1
「……あいつ。流石はライデン、いや、単機で乗り込んでくるだけあるという事か」
月夜の戦場に突然現れたRNAのライデンをレーダーで確認しながら、DNAテムジン
が感心するように呟いた。
今や廃墟となった都市、ウォーターフロント。
唯の戦闘用地と思わしきその場所に、DNAの極秘ディスクは隠されていた。
それを護衛するために、テムジンは部下四名を連れて警護していたのだが――
正確な射撃、牽制、そして絶妙のタイミングで放たれる必殺のレーザー。
次々に落ちていく部下を前に、テムジンの表情が徐々に険しくなっていった。
だがそれは部下を思っての表情ではなかった。
このテムジンにとって、戦闘不能に陥った部下の事など、比較的どうでもよかったのだ。
落ちた理由は簡単、自分の修練が足りないからだとテムジンは確信している。だからこ
そ、どうでもよかった。
――弱い部下は必要ない。たとえ部下が落ちても、自分が何とかすればいいだけの事。
テムジンはそういった思考の持ち主だった。
そして、このテムジンはそれだけの事をやってのけるだけの力を持っているのだった。
事実、21という若さで一個小隊を預けられ、階級は中尉だ。
それなのに――
ライデンの動きをレーダーで追いながら、目の前の光景が未だ信じられず、ぎりぎりと
奥歯を鳴らす。
単機で突入したライデンなど、いくらライデンであろうが部下の四機のVRを前にすれ
ばなんとも無いだろう、とそうふんでいたのだが……
(俺の部隊は決して弱くはないっ、幾度も戦果を上げてきた部隊なんだぞ……!?)
部下は次々に落とされて、今はもうグリス・ボック一機しか残っていない。
落ちていった部下達に苛立ちを感じながら、テムジンはランチャーを構えた。
「グリス1、俺も戦闘に加わる! ココからは二人で行く!」
「了解!」
この時、テムジンの指揮官は負けるだなどとこれっぽっちも思って居なかった。
あのフェイ―イェンが現れるまでは。
「やほう。こんにちは指揮官のテムジンさん。あ、こんばんは、だ。間違えた」
気の抜けるような甘い声。緊張感のない態度。
どこからともなく沸いてきたフェイ―イェンは、場違いなゆるさでテムジンの目の前に
現れたのだった。
イラリ、と口の端がひくつく。
(今までライデン一機だったのに――)
予定が狂った。作戦を見直す必要があった。
粟立つ感情をぎりぎりで抑え、ふざけたフェイーイェンに銃口をむけ、狙い打つ。
――が。
少女はまるで遊ぶように、軽々と避けてみせる。
だが、それは規則的な避け方ではなく、まるででたらめな移動の仕方だった。
(コイツ、素人かよ)
あまりにでたらめな移動にそう思ったが、相手が素人なら弾が外れるわけが無い。
「やだもう、連続で打たないでよ! あたっちゃうじゃないっ!」
挙句の果てに意味が解らないことを言う。
テムジンの苛立ちが最高潮に達し、ぷつん、となにかが切れる音がした。
「馬鹿かお前は! 当てにいってんだよ!」
前方にダッシュし、テムジンはフェイーイェンを徐々に隅に追い詰めていく。
イライラする。コイツは絶対黙らせる。
そう決めてテムジンはライフルをくるりと持ち替えたその時、不意にフェイーイェンが
ライデンに向かって大声で叫んだ。
「グリスは任せたわよー! 早めに片付けてね! ほんのちょっと、お手伝いしてあげる
だけなんだからっ!」
「手伝いだと!? なめるな、娘ーっ!!」
「うっるさいわね、これでもくらえっ!」
適当に投げられた球が頬に当たる。
「ってぇ! 何すんだよ!」
「馬鹿はおとなしく負けなさいっ!」
ピンクの弾が宙を走り、ソードカッターがそれを打ち消す。
(バカはお前だ、コイツめ)
相殺のことなど何一つ考えていないだろう攻撃。
そんな攻撃に当たったことが余計にテムジンを苛立たせた。
(うざい、もう近接で仕留める!)
相手のペースに完全に流されながら、テムジンはソードを振りぬく。
が。
「ちょ! やめてよっ!」
フェイーイェンは軽くステップしてそれをかわし、くるんと空中で一回転する。サマー
ソルトキックだった。
「当たるかよ! そんなもの!!」
着地の瞬間を狙い、ソードを振った……筈が。
「ッ!?」
わき腹に鈍い痛みが走る、フェイ―イェンは剣を振りぬき、ソードビームを出していた
のだった。
「て、てめえええええええええ!」
思いっきり剣を振りぬき、フェイーイェンを斬りつける。
「キャッ……!?」
フェイ―イェンの背中から赤い筋が宙に舞い、少女は衝撃で吹っ飛ばされていった。
「……くそ、なんだよ」
肩で息をしながら、向こうを睨む。
反対側では部下のグリス・ボックとライデンが交戦している。
が、テムジンは部下があのライデンに勝てるとは思っていなかった。
予想通り、グリス・ボックは沈黙し、だがライデンはかなりダメージを負っているよう
だった。
ライデンをやれる。やるんだ。
そう心で繰り返し、もう一度ランチャーをしっかりと握る。
集中し、体がそれに応じて動きをよくする。
そうだ、これがテムジン、最強になるための、俺の――!
「しねぇええええっ!!」
幾つかのエネルギー弾とソードカッターを放ち、テムジンは一気に間合いを詰め、即座
に近接へと持ち込む。
隙を与えたら負けだ。
大きく剣を振りかぶり、ライデンを見る。
ライデンは素早く反応し、ガードの姿勢をとって……
(チャンスだ)
とテムジンはにやりと笑う。
「この距離ではかわせまいっ!」
テムジンの持っていたランチャーが変化し、その姿を変える。
「サーフィンラム!」
至近距離でそれは放たれた。
当たれば相手は間違いなく即死だ。
決まった、と思ったその時だった。
「うおおおおおおおおっ!」
テムジンが突っ込むと同時に、ライデンの体から光が溢れる。
きらきらとVアーマーが砕け散り、装甲が剥がれ落ちていく。
「アーマーブレイク!?」
予想外の敵の回避行動に、テムジンは目を見開く。
まずい。
硬直を狙われる!
「焼けろおおおおおおおっ!」
硬直中のテムジンの背後から青い光が発せられる。
それは必殺のレーザーだった。
「!!!!!!」
Vコンバーターが停止し、装甲が完全崩壊する。
レーザーに吹っ飛ばされ、あっけなく海に落ちていく。
(強い……あのライデン)
なぜかは解らないが、負けたのに少し愉快な気分だった。
だが、不意にあのフェイーイェンを思い出し、途端に苛立つ。
(あんなヤツに負けた……だと?!)
重くなった体は暗い海にずぶずぶと沈んでいく。
苛立った気持ちのまま、テムジンは意識を失った。
2
RNA前線基地。
そこには一般の兵士の立ち入れない区画があった。
隔離された区画の一室の前で長身の男が立ち止まる。
部屋の中は狭く、椅子が二つあるだけでそれ以外は何も無い。いや、そこは部屋という
よりも独房といった表現がハマるような場所だった。
事実、中には男が一人囚われており、それを見張るように二人の少年少女が男を囲んで
いた。12、13位の年の頃であろう少年少女は、それぞれしっかりと武装しており、1
0/80、フェイ―イェンの装甲を身につけていた。
男は鋼鉄の扉に顔を寄せ、インターフォンのスイッチを押す。
「コルロイ。あのテムジンはどうなったかね?」
緩やかな、だがどこかぬるりとした低音の声が少年兵士のヘッドフォンに届く。
「はい!」
その声を聴いて、10/80の装甲を身に着けた少年兵士がぴしっと背筋を伸ばした。
だが、その表情は若干困惑しているようでもあった。
少年の目の先には、上半身裸の男が座らされている。
少年とも青年ともいえない微妙な面立ち。鍛えられた引き締まった体。
強い意思を秘めたDNA特有の翡翠の瞳……。
拘束された男は口を一文字に引き締め、戸惑う10/80の少年をジロリと睨みつけて
いた。
少年の背筋が、ぞくりと冷える。
テムジンの放つ冷たい視線に耐え切れず、少年は目を逸らしながら男に状況を報告した。
「あのテムジン、中々に口が堅く……DNAの兵士であるという事、階級が中尉である事、
名前、それ以外の情報を全く吐こうとしません」
「なるほどな、さすがはDNAに飼われていた指揮官、というところか」
捕まってもう一ヶ月になるというのに。
なにやら嬉しそうに、男のぬるい声が上ずる。
それを聞いて尋問役の少年兵士は妙に嫉妬した顔を見せた。
「ふむ……本人は何も言う気は無い様だが、こっちではある程度つかめた。よし、下がれ。
後は私がみよう」
「は、はい……わかりました」
少年が返事すると同時に、シュン、と独房の扉が開いて長身の男が入ってくる。
薄暗い独房の中に足を踏み入れると、捕縛されたテムジンを横目に少年達にゆるりと話
しかけた。
「ごくろうだったね、コルロイ、レムナ」
「いえ、そんな……!」
二人はねぎらいの言葉に頬を染めて目を逸らす。
そんな少年少女が可愛いのか、男は二人の頭を優しく撫でてやった。
「あ……」
「や……」
二人は嬉しそうに表情を緩め、この上ない笑顔を男に向ける。
その笑顔をみて男もまた顔を綻ばせた。
「さ、いけ。また後で、な」
「……! はい!!」
男の言葉に二人は顔を輝かせると、てててっと軽やかに走り去っていった。
独房の中は、長身の男とテムジンだけになる。
まるで値踏みするように眺めてくる男の視線が、どこかおかしい。
テムジンは顔を上げて男の姿を確認すると、これ以上無いという程に眉を潜めた。
一八〇はあろうかという長身、ぴたりと整えられた髪、八の字を描く整えられた髭、服
装は軍服、そして胸には少将の階級章があった。
テムジンはこの男を知っていた。
いや、VR乗りでこの男の噂を聞いたことの無いやつなど、殆どいないだろう。
「お前……RNAの変態将官だな」
激しい嫌悪を隠そうともしない物言いに、男はにやりと笑う。
「おやおや。私の名もDNAに知れるほどになったかね。光栄だ」
「いい意味なんかじゃない」
「だろうねえ」
男は髭を弄りながら、テムジンの前にある椅子にすとんと座る。
この男、名はエアガイツという。
通称、ガイツ変態将官と呼ばれるこの男は、RNAの上層部の一員だった。
見た目は髭のダンディといった所で、機体はドルドレイ。
今は一線を退いており、軍本部から戦場へ指揮する立場だが、現役時は「本気にさせて
はいけない」と皆が口をそろえる程の実力の持ち主だったのだという。
俺のドリルでお前の尻を、とドリルで抉られた者も多かったという。
……そう。
それが変態たる所以だった。
聞こえよく言えば、博愛主義者。
この男、『バイ』なのだ。しかも少年少女専門の。
男が所持する私設部隊は、10/80・テムジン・フェイーイェンばかりを集めた少年
少女の精鋭のみで構成されていて、全員が例外なくガイツに陶酔してるのだという。
その通称を『桃源郷部隊』と言う。
(くそ、俺はなんてヤツにつかまってたんだ)
テムジンは奥歯をかみ締め、自分の運の無さを呪う。
自分は21だから目の前の変態の興味の外だとは思うが……、だが変態と同じ空気など
吸いたくもない。
「いい顔だ。もう少し年が低ければ、私の部隊にスカウトしたんだがな?」
ガイツは未だ少年の面影を残すアラムを、少々残念そうに見下ろした。
嘗め回すようなその視線を振り払うようにして、アラムはギッとガイツを睨みつける。
「それくらいなら死ぬ」
牙を剥いた獣のように唸るテムジンをみて、ガイツは高笑いした。
「ははは! いいね、たまらないよ! なぁ、……アラム・トルレンス中尉」
自分の名を呼ばれ、テムジン――アラムはびくりと身を動かした。
「アラム・トルレンス中尉。テムジンを駆り、颯爽と戦場を渡る若き戦士。戦闘のスタイ
ルは効率重視。勝利の為ならば、多少の味方の犠牲も気にしない。そしてそれが許される
だけの戦績を持っている、その証が中尉という位だ。DNAも難しい犬を飼ってたもんだ
な。毎度損害以上の戦果があった、という所かね?」
ガイツの言葉に、アラムは目を逸らしたまま、何も言わなかった。
情報漏洩を防ぐために黙っていたわけではなかった。
この男の言う事が、全て正しい情報だったのだ。
黙りこむアラムを見て、ガイツは情報が真実なのだと確信する。
そして、手を差し伸べにこりと笑った。
「アラム中尉、RNAに、来ないかね」
「なんだと……!?」
寝返れ、そうガイツは言っているのだ。
正直アラムにとってどちらサイドなのかという事はどうでもよかった。
金になれば、そして己を高められればそれで満足だったからだ。
「なぁに、いい条件を用意するよ。きっと君も納得するはずだ」
「……」
椅子の背もたれを前に回し、それを抱え込むように座りながら、ガイツはにこりと笑う。
「給与はDNAに居た時より多く払おう。RNAでの階級も優遇する。ひとっ跳びに准尉
だ。どうかね」
――金がより多く入る。
アラムにとって金は己の価値を示すバロメーターだった。
多いに越した事は無い。
階級の話も悪くはないだろう。
だが、アラムは首を振らない。
「もう一つ、いい話がある」
「……」
「RNAのとある部隊に行き、ある『仕事』を成し遂げて来い。そうすれば……」
もったいぶった台詞に、アラムは苛立つように顔を上げた。
そんなアラムを見てガイツはにやりと笑った。
ガイツは少年達の戦っている姿がこの上なく好きで、さらに言えば戦闘で生じる苦痛や
葛藤で苦悶する姿が好きだった。
そういう意味では、この少年は凄く好みだった。
戦いを好み、己が最強になるためなら何の迷いもないアラムが。
若いが故なのか力がある故なのか、自分に、テムジンに絶対の自信を持ち、視野の狭く
なっているこの少年が。
……この少年は必ず苦悶する。
それを想像しただけで、ガイツはたまらない気持ちになっていく。
「そうすれば、なんなんだ」
あまりにじらされ、アラムは続きを催促する。
「はは、そうすれば、だ。今開発している新型のテムジンを、一番最初に君に用意しよう
ではないか」
アラムにとって、この提案はとてつもなく魅力的なものだった。
アラムはテムジンが最強の機体だと信じて疑わない。
そしてそれを駆る自分が、必ずいつか最強になると思っている。
誰よりも先に、新開発のテムジンを入手できるというのなら――
真新しいVRで戦場をかき回す自分を想像して、アラムはごくりと喉を鳴らす。
それに、今DNAに戻った所で、待っているのは除隊か格下げ、最悪消されるかもしれ
ない。
「……『仕事』とは、なんだ?」
尋ねてくるアラムを見て、ガイツはニヤリと表情を歪ませた。
「その時がきたら知らせよう。ふむ、寝返るのだね? RNAに」
「……寝返るわけじゃない。職場が変わるだけだ」
「上等だ!」
ガイツは立ち上がり、パンパンと大仰に拍手をする。
「では、承認を得てくるとするよ。……『アラム准尉』」
ガイツは大きく笑うと、暗い独房を後にした。
「ガイツさま!」
「ガイツさま!!」
ガイツを待っていたのだろう、10/80の少年とフェイイェンの少女が出てきたガイ
ツに駆け寄った。
「あのテムジン……まさか……その」
頬を染めて困惑してみせる少女を見て、ガイツはにこりと笑う。
「ヤツはうちに入れない。年齢が上すぎだ」
「ガイツさまっ!」
安心したのか、少女と少年は二人同時にガイツに抱きついた。
二人を撫でながら、ガイツはにやりと笑う。
「あいつにはちょっと難儀な事をしてもらうのさ。きっと、いいものを見せてくれる筈だ」
ガイツの頭には、とあるRNAの部隊が浮かんでいた。
自分の庇護している、あの部隊だ。
強い上に小回りがきき、多少の無理な指令や汚い仕事だろうとやってのけてしまう為に、
他のRNAの幹部からはやっかまれているがアレはアレで面白い部隊なのだ。
特に、あそこにいるフェイーイェンは。
「どうしましたか? ガイツさま。なんだか楽しそう……」
「ん? あぁ、楽しいね、非常に愉快になってきた」
「昨日まで、『アイツ』をどうしようかと、とても悩んでらしたのに……」
「『アイツ』――あの結晶体がなんとかなるかもしれんのだよ。ふふふ、ははは!」
本当は、何とかなるとは全然思っていない。
だが、何かが変わるだろう、という予感がする。
頭のいいガイツは今後厄介になるであろう『アイツ』の存在を危惧していた。
VRを喰らうもの。
その名前を『アジム』、という。
「ね、少将さま、今日はもう……その」
「ん、なんだね?」
もじもじとする少女ににこりと笑い、ガイツは少女の頬を撫でる。撫でられた少女は一
気に顔を紅潮させ、甘い吐息を漏らす。
「わかってらっしゃるのに、いじわるしないで……」
「ははは、いいだろう。今日もイイコトをしよう」
「ぼ、僕は……!」
「もちろん君もだ、さぁ! いこうか!」
傍から聞いたら殺されそうな会話を繰り広げながら、ガイツは二人を抱きしめる。
廊下から聞こえたその会話に、アラムの背筋がぞくりと冷える。
心底、21でよかったと思った、アラムであった。
3
数ヵ月後。
アラムは配属先の部隊に移動するために、補給用の移動艦に載せられていた。
海を行く移動艦の一室、メンテナンスルームにアラムは居た。
「どうだい。新しい装備は」
「……同じテムジンだ。悪くはありません」
RNAカラーの装甲を身に纏い、アラムは腕をぐるりとまわす。
やはりテムジンは最高にあっている、そう思いながら鏡に自分を写した。
オレンジのカラーリングに、赤い瞳。
RNAになったのだ、と自分に言い聞かせる。
だがその表情は険しかった。
「どうしたのだね、不満でも?」
問いかけるガイツの声に、アラムは首を振る。
「いいえ、何でも」
そう言いながら、アラムは赤く変色した自分の目を見て、自然と厳しい表情になってい
た。
赤い目はいやがおうにもあのライデンの姿を思い出させる。
アラムの頭にあったのはあの日の敗北の光景だった。
単機で突撃してきたライデンと、あのわけの解らないフェイーイェン――
忘れようにも忘れられない、忌々しい光景だった。
だが、あのライデンは見事な動きだった。
少し、興味がある。
同じRNAなら、仲間として戦場で会うこともあるだろう。
演習やトレーニングで戦う機会があるかもしれない。
次は負けない――
そう考えランチャーを握り締め、ふと気付く。
自分が一体どんな部隊に派遣されるのか聞いていなかったのだ。
「すまないのですが、質問したい」
「なんだね?」
「俺は一体、どんな部隊に入れられるのですか」
「……気になるかね?」
ニィッと笑う髭のダンディに、アラムは眉を寄せる。
「……秘密だ」
「……」
ガイツの答えに、イラりとなり眉がぴくりと動く。
「……そうだね、君はきっと退屈しないだろうよ」
「それはどういう――」
そうアラムが問おうとした瞬間、ピリリっと通信が入った。
『ガイツさま、着きました。こちら、補給作業に移ります』
「あぁ、頼むよ」
ガイツは短く返事をすると、アラムを導くように艦を降りていく。
乗ってきた移動艦は、かなりの大きさの戦艦に横付けされていた。
アラムはガイツの後について、その戦艦に移動しふぅと呼吸を整える。
一体どんな上司が俺の上に立つのか。
部隊の構成はどうなのか。
俯きながら、思いを巡らせる。
部下となったなら部下になったで、駒になるのは苦ではなかった。
むしろ何も考えず命令に従って殲滅すればいいのだから、楽かもしれない。
戦果をあげ、階級をあげ、そして――
「きたのね、変態」
「相変わらず辛辣だね、君は。そんな所が大好きだ」
「キモっ!」
ん……と、なにか違和感を感じアラムは眉を潜める。
この高い声、何処かで聞いた気がする。
「ん、貴方が新しく配属されたテムジン? わ、准尉なのね」
腕の階級章を覗き込み、少女が笑う。
「なるほど、いい戦力だ。少将、感謝します」
穏やかな低い声がガイツに礼を言う。
ガイツはそれをなんでもないというように笑い飛ばし、髭をさすった。
「ははは。礼は戦果で頼む。期待しているぞ?」
少女……? 男……?
なんだか激しくいやな予感がして、アラムはそっと顔を上げる。
「じゃ、テムジン、よろしくね! ――ん、貴方?」
少女がバイザーの向こうにあるアラムの瞳を覗き込む。
ぱっちりと開いた強気な赤い瞳、いかにもフェイ―イェンらしいツインテール……その
横にいるガタイのいい男……
「お、お前……、まさか……!!」
アラムの記憶がきゅんとはじける。
「……あれ、貴方、もしかしてあの時のDNAテムジン?」
「……何、あの指揮官か?」
少女が閃いたとばかりに覗き込み、男は軽く驚き、その後で僅かに笑う。
間違いない。
あのとき自分を海に沈めたあの――
「ちょっとまて少将! これはどういう――!」
「どうもこうも、頑張りたまえ?」
「ちいいいいいいい、クソッ!! なんの因果だよ!?」
予想外の展開に、思わず叫ぶ。
何故、何故俺がこんな目にあった元凶の隊に派遣されねばならんのだ!?
「RNAになったんだ、似合ってるわよ、うーん。柿みたい! 貴方、あだ名は『柿』で
いい?」
「冗談じゃないっ! 降りる!!」
「ダメだね、契約があるんだろう? 観念しろよ、『柿』?」
「貴様、サイファーか! 柿というな! 柿と!!」
「あーあ、あのテムジン、ノイに弄られて涙目だぜ!」
「くそう! さっさと出て行ってやる!」
「諦めが肝心ですわ。皆仲がいいから居心地は良いと思いますわ?」
「馴れ合いなど冗談じゃない!」
「エルンー、ちょっと面白くなってきちゃった!」
「面白くないッ!!」
戦艦、リーベルタースに、柿色のテムジンの叫びが響く。
アラムがやってきたのは『独立小隊・カルディア』。
カルディアは、フリーダムなフェイーイェンと、それをサポートするライデンが中心の
RNAでも異色の小隊だ。
「ね、柿〜。部屋、案内してあげよっか?」
「だから……柿と言うなと言っているッ!!」
変身していたテムジンがランチャーを向け、大きく叫ぶ。
「……やる気なら黙って無いぞ」
ライデン――隊長のエルンストがVディスクを起動させ、フェイーイェン、エピカに銃
口を向けたテムジンにバズーカを向けた。
「隊長! 落ち着け! ていうか、エピカ謝れ!」
「えー、やだよ。だってアルもぴったりだって思うでしょ?」
「……確かに……っていや、そうじゃなくてだな!?」
「貴様もか! スペシネフ! いいぜ、皆でかかって来いッ!!」
「うお、楽しそうだぜ! 俺も混ぜてくれよ!」
バトラーのガルが飛び込み、リーベルタースの甲板の上で乱戦が始まる。
騒がしくなりそうだ、と裏の倉庫でドルドレイのゲルトナが小さく笑った。
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