ほんとうに在宅医療は進むのか


はじめに
在宅医療への流れ
なぜ在宅がいわれるのか
誰が在宅医療をしたいのか
おわりに

はじめに

 【スライド】上農でございます。テレビ朝日のニュースステーションが「介護保険一年余り」という特集をやっていますが、6日の放送では「在宅か特養、特別養護老人ホームか」というテーマでいろいろな家族の選択を報じていました。放送のなかで、介護保険が始まってから、全国で特養入所を希望して待機している人は、介護保険前の倍だといっていました。

 もちろん、措置入所のときと違って、希望者は複数の施設への申込みができますから、この数字が正確なものだとは必ずしもいえないと思いますが、しかし、在宅で介護するということを眼目にして始まった介護保険によって、では在宅介護、在宅医療に劇的な変化がおきたかといいますと、私はけっしてそんなことはないと思っています。この一年で、実際の現場にはなにもよい材料はできていない、それどころか、あまり報道もされませんでしたので知られていないようですが、今年に入って特養の短期入所生活介護、ショートステイ用のベッド、これは居宅サービスの範囲ですが、これが長期入居のベッドにどんどん転換されています。ちなみに川西市では4月以降30ベッドがショートステイから施設介護用に転換されたと聞いております。

 私は1987年ごろからずっと在宅医療に関わってまいりまして、たしかに制度としてはどんどん整備されてきたものの、しかし、実際に在宅で療養しようとしたときの、それぞれの患者さんやご家族のご苦労はそれほどよくなってはいないと感じています。何年も前から、在宅医療は進むのかといい続けているのが現実でして、それで他のみなさまのタイトルとは異質で刺激的なこういうタイトルなってしまったわけです。

 時間があまりありませんので、ざっと「政策と現実にギャップ」が生じているのかということを私なりにまとめまして、問題提起としたいと思います。

在宅医療への流れ

 【スライド】1958年に全面改訂された国民健康保険法によっていわゆる「国民皆保険」が実現したのが1961年で、ちょうど40年前になります。その後1970年代までの約20年間は、日本医師会に武見太郎氏という会長が君臨していたこともあってと私は思っておりますが、いわば医師の側に有利な状況が続いています。

 1980年代にはいって、いまの時代の高齢化が確実視されるようになり、主として高齢者医療に関していろいろな制度ができ、こんどは揺れ戻しのように厚生省側の揺さぶりが強くなってきています。もっとも、これについては、いまだにいわゆる族議員を通じて厚生労働省側に抵抗するパワーを持ってはおります。

 それはともかく、その流れのなかで、老人保健法の創設や医療法のたびたびの改訂によって、入院医療を抑制し在宅医療を促進するような傾向が顕著になってきたわけです。制度としては、医師とくに診療所や中小の病院が在宅医療に力を入れることによって経営的にも有利となるため、在宅医療の受け皿が大きくなり、入院から在宅へと誘導しやすくなると考えてこられたようです。

 しかしながら、現実には医療だけでなく、介護レベルにおいてもさきほど述べましたように、在宅より施設へという流れが止まらないのが現実です。しかも、のちほど触れますが、長期入院に対する医療機関への経済的締め付けはどんどん強くなり、ある種無差別に患者さんを退院させて在宅にいわば追い出す形になっています。

なぜ在宅がいわれるのか

 たしかに高度な急性期医療を中心にしている医療機関にとって、とくに高齢者の長期入院は医療資源の効率から考えれば好ましいことではありません。ただ、現実には、長期療養型以外の一般病院全体に同じ網をかぶせているために、じゅうぶんなアフターケアもなされないままに重度の疾病や障害を持った多くの患者さんが「在宅医療」という名の、現実には「荒れ野原」に放り出されているわけです。

 【スライド】では、なぜいま在宅医療、在宅介護が前面に押し出されているのか。

 まず「医療費の抑制」という国の政策上のこと、そして、国民皆保険になった40年前とさして変わらぬ旧態依然とした医療機関の状態と、それに不満であることも含んだ患者さんが自己決定するという傾向、そして、介護保険制度で予想どおり見えてきた、居宅介護サービス事業での一種の民間活力が考えられます。

 簡単にまとめておきますと、医療費を抑制するために長期入院の入院料の逓減制がかなり以前から導入され、三ヶ月たったら退院しなければならないという都市伝説を生みました。そして昨年4月の診療報酬改訂ではついに特定患者というものができ、70歳以上の患者さんが91日以上入院していると原則として定額制になるというこの制度は、長期入院患者さんの退院圧力にかなりの切り札となっています。

 病院の機能分担を徹底させるという制度も、たびたびの失敗にもかかわらずつぎつぎと新手が出てきております。そして在宅医療関係の診療報酬の優遇が、そのきわめつけとされてきました。

 ところで、世の中はこんなに変化しているのに、医療や医療機関の状態は、ま、すこしはよくなってきている部分もあるにはありますが、しかしやはり改善されていないことが少なくありません。それは、医師をはじめとする医療者と患者さんとの関係であり、昭和20年代の規格でもよしとしたままの療養環境の問題であり、医療の受け手としての患者さんの自己決定の幅の狭さであり、直接間接をとわず経済的にたいへんだという点であります。

 医療をよくしようとする勢力にとってその根源と考えている「自己決定」に関しては、遅れている医療の世界のなかでは最近かなり浸透しつつあるものです。もちろんそのことが時代についていけない医療者との摩擦の原因になっている点でもありますが、たとえば人生の最期は自宅で迎えたいとか、なんとなく在宅がよさそうだという世の中の風潮だとか、いわゆるスパゲッティ症候群を嫌って延命治療などを拒むと病院から拒否されるとか、その他患者さんが自分の治療に対して自己主張するなかで在宅が選ばれることが増えてきました。

 そして、介護保険制度が始まってからは、介護支援専門員、ケアマネージャーという、建前では公平公正を謳われつつも現実には介護事業者の営業マンの役割も皆無とはいえない職種が在宅療養の中心的役割をになうようになり、それによって在宅での医療介護の需要が掘り起こされる傾向がみえはじめ、同時に通所やショートステイの施設の整備が進んだことが、在宅医療をしやすいようにみせることになったようです。

誰が在宅医療をしたいのか

 さて、【スライド】在宅医療介護をしようとするとき、その主役である患者さんと、介護にあたるご家族との関係で、在宅医療を望む場合が4種類に分けることができます。

 なぜ在宅医療が選択されようとしているのか、そしてその在宅医療がうまくいくかどうかは、けっこうこの組み合わせのどれなのかが関係しているように思います。そして、そのことが、政策で誘導しているにも関わらず、なぜ在宅が進まないのかという点に関係してくるけです。

なぜすすまないのか

 【スライド】なぜ在宅医療が患者さんの側にとっても受け入れる側にとってもすすめにくいのか、現場で感じることをまとめてみました。

 まず、病院や施設はもともと24時間 365日対応するのが当然ですが、それを在宅でもある程度期待されることに対するとまどい、つぎにそれにも関係しますが、医師、家族、患者それぞれの立場でそれぞれのバックアップに不安があること、いわゆる医療行為とされる作業の問題、そして医療保険と介護保険という制度のなかでの限界、そのようなことが考えられます。

 まず、いろいろな意味で居宅での24時間対応の難しさがあります。医療面では、かかりつけ医、主治医が24時間 365日カバーすることが事実上不可能です。訪問看護ステーションには24時間対応という制度がありますが、それはあくまで看護レベルまでの対応ということになります。

 そこで何人かの医者でのグループ診療が考えられるわけですが、そうしますと今度は日々変化する患者さんの医療情報の共有をどうするかという問題が出てきます。また、最近のように、高度、重度の医療行為を必要とする患者さんや、ターミナルケアへの不慣れという問題があって、医療面を担当してくれる医者を確保することがたいへんだということをよく聞きます。

 つぎに、そのこととも関係しますが、それぞれの立場でのバックアップ態勢の不備という問題があります。医者としては、患者さんの病状に変化があったときにいつでも受け入れをしてくれる病院を確保したい。気持ちよく受け入れてくれる、とつけ加えたほうがいいかもしれません。患者さんではなく、介護しているご家族が倒れたときなどに患者さんを即座に受け入れてくれる病院や介護施設も必要です。【スライド】また、痰の吸引や流動食の注入という程度の、私の感覚では医療行為とはいえない作業が重度の医療行為であるとして、受け入れを拒む介護老人福祉施設や介護老人保健施設が少なくありません。

 また麻薬の使用や静脈栄養などの高額の治療が介護保険施設で行えないという難儀さがありますし、しばしば困ることは歯科や皮膚科、耳鼻科などの疾患を合併したときのことです。もつとも、川西市では、歯科は専門の診療所が歯科医師会によって運営されており、非常にいい状況になっていることは強調しておきたいと思います。

 で、さきほどもすこし触れましたが、とくに重度の患者さんの場合、介護か医療行為かという問題がつきまといます。

 気管切開したかたの喀痰の吸引や経管栄養のかたの食後に注射器で管を洗浄することが医療行為だとして、在宅ではご家族以外では訪問看護婦さんしかできないのが現実で、となりますと、介護者の休息のためにヘルパーさんが代わりをするということもできず、さきほどいいましたように施設も預かってくれないということで、けっきょく何も支援にならないという問題があります。

 また、点滴や静脈栄養に関して、その調製や管理もたいへんです。都市部では病院で調製したり、専門の業者もできつつありますが、まだまだいつでもどこでもというわけにはいかないのが実情です。

 在宅医療が困難な理由は、まだまだ個々には細かいことはいろいろあるのですが、最後に保険制度による限界を指摘しておきたいと思います。  医療保険では通常の保険診療のひとつですから、当然いろいろな制約を受けますし、ときには返戻といって、治療行為が否定され報酬が支払われないこともありますし、また在宅医療を総合的にみるという趣旨の「在宅総合診療」いわゆる「在総診」も定額制のうえいろいろ条件が厳しいことは有名です。

 介護保険では支給限度額という縛りがあって、訪問看護ばかりで日常生活を維持するということもできません。

おわりに

 以上、駆け足でいろいろと指摘してまいりましたが、在宅医療や地域医療の推進にとっていちばんのネックになっていることは、【スライド】最後にちょっと過激な指摘をしておきますと、じつはそれらに関わる人たち、とりわけ、在宅へ送り出す立場にある病院の医師や看護婦さんたちの無関心にあるのかもしれません。

 現実に今日この場にきて熱心にこれまでの演題を聞いてくださっておられるなかに、そのような立場のかたはどれだけおられるのかということが、気になるところですという憎まれ口で私の話を閉めたいと思います。ありがとうございました。


目次へ
湾処屋のホームページへ