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(08.11.19更新)


・『あなたにだけ言える事』 ・微エロ注意

 

「フレーズ、ライデンの具合、どう?」
 エピカは入り口から少し顔を覗かせてラボの主に問いかけた。
 いくつもの治療カプセルの立ち並ぶラボ、通称保健室。
 少女の声を聞いて、デスクでPCに向かっていたフレーズが機嫌よさそうに顔を上げた。
「まぁ、丁度良いところに。もう二分ほどで終わりましてよ? 入っていらっしゃいな」
 フレーズの手招きに応じて、エピカは遠慮がちにラボに入った。
 ラボは安全上の配慮などから窓のない閉じた空間だった。カプセルから漏れる赤い光と
デスクの上の明かりだけが部屋の光源となっており、他の部屋と比べると一段階暗い雰囲
気だ。だが、ゆらゆらと動くカプセルの明かりは幻想的で、見ていて悪くはないものだっ
た。
「調整、どう?」
「抜かりありませんわ。いつでも出撃可能な程、万全ですわよ?」
 部屋の中央にあるカプセルに触れて、エピカは目を細める。
「気持ちよさそう」
 色のついた溶液の中で眠り漂う男を見て、エピカは頬を染める。
「あら、治療中の貴方もいつも気持ちよさそうに眠ってるわよ?」
 ほんのり頬を染めながら、フレーズはエピカに背を向けてふふっと笑う。その笑みは若
干邪な物だったが、エピカはライデンに気を取られていてそれには全く気づいてはいなか
った。
 不意にピーという音がラボに響き、カプセルが横に倒れ中の溶液が抜けていく。
「あ、終わりましたわね。後の事はいつものようにお任せしますわ。私、カフェテリアに
行ってますわね。終わりましたら通信を飛ばしてくださいな」
 フレーズはひらひらと手を振ると、小走りでラボから去っていった。

「……、行っちゃった。フレーズってば、出て行くの早い」
 何やら嬉しそうに出て行ったフレーズを少し気にしつつも、エピカの視線は横たわる男
に自然と引き寄せられていく。
「……起きて? ……って、流石にまだ起きないわよね」
 ズボンのみという最低限の服を身につけただけの男の頬に触れ、エピカは小さく笑う。
いつもの様に備え付けてあるタオルを引っ張り出し、溶液で濡れた男の顔を拭こうとして
手を伸ばした。が、その細い腕は突然男の大きな手に掴まれエピカは軽く声を上げた。
「きゃっ!?」
 予想外の事にびくりとなり、エピカはタオルを手放す。男は自分の上に落ちたタオルを
手に取ると、まだ少し眠そうな顔でゆっくりを身を起こした。
「お、起きてたの!?」
「お前が入ってき時にな。少し覚醒が早かったらしい」
 濡れた体を大雑把に拭きながら、ライデンは笑う。
「……エルンの馬鹿。な、なんで早く起きたのよ」
「早く会いたかったのかもな」
「ば、馬鹿言わないで!? そんな事言っても私を驚かせた事許したりなんか……!」

「なら、確かめてみるか?」

 エルンは掴んだままの少女の手を下腹部へと導いた。
 少女の細い指に触れたのは明らかに硬くなったそれだった。
「や、やだ……ぁっ!」
 さっきまでの勢いとは真逆に少女は力なく頬を染め目を逸らす。
 そんな姿が愛しくて、エルンは更に少女の手を押し付けた。
「これでも信じないか?」
「し、知らないわよ! か、勝手にそうなる事だってあるんでしょ? ほ、ほら、寝起き
とか!」
「良く知ってるな」
「フレーズが教えて……って、何言わせんのよっ!!」
 顔をこれ以上ない程真っ赤に染めて、エピカは腕を振り上げた。
 だが、その腕もあっさりと掴まれてしまい、エピカの両腕の自由はそこで無くなってし
まう。
「これがそれのせいだとしても、会いたい気持ちは変わらんさ」
「う、嘘ね。私達四六時中一緒に居るじゃない。だからそんな気持ちはおきないわ」
「じゃあ、何故お前は終わる時間ぴったりにこうやって俺の元に飛んでくるんだ?」
「!!」

 一刻も早く会いたいから。

 そんな心を見透かされた気がして、エピカはぷるぷると震える。
 この男には、どんなに意地を張っても勝てたためしがないのだ。
「……ほら、来いよ」
 男は唯一言低い声で誘う。
「い、嫌よ」
 だが少女は頬を膨らませそれを拒否した。
 ぷいと顔を逸らす少女を、男は一気に引き寄せ自らの膝に座らせた。
「本当に嫌か?」
「……」
「お前は俺にだけ意地を張るな?」
「……るしたげる」
「……ん?」
「ど、どれくらい好きか、証明しなさいよ。そ……そしたら、許す」
「……ここでか?」
「……!! って、な、何して証明する気よ!?」
「さぁな」
 カプセルの溶液で濡れた体のまま、男は少女を軽々と抱き上げた。
「エルン、冷たい。ちゃんと拭きなさいよ」
「どうせこれから濡れるから問題ないだろ」
「な、何言ってんのよ!?」
 真っ赤になって言葉を失った少女を抱いたまま、男はラボを後にした。
 
 
 
 
 昼下がりのカフェテラス。
 戦艦の最上階にある憩いの場で、フレーズは優雅なティータイムを楽しんでいた。
 ピリリ、とブレスレットから音が鳴った事に気付いて、フレーズは顔を上げる。
「あら、あの二人。今日はさっさと出ていっちゃったのね。いつも小一時間はラブラブと
話し込んでたりするのに」
 紅茶の入ったカップを置き、フレーズはくすくす笑う。
「……お前は本当にアレだな。エピカが好きだな」
 テーブルの向かいに座ったノイがボソリと呟く。
 ノイは端正な顔立ちの男だったが、フレーズに呆れているのかその表情は端正とは程遠
い表情だった。ハンサムが台無しである。
「えぇ、大好きよ。好きな人がたまたま女性だっただけ。いけないかしら?」
「じゃ、次は相手の居ない男にしておけ」
「どうかしら。別に隊長から奪ったりなんかしないわよ? 見て楽しんでるだけ」
 赤い瞳を嬉しそうに細めて、フレーズはにこりと笑う。
「……いやん。二人、今頃お部屋でラブラブかしら? ふふふ」
「フレーズ、それは女が頬染めていう言葉か?」
 何を想像しているのか、フレーズは頬を染めて小さく笑う。綺麗どころのお姉さんであ
るフレーズだが、これまた台無しだ。
 その様子にノイはまた一つため息をついた。
「……そういや隊長、エピカに手ぇ出してるとすると……あれだよな。エピカ、歳十四だ
よな」
「隊長は……二十五でしたわよね」

「変態だな」
「変態ね」

 めずらしく二人の意見がぴたりと合う。

『ぴぴぴぴ』

「ん?」
「あら?」
 不意に通信が入る。
 それはRNAからの出撃要請だった。
「緊急指令、か。『三体のVRでアセント・コリドーへ向かえ』……で、リーダーである
あの二人からの指示は?」
「あら、今いい所なのかもね。……隊長もエピカも反応なし」
 やれやれと首をふり、ノイは無言で立ち上がった。
「俺様が行く。アルとガルを連れてく。隊長にはもう出かけたと言っておいてくれ」
「行ってらっしゃいな。お気をつけて」
 ノイはその場でリバースコンバートし、刺々しいシャープな装甲を身に纏とふわりと宙
に浮かんだ。アイザーマン博士自慢のデザインは格好良く、だがノイはそれにも負けない
程に格好良い。そして実力も確かだ。
 宙に浮かぶノイの表情は透き通っていて明るい。
 空に居る事を楽しんでいるのだ。
 ノイは通信でアルとガルに呼びかけ、飛び立とうと空を仰ぐ。だが、ノイは不意に急ブ
レーキをかけてその場に留まりくるりと振り返った。
「あぁ、忘れていた。フレーズ、隊長に伝えておいてくれ。ショートケーキとミルクレー
プ、あとブラマンシュをおごりでよろしく、と」
「……相変わらずの甘党っぷりねぇ。はいはい。伝えておきますわ」
 ノイはフレーズの返事に満足げな笑みを浮かべると、そのまま空へと消えていく。
 そしてその後を追うように二本の光の筋が飛び立っていった。

「……本当にフリーダムだわ。この部隊。あぁ、居心地良い事」

 日は傾き始め、西の空が赤く染まりだす。
 海風に赤い髪を躍らせ、フレーズはこくりと紅茶を飲み干した。



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