今まで『寂しい』なんて感じたこと無かった。
だって、寂しいのが普通だったから。
じゃ、何で今『寂しい』って感じてるんだろう。
きっと、今『寂しくない』からなんだと、思う。
知ってしまった感情。気づき始めた思い。
ううん、とっくに知ってた。
私は、あの人の事が、―――って。
1
コラルは必死に踊っていた。
いや、ちょっと違う。
相手の動きに振り回されて、ぐるぐるおろおろと回っていたのだ。
夜明け前の、前線基地トライアンフの中央棟の屋上。
見た目にはおろおろしているようにしか見えないが、本人は必死で近接攻撃に対応しよ
うと動いているつもりだった。
「やっ、わわっ、きゃん!?」
左右でくくられたベビーブルーの髪がふんわりと跳ねる。
まるでおちょくるようにクイックステップを繰り返す男を前に、それでも必死に目で追
い、コラルは剣を振るう。
だがそのやりとりも限界に達しつつあった。よろりとぐらついたコラルに、男は「飽き
た」とばかりに素早くトンファーを振るう。目をまわしふらふらになったコラルは避ける
こともできず、背中に一撃、痛いのをくらってしまうのだった。
「きゃぁあう!」
情けない悲鳴と共に、べしゃりと床に叩きつけられる。
その様子を見て、男はやれやれと笑った。
「全然ダメだな、オマエ。まぁ、ちったぁましにはなったか」
めんどくさそうな男の声に、コラルは顔を上げる。
まず目に入ったのは、鋭く光る赤い瞳。そして闇に溶け込むような濃緑の髪。筋肉で締
まった体、そしてシャドウカラーを思わせる漆黒のアファームドのアーマーだ。
「ご、ごめんなさい! 大尉が速過ぎて……目が追いつき……ません」
頭をふりふりしながらも、コラルは素早く立ち上がり敬礼してみせる。
夜明け前の屋上で僅かな明かりに照らされ浮かび上がる男の姿は、コラルには眩しく見
えた。冷たい視線で見下ろされてるというのに、その鋭い視線を感じると勝手に胸が脈打
ってしまう程だ。
RNAの前線基地、トライアンフの切り札であり、伝説のアファームドと呼ばれた男。
それがジン・ファマード大尉という男だった。
22という若さで上層部に口出しできるだけの実力を持ち、タイマンで戦えるのは「赤
バッジか白虹か」と噂される程の戦績を積み上げている。攻めっ気の強い戦い方を好むせ
いで、兵士からも一般人からも人気が高い。
そんな彼故に、新兵のコラルが憧れない訳が無かった。
候補生のコラルからすれば、ジンは雲の上の存在なのだ。
「ちょっと休むぞ」
「は、はいっ」
どかっと座り込むジンから少し離れた所で、コラルはちょこんと腰を下ろす。
知り合ってまだ6日しかたってないせいもあるが、なんともいえない近づき難さがジン
にはあった。まぁ、上官の隣に座るなどもってのほかだから本来この位置でなんの問題も
無い筈なのだが。
もう少し、近くに座ってみたい。
そんな気持ちが無いわけでもないコラルだった。
「あ、あの、大尉」
「なんだ?」
コラルの呼びかけに、ジンは視線も向けずに声だけで返事を返す。
休憩中でも、あまり余分な話には応じないジンだから、反応はそっけないものだ。
「戦線には、復帰、しないんですか?」
「いまさら戻ってどうすんだよ」
ジンは伝説とまで呼ばれていながら、この一年、戦線から退いていて戦場には出ていな
い。
理由は、リバースコンバートに伴う不具合。
アーマーを現出させいざ戦闘となった瞬間、体がぴたりと動かなくなってしまうという
症状が出たためだ。
ジンはそのまま引退、つまり兵をやめて人間として社会に復帰する(地位も確立してい
るのでそれも可能だった)事も考えていたようだったが、軍はジンを手放しはしなかった。
いつか回復するだろうという見込みで、長期休暇という形でトライアンフ内での生活を
勧められたのだった。ぶっちゃけ軟禁である。
「動かない俺に出来ることなんて何も無い」
「で、でも今現実に大尉は……」
「うるせぇ」
そう、今、ジンは『リバースコンバートした状態で、コラルに指導している』のだ。
動けないはずの男が、こうやって目の前で動いているのだ。
「知ってますか、大尉」
「あ?」
「大尉がテレビに映らなくなってから、大尉がどう言われているか」
「さぁな」
「『所属不明のVRの襲撃を受け、瀕死の重体!』だとか、『伝説のアファームドは死ん
だ』とか、『行方不明で捜索隊が探しに行ってるんだ!』とか、言われてるんですよ?」
「……ふぅん?」
少し興味があるのか、ジンがちらりと視線を向ける。
「!」
不意に目が合い、コラルは思わず顔を背けた。
勝手に頬が熱くなって、どくん! と心臓が跳ね上がる。
(わ、私、何意識してんだろ……!)
相手はあのアファームドだ。事実コラルも憧れているし、彼の戦いをテレビで見て「や
っぱり兵士になる」と心を決めた位だった。
そんな憧れのアファームドが、自分にだけこうやって指導してくれているのだ。
しかも周りに内緒で、誰も知らない場所で、こっそりと。
少しだけ、自分が特別な存在なんじゃないか、と思ってしまう。
彼にとっては、単なる暇つぶしか気まぐれでしかないのかもしれない。でも、ただの新
兵にそこまでしっかりと教えてくれるのだろうかとも思う。
事実、指導の内容は昼間の教官よりずっと解りやすくて細かい。そして実戦よりのもの
だった。難しい動きについていけなくて、それでも黙って頑張っていたら「出来ないなら
出来ないって言え」と見抜かれ、出来る動きに変えて教えてくれる。
この6日間指導を受けて、そんなジンを知ったコラルの憧れはより大きくなっていた。
ジンを知れば知るほど、指導を受ければ受けるほど、憧れとは違う、別の感情が湧き上
がってくる。
強くなってちゃんと結果を出したいという思いが、そしてそれとは別に、ジンにもっと
近づきたい、特別な存在になりたいという思いが、自然と生まれてくる。
故障中の大尉が『自分の前でだけ動けている』という事実も、コラルのその想いを加速
させる一因にもなっていた。
すっと視線を戻してみる。
ジンはコラルを、ただじっと見ている。
たったそれだけのことで、胸の奥がじんわりと熱くなってしまう。
(う、うわん!?)
その熱さに我に返って、コラルはぷるぷると頭を左右に振る。
(そ、そんな浮ついたこと、考えてちゃダメ! あ、あと一日しかないんだから!)
現実の問題を引き合いに出して、コラルは自分の気持ちを奥へと押し込む。
そう、コラルには時間がないのだ。
明日行われる試合で勝利しなければ、自分の望まない部隊―――エアガイツ将官直属の
『桃源郷部隊』へ配属されてしまうのだ。
『桃源郷部隊』とはガイツの私設部隊で、戦闘集団というよりはアイドル集団的要素の
強い部隊だ。将官の私設部隊だけあって、戦闘能力も高い者が集められているのだが、そ
の兵士達は総じて少年少女だ。平たく言えば、ガイツは『変態』で、『桃源郷部隊』はガ
イツが目にかけている恋人達で構成されているのだ。ただ、ガイツはここトライアンフを
仕切るほどの実力者だ。あの部隊は、出世したい者にとっては入りたくても入れない、そ
んな隊でもあった。だが、コラルは『戦って強くなる為』にVRになる事を選び、RNA
という集団を選んだ経緯があった。だから、桃源郷部隊に行くことは、『めったに出撃で
きなくなる事』であり、自分の望みではなかった。ガイツは一応自称紳士だ。無理強いは
極力しない男だった。だから、入隊を拒否したコラルに、ガイツは条件を出した。
『一週間後、こちらの用意した兵と戦って勝利せよ。そうすれば、君の望む部隊への編
入を許可しようじゃないか』と。
だが、対戦相手は自分よりずっと強い青バッジの兵士――つまり、尉官と決められてい
た。尉官相手に候補生が勝利を挙げるのは至難の業、というか無茶な話だった。
でも、コラルはめげたりはしなかった。
ジンの存在に気づき、直談判し、教えを請うた。
そういった経緯があって、こうしてジンに指導してもらっているのだ。
絶対に負けたくなんかないし、教えてくれているジンの為にも、勝ちたい。
そう、ときめいたりぽんやりしている暇なんてないのだ。
「なぁ、他にはなんて言われてんだ?」
「え、いえ、あのっ!」
「ん」
「し、指導お願いします! まだ私、動けますから!」
コラルは再び、剣を手に立ち上がる。
「ま、別にかまわねぇけど」
いつもどおりの冷めた表情で、ジンも立ち上がる。
が、立ち上がったままぴたりと止まって動かない。
周囲に視線を走らせ、怪訝そうに眉を寄せる。
「……」
まるで獲物をサーチする肉食獣のような目に、コラルは「何事か」と思う。
「大尉? 一体どう……」
「こっちだ」
ボリュームを抑えた低い声でコラルを遮り、ジンはぐいっとコラルの腕をひく。
「ひゃんっ!?」
「うるせぇ」
「んっ!?」
ジンはコラルの口を塞ぐと、後ろから抱え込むようにして屋上から室内へと向かう階段
の非常口に滑り込む。影がすべるように、素早い。
二人が屋上から姿を隠して数秒の沈黙が流れ、程なくして上空から一体のVRが着陸し
た。
幼い容姿の中性的な少年サイファー、色は薄い桃色、RNAのカスタマイズ機だった。
「あれれ、おかしいな。たしかにVRが居たって、思ったんだけど」
不思議そうにくるくるとあたりを見回し、少年は小首を傾げる。
「この辺って、少将さまはおっしゃっていたけど……他、探そうかな」
うん、と頷き、少年は再び飛び立つ。
急いでいるのか、その行動は迅速だった。
十分に間をとってから、非常口の裏で息を潜めていたジンが外へと視線を送る。
「……桃源郷部隊か。ガイツの野郎、嗅ぎ付けやがったのか?」
めんどくせぇ、そんな表情でジンは眉を寄せた。
「……んぅ、むぐぅ」
「ん、おう。ほらよ」
「ぷはぁっ、へぅ……」
ようやく離してもらえたコラルは、真っ赤になってその場にへたり込む。
「あ、わりぃ。苦しかったか」
「い、いえっ!!」
ばくんばくんと鼓動が暴れる。
急に抱きしめられたと思ってしまったなんて、口が裂けても言えないコラルであった。
2
「少将さま、今、戻りました」
少年兵が軽やかな声で扉をくぐる。
そこは、作戦指令用のガイツの個室だった。
「……で、どうだった?」
髭の紳士が少年を手招きし、ひざの上へと誘導する。軍事基地の一室だというのに、そ
ういった事は全く気にせずに、だ。
「はい、それらしい影は見たんですが……」
「取り逃がした、かね」
「申し訳ありません、少将さま」
しゅんとうなだれる少年を撫で、男は笑みを浮かべる。
「中尉の報告では、「奴が動けるようになった」という事だった。まぁ、明日になれば解
るだろう」
「明日……、少将さまのお誘いを断ったあいつの対戦日、ですか」
少年は気に食わないといった表情で頬を膨らます。
「不満かい?」
「だって、相手は……あの人なんでしょう? そんな、あの人相手に候補生が勝てるわけ
無いじゃないですか。結局うちに来ることになるんだから、無駄な抵抗というものです」
「まぁ、そう言うな。どうなるかなど、解らないものだ」
「……ですか?」
「あぁ……。――だから面白いんだ」
少将の声に、少年はぞくりと身を震わせる。
普段の優しい声が裏返ったように恐ろしく、そして表情も禍々しさに満ちている。
――戦闘狂エアガイツ。
3年前前線を退いて将官になるまでは、そう呼ばれていたと噂で聞いた。
「……少将さま、怖いです」
「おお」
おびえた少年の声に、ガイツはころりと表情を戻す。スイッチを切り替えたような、そ
んな戻り方だった。
「あぁ、すまないすまない。ほらほら、もう、怖くは無いぞ」
いつもの笑顔。
その笑顔にほっとして、少年はぎゅうとしがみつく。
「あぁ。予定より、ずいぶん早まったが……まぁ、コレも運命なのだろう」
男はなにやら楽しげに微笑み、ひざの上の少年の頬を撫でる。
少年はこそばゆいと言った表情で目を細めた。
「いささか予定外ではあるが、もとよりあの二人は引き合わせる予定だったから――な」
「そうなのですか?」
ガイツに撫でられ、少年はうっとりと身を預ける。
「あのフェイイェンは――コラルという少女は、『鍵』なのだよ」
そう言って窓の外に視線を向ける。
夜が、明けようとしていた。
3
兵士達の朝は早い。
6時には起床して、そして程なくして朝食の時間だ。
朝食は階級によって食べる場所が分かれていて、緑のバッジは一階の大食堂と決められ
ている。ちなみに青バッジの尉官・佐官達は五階の食堂、それ以上は自室、もしくは八階
の食堂という図式だ。
候補生であるコラルは、込み合う一階の大食堂での朝食となる。
ただ、コラルの場合は他の皆と違って早く起きているせいで、込み合う少し前のタイミ
ングで席に着くことができる。眠くはあるが、そこはちょっといいなと思っているコラル
だった。
「おはよう、コラル!」
ショートカットのはつらつ少女が、テレビ近くの席に着くコラルを見つけて声をかけて
くる。メイはコラルの同期のグリスボックだ。にぎやかなのが大好きで情報通でもあり、
同期メンバーの中でもムードメーカー的な少女だ。
「あ、おはよ、メイ」
目をこすりつつ、コラルは笑顔を返す。
メイはとびきりの笑顔を返しコラルの隣に座ると、いつもの様に周りをぐるりと確かめ
た。
食堂に数台あるテレビの前は伍長や軍曹が陣取っており、その周囲を囲むように一等兵
や候補生達が座っている。幾つも並んだ長テーブルの上にはそれぞれが自由に取り分けた
朝食が並んでいて、皆が思い思いに食べて朝の時間をすごしている。
「いつもどーりの朝ね」
メイは少しつまらなさそうに頷くと、コラルの朝食へと視線を移した。
ぱっと見て可愛らしい。そんなコラルの前にある皿には、トーストが二枚とスープとハ
ムエッグがのっている。量は女子にしては多めだ。一見、食が細そうに見えるコラルだが、
朝はがっちり食べる方だった。
その皿をみて、メイが「こっちもいつもどーりね……」とやだやだする。
「朝からよくそんだけ食べれるわよねー。なぁに? 今朝も自主練してはらぺこ?」
「う、うん」
もぐもぐと食べるコラルだが、目が半分閉じている。
きっと連日の早起きで眠いのだろう。
「もー、また眠そうにしてー。たまにはゆっくりすればいいのに。休養は大事よ?」
「あはは、ありがと、大丈夫。今日はちょっと、眠いけど」
同期の候補生で女兵士は2人。
メイはそのうちの一人で、もう一人はコラルだ。
そのおかげでコラルとメイは大体行動を共にしているし、それに仲良しでもあった。
「で、明日でしょ? 例の」
「うん」
コラルが尉官と対戦する話は、仲間の間ではそこそこ有名な話となっていた。
RNAの兵士同士の戦いとはいえ、きちんとした公式試合扱いになるらしく、そこで勝
とうものなら確実に階級が上がる。という訳で、周りからはいいチャンスだと羨ましがら
れたり、ひいきだと文句を言われたり、反応は色々だ。
「いけそう?」
メイは心配そうにコラルを覗き込む。
チャンスでもあるかもしれないが、実力差があるのは明白なので負ければ唯ではすまな
いだろう。再起不能の怪我でもすれば、兵士としてもそこで終わってしまう。最悪死んで
しまう可能性だってあるだろう。
戦闘は命をかけた勝負だ。甘くなんかない。
同じ軍(RNA)内だからこそ、容赦なく勝敗が決まる。
公式試合は遊びではないのだ。
「だめもとで頑張るよ。必死で。……負けらんないもん」
コラルだって怖くないわけじゃなかった。
一度公式試合に出たことはあるが、こっぴどくまけて撃破されているのだ。
今度の相手はその兵士よりもずっと強い筈だ。
震えそうになる体を気合でもたせて、コラルはぱくりと二枚目のトーストにかじりつく。
「でもさ、少将も無茶いうわよねぇ」
「私が少将の誘いを断ったから……ソレくらい、『断る』って事が重いって事なんだと思
う」
「そうねー。……まぁ、チャンスくれるだけ、ましなのかもね」
昨日行われた戦闘のハイライトがテレビで流れ始め、食堂の雰囲気が熱く変わる。
名の知れた兵士や階級が上の兵士の戦闘が始まると、皆が真剣に見始め、試合が終われ
ばあーだこーだと議論を始め食堂は一気に賑やかになる。
武装の話、戦略の話、噂話、愚痴、内容は様々だ。
「そうそう、コラル。聞いて聞いて!」
突然、メイがきらきらと瞳を輝かせて身を乗り出す。
マグカップに入ったスープを飲みながら、コラルはなぁに? と首を傾げる。
メイの鼻息が、ずいぶん荒い。
「そんなあなたのために! 元気の出るとっておきの情報、ゲットしたんだから!」
「ん?」
「あの! 『伝説のアファームド』が生きてるらしいのよ!」
「ぶふう!!?」
「うお、きたねぇコラル!」
「なに噴いてんだよー!」
周りに居た同期連中が噴き出したコラルを笑い、そしてメイの情報に身を乗り出す。
「どういうことだよ、メイ。あの大尉、死んだとか行方不明じゃなかったっけか?」
「それがね、生きてるらしいんだって! しかも、ここトライアンフの何処かにいるとか
いないとか!」
「マジかよ!!」
「それが本当なら、かなり会いにいきたいんだが!」
盛り上がる周辺とは間逆に、げほげほと咳き込みコラルは顔を真っ赤にする。
「そ、それって、まさか、ジン大尉の……」
「コラル、言い直せ。『ジン・ファマード大尉』だ」
赤毛の少年がコラルを睨んで言い直しを要求する。
彼はディーン。コラルと同じく、ジンに憧れて入隊した同期の候補生だ。ジンに憧れた
だけあって、ディーンもアファームドのVRだ。ただし、BTではなくSTだが。
「ディーン、邪魔よ。私はコラルにこのネタを伝えたいんだってば」
コラルに寄ってきたディーンを手で押しのけ、メイはコラルを覗き込んだ。
コラルの表情が、なんだかおかしい。
「ちょっとコラル、憧れの大尉の情報よ? 折角のとっておきのネタなのに、もっと喜ん
でよ。結構上の人に聞いちゃったから、信憑性は高いはずなんだから!」
「よよよ、喜んでるよ! う、嬉しいな!!」
思いっきりわざとらしかったが、コラルは精一杯喜んでみせる。
――今朝、そのジンに会って指導を受けていたなんて、とても言えない。
「でもマジか! そうなったらまたRNAが盛り返すよな! 見てろよDNA!! 俺達に
は伝説の! 『漆黒のアファームド』が居るんだよ!」
ディーンは机に乗り上げ、フォーク片手に叫ぶ。
最近極東地区はDNAが力を伸ばしており、トライアンフの圏内は若干押され気味な現
状だった。だが、トライアンフでもトップクラスのジンが生きているとなれば、情勢がひ
っくり返る可能性は大だ。
トライアンフ内でもジンを慕う者は多いのだ。
「そうだ! ジン大尉がいれば、この状況も変わる!」
「大尉が戻ってきたら、俺はついていくぜ!!」
ディーンの声に賛同するように、兵士達が次々と拳を突き上げる。
食堂は大盛り上がりだ。
が。
「うるさい、候補生! 騒ぎすぎだ。黙って食え」
ごちん、と拳骨が振ってきて、ディーンが机にへばる。
アファームドの曹長の一撃は、重い。
「「「申し訳ありません!」」」
ディーン以外の候補生メンバーが曹長にむかって敬礼し、着席し、何事も無かったかの
様に再び静かに食べ始める。
だが、また次第に賑やかになり、そこからはどの机も大尉の話で持ちきりになった。
「生きている。そうだとしたら、なぜ前線に復帰しないんだろうな。大尉」
「やっぱ大怪我説が有力なんじゃないか?」
「ってことは、休養中、なのか?」
皆が盛り上がるのを聞きながら、コラルはあわててトーストを口に詰め込む。
何かの弾みでぽろりと喋ってしまったら、それこそ大騒ぎだ。
「ん、もぐ。わ、私、先行くね!」
「え、そう? じゃ、また後でねー?」
「うんー!」
コラルはメイ達に手を振って食堂を出ると、慌てて自室へと駆け込んでいった。
「大尉……」
息も荒いままに、ベッドに転がり込む。
頭に巡るのはジンの事ばかりだった。
憧れのアファームド。
雲の上の存在の筈の、自分の師匠。
こういう事を教えてもらった。
ああいう事を注意された。
初めて自分を『殺して』くれた。
初めて試合で負けたとき、慰めてくれた。
厳しい大尉。優しい大尉。
近くに座れなかった。
近くに――
「っ!?」
不意に抱き寄せられた事を思い出し、思わず赤面する。
(大尉の手、私の唇に、触れてた……)
うわっ、うわっ、と枕に顔をうずめ、どんどん熱くなっていく顔を覆い隠す。
が、ふとある事に気づき、はっとなる。
(……この戦いが終わったら、もう大尉と――)
……一緒に居られないかもしれない。
そう思うと、胸の奥がぐっと締まった。
熱くなった体から、熱が一気に引いていく。
苦しいのと、せつないのがないまぜになった様な、そんな気持ちになってしまう。
実際、この戦いに勝つ為、それだけの為に指導してもらっているのだ。
試合が終われば、あの秘密の特訓もやる理由がなくなってしまう。
――どうすればあの時間を維持できるだろう。
気がつけば、そんな事を必死に考えている。
(やだ、私、朝の特訓、続ける理由を探してる……)
でも、そんな都合のいい理由なんてコラルは思いつきもしなかった。
試合に勝って「こいつ、面白い」とでも思ってもらえたら、もしかしたら引き止めても
らえるかもしれない……。そんな事を考えてみるものの、それもジン気持ち次第だ。今の
自分ではどうこうできるはずもなく、そんな力もない。
毎朝のあの時間が愛しい。
指導の内容は厳しくて、辛くて泣くこともある。
でも、あの時間がなくなると思うと寂しくて仕方が無かった。
(せめて、明日の試合に勝てば……)
勝率は果てしなくゼロに近い。でももし勝てたら……
(そうだ、望みの部隊にいけるんだ!!)
ふと思い出し、がばっと身を起こす。
ジンは今は戦場には出ていないが、もしかしたらいずれ復帰するかもしれない。
(そうなったら、一緒に居れる!)
気づけば、戦う理由が『桃源郷部隊に行きたくない』から『大尉と一緒に居たい』に変
わっている。
これじゃだめだと、コラルは首を振る。
(動機が不純だよぅ……)
再び枕に顔を埋めて、はふぅと息を吐く。
どうあがいても試合は明日だ。
そして、明日の早朝がジンと過ごせる最後の時間だ。
「絶対、負けたくなんかないよ。……絶対…………大尉……」
ぎゅうと毛布を抱きしめうずくまる。
もうすぐ、定時訓練の時間だった。
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