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eyemodule9月

「ダン林」縁側
9月30日/久多宮の町

 京都市左京区久多宮の町というところの民宿「ダン林」さんに泊まりました。

 ずっと以前に雑誌の「萱葺きの宿」かなにかの特集で読んだことがあったのと、ひさしぶりに人里離れた静かなところへ行ってみようかということで、中年3人でののんびりドライブです。京都府美山町にも行ってみたかったのですが、そちらは残念ながら宿をとれず、おそらく美山よりももっと鄙びたところと思われる久多にきたわけです。

 写真は「ダン林」さんの客室(座敷)の前の縁側を写したもの。この地方独特の朱に塗られた柱や鴨居が私の目には珍しく感じました。あいにくの雨でしたが、しかし秋の冷たい雨に濡れた山里というのもなかなかいいものです。

 いまどき珍しい携帯電話が圏外になる町(村)。それでも行政区画は京都市内です。

 地鶏の鍋、肝や砂ずりの刺身、山菜のてんぷら、イワナの塩焼き。テレビなし。外は真っ暗。命の洗濯。


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道の駅「いながわ」
9月22日/道の駅

 何年か前から、ひょっとしたらバブル期のころからか、国道や主要地方道に沿って各地に「道の駅」というのができてきました。最初のころこそ、本当の幹線沿いにできていたのですが、じょじょに全国に広がって、最近ではそれほど珍しくなくなっています。

 たしかに、立ち寄ってもとんでもなくハズすということはありませんが、でもたいていの道の駅はレストランと売店が並んでいて、ちょっと個性がありません。差別化は、売店でどのようなものを売るか、また、レストランでいかに地域の特性を出すかというようなところではないかと思います。

 この写真は、猪名川町内の県道の分岐点につい最近できた道の駅です。ちょっとした山の中にありまして、周囲の環境もなかなかですし、売店は地域の農産物などに的を絞ったものにして、今日私が立ち寄ったときにはなかなか賑わっていました。猪名川町の隣りの能勢町にもつい最近に道の駅がオープンして、こちらもけっこうはやっているようです。

 この時代でも、資金投資をほどほどにして、うまく特色を維持すれば、それなりにやっていけるということなのでしょうか。


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いしばし商店街
9月20日/いしばし商店街

 阪急電車の宝塚線石橋駅前には昔ながらの商店街があります。道路は細く、小さな店舗がなんの脈絡もなく密集し、自転車は走る乳母車は通る学生は広がる納入の台車は突進するという雑然とした一角です。

 本通り(といっても幅3メートルほどしかありませんが)からは狭い路地が分岐し、飲み屋や食べ物屋やパチンコ店などが迷路で繋がっています。近くに大阪大学があるので、学生の町でもあるので、安いのは安い。

 この石橋駅のひとつ西は池田駅、そして川西能勢口駅になります。どちらも駅前再開発で大きなショッピングセンターができ、いわゆる駅前商店街は壊滅したかとても寂れてしまっています。石橋は数十年前からそのままの町なので、このような商店街が元気で残っているようです。

 店の前ではそこここでおばちゃんやおばあちゃんが立ち話をしていたり、散歩中の犬どうしが遊んでいたりして、いわゆる「古きよき時代の商店街」そのままの景色があります。そして、よく考えますと、新しい施設が大上段に構えたバリアフリーを叫んでいるものの、こういう商店街はけっこうバリアフリーになっています。道と店舗に段差がない、ヒマそうにしているお店の人がなにかれとなく世話をやく、ぜんぶ平面のうえにある…。

 これからの時代に駅前再開発で規模の大きな施設を造るような計画はなされないでしょうから、おそらくここはこのまま当分は賑わうのでしょう。火事など出さないように気をつけていただきたいものです。

 大阪近郊にはこのような商店街がまだいくつか残っています。いつかルポしてまとめてみたいものです。

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庭の藤袴
9月14日/庭の藤袴

 何年か前に知り合いのかたからフジバカマの切花をいただいたことがありました。それまではあまり縁のない花だったのですが、地味なわりになんとなく感じがいいので、次の年から鉢植えを買って育てたりしています。

 昨年鉢で花を楽しんだあと、茎の部分を職場の庭に移植しておきましたところ、春先からどんどん育ち、昨年の株の数倍にもなりました。そして、ぼつぼつとツボミが膨らみつつあります。

 写真はちょっと分かりにくいのですが、右側のいちばん手前に夏前からずっと花と香りを楽しませてくれているラベンダーがあり、その向こうにやはり大きく育ってまもなく花が咲きそうなコスモス、そしてその奥にフジバカマがあります。左側には2年ほどで樹形が10倍くらいに生長したジャスミナ。

 あまり手の入っていない、ほったらかしの庭の花壇ですが、私の好みはこういう野性的な植え込みですので、自宅がマンションでこういう花壇を作れないために、しばしばここを覗いては気をまぎらわせているわけです。

 年のせいか、春の華やかな花より、秋のちょっと地味な花のほうが好ましく感じるようになってきた今日このごろ。

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中之島から肥後橋方向
9月9日/中之島

 大阪はかつて「水の都」といわれ、「八百八橋」ともたとえられた町でした。しかし、旧市街地、とくに西区方面に縦横に走っていた堀川がどんどん埋め立てられて、いまや町名や交差点名に名残があるだけになってしまいました。

 ささえあい医療人権センターCOMLのイベントが毎年のように中之島の「リサイタルホール」であるので、いつものように地下鉄を淀屋橋駅で降り、日本銀行大阪支店の重厚な建物を右に見ながら土佐堀川沿いの遊歩道を歩きました。ここも最近のご多分にもれず、ホームレスの人たちのねぐらになっている傾向がありまして、遊歩道の景観的にはちょっと按配が悪いところもあるわけですが、初秋の休日の静かな朝、それなりに気持ちのよい歩きができました。

 土佐堀川は中之島の南側の川、淀川、大川と名を変えて二手に分かれたもう一本は堂島川。この写真に写っている高速道路は、南から土佐堀川に合流していた西横堀川を埋めて作られました。西横堀川からは西へ何本もの堀川が分かれていたのですが、現存するものはありません。江戸堀、京町堀、立売堀(いたちぼり)、長堀と町の名前が残ります。見えている橋は「錦橋」、車は通れません。そのすぐ向こうに四ツ橋筋の「肥後橋」。

 高速道路のすぐ横に奇抜なデザインの大同生命の新しいビルができて、このあたりの都市景観もまた大きく変わっています。経済基盤が弱っている大阪の街、21世紀はどうなるのだろうと思う今日このごろ。

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旧型携帯電話
9月6日/携帯電話

 一時期ほどではなくなりましたが、携帯電話もどんどん新機種が発売されて、半年もたつと旧型になってみんなについていけない状態です。

 震災よりはるかに前、セルラーのモトローラ製アナログ携帯電話を使いだしたのですが、当時はまったく高価なものでしたし、電池の持ちはなんとか24時間だし、重いし大きいし、エリアは狭いし、でもそれまで使っていたポケットベルに比べれば、仕事のうえで格段に便利さが増したのを思い出します。

 その当時に取得した電話番号をいまだに使っていて、これはある意味ちょっとたいしたものではないかと、ひとり悦に入っています。その番号を持つ端末がこの写真。ところが、一見してお分かりのように、これはもうかなり古い機種になってしまいました。

 というのも、私の現在のメインはドコモのドッチーモという端末でして、この端末は予備に置いてあるだけです。ほとんど使うことがないので、機種変更もしていないし、そのために使い勝手が悪くてあまり使わないということになっています。もちろん料金プランはいちばん安あがりのものにしていますが、それでもちょっともったいない。

 歴史ある番号を捨てるのもつらいので、無料に近い機種変更が可能ならいずれそのようにして、モバイル専用にでもするかと思う今日このごろ。

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