今日は介護保険のことについてお話させていただきますが、おそらく私のようなツケ刃でないお詳しいかたがおられるものと思って、今日はかなり緊張しておりますが、とりあえず介護保険に近い現場で医者として仕事をしている立場から見たものをお話するということで、間違いなどがありましたらご訂正いただくことをお願いいたしておきます。
1995年に協立病院の母体である医療法人協和会が老人保健施設を作るという計画が持ち上がりまして、在宅の患者さんをお世話していてバックアップの施設としての老人保健施設の必要性をじゅうぶんに知っていたため、計画当初からかかわらせていただいてオープンしたのがいま私が勤務しているウエルハウス川西というわけです。
私は町歩きが好きで、旅行に行ってもしばしば町を歩き回ったりするのですが、訪問診察やデイケアの送迎などは、歩きではないものの、そういう町の景色の中にいられるということでなかば楽しんで仕事をさせていただいています。
それから、私はよくパソコンが好きですね、と言われます。今日もこのお話のしゃべり原稿をこの小さなパソコンに入れて参照しています。ま、たしかにパソコンは嫌いではありませんが、これは私にとっては道具であるという感覚でして、ま、インターネットに自分のホームページを持っていたり、携帯電話を繋いで街角で電子メールのチェックをするからといって、特別マニアだというわけではありません。と、自分では思っております。
そして、介護保険での要介護認定とサービス給付の流れなどについてざっと整理したあと、最後にきたるべき介護保険の問題点について私の思うところをお話したいと思います。
私自身もなにしろ自分の仕事での必要性から短期間のうちに勉強したものですから、とても前でお話しできるレベルではないのですが、ごいっしょにいろいろと考えてみようということでお許しいただきたいと思います。
たしかに日本の社会の高齢化はすさまじくて、年金制度も維持できないというような事態になってきているわけですが、しかし、だから介護のための保険を創設しなければ、将来はたいへんではないかというのは、じつは簡単に言ってはならないのではないかと思います。
つまり、高齢者は必ず医療や介護を必要とするのだという、ある種の間違った先入観をいつのまにか私たちが持ってしまっていて、だから医療や介護のことをきちっとしないとたいへんなことになるのだ、と思わされてきただけではないか、そういうことです。
東京都老人総合研究所というところが行なった調査では次のような結果が出ています。
◆65才以上の高齢者のうち▼障害を持っているのは5%で、この人たちを含む25%が自立できていない▼典型的な自立高齢者は50%▼つまり75%はなんとか自立している
◆高齢者が最後に寝込む期間は▼一ヶ月以内というのが50%で、なかでも2週間以内が最も多い▼長期の寝たきりはむしろ例外
ということです。人間が年をとるにつれて直線的に能力が低下するという考えは間違いであり、人間の老化は直角型、最後のときまで一定の能力をもっているのが普通である、とされています。
問題は、パーセンテージは低くても絶対数が多い点と、独居や夫婦世帯が多いという点にありますが、けっきょくのところ、医療保険の行き詰まり、つまり社会的入院や高齢者の医療費の高騰が、介護保険のアイデアをもたらした最大の原因ではないかと思います。しかし、それではけっきょく医療費を介護費に移し変えて先延ばししただけであり、利用者にとっては必要な医療さえ切り捨てられるおそれのある、一段下の制度を押しつけられたといってもいいのではないでしょうか。
1986年の老人保健法改正による老人保健施設の創設、1991年の老人保健法再改正による訪問看護制度、医療機関の診療報酬制度での薬代の締めつけとそれに代わる在宅関連の報酬の大盤振る舞いなど、さらにそういう制度とは別に、巧妙にプロパガンダされたとしか思えない「在宅療養賛美」の風潮など、世間の気分は在宅へ在宅へと流れていったように感じます。
じっさいに在宅医療に深く関わってきた私など、在宅療養はそんなに生易しいものではない、非常にたいへんなんだとずっと言い続けてきましたが、ま、そういう声は少数だったようです。
しかし、在宅への推進を制度として進めようとしても、厚生省の思惑どおりには進まなかったのではないでしょうか。その理由のひとつに、肝腎の医師たちの動きがいかに診療報酬で優遇されても、なかなか鈍かったことがあると私は思っています。それがなぜかは、私にはよく分かりません。
川西市ではちょっと厳しい数字が並んでいます。
このゴールドプランには、施設目標も決められていますが、私にはこれは目標というより限度量に思えます。だれがどう考えても、人件費の固まりである施設は不経済で、ともかく在宅療養のほうが費用がかかりません。あ、これは、当事者ではなく、お国から見た場合のことです。
だから、おそらく、このゴールドプランの施設数は、通所や短期入所の施設以外については、今後増やされることはないでしょう。これを増やすことは、いまの医療費のパンクと同じこしを介護保険にも持ち込むだけだからです。
表2に老人関係施設の比較を載せましたが、注意していただきたいのは、最も新しい制度下の施設である老人保健施設の規制の厳しさです。これまでの病院でも人員の規制はきつかったのですが、老人保健施設では設備類の面積の規制がケタ違いに厳しくなっています。このことは、人件費の合理化ができないうえに、建物や敷地が入所者の人数から自動的に決まってしまうことを意味します。
ぶっちゃけた話、ウエルハウス川西では利用者のかたのためのスペースにはゴマカシはありませんが、われわれスタッフのための場所を大幅に節約せざるをえませんでした。土地が高いのでお金にならない面積はとれないわけですね。応接室はありませんし、一階にはスタッフの休憩室もないくらいです。
よけいなことはさておき、この表の施設はいずれも介護保険での介護施設となるものです。じつはいちばん左の老人病院は入らないはずだったぬのですが、療養型の整備が進まないためでしょう、つい最近、申請があって指定されれば、2002年度末までは、この規格のままで指定介護療養型医療施設として認められることになりました。これについてはのちほどまたお話します。
で、これらを見ていただききますと、医師や看護婦などの、いわゆる「有資格者」の定数が多いところと少ないところがあります。この多寡がもろに人件費に跳ね返り、それが利用者一人当たりの療養費の額に反映されるわけです。
(入所条件について説明)
昨年12月に介護保険法が成立しまして、いよいよ2000年4月から介護保険の実施が決まったわけですが、しかし、じつはまだ具体的なことは何ひとつ発表されていません。介護保健法は、それこそ制度の根幹部分だけですから、具体的な数字や範囲といったものはすべて政省令で決めるとされているからです。
で、その政省令類は、今月中に発表されるといわれていますが、いまのところまだ出ていません。したがいまして、今日のお話も、細部になりますと、それはまだ分からないというところが少なくありません。なにしろ、介護保険法で政省令に委ねられた項目はなんと300もあります。制度の根幹になるケアプランをたてる介護支援専門員、つまりケアマネージャの資格試験の受験資格、つまりどういう職種の人が受けられるのかということさえ、まだ確定していないのです。そのくせ、その試験のための教科書は今月になって出版されました。
まあ文句をいってても、相手はしょせんお役所ですから、しょうがありませんね。
もっとはっきり言いますと、介護保険は生活を見てくれるものではない、ということです。介護保険は心身の不自由を見てくれるだけのもの、です。
レジュメの図1と図2をご覧ください。介護保険というのは、いまの老人保健を、より医療の部分だけにした老人保健の部分を切り離し、老人福祉の医療に近い部分をひっつけただけのもの、そのうえ、従来は社会的な理由で措置していた福祉サービスの部分も心身の理由がなければサービスしない方向にシフトさせたものだといえます。
日常生活の能力は基本的にあるが、入浴・衣服の着脱などで毎日ではないが週数回の介護が必要」とあります。さきほど老人保健施設の入所の条件を申し上げましたが、そのときに「寝たきりに準ずる状態」の具体例として「食事・排泄・入浴・衣服着脱・みだしなみ」の5項目のうち2項目以上に介護を要する人、とあったはずです。すると、いま老人保健施設という施設を利用することが可能な、入浴と衣服着脱に介護を要する人は、介護保険下では施設利用はできないことになります。いや、毎日ではないが、でなく、毎日できないのではないか、とおっしゃるかもしれません。でも、おそらく、これはこういうことです。
入浴は毎日である必要はない。入浴しなければ、着替えも必要ないだろう。
えーっそんな無茶な、とお思いでしょうが、現在でも福祉制度の入浴サービスは多くて週一度、お盆や年末年始はお休みが長くて、3週間くらいマがあいて普通なんですよ。
では、こういう要支援者がどうしても家で過ごせない事態がおきたらどうすればいいのか。おそらく、頼み込んで入院なさるのかなあ。しんどくて食事もできない、とかなんとか訴えて。つまり社会的入院ですね。医療保険の給付を受けるわけです。
というようなものが介護保険です :-)
ある人が脳卒中をおこして救急車でK病院に運ばれて入院しました。幸い生命はとりとめたのですが、左の手足の麻痺が残ってしまいました。K病院でリハビリもしていましたが、入院して数週間たったころ、リハビリだけならK温泉病院のほうが効率的だからと勧められ、K温泉病院のほうに転院しました。リハビリに励み、不自由ながらもなんとか杖で室内を歩くことができるようになりまして、あとは外出できるまで頑張ろうと思っていたやさき、長期の入院になったので退院してください、といわれます。そういえば倒れてからもう半年になったのだなあと気づきます。
あれれ、でもたしか病院の入院は半年とか聞いていたのだが、K温泉病院にきてからまだ4ヶ月ほどだと思ってケースワーカーに聞きますと、1998年の診療報酬改訂から同じ経営母体の場合は入院期間が通算されるように制度が変ったのだという。だからK病院入院が起算日なのですな。
もう一ヶ月もすればもうすこし歩けるようになるのになあ、と後ろ髪を引かれる思いでしたが、退院して介護保険サービスを受けることにしました。どうも前置きが長いですね。
在宅介護支援センターで相談員に認定の申請をしたいと申し込んだところ、すぐK温泉病院の介護認定調査員、これは介護支援専門員が兼ねていますが、その調査員に調査を依頼してくれます。これで介護保険給付申請が動きだしたわけです。
自宅におられるかたが申請した場合は、たとえば在宅介護支援センターの調査員が家庭に訪問して調査をします。この調査の内容ですが、今日お渡ししているレジュメのうしろの2枚、これが1997年度に介護認定審査のモデル地区で使われた調査用紙です。この全項目について調査して、それをコンピュータ処理して一次判定とします。
さて、各市町村には介護認定審査会というものが設置されています。これは、身体障害に詳しい医師、痴呆に詳しい医師などを含む5名程度の構成になるといわれていますが、そこで一次判定に記述調査部分、それにかかりつけ医の意見書の三つを総合して二次判定を出します。二次判定がそのまま給付の基礎となるわけです。
で、申し込んだご本人はK温泉病院に入院しているわけですが、退院を迫られ、しかも申請は出したものの、いつ判定が知らされるのかが分かりません。ま、判定がでるまでという大義名分で、半年を越えてもリハビリをしていますので、それはそれで、という塩梅。申請した人は、申請したあとには通知されるまで待つしかありません。
ぎりぎり一ヶ月近くして通知があり、なんと要支援だとのこと。こんなに歩くのに不具合なのに…と不満でなりません。リハビリを頑張って歩くのが巧くなって、それがかかりつけ医の意見書での歩行の能力がよくなっているところに反映されたわけです。ああ、こんなことならリハビリを頑張るのではなかった。
しかし、どうにも納得できませんので、要介護Tではないのかという不服申し立てを介護保険審査会にすることにしました。ところで、不服申し立てをしている間はケアプランがたてられませんので、自宅での支援を受けられないことになります。あ、ただし、このことについては、じっさいは要支援としてのサービスは受けながら不服申し立てができることになるかもしれません。で、自宅でのサポートがない状態で、さてK温泉病院はそれでも退院を迫るでしょうか。いやはや、難しいですね。
(内容について少ししゃべる) 施設入所の給付についても、要介護度に応じて金額に違いをつけられると推定されています。要介護度の大きい人ほど手がかかるわけですから、それはとうぜんでしょうが、施設側としては、どのように利用者を組み合わせるのかが頭の痛いことになるかもしれません。
公的介護保険をすすめてきた厚生省は、この制度によっていわゆる社会的入院が解消されるだの、介護者の負担を減らすことができるだの、医療費の危機が回避されるだのと喧伝していますが、もちろん今の医療制度のままよりは多少状況に変化が期待できるものとは思えるものの、しかしそのメリットよりも逆の混乱のほうが大きいのではないかと、この制度を勉強すればするほど思えてなりません。
最後に公的介護保険の問題点について整理しておきたいと思います。
厚生省の試算、これにもあとで少し触れますように、厚生省に都合のよい試算が少なくなくてけっこう問題はあるのですが、ま、とりあえずその試算によりますと、介護保険実施の2000年の時点での第一号被保険者つまり65才以上の人口は約2200万人、そのうち、虚弱の人を含めた要介護要支援の状態の人は約280万人とされています。この人たち全員が介護保険の適用を受けても、その率は12.7%。つまり87.3%のかたはサービスを受けません。
第二号被保険者にいたっては、人口4300万人のうち10万人と推定されていますから、0.23%にしかすぎません。
掛け捨て保険であるとはいえ、なんとなく釈然としないものです。
当然のことながら、筋萎縮性側索硬化症、つまりALSなどの難病も対象外であります。
厚生省による社会的入院の定義は『介護のみ必要で医療は必要としていない入院』となっています。そしてその数は、70万人、そのうち半年以上入院している高齢者が28万人で、その40%程度の17万人が本当の意味での社会的入院だといっています。
しかし現実には福祉施設に入所している人でも医療の必要な人は少なくないし、在宅の人でも必要な人がいらっしゃるのは、訪問看護という制度があることからも明らかです。だから、社会的入院の定義とは『入院するほど医療が必要でない人が入院していること』というのが正しいはずです。
ところで、なんだかペテンのような話ですが、療養型病床群の病院とは、その社会的入院直前の入院患者さんに対する『医療的なケアをしながら生活を重要視した施設』とされていますが、じっさいにはここでの医療的なケアは名目だけのことで、おそらく老人保健施設での医療ケアと現実にはそれほど変らないはずです。なのにコストは一ヶ月あたりひとり16万円もよけいにかかっています。その高コストは人件費、とくに医者のそれや、施設の償却費用なのです。
厚生省は自身がいう17万人の社会的入院を介護保険下に移すことによって医療費を低減できるとしていますが、じっさいには『入院するほど医療が必要でない人が入院している』数はそれほど減らず、けっきょく逆に介護保険で高コストの社会的入院を温存してしまうことになるのではないでしょうか。
さらに、さきほども言いましたように、療養型病床への転換が間に合わないとみるや、ついこの3月10日には正式に介護力強化病院(いわゆる老人病院)も申請すれば3年間の猶予をもって介護療養型医療施設とみなすということを決めました。これは劣悪な環境の老人病院をそのまま追認したということになります。なぜ療養型施設に「指定」という接頭語がついていたのかが分かりましたね。指定さえすれば、さきほど説明いたしましたような、古い古い規格で作られて療養ということにほど遠い病院でも、療養型医療施設と名乗れるわけです。ついでながら、介護力強化病院といえば聞こえはいいのですが、これは極端にいえば介護力を強化するかわりに、医療力を落としてもいい、という制度であります。
これは、社会的入院の合法化にほかなりません。
医療を受けるためには、医療期間の窓口に出向いて申し込みをすれば、ほとんどの場合その場で対応され始めるのが普通です。どんな対応をしてくれるのかということは今回はちょっと置いておきます。介護保険の場合、給付を受けたいと思ったときに、すぐに対応してくれることは例外になります。それはレジュメ3ページにある『特例居宅サービス』という制度です。これはともかく緊急を要するので先にサービスを開始し、追認して給付するというものですが、おそらくこれについては適用される範囲は限定されるに違いありません。
ですから、通常の場合は4ページにあるような手続ならびに検討を経て給付の決定がなされるわけです。
現在の福祉制度では、何らかの相談が市町村の担当部署に持ち込まれますと、担当者が訪問し、必要なら翌日からでもサービスが開始されます。正確には開始することもできます、ですが。しかし介護保険下では、いくつもの手続や会議があって、おそらく迅速な対応は無理でしょう。
入口になる訪問調査こそ、私どもの施設のような居宅支援事業者は、企業活動として委託された認定調査員を即座に派遣する努力はすることになりましょう。いわばお客さんですからね。しかし、その調査が当日にできたとしても、介護認定審査会がすぐに審査してくれるとは限りません。やはり通常は順番待ちということになりますでしょう。30日という期限があるので、こういう場合はこれまでの例からしておそらく30日ぎりぎりに認定通知がくるのではないでしょうか。
モデル事業を行なっている宝塚市では、初年度の認定申し込みの始まる来年秋には、3000件くらいの申し込みがあるのではないかと予想しているとのことです。人口比率からしますと、川西市では2000から2500件。そのすべてを介護認定審査会で二次判定しなければならないわけですし、その後はいまのところ3ヶ月ごととされている見直し認定がずっと続くのです。しかも介護認定審査会の構成メンバーは通常専従ではありません。
時間がかかっても期限内にできればオンの字かもしれません。
医療系の調査員だと個個の活動性に重点を置いてしまい、生活全体としての質を見極めにくい傾向があるのではないかと思いますし、福祉系の調査員だと生活を見るあまり身体的な条件を軽視することがあるかもしけません。
また、より手厚い給付を受けようとして、障害が強いように装うことも不可能ではありません。笑い話ですが、お年寄り対象の介護認定のための塾を作れば流行るのではないかなどというのもあります。
モデル事業でも看護認定審査会で調査員の一次判定を、かかりつけ医の意見書も加味して修正した割合が3割以上という報告もあります。ついでながらモデル事業での介護認定審査は1件あたり平均5分程度であったということです。
この介護保険審査会は、やはり非常勤の委員が9人程度とされていますから、こちらのほうもさばけなくなるおそれがあります。ちなみに、1995年に同じような制度が実施されたドイツでは、スタートから一年の間に8万件の不服申し立てがあったということです。
また定額の保険料は、低所得であればあるほど負担が大きいことはいうまでもありません。年金が支給されていればそこから天引きされてしまうので、なんだか「搾取」という言葉さえ浮かんできます。
年金や給与から天引きされる立場の人には未納は発生しないと思われますが、第二号被保険者のうち国民健康保険の被保険者では現実的な問題となっています。現在の市町村の国保保険料の収納率は93%程度だといわれていまして、つまり7%の人が未納になっています。今度は本来の保険料のうえにさらに介護保険料が上乗せされますから、さらに納められない人が増えるかもしれません。また、過去に未納がある場合は、介護給付の自己負担が3割になるなどのペナルティも科せられます。
現在の福祉サービスでは、利用者の負担額は利用者の所得に応じた負担ですので、同じサービスを受ける、とくに低所得者にとっては明らかに負担増となります。いまのところ低所得者に対する減免規定が介護保険制度にはありませんので、負担できない場合はケアプランをフルに利用することを諦めなくてはなりません。
居宅介護支援事業には営利企業の参入も認められていますから、利用者負担ができない人の場合はサービスの提供を拒否されることになるかもしれません。施設でも入所拒否などをされることになるかもしれません。私の施設のことを考えますと、おそらくギリギリの運営でしかできないでしょうから、やはり利用者負担のできない人は敬遠するしかないと思われます。サービス提供側にとっても収入の1割が減るのはリスクが高すぎます。
医療保険では保険給付と保険外負担の併用は「混合診療」として禁止されていますが、介護保険では保険給付に上乗せしてサービスを受けることは禁じられていません。レジュメ4ページの表5を見ていただければお分かりかと思いますが、たとえば日中独居、つまり家族が全部仕事をしていて昼間は一人暮らしになる場合、要介護Tでは一日分空いてしまう日があります。週休二日だろというのはお役所の論理でしかないでしょう。ではその一日をもう一回分ヘルパーさんに来ていただきたいとすれば、その分はまるまる利用者負担ということになるわけです。
医療保険と同じようにサービスを「最低限」ではなく「充分量」にして上乗せを禁止するのがスジだと思うのです。
いよいよケアプランが提示されて、金はなんとかやりくりすることができそうだと、でようやく家族の介護もすこし楽になる、あるいはしばらく施設に入って家族を休ませてあげようとして、サービスを申し込んでも、肝心の供給がないという事態が考えられます。
レジュメ1ページ表1のように、川西市では介護保険スタート時点で計画をクリアしているのは訪問看護ステーションだけというありさまです。川西市だけではなく、おそらく多くの市町村で同じような状況だと思われます。
ホームヘルパーはなぜ足りないか。じつは、ヘルパーの多く、8割といわれていますが、身分の不安定な非常勤、つまりパートタイマーでまかなわれているのも原因です。非常勤職員の労働条件や待遇はきわめて低レベルで、身分保障もじゅうぶんではありません。
もうひとつ、ホームヘルパーには家事だけをする3級と身体介護をできる2級がありますが、しかし2級ホームヘルパーといえども医療職ではありませんので、たとえば経管栄養、鼻などから胃に入れた管を通して流動食を入れる栄養法ですが、これの介助はしません。痰を吸い取る吸引という処置もしないよう指導されているとききます。要介護VやXの人の中にはこれらの処置が介護の大きな部分を占めている場合がありまして、そういう場合はヘルパー派遣はあまり介護負担の軽減にはならないわけです。
救急隊の救急救命士のような、ある程度の医療類似行為もヘルパーに認めるような制度の検討が必要です。
そうしますと、たとえば川西市にある私の施設に、たとえば老人保健施設のない猪名川町や能勢町や池田市のかたが入所なさることはじゅうぶんありえます。現在はもちろんあります。市町村の人口で施設の定数を決めていても、それはあまり意味はないのではないでしょうか。
そのうえ、療養型病床群の病院と老人保健施設は、現在は医療法、介護保険法では介護保険事業支援計画の必要入所定員総数の規制で、その数字が満たされている地域では新設は認められません。とりあえず川西市では老人保健施設はこれ以上増えません。
そして、特別養護老人ホームでは、介護保険開始時に入所なさっているかたは5年間の猶予で無条件に入所が認められます。それはいいのですが、ある統計では、特別養護老人ホーム入所者のうち要介護度Xの人は16%しかいないというものがあります。5年が過ぎますと、要介護判定に従って退所ざるをえない人が続出する可能性があるわけです。また、現在特別養護老人ホーム入所者が入院した場合には3ヶ月程度以内であれば特別養護老人ホームでの場が確保されますが、介護保険実施後は、入院すると即医療保険の適用になりますから、特別養護老人ホームは退所となってしまいます。
そして、スタッフの側から見ますと、リハビリテーションなどを勧めて要介護度を改善すればするほど、介護給付の額が減り、退所を余儀なくされることになるという、とんでもないジレンマを抱えることになります。
いずれにしても、われわれ施設側の者も、いったいどうなるんやろと心配ばかりしているのが正直なところです。
介護保険法の成立のときにあまり関心を持たなかったツケがずっしりとこないよう、じゅうぶんに監視しておく必要がありそうです。
問題があるからと批判するばかりではなく、制度をうまく利用して市民が地域独特のサービスを考えていくのもひとつの方法かとも思っています。そのようなことが可能なら、私もなんらかのお役にたてるかなあと考えながら、ひとまず介護保険のお話を終わりにいたします。ありがとうございました。