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(09.08.03更新)


・『赤い大地でおはようございます』

 

「よう、起きたか」
 まだ日も昇らない早朝。
 未だ眠そうな目をして起き上がった焔鬼にティグリスが声をかけた。
「……ん、あぁ」
 涼やかな声が、ゆるく返事を返す。
 寝乱れた長い黒髪を後ろでひとつに纏めると、青年は寝ぼけ眼でぼんやりと声のした方
に目を向けた。大きな赤い岩の上に座っているのは、相棒のティグリスだ。
 朝に弱い焔鬼と違って、ティグリスは朝に強い。そんな彼を羨ましく思いつつ、焔鬼は
ぐっとのびをして少しでも目を覚まそうともそもそと動き出した。
「で、猫っこは、まだ寝てるのか?」
「……御覧の通りだ」
 胡坐をかいてすわる焔鬼の足に、小さな少女がしがみついていた。
 人のものとは違う猫の耳をぴくぴく動かし、それはもう幸せそうに眠っている。
 しがみ付く少女の名はアーニャ。
 焔鬼の飼い猫で、獣人の少女だった。
「ま、昨日あんだけヤりゃ、快眠だわな」
 ティグリスは昨日の晩の事を思い出し、豪快に笑う。
 だが焔鬼は顔を真っ赤にして困ったように眉を寄せた。
「……あまり言うな」
 しがみつく獣人の少女を見下ろし、はぁとため息をついた。

 アーニャは愛玩獣人として生み出された、愛しく、哀れな存在だ。
 その生まれ故に、幼子に見える少女はすでに快楽が何かを理解していた。
 しかもその衝動は人のそれよりもよほど強い。
 だからアーニャは、ほぼ毎夜焔鬼を求めて甘えているのだった。

「にしても、昨日はすごかったよなぁ。お前だけじゃ足りねえって、俺までひっぱってよ。
お前もがんばってるのになぁ!」
「……」
 ティグリスの台詞に、焔鬼は微妙な顔をして目を伏せる。
「まぁ、そう微妙な顔すんなって。俺までひっぱられるのは月一くらいだろ」
「……まぁ、そうだが」
 月に一度、アーニャは異様に盛る。
 体内のバイオリズムの問題なのかもしれない。
 色々な理由があるにせよ、未だに焔鬼はアーニャを抱く事に少し抵抗があった。
 アーニャの外見はどう見ても子供、しかも、状況によっては大の大人二人がかりで――
なのだ。
 普通に考えて、そんな事をして良い訳が無い。
「んだよ、まだ気にしてんのか」
「……そりゃ、当然だろう」
 いくらそういう様に出来ているとはいえ、この外見ではさすがに気が引ける。
 だが、行為の最中のアーニャが異様に魅力的なのも焔鬼は理解していた。
 にゃぁにゃぁと甘い声で求められると、そんな抵抗も軽くふっとぶ程だ。
「アーニャは相当エロい子だぁな。つか、淫乱だな」
「ん、否定はしない」 
 誰でもいいというわけじゃない所が唯一の救いか、アーニャがそういう行為を許してい
るのは、今のところ焔鬼とティグリスだけだ。
「『好きな人じゃないと、さわられたくない』か。ま、そりゃそうかもな」
「……」
「んだよ、お前ヤるのが嫌なのか?」
「そうだと言えば、……嘘になる」
 眠るアーニャの頭を撫でて、焔鬼は目を細める。
 最初は仕方なく抱いていた部分があった。
 でも最近は、そうじゃない、と思い始めていた。
 アーニャが愛しい存在なのは間違いない。
 護りたいし、手放したくは無い。
「お前は難しく考えすぎなんだよ」
「だからといって「ちょうだいっ!」といわれて「しゃあねぇなぁ」って差し出すお前も
どうかしてるだろ」
「んだよ、俺がいる前でいきなりヤり始めるお前らはどうなんだよ」
「それはアーニャが突然……!」


「うにゃぅ、あーにゃが、何?」

 
「!?」
 突然聞こえた甘い声に、焔鬼はびくりとなる。
 どうやら、二人の会話でアーニャが目覚めてしまったようだ。
「おう、おはようアーニャ。昨日はすっきりか?」
「おはようティグー! うん、すっきりしたぁ」
 よほど満足しているのか、アーニャは笑顔だ。焔鬼の胡坐の上にそそそと這い上がり、
ちょこん、と収まる。
「おはよう、焔鬼ー」
「あ、あぁ。おはよう」
「にゃーん。おはようのあいさつー」
「っ、や、やめ、ろ!?」
 アーニャはごろごろと甘えながら、焔鬼の口元をぺろぺろ舐める。
 焔鬼は慌てて身をそらすが、よける気があるのか無いのか、アーニャにされるがままだ。
 なんだかんだで、アーニャが可愛い。
 焔鬼はアーニャを拒めないのだ。
「ふはははは! アーニャ、俺にもしてくれ」
「やー。ティグにはしてあげない」
「ケチだなー。昨日は必死に俺にねだったくせになー」
「昨日は昨日なのー。アーニャは焔鬼がいればいいのー」
「ふははは! ひでぇ!」
 アーニャは勝手気ままだ。
 まさに猫、といった所か。
「こ、こら、それ以上舐めるでない!」
「なんで? したくなっちゃう?」
「っ、そういう問題ではっ!」
「焔鬼、あーにゃにいっぱいしてくれるから、あーにゃ、焔鬼がしたいなら手伝うよ?」
「だからだな!? ……ッ!?」

 迫る気配に気づき、焔鬼とティグリスは同時に西の方角を向いた。

 視線は鋭く、一気に二人の気配が反転する。
「……敵?」
 二人の変化に気づき、アーニャもその方角へ顔を向ける。
 赤い大地が昇る朝日に照らされ、地平線の向こうから土煙が迫っていた。
「敵機確認、VR五体。……識別コード、……DNAだ」
「ふぅん、今日は早いこった。……しゃぁねえ。うし。アーニャ、目覚めに一発暴れっか」
「いいよいいよ? ね、あれは思いっきり壊しちゃって良いVR?」
 耳をぴくぴくさせながら、アーニャはきらきらとした瞳でティグリスに問いかける。
「おう、ありゃ壊して良いVRだ。今日は存分に暴れていいぜ?」
「にゃー! やったぁっ!! ……じゃぁ、えーい!」
 アーニャの頭の後ろにVディスクが出現し、周囲に光を撒き散らす。
 リバースコンバートだ。
 光の帯が何も無い空間に武装――もとい衣装に近いものだが、模様の入った大きな帽子
を出現させる。アーニャはそれをぽすんと被り宙で一回転してみせると、それにあわせる
様にセーラー襟のベビードールの衣装がアーニャをきらきらと包み込んでいった。 
 獣人少女から破壊少女ガラヤカへ。

 可愛らしく、鮮やかに変身していく。
 
「ね、焔鬼、一緒にいこ? ねーねー、早くー」
 甘えた声と笑顔で、アーニャは焔鬼の袖口をしきりにひっぱる。
「解った解った。……一緒に行こう」
 少女に促された男がこくんと頷くと、それに応じるように白い靄がゆらりと体を包みこ
んでいった。
 無から有へ。
 具現化していく白い甲冑が、じわりじわりと焔鬼の体を覆っていく。
 右手には一振りの刀。
 左手には小さな少女の手をとって。

「ティグリス、……先に行く」
「いって来い。俺は後から行くぜ」
「じゃ、おさきにー!」

 仲良く手をつないで、二体のVRが赤い大地を駆ける。
 それを見守りながら、ティグリスは二人を追いかけ、ゆっくりと歩き出す。


 今日も三人は追われる身だ。
 

 アーニャはその体とディスクを狙われ、
 焔鬼は存在そのものを、ティグリスは裏切りの代償を背負って。


「……んだよあいつら。なんだかんだ、仲いいじゃねえか。ちぇ。ふはは。ちったぁ俺の
身にもなれ!」  


 赤い大地が朝日に染まり、今日もどこかで戦闘が始まる。

 武勇、名声の為の戦闘。
 誰かを、大事な場所を護る為の戦闘。
 人類の命運をかけた、悲壮な覚悟の元での戦闘。

 戦闘の種類はさまざまだ。


 ただ、ここでの戦闘はいつもハチャメチャだ。


「おーーはよーーう、ございまーーす!」
「う、うああああああああああ!?」
 きゅいーんと杖に跨って猫耳VRが特攻していく。
「こらアーニャ! 考え無しに行くな!」
「やほーい!」
 気ままになアーニャと、それをフォローする焔鬼。
 最近のお決まりの構図だ。
「ははは! あぁあ、アーニャの奴、聞いちゃいねえ」
 そんあ二人をみて、ティグリスはなんだか上機嫌だ。

   
 遊ぶように暴れるアーニャが、VRをなぎ倒しふっとばしていく。
 哀れ、襲撃してきたVR達は見事に返り討ちだ。
「……ぐ、なんだ、あ、あれは」
 不意打ちを喰らったアファームドJが、地面に体をめり込ませて唸った。
 上から下された指令は三体のVRの殲滅、捕獲。
 まさか、選ばれた存在である自分達がものの数十秒で地面にめり込む事になるなんて、
これっぽっちも思っても居なかった。
「このままでは、帰れるか……!」
 まだ動ける、とアファームドJがぐぐぐと顔を上げる。
 だが、目の前が妙に暗い。
「……ん、……ッ!?」
「よう。アファJか。お勤めご苦労さん」
 上から降ってきたのは、明るい低く太い声だ。
 Jの目の前には、厳ついVRがドンと仁王立ちしていたのだった。
「あ、アファT!?」
 悲鳴にも似た声で、Jは叫んだ。
 なぜなら、Jの頭に向かってマックスランチャーが突きつけられていたからだ。

「おー、ご愁傷様。今日はうちのにゃんこがご機嫌でよぉ? ……上の奴に言っておけ。
もうそろそろ諦めなってな?」

「うごぉっ!?」
 怯えた表情のJを更に上から足蹴にして、ティグリスはニヤリと笑う。
 不意に、どごん、と大地が揺れる。
 向こうの方では、アーニャの爆弾が赤い土煙を上げていた。
 
「おおう、すげぇ目覚まし時計だ」


 時刻は6時半。
 こうして今日も二人と一匹の一日が幕をあけたのだった。





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