私は戦わなくてはいけない。
それは何の為に?
それは大好きな彼の為に。
それは自分が自分である為に。
「止まれ! そこのフェイイェン!!」
若いパイロットの声が、私の行く手を阻みます。
目の前に現れたのは、白く、細く、鬼の様な形相のVRでした。
『スペシ、ネフ……!』
狂気の産物としてタブー視されている、あの禁断のVRが目の前に立っていました。
血に濡れたような紅い目に睨まれ、私は一瞬たじろぎます。
でも、私はピンと胸を張りました。
ここで負けていては意味がありません。
「雇い主のご用命でな、フェイイェン、お前を拘束させてもらう!」
『断ります! 行かせて、時間が無いの!』
私が自由でいられる時間が、刻々と減っていく。
相手は紫色の小玉を宙に浮かせ、問答無用で紫弾を打ち込んできます。
焦る私の事などお構いなし。
当然です。これは戦闘なんだから。
「痛い思いをしたくないなら大人しくするんだな。でなくば、中の奴ごとぶった斬る事に
なる!」
スペシネフは短くダッシュし、あっという間に私との距離を詰めてきます。
ぴぴぴ、とダブルロックオンの音が頭に響く。
近接距離。
怖い。体が凍りついたように動かなくなっていく。
『っ、いやっ!?』
思わずハートを投げつけ、スペシネフとの距離を開けます。
体が凍りつく寸前にそれが出来たのは、今までトガがそうやって動いてみせてくれてい
たからでしょう。
愛想つかせず私を使い続けてくれたトガに感謝しながら、私は気持ちを落ち着かせます。
だけど、スペシネフのパイロットは上機嫌で笑いました。
「どうやら、喋るようになっても不具合はそのままか。……なら、話は早い!」
気がつけば、私はスペシネフと距離を開けられなくなっていました。
大玉、小玉に囲まれ、動きを制限されていたのです。
怖いなんていってる場合じゃない。
そんな事、良くわかっている。
私が迷う間に、スペシネフは距離をぐんぐん詰めてきます。
大きく鎌を振り上げ、まるで二人の命を狩る死神の様に。
『できそこないみたいに、言わないで』
私は自分の中の恐怖を精一杯押し込んで、相手を睨みます。
声が自然と震えます。
でも、私は覚悟を決めたのです。
そうよ、左手にあるこの剣は、『愚者の慈愛』は何の為にあるの?
それは己の手で運命を切り開く為に。
それは覚悟をきめた乙女が前へ進む為に。
感情に目覚め、人間を好きになってしまった愚かな私が、大好きな彼を愛する為に。
「ヤアアアッ!!」
死神が問答無用で私に鎌を振り下ろします。
怖い。
怖い?
何が怖いの?
相手が迫ってくる事が? この後に来る強烈な痛みが?
それって、本当に怖い事?
トガを失う事より、怖いというの?
『違うっ!』
そんな事、恐怖の内には入らない。
トガが居なくなる事の方が、よっぽど怖い!
自分への怒りが、さまざまな気持ちが、私を覆っていた恐怖を凌駕していく。
左手には力が入っていき、相手から逸らした目はもう一度標的を見つめる。
目を離さずに、凍りつきそうな体を燃やして……
『っ!!』
ガキン、と鈍い音が暗闇に響く。
「何ッ!? ガード、だと!?」
パイロットは驚いて声を上げます。
……私だって、驚いてるの。
どこから沸いてきたのか解らないこの力に。
そこから世界が変わった気がしました。
私は剣を握り締め、ぐっと相手を見据えます。
スペシネフを撃破するんだ。
撃破しなくちゃ、私たちは自由になれない。
トガを、トガを守るのは、私なんだから!
『私の恐怖なんて、トガの痛みに比べたら!!』
相手の脇に回りこみ、剣を振り上げ、スペシネフを十字に斬り伏せます。
油断していたのか、スペシネフは斬られ、右の羽を失いました。
「マジ、かよ!」
その場にダウンしたスペシネフが、驚き混じりに唸ります。
(でき、た)
私は震える左手を右手で押さえると、即座にスペシネフのゲージを確認しました。
まだ、相手の体力は半分と少しある。
もう一度近接を入れれば確実に勝てる。
でも次の瞬間、スペシネフの瞳が怪しく光ったのです。
「OK、もう緩めない。覚悟するんだな」
『……い、いあああっ!?』
頭が歪む感覚のあと、乗り越えたはずの恐怖が再び私を襲います。
しかも、その感覚は何倍もの暗さを持っていました。
「あー、この感覚、こっちも災難だ。今日もコイツのEVLバインダーは絶好調だな」
声を歪ませながら、若いパイロットが笑います。
EVLバインダー。
それは、相手だけでなく自らのパイロットすら危険に陥れる狂気のシステム。
狂気と引き換えに恐ろしい性能を発揮する、それがスペシネフというVRなのです。
リミッターを全て解除すればこの世のものではない力を発揮する、だから禁断とまで言
われるのでしょう。
「こっちもキツいんだ、さぁ、くたばってくれよ?」
パイロットは楽しげに笑うと、苦しむ私にどんどん紫弾を撃ち込んでいきました。
装甲がどんどん剥がれていきます。
体力ゲージも、減っていきます。
『いや、だって、言ってるのに!』
「そんな事知るかよ、諦めてしまえよ!」
諦める?
そんなの、絶対に嫌!
頭の痛みも無視して、私は走り出します。
今までの様に後ろではなく、前へ前へと。
剣を握り締め、相手の脇に回りこみ、絶好のタイミングで相手を捕らえます。
『私は、負けないっ……!!』
剣を振りかざし、相手に斬りつけようとした、その瞬間……
「!? ……ん?」
『え……』
現実はそう甘くありませんでした。
剣を振りかざしたまま、私は止まったのでした。
奇跡の時間が終わりを告げ、私は唯のVRへと戻ってしまったのです。
『うそ』
敵は目と鼻の先。
さぁっと血の気が引いて、寒くなっていく気がします。
「どうした? 動かないならこっちがやるまでだ!」
鎌が真上に振り上げられ、目の前が真っ暗になります。
チャンスを生かしきれなかった。
相手を倒したい、その一心で、途中から時間を見ていなかった私が悪いのです。
心が真っ暗になっていきます。
もう、ごめんなさいをいう気力すら……
「ふぅん? 近接できるんじゃねぇか。上等だ」
どくん、と心が震え、体が勝手に反応します。
ガード、そしてリバーサル、ダウンする相手に追い討ちを打ち込んで距離をとる。
流れるような一連の動作が、ツインスティックを通じて私の動きになっていきます。
『……っ!』
自由にならない私が、自由になっていく感覚。
自分の意思で動いてたよりも、ずっと自由な不思議な感覚。
「馬鹿野郎、おちおち寝ても居られねぇ」

大好きな声が、私を馬鹿と言います。
『……トガっ』
「ほら、さっさとアイツ壊して、こっから離れちまおうぜ、なぁ?」
『…………はいっ!』

彼はツインスティックを握り締め、私の動きを確かめます。
そして頷き、ニヤリと笑います。
「この両手が残ってりゃ、なんとかなるさ。さぁ、……俺についてこいよ?」
トガはカカカっとスティックを動かし、私に指示を下します。
紫色の波を放つスペシネフの脇を潜り、私は剣を振り上げます。
……、どうしよう。
戦闘中なのに。
トガが素敵で、ドキドキが止まらないの。
どうしよう。
でも、嬉しくて、だからこそ彼の全てに答えたい。
「お前の覚悟は、……俺が貰った!」
この時ばかりは、コントロールがトガに移っててよかったと思いました。
だって、今の私じゃ、絶対まともになんて戦えそうに無いから。
私、やっぱりトガが好き。
一緒にこうしてる時が、最高に幸せ。
私、この戦いだけは絶対に負けないんだから。
『ふたり』で、自由になる為に。
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