『ねぇ、大丈夫?』
コクピットに蹲る俺に、あいつが心配そうに語りかけてくる。
「……黙れよ」
俺は振り切るように、低く唸る。
こいつは機械だ。戦う為に作り出された兵器だ。
なのに、いつの頃からかこいつは喋るようになった。
弾むような可憐な少女の声で、遠慮なく俺に語りかけてくる。
幻聴でもなんでもなく、『実際の声』で俺に話しかけてくるんだ。
俺の事が好きだとか、俺は絶対一番のパイロットになれるとか。
いつだって適当言うんだ。
喋らないで居て欲しい。
気がおかしくなりそうなんだ。
『ねぇってば』
「……」
『ねぇ、トガ……』
「俺の名前を呼ぶなって、言っただろ」
冷たく、ぴしゃりとあいつの言葉をねじ伏せる。
放っておいてくれよ。
俺はまた負けたんだ。
いい機体支給されて、期待されて。
だけどまた負けたんだ。
『トガ、大丈夫だよ』
「何が大丈夫なんだよ。今回のミスで降格だ。なにも大丈夫じゃねぇよ」
『ううん、そんなことないの』
なにが大丈夫なんだよ。
機械のお前に、何が解るんだよ。
『がんばってるの、私知ってるもん』
「みんな頑張ってるだろ」
『でもね、トガが一番私を気持ちよく使ってくれるよ』
「ほかの奴の方が上手いだろ」
『ううん、他の人、みんな乱暴だもん』
そういって、こいつは「ぷん」とふてくされる。
お前、機械だろうが。
「次のミッションでお前に乗るのは最後だ。降ろされるらしいからな」
ぐしゃぐしゃになった指令書を横目に、ぼそりとつぶやく。
するとこいつは一瞬だまって、そのあと全力で叫びやがった。
『え……、嘘ぉっ!?』
「うおっ、うるせぇっ」
『うそ、嘘だよね?』
「嘘じゃねえよ、次で最後だ」
『嫌よ、絶対いや!』
「お前が嫌でも、次の結果次第だ」
『うぅ、トガ、次こそはちゃんと全力だしてね!』
「俺はいつだって全力だ!」
『ひゃう!』
しばらくしたら、こいつは泣き始めやがた。
なんで機械が泣くんだよ。
どこにそんな感情プログラムがあんだよ。
『いやだよう、トガ以外の人に…乗って欲しくないよう』
「なんでだよ。俺が乗らなくなったら、お前痛い思いしなくてすむかもしれないぞ?」
『そんなの関係ないよう、だって』
「だってなんだよ」
『トガのこと、好きだもん……!!』
そういって、巨大な手で巨大な顔を覆い隠す。
んで、いやいやと顔を横に振るんだ。
なんなんだ、こいつは。
「ていうか、その好きってなんだよ」
『え、解んないかなぁ、ほら、あの』
「わかんねぇよ」
『……ぐすん』
だって、お前は機械だ。
な、だからそれ以上、言うなよ。
『私、実はね? あの日、オリジナルに会ったんだよ』
小さな声で、ぽつりと呟く。
ちょっとまて、オリジナルだと?
「まさか、ファイユーブ、か?」
こくん、と巨大な頭を縦に振り、こいつはそうだといった。
なんてこった、大事件じゃねえか。
『私の好きにすればいいって。機械が恋しても、いいじゃないって』
「……」
あぁ、こいつ、言いやがった。
俺に恋してるとか言いやがった。
「ますますお前に乗ってられねえ」
『な、なんで?!』
「お前は」
『うん』
「『機械』だぞ」
『……そうだよ』
「傷つけよ。お前を否定したのに」
『そんなのホントの事だもん。そのくらい、へい、き』
とか言いながら、また泣き出す。
あぁ、どうしたらいいんだよ俺は。
解ってるんだ。
俺だってこいつが嫌いじゃない。
出来れば傷つけたくない。
だけどお前に乗ってるから解るんだよ。
戦闘を怖がってる事も。
泣くのをガマンして戦ってる事も。
近接の間合いに入った瞬間凍るほど緊張して、それでも俺の指示どうりに動こうとする
事を。
「な、戦うの、嫌だろ?」
『そ、そんなことない』
――トガと一緒だから、戦える。
前にこいつは俺にそう言った。
あぁもう、なんだよ。
俺はお前を恨むぞ、オリジナル。
何でこんな事で悩まなきゃいかんのだ。
『私、頑張るよ。次は、勝とうね』
「――おう」
とりあえず、俺はまだ生きてる。
チャンスもまだある。
生きる為だ、やるしかない。
ついでに、この泣き虫の為にも。
仕方ないから、やるしかない。
「次は容赦なく近接振るからな。覚悟しろよ」
『ひぅっ、は、はいぃっ!』
「解ったな、……フェイ」
『うんっ!』
機械の少女はそういうと嬉しそうにぴょこんと跳ねた。
「いてぇ! 急に跳ねんな! 頭うっただろ!」
『あぁん、ごめんなさいっ!!』
「バカ、もうおまえには乗らねえ。乗りごこち悪すぎ」
『そ、そんなぁ!』
第三格納庫で繰り広げられる他愛も無い会話。
それは、誰も知らない、二人だけの秘密の時間だった。
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