・novels−小説&SS
(09.11.12更新)
・『想いは世界を斬り開く』
ガツン! と機体が揺れ、俺の意識が目を覚ます。 (……) 体は重くて動かなかった。 機体が動くたびに俺の体はひっぱられ、ガクガクと頭が揺さぶられている。 コクピットのシートと自動的に装着された4点式シートベルトだけが、俺をしっかりと 支えている状況だった。 (……どうなった?) 俺はどれくらいおちていたのだろうか。 ほんの数分? 数時間? 重い瞼を持ち上げて、やっとの思いでモニターを睨む。 目の前には攻めるスペシネフ。 それに応戦しているのはコイツだ。 状況はさほど変わっていない様に見える。 つまり、おちていたのはほんの『数秒』という事なのだろう。 「痛い思いをしたくないなら大人しくするんだな。でなくば、中の奴ごとぶった斬る事に なる!」 まだ覚醒しきらない俺の意識の向こうで、スペのパイロットが何かを叫んでやがる。 うるせぇよ。 どーせあの博士達の子飼いのパイロットだろうが。 うだうだ言ってねぇでどけよ。 と、不意に「ピピッ」とダブルロックオンの音が鳴る。 ヤバイ。近接に持ち込みやがった。 コイツはこの距離では戦えないんだ。 『っ、いやっ!?』 俺のヤバイという思いを、アイツ自身が跳ね除ける。 動かなくなる寸前までスペを引き寄せて、そこに思い切りハートをぶつけたんだ。 ……『これ』は、いつも俺がやっている動きだった。 (……お前) どこか嬉しかった。 コイツ、俺の動きを覚えてやがる。 ただそれだけの事だが、何故か嬉しかった。 少しづつ、意識が覚醒していく。 ようやく目がモニターの動きについていき始めた。 「どうやら、喋るようになっても不具合はそのままか。……なら、話は早い!」 スペシネフのパイロットが、そう言いながら攻勢を強める。 このパイロット、コイツの弱点を知ってやがる。 『この事』を知ってるのはうちの基地の連中だけだ。 誰だコイツ。 誰が乗ってるんだ? まだ朦朧としている頭を必死に集中させる。 相手の動きをじっと見、その戦略から相手を読み取っていく。 動きを封じて、近接で仕留めようとしている。 ちょろちょろと目障りなウザイ動き。 スペみたいな厄介な機体を、知って扱える人間。 そして、妙に丁寧なこの声。 一人、心当たりがあった。 (……てめぇか。クライ) 俺の飲み仲間で、喧嘩仲間で、同じ小隊『オルカ』の隊員……つまり、同僚だった。 (ッてことは、……こりゃ相当めんどくせぇな) フェイとスペは唯でさえ相性はよくない。 いくら今のコイツがハイパー化した状態であっても、厳しい事に変わりは無いだろう。 その上乗り手がクライだとしたら……。 アイツはいいパイロットだ。それ故に、状況は最悪となる。 乗り手が乗り手だし、クライならコイツの事を――フェイの弱点を十分知っている。 近接を封じられた状態で、果たしてコイツがスペシネフを、クライを突破できるのか。 俺は、無理だと思った。 スペシネフは容赦なく逃げ場を奪い、近接の間合いに踏み込もうとする。 あいつなら確実に仕留めに来る。 悪運の強い俺も流石にここまでか、と半ば諦めた、その時だった。 『できそこないみたいに、言わないで』 臆病なコイツが、逃げるそぶりも見せず、相手を睨んでいた。 いつもの甘ったるい声とは違う、聞いたことも無い声音で。 「ヤアアアッ!!」 スペが鎌を振り上げる。 『違うっ!』 アイツが何かを否定する。 そして、ガキン、と鈍い音が響いた。 「何ッ!? ガード、だと!?」 クライらしき奴が驚いた声を上げる。 いや、俺も驚いていた。 完璧に予想外だったんだ。 『私の恐怖なんて、トガの痛みに比べたら!!』 フェイが、叫んだ。 胸の奥が、ぎちりと締まる。 アレだけ近接を嫌がっていたアイツが。 泣いて体を凍らせていたアイツが。 (俺の痛みと、比べたら?) フェイは、俺の事を好きだと言った。 俺は正直、どうでもいいと思っていた。 本当か? 本当にどうでもいいと思っていたのか? フェイは更に驚きの行動を見せる。 唯のソードウェーブ生産機に成り下がっていた剣を、『剣』として十字に振るったのだ。 それは見事に命中し、スペの右羽を破壊した。 「マジ、かよ!」 ダウンしたスペが、唸る。 うん、俺もそう言いたい。 (ん……?) 俺は妙な振動に気づき、モニターに目をやり機体状況を確認する。 ――フェイの左手が、震えてやがった。 つまり、怖いのは変わっていないわけだ。 それでも、コイツはやって見せた――ということだ。 妙な感情に揺さぶられながら、ついでに状況も確認する。 相手の体力は半分近く削れていた。だがこちらも半分を切っている。 そしてモニターの左上には…… (カウント? なんだ? これは) 妙に可愛いフォントで刻々と時間が刻まれている。 1秒、2秒と減っていき、残りは20秒も無い。 (まさか……!) 奇跡にも限りがある――と、俺は直感した。 この時間は、アイツの『残り時間』だ。 コイツが自由に動ける限界値を示している、と。 (ヤバイ) 嫌な汗が背中に滲む。 体はまだ動かない。 失血のせいでぐらついてるし、腿が焼けるように痛い。 痛みで声もでねぇし、それに体が熱い。 「OK、もう緩めない。覚悟するんだな」 近接を振ったフェイをみて、スペのパイロットは行動に出た。 EVLバインダーの発動。 最悪のタイミングだった。 妙な焦りが心を揺らし、頭の中が何かで絞められているように歪んでいく。 (くそッ、うぜぇ) 体の不調の上に、精神攻撃。 最悪だった。 だが、影響を受けているのは俺だけじゃなかった。 『……い、いあああっ!?』 フェイが、苦しそうに頭を振る。 意思を持つコイツにも、あの怨念は有効ということなのか? ……ますます人間じみてる、と思う。 ただのVRの筈のコイツが。 機械である筈のコイツが。 「こっちもキツいんだ、さぁ、くたばってくれよ?」 『いや、だって、言ってるのに!』 「そんな事知るかよ、諦めてしまえよ!」 俺は奥歯をかみ締め、必死にモニターを見上げる。 フェイは、どんどん前へ進んでいく。 自ら、近接の間合いへ踏み込んでいく。 震えながら、それでも抵抗している。 『私は、負けないっ……!!』 あのフェイをここまで動かすモノはなんなんだ? 俺への、気持ちなのか? (好きって気持ちだけで、ここまで変わるのか?) なぁ、俺は本当にどうでもいいのか? この覚悟を、俺は無視できるのか? (できるわけないだろ) これだけ熱いものを見せられて、黙って居れるような男じゃねぇよ、俺は。 俺は熱でうねる鼓動を無視して、震える手を側面のモニターに伸ばした。 生命維持装置の設定を変更、限界まで痛み止めを流し込む。 (間に合え) 残りの時間が10秒を切る。 フェイが近接に持ち込み、剣を振り上げる。 アイツは『この事態』におそらく気づいていない。 今はただ、立ち向かう事に必死なんだ。 5、4、時間が消えていく。 システムをもう一度確認し、ツインスティックを握る。 俺よ、焦るな。 大丈夫だ、何とかなる。何とかするんだ。 どんな時でも大きく構えろ。 それが生き抜く鍵だ。 (現状を利用するんだ。俺たちは、ここを抜け出すんだ) 2、1、……そしてフェイが止まる。 「!? ……ん?」 スペのパイロットが、来るはずの物が来なくて抜けた声を漏らす。 『え……』 フェイが事に気づき、悲壮な声で固まる。 『うそ』 「どうした? 動かないならこっちがやるまでだ!」 スペが鎌を振り上げる。 予想通りだ。 瞬間、薬で体から痛みが吹っ飛ぶ。 完璧なタイミング。爽快だ。 半分麻痺した脳で、ニヤリと笑う。 「ふぅん? 近接できるんじゃねぇか。上等だ」 操作の主導権を瞬時にこちらで把握し、俺は鎌をガードで受け止める。 ガーリバで流れるように軽くあしらい、追い討ちをかけ離れる。 『……っ!』 あぁ、フェイの奴、びっくりしてやがる。 俺がびっくりだよ。 何だよ、十分なパフォーマンス持ってるんじゃねえか。 最高だよ、フェイ。 最高だ。 「馬鹿野郎、おちおち寝ても居られねぇ」 全く。目が覚めもするさ。 『……トガっ』 あーもう、またこれだ。いつもの甘ったるい声出しやがって。 さっきまでのでいいだろが、馬鹿。 まぁいい。 さぁ、形勢逆転と行こうぜ。 どーせ俺たちは裏切り者扱いでお尋ね者にされちまうんだ。 「ほら、さっさとアイツ壊して、こっから離れちまおうぜ、なぁ?」 『…………はいっ!』 ツインスティックを動かし、フェイの挙動を確認する。 反応は良好。 俺さえミスらなきゃいける筈だ。 頷き、ニヤリと笑う。 さぁ、落ち着いていこう、大きく構えろ。焦るな。 「この両手が残ってりゃ、なんとかなるさ。さぁ、……俺についてこいよ?」 ツインスティックを握り、俺の意思をフェイに落とし込む。 近接の間合いに再び踏み込むが――もう、おかしな硬直は起きない。 今まで何をしても動けなかったのが、まるで嘘のようだった。 機体が軽くて、むしろ動きすぎる位だ。 フェイは、俺に見せたんだ。 自分の覚悟を。 立ち向かう意思を。 俺はどうする? 俺は…………!! 「お前の覚悟は、……俺が貰った!」 大きく斬りつけ、その切っ先がスペに掠る。 スペがノックバックし、だがすぐさま距離をとり、そしてクククと笑う様に震えた。 「……生きてたのか、トガ。安心した」 スペシネフの凶悪な外見と裏腹な優しい声が、俺の名を呼んだ。 ここで俺は「確定だ」と思った。 「てめぇ。クライだな?」 「そうだ、……オレだ」 声の主が、自分がクライである事を認めた。 昨日まで仲間だった奴が、敵として立ちふさがる。 仕方ない。 俺らがやらかしたんだからな。 サーチライトに照らされ、二機のVRが改めて対峙する。 下から照らされたスペシネフが、不気味に笑った様に見えた。 |
スペシャルサンクス: nakさん<迫力あるスペ、ありがとうございます!!>