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(09.09.08更新)


・『始まりと過ちと旅立ちと』

 

「博士! 止めてくださいっ!」
 助手と思しき白衣の青年が、立ちはだかる博士に向かって、叫んだ。

 青年の目の前に居る男は、『博士』というには余りにゴツイ男だった。
 身長は190をゆうに超えている。鍛え上げられた肉体は戦場の戦士かそれ以上。
 そこに居るだけで威圧感があるというのに、闘志をむき出しにしているせいか、いつも
の倍以上の威圧感が感じられる。
 それに対して助手の青年は背も高くはなく、体も細い。白衣のよく似合う、いかにもな
『助手』だった。
 どう見ても勝てそうにはない。
 でも青年は博士を引き止めるべきだと思っていた。
 助手のテロスは博士である彼を心の底から尊敬し、信頼していたのだ。

 だから、どうしても引き止めたかった。目の前の事実を否定したかった。
 だから、ひるみそうになりながらも青年はもう一度叫んだ。 
 
「博士、あなたのやろうとしている事がどういうことか、十分に解っているはずです。お
願いです、……止めてください!!」
 青年の必死な訴えに、男はうんうんと頷く。
「あぁ、解ってるぜ?」
「なら、どうして……!」
 博士は青年の言葉を最後まで聞かず、白衣をばさりと脱ぎ捨てるとにっと笑った。

「もう俺の事は博士だなんて呼ばなくていいぜ? 俺はたった今から『反逆者』だ」

 男は後ろ手に背面にあるキーボードを器用に叩く。
 ブゥン、とロックの外れる音がして、男尾背後にあった鋼鉄の扉が重々しく開いた。
「博士、あなたが居なくなったら、このプロジェクトは座礁に乗り上げます。ここの研究
者達もあなたが居なくては研究を進められません」
「あぁ、知ってるとも」
「今更逃げるんですか、倫理なんか関係ないって言ったのは、あなたもじゃないですか!」
「……だなぁ。その時は、俺もソレでいいって、思ってたんだよ。だけどな、やっぱ無理
だったんだ」
「あなたの『個人的』な実験が失敗したから、すべてのプロジェクトを投げ出すのですか。
無責任です、そんな事!」
 あぁ、そうだなぁ、と博士は苦笑した。

 だが、これ以上このプロジェクトを進めるわけにはいかなかった。


 ――極秘プロジェクト、『魂の具現化、及び再生』


 最強のVRを作ろう、研究者は皆が皆そう思って日々研鑽を積んでいた。
 その度合いは、争いが深まれば深まるほど、より速く、より強くと加速していった。
 人々は争いを娯楽として楽しんだ。
 戦うのはVRとなった人間。人間とは区別された兵器だった。
 自分達の身に危険の及ばない、『安全』な『戦争』だった。
 だからこそ、白熱する開発争いは倫理の壁を容易に超えていってしまったのだった。

 その壁を最初に越えたのはアイザーマン博士だった。

 代表的なVRがスペシネフだ。
 彼は強さの為なら、手段を選ばない男だった。
 そして独自の価値観に基づいて、次々にVRを生み出していった。
 そしてある日、恐ろしいVRが世に発表された。

 カゲキヨ、である。

 アーザーマン博士は、何らかの原因で現世に迷い出た遥か昔の武者の魂を、Vコンバー
タに蒸着させる事に成功した。
 つまり、彼は魂を束縛する事を可能にし、それを強力なVRの基とする事に成功したの
である。
 カゲキヨのベースに使われた魂は元が武者であるが故か、その戦闘力は並のモノではな
かった。
 博士は即座にそれの量産化にも踏み切り、見事に成功を収めた。
 強力なVRの出現に火星は混迷の度合いを増し、戦場はさらなる盛り上がりを見せてい
った。

 だが、カゲキヨは人が人でなくなってしまう、恐ろしいVRだった。
 蒸着された強い怨念は常に血を求め、勝利に酔い、敗戦にもがく。
 その激しいノイズは、ベースとなっている人間の人格を悉く崩壊させていった。

 戦狂いの鬼武者が量産されてしまったのである。

 狂った戦士達の扱いは困難を極めた。
 カゲキヨ達の扱いに困り、管理しきれなくなった一部の所有者が彼らを処分しようとす
る動きまであった。
 だが、処分しようとしたのは一部の所有者だけであった。
 あまりに強力なその力は、それを超えるほどの魅力があったのだ。

 その現状を受けて、新たな研究が始まった。

 精神ノイズに耐えられないなら、耐えられる器を用意すればいい。
 耐えられる人間は極僅か。
 ならば、それはなにもベースが人でなくてもいいのではないだろうか。

 そして研究が始まった。
 
 その研究とは、『同じ波動を持つ魂を探し出し、カゲキヨ蒸着のノウハウを持ってその
魂をVクリスタルの力で拘束、実体化させ、それにカゲキヨを制御させよう』というモノ
だった。


 つまり、魂の具現化である。


 「面白い事になるかもしれない」と、アイザーマン博士をはじめ、各所から支援があっ
た。そのおかげで研究は進み、対象となる魂を見つけ出す事にも成功した。
 そしてついに実験段階へと移った。
 遠く地球で無念を謳い続けた魂を、彼らはVクリスタルの力で拘束した。
 実験は行われ、カゲキヨと同等の波動を持った一人の青年の魂を具現化させる事に成功
したのであった。

「博士、実験は成功したんです。あなたの奥様の事は……」
 助手の言葉に、男の表情が一変する。
「あれは『二度死んだ』んだよ。俺のせいで、なぁ、見てただろ?」
 全開になった鋼鉄の扉を潜り、博士はそこらじゅうに張り巡らせてあったお札と制御装
置を次々に壊していく。
「魂はもてあそんじゃいけなかったんだよ。もう、これ以上こんな事はあっちゃいけねえ
んだよ。俺達は……倫理を踏み外しすぎたんだ」
「だからといって……う、うわあああああっ!?」
 男の手によって最後の封印が解かれ、それを合図にぶわっと風が舞う。
「こ、これは……!」
 助手が見たものは、雪と桜の幻だった。
 風に乗って、雪と桜が同時に舞っていたのだった。吹雪と桜吹雪がいっしょこたになっ
たようなその光景は、緊急事態であることを一瞬忘れさせる美しさがあった。

 幻想の空気の中、博士は笑った。
 殺される事でしか解放される事ない魂の前で、笑った。

「……お前を自由にしてやるよ。魂は自由に出来ないけどな」

 博士は封印を投げ捨て、部屋の中央に佇む白い武者を解放した。
 目を伏せる博士に、武者は苦笑する。
 武者はすべての事情を知っていた。
 だから、博士の言葉に頷いた。

「……感謝する」
 博士の後をついて、武者が付き従う。
 それを見て、助手の表情が一変した。

「……解りました、あなたたち『二人』で我らを裏切るのですね。……ならば!!」

 助手が警報装置を押し、それに答えて警備用のVRが現れる。
「その白い武者は研究のすべて! 逃がす事など、もっての外だ! 警備兵! 博士を、
フィアス博士を、裏切り者を処分し、武者を捕らえろ!」

「処分、ね。寂しい事いうぜ……なぁ!」
 
 博士の瞳が赤く変色する。
 そして、頑強な体を覆う様に鈍く輝く装甲が現出する。

 間違いない、リバースコンバートだった。

「ま、まさか、博士、あなた……!」
「あぁ、ここから逃げるのに生身じゃ確実に死ぬからな。『VR』になる事にしたぜ」

 博士だった男はアファームドに姿を変えていた。
 肩にタイガー・キャノンを背負い、右手にはマックス・ランチャーを。
「VRか、……なるほど、思ったより悪かねえな」
 自分で自分用に設計したとはいえ、あまりにしっくりとくる感覚に、博士は苦笑した。

 警備兵の707テムジンがランチャーを構え、「止まれ!」と叫び、撃つ。
「こっちだ、逃げ道は確保してある」
 アファームドはテムジンにボムを投げると、その隙に壁をゴスっと蹴破った。
 壁の向こうに現れたのは、緊急用の通路だった。

「……裏切りを働いて、ただでは済むまい」
 武者の問いかけに、アファームドは笑った。
「かまわねえよ。……無念の魂とはいえ、お前をこんな果て(火星)に蘇らせたのは、俺
だからな。……つか、俺、お前さんに殺されても文句は言えないんだがな?」
「……そんなつもりは、ない。それに……」
「……なんだ? 折角蘇ったし、やりたい事でもできたか?」
「……そんな所だ」

 廊下を駆け抜け、階段を上がり、地上への扉を開け放つ。
「じゃ、まぁ二人で逃げっか?」
「……承知」
 未だ追いつかない追っ手を振り切るように、二人は赤い大地を駆け出した。

 こうして、終わりの無い二人の旅が始まったのだった。
 

「――報告します。博士が裏切りました。えぇ、はい、ティグリス・フィアス博士です。
持ち出されたのは研究データ一式とカゲキヨ「火」が一体、はい、コードネーム『焔鬼』
です。えぇ、以前から周到に用意していたらしく、どのPCにもデータが残っていません。
…………、了解です。なんとしてでも、彼らを……捕まえます」
 助手の瞳が、決意と共に赤く変化する。
 裏切られた悲しみと怒りで染まった様に、暗く。紅く。

「えぇ、この手で、この手で捕まえます、……必ずだ!!」

 怨嗟に包まれた装甲に身を包み、助手であった青年、テロスが唸る。
 がらんどうになった研究所で、彼の右手に握られたヴードゥー・ブラストが悲しく啼い
ていた。
 

 





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