・novels−小説&SS
(09.11.24更新)
・『おちたパイロットと、心を持ってしまった戦闘機械と』
思い出して。
初めて聞いた私に向けられた『人の声』って、なんだった?
ノーメモリー。
思い出せない。消えました。
前の記憶(メモリ)は今の記憶(メモリ)に上書きされて、とてもおぼろげです。
じゃ、あの人が私に向けた最初の『声』は?
覚えている。
今でも忘れず、劣化もせず、鮮やかに。
――「お前、何がイヤなんだ?」
格納庫に押しやられ、不良品とされていた私に。
「こいつはだめだ」と言われ続けた私に。
機械であるはずの、私に。
彼は、私に問いかけたのです。
そんなことは初めてでした。
彼は『私』を見ていました。
他の誰よりも正確に、ひとつの何かとして、認識してくれていたのです。
その瞬間、あいまいだった意識がはっきりと起動したのを覚えています。
私のなかの何かが、確実に、動き出したのです。
『心』という、曖昧な何かが。
私は彼のいろんな一面を見てきました。
一見怖そうだけど、実はそんな事ないっていう事。
普段は殆ど喋らないけど、仲間とだけは大騒ぎする事。
喧嘩も日常茶飯事で、でも翌日になったらすっかり忘れている事。
VRに乗った瞬間、人が変わったみたいに真面目になる事。
時々、私の中に居眠りに来る事。
いつしか私は、彼に夢中になっていました。
生まれた『感情』は消えることも無く、想いはつのるばかり。
伝えたい、触れたい、彼の為に何かがしたい。
あぁ、なぜ私は人ではないのですか。
誰か、教えてください。
『心』が在るということは、こんなにも苦しい事なのですか。
『心』が在るということは、こんなにも嬉しいことなのですか。
でも、それでもよかったんです。
私がVRだからこそ、彼と一緒に戦場へ行く事ができるのだから。
私がVRだからこそ、彼と一体になって戦う事ができるのだから。
私がVRだから。
VRだからこそ、彼を、宇宙にまで連れてくる事ができたのだから。
「……っ」
意識を失っていた彼が、目を覚まします。
呼吸は浅く、脈も異様にゆっくりです。
そんな絶望的な状況だというのに、私は何故か、穏やかでした。
『トガ、見える? 宇宙まで、来たよ?』
「……ん、あぁ」
彼が曖昧な返事を返します。
おそらく、視界がはっきりしないのでしょう。
何度も瞬きしているし、目をこすっています。
でも、もう動くのも辛いのか、動作はとてもゆっくりです。
そんな状況なのに、彼は脇にあるキーを叩き今の私の状況を調べ始めました。
まるで何事も無かったかのように、いつもどおりに。
そう、いつもどおりに。
「ハイパー化は、解除状態、装甲70%破損、……ひでぇな」
彼が、短く小ばかにした様に笑います。
『ぼろぼろになっちゃった』
私もつられて笑います。
確かにぼろぼろです。
装甲があちこちはげて、とっても恥ずかしいです。
「な、地球、見えるか?」
『うん、見えるよ』
宇宙空間をふわふわ漂いながら、私は地球を眺めます。
真っ暗な中に浮かんだ青い星は、なんだかとても綺麗に見えました。
「……そうか」
表情を緩めて、トガが呟きます。
目に力は無く、どこか残念そうでした。
きっと、もうはっきり見えないんだって、そう感じました。
『ね、トガ』
「なんだ」
『こっから、どうするの?』
少し黙った後、トガが呟きます。
「……フェイ、お前は、どうしたい?」
予想外の問いかけに、私は少し戸惑います。
でも、この際だから思っている事を正直に言おうって思いました。
『私、疲れちゃった』
「んだよ、それ」
『もうVRなの、疲れちゃった』
「あー……、なるほどな。俺もだ。もう……疲れた」
初めて、意見が一致しました。
なんだか、こそばゆいです。
うれしいな。
胸が熱くて、もうそれ以上何もいえなくなりそうです。
なんだか、泣き出してしまいそうです。
ぐっと我慢して、私はトガにお願いをしました。
『折角だから、宇宙でお昼寝したいな。……ずっとこのまま』
やっぱり私はへたれなVRでした。
はっきりと素直に、いえません。
だけど、トガの顔が笑っていました。
そして、ぽつりと言ったのです。
「仕方、ねぇな。じゃ、一緒に寝る、か?」
そう言って彼は、プログラムの中の一つのファイルにカーソルを合わせます。
『知ってたんだ、それ』
「自分の使うVRだ。しらねぇ事なんかねぇよ」
『ね、トガ』
「んだよ」
『好きだよ』
いつもとは違う意味を込めて、言いました。
なんだかそれで、もう十分でした。
「知ってる」
一言呟いて、トガは震える指でキーを叩きます。
そして。
プログラムが起動し、コクピットの中がぼんやりと赤い光で染まります。
「全く、俺はオリジナルを恨むぜ」
『どうして?』
「あいつが余計な事しなけりゃ、お前は喋りもしなかったし、俺を悩ませることも無かっ
た」
『そう? ……そうだね』
「ったく、どこまでも面倒掛けやがって」
『……えへへ、ごめんなさい』
カウントダウンが10をきります。
宇宙空間に漂いながら、あぁ、今の私は、きっと自由だ。
「……くそ、もう、限界だ。……なぁ、そろそろ、寝ようぜ」
『うん。……おやすみ、トガ』
赤い光が内側から走り、体を構成していたデータが崩壊していきます。
トガ、ありがとう。
私、すごく、しあわせだったよ。
だいすき、とが、
わたし は トガ を
ト ガ、 ヲ ……――――
「あなたの選んだ道は、それだったんだ」
電脳空間のむこうから、一人宇宙を覗き込む少女がいた。
宇宙空間に漂う残骸と唯一形を留めたコクピットを眺め、少女は遠くを眺めるように呟
いた。
「そっか、そういうのも、ありなんだ」
幾分納得がいかない様だが、理解できる部分もあったのだろう。
だが、なによりもの真実は少女の胸の奥が熱くなっていた事だった。
少女はそれを大事そうにメモリに焼き付けると、やんわりと体を回転させ、また別の方
向を向いてなにやら探り始めた。
「あーあ、いいなー。私も恋したいなー。どっかに素敵な人、いないかな」
気まぐれな少女は、また何かを探し始める。
おこりえない筈の事象を。
ありえない筈のほころびを。
暇つぶしかもしれない。
いや、心のどこかで何かの可能性を求めてるのかもしれない。
少女の気分転換は続く。
影という運命に立ち向かう、『その日』まで……
|
<The End>
<おまけ>
・ED&radical mindテーマ曲
『人に恋した機械の唄』
無限に広がる 電脳空間の向こう
届かないはずの 世界から聞こえた
どうして 私は 自由じゃないの?
どうして この声は あなたに届かない
おびえる 気持ちなど
砕け散ってしまえばいい
生まれた感情を
否定などできない
おそれず まっすぐに
手を伸ばして あきらめずに
孤独に 戦う
人間に恋した
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