2003日光XCスキーハイキング

(日程)
2003年2月8日(土) 〜9(日) 天候:快晴穏やか

(テーマ) 恒例の雪上NSA風ノルディックランチを楽しみ、雪と戯れ、雪に遊ぶ。 3名(徳山、熊野、清水)のクロカン初心者を含めた前泊組と日帰組に分けての例年とおりの企画で9日(日)に全員でツアー。

(参加者)

前泊組:松田、大嶋、羽佐田、平野、江畑、森永、熊野、徳山、長田、清水
日帰組:松広、谷野、山本、金田、畠田&康司 計16名

なお平井隊長は娘さんの学校行事が入り欠席となった。(賢から、「では初日初心者指導は私にお任せ」とメールが入り、まっちゃんから、「隊長の代わりを務めるなら、“備えよ常に”と書いたリュック・コンパス・ベレー帽にニッカーボッカーが必要!」 と指示を受けていたにも拘わらず賢は何一つ実現できていなかった)

(記録)
9日(日)より記録(なお、前泊では聞いた話しでは案の定エバの会見が行われた由)。
日帰組全員と東京駅7:00に待ち合わせ、遅刻者なく全員ぼくの車に搭乗。熊のぷーさん松広を助手席に乗せ康司を、両手に般若、違った! 両手に花 でヤヤとさゆりさんの間に据えた。

康司がここぞとばかりしゃべりまくり、行きはもっぱらヤヤが相手をしてくれ、(帰りはさゆりさんが犠牲となった)車中楽しく順調に現地に向かう。途中いろは坂もチェーンつけずに登坂、あと10分ほどで到着するから、と忠告するも金田さんは空腹に耐え切れずコンビニでアンパンを購入し食す、アストリアホテル集合の10:00前に到着。

ロビーで 前泊組と合流し共同装備の分担にかかる。さすがに今日の天気ではタープは不要と判断したが、賢は毎回担がされているので、どーも持ちたそうであった。その代わりショベルを持ってもらうことにしたが、軽くてつまらなさそうだった・・。

レンタルは日帰組の分も事前に用意してもらっていたので、短時間に準備完了となりスタート地点の光徳牧場に向かう。全員に地図を配布しブリーフィングを実施。

ここ2年、湯滝経由で泉門池(いづみやどいけ)に行っているが、今日は天候もよくハイカーも多そうなので、テーブル席を早めに確保すべく直接向かうことにした。そして帰路は天候良好なため、戦場が原を横断しまさに冬しか通れない大平原を突っ切ることにした。

10:35 ツアー開始。逆川沿いにいつものレールがしっかりついた美しい樹林帯のコースを歩む。初心者の3人も前泊の成果があり、順調な仕上がり。特にゆきちゃんはなかなか上手(繰り返し本を読みしっかり理論を頭に叩き込んだと)。

熊野も歩行だけでなく滑走も入れて推進している。徳山さんは面白かった。わーーーーっ、と森全体に響き渡る声がするといつも数秒後に雪の中に埋まっていた。

金田さんは、「私は倒れるときに声を出す」 徳山さんは「まず大声あげて、私は倒れる」 と二人で自慢話をしていたが、どーも観点が違うようだ。声の出すタイミングよりも倒れない様にバランスとるにはどうするか、を是非ご検討いただきたい・・。 いづれにせよ、やはり初心者の前泊は極めて有効でこれは今後とも必須にしておきたい。そうすると2日めには十分皆と一緒にツアーに出ることができます。

11:45 泉門池に到着。既に何組かのパーティーがテーブルについており、雪に埋もれたテーブルのみが残っていた。

そこでショベルが大活躍! アルペンスキーはエッジがあるので少々板で氷雪をどついても平気だが、エッジのないノルディックの板はどつくと割れる可能性があり、かつ細くてスコップにもならない。

北国を走るラッセル車のように2杯のショベルでがんがん雪を取り除き、メッチェンにばんばん雪をかけてやった。最初は、皆これで雪遊びしてかまくらでも作るのかと思ったと言っていたが、こういうことに使うんです。(携帯ショベルはクロカンハイクに便利)

雪に埋もれたテーブルを掘り起こし、ちょうど撤収にかかったパーティーがいて、そこを譲ってもらいうまい具合横どおしにテーブルを確保できた。なにせ16名の大所帯、場所確保も大変。しかしこんな素晴らしい天候の日はやはりゆったりと雪上ランチを楽しみたい。

メッチェンは早速、フランスパンをガーリックトーストサイズにカットし、生ハム・サラミ・チーズ等を持参した楕円形のオードブル皿に盛り付けをして、おしゃれなランチの準備にかかる。

ワインを抜き、まっちゃんの車と同じくらい役に立つ使い込んでぼろぼろになった300円の丸い餅焼き網(まっちゃん曰く300万円の自分の車と一緒にしてくれるなと怒るが・・)にパンを載せガーリックバターをすり込むと、じわーと溶けてパンに染み込み香ばしい匂いが立ち込め、周囲のハイカーの羨望の的となる。

そしてゆきちゃんは、キャビア(ランプフィッシュのなんちゃってであるが)とオリーブを持ってきており、かってなく欧米度の高い、誠にもってNSA風ノルディックランチとなった。雪上でワインを飲みながら、このメニュー! これにはゆきちゃん口に指をくわえとろけるように興奮してしまう(・ちょっとH)。

また、あまりの興奮の為か、Qさんがいわしの丸干しを炙り始めると、「ドライド アンチョビィーー!!」 と叫んで完全に干物さえも欧米モノにしてしまうのだった。徳山さんも頻りにこの網どこで買った?どこで買った?と、どこのスーパーでも売っている、と説明しているのに、百回くらいぼくに尋ねる…。

キン姉から差入れのワインもおいしく空け、ほどなくするとヤヤエバが、みやげ(*)に買ってきた銘酒男山をついで回り徐々に日本酒に移っていった。(*)ヤヤエバは、入籍を終え一緒に冬休みをとってプチ新婚旅行に北海道スキー行った。新婚旅行は結婚式後の6月にスイスをハイキング&サイクリングするらしい(NSA度高し)。

案の定、熊野が、居酒屋でだすようなガラスの小徳利瓶をいくつか出してお澗を始める。もう一本土産の酒があったらしいが前泊者で飲んでしまい、文句言われたらあきまへん、とホテルで購入したとのこと。

撤収にかかる(時間覚えず)。酔いが回りこの辺りからあまり記憶が明確ではなく、集合写真も撮るのを忘れてしまった。しかし、帰りは戦場が原横断と往路の倍の距離を残しているので頑張らなければならない。

まず青木橋を目指し樹林帯を通過するも、記憶があまりない。青木橋に到着し、気がつけばスキーがなく、「おれのスキーどこ行った?」ときょろきょろしていたら、エバが川に浮かんでいるのを発見!! (いやエバが浮かんでいるのではなく、浮かんでいるのはスキー、エバが水に浮くはずないので説明は不要かと思うが・・)

よっしゃとエバが降りてくれ、なぜかぼくも一緒に降りたようで(何の役にも立たないのに)・・。こういう男気だけは酔っても残っている。 我がスキーを取り戻し、岸に這い上がって履こうと思ったら、もう片方がまた川のなかへ、またもや寒そうに水の中に佇んでいる。

何とも情けない・・。2回も同じ場所で川に落すとは、おおぼけもいいとこ。2回目もやっぱり自分で拾うでもないのにエバと一緒に川に降りて・・、確か今度は自力で上がれず、誰かが手を差し伸べて引きずりあげていたような・・、どいつだ!手荒くぼくを扱った奴は?…でも引き上げてくれありがとう・・。 という具合で戦場が原に突入したが、皆はのろのろふーふーのぼくをおいてさっさと行ってしまったようで、さすがに心優しきヤヤエバ二人がサポートしてくれていた(しかし、康司にあとから聞くと皆一緒にいたといっていたので、皆がぼくを戦場が原に置いてけ掘りにしたという妄想にとらわれていたのか)。

でも康司はやはりウソだ・・。というのは、ぼくは、大平原の真ん中で転んだまま雪のうえに横たわってリュックからトランシーバをとり、まっちゃんに何やら交信したのを覚えている。つまり、やはり皆はぼくを見捨てていったのだ! ええっ! もしかして、そこにはヤヤエバすらおらんかったか! 彼らがぼくを見捨てるはずがない、という幻覚か(新田次郎の山岳小説みたい)

なんとか、夕陽の戦場が原を横断し、三本松に到着。夕暮れどき(時間不明)にアストリアに戻ってきた。
風呂に入り、隣にヤヤが入っていて(一緒ではなく、女湯の方)松広とエバと康司と雪を投げていたづらしたら、他のお客さんいるからダメと怒られたらしい。

風呂上がりに事前に冷やしておいた例の本物泡よりうまいノンアルコールビア、ドイツのヘニンガーを飲み一時休憩して光徳を後にした。既にQさんは、電車で帰る熊野・長田・徳山・金田を日光駅まで乗せていってくれており、Qさんにお元気で、と声をかけることが出来なかった。

ぼくの車には、ヤヤエバを最後列に真ん中に康司をさゆりさんとゆーちゃんが挟み、助手席に賢を乗せ、テレサテンをふんだんに聞きながら、そしてさゆりさんは疲れているにも拘わらずおしゃべり康ちゃんの相手をしてくれ、途中まっちゃん車と合流してドライブインで夕食とって楽しい一日は終わった。

(トピックス)

・ どうも酔ったのは、ぼくだけでないらしい。翌日、長田さんから、とても楽しかったとお礼のメールが届きその中に
「私も酔ってしまって、畠田さんのお尻を思いっきり叩いてしまってごめんなさい」とあったが、ぼくはその記憶がなく、それは多分ぼくが叩かれるようなことを長田さんにしたからでしょう、と訳わからんが取り敢えず謝っておいた。で、ぼくなんで叩かれたんやろか?
他、ユキちゃんや、ヤヤもかなり酔った、とあとから聞いた・・。そりゃ、飲み過ぎるよねえ、あんないい日だと。

・ 翌日金田さんからもメールで、戦場が原では、人のレールのあとではなく、初めて自分でレールをつけて新雪を歩いて感激した、とあった。そう自分の人生は他人の敷いたレールのうえでなく自分でレールを敷くことが大事、ではなく本来クロカンはつぼ足(*)で歩けない所でもがんがん歩けるのが最大の魅力であり特長。だからスキー脱いだ時、ずぼずぼはまって雪のうえ歩けんかったやろ、クロカンだと平気。
(*)山用語:ワカンやスキーをつけず靴のまま雪のうえを歩くとずぼずぼ埋まって壷のようになることから。

・ 本当は、行きはテーブル確保が気になって早く到着しないとといけなかったので、帰りに初心者を指導しながら行こう、と思っていたのだが、他人への指導どころではなく自分がしゃんと歩くのが精一杯でした。すみません。
おまけに2度もスキーを川に落してしまい・・(クロカン板はストッパーがないので簡単に滑っていく、以前国見が八ヶ岳で谷に落した)

・ 賢ちゃんは、テレサテンが大好き! ♪ 窓に西陽が、あたるー部屋はー、いつもあなたの、匂いがぁ、するわー♪
多分、大人への憧れだろう・・。 ちなみに、さゆりさんも大好きで全集が欲しい、と言っていた。
トレンチコートの襟をたて、頬をつたうは涙か雨か、じっと佇むその姿、そんな女のさゆりさん…
うーん何となく似合うねえ。賢は全然似合わないねえ・・。 まあ、幼年部もそういう年になったということか。

(総括)
あっという間に楽しい時は過ぎゆくものです。
また、新会員の熊野・清水もまだ2回目で初対面の仲間も多いなか積極参加で前泊し、徳山さんと練習を重ねてツア
ーに臨んでくれた。自力推進をポリシーとする我が自然スポーツ愛好会にとって、クロスカントリースキーツアーは、誠に自慢できるクラブ活動のひとつであるに違いない。見事な快晴、穏やかな天候、素敵なランチ、そして大雪原を
自由に歩けるスキーの力・・クロカンの魅力は果てしない・・。
おしまい