「君は悪夢のようだ」
冷気と静寂に包まれた戦場で、技術達から私に投げかけられた一つの言葉。
それを聞いて私は満足な気分だった。
コンクリートに突き刺さる血を溶かし込んだような赤い氷。
私の傍らに居るのは四体のVRを喰らった紅い双竜。
私の背中には不気味なほどの存在感を持つ真っ赤な翼。
エンジェラン。
天使をイメージし、開発者が作ったであろう機体。
だが所詮は戦争の手段であり、『人殺し』の力だ。
天使のようなイメージ、それは私には必要の無いものだ。
そんなのはDNAのエンジェランに任せておけば良い。
彼女達は青くて透き通っていて。正に天使そのもので。
私にはそんなイメージ、合わないもの。
別に何の後悔もないし。
生き残るための手段だから。
だけど相反するように、拭えない寂しさもあった。
それを吹き飛ばしたのは可憐な少女だった。
たった一人、所属する部隊も無く呼ばれるがままに放浪する私を。
皆が恐れ、冷たい目を向ける私を。
あの子は何の恐れも抱かず、何の壁も感じさせず。
突然私の前に現れたのだ。
「貴方が噂のエンジェラン? ふふっ! ……なんだか苺みたい」
めいっぱい微笑み、それでいて私を「苺」と称したのは彼女が初めてだった。
「い、苺……?」
「そうよ? 変? だって見た目、赤くって、ちょっと緑で。ね? 苺。ケーキにぴった
りね」
……なんだか一人勝手に納得して満足げね。
全く意味が解らない。
初対面よ? 私を知っているのに、怖くは無いの?
戸惑う私をよそに、あの子は事あるごとに私に会いに来るようになった。
その大半がどうでもいい話で、好きな人の愚痴やら、惚気のようなもの、同じ部隊の友
人と馬鹿をした事、今日食べたものの話……。
最初は戸惑っていた。
でも、そのうちそれが楽しみにもなってきていた。
一人は寂しい。
でも彼女は私を一人にしない。
どんどんと前へ進み、後ろを向かず、好きな人の為への努力を惜しまないあの子の事が。
気付けば私は好きになっていた。
ある日、私はもっと彼女の傍にいたいと思った。
新しいフィールドへ行ってみたい、そう思えるようになっていた。
だから、私は彼女に一つ頼み事をしてみた。
「ねぇ、私に名前を付けてくれない?」
彼女は不思議そうに首をかしげ、その赤い瞳を真っ直ぐに私に向ける。
「名前、無いの?」
普通そう思うわよね。ううん。違うのよ。私は変わりたいの。
今までの自分じゃない、自分になってみたいの。
「今の名前が気に食わないのよ。それだけ」
「ふ〜ん。でも名前って大事よ? だから変えてしまうのはどうかと思うわ。だから、そ
うね。あだ名ってのでどう?」
「……それでも構わないわよ?」
「じゃぁ、……フレーズ、フレーズでどう?」
「……フレーズ、ね、意味は?」
私はどきどきしていた。
その名前を付けた理由は何かしら。響き? イメージ? 音楽から?
でも私の予想は見事に外れてしまったの。
「『苺』って言う意味よ? それに氷のフリーズとも少し似てるでしょ? 私、あの氷好
きよ? 少し美味しそうだもの」
嬉しそうに笑うあの子に、私の頬が紅く染まる。
どきどきと、胸が高鳴る。
あの子は私のあの紅い氷を『血』の赤だと思ってなかったの?
……苺のカキ氷にでも見えていたのかしら!?
そう思うと、不意に笑いがこみ上げてきた。
いやだわ、私は苺のカキ氷で敵を倒していたのね。
何それ。極上に面白いわ。
「あ、笑った。 ……気に入らない?」
「ふふふふ、いいえ、逆よ。気に入ったわ」
「じゃ、きまりね。フレーズ。あ、私の名前はエピカリス。フレーズだったら私を名前で
呼んでいいわよ?」
「まぁ、それは光栄だわ」
おでことおでこを合わせて、私達は笑いあう。
楽しい。
素敵だわ。
私は貴方の傍に居たい。
貴方の一番でなくても良いわ。
(知っているもの。貴方の一番はあの男)
今の私の中では、貴方が一番なの。
(いずれ変わるかもしれないけど、それが今の心の真実)
そして、私は今の私が好き。
だから――――
そして、しばらくして。
私はVRに対する技術・知識と戦闘力を買われて、カルディアに配属される事になった。
どうやらあの子が私を指名したらしい。
「ライデンを完全にメンテナンス出来る技術者を知っている」
なるほどね。確かに私ならできるわよ?
あの子もあの男を支える為に必死に勉強して毎日やってるみたいだけど。
(それを教えたのは私だし)
あの子はこういうの、本当は苦手なのよね。
あの子が必要としてくれるなら全然行くわ。他のメンバーだってちゃんと面倒みるわ。
「呼んでくれたのね。ありがとう。予算もぎりぎりでしょうに?」
ライデンとフェイイェンを有しているというだけで、莫大な資金が要るのは皆が知って
いる事だった。エンジェランだって金食い虫だ。金がかかる。そこで私を受け入れるなど
他の部隊ではそうそう出来ない事だ。
「予算? そんなもの、私達が成果を上げれば済む話よ。それよりもライデン見て欲しい
のよ、他の奴らじゃだめ。全然だめ。よってたかって何人もで診るのよ? もう触れさせ
たくも無いんだから」
頬を膨らませながら、エピカは私の手をひいて歩く。
「あら、私が触れてもいいのかしら?」
「……、フレーズなら、ぎりぎり許す」
頬を膨らませたまま、小さな声で答えるエピカ。
可愛らしいわ。
ラボのベッドの上で、瞳を閉じて横たわるライデンを見て私は絶句した。
「……まぁ、ひどい」
「私は出来るだけ頑張って日々メンテしたわよ」
「それは解るわ。細かい所は綺麗だもの。……でも、前任者が駄目ね」
それは見た目より深刻だった。
よほど無茶な戦闘を繰り返しているのか。
過密スケジュールなのか。
ライデンの体はギリギリで動いている状態だった。
エピカは気付いていないようだけど。
……違うわね。気付かせないようにしてるのね。この男が。
大事にされてるのねぇ。
「ね、いけそう?」
心配そうに覗き込むエピカの表情は深刻そのものだ。
今にも泣き出しそうに、その赤い瞳を私に向けるの。
「エピカのお願いでしょ? 任せて。何とかするわよ」
……本当は難儀なんだけど。
何とかして見せるわ。
しなくっちゃ。
ここが私の新しい居場所だもの。
「本当!? 良かった!! じゃ、私邪魔にならないように……外行くね」
あらあら。名残惜しそうに。
本当はココに居てもらったままでもいいんだけど。
まぁ、ここで時間を置いて、ぱっと復活したライデンを見せたら、私の株が上がるかし
らね? ふふ。
「終わったら、即呼んであげるわ」
「お願いね。ホントにお願いね?」
念を押す様にして、あの子は去っていく。
さて……。
「あなたが噂のライデンね? ……もう寝たふりしなくていいわよ?」
「……そうか」
ようやく目を開け、男が答える。
これがエピカの大事な人ね?
なるほど。見た目もちょっと男前じゃない。
「随分酷使してるみたいね。そりゃ技術者が何人も必要な訳よね?」
「……まぁな」
ライデンの様子を見ながらキーを叩き、治療カプセルの中に必要な成分を調合した液体
を満たしていく。
「エピカ、可愛いわよね?」
「……」
「ね、貴方が居なくなったら、私が貰っても?」
「……っ?!」
あらま。本気で驚いているわ。眉を寄せて怖い顔になって、というか戸惑ってる?
ふふ。私、半分本気よ?
「大丈夫。ちゃんと治すわ。半日後にはすっきりよ。思う存分戦えるし、エピカとも遊べ
るわよ? その時は思いっきり感謝して?」
「……頼む」
……エピカの名前を出した瞬間素直になるのね。
やぁねぇもう。
意地悪したいところだけど、外できっとエピカが待ってるから。
さぁ、ココからが私の腕の見せどころよ。
エピカの為に早く終わらせてみせるわ。
「今後は週一よ。必ずココに来てもらうわ」
「解った」
軋む体に眉を寄せるライデンを治療カプセルに移動させ、私は頭をフル稼働させる。
あぁ、きっとあの子はすっごく喜ぶわ。
そして、それが今の私の一番の報酬。
私はラボの椅子に腰掛けて小さく笑い、映し出された立体画面に向かって意識を集中
させたのだった。
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