいものですが、これはけつこう難しいのは確かです。

 経験者や関係者にいろいろな内実やうわさを聞いておくのもいいことかもしれません。ただ、病院や診療所を選ぶのと同様、これはなかなか難しくて、しかも「相性」という問題も大きいために、それこそ覚めた目でじつくりと調べておかなければならないと思います。たとえば見学やボランティア参加などで懐の中に入ってみるのも、ひとつの方法かもしれません。

 そして、いざ介護が必要になったときは、無理をしないでできるだけサービスを利用してください。もちろん使えば使うだけ一割負担の経済的なことがからんできますが、許す範囲でうまく利用するべきです。

【スライド】

 ケアプランというのが、どういうサービスをどのように組み合わせるかというものですが、いま現実にはケアプランはお金の計算が主体になってしまっている傾向にあります。利用者としてしっかりと希望を言うこと。保険は買い物であって、けっして施されるのではないということに気をつけてください。

 そして、ショートステイや短い入院や入所を組み合わせて在宅ケアと施設ケアをうまく使い分けることです。在宅ケアの道を選んだからといって、ずっとそれを守らなければならない理由はなにもありません。

 そのことが、介護の根をつめすぎないことにもつながります。

【スライド】


 私はずっと「ズボラな介護」を薦めてきました。日ごろからなにもしないズボラではありませんが、1年365日24時間ずっとまじめに介護し続けると、きっと燃え尽きたり倒れ
たり虐待に走ったりということになります。サービスをうまく利用して手をぬく時間を作ることが必要です。

 そして、もしご家族の介護をする立場になったのなら、「自分ならどうしてほしいか」ということを常に考えながら介護にあたるのが、お互いにストレスなく続けられるコツであるように思えます。これは私たちのように、医療や介護を仕事としている者にも、もちろん言えることではあります。

さいごに

 ちょっとまとまりのない話で申し訳ありませんでしたが、これで私の話をひととおり終わりにいたします。

 最後に、つい先週できあがって出版された書籍をご紹介して、終わりにしたいと思います。この本は、大阪淀川区にあります、特定非営利活動法人・日本ホスピス・ホームケア協会理事長が、介護の側から在宅ケアとくに在宅ホスピスについてまとめられたもので、いままでこの種の本は医療分野でしばしば出ていましたものの、こちらはより患者さんの側のみかたが濃く出ている点で、非常に役立つものだと思いました。

【スライド】

 一昨年、北海道の函館に遊びにいきましたおりにレンガ倉庫街で撮影した静かな風景です。毎日を医療や介護のバタバタした現場で働いていますと、観光地として賑うスポットのすぐ近くでこのような静かな景色があるとほっといたします。

 普段の仕事でも、患者さんやご利用者さんにこういうほっとする場を提供できないものかと考えています、というのは、ちょつと無理なこじつけだったでしょうか。

 ありがとうございました。


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