'98 週刊湾処屋/12月

12月31日(木)

 一年間のおつきあいありがとうございました。

 つい先日に老人保健施設の仕事をしだしたと思っていたのに、もう2回目の大晦日になってしまいました。当初からあれがしたいこれもしたいと考えていたことをほとんど実現できていないままに、なんだかまた日常に埋没してしまいそうになっています。

 昨年のオンライン日記「駄理雑言」の12月31日には

| ちょうど私は年男でありまして、つぎの当たり年は還暦ということになって
|います。また、医者になってからの年数と医者になる前の年数がちょうど同じ
|である年でしたので、来年からは医者として生きている時間のほうが長くなる
|わけです。最近の新しい知見になんとか乗り遅れまいとあがいているものの、
|専門外のところについてはなかなか追尾できていませんし、そのうえ今年から
|は「介護」「福祉」という分野の勉強も必要になりました。でもだんだん頭脳
|は衰えてきまして、気はあせれど実はできずというあせりもあります。

と書いていますが、早くも来年は50才の大台に乗ってしまうわけで、いやはやなんとなく焦りというものも出てまいります。

 ニフティのインターネット展開が急で、フォーラムのほうも手を緩められない状況であります。

 来年もまたよろしくお願いいたします。

12月29日(火)

 一般の公務員さんや大会社はおそらく昨日がご用納めだったのでしょう、今朝は通勤する人がぐっと少なくなっていました。

 バスはまだ通常ダイヤのままでしたが、電車のほうは今日は土曜ダイヤ、明日からはバスも電車も日曜ダイヤなのだそうです。もっとも31日の夜は終夜運転とのことで、関係者のみなさまはごくろうさまです。病院の当直勤務をしていた昨年までは、交通関係や流通業界にお勤めのかたともども年末も年始もないという気分でしたが、今年の春先で当直をやめてからは、ほぼ暦を実感できる暮らしになりました。

 しかし、在宅のかたや施設のかたにとっては私ひとりですから、時間に縛られる勤務ではないものの、やはり「オンコール」であることは変りはありません。ま、完全フリーになったらなったですることがなくて頼りない思いをするに違いなく、それなりにテンションを維持したまま静かに正月を迎えることになりそうです。

和歌山県(4)

 高校3年の夏休み、一ヶ月ほど高野山にひとりで合宿しました。いちおう「受験勉強」ということで…。

 祖父の旧知のお坊さまの自坊に居候し、そのお坊さまが住職をなさっている宿坊で食事と風呂を使わせてもらい、ときには宿坊のアルバイトの若い僧や女学生とワイワイやりながら、ま、あんまり「勉強に篭った」という生活ではありませんでしたが。

 ある日、なんとなく同じことの繰り返しがイヤになり、宿坊の前を走る一日一便の護摩壇山行マイクロバスにふと飛び乗りました。いまでこそ護摩壇山は「高野龍神スカイライン」という立派な有料道路で高野山から小一時間で行くことができますし、山頂直近の駐車場には展望台や売店やレストハウスがありますが、当時のバスは尾根から谷へ、山間の集落を結ぶ狭い未舗装の林道を細々と走って、朝早くに高野山を出て昼ごろにようやく護摩壇山に着、そしてその終点には単なる広場があるだけで、もちろん店などありません。バスの乗務員さん二人は持参の弁当を食べていましたが、終点まで乗った唯一の乗客であった私はもちろんそんな準備はしていません。

 1時間あまり山を見てきてまた帰りのバスに乗り、夕刻遅く、飲まず食わずのまま高野山に戻ってきました。で、宿坊では私が行方不明になっていて大騒ぎ、私もまさか公衆電話の1台もないような経路だとも思っていなかったので、騒ぎを起こしてまことに申し訳ないと平謝りしたのでした。

 現在、高野山から護摩壇山へは、南海りんかんバスが走っています。

12月25日(金)

 ずっと暖かい、暖かすぎる日が続いていた大阪ですが、昨日あたりから急に寒くなりました。もっとも、それで平年並になっただけだということですが、やはり落差が激しいと寒さが堪えます。

 昔は私は寒さにはめっぽう強かったのですが、やはり最近は脂ぎりかた(笑)が減ったせいもあってか、こういうときはつらいものがあります。とくに今朝は早出勤務をしましたから、まだ夜が明けぬ午前5時47分発のバスを待つのにマフラーをしてコートをしっかり着用するという重防備。

 しかし、自宅では火の燃える暖房器具もコタツもなし、掛けブトンは普通の羽根ブトンが一枚、綿のパジャマに、起きている間は素足というスタイルはいまだ変っていません。冷えたビールに冷や酒という習慣もそのまま。みんながいうように、やはり変でしょうか。

和歌山県(3)

 先日、「T閣」という大きな旅館が焼けたことであらためて全国に名前が知られた白浜温泉には、子どものころから主に海水浴にしばしば父や祖父に連れていってもらっていて、おとなになったらこんどは自分の子どもの海水浴でずっと親しんできました。知り合いがリゾートマンションを持っていて、無料で使わせてもらえる便利なところでもありました。職場の慰安旅行でも何度か訪れています。

 円月島と三段壁と白良浜、ハマブランカと平草原、アドベンチャーワールドと超巨大豪華旅館と変ってきましたが、白浜温泉という地名の響きにはいまでもわくわくするものがあります(私だけか…)。もっとも、どちらかというと秘湯系を探して出かける今の私には、個人で自腹を切ってまでシラハマに行こうとは思わないのではありますが。

 バブルの時期にとんでもない金をつぎ込んでしまった名門旅館が潰れたりして、温泉そのものの存亡も心配する昨今です。しかし、不況で長距離旅行が減っているらしいですから、かえってまた往年の賑わいをとりもどすのかもしれません。そのためにも白良浜と前の海を昔のように奇麗にしなければ…。

12月22日(火)

 浴室の扉を開けるとすっとユズの香りがしました。

 冬至にユズ湯をつかうという習慣が関西に昔からあったのかどうか、ちょっと私の記憶が定かではないのですが、しかしまあ悪いことではないなあと思いつつ入浴。

 ネットに入って湯に浮いているユズをふと見ますと、「冬至用にこのまま浴槽に入れておつかいください」「減農薬栽培・実生ゆず」と書いたコープのラベルが…。

 年が明けますと「七草粥用の春の七草セット」なども売り出されて、流通業もなかなかたいへんやなあと思いますが、こうした庶民レベルのささやかな習慣が引き継がれる効果は十分あるようです。すくなくとも外来種のカタカナ行事で大騒ぎするよりはいいのではないかと思うのでありました。

和歌山県(2)

 和歌山県は、大阪からそれほど離れていないのに、いわゆる時間距離が長いことを実感します。とくに大観光地である白浜温泉から先は、車でも列車でも急峻な海岸線をコピーしながら延々と時間をかけなければなりません。

 最近は、紀伊田辺から熊野への中辺路沿いの道路がよくなっているらしいとは聞いています。そちら経由だと県の最も南東端である新宮市までも早くなっているのかもしれません。大阪から新宮へは奈良県十津川村を通る五新線経由が近いものの、この道も険しい谷筋を走る難路です。

 小学生のころ、天王寺からの客車準急「黒潮」に乗り、和歌山(当時は東和歌山)からは蒸気機関車牽引で、たしか7時間くらいかかって新宮まで行ったことがあります。子どもにとってはほとんど異国。で、新宮で一泊したあと、熊野川をプロペラ船で瀞峡観光、これがまた丸一日(現在はジェット船で往復4時間くらいでしょうか)。父が旅行好きだったとはいえ、めったにない休みを使ってよく連れていってくれたものだと今になると思えます。今なら二泊三日でハワイに行くようなもんでしょう。

12月18日(金)

 所用があって午後から滋賀県の近江八幡市まででかけてきました。

 職場の最寄りのJR駅である「川西池田駅」から1890円で切符を買って、快速で尼崎駅。新快速長浜行に乗り換えて1時間あまり。よく考えたら便利になったものです。川西から1時間半ほどで湖東のまん中まで運んでくれるのです。

 往路は例によって窓からの景色をずっと楽しみ、復路は井沢元彦さんの「逆説の日本史/中世鳴動編」を読むのに熱中、ひさしぶりに電車の小旅行を楽しんできました。

和歌山県

 和歌山県である。ここのところなにかと話題になっている、和歌山県である。

 先日、テレビで映画「大誘拐」が放送されていたが、ま、いまの和歌山県警本部長がどうこういうわけではないものの、「碇はんやったらどないしはりますのんやろなぁ」と柳川刀自が遠くを見ながら言っているような気が…。

 私の母かたの祖母が和歌山県田辺市の出ということもあってか、子どものころから和歌山県には縁が深い。最近でこそ遊びにいくことが少なくなっていますが、それでも高野山にはほぼ毎年でかけています。

 ということで、「週刊・湾処屋」の締めに和歌山県。

12月15日(火)

 忘年会が続いています。

 先週2つを消化し、昨日は私の職場のがありました。今週末にもさらにひとつ。仕事関係の宴会の嫌いな私は、一時期忘年会への出席を自粛(笑)していましたが、いまの職場に変わってからはそんなことばかり言ってもおれず、またまた毎年増えてきているわけです。

 それにしても、かつての最盛期のころは、宴会がすんでから二次会、三次会、四次会の朝帰りなどということが少なくなかったのに、いまや本当に付き合わなければならない場合に二次会までいるのがやっと、ふつうは宴会だけで帰ってしまうという、なんとも軟弱者になりはててしまいました。

 年か…。

福井県(5)

 永平寺は、何度行っても厳粛な気分になるお寺です。

 ずっと昔、毎年大晦日のNHK「ゆく年くる年」で永平寺の除夜の鐘中継をみたとき、なんと厳しそうな寺があるもんや、と子ども心に思ったものでしたが、実際に行ってみたら、その門前は単なる観光地の雰囲気、なーんやと落胆しつつ入山したら、こんどはやはりその荘厳さに感心。このいくつもの落差が印象に強くあります。

 京都の臨済宗系のお寺には茶室や庭を見たくてよく行きますが、同じ禅寺でも永平寺はまた違った雰囲気があって、そういう違いを感じますと、そのうち曹洞宗のもうひとつの本山である総持寺にもぜひ行ってみたいと思っています。

12月11日(金)

 昨年、今年と、ペンチアムのそこそこの速さの、そしてメモリをそれなりにたっぷり積んだパソコンを導入して、職場と自宅での日常業務にはほぼストレスのないほどの速度が実現しています。

 ところが、3年ほど使っているモバイル用のリブレット20が、これまでなかなかすごい活躍をしてくれてきて、なによりもウインドウズ95の先陣となった記念すべき機械でもあり、愛着はあるものの、いかんせん速度が辛抱できる範囲をこえた遅さを感じるようになり、そのうえ、この3年で私の視力の低下がひどくて、リブちゃんの液晶画面の見にくさが我慢の限界を越えたため、ついに決断してモバイル用端末を入れ換えました。  新機種は、フロンティア某という会社の、同じ系列のモデルが IBM(*1)などからも出ている、いわゆる「チャンドラ2」というヤツです。展示品で安くなっているものを買いました。で、これがウインドウズ98。どうも私のパソコン環境は、いつもモバイルがいちばん先進のようです。

 初めてこの新端末をいじったとき、うーむこれがウインドウズ98か、とちょっと感慨もあったのですが、デスクトップを自分なりに設定し、いろいろと環境整備してふと気がつくと、使っている限りはウインドウズ95とほとんど使い勝手に差がありません。

 自宅のThinkPad365Xのウインドウズ95と、職場の日立プリウス30のウインドウズ95は同じ95でもかなり違っていますが、その差くらいしか今度の98では感じられません。日立のマシンは98にすぐアップグレードできますし、TP365XもそれができるようにBIOSプログラムのアップグレードもすませていますが、これではあえて98にしなくてもいいや、と、雑誌の辛口記事などでの主張を実体験しました。

    (*1)「ThinkPad235」というモデル

福井県(4)

 温泉街といえばだいたいが山の中や海岸沿いという印象がありますが、田園地帯に唐突に現われる芦原温泉は、乏しいもののそれなりにいろいろな温泉地に行った私の経験でも珍しいものです。田んぼの向こうの巨大温泉旅館というのも、なかなか不思議な光景です。

 しかし、風呂から見える景色が渓谷渓流や大海原というのは「いかにも」感があります。一面の若い稲を見ながら湯に浸かる気分のよさは、昨年長野県北御牧村の露天風呂で経験しました。芦原の旅館も、整いすぎた日本庭園を借景にした風呂よりも、四季それぞれの田畑を見ながら入浴するというようなことを考えていただいてもいいのではないかと。なにしろ、わざわざ風呂の前の屋上に田んぼを作ってしまった温泉旅館も関東にあるようですから。

12月8日(火)

 さすが、イチョウは大阪府のシンボルツリーだけあって、御堂筋の並木ほど有名ではないものの、街路樹としてかなり植えられています。私が住む町の市役所も、建物が府との合同庁舎だということもあってか、かなりの大木が周囲に植えられています。

 いつもの年よりすこし遅いのかもしれませんが、先週あたりに完全に葉が黄色くなり、週末から昨夜あたりの風雨でどんどん落葉してしまいました。そしてこんどは道路がみごとに黄色に染まっています。

 あちこちのイチョウの木がまるはだかになると、いよいよ冬やな、という気分になってきます。

福井県(3)
 福井県のことを書くために地図をぼんやり見ていましたら、意外にも私は福井県のとくに嶺北の観光地には足繁く通っていたのだということに気づきました。いや、県の大きさのわりに観光地が多いということなのかもしれません。

 東尋坊芦原温泉、吉崎御坊、永平寺、一乗谷、越前大野勝山市九頭龍湖などは訪れています。これらの何ヶ所かは何度も行ってますのに、しかし、越前海岸方面はすっかり空白地帯でして、これは、私はもう海水浴に行くような年齢ではないのと、この地では「越前ガニ」といわれるマツバガニを食べに行くのは20年近く前から但馬の竹野の常宿の民宿と決まっているからです。

 で、食べ物の話のついでですが、いまは長野県駒ヶ根市が有名になった「ソースかつどん」のルーツは福井市だという話を聞いたことがありますが、どうなんでしょう。

12月4日(金)

 丸山健二さんの「千日の瑠璃 上・下」(文春文庫)を一ヶ月近くかけて読了しました。山の中の小さな町の1000日を、障害者の少年を主人公として一日を1ページで綴った長編小説です。

 6年前に単行本の初版本を買って読み出したときは、1000日の初めの50日ほどを読んだところでギブアップしてしまいました。その後、筒井康隆さんがこの小説を評価し、筒井さんが評価したからかもしれないと疑うほど、批評家から不評だという話を読んだりしていて、きっといずれは読み切ってやると思っていたいわくの本だったので、なんとなく肩の荷が降りた感じです。

 内容や感想については触れないでおきますが、以前にギブアップしたのは私の精神状態がこの作品を受け入れるほど余裕がなかったのが原因だったと思っていますから、すくなくとも今回読んでいた時間が無駄だったとは感じていないとはいえます。

 そして、長編にちょっと慣れたいま、続いて水上勉さんの「良寛」(中公文庫)に挑戦しております。

福井県(2)

 北陸自動車道の杉津サービスエリアからの景色が好きです。

 もともとここは北陸トンネルが開通する前に旧国鉄北陸本線が通っていたルート、杉津信号所があった場所で、蒸気機関車の牽く列車にとっての超難所だった区間、実際に当時乗ったことはありませんが、北陸道を走っているとその難所具合が想像できます。

 高速道路のトンネルを出た突然の景色が想像をはるかに越えた高い場所からのものだというのが、蒸気機関車時代と、アクセルの具合のちょっとした違いだけの車の時代の、たかだか40年ほどの変化を実感させるわけです。

12月1日(火)

 私がいま住んでいるマンションは、凝り性の設計者が根性を入れて設計したのか、たいへん複雑な構造になっています。地形の関係もありますが、玄関を入ったフロアが2階で、私の部屋は 206号なのですが、下は 103号、上が 303号、しかも 105号、 207号、305号はマンションの玄関から入るのではなく、別の通路がアプローチになっています。そして、全14室のうち3室はメゾネットタイプ(ちょっと全体を想像しにくいでしょ)。

 それで、中央部分に「サービスパティオ」のような、普段は人が入れない吹き抜け部分があり、私の部屋を含む数室の浴室の窓がこれに面していて、換気の排気口もここに設置されています。風呂が明るくて、なかなかいい配置だと思っていました。

 先日、ある部屋に新しい住人が入居してからちょっと具合の悪いことが起こりました。そのお宅では、どうもご夫婦揃ってヘビースモーカーのようで、室内から排気される空気がひどくタバコ臭いのです。こちらは一日の半分くらいの時間は浴室の換気をしていますので、このサービスパティオの窓からタバコ臭い空気を取り込む格好になってしまいました。浴室だけでなく、廊下まで臭ってしまいます。しかたなく最近は窓を開けずに換気していますが、湿気の抜けがいまひとつです。

 飲み屋さんから帰宅して衣服に染みついたタバコの臭いに辟易することたびたびではありますが、うーむ、なんとかならんかなあ。

福井県

 福井県は北陸トンネルを穿ってある山塊を境にして「嶺南」「嶺北」と分けられています。地図をみますと、とくに天候などはひとまとめに論ずるにはたしかに無理があるくらい、敦賀市の北部で滋賀県に押されてくびれた格好になっています。

 歴史的には「若狭国」と「越前国」が明治の廃藩置県で「敦賀県」「福井県」となり、10年後に統合されて福井県になったということで、おそらくいろいろな意味でいまでも嶺南と嶺北の風土は違っているのだと想像できます。

 今日の毎日新聞に、京阪神で消費される電力の半分以上が福井県の原子力発電所で発電されたものだという話が載っていましたが、この原発地帯は嶺南地方にあります。先日若狭大飯町の若州一滴文庫を訪ねたとき、原発設置の対価としてのいろいろな立派なハコモノを目の当たりにしました。道路はよく整備され、高速道路もかなりのペースで延長されつつありますが、しかしやはり今朝報道されていたような冷却水漏れ事故など、放射能との同居生活の不安さはあるはずです。原発から遠く離れた都会で電気の便利さを甘受してばかりで、ほんとに申し訳ない気持ちです。





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