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(09.11.12更新)


・『俺たちの絆』



 限定戦争に関わる兵士たちは『人間』ではない。
 これは電脳暦の社会では誰もが知っている『常識』だった。
 
 兵士としてDNA、もしくはRNAと契約した場合、その人間は一切の人間的権利を失
う。一般社会での生得の権利、基本的人権なんかは、一切放棄する事になるのだ。
 強制的に世間から抹殺されて、殺し、殺されても誰も助けてはくれず、何があっても文
句も言えない。そんな唯の生き物と成り下がってまでして人々が兵士になるには、それ相
応の理由があった。
  
 命を賭け、戦場で戦歴を積み上げ、自らの存在価値をつり上げる。
 そうする事で、莫大な富と社会的地位を手にするチャンスに繋がるからだった。
 
 緻密な格差社会である電脳暦の社会では、生まれた身分が低かった場合、そこから成り
上がることは極めて難しい事だった。貧しければ貧しいまま、そのまま一生を終える事な
ど、よくある事だった。
 だが、生まれ持った自らの地位が高い者でも、決して安心は出来なかった。
 一度レールから脱線すれば、容易に戻る事が出来ない社会でもあったからだ。
 脱落すれば、とことん落ちていく。敗者となった者に厳しい世界だった。
 だからこそ、そういう者達にとってこの限定戦争の兵士という職業は、うってつけであ
った。
 地に堕ちた自分の人生をリセットし、新たな可能性に挑むチャンスを得、成功した暁に
は、華々しく社会へと復帰する事が出来る。
 人間としての価値を捨て、人として扱われなくなり、死という大きなリスクを負ったと
しても、それは十分に魅力的なビッグチャンスだった。
 
 一発逆転の命をかけたギャンブル。
 
 電脳暦の世界で生きるために、生まれ変わるために、様々な者達が今日も一人、また一
人と兵士になっていくのだった。
  
 
  
 
 
「なぁ、トガ」
「んだよ、クライ」
 
 クライと俺は似たような境遇の人間だった。
 俺は罪人の子で、奴は両親が派手に破産してその時生まれた借金を負わされた子だった。
 互いに、自分達が何かをしたわけではなく、かといってそれを許容してくれる程社会は
甘くは無かった。
 生まれてこの方、『人』として生きた覚えが無かった。
 元々有って無いようなそんな権利に、俺達はなんの未練も無かった。
 抗えぬ重圧に押しつぶされながら、一生底辺を這いずるままでいいのか。
 俺達はそれにNOを突きつけた。
 
 一度、『人』である権利を失ってでも、そこから抜け出したかったんだ。
 『人』という存在を、手に入れる為に。
 
 
「お前、……それでいいのか?」
 クライが俺に問う。
 このまま反逆者になってもいいのか、折角築き上げたものを全て放棄する事になっても
いいのか? あいつが言いたいのはそういう意味の事だろう。
「いい訳がねぇだろ、最低だ」
 スペシネフの様子を伺いつつ、吐き捨てる。
 いい訳ある筈がねぇだろ。
 何の為にここ(准尉)まで這い上がってきたと思ってるんだ。
 
 だけどな、クライ。
 この状況をどう覆せというんだ?
 
 このフェイの事案の報告義務の違反、オリジナル関与という重要事項の隠蔽、VRの略
奪、逃走、そして関係者の殺害(多分奴らの何人かは死んだだろう)。
 どう言い逃れしても処分されるのは目に見えている。
 
 大人しく投降して、許しを請う?
 ただ殺されるだけの末路を自ら選べと?
 馬鹿な。
 
 
 そんな終わりを、俺は望んじゃいない。
 
 
 たとえこの体が死に掛けてようが、俺はそこを諦めたくは無い。
 自分を失う事だけは、絶対に許せないんだ。
 
  
「どうせ終わるなら、俺は俺のやりたいようにして終わる」
 
 
 俺はソードを相手に向けて、モニターに写るスペシネフを睨みつけた。
『トガ……』
 心配するように、フェイが小さく呟く。
「心配か?」
『ううん、違うの』
「じゃ、不服か?」
『ううん。私、それでいい。トガの思うようにして欲しい』
 俺の都合にあわせる、とフェイは言った。
 馬鹿な奴だ、そう思う。
 そうだよ。こんな馬鹿な奴、奴らに引き渡せる訳が無い。
 お前の覚悟を、ココ(基地)でだけは終わらせたくないんだ。
 俺は俺の道を行く。
 それは、きっとコイツを奴らから守る事に繋がる、そう、信じた。
「……残念だ」
 やさしい声でそう言いながら、クライはアイフリーサーを俺に向ける。
 まがまがしいEVLバインダーの歪んだ怨念。声の奥に潜む奴の殺意。
 長い付き合いだから、俺には見える。
 奴は、殺す気満々だ。
 
 それでいい。
 
「ほら、クライ、チャンスだぜ? 俺を殺して手柄にしろよ」
 挑発し、笑ってみせる。
 薬が回っている分、余計に狂気じみていたかもしれない。
 
 
「あぁ、そうさせてもらう。……一度お前とは本気でやりあいたかったんだよ!」
「奇遇だな、俺もだ。お前はいちいち……気に障るんだよッ!!」
 
 
 ハートビームと紫弾がぶつかり、派手な爆風が爆ぜる。
「いつもオレの計画を達成寸前でお前は覆えす! 迷惑なんだよ!」
「うるせぇよ! てめぇの計画なんざ、俺の知ったこっちゃねぇよ!」
 まるでガキの喧嘩だった。
 鎌と剣が幾度と無く交差し、火花を散らす。
 幾度となく繰り返される近接の攻防に、フェイが震える。
 気づいてない訳じゃなかった。
 悪いな、とは思った。
 だが、それ以上に俺は奴を斬り伏せたかった。
 目の前の障害を、壁を、コイツで斬り伏せたかったんだ。
 
 互いの切っ先が掠り掠られ、じりじりと体力が減っていく。
「うらぁッ!!」
 何度目かのやりあいの後、再び踏み込もうとした、その時だった。 
 
『っ!!』
 ガクン、とフェイが硬直し、その場に止まる。
「フェイッ!?」
「お前の悪運も、そこまでだ!!」
 スペシネフが大鎌を振り上げ、フェイを割ろうとした、瞬間。
 
「ぐっ!?」
「……、なん、だ?」
 
 くぐもった悲鳴をあげたのは、クライのほうだった。
 スペシネフの背中が焼け焦げ、ぐらりと崩れ、フェイの正面で膝をつく。
『トガ……っ』
 フェイが震えた声で何かを訴える。
 そしてモニターがピピピピピと連続して何かを捕らえる。
 サーチライトの逆光の向こうに、何かがいた。
 どうやらフェイはそれに気づいて硬直したようだった。
 それらはじりじりと近づき、次第に何かが見え始める。
 
 八つの赤いバイザーのラインが、暗闇の向こうに浮かんでいた。
 
  
「足止めご苦労、クライ・バーン准尉。後は私に任せてもらおうか、ハハハハハ!」 
 
 
 気に障る甲高い男の声に、俺は眉を寄せる。
 そいつはこの基地を仕切る佐官、マギアス少佐だった。
 
「しょ、少佐、何故、オレを……」
 VRを軋ませ、クライが唸る。
「何故? そりゃ、ねぇ、解るだろ? お前らみんな、邪魔なんだよ?」
 
 限定戦争に参加する兵士は、なにも俺達みたいな奴ばかりじゃない。
 『それ以外の理由』で兵士に志願する者もいる。
 戦場でのスリルを名誉を求め、血で血を洗う闘争本能に身を浸すべく、わざわざ限定戦争
へと身を投じる、そういう者も兵士達の中に紛れているのだった。
 そういう人間は大概が生活に困らない、それなりに腕も身分もある人間ばかりだった。
 つまりは、命を懸けた暇つぶしにきている奴がいるという事だ。
 
 マギアスも、そういった人間の一人だった。
 
「お前らみたいなのがちょろちょろしてると、私の昇進に関わる……。お前らを潰して、
そのフェイを本部に突き出せば、私も将官に、なっちゃうかもねぇ。宇宙へだって、いっ
ちゃうかもねぇ」
 仰々しいポーズをとりながら、マギアスはシュタインボックに乗って現れた。
 中央のシュタインだけが黒く塗られていて、私が佐官機ですよとアピールしている。
 シュタイン8機にぐるりと囲まれ、俺はぎりりと奥歯を鳴らした。
「どうせ死にかけてるんだろう? ヤギリ准尉。諦めが、肝心だよ」
 甲高い声が、俺の心を逆なでする。
 コクピットの中でニヤニヤと笑う佐官の姿が、容易に想像できた。
 ひょろ長く狡い上司の顔なんざ、思い出したくも無かったが。
 
 
「……トガ」
 オルカ専用(俺達専用)の回線で、クライが呟いた。
「なんだよ……」
「……わき腹、やられた」
「……、マジ、か」
 クライがごふごふと咳き込む音が、コクピットに響く。
 スペシネフのコクピットのあたりが、熱で抉れて穴が開いていた。
「あー、なんでこうなるんだ? ついてないよなぁ。お互い」
「今に始まった事じゃねぇよ」
「折角の喧嘩に水差されて、しょんぼりだ」
「全くだな」
「でも、これでオレも遂に、ジ・エンドかもな」
「なに弱気になってんだよ」
 吐き捨てるように言い返す。
 だが俺の声も、力を失ってきていた。
 薬が切れてきたのか、効かなくなってきたのか、状態が悪化したのか。
 徐々に痛みが、熱が体に戻ってき始めていた。
「まぁ、最後まで諦めないのが、オレ達、オルカの信条だ」
「そりゃそうだ。だから言ったろ。俺は俺のやりたいようにして終わるってな」
「好きな事言いやがって」
 クライは失笑しつつ、スペシネフをぎしりと立ちあがらせる。
「行けよ、トガ。オレももう、好きにする事にした」
「じゃ、行かせてくれよ。俺はコイツをここにだけは残したくねえんだ」
「……機械フェチかよ。女に興味ないと思ったら、そういうことか」
「ちげーよ。女に興味ないわけじゃねーよ。この、顔だけイケメンが」
「認めろよ、なぁ、トガ?」
「ぜってぇ認めねぇ」
 俺は空を仰ぎ、クライはマギアスを睨む。
 お互い、やりたい事は解ってた。
 スペシネフの左手が、カカカッと素早く動く。
 俺を指差し、二本指を空に向け、親指を下に向ける。
「最後は余計だ」
 俺は眉をひくつかせ、小さく呟いた。
 そして、一呼吸あけて「じゃあな」と一言告げる。
 
「さぁ、大人しく投降するんだ!」
 マギアスが半笑いで俺達に銃口を向ける。
 それを見てクライが笑い出した。
 がはがはと血泡を吹きながら。
 
「残念だなぁ、少佐! 生憎オレ達は、諦めが悪くてね?」
 
 クライが叫んだのを合図に、俺は真上へと大きく二段ジャンプした。
 それと同時にクライが吠える。
 
  
「お前ら全部道連れだああああああああ!」
 
 
「フハハハハ! お前、歯向かって死ぬ気か!」
「どっちにしろ殺すんだろ? それにもう死にそうなんだよ! だから関係ないね!」
 コクピットの脇にある赤いボタンを叩き割り、クライは綺麗な顔を歪ませた。
 それはスペシネフのリミッターを破壊する、最後の手段だった。
 赤いボタンを押した事により、スペシネフはガクガクと激しく揺れ始める。
 コクピットの内装が軋み、割れ、勢い良く散った欠片が、クライの額を切り裂く。
 リミッターが壊れ、スペシネフのEVLバインダーが閉じ込めていた怨嗟の念を一気に
吐き出し、周囲の空間が狂気の奔流に飲み込まれていった。
「うああああああ!?」
「や、やめてくれええええええ!」
 歪んだ精神波に耐え切れず、シュタインのパイロット達が悲鳴を上げる。
「えぇい、役に立たん!」
 マギアスが周りのパイロットにブチ切れ叫び、だが冷静にスペシネフにレーザーを放つ。
 レーザーは直撃し、その衝撃でスペシネフがノックバックする。
 だがスペシネフは、何事もなかった様にゆらりと横に滑り、走り出した。
「無駄だよ、少佐。コイツは死なない」
「ほう、まさか」
 
「そのまさかだよ! お前ら全員を地獄に連れてくまでは、コイツは死なない!!」

「やめておけ、無駄だ……っ!!」
「よくもオレ達を切り捨てたな! 覚えておけ! その代償が、どういうものかを!!」 
 早く行け、とスペシネフが俺にハンドシグナルを送る。
 全く、オルカの連中は、ホントに馬鹿ばかりで困る。
 俺はフェイを、上へ、上へと上昇させていく。
 基地がどんどん遠のいていき、VRが壊れていく轟音が少しづつ遠くなっていった。
 
 
 
『トガ』
「なんだよ」
『どこ、いくの?』
「行く所なんか無い。でもどうせ死ぬなら行きたい場所がある」
『どこ?』
「……宇宙、行こうぜ。盛大な夕焼け、見たくねえか?」
『……うん。いいかも。行こっか』
 
 空へ空へと上がり、大気圏に突入する。
 VアーマーのおかげでVRは大気圏すら越える。
 全く、とんでもない兵器だと思う。
 大気圏の熱でVアーマーをきらきら散らしながら、フェイが呟いた。
 
『ねぇ、トガ。……ちゃんと泣いていいよ?』
「……なんだと?」
 言われて、気がついた。
 頬に、熱いしずくが伝っていた。
「泣いてなんか、ねぇよ」
 
『……いいんだよ? 大事な、仲間だったの、知ってるから』
 
 甘いような息苦しいような、そんな妙な感情が、堰を切ったように暴れだす。
 熱いものが一気に溢れだし、血で汚れた顔を洗い流していく。
 止まらなかった。
 嗚咽が漏れる。
 悔しかった。
 悔しかった?
 何が悔しいのかすら、自分でも解らないのに。
 
 体が痛い。
 仲間が死ぬ。
 裏切られる。
 俺は逃げた。
 脚が、無い。
 
 もうすぐ、死ぬ。
 
「……ちくしょうッ!!」
  
 やり場の無い怒りを、行き場のない拳を、どこにも叩きつけられず、俺はただただ拳を
握り締めた。




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