私の行動エリアが「大阪北摂」ではなく「大阪南河内」だったころからのおつきあいだか、大阪市の南の端に近いところにある店なので、「大阪北摂」になってからはなかなか行くことができないのである。
20年以上のつきあいということは、つまり店の亭主も私もお互いに20才以上年をとったということで、よく考えてみるととてもすごいことのように思うのだった。その間、この店は小さな改造はしたものの、雰囲気はほとんど変っていないのである。しかし、残念なことに、おなじみ客の顔ぶれはかなり変っている。故人になった顧客も少なくない。
あとどれだけの時間、昔なじみでいられるのだろうか。
小さい子どもたちのパワーについては、昔も「黒猫のタンゴ」という歌がヒットしたことがあるので、なかなかあなどれないものだとは思っている。
しかし、しかしである。そのつもりで見回してみたら、なんだか、普段はだんごに縁のない店まであちこちで「だんご」を売っているではないか。音楽付きで ^^; 阪急百貨店の地下など、行列ができている。父の家に行ったついでに近所の和菓子屋さんに立ち寄ったら、そういうものとは無縁のこの店、さすがに音楽はなかったが、「三色だんご」のはり紙が…。
うーん。人ってけっこう単純なのだろうか。
土曜日に訪問に回ると渋滞がひどくて効率が悪いのは承知であるものの、今日はそれでも我慢の限界ギリギリの状況であった。
年度末近くの週末で雨。都心はガラガラだろうが、私の職場のある川西市はベッドタウン。最悪の条件である。もっとも、年度末が住宅街の動向に密接に関係しているとは思えない。渋滞のただ中で周囲を見ると、家族連れや奥さま車がかなり多い(予想どおりだ)。雨が降ってきたし、買い物にいくのに傘をさすのもたいへんだぁという雰囲気がありあり(←ちょっと偏見もあるか)。
空いていれば5分以内で走ってこられる距離を、私は30分以上かかって帰ってきた。ようやく仕事を終えて駅からバスに乗ろうとしたらバスもひどく遅れていた。駅前を走る国道の車の列がぜんぜん動いていないから、そこからしかアプローチできないバスが遅れてもしゃあないのである。
不要不急の車は使うな。
家に持ち帰って、さっそくオカズのひと品にした。で、ふと気がつくと、今日の夕食はくぎ煮を加えずともシーフード三昧。ウナギのまぶしご飯、シジミの赤だし、シラコの湯通しオロシ添え、やまいもトロロ。
これからしばらくいろいろと旬の旨いモンが続く時期、楽しみでもあり金を使いそうだと恐ろしくもあり(それにつけても一度は「錦水亭」のタケノコ会席を食べてみたいものよ)。
今夜、突発的に外食することになり、一年ぶりに呉春鍋をいただいたのである。このお店にはよく行くが、ここの鍋はボリウムがあって、二人くらいでは頼むと食べきれない、だから呉春鍋もシーズンに一度くらいしか食べる機会がないのだった。
最後のおじやまでしっかり食って、もう腹ぱんぱんなのだ。酒を入れる余裕なく、ほとんど酔っぱらう隙さえない。ほんと、ヘルシーである。
で、油断の結果がどうなったかというと、今朝はまだちょっと不調ぎみだったものの、仕事をしているうちに元気になってきてしまった。炎症部分が鼻の奥から喉、気管と移動しているのを実感しながらの3日間だったが、今日はときどき咳が出て胸痛らしきものがあっても、しんどさはなくなった。
しかたがないので、通常の仕事のリズムに戻った。
しんどかったらちょっとサボったろと思って、それはそれなりに楽しみにしていたのに、簡単に治ってしまったのだった。薬は、おそらく熱発しているのでしんどいからという理由で何度か飲んだ鎮痛解熱剤だけ、酒を絶ったわけでもなく、安静を図っこともないのに、うーむ。
なんだか熱もあるのか、職場でスタッフに「顔が赤い」といわれる。歩くとふわふわとする。喉と鼻の奥が痛い。咳はでないがくしゃみが発作的に出る。道や駅でタバコの煙に会うといつもに増して不快。
午後からは会議だけなので、たまにはエエやんと思って早引けしてきた。家に帰って寝ているほどではなくて、ま、明日のために今日は休むという… :-)
ずっと油断してたままが楽でええかもしれまへんなあ。
日曜日はひさしぶりにポワンとして過ごした。
今朝から鼻の奥が痛くなった。昼ごろから鼻水が少し出だした。午後からくしゃみがひどくなってきた。夜になってほぼ完全に鼻がつまった。
油断した。緊張感がふと途切れたために、鼻風邪をひいてしまったに違いない。ここ数年、ひと冬のうちに一度はこういう「油断したストーリー」があるのだった。
うーー。
ともかくイラついたり気分わる〜というような話ばっかりで、自分は明るうなろと思うてんのに、ほんま、いっこもそういうオモロイことがありまへん。
せいぜい「からくりテレビ」や「探偵ナイトスクープ」を見て刹那的に大笑いするくらい。あるいは、ポテトサラダにソースをかけるかどうか、ブタまんにソースをかけるときに底を十字に割るか一本線だけ割くか、さらに目玉焼きの黄身をつぶすか保全して最後にパクッといくかを真剣に議論するときの楽しさ、とか。
なるべく物事はいいほうに解釈しようと思うてはおるんですけどなあ…。
職場のある町の川西池田駅からJR東西線直通の快速に乗り、都心部を地下で横切って京橋駅、大阪環状線に乗り換えて大阪城公園駅を経て森之宮駅まで、さすがに土曜日、遊びで移動していると思しき人たち、子たちの姿が目立つ。
環状線の3つの駅にはそれぞれ公園やショッピング街や大きなホールがあるので、平日昼間に比べて乗降客が多いのである。
暖かくなってきて、大阪市では珍しい広大な森のある大阪城公園が恋しくなってきた。
午後1時に駅前に迎えにきていただくことになっていて、遅れては具合が悪いと思い、現地に早い目に着いてから昼食をとることにした。
この市はけっこう歴史があり、初めて訪れるものの、大阪生れの私としては地名には馴染みがじゅうぶんにあり、その玄関口として急行も停車する私鉄の駅前ならばなんなと食いモン屋さんがあると思ったからであった。
ところが、急行を降りて改札を出てちょっとショックを受けた。ちょうど昼休み時間であるのに、駅前には人がまばら、近郊の駅によく見られる「駅前雑居ビル」的なものがない。すぐ近くに某大手スーパーがあったが、ここの人の出入りもほんとうに少ない。ともかく駅周辺が閑散としているのである。
あちこちと探しまわって、それでもなんとか路地を入ったところに、夜は寿司屋さんで昼は麺類もやってるというふうな小ぎれいな店を見つけて食事はとることができた。
私の住まいのある市の駅周辺もけっしてにぎやかとはいえないが、ここよりはかなりましである。迎えにきてくださった市役所のかたにその話をすると、郊外型の巨大ショッピングセンターがたくさんできて、車でそちらに行ってしまう人がほとんど、駅前は車を持っていない高齢の人などが細々と買い物に出てくる程度になっているのだという。
地域振興券のポスターが空しく目立っていた。
今日はとうとうコートを着るのをやめた。
職場の庭へ出てみたら、塀ぎわからちょっと名はわからないが野草がけっこう長く伸びている。昨秋に枯れきった白鷺草の鉢に一週間ほど前から水をやっていたら、小さな芽が出てきている。
朝刊に、このあたりの桜前線は3月28日とあった。
たとえば飛行機の予約、レンタカーの営業所の有無、ホテルの検索、新幹線の時刻云々。
うまく検索すれば、ほんとにかなりな部分が深夜のネットサーフィンでほぼ解決してしまうようになっている。数年前、まだまだホームページなんか遠い世界だったころ、名古屋の実験サイト経由でニューズ・グループに参加していたことからみると、ほんとに夢のような具合である。
そして、そういうページでのレスポンスが、企業の活力のひとつの指標になりかねないところが、ある意味では怖い時代でもあると思うのであった。
禁煙して今日でちょうど10年。40才の誕生日記念禁煙が成功したことは、私にはある意味の自信に繋がり、40才代を思い切って過ごしてこられたとも思える。もっとも、老眼が進み、歯が抜け、白髪が増えたことはちょっと寂しい。
さて、これからの10年、どうしてやろうかと思いつつ、鰹のタタキをあてにぐびりと冷やを一杯。
ふとホームに出ると、黒っぽいコートを着て、灰皿を中心にずらりと円型を呈して並んでいる喫煙者のおぢさんたち。なんだか悲しそうな風景。んで、どこかでこういう景色を見たような…と思いをめぐらせ続けていた。
ふと連想してしもたのだ。
手持ちぶさたなペンギン。ある状況では、彼らはぼーーっと立ってるだけだったりする。その後ろ姿と、喫煙コーナーを取り巻いているおぢさんたちのシルエットが、私には同じように見えたりするのだった。