『解体屋-2-』

 警視庁特殊装備捜査課に所属する刑事は全員がサイボーグで、課長の石手川を筆頭に所属する刑事の脳以外は人工物だ。
 その為か、石手川が自らスカウトした刑事全員がどこか人とずれた感覚の持ち主ばかりなのは偶然じゃなく必然なのかもしれない。
 年に1度メーカーで行われるフルメンテナンスで、精神科医から必ず聞かれる「現在死を望んでいませんか?」という質問に鼻で笑って「全然」と返す面子しか居ないのだ。
 むしろ、そういう強メンタルの者しか現行の増殖細胞による再生治療を望めないほどの肉体損傷を負い、緊急かつ最終手段として全身サイボーグ手術を受け、その後の一生を絶望する事無く機械の身体で生き続けられないのだろう。
 全身サイボーグ体の自殺率は生身の健常者に比べて非常に高い。
 但し、リハビリを完全に終えて社会に復帰してからの自殺率はそれ程多くない。大抵は最初の1年の間に死を希望する。次に年数に比例して。
 生身の健常者と同じ人生を歩みたかった者は、時に物のように扱われる事に心が折れて、また、やり残した事を終えた者は満足して自らの意思でこの世を去る。
 一方、警視庁特殊装備捜査課刑事は、最低でも10年以上全身サイボーグ体として生きていて、1番若くて28歳、最年長で56歳、平均が40代前半の少数精鋭だ。……という事になっている。
 半年前までは将来的に全身サイボーグ化予定の部分サイボーグ体の宮田稔が居たが、異常なAIが操るロボットの手により死亡した。
 それ以降、幸か不幸か事務職以外のメンバーの移動も増減も無い。
 課の刑事が増える=最近殉職しなかった全身サイボーグ刑事が居るか、元々の職業は刑事では無かったが、全身サイボーグ化をしなければならなかった人が、何らかの事情で以前の職に戻れずに困っているのを、課長の石手川が能力や人柄を見てスカウトをして連れてきたという事なので、特殊装備捜査課の刑事は「来たら歓迎。来なかったらそれはとても良い事」と思っている。
 そこで、決して自分達は不幸だと思わない辺りが、他の部署から身体が機械に変わる前から頭痛薬や胃薬の要らない奴らと言われる所以だろう。

■■■

 定例報告会にて最近管内で発生した事件の経過説明が課長の石手川からされている。
「先月発生した自称アンノウン団による連続器物損壊及び傷害事件の顛末だが」
「確か犯人は18歳未満の同じ技術学校に通う子供ばかりだったって奴らでしょ」
「あー、あの愉快な仲間達」
 元狙撃手の古町が問いかけると音のエキスパート山西が茶化す。
「監視カメラに干渉して自分達を全方位モザイクにして、誰だか判らなくしようとしたってアレな連中ですか? 被害者や通りすがりの人間に全身迷彩柄タイツの変態って記憶されてたという」
 元護衛官の清水が問いかける。
「普通に集団馬鹿じゃね?」
 全身強化筋肉自慢の立花が鼻で笑う。
「義務教育どころか幼年学校からやり直し案件だ。担当教師も頭を抱えたそうだ」
 最近メンテの度に少しずつ身体を強化して再現型詐欺と陰で言われている立花愛がなんでそうなるのかと顔をしかめた。
「……そこは空気を読んで合わせろよ。愛」
 つまんねえ奴だという顔をする立花に目を据わらせた愛が即答する。
「嫌だ」
 部下が一通り言いたい事を終えたのを確認して石手川が続ける。
「……とにかく。捜査第2課とサイバーセキュリティ第2、3、5課が合同で公共監視カメラへのハッキングを解除して全員逮捕された」
「という警察発表をマスコミが報道しましたね。背後に居たテロ未遂や政府への不満分子を捕まえる罠だったんでしょう。後情報が無いので今回も蜥蜴の尻尾切りで終わったみたいですが」
 何度か似た案件が有ったので清水がまたかという顔になる。
「あれは不定期的にやりますよね」と山西。
「セキュリティ課の新人の研修兼ねてるって噂は本当ですかね?」
 事前に署内に告知は無かったはずと古町が記憶を巡らす。
「警察の裏事情を知らない怪我人が気の毒だろ」と立花。
「犯罪防止監視カメラにハッキングしてくる愉快犯が無くならない限り続くんでしょうね」
 山西がここ数年の類似犯罪を全員が見えるモニターに表示させる。
「多少の羽目外しが合法的に認められている電脳世界で遊んでりゃ良いのに」
 現実でやるのは迷惑だと立花は嫌そうに首を振った。
「医療機関のリハビリを除くダインビング式ゲームの連続接続時間が最大18時間に規制されてから増えたんでしたね」
 清水が指摘すると、愛が同意を返す。
「徹夜上等、もっと遊ばせろと馬鹿が暴れたんでした」
「20世紀から端末を取り上げると家庭で暴れるからとほったらかしたあげく、何人も餓死者衰弱死者が出たと記録が残っているんだがな。成人済みも多いから、親の育児放棄が原因だとは思いたくないんだが」
 石手川は人類の成長が見えず嘆かわしい事だと纏めた。

■■■

「次の議題だ。警視庁が導入を進めている刑事個別のパートナーAI、支援、ガーディアンロボットについてだが」
「……ガーディアン、前々から指摘してますが、うちに要りますかね?」
 素朴な疑問を立花が投げかける。
「少なくとも再現型の私や愛には必要だろう。他のメンバーにも強化しきれていない部分を支援できるカスタマイズタイプを順次導入する予定だ」
「順次って事は、愛が最初ですかね」
 以前から分析用サポートAIの強化希望を出していた山西が残念そうな声を上げる。
「危険性と緊急性ではそうなるな」
「そういうのは高齢で強化部分の少ない課長の方が」
「馬鹿を言え。毎日現場に出ているお前が先だ」
 見た目に反して面倒くさがりの愛が提案すると、被せ気味に石手川から一蹴された。

 百年以上も前から日本では労働のロボット化、作業のIT,AI化は始まっていた。
 警視庁でも過去犯罪、証拠のデータ化による検索作業の簡略化、捜査の進捗状態の共有化と迅速なレスポンスは進んでいた。
 しかし、実際に捜査に当たっている警察官にはロボットによる補助はほとんど付いていない。
 様々な産業や行政、サービスで導入されていて認知もされているにも関わらず、ロボットを直接被害者の前に出すと馬鹿にされていると憤慨する人が一定数居るからだ。
 犯罪者に対してもロボットを見ると過剰な破壊行為に走るので、業務妨害と器物損壊にしかならないからと対爆発物、テロリスト以外でロボットが導入される事はまず無い。
 しかし、ここ十数年国民のデータベース化が一気に進み、あらゆるシーンで国民が個別IDを使い、ドローンや防犯カメラ、自動清掃ロボット等が当たり前のように街中を巡回するようになると、これまで多かった交通違反、障害、盗難等の犯罪が激減し、その代わりに反政府運動や愉快犯、現行システムに反対するテロ、殺人などが増えた。また、あらゆるサイバー犯罪も激増した。
 その為、警視庁はサイバーセキュリティ課、IT課を設立し、24時間体制でネットワークを監視し、犯罪報告に即時対処するようになった。一般には彼等は非現実的交番とかネットお巡りとも言われている。

「警視庁の全部署でアンケートを採ったが、実寸人型ロボットが1番人気でかつ1番否定が多かった」
「あー」
 察したように同時に全員から声が上がる。
 石手川は小さく咳払いをすると手元のモニターに視線を移す。
「強化人間と一緒にされたくないと苦情が絶えないのはうちのせい……ばかりじゃないぞ。命の危険が大きい任務はできる事なら人型ロボットにやらせたい半分、ロボットに仕事を盗られたくない残り5分の3、更に残りがロボットは威圧的になる為国民の理解が得られないだ」
「つまり、命が惜しい半分、金と警察官の面子の問題と」
 正直に立花が指摘すると、「立場より国民の理解だ」と石手川が厳しい顔で訂正する。
「何を今更」
 と、過去に要人を庇ってテロリストが乗った車に跳ね飛ばされ、内蔵と手足を再生不可能なまでに破壊された清水が笑う。
「犯罪者から刑事の身を守る為のガーディアンでしょう。ロボットだけに犯罪捜査をさせる訳でもなく、あくまでロボットは支援と決まっています。これまで何年も話し合ってきて決まった事をまた蒸し返しているんですか?」
 愛が問いかけると山西が苦笑する。
「どこも辛い過去や事情があるからな。人型ロボットでは守れないテロも有る」
 彼もまたテロリストの音波爆弾によって耳を潰され、身体の神経系を再生不能なまでに破壊された。
 出所したばかり犯罪者に警視庁前で両目と両手足を潰された古町の例も有る。
 警察機構に属していなかった頃に立花は軍倉庫の事故に見せかけたテロで爆弾が誘発して身体の50%を失った。
 幼い頃に異常行動を起こした清掃ロボットに身体を喰われた愛と、職務中に死亡寸前の犯罪に遭った他のメンバーは事情が違う。
 石手川は自分の事を語らないが、バスハイジャックをした犯人が運転席を破壊した後に自殺して、暴走するバスから人質にされた子供数人を抱えて飛び出した警察官の話は有名だ。警察官はたまたま非番でバスに乗り合わせただけだったが、一時は国中から英雄と称えられた。救われた子供達は幸い軽傷で済んだが、彼等を庇っておろし金で摺り下ろされたような身体になって大量出血し、全身骨折した若い警察官は奇跡的に命を取り止めた。しかし、全身サイボーグとなり、夫の変わり果てた姿に嘆き泣き続ける妻とは、まだ子供が居ない事を幸いに離婚した。
 飄々としている山西、古町、清水は独身だったが、サイボーグ化前はそれなりに浮名を流したと、真偽はともかく自己主張しているので、脳だけが生きて今も幸せかと聞くのは難しい。彼等は身体の手入れが面倒臭いと疑似性行為機能は排除しているのだ。
 時々、和やかにオタク人生は楽しくてと言い出すので、終業後や休日に何をやっているのか聞くのが怖いと人工筋肉トレーニングが趣味の立花と、実は映画、読書好きの愛は思っている。


「あくまで初期テストだが、うちには極めて精巧な人型ロボットが導入される事になった。これが上手く行けば他の部署でも導入されるかもしれない」
「都合の良い盾としてですか?」
 目的は理解してもあまりやりたくないと愛が顔を顰める。
「ガーディアンロボットに対してどう考えどう接するかは君達次第だ。間もなくこの部屋に来る」
 石手川は一旦言葉を切り、視線を手元のモニターに移して顔を上げた。
「先に言っておく。私でも無いはずの心臓が痛くなった。君達も十分気持ちを強く持つように。それでは入って貰う」
 気持ちを強くとは? と全員が首を傾げていると、石手川の横のスライドドアが開いた。
 以前、宮田の担当技師として特殊装備捜査課にも訪れた衣山と、あと1人、その男が入って来たと同時に部屋のあちらこちらから何かが破壊される音と「いてえっ」という小さな声が響いた。
 半年前に死亡した宮田稔が、生前の姿のままそこに立っていた。


 握りしめられて歪んだ金属製机が2台、手に持っていたペンが飛んで突き刺さり壊れたモニターが1台、転んだ拍子に折れた椅子が1脚、机の上に有った物が全てぐしゃぐしゃに粉砕されていて何が壊れたかすら判断できない席が1つ。
 聴覚に特化した山西を慮ったのか、刑事としてのプロ根性からなのか、誰も叫び声は上げなかった。
 被害額を思うと石手川は溜息を吐きたくなったが、彼等の反応は当然と言えた。
 極小さな声で念仏を唱える声やあちらこちらからうめき声がしたのは仕方が無い事だろう。
 入ってきた2人に中央を譲って石手川は壁際に控えた。
「どうぞ自己紹介を」
「あ、はい。お久しぶりです。国立医療用義肢研究開発法人全身研究部製作課の衣山です。皆さんお元気そうで何よりです。紹介します。君」
「初めまして。再現型アンドロイド宮田稔モデルZ号です」
「初めまして?」
 机を壊した清水がやや震える声で問いかける。
「はい。僕という個体が皆さんにお目に掛かるのは初めてですから。僕の外見モデルになった宮田稔の記憶メモリは、ご両親とこちらの高浜愛さんのご希望によりすでに削除されています」
 ちらりとロボットから視線を向けられた衣山が小さく頷く。
「彼は宮田さん用に用意した医療用ボディを改造したものなんです。使われる事の無かった初代にして唯一のモデルです。他は有りません」
 大量生産された宮田は居ないと聞いて、どこかほっとした空気が部屋の中に流れる。
「改造した時点で顔くらいは別の物と変えた方が良かったのでしょうが、宮田さんの遺言が残っていまして、もし、自分がなんらかの事情で死亡した場合、ご両親にお礼とお詫びをしたいと画像と音声データが記録されていたのです。そこで、我々は遺言データを彼に移植して、ご両親に面会しました」
「それはかなり悪趣味だぞ」
 古町が憮然とした顔になる。
「倫理的に元データのホログラムのままご両親の手元にという意見も有りました。しかし、我々としてはせっかく作られた彼を使用しないまま別個体にする事に抵抗が有りました。あちらがお望みならば彼をそのままご家庭に置き、話し相手や手伝いをするハウスキーパーとしての道も有るのではないかと。事前に何度もご説明させて頂いたのが功を奏して、彼と会った父君は動揺しつつもなんとか彼を受け入れてくださいました。しかし、母君が彼の顔を見た途端に強く拒否された為、遺言だけお伝えして引き取りました」
「親なら当たり前の反応だろ。死んだ子供の姿をしたロボットだなんて」
 壊れた椅子に無理矢理座り直した立花が吐き捨てるように言う。
「倫理委員会も同じ結論を出しました。ご両親には大変申し訳ない事をしてしまったと。ですが、身も蓋もない事を言うとですね、彼の外見はあなた方と同様にとても高価なんですよ。皆さんもご存じのとおり、宮田さんは脳の病気で全身サイボーグ化を希望され、顔だけは生前のまま違和感をもたれないようご本人から型を取り、産毛や細かい皺や肌の質感まで顔を再現しました。顔だけで普通の汎用ロボットの5倍の価格です。未使用のまま破棄はありえません。ボディの方はメモリ保護の為に強化特化型の立花さんより丈夫な外装で作りました。日常生活で人混みで違和感が無いレベルで調整していた四肢は、こちらに導入するに当たって運動性能を上げています。皆さんの盾として十分勤務できるはずです」
「……それでも、ここに連れてくるのに宮田の顔をそのまま使う必要は無かったはずだ」
 滅茶苦茶になった机に俯せて愛が絞り出すような声を上げた。
「宮田さんと仲の良かったあなたならそう言われるだろうとは思いましたし、生前の宮田さんを知らない場所に彼を派遣する話も出ていましたが、宮田さんからのこちらの皆さんへの遺言も有りましたので彼をこの姿のまま連れてきました」
「遺言?」
 誰とも無く呟きが漏れ、衣山が宮田稔モデルZ号に視線を向けた。
「はい」
 宮田稔モデルZ号は1歩前に出て口を開いた。
「警視庁特殊装備捜査課の皆様、宮田稔です。今日はこちらに配属されて85日目です。皆様には本当にお世話になりました。
 石手川課長はご存じですが、実は僕は病気が発覚してから人生に絶望していました。
 医師からは治療方法は有るが、消えてしまった記憶は元通りにはならないと何度も念を押されました。治療の過程で脳以外の身体を失うとも。それでも、僕に少しでも生きたいと思う気持ちが有るのなら、全力で協力すると言って貰えました。
 しかし、たとえ治療を終えても元の部署の警視庁広報課に僕の居場所は無いと宣告されていました。小さな子供と接する機会が多い部署には機械の身体ではどうしても気付かれ警戒されると。
 大人ならばサイボーグ体を気遣ってくれるでしょう。しかし、義務教育課程の幼い子供では最悪玩具にされてしまうだろうと。教育現場や交通課の広報で同様の事例が絶えないので、僕の身を按じてくれていたのです。
 僕は警察を辞めて重度障害者向けの仕事に就くことを考えていた時に石手川課長にお会いしました。石手川課長は手術後の僕が手に入れる身体に大変興味を持ち、良ければうちに来ないかと言ってくださいました。
 僕は唯一の希望の光だと思いました。人の役に立ちたいと願い警察官となったのです。これまでと職場は違っても人の日常を護る仕事に戻れるのだと感謝しました。
 リハビリを終えて特殊装備捜査課に配属されて、ベテランの清水さんの下で一から教育をし直されました。警察学校から広報に配属された僕は捜査の素人だったからです。
 清水さんはいい年をして新人と変わらない僕に呆れる事なく教えてくださいました。山西さん、古町さん、立花さんも、僕が質問をすると丁寧に答えてくださいました。
 研修後は愛さんの下に付きました。愛さんは僕より年下なのにとてもしっかりしていて、再現型サイボーグでしか入れない危険でかつ正体を隠さなければならない現場に多く出ていました。
 愛さんも右も左も判らない僕に事細かく教えてくださいました。愛さん曰く、僕の体質で説明は1度で済むから楽だそうですが」
「すげー愛らしい」
「うん」
「……」
「僕はとても幸せです。毎日が楽しいのです。ですが、何時何が有るか判りません。なので、皆さんにこの言葉を残します。心から感謝しています。ありがとうございました」
「……っ」
 声も無く愛は泣く。石手川も清水も古町も衣山も立花も目を閉じて涙を堪えた。
「以上です。宮田稔さんの遺言を消去しました」
「は?」
 全員から訳が解らないという声が出て、衣山が説明する。
「宮田さんの遺言に有りました。1度再生させたら消して欲しいと。お礼をちゃんと言いたかっただけで何度も聞き返されたくないのだそうです。また、これも遺言に従い宮田さんの生身の脳は、治療不可能な難病指定のサンプルとして国立医療研究所に納められています。今後同様の症例が出た時に役に立てて欲しいと。現在、治療方法の研究が進められています。それ以外は荼毘に付してご両親の元へ返されています」
「……み や た お ま え っ て や つ は ……本当に」
 我慢の限界と立花が机に両手を付いて顔を埋めた。
「前向きな奴らしい選択だな」
 清水は苦笑いをして目を閉じた。
「こういうのは気持ちの問題だからなあ。よくご家族が認めたな」と古町。
「1番優先される本人の遺言なら仕方ないでしょ」と山西。
「それで、……えーと、なんて呼べば良いんだ? 宮田の姿をしたお前はこの後どうするんだ?」
 愛が問いかけに衣山が答える。
「彼は警視庁特殊装備捜査課の業務用にカスタマイズ済みですが、皆さんが少しでも嫌だとおっしゃるなら現在のメモリは全て消去し、全く違う場所で働いて貰います。大変賢く丈夫で素早いので行き先候補は多いので心配は有りません」
「お前自身はどうしたい?」
「僕に聞いているんですよね?」
 宮田稔モデルZ号がまっすぐに愛を見つめる。
「そうだ」
「できればこちらで働きたいです。僕はその為に身体も記憶データも作られています」
「この外見だ。1番違和感の無い愛の下に付かせる予定だぞ」
 石手川に言われて愛も頷く。
「分かっています。お前の名前は?」
「現在は有りません」
「分かった。これからお前の名前は民谷(たみや)だ」
「分かりました。僕の名前は民谷です」

 民谷?

 宮田(みやた) → 民谷(たみや)

「……………………」

「愛、そいつを独立した1体として認めてやりたい気持ちは解るが、もう少し捻ろうぜ」
 立花の突っ込みに愛と民谷以外の全員が頷いた。
 ごまかし見え見えの赤面で咳払いをした愛が顔を上げる。
「衣山さん、民谷の髪型は変える事は可能ですか? できれば警視庁内で民谷の顔で騒ぎを起こしたくないんですが」
「やっぱり同じ場所で亡くなられた方と同一の顔は不味いですよね。色を少し変えてカットくらいならできますね。彼の場合は顔のスペアも有りませんので極力大事に使っていただきたいです」
「本当にベータ版なんですね」
「正直に申し上げるとその通りです。警視庁から頂いたガーディアン用の予算では彼クラスの完全新作を作るには足りないんですよ。特に、あなた方特殊装備捜査課の皆さんは度々身体を壊す金食い虫なので、うちの、国立医療用義肢研究開発法人内のブラックリストに常に入ってます」
「その分、随時動作負荷データを提出しているはずですが」
 清水の指摘に営業用の笑顔を貼り付けた衣山が反論する。
「そういうのはすでに装着型パワーロボットを導入している軍や特殊急襲部隊でも十分足りてますから。良いですか? なんで聞き込み中に犯人に大型自動車に撥ねられるんですか。なんで張り込み中に高所から転落するんですか。なんで窃盗犯を追っている最中に、マシンガンを持ったテロリスト相手に撃ち合いしちゃうんですか。なんで体重100キログラムを超えるロボット軍団とバトルするんですか。あなた方、絶対とっくに人間止めてるでしょ。医療用サイボーグという名称を舐めてんですか?」
 興奮気味にまくし立てる衣山を相手に、返す言葉を持たない全員が沈黙した。
 そして、生まれた時からIDで管理されている所に監視カメラが有る状態で、自暴自棄になりやすい犯罪者と対峙する事の多いこの時代の警察官には、ガーディアンロボットという強力な盾は必要だと痛感した。自分達のような者を増やしてはいけないのだ。
 それと同時に、やっぱりサイボーグ体の自分達にガーディアンが要るのかという素朴な疑問は、石手川が怖いので口に出さなかった。

■■■

「古町さん、先日の監視カメラ異常動作に関する報告書は、公式書式に直しておいたので確認して提出をお願いします」
「助かる」
 モニター前で作業を続けながら報告する民谷に、やはり作業を続けながら古町も答える。
「立花さん、そろそろ出ないと事件検証を兼ねた軍の講習に遅れますよ」
「お? しまった。追加の資料纏めてて時間セット忘れてた。サンキュ」
 民谷の指摘で作業を中止して立花が立ち上がる。

 民谷が配属されて1週間が過ぎた。
 短くカットし、ダークブラウンだった髪の色はダークグレーに、本来なら必要ない警視庁職員用データ通信眼鏡を装着し、宮田が愛用していたスーツではなくより動きやいブルゾンに、靴もランニング用をと地味なイメージチェンジをした結果か、他部署から不審に思われる事無く過ごしている。
 1番の違いはあまり笑わない事かもしれないと、民谷の横に座っている愛は感じていた。
 聞き込みなどで外出しても、ほとんど愛以外とは話さず愛の1歩後ろをつかず離れずで歩いている。
 笑顔を絶やさなかった宮田と印象が違いすぎるからか、民間からも慣れていない新人と受け取られている。
 これはこれで良い事なのだろうと愛は思っていた。
 宮田の悲惨な死を思い起こさせるような状態は誰も望んでいない。
 民谷もそれをよく承知しているようだった。

 手元のモニターから視線を上げて、愛は民谷に声を掛けた。
「明日からの警察学校への出張講習だが、私とお前が行くことになっている」
「はい。場所情報、講習内容についてはインプット済みです」
「行動が早くて助かる。現在警視庁が進めている支援、護衛ロボットについての話だが、民谷自身が話してみるか?」
 即答の多い民谷が珍しく逡巡して視線を愛に戻す。
「最終的には高浜愛さんの判断と指示に従います。ただ、1つだけ僕の方から情報を。これは課長からの資料や指示書には書かれていません」
「うん。何だ?」
「講習を受ける生徒の中に……あ、データを直接送ります。受け取っていただけますか?」
「……承知した」
 民谷の言う意味を理解した愛は首筋から出した細いケーブルを民谷に差し出した。
 民谷もそれを自分の頭部に接続する。
 ほんの数秒で愛の視界に講習参加者の名簿と個人のデータが表示され民谷との接続がカットされる。
 名簿内の1人に警視庁には無い国立医療用義肢研究開発法人のデータが添付された。

 梅本遙香(うめもとはるか)21歳。
 実家に母親。兄弟無し。
 父12年前に死亡。
 死因自殺。
 経緯:元警察官。職務中の事故で全身の半分を失う。
 全身サイボーグ化したが手術後3ヶ月目の退院1週間で自殺を選択。
 理由は不明。

 愛は数回瞬きをすると民谷に視線を戻した。
「……ああ。解った」
 真っ直ぐに愛を見つめながら民谷は口を開く。
「当時父親は頑なに理由を言わなかったそうで事情は解らないままでしたが、僕が前に出ると彼女のトラウマが誘発されるかもしれません」
 人間そっくりに造られているロボットですし、嫌悪感を抱く人もと続ける民谷に愛が小さく首を横に振る。
「それはむしろ……。うん。私の方だろう。何せ父親と同じ全身サイボーグだからな。特殊装備捜査課刑事の全員がサイボーグなのは有名だ。だが、すでに研修日程は決められている。避ける訳にもいかないし、遺族もこれから先を考えれば納得して貰わないと、警察官になる本人が後々困るだろう。医療の進歩で数は減っているが、まだまだ警察という組織は再生治療が間に合わずに部分サイボーグ化される患者が多い。後々を考慮して全身クローンが認められれば良いんだが、今の世界では無理だろうな」
 苦笑いをする愛に民谷も同意の意思を返す。
「全身クローンは今も命を弄ぶ行為と言われていますからね。その為の僕達です。あなた方は絶対に護ります」
「ああ、期待している」

■■■

 その日の夕刻、帰庁中の立花から検証のレポートが特殊装備捜査課に送信されてきた。
「今度のテロリストは性格がねじ切れている」という珍しい愚痴込みで。
 部屋に残っていたメンバーはここ数日起こっているロボット爆破テロの追加情報に目を通した。
 ここ最近、単独行動中のロボットを狙った爆破テロ事件が発生している。
 爆発は時間帯を問わずで割と開けた場所であるのが特徴だ。
 狙われているのは主に清掃、点検、営繕を担当し、学校や病院の近くを活動拠点にしている子供や老人に警戒されにくい人型のロボットだ。
 どういう手段か監視カメラに爆弾設置の現場は写ってはいない。
 しかし、小規模爆発とはいえ確実にロボットは破壊されている。
 事件は早朝から深夜まで発生する。場所もまちまち。
 共通しているのは普段は人がごった返しているのに、爆発する時は周囲に人は居ないこと。家屋に被害が出ない屋外であること。強いて上げれば平日が多いこと等だ。
 ロボットに爆発物が接着してある場合も有れば、ゴミと分類された爆発物を清掃ロボットが持った直後に爆発した場合もある。
 このような被害の小ささから特殊装備課としては、愉快犯と今後大きなテロを起こす前のテストである可能性も含めて調査している。
 昨晩は軍の施設入り口に常駐している営繕ロボットが爆破された為、立花が古巣に調査に出向いていたのだ。
 全員がほぼ同時に報告書に目を通して顔を上げる。
「どう思う?」
 立花から聞かれて清水が首を傾げる。
「正直なところ、段々目的が判らなくなってきた」
「あ、俺も同感。テロっていうより、もの作りの技術はあるのに常識の足りない子供の悪戯に近いというか」
「同感だ」
 衣山が言えば山西や古町も頷く。
「人に似たロボットは破壊しまくっているが、いかにも機械ですという外見のロボットや人は全く傷つけていないだろ。ロボットが最終目標じゃないかもしれない。旦に犯人が人型ロボットが嫌いな可能性も大だが」
「つまり、最終目標は人や建造物でも無ければ、ロボットと共通要素の多いサイボーグかもしれない? 私達も人間なんだが」
 愛の指摘を受けて全員が嫌そうに顔を顰めた。
 自分達が暴走したAIが操るロボット軍団と戦ってからまだ半年しか経っていない。
 あの時は1番狙われた愛の身体は修復不可能で新造せざるを得ず、立花と清水もあちこちが壊れた為にメンテナンスで数日仕事にならなかった。
「終身の半身以上のサイボーグ体は軍、医療機関、福祉、警察組織に多い。目的が見えない以上、用心するよう通達は出すべきだろう」
 石手川がそう締めくくり、立花が過去のデータを纏め、民谷が報告書を作成し、清水がチェックをして、各関係機関に送られた。

■■■

 翌日、愛と民谷は都内の警察学校に講師として呼ばれて来ていた。
「警視庁特殊装備捜査課の赤佐です」
「同じく多那波です。今日は宜しくお願いします」
「先生、どちらも偽名臭いんですが?」
「偽名ですから」
 ひでえ! という笑いを含んだ学生達の声を聞きながら、愛と民谷は微笑んだ。安全性の問題から、講習会などの現場では警察官の本名は名乗らない事になっている。
 学生達もそれを知っていてあえて突っ込んでいる。真面目な話に入る前に少しでも気分を和らげようとしているのが判っているので、担当教官も何も言わない。
「今日は特別講義という事で、現在警視庁で導入を進めているガーディアンロボットについて、皆さんにも知って貰います」
 愛は一旦言葉を止めて、教室全員の顔を見回した。
「皆さんがこの学校を卒業して警察組織に入る時には、全てでは有りませんが危険の多い部署には導入されていると思います。初めての事なので当然疑問や不安は有るでしょう。前半は説明を、後半は質疑応答にしたいと思います」
 基本的に愛が主導で話し、民谷がそれを補足しながら学生達の反応を記録する。
 数年以内に警察官として配属される警察学校の生徒が、自分達の命を護るガーディアンロボットに拒絶反応を起こすようでは本末転倒になるからだ。
 しかし、将来警察官になるからと言って、全員が人そっくりのロボットに拒否反応を起こさない訳では無い。
 子供やお年寄りの場合、いかにも機械という外見のロボットを見ると、おもちゃと混同するか、気味が悪いと怖がるかの二択に分かれやすい。
 清掃等雑事、移動の補助から周囲の警備まで、自分達の日常生活に必要な物だと思う前に拒絶して破壊したり泣きわめく事も少なくない。
 その為、育児用や介護用ロボットは極力人に近く高性能のロボットが充てられている。
 逆にそれ以外の公園や公共の場所では丈夫さが売りで一目でロボットと知れる個体が使われる事が多い。
 簡単に言うと「機械のくせに紛らわしい真似をするな」という事らしい。
 接客が中心のサービス業では見目の良い若い男女のロボットが導入されているので、人間の我が儘さは際限ないのかもしれない。
 愛からすると、ロボットの外見と自分の生活や命とどっちが大切なんだと言いたくなるのだが。
 愛自身が量産型の見た目特化型でかつ内部強化型全身サイボーグであり、元を成長させて再現した顔以外は、いわゆる夜の仕事用ロボットが原型なので、「どれだけスタイルが良くても所詮量産型機械」と口さがない人達から陰で言われ続けているので、だったらどうしろとと悩む時代はとっくに通り過ぎている。
 また、自分と清水達とは経緯が全く違うので、今回のような内容で公式の講師役を自分がやっても良いのかと疑問に思うことも有るが、生身の人間にとって愛が1番抵抗が少ない外見をしているので文句を言っても仕方が無い。
 普段の10倍増しで軽快に話す愛に民谷は温かい目を向けつつ、質問や疑問が有りそうな学生をピックアップしている。
 基本的に警察学校の生徒達は疑問を疑問のまま残さないが、たまに議論が白熱して質問しそびれる学生が出るのを過去データで知っているからだ。
 それと、民谷は昨日愛に報告したトラウマ持ちかもしれない少女を多く視界に入れていた。
 医療サイボーグに関して厳しい教育を受けている愛がそうそう失言をするとは思えないが、何がトラウマの起爆剤になるかまでは判らないからだ。
「それではデータで見てみましょう。左上の表を見てください。ここ10年、勤務中及び、事件に関連して死亡した警察官は全体の……」
「次に負傷して一時的に部分サイボーグとなり、再生医療を経て職場復帰をした警察官は……」
「最後に全身サイボーグとなり、職場復帰をした警察官はわずか7名。全員が警視庁特殊装備捜査課に勤務しています」
「という事は、赤佐さんと多那波さんも全身サイボーグなんですか?」
「ふふふ。それはどうでしょう?」
「そーですねぇ。どう見えますかねぇ」
 学生の質問に愛が”良い”顔で笑うので、民谷も合わせたが内心では緊張していた。
 愛はともかく自分はサイボーグですら無いロボットなのだ。
 過去の事件を読む限り、余程の事が無い限り愛にガーディアンロボットは要らない。
 しかし、特殊装備課捜査課の中で1番死にそうなのも愛だと言われている。
 完全再現型の石手川は人並みの体力や丈夫さしか持っていないが、現場に出る事が滅多にないので、心配は要らないと本人と衣山から言われていた。
 愛以外のメンバーは全身強化特化型の立花、全身強化とスキル特化の山西と古町、再現型に見せかけて実は対テロ用ロボット並の構造を持つ清水と、本当にガーディアンは要らない組しか居ない。定期メンテナンスの度に少しずつ強化をしている愛だけが中途半端なのだ。
 半年前の惨状を見た国立医療用義肢研究開発法人全身研究部製作課は、本人には内緒で愛用のフル強化義肢も用意して愛本人が望めば即時導入する気でいるが、愛が何故全身サイボーグにならざるを得なかったのかも知っているので、使わずに済むのならそれにこした事は無いとも考えている。

「……このように、あなた方が正式に警察官になった時に、少しでも危険を回避できるように作られたのが今回のガーディアンシステムです。どういう形態のガーディアンが実際に配属されるかは、まだ試行錯誤段階で決まっていません。部署によって必要とされるスペックも変わりますから。できるだけ早くテストデータを集めて実用化する計画です。説明は以上です。これから20分間休憩にします。その後またここで後半の質疑応答に入ります」
 そう愛が纏めると、教官から「15分後には教室に戻れるように」と指示が出て、立ち上がった学生達はざわめきながら教室から出て行く。トイレや水分補給など気分転換は必要だ。
 普段あまりしゃべり続けない愛もさすがに疲れたと持ち込んだ水を飲む。
 水だけならそのまま体内で分解され気化するだけなので身体に負荷が無い。
 また、口から直接摂取する事で、なんらかの食事を摂ったという疑似実感も得られるので、生身の脳もリラックスができる。
 愛が1日1回だけあえて摂っているコーヒーは、後で成分の分解と内部機関の洗浄が必要になる為多くは摂れない。
 しかし、一切食事をできないと事情を知らない人から怪しまれる為、リアルな再現型は普通の食事も可能だ。
 生身ならば必要の無い後始末を怠らなければという注釈はつくが。
 因みに、サイボーグ体はやろうと思えば生身以上に食べ続ける事もできるが、生身の人間の排泄にあたる行為は、サイボーグ体にも生身の人間にも酷く評判が悪い。
 食べた物がごちゃ混ぜに分解乾燥固形化された状態で下腹部から排出される為、「とても安全なのでお湯で戻せば食べる事ができますよ」と言われても、誰も食べたがらないのは当然だろう。
「あの……」
「はい?」
 愛が振り返ると愛より身長はわずかに低く全体的に細身であるが、警察官となるべく鍛えられていると判る筋肉骨格をした若い女性が立っていた。
『愛さん、その人が梅本遙香、昨日話した自殺者の遺族です』
 民谷は講義前に配布したデータに目を落としているふりをしながら、愛に情報を告げる。
『分かった』
「なんでしょう?」
 外向きの講師用の笑顔を貼り付けたままの愛が問えば、梅本遙香はやや遠慮がちに上目遣いで愛と視線を合わせた。
「先生にお聞きしたい事が有りまして、今お時間良いですか?」
「先程の講義内容であれば他の方にも参考になるので、休憩後にお願いしたいのですが」
「いいえ。そちらではなくあなた個人にお聞きしたいのです」
 愛は内心で一瞬だけ身構えたが、表情には出さす頷いた。
「どうぞ」
「警視庁特殊装備捜査課の方の皆さんはサイボーグだと聞いています」
「はい。捜査に当たっている職員はそうですね。事務員には部分サイボーグや生身の方が居ます」
「そうですか。……えっと、その、……大変聞きにくい事なんですが」
 余程言いづらい事なのか、梅本遙香はやや頬を赤らめ聞く人も居ないのに声を潜めた。
「サイボーグの方は警視庁内部で嫌がらせとか差別とかされてませんか?」
「無いと言えば嘘になります。しかし、有ると言えば、……正直微妙です」
 愛の返答に梅本遙香は意味が解らないと首を傾げる。
「微妙……ですか?」
「はい。なぜなら、「機械のくせに」はその通りですし、「疲れないから効率が落ちないのは卑怯」と言われても、実際は脳の疲労は生身でもサイボーグでもあまり違いが無いからです。体力差はたしかに有りますが、生身同士でも性別、身長、体重、体格、知能差も有ります。その上に環境差があり、それまで本人がどう過ごしたかの違いもあるのですから差が出るのは当然でしょう。残念ながらサイボーグであるというだけで嫌悪する人も居ますが」
 愛は一旦言葉を切って、にっこり微笑んだ。
 遠回しであれ直接であれ、病院付属学校卒業後の大学時代から嫌みは言われ慣れているのだ。
「正直、私達からすれば「それがどうした」です」
「……え?」
 意外だという顔をする梅本遙香に愛は畳を掛ける。
「躾のなっていない子供がデブ、ハゲ等、身体的特徴を論うのと何が違いますか? 言った人の程度が知れるだけなので相手をしなければ良いだけです。しつこく暴言を吐き続けたり、障害を働いた場合は、法的に訴える事もできますね。サイボーグは生身の人と同じ権利を持ちます。それに外の社会ではなんとかやり過ごせるでしょうが……いえ、まあこちらは良いでしょう」
「途中で止められると逆に気になります」
 それこそがお前の知りたい事なんだろうよという言葉は飲み込んで愛は続ける。
「とても繊細なプライベートに関わる話なのでこれ以上は控えます。ただ、」
『愛さん、梅本遙香の心拍数が急激に上がって興奮状態です。危険な兆候です』
『分かってる』
「ただ?」
「死にそうな目に遭った人ですから、周囲の人から気を遣われすぎて居づらくなる事は有るでしょう」
 思い当たる節が有るのだろう、梅本遙香はわずかに顔を顰めた。
「……それは経験談ですか?」
「私自身は経験していないので、当事者から聞いた話ですね」
「経験が無い?」
「はい」
「では、あなたがそうなんですか?」
「そうとは?」
 何の事だか解らないという顔をする愛を見て、梅本遙香は興奮気味に口を開いた。
「しらばっくれないでよ。あんたはさっきまで説明していた人間そっくりのガーディアンロボットなんでしょう。差別に苦しんでいるサイボーグのふりをして、偉そうに人間のわたし達にロボットは命を守る素晴らしいシステムなんて講義をして、実際は自分達の居場所を広げたいだけじゃないの? サービス業、産業用でもなんでもあれだけロボットだらけなのに人が命懸けでやっている警察の現場にまでしゃしゃり出て」
『愛さん!』
 民谷の注意に『解ってる』とだけ答えて愛は梅本遙香を見つめかえす。
「講義をちゃんと聴いていましたか? 命懸けの現場だからこそガーディアンが必要なのだと説明したばかりですが。それに、私がロボットだとしたらどうだというんですか? 私がこちらに来たのは警視庁の決定です。学校側も納得して私に講義を依頼をしました。一学生のあなたが文句を言うのはおかしいでしょう」
「平然と理屈を並べないでよロボットのそういう所はむかつくわ。何で外見だけはこんなに人間そっくりなのよ」
「私は人間ですから」
「そうなら、やっぱりサイボーグなの?」
「だとしたら?」
「どっちなのよ!?」
 興奮して叫ぶ梅本遙香に愛は冷静に返す。
 警察官になるにはあまりに精神が未熟、自分なら適正が無いと自主退学を勧めるだろうと思いながら愛ははっきりと拒絶の態度を見せた。
「お前に答える義務は無い」
「そういうふんぞり返った態度に本気で腹が立つ! サイボーグだろうがロボットだろうが関係無い。機械が人間そっくりなんて卑怯なのよ!」
 激高した梅本遙香がジャケットのポケットから小さな端末を出して数歩下がる。
「それは!?」
 愛が目を見張り、民谷が焦って梅本遙香に手を伸ばす。
「遅いわ!」
 梅本遙香が手を握りしめた直後、教壇の周囲半径1メートルに強い磁場が発生した。
 教壇に設置されているモニタや端末は破壊され、愛と民谷の身体も一瞬動きを制限される。すぐに対テロモードが愛と民谷の体内で自動起動される。
 磁場が消えて愛が視線を巡らした時には梅本遙香の姿は見えなくなっていた。
「愛さん、爆発物です!」
「何!?」
「先程、梅本遙香が投げ捨てたのでしょう。教壇前に落ちている黒い手提げバッグの中に爆発物が有ります」
「なんでこんな所にそんな物が持ち込めるんだ? ……ああ、部品単位で持ち込んでここのトイレで組み立てたのか。特別な道具が要らない構造が簡単な物なら起動さえさせなければ発見しずらい」
「爆発物処理の資格は持っています。僕がバッグを開けましょう」
 民谷がバッグに手を掛けようとするのを愛が止める。
「待て民谷。触ると爆発するかもしれない。立花に連絡を取る」
『緊急コールが聞こえた。俺を呼んだな?』
 2人の脳にダイレクトに立花の声が響く。緊急通信モードで課内のメンバーとは思考だけでもやりとりができる。
「応答が早くて助かる。今すぐ見て欲しい物がある。爆発物だ」
 愛の言葉に立花が大声を上げる。
『なんで学校にそんなモン有るんだよ!?』
「優秀すぎる未来の警察官がな」
 以前から連続爆破犯は一般が使えないシステムにハッキングをしている可能性が指摘されていた。
 おおよその事態を察した立花が舌打ちをする。
『1分待ってくれ。バイクを路地に停める』
「立花さん、僕と視界を共有してください。なんなら僕の身体を使ってくださってもかまいません」
『そいや、民谷は外部リモート操作ができるんだったか。いきなりでできるか?』
「配属前に特殊装備捜査課の皆さんとは同期できるよう設定されています」
『分かった。こっちは準備できたから始めるぞ』
 民谷と同期した立花がスムーズに動く視界と身体に口笛を吹く。
『民谷、お前透視モードも持ってたんだな』
「衣山さんが特殊装備捜査課で活動するなら必要だろうと。こんな事も有ろうかとだそうですよ」
『ツッコミ所満載だが、今は助かるな。愛、お前はそこを動くなよ。お前は爆発物処理は研修でしかやってないだろ』
「分かってる。それほど難しい構造とは思えないが、何がトリガーになって爆発するかすら判らないからな」
『ここんとこ続いている爆弾魔が犯人なら……おっと』
 バッグを開こうとした民谷の手が止まる。
『やべえなこりゃ…………やっぱ、同一犯だ』
「!」
 愛の身体に緊張が走る。
『愛は完全防御モードだ。自分をガードしろ。俺は今見たものを課長に送る』
 言うと同時に立花は民谷の目を通して見た爆発物の様子を転送する。
 受け取った石手川が緊急配備と同時に警察学校に避難誘導指示の連絡を入れる。
 緊急避難指示放送が入り、学校内のあちらこちらから学生が校舎から飛び出して走り去っていく音が聞こえてくる。

『自爆まで後7分。ちょっとでも爆弾に振動を与えたらすぐに爆破するぞ。絶対に触るな。そのタイプは構造が簡単だからこそ爆発物処理はできない。………………民谷、お前は自分が破壊されても愛を助けたいか?』
 立花は途中から1対1通話モードに切り替えて、同期中の民谷にだけ話しかける。
『もちろんです。僕は愛さんのガーディアンですから』
『よく言った。お前の身体は宮田の記憶を守る為に非常に強い外板で作られた。で、正しかったな?』
『はい』
『自分で自分を解体する事は可能か?』
『メンテナンスで何度もやっています』
『上出来だ。民谷、お前の身体は愛よりふた回り大きいだろう。解るな?』
『理解しました。今すぐやります』
「おい、どうなっている? 立花、民谷」
『愛、よく聞け。今の状況じゃそれを止める事は不可能だ。爆破処理ボックスに入れようとすればその瞬間に爆発する。そういうむかつく設定なんだ。しかもタイマーセットが後5分。これのせいで爆破前にロボットに取り付けられた爆発物を見つけても破壊を止められずにいる』
「……そうならできるだけ離れるしか」
「それも無理かもしれません。爆発物が置かれているのは床です。振動を拾うかもしれませんし、爆破対象との距離を常に測っている可能性もあります。危険は犯せません。狙われている愛さんは動かないでください」
「しかし」
「僕が愛さんを護ります」
 そう言って民谷は服を脱ぎだした。
「おい民谷、何をしている」
「丈夫さ以外取り柄の無い僕の身体が、こんな形で愛さんの役に立てるのは幸運です」
 民谷は自分の身体の外装をそっと全て取り外し、まるで金属の繭で包むように愛の身体を覆っていく。小さな愛の身体から大きく浮いてしまう接合部分には、自分の人工皮膚を剥ぎ取って埋めていく。
「止めろ民谷。こんな事をしたらお前は爆発から自分を守れないし再生もできないぞ」
「良いんです。その為のガーディアンですから」
「私が嫌だ!」
「愛さん、僕のモデルだった宮田稔はあなたを心から尊敬し愛していました。なので、僕の身体であなたを護れるのなら宮田稔も本望だと思います」
「待て! お前はベータ版で予備部品も全く無いんだぞ。データもお前の個性までは残していないと聞いている。お前という個体は2度と戻せない可能性が高い」
「かまいません。それが使命であり望みです。僕はあなたのガーディアンで民谷です。あなたが行き先不明の僕に名前を付けてくれた。宮田稔の外見コピーロボットでは無いんです」
「僕は顔を除けばただの汎用機械です。だけど、あなたがそんな僕に民谷という個を与えてくれた。短い間でしたが、僕は民谷として生き、民谷としてあなたを護って死ぬでしょう。それがとても嬉しい」
 民谷は機械部品が剝き出しになった身体で首から上だけが残った宮田そっくりの笑顔で愛に微笑んだ。
 宮田の顔を構成する皮を剥ぐと表情を動かす機構を持つ外板が剝き出しになる。
「この部分の外板は生身の脳とメインメモリの保護の為にとても丈夫に作られているんですよ」
「前と後ろを逆にするので愛さんは何も見えなくなると思いますが、しばらくは我慢してください。安心してください。僕の外板はとても丈夫なんです。あなたは絶対に生き残ります」
「民谷お前も……」
「そう言って貰えるだけで嬉しいです」
『愛、時間が無い。自分を護れ!』
 立花の声が聞こえ、愛は自己防衛の為に全ての感覚器官を停止させた。
 頭の後ろでカチリと音がした直後、全身に激しい衝撃がぶつかり、愛の身体は教室の壁に叩きつけられた。
 防御モードの愛は動けず聞こえず喋れずで、迎えが来るのをひたすら待った。
 避難中の近くに居る職員かこちらに向かっているだろう立花が救助に来るはずだ。
 愛は破壊されてしまっただろうロボットの民谷を思い、流れない涙を心の中で流した。

■■■

 数時間後、愛は立花と清水に助け出された。
 民谷の外板に護られた愛の身体は至近距離で爆発が有った割に奇跡的に損傷軽微で、新しい皮膚に取り替えれば最低限の活動再開は可能と判断された。
 だが、フルで動くには全身検査をしなければならなくなったので、国立医療用義肢研究開発法人全身研究部製作課に出向き、職員に無事で有った事を喜ばれた後で「またしてもお前か」という嫌みは言われた。
 警察学校の校舎そのものは無事だが、愛が居た教室の内部はほぼ全壊で、事件検証を終えても使用できるようになるまで当分掛かるだろう。
 肝心の連続爆弾犯の梅本遙香はその場で教師や学生達に捕まり逮捕された。
 梅本遙香は興奮が収まれば抵抗もせず、淡々と取り調べに応じた。
 犯行理由はおおよその予想通り、自殺した父が原因だった。
 梅本遙香の父親は顔以外は汎用型のロボットで身体を構成され、元の姿からは多少は似ているが全く違う身体で退院した。
 当時はまだ医療用ロボットの身体まで完全再現するには高価すぎた。
 小学生だった梅本遙香は父の無事な顔を見て喜んだが、冷たく固い父の身体に抱きついた直後、「こんなの人間じゃない! お父さんの顔をした機械だ!」と泣き叫んだ。
 遙香の物言いを聞いた母は父に謝りなさいと怒鳴りつけたが、父は無言だった。
 1週間後、父は病院に戻り自殺を選択した。
 遙香は自分が父を自殺に追い込んだ事で自分を責めたが、母は、「遙香のせいじゃないの。お父さんは職場でもね腫れ物扱うような態度を取られていたの。それに顔はともかくあの身体でしょう? 自分でも色々と考えてしまったみたいね」と泣きながら語った。
 梅本遙香は自分も悪かったが社会も悪いという気持ちを持ったまま成長した。
 その間にサイボーグ、ロボット技術は躍進し、人間と区別が付かない再現型が安価で作られ街中でも多く見られるようになった。
 遙香は父と同じ警察官になる為に警察学校へ行って学んでいたが、自分の父よりも人に近い再現型サイボーグやロボット達に嫌悪感を抱くようになっていった。
 警察学校の実習で爆弾とその処理の講義を受けてから爆弾を自作するようになり、監視カメラの欠点も学んでいたのをこれ幸いに、産業用ロボットの破壊を繰り返し、段々おかしな自信をもつようになった。
 梅本遙香は面談した精神科医に複雑性PTSDと診断され、警察病院に入院する事になった。
 性格を歪めた十数年のトラウマの治療は、長期に及ぶだろうと診断された。
 遙香の母親は愛に直接謝罪したいと言ってきたが、愛は業務上の事なので不要と返答した。

 民谷の身体は粉々になっていて、製作を担当した衣山は愛の無事を喜ぶと同時に宮田稔の全てが失われてしまったと泣いた。
 両親の懇願により、国立医療用義肢研究開発法人全身研究部製作課に残されていた宮田稔の記憶と身体データは全て廃棄済みなのだ。
 民谷の顔や身体もベータ版なのでテストに使用させて欲しいという言い訳でなんとか破棄されずに済んだのだ。
 これで特殊装備捜査課と衣山との縁は切れた。
 衣山は今後は警察担当を離れて一般医療向けの義手義足の開発を続けるらしい。

■■■

 更に半年後、特殊装備捜査課に各自に合わせたガーディアンが正式に導入された。
 何分丈夫なメンバーが多いので、山西はヘッドセットと補助機能に特化した卓上小型ロボットを、古町も視力を更に強化しつつ頭部を保護するヘッドセット型を、清水は連れ歩くのに便利なポケットサイズの監視システム特化ロボットを、立花は自由に身体に取り付けられる自立型盾を、課長の石手川は課員全員からの懇願で装甲機能に特化したロボットにした。
 そして愛は、
「タミー、行くぞ」
「ハーイ」
 自立小鳥型の端末を連れ、変形できるヘアバンド型端末を身につけて捜査に当たるようになった。
 国立医療用義肢研究開発法人全身研究部製作課で保管して有った、清水と同様の再現強化型ボディに乗り換えた為、石手川のようなガーディアンを必要としなくなったのだ。
 タミーという名前は、小鳥型ロボットが無言でもにこにこ笑うタイプだったので、宮田と民谷を思い出した為に付けてしまった。
 またひねりの無いとか、道具に名前付けると泣くのは自分だぞと課の全員から言われたが、愛本人は無視をしている。
 愛は忘れたくないのだ。
 子供の頃にロボットに殺され掛かってサイボーグになった自分が、それでも人から愛され、機械に大事にされ、今を生きている事を。




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From POE of さんしょううお