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(09.11.02更新)


・『言葉の向こうに』



 機械は裏切らない。


 手をかければかけた分、整備すれば整備した分、奴らは素直に動く。
 時々機嫌が悪くもなるが、丁寧に見てやれば大体の事は解決する。
 
 VRも一緒だ。
 
 きっと俺は、人間と接するより、あいつらと接している時の方が、ずっと真摯で、きっ
と真面目だ。


『トガあぁああっ!』


 アイツは例外だ。
 VRの癖に、機械の癖に物を言う。
 一丁前に感情すら持ち合わせている。

 いや、機械にも感情があるっていうのは、誰しも一度は感じた事があると思う。
 実際、俺も思った事がある。

 かまってやらないと途端に具合は悪くなるし、なんともいえないタイミングで不具合を
出したりするからだ。
 ただ、人間よりもずっと素直なんだ、と俺は思う。
 あいつらは、素直なんだと、俺は思う。

 それにしても、コイツは本当に例外な存在だ。
 感情があるってだけでもイレギュラーだってのに、その上アイツは……

 ――俺を好きだ、といいやがった。 


『やめて、トガを傷つけないで……!』


 んでもって、事の重大さもわきまえずこうやって叫び、俺を見て悲壮な声を上げる。
 これくらいビビるんじゃねぇよ。
 ちょっとドツキ回されて血が出てるだけじゃねえか。
 そりゃお前よりは貧弱な体だろうけど、そんな事、お前にはどうでもいいだろうが。

 なぁ、ちったぁ考えろよ。
 これ以上俺の面倒を増やすなよ。

 どんだけ俺がお前の整備に手間かけたと思ってんだよ。
 どんだけ俺が、どんだけ俺が。


 「馬鹿野郎」と思わず吐き捨てる。


 お前、わかってんのか?
 こいつらは外道だ。
 金が全ての戦争の、この世界の仕組みに組み込まれた亡者なんだよ。
 お前が黙ってりゃ、お前はひどい事にはならねえんだ。
 俺を見るな。
 俺は別にどうなってもいいんだよ。

 帰る場所はここしかないし、生きる術もここしかない。

 だから、お前の事がバレた時点で、俺は終わったんだ。
 戦場で終われなかったのは残念だし、一度は宇宙へ上がりたかった。
 奴らを見返して、笑ってやりたかった。
 でもな、もういいんだよ。

 ここも腐った人間の溜まり場だったんだ。
 でもな、そんな腐った場所でも、いい奴はいたんだ。
 それで、俺はもう十分なんだよ。

 だから、もう喋るな。
 お前は、もうしゃべるんじゃない!


『もうトガを傷つけないで、なんでも、話すから』


 あああああ、もう、ほんっとうに頭悪いな!
 恋すると頭が春になるのかよ!
 これ以上喋るな! 
 これ以上余計な事を言うな!

 こいつらが俺を殺したところで、もうそれはそれでいいだろ。


『オリジナル……』


 馬鹿野郎、馬鹿野郎、何で言うんだよ。
 声震わせて、泣きそうな声して!
 聞きたかねえんだ、そんな声。
 機械の癖に、つらそうな声上げてるんじゃねえよ!!


 だが、周りの腐った野郎共はお構い無しだ。
 お前の事なんかこれっぽっちも考えず……
 ほらみろ、お前の中を侵食していきやがる……!!
 くそう、こうなる事は解ってたんだよ、クソッ!


 だが、こうなったのも俺のせいだ。
 さっさと脱獄して、こいつと一緒に逃げりゃよかったんだ。


 ……逃げる?
 俺が? こいつと?

 当たり前のように、考えていた。
 逃げようって。
 何でだ? どういうことだ?
 俺は、こいつを守りたかったのか? そういう、事なのか?

 こいつは機械だ。
 VRだ。
 感情を持ってしまった、哀れな機械だ。

 だから、なのか?

 わからない、わからない。
 でも、はっきりとしている事がある。


 あいつらにだけは、渡したくなんかねぇ。
 あいつらにコイツをくれてやるくらいなら、死んだ方がマシだ。


 それはどんな思いよりも明確な感情だった。

 愛機として死線を幾度も一緒に潜り抜けてきたせいなのか?
 こいつが俺を好きだといったからか?

 わかんねぇ。
 でもな、心の奥が言ってやがる。


 お前を渡したら俺は負けだ、ってな。
 そんなヘマするくらいなら死んじまえ、ってな。


「さぁ、ようやくこれで調べられるというものだ。全く、このフェイが馬鹿で助かった」
 下卑た声に、我に返る。
 そうだった、目の前で、あいつが苦しんでる。
 どうしたらいい、どうしたら。

 つか、この野郎、何もわかっちゃいねえ。
 あぁイライラする!

 何強引に、弄ってやがんだよ!!

「おっさん、何してやがる!」
「何、だと? 簡単な事だよ。思考プログラムの存在の確認、分析、抽出、そんな所だ。
これでまた、オリジナルへ近づく鍵が手に入るというものだ」
 汚ねぇ顔で笑うなよ、キメェ。
 お前らの利権にこいつを巻き込むなよ!!
「てめぇ、やめろ!」

 だが、所詮、俺は拘束された身だった。

 両足に激痛が走る。
 撃たれた。
 思わず声を殺す。
 何の為に?
 アイツの為に。

 これ以上動揺させてたまるかよ。
 つか、フェイ、お前高性能なんだから、そんくらいのプログラム、自力でなんとかしろ。
 マジで。

「全く、お前は『VP値が高い』という理由だけでこうやって活躍出来ていたというのに。
それをこんな事の為に、こつこつ築き上げた地位をも捨てるというのだから笑える。まぁ、
所詮は『罪人の子』と言う所か」


 ――。
 『罪人』。
 言いやがった。
 この野郎、アイツの前で、言いやがった。


 俺の一番嫌いな言葉を、言いやがった。


「……言いやがった、な」
 未熟な俺の心が、憎しみを溢れさせ、それを言葉にしてしまう。
 間違いだったと気づくのは、いつだって事後なんだ。

 奴らは激昂する俺を見て、汚ねぇツラで笑やがった。
「まだちょっとフェイのプロテクトが硬い。……もうすこし、動揺してもらう事にしよう」
 銃口が向けられていた。
 流石に、ヤバイと感じた。
 間違いない、これは『酷く』やられる。

「見るな!」

 苦しむあいつに向かって叫ぶ。
 だが、気づくのも言うのも遅かった。
 馬鹿みたいに怒りに任せたせいで、遅かったんだ。


 腿を撃ち抜かれ、脚が泣き別れる。
 いや、砕け散った。


『いやあああああああああああああ!』


 やべえ、流石に意識が飛びそうだ。
 アイツの悲痛な声のおかげで、起きていられる。
 あぁ、でも聞きたくネエ。こんな声。

 なぁ、どうにか、どうにかなんねえのかよ。
 神なんかいねえ。
 けど反則な存在は居る。

 おい、オリジナル、面倒を起こした原因はお前だろ。
 なん……とかしろ……


<もう、私のせいっていわないでくれる? ちょっとはそうかもって思うけど>


 耳元で、何かが聞こえる。
 女、いや子供か?
<アナタがあんまりVRを大事にするから、あの子が出てきちゃったんじゃないの。もー
ちっとも気づいてないんだから>
 んだよ、俺のせいかよ。
 違うね、オリジナル、オリジナルのせいだ。
<んもう、わかったわよ。奇跡は二度までなんだからっ! ……一つだけ聞いていい?>
 なんだよ。
 痛みと失血でもう意識が吹っ飛びそうなんだが。

<あの子を、……大事にしてくれる?>

 今更聞くことかよ。
 俺は生まれてこの方、VRを無碍に扱ったことは無い。


<愚問、だったかしらね? レプリカとはいえ、ううん、だからこそほっとけないんだよ
ね。……じゃ、いっちょ本気出しますかっ!>


 声が消えると同時に、あいつはいきなり輝きだした。
 太陽の様なまぶしさで、まばゆく金色に。
 落ちそうな俺を、強制的に目覚めさせるかのように光り輝いたんだ。


 そして、――動き出した。
 ま、マジかよ。誰も動かしてねえんだぞ。
 オリジナル、お前は本当に反則すぎる。


 アイツは、迷い無く馬鹿共を弾き飛ばすと、俺に向かって手を伸ばした。
 ……痛い。
 この状態で動かされると、死にそうに痛い。
 それを気遣ってか、あいつは俺を大事そうに抱え上げた。


 表情のないアイツが、笑ったように思えた。
 その表情から、アイツの気持ちがなんとなく理解できた。


 アイツは今から何をするのか、なにをかんがえてるのか。
 それは簡単に予想できた。



 こいつ、俺連れて逃げる気だ。



 フェイは俺をコクピットにつっこむと、シートにそっと座らせた。
 座りなれたシートは、妙にほっとするものだった。
 ただ、血で汚れるのは嫌な感じではあった。
 でも仕方ない。諦める。
 俺が起動させるまでもなく、システムは動き出していた。
 朦朧としながらも、いつもどおりシステムをチェックしていく。
 いつもどおりだ。問題は無い。
 そうこうしているうちに、システムが俺を認識し、俺の状態をチェックし始める。
 怪我していることに気づくと、システムは即効で生命維持装置を繋ぎだした。
 腕に管を突き刺し、乱暴に応急処置が始まる。
 ――やれやれ、これでどうやら死は免れそうだ。

 脚はなくしちまったが、生きてるだけ、ましだろう。


「馬鹿……やろう」


 喋るのはだるかった。
 だるいが、一言文句が言いたかった。


『馬鹿で、ごめんなさい。でも、私、決めたの』


 今まで聞いたことも無いくらい、覚悟の決まった声だった。
 あぁ、そうか、と思った。


 フェイは走り出した。
 俺の意識が、薄れていく。

 すまん、すこし、眠らせてくれ。


 お前を、信じている、から。




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