医療者からみた介護


はじめに
自己紹介
在宅療養は重症
医療処置の説明
在宅ケアのためのインフラ
在宅療養で困ること
在宅療養から医療に求められること
介護保険施設の比較
おわりに

はじめに

■スライド■

 ご紹介いただきました、協和会在宅医療センターの上農です。

 今日は、「医療者からみた介護」というテーマでの話題提供のご依頼を受けました。じつはテーマがちょっと漠然としていることと、今日おいでになるみなさまがどのような話をお聴きになりたいのかということがいまひとつ絞りきれませんでして、ご期待にそえるお話ができるかどうか少々心配しております。

 事前に今夜の話の内容の概略をお送りしておりますが、これ、まことに漠然としたことを書いております。要するに、私がごく普通の医者だったころ、普通の医者ってどういうものか難しいわけではありますが、ま、いわゆる「お医者さん」していたころから、現在のようにちょっとヘンな医者になるまでの経過が、日本の介護を巡る経過と同時進行していたように思っていますので、ごく普通の医者がみた介護現場の変化と現状というようなことについてお話してみようと思います。

 ところで、4月から始まる介護保険は、誰がなんと言おうと「在宅介護保険」です。これについて話だしますとそれだけで1時間は必要ですので今回は省かせていただきますが、ともかく「在宅介護保険」だということを覚えておいてください。

 それで、今日の話も「介護」は「在宅介護」「在宅医療」だということで進めてまいりたいと思います。

 で、まず、私が在宅診療に関わることになった経過を自己紹介をかねてお話させていただいたあと、現在実際に在宅療養していらっしゃる患者さんについてすこし分析してみて、実際の在宅医療とはどのようなものなのかということをお話し、それを踏まえて、在宅療養に関するいろいろなことについて私なりに感じていることを述べさせていただこうかと思っています。

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自己紹介

 なにぶん慣れないことでありますので、ご参考になりますかどうか自信がありませんが、ま、ひとつの話題提供としてお考えくだされば幸いです。

■スライド■

 私は1949年大阪府八尾市生まれのまもなく51歳です。1973年に奈良県立医科大学を出まして、すぐに大学の第二外科、ここは当時胸部外科と脳外科、それに一般消化器外科を扱っていましたが、その教室に入局させていただきました。その後の私の遍歴はこのスライドに一覧にしましたが、一年間大学で研修しましたあと、国立大阪南病院へ出張しまして、その後いわゆるローテーションで奈良県吉野郡の町立病院や大阪府立病院、松原市立病院などの脳外科を回りました。そして、1985年に縁があって兵庫県川西市の協立病院に就職させていただくことになりました。

 みなさんご存じかと思いますが、国公立の大きな病院や、規模の大きな有力民間病院は、医者の供給を大学の医学部から受けています。どの医者が配属されるかは、たいていの場合病院側には決定権がありませんで、これはたいてい大学の教授が決めることです。病院は、できるだけ優秀な医者を欲しいので、大学の医局ことに教授には絶対逆らえません。

 医者のほうは、学位、いわゆる博士号をもらいたいためと、最近では専門医試験の推薦をしてもらいたいために教授のいうとおりに病院を回ります。これをローテーションといいます。

 話はちょっとそれますが、病院で信じられないような対応を医者にされて、病院の院長や事務長に抗議してもなかなかラチがあかないというようなことがありますが、それはたいていの場合、問題医者を大学から押しつけられていたりして、病院としては大学に文句をいえず耐えているというパターンです。ま、数年間がまんすれば、またローテーションで別の医者な代わるので、嵐の過ぎるのを待っているわけです。もちろん、患者さんは大迷惑なのではありますが。

 医者の側からみますと、おもしろくない病院でも何年か我慢すればまた別の病院に代われるので、とくに患者さんの評判などどうでもよいというヤツもでてくるわけです。

 私が学生だったころは、いわゆる大学紛争の真っ最中でして、私もよく京都大学や府立医大のバリケードの中へ遊びにきていました。その学生運動の流れの先に、医局講座制打倒というのがありました。

 これは、医者の教育を教授や医局の都合だけで縛るなという、ま、医者の側からのみかたでしたが、このことはさきほどお話しましたローテーションの弊害を防ぐことにもなります。それで、私たちの世代には、学位拒否という活動がかなり浸透していました。

 学位がいらないということになれば、教授のいいなりにローテーションする必要はなく、自分がしたい仕事を選ぶことができます。しかし、それは自己責任も必要です。楽ではありませんが、私たちの世代の多くが学位拒否を選んでいます。そして私もそうでした。

 ローテーション先では、手術や検査の技術と、臨床の医者としての心構えなどを教えてもらっうことに専念できました。学位のためのどうでもよい研究やデータ集めなどの必要がなく、また自分の行き先を自分で選ぶことができました。

 このスライドの右の欄に介護に関連した医療の世界の動きを並べてみました。いちばん右は、その年の平均寿命で、左が男性、右が女性です。

 私が医者になった年に老人医療が無料化されました。このあたりまでは、日本医師会の力がとても強く、とくに開業医さんは、薬価差益、これはご存知のように薬の仕入れ値段と保険の薬価との利ざやですが、それがものすごくあったうえに、たとえば1000錠の薬を買うと1000錠のオマケがついてきたり、景品に大型カラーテレビをもらったり、そして必要経費が無条件に72%などという優遇ぶりでウハウハしていた時期です。

 もっとも、医師会長だった武見太郎氏が亡くなって医師会と厚生省の力関係が激変し、1979年の優遇税制廃止から始まってどんどん厚生省の攻勢が強まって現在にいたっています。しかし、まあ、外からみていますと、まだまだ医師会の政治圧力がけっこう強いことは、今回の医療制度の改訂がお流れになったことでも実証されています。

 この時代から診療所をしておられるお医者さまは、古きよき時代にいまだに思いをはせておられるかたもおられます。

 よけいな話はさておき、結果として私が協立病院で仕事をするようになってから、老人医療つまり実質的には高齢者介護の施策が矢継ぎ早に実施され、私の仕事があたかも時の流れに乗ったような格好になっているごとき経過ではありますね。ちょっと簡単にご説明しておきます。

 私がいま仕事の本拠地としている老人保健施設は1986年に創設されています。また訪問看護の制度が1991年に始まりました。1992年の医療法の改正で、地域医療計画というのが実施されまして、人口あたりの病院のベッド数の制限が定められ、実質的に入院数の上限が行政で決めることができるようになりました。これは、いわゆる社会的入院を減らす目的であり、同じころに長期入院の場合の入院料の逓減制が強化されて金の面での締めつけもされています。このころから3ヶ月たつと退院を迫られるという話がぼつぼつと出てきたわけです。

 そして、薬価差益の縮小、入院料のしめつけとともに、在宅医療関係の診療報酬が改正のたびにアップしていったのもこの時期に重なります。政策として、明らかに在宅への誘導があり、その延長上に介護保険ができたのです。

 で、私のほうはといいますと、協立病院に着任後も脳血管障害や外傷を中心に脳外科を続けていましたが、それまでの国公立基幹病院での脳外科と違いまして、急性期治療を終えてもひとりの患者さんをずっと継続してお世話するという機会が俄然増えました。

 このことは、脳外科ではいわゆる植物状態を含む重度障害患者さんのフォローをしなければならないということです。私どもの系列病院である協立温泉病院へリハビリテーション目的で紹介いたしましても、いずれつぎの対応を求められるようになることが多くなりました。

 脳外科といえば、心臓外科などと並んで、ま、まことに華やかな科であるような印象を持たれがちなのですが、じっさいには病棟に多くの植物状態の患者さんや寝たきりのかたがおられる、翳のある診療科なのだというと、えー、反論を受けそうではありますが、ともかくそういうのが現実なのであります。

 で、ある程度後遺症として障害が固定した患者さんのいくにんかのかたが、どうせなら自宅で療養を続けたいというご希望を表明されまして、通院にたいへん困難が伴う、それならば自由のきく私が出かけていきましょうか、ということと、たまたま私どものところの木曽理事長が在宅療養のサポートをしてみようと考えたこともありまして、10年すこし前から在宅患者さんの訪問診療を始めました。

 始めた当時はまだ診療報酬に「訪問診察」「訪問看護」というものがなく、「往診」ということで対応していました。つまり、私たちは政策としての在宅医療が始まる前に在宅サポートを始めていたということになり、そのために、この政策の経過を、すこ志進んだところから観察することができていたとも思えます。

 そして、在宅をし始めた経緯からお分かりいただけるかもしれませんが、始めた当初から対象の患者さんはけっこう重度の障害のかたが多く、経管栄養や持続膀胱カテーテルの装着、おおきな褥創の処置を要するかたなど、現在でもなにかと問題になる患者さんがつねにおられました。こういう患者さんはしばしば合併症をおこして濃厚治療を要することになりがちですが,その場合には母体である協立病院の救急病院である機能を生かして対応できることも続けてこれた理由のひとつであると思っています。

 そういうわけで脳外科と在宅対応をその後ずっと並行してやっていたわけですが、私自身の身体的問題、えーじつは私にはかなり強い頚椎症がありまして、数年前から指先のしびれがひどくなっております。それで脳外科の顕微鏡下手術に苦痛と、そしてなによりも危険、つまり指先の微妙な感覚が障害されてきたわけですが、それでは自分のことより患者さんにご迷惑をかける、ということで、兵庫医科大学の脳外科教室から若い先生を派遣していただけることになったのを機会に、実質上脳外科から離れることにしました。

 それで、慢性期の患者さんの診療や訪問診療を専門にする部署として「総合診療部」という大袈裟な名称のものを設置しまして、私がその仕事にあたりました。

 震災直後の1995年4月に、協和会のほうで老人保健施設を作るという計画が出てきました。ご存知のように、老人保健施設というのは在宅療養のサポートのためというのがその機能の重要なひとつになっています。

 ここだけの話ですが、儲かるものだからする、というのが、まあ民間の企業としては当然の方向性だといってしまえばそのとおりではありますが、協和会の基本的なスタンスです。で、老人保健施設を作るのも儲かるから、というのが大きな要素になっていまして、「在宅療養患者さんのサポート」というのは「あとからついてくる」というような雰囲気になっていました。

 当時、それなりに在宅サポートに自信を持ちつつあったので、在宅を知らない医者に老人保健施設を動かされては大変だということで、私は「僭越ながらやらせてください」ということで手をあげてウエルハウス川西の計画段階から深く関わらせていただきました。

 ちなみに、残念なことですが、協和会の医者で在宅に積極的に関わろうという者は、これまでの間に誰ひとり出ていません。在宅に興味がない医者がほとんど、もっとも、このことは協和会に限ったことではなく、日本全国の傾向でしょう。ともかく、在宅医療にリキを入れているのは一部のヘンコな医者か、あるいは在宅ヲタク医者だと思われているようです。私は自分のことを半分は優越感を持ちつつ「趣味の在宅医療」と言っていますし。

 順序が逆になってしまいましたが、ウエルハウス川西ができるずっと前、私が在宅医療を始めて少したったころ、協立病院では訪問看護を始めました。それが発展して現在私が主としていっしょに仕事をしている協立訪問看護ステーションとなっています。

 ですから、私は訪問看護ステーションのオープンにも関わっていたことになりますし、また協立病院のデイケア、これは昨年の秋に廃止されてウエルハウス川西のデイケアに吸収された格好になっていますが、そのデイケアの開設をもくろんだ張本人であり、つまり協和会の在宅部門のかなりなものと関わってきたことになります。

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在宅療養は重症

■スライド■

 この写真は、昨年の秋に協立訪問看護ステーションが在宅療養中の患者さんの遠足を企画したときのものです。ステーションでは、春と秋の年2回、このような遠足を企画して、なかなか外出できない患者さんにすこしでも外の空気を吸っていただこうとしています。この写真は新装開店した能勢町の「大阪府立能勢牧場」で撮影したものです。

 ご覧になればお分かりいただけるかと思いますが、患者さんはほとんど車イスを使用されていますし、半数のかたはお弁当も介助を受けて食べておられます。この規模の遠足のためには、ウエルハウス川西とウエルハウス清和台の車イスリフトのついた車を含め5台の車を使用しています。

 しかし、じつは遠足に出てくることのできる患者さんはまだ軽傷の部類に入ります。

■スライド■

 この表は、2000年の1月現在で、私の訪問診療と協立訪問看護ステーションが対応している在宅療養中の患者さんの一覧です。ほとんどのかたは訪問診療と訪問看護が重なっていますが、一部訪問診療だけのかたもあり、開業医さんが主治医となって訪問看護している患者さんがあります。

 介護保険での第二号被保険者の年齢層と、いわゆる「前期高齢者」「後期高齢者」の年齢層で分けてみました。39歳以下のおひとりは、事故による頚髄損傷で両側の手足とも麻痺した28歳のかたです。

 総数は70名で、男性が23名、女性が47名です。やはり圧倒的に後期高齢者の患者さんの、しかも女性が多いのがお分かりいただけると思いますが、じつは若い世代のかたは男性の割合が多くて、しかも濃厚な医療的処置を要する患者さんが大部分です。

■スライド■

 この70名のかたの具体的な障害の状況をグラフにしたスライドです。

 いくつかの医療的処置について、おそらくみなさん言葉はお聞きになったことはありますでしょうが、実際はどのようなものかご存じないかたも多いかと思いますので、ちょうどよい機会ですので、それぞれについてはのちほどご説明します。

 移乗介助というのがなんと60%ありますが、移乗介助というのは、ベッドから車イスへ移るさいに介助が必要な場合のことです。移乗に介助が必要でなければ、たとえ移動に車イスが必要でも、日常の移動がほぼ自立できますから、介護者の負担はかなり軽くなりますし、患者さんご自身の日常生活での自由度も格段によい状態になります。

 また、食事が全介助というのが35%近くもあります。食事全介助には、その下にある経管栄養を含んでカウントしていますので、経管栄養を含む食事全介助と理解してください。じつに3人にお一人が食事を自分でとれない状態です。

 じつは、このグラフの上2つ、移乗介助と食事介助が、いわゆる「介護」に属する部分であり、経管栄養以下の7つは「医療」に関する処置になっています。

 そうして見ますと、在宅療養中の患者さんに関して、じつに介護面で重度のかたが多いということがお分かりいただけるかと思います。もつとも、訪問診療や訪問看護の対象者は「寝たきりまたはそれに順ずる者」とされていますので当然といえば当然ではありますが。

 しかしながら、医療の部分を見てみましても、喀痰の吸引や持続膀胱カテーテル、褥瘡の処置などのかなり重度のものがけっこう少なくありませんし、数は少ないものの、人工呼吸器などを使用されているかたもおられます。もちろんこれらは単独ではなく、複数の障害を併せもっているかたがおられるのは申すまでもありません。

■スライド■

 これは参考ですが、ウエルハウス川西の一般療養棟に入所しておられる105名のかたの具体的な障害の状況のグラフです。もとのデータの違いがありまして、同じフォーマットでの比較ができないので申しわけないのですが、このグラフの「トランスファー」が「移乗介助」です。在宅の患者さんの半分程度しかありません。食事介助も10%ほどで、在宅のかたの三分の一です。ちなみに経管栄養は3%程度で、やはり在宅の三分の一でした。

■スライド■

 在宅と施設のふたつのグラフを並べてみました。

 ウエルハウス川西の車イスが60%というのも、老人保健施設としてはなかなか高い数値であるといわれておりますし、そのぶん移乗介助や食事介助の比率も施設としては高いほうなのですが、こうして比べてみますと、いかに在宅の患者さんは重度の障害を持っておられるのかということに驚きます。

 のちほどこのことについては触れるつもりですが、このように、最も過酷な介護を要する状態のかたは、病院でも施設でもなく、じつは在宅で療養されているのだということに注意が必要です。

■スライド■

 この表は、疾患の分類別での年齢区分と障害の内容についてまとめたものです。これで突出して目立つのは、難病系の患者さんです。比較的若い世代に多くて、しかも障害が重複しています。もちろん、10人中じつに9人のかたが移乗に介助を要していますし、7名のかたが食事介助を必要としています。

 そして、脳血管障害のかたとは対照的に、医療処置を要するかたの割合が高く、また数字から分かりますように、おひとりの患者さんで重複した処置を要するかたが多いのが目立っています。

■スライド■

 それでは、ちょっと本題からははずれるかもしれませんが、経管栄養以下の医療的な処置の実際について、すこしご説明しておきます。

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医療処置の説明

 まず、赤字になった経管栄養からです。

■スライド■

 経管栄養とは…

■スライド■

 さて、経管栄養に関しては、しばしばいろいろな問題がおこります。…

■スライド■

 経管栄養には「経鼻経管」◆と「胃瘻」◆の方法があります。左がわがじっさいに私が使用している、経鼻経管栄養のための器材、右側はそれを使って流動食を食べていただいているところです。せめてもということで、このようにみなさんといっしょに食堂でとっていただき、調子のよいときは少し口でも味わっていただくということにしています。

■スライド■

 これはカタログからの引用ですが、胃瘻についての説明です。

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 つぎに「酸素吸入」です。…

■スライド■

 酸素吸入は、…

■スライド■

 この写真は、酸素発生器の一例です。大きさをみていただくためにティッシュペーパーを上に置いてみましたが、だいたい小さい目の洗濯機くらいの大きさがあります。

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 つぎは「気管切開」です。…

■スライド■

 気管切開とは…

■スライド■

 これもカタログの引用で、気管カニューレという器材です。ちょっと写真が不鮮明で申し訳ないのですが…

■スライド■

 つぎに「喀痰の吸引」です。気管切開をしている患者さんはほぼ必ずこの処置が必要になりますが、そうでない場合にも、ご自分で痰や唾液をうまく出したり飲みこんだりできなくなるかたが少なくなく、そういう場合にも使用しますので、数が多くなっています。

■スライド■

 喀痰吸引は…

■スライド■

 これが吸引器と、じっさいに口や気管カニューレに入れて吸いとるチューブです。…

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 つぎが人工呼吸器です。これはさすがに人数が少ないのですが…

■スライド■

 人工呼吸器についての説明です…

■スライド■

 これが典型的な人工呼吸器です。最近の器材は非常に小型化されていまして、私が医者になったころは同じような機能のものが畳一畳分くらいのスペースを要したこととは雲泥の差です。…

 こういう器材を「医用電子機器」と言いますが、これらは一定レベル異常の医療機関では臨床工学士という国家資格を持ったスタッフによって管理整備されています。医療機関での2000年問題では臨床工学士がいちばん忙しかったのではないかと思います。

■スライド■

 表ではスペースの関係で「カテーテル」となっていますが、これは「持続膀胱カテーテル」が正確な呼び名です。

■スライド■

 持続膀胱カテーテルは…

 ものがものですので、写真はちょっと避けました。

■スライド■

 つぎに寝たきりの患者さんにはしばしばつきものである「褥瘡」についてです。

■スライド■

 褥瘡は…

 つぎのスライドで実物の褥瘡の写真をお見せします。こういうものに弱いというかたは、ちょっと視線をそらせておいてください。

■スライド■

 左のは典型的なもの。右は皮膚だけ治ってきて、皮下に大きな空洞が残っている難儀なタイプです。

 これらは、私たちが関係する以前に作られた褥瘡であることを、看護スタッフの名誉のために申し添えておきます。

 さて、ところで、医療処置の話に関連して私がいつも思っていることですが、在宅ケアの話をするときに気をつけなければならないことがあります。

 それは、ひとくちに在宅ケア、在宅療養といっても、まったく性質の違ったものがあるということです。

■スライド■

 私はこれを「医療系の在宅」と「介護系の在宅」に分けています。在宅の話題を扱うときには、この点をはっきりさせておかなければ、対応を誤ってしまうことになりますから、注意が必要です。

■スライド■

 医療系とは、ロングセラー本「病院で死ぬということ」の作者で東京のホスピスの責任者をしておられる山崎章郎さんや、お名前をご存じのかたがおられると思いますが、尼崎の神代尚芳さん、河野博臣さんなどが熱心になさっている、いわゆる在宅ホスピスや、神経難病、筋萎縮性側索硬化症とか脊髄小脳変性症などの在宅ケアなど、医療行為、それもかなり高度な医療行為が必要なものです。

 この場合は、生活に対する援助よりも、医療の援助により重点をおかなくてはなりません。

■スライド■

 さきほども言いましたように、難病の患者さんの医療依存度は突出しています。そしてこのスライドで赤字になっている部分が多いほど、医療系の在宅ケアを要するわけです。

 なお、この表にリストアップした以外にも、たとえばインシュリンの自己注射や人工肛門の処置などが介護者によってされている場合や、現時点では私たちは受け持っていませんが、経静脈的高カロリー輸液、麻薬の投与、腹膜還流なども在宅でなされることが少なくありません。

■スライド■

 これに対して、高齢のかたの寝たきりや、重度の障害のかたの長期の療養を在宅でなさる場合があります。こちらは医療よりも介護、生活の支援がより必要です。

 関わるスタッフも、医者や看護婦さんよりも、ホームヘルパーさんや施設の介護職が主体になります。

■スライド■

 もういちど同じ表を見ていただきますと、表の赤字の部分、脳血管障害のかたの場合が典型的です。高齢で、ほとんどのかたが移乗介助や食事介助だけという状態です。痴呆症も進行して重度になりますと、生活上の介助が必要になってきます。

 在宅ケアの話をするときに、医療系と介護系をごっちゃにしますと、議論が噛み合わなくなってきたり、間違った結論に向かってしまいます。これは、介護保険になって、いわゆるケアプランをたてるときにもじゅうぶんな注意が必要な点です。

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在宅ケアのためのインフラ

 さて、以上のような現状をご理解いただいたうえで、つぎに在宅療養をするための条件についてすこし考えてみたいと思います。

■スライド■

 そもそもずっと昔、日本では在宅で療養することは普通でした。家族はもちろん、隣近所がなんとなく病人さんの世話をし、かかりつけの医者は気軽に往診してくれました。ところが、高度成長期に、病気は病院に入院して治すもの、死は病院で迎えるものというのがいつのまにか普通になってしまいました。

 そして、とくに高齢者の長期入院が問題になり、医療費の高騰が問題になってきたころ、主として米国の在宅ケアのことが紹介されることが多くなり、在宅ケアのすばらしさがいろいろと紹介されるようになってきました。もっとも、すでに当時在宅のサポートをしていた私は、米国の在宅の事情を紹介されても、それがどないしたん、という態度を取りつづけました。それはかの地と日本の事情があまりにも違うからです。

 では、在宅ケアをするためにはどのような条件が必要かを考えてみます。

■スライド■

 その第一は住宅です。意外に思われるかもしれませんが、私が在宅療養の支援を続けてきて、最初に思ったことがこれ、しかも今でもそう感じています。

 在宅療養をなさっていますと、当然療養のための部屋が必要です。多くの場合ベッドを置きますし、介護のためのスペースがいりますし、器材類を置く場所も必要です。健康な人が眠るためのベッドを置くだけの大きさではまず無理です。いかに寝たきりだとはいっても、ときには病院に出かけなければならないこともありましょうし、入浴サービスに連れていっていただくために、ストレッチャーという移動寝台を入れるスペースがいります。ストレッチャーでなく車いすであっても、ベッドに横付けできなければなりません。

 車いすで移動できる程度の病状でしたら、食事はご家族といっしょにしたいところですし、たまには外を散歩もしたいものですが、日本家屋の床にはけっこう段差がありますし、玄関から土間に出るにも段がありますね。門から道路まで階段になっているお宅が珍しくありません。エレベータのない中層集合住宅ではもうどうにもなりません。建ったのが古い市営、県営などの公営住宅の多くがこれです。

 最近、大企業が在宅療養関連に続々進出してきています。在宅支援に米国のノウハウを持ってきたものの、思ったほど業績が上がっていないらしい会社もあるようです。その理由のひとつに、日本と米国の住環境の違いがあると私は思っています。

■スライド■

 つぎに重要なのはとうぜんのことですが介護なさるご家族です。

 患者さんの介護を継続して中心になってなさるキーパーソンが絶対に必要です。複数のご家族が交替で、とか、隣の家に住んでいて世話をする、などという場合はトラブルをまねきがちです。病状の変化などに気がつくのが遅くなったりするからです。そして、そうなりますと、ご家族のうちのある一人に大きな負担がかってくるのは当然です。問題なのは、その多くが女性であるという点であります。主婦である女性が介護という仕事にも当たらなくてはならないケースが非常に多いのです。

 主婦業に加えて介護にもあたるわけですから、主要な介護者以外のご家族は、介護者の介護以外の部分の負担をできるだけ減らせてあげるような協力がぜったいに必要になります。それを理解していない男がまだまだ多い。

 在宅療養が議論されるたびに、このことは必ず問題になります。亀井静氏が昨年「子が親をみる美風」といったり、先月「家族がいるのに家事援助はいらない」といったりしていますが、あの発言はおそらく世の女性がたの反感をすごく買ったと思います。じっさい、いま亀井氏と仲が悪いらしい加藤紘一氏が個人演説会で先月の亀井氏の発言について、「あの発言で自民党の比例区の票が二百万ほど減った」と非難したという報道もありました。

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 三つ目に在宅療養をサポートする公的私的な制度の整備ぐあいが重要です。

 介護保険や医療保険での公的な制度として、医療では訪問看護や訪問診療、訪問リハビリテーション、デイケアつまり通所リハビリテーションなどがあり、介護ほうではデイサービスつまり通所介護、ショートステイ、ホームヘルパー派遣、訪問入浴サービスなどがあります。

 介護保険までのあとわずかの時間ではありますが、介護系のサービスはいま「福祉制度」とされています。福祉、といいますと、これはたとえば経済的に困っている人や、弱者が受けるもの、普通の市民は受けられない、あるいは福祉の世話にはならん、と考えていらっしゃるかたがまだまだ多いようで,私たちからみますと当然受けるべきだと思われる人たちが受けておられずに苦労しておられる姿をしばしば見てきました。若いころから一生懸命働いてこの国を維持してこられた高齢者は、いまの身体や生活に合わせてすべての人が福祉のサービスを受ける権利があり、またそれは何も恥ずかしいことではないといっても、なかなか理解していただけませんでした。

 こういう風潮が、介護保険という制度で払拭されることは、介護保険制度の数少ないよい点かもしれません。

 ところで、これらはいずれにしましてもすべて最後にはマンパワーです。人手がいります。政府は新ゴールドプランで施設の数やヘルパーの人数を大きく設定しています。

 とくにヘルパーさんの数は、目標17万人をほぼ達成といっていますが、しかしこの数字はヘルパー資格を持つ人の数であって、けっしてヘルパーとして活動している数ではありません。いまでさえけっこう劣悪な雇用環境なのに、介護保険ではさらにヘルパーさんにとって条件が悪くなりそうで、一定レベルの人材が集まるのかどうか、かなり心配です。

 そしてこれは私のところのような施設の介護職にも同じような問題があります。

 しかしながら、制度は制度としてできるだけ上手に利用することが、介護者にとっても患者さん自身にとっても必要です。

 ところで、介護保険でのケアプランでは、制度上のサービス以外に、いわゆるインフォーマルなサービス、つまりボランティアやNPOを活用するように指導されています。

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 ご存じのように、平成10年3月19日に「特定非営利活動促進法」いわゆるNPO法が成立しました。この法律の第二条に「特定非営利活動」が規定されていますが、活動の最初に「保健、医療又は福祉の増進を図る活動」があげられています。

 それを受けて、これまでボランティアの任意団体として福祉や介護の手助けをしてこられたところがどんどん特定非営利活動法人になっています。じつは私もある団体に依頼されてお手伝いをすることになりました。お金儲けを目的としていないのが逆に活力のある活動に繋がっているようにみえて頼もしいかぎりです。

 「法人」という要件を満たした結果、一部では介護保険の居宅介護支援事業者の指定を受けてフォーマルサービスの分野にも進出しておられますが、多くの法人はインフォーマルな活動としていずれ在宅ケアの分野で大きな力になっていくものと私は思っています。

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在宅療養で困ること

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 ところで、在宅という療養の形は、患者さんなりご家族なりが積極的に希望してしている場合、これを仮に「積極的在宅療養」と呼んでおきます、それと、医療機関側のさまざまな事情、これはもう少し深読みすれば、厚生省の医療行政の方針ということになるわけで、つまり患者さんやご家族の意思とは無関係に施設での療養ができないためにやむをえず在宅療養している場合、これは「消極的在宅療養」と呼びましょうか、このふたつにまず大きく分けておく必要があります。もちろん実際にはこうしてかんぺきに二つに分類できるものではなく、その間のどちらに近いかという場合や、時間の経過で揺れ動くときもあります。

 積極的在宅療養と消極的在宅療養とでは、在宅療養している場合に困ることにとうぜん違いがあり、したがってバックアップシステムの、何といいますか、濃度といいますかレベルといいますか、そういうものに違いが出てきて当然でしょう。これらを分けずに考えてしまいますと、無駄ができたり不満がでたりして混乱することになります。

 いっぽう、これとは別に、在宅療養を望んでいるのは患者さんご本人なのかご家族のほうなのかということも考えておかなければなりません。それによってもバックアップ体制に違いができてくると思われるからです。

 そして、以上の条件をを組み合わせますと、

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このような4種類の組み合わせになると考えられます。

 私の場合、カルテなどのどこにも記載したりはしていませんが、頭の中では各患者さんについて、どの状況なのかをよく考えて行動しています。そうしておかないと、同じアクシデントでも患者さんの側のニーズには違いがあるので、患者さんやご家族、そしてわれわれ医療者にも無用の混乱とストレスを起こすもとになるのです。

 在宅療養にあたって最も理想的なのはいうまでもなく1のパターンでしょう。そしてその対極は4ということになります。じっさいサポートにあたる側にとっても、1の場合と4の場合とでは対応にきわめて大きな違いがあることはお分かりいただけるでしょう。

 1の場合の典型的なのが、高齢の寝たきりのかたが、いわば老衰という形で最期を迎えられる場合とか、あるいは告知を受けた悪性腫瘍末期の患者さんに対するいわゆる「在宅ホスピス」の場合などです。最期の時期にはとくに医療チームは、いろいろな意味でかなりの負担を覚悟しなければなりませんが、しかし反面、在宅医療に携わっていてよかったと「やりがい」を実感することが多いものであることも確かです。

 4の場合の多くは、患者さんやご家族が意に反して在宅療養せざるをえなくなっているということで、医療や福祉に対する不満を持っておられることが少なくなく、在宅チームの対応によってはいろいろなトラブルになることもありますので、別の意味でやはりたいへん気を遣います。

 しかしながら、逆説的になるかもしれませんが、在宅医療に従事する者に対しては、じつはこの4のケースについて最も期待されているはずです。これは、行政や医療機関、福祉施設などからの期待もありますし、患者さんの側からもあります。在宅医療・福祉チームは、患者さん側からは施設療養でのキュア、ケアの完全な代理を在宅チームに求めている場合が多いのですし、行政や施設からは、退院や退所の条件としての手厚い在宅医療・福祉を「餌」として提示されていることがあります。

 2の、患者さんが望んでご家族はできれば入院させていたいというケース。これもまことに多いものです。患者さんはすでに医療を必要としない状態であっても、しかし再発するのではないかとか、自己管理ができないなどの理由でご家族が在宅に難色を示されるようです。あるいは単に介護の手がとれないのが理由の場合もあります。いずれにしても2のケースでは、患者さんへのバックアップよりも介護者へのバックアップを考えなければならない場合が増えると考えてよさそうです。

 3についてはある意味ではちょっと問題があります。患者さんご本人の意思に反してご家族が家でみたいとおっしゃるわけで、こういうケースのなかには遺産相続を巡っての家族間の確執や嫁姑小姑のゴタゴタなどが関係していることを私は少なからず経験しており、そういうゴダゴタに在宅チームが巻き込まれないよう注意が必要な場合があります。在宅医療・福祉というのは、ご家庭の中ある程度入り込んでいかざるをえませんので、いかに線をきちっと引いておくか、これはけっこう大切な問題であります。もっとも、いわゆる植物状態や高度の痴呆のある場合にはご本人の意思の確認というものは不可能であり、この場合は現実にはご家族の意向を尊重するしかないでしょう。

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在宅療養から医療に求められること

 さてつぎに、在宅療養の現場で医療者が求められているのではないかと思われることをことをまとめてみました。

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 このように、医療に対して「患者さんから」「介護者のかたから」「専門職から」求められるものがあるはずです。そしてその3者すべてが医療に求める特殊な場面として、いわゆる「末期医療」があると考えられます。

 ではまず在宅患者さんが医療を求めたいときについて検討します。

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 これはもう病状の悪化、苦痛など、直接病気に関係したことがほとんどでありましょう。ですからこのバックアップのためには、24時間対応の医療サポートが第一です。厚生省のほうもある時期からこれに気付いたようで、現在、24時間対応をすることによって医師にも訪問看護ステーションにも特別のご褒美をくださるようになっています。具体的にいいますと、医師には「在宅時医学管理料」として一件あたり月一回32000円、訪問看護ステーションでは「24時間連絡体制加算」として一件あたり月一回2000円となります。

 ただし、ここからは半分グチですが、201 床以上の病院が行なっている訪問診察についてはその管理料としての診療報酬を請求できないことになっています。ま、これは、そういう病院だとそれなりの当直体制があって、在宅患者さんのためだけの特別な体制が必要ないことでの、診療所や規模の小さな病院の不利を救済するためのものであるのでしょうが、私のように在宅の患者さんのとりあえずの連絡の一切を引き受けている者にとっては不満な点であります。私の、病院での実績、つまり売り上げに大きな違いができてきます。ま、私自身の懐に入るわけではないのですけど。

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 で、何かあれば気楽に電話で相談できるという状態にしておくこと、これは患者さん、もちろん介護しておられるかたにとっても、想像以上に心強いことであるようです。私の場合は携帯電話、PHS、さらに自宅の専用の電話と三段構えの連絡手段を設定してあります。実際に使うかどうかは別として、これをはっきりさせているだけで、患者さんの安心はかなりなものであるようです。

 病院の入院患者さんの場合、当直医というのがいますから、ま、主治医として最終的には責任をもつとはいえ、たとえば急な発熱程度であれば当直医が対応してくれます。しかし、在宅の場合は自分しかいないわけですから、ほんとうに24時間 365日対応ということになります。在宅を始めようとなさる先生がたが24時間対応を躊躇なさるのはまさにこの点であろうかと思います。しかし実際にはそれほど呼びだされるものではありません。

 在宅療養に移行したばかりで患者さんやご家族がまだ不慣れな、だいたい一ヶ月くらいの間は、しばしば小さなことで相談電話が入ったりしますが、安定し慣れてきますとそれはほとんどなくなってしまいます。もちろん、その、初期の電話が些細なことであっても、丁寧な応対をしてあげることがその後の安心に繋がることはいうまでもありません。つねに50名くらいの対応をしている私で、深夜などに電話を受けることは、平均すれば月に一度あるかないかというくらいでしょうか。ただ、ターミナルケアに当たっている時期は別です。

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 さて、そういう電話での相談を受けたとき、その様子から在宅を継続可能と考えたら、つぎに「往診して何らかの対応をする」か「そのまま様子を見ていただくか」を判断します。しかしもし状態が非常に逼迫しているようなら、すぐに医療機関に行っていただくことも必要になります。それで、在宅患者さんのおひとりづつについて、いわゆる「協力病院」を確保ししておくことが必要です。この施設は時間外診療と入院ができることが条件です。私の場合はもともと母体が救急病院ですから、その点は恵まれていました。「いました」と申しましたのは、じつは最近協立病院、おかげさまで満床になっていることが多く、とっさに入院していただくことが不可能な日か続くことがあるのです。こういうとき、じつは私がいちばん胃が痛くなるときでして、どーぞみなさん容体に変化がありませぬようにと祈らざるをえません。

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 システムとしての理想は、複数の救急医療機関に在宅患者さんのある程度の情報を持っておいていただいて、必要なときには主治医の電話一本程度で継続した治療をしてもらえるというものでしょうが、しかしこれは実際にはなかなか難しいかもしれません。つまり、病院、とくにそこで勤務する医師は、在宅療養の主要な供給元であるにもかかわらず、在宅療養そのものに関心が薄く、無理解であることが多いのが実情だという印象を私は持っています。

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 患者さんはいかに家がいいとはいえ、ときには気分転換をしたいときもありましょう。そういう意味ではショートステイやデイサービス、ときには入所などということも考えなくてはなりません。介助の入浴は、ま、無理からぬことではありますが、現在は月に数度という状況のようですが、ほんとうはもっと頻繁にしたいものです。老人保健施設では可能ならば毎日入浴させることという指導があるくらいですから、在宅でもなるべく回数多くできるようお願いしたいものです。

 さらに、病状が改善して外出が可能になってきた場合、いきなり「外来通院」という落差をつけるのではなく、治療としてのデイケアで対応するというメニューが理想的です。私のところでは実際にデイケアと在宅をそのときどきの患者さんの状態に応じて柔軟に移行させて対応しているケースがいくつもあります。

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 患者さんの病状が変化したときにいつでも相談にのるというのは、患者さんだけではなくご家族の安心にもなるわけですが、これとは別に介護をなさっているご家族にとって困ることというのが別にあります。

 その一番大きいものは、自分の時間がとれないということでしょう。

 そのことに対して、在宅のまま介護者の時間を自由にしてあげるためには、ホームヘルパーの利用が必要です。またデイケアやデイサービスも患者さんの状態によっては使えます。

 そして別の方法として、短期および長期の施設入所が考えられます。介護保険制度での施設のそれぞれの違いについてはのちほど時間があればすこしご説明することにいたします。

 これらのことをまとめますと、

 時間単位の自由のためにはホームヘルプ、外出可能な患者さんであればデイケアやデイサービス、数日間のそれにはショートステイ、数週間から数ヶ月のそれのためには施設入所や入院ということになります。

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 もうひとつ、忘れてはならないことに、「介護疲れ」という問題があります。しばしば報告されているように、介護疲れに起因する「虐待」や「無理心中」など、まことに悲惨な結果になることすらあります。私はかねがね「演歌な介護」ではなく「ずぼらな介護」を提唱していますが、そのためにもサポートが必要になります。

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 また、よく聞くこととして、身内の急病や不幸があったとき、介護者自身の健康問題というのがあります。これらは予定外に急に発生して、その場合の介護をどうするかということになります。

 ですから、これらの制度には、ちょうど医療に救急や時間外の診療があるように、緊急ホームヘルプや緊急デイケア、緊急ショートステイがいつでも対処できることが必要でしょう。こういう制度が、可能ならば24時間体制で利用できれば、在宅に移行することに踏み切れるケースはもっと増えるものと考えられます。

 しかし、これまでの制度では、こういういわゆる「緊急サービス」はなかなか難しいものでした。私のところではオープンから2年半の間にたびたび緊急ショートステイや緊急入所を受け入れてきましたが、そのためにはつねに緊急のためのベッドを空床にしておく必要があり、これは介護保険になっても施設のそれなりの問題意識を持ったところでないと難しいかもしれません。

 さて、いままでは在宅療養をなさっている側のことでありましたが、じっさいの現場ではサポートしている側にもバックアップが必要になります。

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 まず最初に考えられるのは、非医療スタッフ、つまりホームヘルパーや福祉施設での介護職員にとっての医療類似行為の問題です。たとえば喀痰の吸引や経管栄養、簡単な他動運動など、医療側からみれば危険はないので実行してほしいようなことがしていただけないということ。これをしていただけないと、前に述べましたご家族に自由時間を作っていただくというバックアップがほとんどできなくなってしまいます。また、聞き及ぶところでは、多くのショートステイについても医療類似行為が必要なかたの対応をしていただけないらしい。老人保健施設には、たとえば経管栄養であることを理由に入所を拒んではいけないという通達がありますが、通達があるということは入所拒むことが目立つからでありましょう。情けないことです。

 この問題はともかく早いうちにきちっとした決着、基準を考えなければならないのですが、うーんどうすればいいのでしょうか。私は「救急救命士」が限定した医療行為を認められているような、ああいう制度ができればいいなあと思っています。もちろん救急救命士ほどの難しい試験は必要ありません。一定程度の講習などを受講すればよいというようなもので構わないのです。

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 つぎにしばしば遭遇するのが、感染症をもった患者さんの対応です。これは、スタッフ自身の健康管理ももちろんですし、またスタッフを媒介にした、いわば「院内感染の在宅版」を防ぐ意味でも気をつけなければなりません。しかし、むやみに恐れるあまり在宅サービスが後退してしまうことも本末転倒です。感染症についての正確な知識と、対応マニュアルなどの整備が必要ではないかと思われます。

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 つぎに、患者さんの状態の変化や、ご家族からの相談などに対して、スタッフがさらに相談したいというような場合の対応も必要でしょう。

 訪問看護ステーションや、さらにとくに主治医が、スタッフからの働きかけに気軽に対応し、相談できるような空気にしておくこと、患者さんの情報を早く得るためにも、こういう姿勢はぜひ望まれるものです。さらに、これは医療スタッフ側も望むはずですが、いろいろな在宅サービスの情報を得たり、なんらかの処置が必要なときに、そういうことを集中して管理し処理することのできるものが必要ですが、介護保険ではその機能をケアマネージャー介護支援専門員が負うことになります。うまく機能することを期待します。

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 もうひとつ、スタッフの保障の問題があります。私たち医療スタッフの場合はたいてい組織の職員として労働災害などについて保障されているはずですが、介護系のスタッフのなかには半分ボランティア的であったり、あるいはパートタイマー職員として活動されている場合があるのではないでしょうか。そのようなかたが、たとえば感染を受けたり、出動途中で交通事故にあったりしたときの保障は、これはきちっとしておく必要がありましょう。24時間巡回介護などのサービスでは、深夜に女性だけのホームヘルパーが移動したりするわけです。

 そんなことはちゃんとなっているというお叱りを受けるかもしれませんが、いま申しました感染などについては、医療組織でない組織ではそれほど想定しておられないのではないかとちょつと心配しております。

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 さて、この項の最後に少しだけいわゆるターミナルケアについて、私自身それほど経験しているわけではないのですが、気のついたことを羅列してお話ししておきます。

 癌や変性疾患など、いわば「闘病」を続ける状態でで病院から退院してこられた患者さんのお世話をする場合、患者さんとスタッフとの信頼関係といいますか、医療現場ではよく「ラポール」と申しますが、それを確保するのになかなか苦労することがあります。つまりかなり状態が悪くなった時点でおつきあいが始まるわけですから、どちらにも余裕がない、なんとなくぎくしゃくしたままで終わってしまったという経験もありました。

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 そして癌の患者さんの場合、しばしばいろいろな形で麻薬を使用されています。私のように病院からの在宅医療を行なっている場合は、もともと病院で日常的に麻薬を扱っていますから、私が麻薬処方するにあたっても何ら不便はありません。しかし、通常は麻薬を扱っておられない診療所ではこれはなかなかたいへんなことかもしれません。麻薬の処方を病院でして…ということになるかと思いますが、じっさいに診察している医師が自由に処方できないのはちょっとじれったいと感じることがあるかもしれません。

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 たとえば苦痛にあえぐ患者さん、目の前で衰弱している患者さんを見続けなければならないご家族は、やはりかなりの精神力を必要とします。介護スタッフにもストレスは大きいはずです。そして程度の違いはあっても、在宅という限られた場での医療しかできない医療スタッフもそれは同じです。ただ、一番苦悶しているご家族のことを思えば、スタッフ側はできるだけ動揺を表に出さないことも必要でありますし、しかしときにはともに苦しむことも必要です。これだけは理論やマニュアルではないと、いつも思います。

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 最後に、自宅で看取りたいと思っておられるご家族が、あまりおっしゅらないもののほぼ必ず気になさっていることがあります。

 それは、患者さんが亡くなったあと、問題なくその後の段取りにとりかかれるだろうかというのがあります。具体的には、これがいちばんの関心ごとのようですが、死体検案書ではなく普通の死亡診断書を書いてもらえるのかということ。さらに、自分たちが見ていて息を引き取ったときにどこにどう連絡すればいいのか、亡くなったあとの身体の処置などをどうすればいいのか、そういうようなことについては、私は時期をみてためらわずにご家族に説明しておくことにしています。家で死にたいという患者さんの意思、家で看取りたいというご家族の思い、これがバックアップの不備で最後の最後にかなえられないことだけは避けたいと思うのです。

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介護保険施設の比較

 在宅療養のお話は以上でひととおり終わりにさせていただきます。

 最後に、介護保険施設、これには指定介護老人福祉施設、介護老人保健施設、指定介護療養型医療施設の3つがありますが、しばしばこれらの違いについてご質問を受けたり、混同して理解しておられたりということがありますので、これらを一覧にして比較してちょっとご説明しておきます。

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 ちょっと細かいスライドですみません。

 これら3施設の介護報酬にはかなりの違いがあります。医療側に近くて医療職の比率が高いほど報酬も高く、介護に重点があるほど安くなっています。

 理論的にいいますと、私が在宅療養で分類したように、医療系と介護系それぞれの患者さん、ご利用者がそれぞれにふさわしい施設をお選びになればいいわけですが、現実にはほとんど同じ状態のかたが利用されることになると思っています。

(詳細説明省略)

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 なんだかとりとめのない話ばかりになってしまいましたが、以上で「在宅療養の現場から」というたいそうなタイトルのお話を終わらせていただきます。

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おわりに

 とくにあとのほうはたいへんまとまりのない話になってしまいました。こんな話でよかったのだろうかと恐縮しておりますが、今回はこのくらいでご容赦いただきたいと思います。

 ありがとうございました。

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