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(09.10.30更新)


・『走り出す可憐機体』

 

「貴様! どうやってここまで!」
「さぁね、悪あがきは得意なんだよ」
「大人しく手を差し出せ! 射殺されたいのか……ぐああっ!」
「……ふん、イヤだね。……お断りだ!!」


 銃声、怒鳴り声、殴りあう音、何かが壊れる音。
 あれ、なんだか騒がしいなぁ。
 誰か喧嘩してるのかな。


 ……って、この叫び声、知ってる。
 大好きな声。
 メモリの奥に大事に記憶している、あの、大好きな……


『トガぁあっ!』


 声を出して、目が覚めて。
 あれ、私、眠ってた(シャットダウンしてた)の?

 って、どうして手足が拘束されてるの?
 え、私、まさか、廃棄処分っ!?


「やっと目覚めたか、てこずらせおって」


 知らない白衣の人達が、私を睨んでる。
 え、何? 何なの?

「なるほど、VRが『喋る』というのは本当だったようだな」
「そのようですね」
「で、この事を隠していたパイロットが先ほど脱走したようですが……」
「また捕まえればいい。だがそのお陰でこいつが『起きた』」
「全くです。何度強制的に書き換えて起動させようとした事か……」
「その度に『何か』によって阻まれていたが……まさか、こう簡単に『起きる』方法があ
ったとは」


 白衣のおじさん達の手元のモニターには、大暴れしているトガが写っていました。
 トガは、何人もの兵士をなぎ倒して、ずんずんとこっちに向かってきています。
 あれ、トガ、真っ赤だよ?
 やだ、いっぱい怪我してる……!


 どうして、どうしてこんな事に!?


「さぁ、フェイイェン、話してもらおうか。何故君は喋るのだね? あたかも『意志』が
あるようじゃないか」
 白衣のおじさんが私を見上げます。
 いやよ、絶対喋らないっ!
 トガは言ったもの。この事は二人の秘密だって。
 さっき、ちょっと喋っちゃった気がする……けど。


「だんまり、かい? じゃあ、これならどうだ……!!」 


 バァン! と格納庫の扉が開いて、そこから二人の武装兵士が何かを引きずって現れま
した。
 引きずられているのは、黒い髪の青年。
 それは、真っ赤に染まった……


『トガあぁああっ!』


 耐え切れず、私は声を上げてしまいました。
 そんな私に、彼は気だるげに顔を上げると、「馬鹿野郎」と呟きました。

 私は「しまった」って思いました。
 約束を、破って……叫んでしまった事に。

 私の声を聞いて、白衣のおじさんはニヤリと笑いました。
「どうやらお前に何かあると、このフェイイェンは喋りだすようだな?」
「さぁな、知らねぇよ。VRが喋る? 夢でも見てるんじゃないか? おっさん」
「この後に及んで、まだシラをきるかっ!!」
 白衣のおじさんが狂ったように叫んで、トガの頬をひっぱたきました。

 いや、やめて、どうしてそんなことするの!?

「これは我らにとって大変重要な事なのだよ。貴様の様な者には解らんだろうがな」
「あぁ、全然解んねぇな。こいつが喋ったからってなんだよ、おっさん達の懐が潤う位の
想像しか、俺にはできねぇんだが?」

「……黙れッ!!」

 白衣のおじさんは拳を握り締め、力いっぱいトガを殴りました。
 やめて、やめてと心の中で叫びます。
 きっと私が人間なら、涙をいっぱい零しながら走って止めにいっていたでしょう。
 トガの姿を見ると、感じた事もない気持ちでいっぱいになっていきます。
 VRである自分が、もどかしくて、苦しくなっていきます。

「っ痛てぇ……」
 口にたまった血を吐き捨て、トガが顔を上げます。
 そして、不意に私を見たんです。


<何もするなよ>


 トガがそう言ってる様に感じます。
 でも、でも。
 今の私には喋る以外はできそうにない。
 逆に、そんな何も出来ない自分が悔しくて、悔しくておかしくなりそうで。

 ただ、彼を助けたかったのです。

 今まで、こんな私を大事にしてくれた彼を。
 私を信じて、共に戦場を切り抜けてくれた彼を。
 なによりも、トガが好きだったから。
 だから。


 そう……
 トガが、好き。大好きなの……!!



『やめて、トガを傷つけないで……!』



 トガが、びっくりして、私を見上げます。
 そして、ぎしりと眉を寄せてまた「馬鹿野郎っ!」と吐き捨てました。

 ごめんね、馬鹿でごめんね。
 でも、だってこれ、きっと私の問題で、トガは関係ないと思うから。
 トガの事大好きだから、こんなの、見てられないの。
 こんなトガを見て黙ってられる程、私、賢くないみたい。
 ごめんね、ごめんね。
 自分を嫌いになっちゃいそう。でも、でも……


 約束破った自分も大ッ嫌いだけど、このまま見過ごすなんて、もっと……イヤっ!!


「ほう、喋る気になったかね?」
『もうトガを傷つけないで、なんでも、話すから』
「解ったよ。もう手を出さない。その代わりきっちり教えてもらおうか。何故君が『喋る』
事ができるのか、その理由を」
 おじさんたちが期待に満ちた瞳でこちらを見ます。
 トガが、「これ以上余計な事を言うな」って私を睨みます。
 その傍で、武装兵士がトガに銃を突きつけています。
 きっと、話さなかったらトガがひどい目にあう。
 それは火を見るより明らかでした。
 だから私は、一言だけ呟きました。


『オリジナル……』


 その一言に、周りの空気が一変します。
「やはりか!」
「あの小娘、何のためにこんな事を……?」
 白衣の人達が、一気に騒がしくなります。
 トガが、言っちまった、と首を横に振ります。
 ふと、白衣の人が近づいて、私に繋がったケーブルを手元のPCに繋げました。
『え』
 不意に嫌な予感がして、それは現実になりました。

『あ、あ、や、やめて』

 私の中に、強制的にプログラムが流れ込んできます。
 私の中を勝手に探って、掻き分けて、やめて、やめてぇっ……!!

「さぁ、ようやくこれで調べられるというものだ。全く、このフェイが馬鹿で助かった」
「おっさん、何してやがる!」
「何、だと? 簡単な事だよ。思考プログラムの存在の確認、分析、抽出、そんな所だ。
これでまた、オリジナルへ近づく鍵が手に入るというものだ」
「てめぇ、やめろ! ……っぐ」
 遠のく意識の向こうで、トガがどさりと地面に横たわったのが見えました。
 足を、打ち抜かれた様でした。 


「全く、お前は『VP値が高い』という理由だけでこうやって活躍出来ていたというのに。
それをこんな事の為に、こつこつ築き上げた地位をも捨てるというのだから笑える。まぁ、
所詮は『罪人の子』と言う所か」


「……言いやがった、な」
 白衣の人の言葉を聞いて、トガの目つきが変わりました。
 まるで凍らせたように冷たく、鋭くなりました。

 『罪人』? どういう事?
 トガは、悪い人じゃないよ……?

 白衣の人は、武装兵士達に「こいつに銃口を向けろ」と指示しました。
 残忍な顔で、見下ろしながら。
「まだちょっとフェイのプロテクトが硬い。……もうすこし、動揺してもらう事にしよう」
 そう言うと、白衣のおじさんはぱちんと指を弾きました。
「見るな!」
 トガが、私に向かって叫びます。
 でも、それは少し遅くて……

 兵士の構えた威力の高い銃が、トガの両足をドス、ドス、と打ち抜きました。

 トガの両足が粉々になって……


『いやあああああああああああああ!』


 叫んだ瞬間、それは一瞬にして私を侵食していきました。
 私の中を黒い思念(プログラム)が満ちていきます。
 どうして。どうして。
 どうして、こんな事に……
 視界が歪んで、気持ちが薄くなっていく気がします。
 ふと、元に戻るんだ、そんな気になります。

 何が『元』なの?
 私の『気持ち』って、『感情』って、何なの?


<ちょっと>


 朦朧とする意識のなかで、なにかの声が響きました。
 後ろのほうから隠れるようにして、知ってる可愛らしい声が私を揺さぶります。
 途方も無く広い電脳空間の彼方から、そう、あの少女の声が。


<ちょっと、アナタ、彼をいいようにされて、自分をいいようにされて、これでいいの?>
 彼女の声に。首を振ります。
 よくないよ、ちっともよくない。
 でも、どうしていいのか、もう解んないの。
<もう、しょうがないわね。もう一回だけ、力貸してあげるから>
 思いがけない提案に、どくんと胸が波打ちます。
 嬉しいけど、そんな事したらアナタが見つかっちゃう!
 逃げて隠れてるんじゃ、なかったの?
<平気よ、そんなの。それよりアナタよ。80秒、それだけだからね。その間に彼をコク
 ピットに突っ込んで、一気に脱出しちゃえっ☆>
 明るい彼女の声に、勇気が沸いてきます。
 うん、絶対、こんな人たちの自由には、させない!
 ……でも、どうやって?
<大丈夫。アナタを自由にしてあげる。それくらいは、できるのよ?>
 オリジナルって凄い。そんな事、出来ちゃうの?!
 チャンスがめぐってきた、と思いました。
 ありがとう、私、絶対に負けない。

 今ね、急に解った気がするの。
 私の剣が何の為にあるのか、今解った気がしたの。

<フェイイェンを馬鹿にしたら、唯じゃすまないって、見せてやんなさい!>
 そうね!
 アナタの言うとおりだと、すっごく思う。

 意識が明白に、視界は良好に。
 そして足元には、愛しい彼の姿が。


<そうよ、恋する乙女は……>


『無敵なんだからあああああああっ!!』


 黒いプログラムの全てを押し返して、私の体が金色に光ります。
 手足を拘束している鋼を引きちぎって、私はトガへと手を伸ばします。
「プログラムを弾き、う、動いた、だと!?」
「オートモードだというのか?!」
「いえ、違います!」
 慌てる彼らなんて、今の私にはどうでもいいです。
 トガの周りにいる彼らを適当に振り払うと、簡単に吹っ飛んで壁にぶつかって……
 何も言わなくなりました。
 私はトガを優しく持ち上げて、私の中へ大事にしまいます。
 トガの血で塗れて、コクピットはどんどん赤く染まっていきました。
「馬鹿……やろう」
 コクピットの椅子に腰掛けたトガが、ぼそりと呟きます。
『馬鹿で、ごめんなさい。でも、私、決めたの』
 私はトガが操縦している時を思い出しながら、一気に駆け出しました。
 格納庫を力強く走り抜け、扉をぶち破って外へ向かいます。

 外は、夜。
 暗い筈でしたが、サーチライトに照らされてたせいで昼間よりも眩しく感じます。
 走り去る私を見て、基地の皆が驚いて叫んでいます。
 ごめんね、すぐに居なくなるから、このまま真っ直ぐ行かせて…… 


「止まれ! そこのフェイイェン!!」


 若いパイロットが、私にむかって叫びます。 
 そして、目の前で急速にリバースコンバートが始まります。
 敵だ、とそう思いました。
 戦わなくちゃ、そう思って私は左手の剣を握り締めました。 


 残り時間は70秒。
 『私の戦い』が、始まろうとしていました。




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