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(09.09.03更新)


・『追憶』

 

「おい、『エルンスト』、そっちはどうだ」
 土煙で覆われた戦場、崩れた壁に身を潜める俺に雑音交じりの通信が入った。
「……よくない、最低だ」
 届いてるのか届いてないかも解らないまま、俺は返事を返した。

 地球の一戦場。
 今の地球のどこでも見られる、ありふれた戦場がここだった。
 爆風に煽られた土煙で視界は皆無、長期にわたる戦乱で空気は濁り空は灰色、聞こえて
くるのは光学兵器と実弾兵器が生み出す轟音とVR達の悲鳴ばかりだ。


 まるで煉獄。
 この地上に、もう青空なんて存在していないのだ。


「……ぐ」
 隣からくぐもった呻きがもれる。
 声の主は救出したばかりのRNA(仲間)のVRだった。
「もう、だめ、だ、先に、い、く」
 周りを警戒しつつ、VRに視線を向ける。
 砕けた装甲、爆風の衝撃で弾け飛び失われた四肢、口からは濁った血泡が湧き出ていた。
 こいつは、死ぬ。と誰が見ても直感できる様相だった。
 だが俺はそいつをこの物陰へと救出した。
 知り合いでもない、助かりそうもないこいつを、俺は無意識のうちに助けていた。
 何故かなんて、わからなかった。
 勝手に体が動いていたんだ。
 せめて逝く瞬間は、穏やかであってほしいとか、そういう気持ちからかもしれない。

「……心配するな。『作戦』は、……成功させる」
 俺の言葉をきくと、そいつはわずかに表情を緩めた。

 あぁ、こいつはこの後数分も持たずに死ぬだろう。
 そうすれば、俺は、またどうもない虚無感に襲われるんだ。
 ……結局の所、俺は寂しいのだろう。
 俺もまた、逝く時はこうして誰かに看取ってもらいたいのかもしれない。 
「……これ、を」
 くぐもった声が、何かを訴える。
 そいつは唯一動く目をググッと動かし、俺に訴えかけた。
「これ、か?」
 砕けた装甲のジャケットから何かが覗いていた。
 血に塗れたジャケットを探ると、冷たく硬い何かが指先に触れる。
 ソレを取り出して、俺は驚いた。

「……これは、Vクリスタル、か?」

 瀕死のVRはこくんと頷き、そして、
「…………逝ったか」
 濁った目にもう光は無く、ぴくりとも動かない。
 おれはそいつの目を閉じてやり、短く祈りの言葉を呟く。
 胸の奥で、なんともいえない虚無感がじりじりと湧き出してくる。
(あぁ、まただ)

 そう思った時、手のひらに感じた熱さに、ふと我に返った。

 手の中にあるのは死んだVRから受け取ったVクリスタルだった。
 親指程の大きさのそれは、ぼんやりとした淡い光を放っていた。
 ただ、このVクリスタルは見たことも無いくらいに透き通っていた。
 純度が高いのかもしれない。
「帰ったら、報告する、か」
 適当に呟き、顔を上げる。
 もう報告する上官などいやしないのに、癖とは恐ろしいものだと思い、笑った。

 立ち上がり、周りの戦況を確認するために衛星に回線を繋げる。
 さらさらと、データがバイザーに表示される。
 無機質な文字の羅列が、今を正確に表示していった。
 

 地球上における残基地数、ゼロ。
 この周辺に生存するVRの数、2。
 指揮系統、機能せず。
 通信状況、ほぼ機能せず。


「……そろそろ、『最後』か」
 使い込んだバズーカを握り締め、笑う。
 やっと『作戦』が終わるのだ、と笑った。

 終わらない戦役、オラトリオタングラム。

 人々は都合のいい未来を求め、闘争欲全開にして争い続けた。
 ――その結果が、これだ。

 最早地上に生き残っている人間なんて居ない。
 みな地球を見限り、宇宙へと向かった。
 この地上に居るのはVRばかり。
 最早企業国家の手も届かず、戦場になんの意味もない。

 VR達はただ戦っているだけだった。

 DNAとRNAに分かれているから、戦い続けた。
 それが俺たちの唯一の『作戦』だった。

 もう帰るべき場所なんて無い。
 休む場所も無い。
 仲間も居ない。
 人も居ない。


 最後に生き残る事、それが俺たち戦う兵器の唯一の『作戦』だった。


 不意に強風が吹き荒れ、土煙が晴れた。
 足元は死んだVRで埋め尽くされていた。
 生臭い匂いが漂っていた。


 目の前に、テムジンがいた。

 
「お前が『最後』か」

 青年の問いかけに、俺は頷いた。

「そうらしいぜ?」

 久しぶりに、心が沸いた。
 あぁ、これが『最後』なのかと、手が振るえた。
 ――get ready?
 聞きなれた機械音声。
 そして戦いが始まる。


 その90秒は、やたらと長く感じられた。


 ぎりぎりまでもつれ込んだ。
 互いの体力は限界を示し、後一発でどっちが死んでもおかしくない状況まできた。
「外せよ、なぁ、限界でいこうぜ?」
 相手のテムジンが、挑発する。
 乗らない理由が無かった。
 どうせ『最後』なら、あの速さの中で死にたい。
  
 俺は自らのアーマーを崩壊させ、空中でテムジンを睨んだ。

 テムジンは俺が降りるのを待っていた。
 正面からやる気らしかった。
 『最後』の戦いがこういう戦いで、俺は嬉しかった。
 
 全VR最速。
 その速さで駆け抜ける。
 互いに狙い打ち、その一撃一撃を回避していく。

 今だ、と直感が告げた。

 不意に直線上に居たテムジンが止まった。
 止まった理由なんて知らない。
 俺は俺のすべてをレーザーに乗せ、放った。

 焼かれたテムジンが、どさりと地に崩れる。


 勝負が、ついたのだ。


「……お前」
 しゃがみこみ、そいつの顔を確認する。
 だが、血と泥にまみれて、そいつの顔なんてもうよくわからなかった。
「くそ、ライデンのレーザーは強すぎんだよ」
「それが、売りだからな」
 そいつの横に座り込み、バズーカを放り投げる。 
「……で、お前、どうすんだ」
 半死のテムジンが、俺に問いかける。
「さぁな。『作戦』は終わった。まぁ、どこに行くわけでもない。俺もこのザマだ。遅か
れ早かれ死ぬさ」
 殆どマッパな俺を見て、テムジンは笑いだした。
「……折角の自由だぜ。好きなもんでも探しに行けよ」
「何も残っちゃいないだろ」
「あるかもしれないぜ? お前、欲しいもの、無いのかよ」
「さぁ、な」
 強いて言えばこの瞬間が名残惜しかった。
 こいつが死ねば、俺は地上で一人になってしまう。
 実感のない現実は、まるで夢のようだった。
「お前。手に入れたいモノでもあったのか?」
 俺の問いに、テムジンはにっとわらい、答えた。
「あ? あるぜ? 女、だな」
「女かよ」
「くそー、最後の相手が女だったらなー。意地でも勝ったのにな」
「勝ってどうすんだよ」
「あ、そうだなぁ、乳でも触らせてもらおうかなぁ」
「あー、なるほどなぁ」
 下らない会話だった。
 だが、それが楽しかった。
 ふと、沈黙が降りた。
 笑いながら横を見る。


 死んでいた。

 
 ゆっくりと立ち上がり、戦場を見下ろす。
 繋がらない回線に通信を繋げ、呟く。


「『作戦』は終了。RNAの勝……利」


 泣いていた。
 涙の意味なんて知らない。
 ただ、泣いていた。

 一人になった世界で、どうしろというんだ。

 俺にはもう何も無い。
 共に戦う仲間も、帰るべき場所も、死ぬ戦場(場所)も。


 瞬間、ぐにゃりと空間が歪んだ。


 手元であのVクリスタルが激しく明滅していた。
 空間の隙間から、巨大な目玉が覗いていた。






「……エルン、エルン?」
「……ッ!?」

 激しく揺さぶられ、俺は目を覚ました。
「どうしたのエルン? 怖い顔、してるよ」
 頬に触れ、不安げに覗き込んだ少女が問いかける。
 太陽の光で輝く紫の髪、強い意思を秘めた大きな赤い瞳。
「エピカ……」
 反射的に、少女の名を呼ぶ。
「もう、ちょっと見張り台でお昼寝、かと思ったら、ガチ寝しちゃうんだもの。もう、夕
方なのよ?」
 頬を膨らませて、少女がぷいと後ろをむく。
 あぁ、疲れてたせいもあって、深く寝てしまったんだな。
 時刻を確認する。もう16時だった。
 つまりは5時間ほどほったらかしていた計算になるな。
 なるほど、お姫様がヘソまげるには十分すぎる時間だ。
「さみしかった……か?」
 上体を起こし、そっぽむく少女を覗き込む。
「別に。そんなわけ……」
「嘘つけ」
「きゃっ!?」
 後ろから羽交い絞めにして、きつく抱きしめる。
「……もう、こんなに寝ちゃうなら、ちゃんとベッドにいって寝てよね」
「あぁ、次は気をつける」


 空は快晴。
 雲が光を反射してこの上なく白い。
 海風が頬をすり抜けていく。
 海が、どこまでも青い。  

 腕の中に、可愛いのが居る。
 

 贅沢だ、と思った。


「ちょっと、エルン? 何考えてるの?」
「ん……? 何も、別に」
「ちょっともう、言いなさいよ。気になるでしょっ?」
「さぁな」
「もうっ!」


 ここが俺の生きる世界だ。
 誰にも邪魔させはしない。

 そうだ。

 ここが、俺の生きている、『世界』なんだ。




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