第19回 全日本マウンテンサイクリング in 乗鞍 参加記録

(日程)
8月28日(土)〜29日(日)

(テーマ)
今年は、NSA初のメッチェン選手(清水)の登場と人数も増え大盛り上がりの状態。とにかくこの大会は老若男女人気が高く、2ヶ月の募集期間に対しわずか2日で一杯になるというエントリーの段階で戦いが始まっている。そこで今回、到着日指定の現金書留めが可能ということを発見し初日に到着するようエントリーした結果、全員OKだった。今回定員3000人に対して結局4000人弱の参加となっていた。
そこで早速、チームジャージの製作にかかった(このジャージは追加が可能なので来年新規参加者も同じものが入手可)
この日に向けてメリは自転車に改造に改造を加えビアンキ ノリクラスペシャルを作り、ぼくもロードバイクを新調し夏休みは九州で毎日坂に挑んだ。目標がある、ということはとても楽しい。

(参加者)
益原、稲葉、熊野、松広、江畑、平野、竹澤(非会員)、中村(真)、清水、畠田、和田、
畠田康司 の12名 (別添、選手プロフィール参照)

(記録)


8月28日(土)

クマ車 新宿駅 賢車 東京駅 じみい車 二子玉をそれぞれ7:00前後に待ち合わせ分乗して出発。天気が心配だが長野は持ちそうとの予報を信じ希望を持って走る。談合坂で集合を予定し皆ばらばらに出発したにも拘わらず、また途中事故渋滞の為クマ車は一般道に下りたそうだが、ほとんど5分待つか待たないかくらいに全車揃い、チームワークの良さが光る。

談合坂PAでエバが賢車から追放される。バイクラックが、ぶつけてへこんだトランクに使用できず3人3台はきついようで、自転車を追放するかエバを追放するかだったが、即座にエバの追放が賢と竹より言い渡された…かわいそうエバ。 結局ぼくが捨てられたエバを拾ってあげました。(なお、ぼくの車は自転車8台くらい積めるので自転車でもよかったのだけど…)

松本に近くなるにつれチャリを積んで乗鞍入りする車が増え気分が盛り上がってくる。今日のことを知らない人は一体
何事だろう、と思うに違いない。諏訪湖あたりではきれいな青空が広がり、今日はなんとか雨にやられずに前日祭を楽しめそうだ。

フレンド商会チームで出るマッチョは既に現地入りしており連絡したところ、現地も晴れているということでとても嬉しい。(ほんとは雨だが、やさしいマッチョは少しでもぼくらに悲しい思いをさせたくない、という心配りなのでは? なんて話しもしたくらい天気は心配だった)

乗鞍/上高地詣でのいつものセブンイレブンで泡やつまみを購入。コンビニ着いたらエバだったかシンだったか、「ここはセブンイレブンじゃないっすよ」と・・、すかさず康司が「父さんはコンビニのこと全部セブンイレブンと言うんだ」と…そりゃいかん、後続にはセブンイレブン、と伝えている、というのですぐに訂正の電話を…。そうか、と反省した。ところであのセブンイレブンは、確かデイリーストアやったね。これから気をつけます。

12:30 途中事故渋滞や東京発も遅くした為昨年より1時間ほど遅くペンションマドンナに到着。昼食は隣の蕎麦屋でとる予定だったが予約で満杯。(この辺りは蕎麦畑に囲まれており蕎麦の白い花が盛り)。会場で昼食をとることにした。マッチョにも連絡し合流することに。松広に連絡するもただいま日本海を爆走中なのかPAで爆睡中なのか電話に出ず。

あいにく乗鞍の山頂は見えない(見えると多分、あんな所までチャリで上がれるのか?と不安になる)。
マドンナから会場まではイガヤスキー場(日本で初のアルペン金メダルをとった猪谷選手がやっている)傍をヒルクライムで会場に向かう。これが結構なヒルクライムだが足ならしと練習には最適。

マッチョと合流する、今日はマッチョもフリーでジャージもぼくらのジャージで登場! 早速観光会館前のテーブルを陣取り昼食の準備にかかるやテレビ局を発見、テン泊しながらやってきた旅自転車の二人にインタビューをしていたが、すかさず真ちゃんが、あっちにもいい集団がいますよ、皆乗鞍いまぁ、のジャージですよ、とばかりアピールに行き、長野放送の女子アナとカメラマンを連れてきた!! いや、真はえらい! やはり乗りの良さ、積極性、だてにアメリカの高校を出ているわけではない。

皆で、「乗鞍完走 GO!!」 の気合を入れ練習したら、「うん、これはいい、声もよく出ていける」と誉められ本番に臨んだ。

その後、代表の方インタビューと言われ、ぼくとメリが、そこでまたメリが呆けた答えをした。 女子アナ「乗鞍は、何が一番辛いですか?」 メリ「やはり、坂が一番辛いですね」 と、当り前。坂を上がりに来ているのだけど、まあ、聞く方も聞く方だ、他に答えようがないじゃないか、ちょうど重なっちゃって、なんていへるか!!
と呆けたインタビューも終わり、9月20日長野放送の「雲上を駆ける云々・・」という一時間の特番ででるそうな。

テレビに出るという目的も果たし、前日祭は天気もいいし、会場雰囲気も楽しめるし、サイクリングもできるし、これで今回の90%は終わったようなものだ、と気楽なことを言い、泡で大いに乾杯し、事の他この黄色の集団は目立っていた。

その後、例のレースクイーンとの撮影会にも参加し、会場の出展ブースなど見て歩いていると、またテレビ局の男性(一昨年のアナウンサーの男性)から声をかけられた。長野放送というので、先程皆で写してもらいました、と言って雑談したが、取材しようと思っていたらしい。

皆のところに行くと、また別の女子アナっぽい人がいて、その人は今回の中継全体をやっている人のようでイベント会社からの派遣、その人から、「是非、明日皆さん完走しゴールに揃ったところでインタビューさせて欲しい」との申し入れがあり、応諾。

その人は昨年ゴール付近からスタート前に実況中継(会場に巨大スクリーンがあり実況がわかる)して、「凄い風と雨です、立っていられませーん」 と台風の実況みたいに報告した彼女だったのだ。
ぼくらは、彼女に「あんたのお陰で中止になった!、 いや、あんたのお陰で助かった」などと彼女を囲んで盛り上がった。

出走登録をし参加賞をもらい、メリは出展ブースでかっこいいシートを購入した。会場を後にしてサイクリングに出かける。コース下見で途中までいったが試走禁止で戻り、池糖や小川が流れ白樺木立も美しく牧場もある一ノ瀬園地までサイクリング。

この辺り一帯冬はクロスカントリーのコースにもなるところを、のんびり自然のなか景色を楽しみながら走るが、真ちゃん、馬糞を思いっきりチャリで踏んでしまい、自分の足でもしっかり踏みつけてしまった。
ウンがついた、ウンがついた、と皆大喜び。しかも牛ではなく馬だ。かなりの好タイムも期待できるぞっ、と。

茶店に到着し、濃いミルクのソフトクリームを食べるのがいつもの楽しみ。

一ノ瀬園地を後に、帰路に向かう。途中、明日の健闘を祈りしっかり握手し肩をお互い叩いてマッチョと別れる(いいなー、こういうのって、アスリート度高いなぁ)。マドンナへ向かう途中、漸く松広から連絡あり今会場にいるとのこと。途中昼寝したりのんびり一人旅をしながらで遅くなったらしい。

マドンナに戻り庭のデッキで泡タイム開始。ここがとても気持ちいい。ばか話に花を咲かせていると松広が戻ってきた。丸々と太っておりとても安心した(選手プロフィール参照)。そしてヘルメットが新しくなっておりあの年代物の白いラグビーのヘッドギヤのようなものじゃなくてがっかりしたが、ロードバイクに、尻が痛いと言ってサドルカバーを付けていたのはこれまた不格好で挽回。サドルカバー付けているやつは絶対いないし、なんと言っても股間が広がって漕ぎづらくて仕方ないだろうが、レーパンを履かないのでそうしたらしい。(思うに、レーパンを履かないのではなく太って履けないのだろう)一旦戻ってきて泡を一杯飲んで、もう一本練習してこ、とまた坂に向かっていった。

食前の寛ぎを終え夕食になりまた皆で泡で乾杯しおいしい食事をわいわいと楽しむ。ここは、魚も肉(フィレのステーキはうまかった)も出て食事内容はとてもよくボリュームもある。

夕食も済み風呂に入り廊下で寛いでいると、トライアスロンやっていて乗鞍は初めて、という大阪から来た夫婦と自転車のギヤ比や心拍数等の専門的なことを話し、やっぱり今日は違うなあ、と嬉しくなった。

10:30に部屋に戻りメリと康司と陽ちゃんと同室なので寝る前にババ抜きをし、康司を負かしたところで就寝。(明日の朝食は5:30、出発は6:30を予定)


8月29日(日)

天候が気になりなかなか熟睡できず、4:00に目が覚めてしまった。降ってはいないが気温が高めなのが気になる。皆が起床する5:00頃、ついに雨が降り始めた…。 しかし、昨年と違い風は全くなく、どしゃぶりでもないので中止はない、と確信するも、やっぱり雨か、という気持ちになる。朝食時間となり、食堂に集まったころ、なんと雨も止み、一部青空も見えた! これは本当に嬉しかった!

脱糞も3回行ない軽量化を図り、途中でお腹が痛くなったり催さないように腹痛薬を飲み万全の体制を整えた。皆もチャリの最終点検をし準備万端。

松広はパンツ履き忘れたのかと思いきや、むかーし、むかしのランパン(横に丸くスリットが入ったマラソンするときに履くような短いやつ)だった。
上はTシャツを着ていたのでパンツも隠れてみえないのだ。「パンツはちゃんと履いてください」と怒られますよ、などと愉快な話をするのだが、メリは笑顔もしゃべりも消え緊張、緊張、キンチョール。

マドンナを6:30に出発。昨年はどしゃぶりの中会場に向かったが、今年は大丈夫そうだ。会場までのヒルクライムは絶好のウォーミングアップになる。他の宿の選手達も続々と向かう。

既に会場にはクラス別に選手が埋め尽くされており自分の列がどこかもわからない状態。開会式が始まり、「ゴールで会おう」 とハイタッチをし健闘を誓い、皆、自分のクラスに別れていく。メリはさぞ緊張しているだろう。いよいよ始まる。もうメリもあとにはひけない。

チャンピオンのスタートだが人だかりで近寄れず残念ながらマッチョには会えず声をかけられない。そして順次クラス別にスタートしていき、メリもいよいよ孤独の戦いが始まった(緊張でお漏らししていなければいいが…と気になる)。

男子ロードE(ぼくと松広と熊野)のスタート7分ほど前にしてクマが、先程まで混んでいたのでもう空いただろうと脱糞に向かう。ほどなくEグループもスタート準備にかかり動き出したのでクマのチャリを持って移動。いよいよスタートの準備にかかり道路に出るが、それでもクマは戻ってこない!! こりゃ、やばいぞ、チャリを置きっぱなしにしてやった方がよかったか? しかし、そこには次ぎのグループが移動してきてどっちにしろ見つけられないだろう・・スタート1分前…あー、もう駄目だ。クマは来ない、ぼくは姿の見えないクマに「くまのーっ、いそげーっ、」と叫んだ。仕方なくチャリを道路隅に置いてぼくと松広はスタートの体制に入る。ついにスタートのホーンが鳴ってしまった!!
と、その時、松広がクマを見つけ、「こっちこっち、急げ、チャリは、蕎麦の旗の下にあるっ」とぼくと松広は叫び、慌てて来るクマと大きな声で叫ぶぼくらに群集から笑いがおきた。なんということか。ぼくらの後にも別のクラスのスタートが控えて待機しているので、チャリを道路真ん中に置くわけにもいかず、もしぼくらがスタートしてしまっていたら、クマはもしかしてチャリを見つけられなかったかもしれない。こういう余裕のないことを絶対してはいけないしクマは多いに反省すべきだ、

お陰でぼくらのスタートは最後尾になってしまった(タイムには関係ないが・・笑)。また、ぼくらもチャリを持っていくのならトイレに向かう前に、チャリは動かしておくぞ、と言ってやればよかった。親切が仇になってしまった。

何はともあれ、クマの姿が見えたとき心底ほっとした。もし会えずスタートしたら走っている時気になったり、待ってやるべきだったか、とか、クマを置いてきた自分を責めたり、などとレースに集中できなかったろう。

最後尾になってしまったことより、3人揃ったことが百倍よかったので、陽ちゃんと康司が待つ地点で3人並んで声援に答える
(これは、陽ちゃんのHP写真コメントにあるとおり、周囲に迷惑だった、に違いないがもともと最後尾だったのでよかった)。・・・・・なお、クマは結局混んでいて脱糞できなかった、と。

陽ちゃん康司の応援待機場所を過ぎ、ぼくは、いくよー、とペダルにトルクかけ、遅れを取り戻すべく、コーナーもダンシングで傾斜はきついがインコースをとり、「右あけて」、「真ん中入りますっ」などと言いながらガンガン上がっていった。

先発のメリのいる女子ロードの集団にも追いつき、メリが視野に入った。メリも一生懸命漕いでいる、「メリ、頑張れよっ!」 「ジミーさんもっ!」 と声を掛け合い、さらにぼくはペースをあげていった。同じクラスをかなり抜いたが、今度は後ろから若手の速い連中がもう上がってきている。元気いっぱいだ。

ぼくはクラス違いの走りに惑わされないように同クラスのゼッケンだけを意識して走った。中間の10km地点まですこぶる快調で、これならもしかして1時間30分台でいけるかも、と思ったくらいだ。途中、ぼくはランドナーの女の子に、「ランドナー、頑張れ」 と声をかけたりしながら走った。所々、雲海になっているところがあり、周囲の集団からも、「わっ、きれい、ふーっ」と声がもれるのがわかる。

2回目のスリップ止めギザギザのあるコーナーを通過したあと、距離が伸びないなあ、と思ったら、メーターが12.7kmで止まってしまった。装置がずれたかなと思い走りながら弄ってはみたものの復活せずいろいろやってみても動かず、ここでちょっとモチベーションが下がってしまったが、まあ、距離は他の人に聞けばいい、とまたペダルを踏みこむが、高度も上がって空気が薄く、また疲労も出てきた。

ギヤの選択をいろいろ試みる。ケイデンス(クランクの回転数)上げて軽く走るとやはり心拍数があがってしまい、ギヤを一つおとすとやっぱり足が重い…。しかし、ビシバシと小気味よくシフトが動いてくれチャリが頼もしい。

とにかく、クラス混在して走っているなか前にいる同じゼッケンをひたすら追うように走る。抜いた数は確実に抜かされた数よりも多かったが、最後の5kmがとにかく苦しい。上にあがるほど空気は薄く、さらに筋力も低下してきて、ダメージは前半に比べて桁違いに大きくなる。もう、スプロケット(後ろの歯車)もローに入れっ放しだ。

前の同クラスゼッケンが次第に遠ざかり、今度は後ろから同クラスゼッケンに追われ抜かれていく展開となった。先程抜かした人から抜かれていくようになった。

残り2kmくらいで、上半身にも力が入らなくなってしまいハンドルに手を支えるのがやっとという状態。前を追うという気力はもう沸かず、とにかくノータッチでいきたい、という心境にまで追いつめられた。この状態は前回はなかったが、やはり前半飛ばし過ぎたのが原因だった。

ゴールが近くなってよれよれで計測点を通過したが、自分の時計で1時間40分ちょうどだった。残り5kmから時計は見てない、見る余裕すらなかったが、この時時計を見て、自分の心に歓喜が沸いた。冗談で康司に言った1時間40分台、しかも台ではなく40分!疲れがふっとんだ。自分でも思ってもみなかった好タイム。

そのままバスに防寒ウエアをとりにいき汗を拭き着替え仲間を迎えようと人ごみとチャリを分けまたゴール地点に戻った。ひどくないが雨と風が時折吹きつけ寒い。誰が最初に飛び込むか楽しみにしていたら、竹が入ってきた!やはりそうか、そしてほどなく賢も、賢はさぞ悔しいだろうし、竹は鋸山でも勝ち本番でも勝ち実力だ、といわんばかりだろう。

そしてクマ、イネ、松広のロードチームが・・クマはフォームを保っていたがあとの二人は苦しそうだった。賢も応援にゴールに駆けつけた。メリがついに上がってきた。「メリっ、もうちょい、頑張れ、頑張れメリ」 その瞬間、メリはほっとしたのかうなづきながら涙、涙を拭いながら最後の一漕ぎでゴールを目指す(ゴールも坂で最後まで漕がないとゴールできないのだ)。ぼくは早回りして迎えると、チャリを下りた瞬間、泣きながらぼくに「途中、ヒック、とても、ヒック 、ふにゃらふにゃらで…・」と言葉にならない。

辛かったのだろうが、メリの涙は達成感と安堵感に満々たものだった。ぼくも目が潤んだ。さあジャケット取りにいって身体が冷えないように、と、荷物バスに行かせて、ぼくは残りエバと真を待った。

鋸山ではこの二人まだノータッチで上がったことはなく低次元のよきライバル(歩いている時どっちが早いかで勝負が決まる!!)だが、真が先が多い。本番どうだろうか・・・おー、来た来た、エバが先に来た。「頑張れ、もう25mだ」(直線ゴールではなく坂を曲がった所にあるので手前の方からは見えないのだ)エバは苦しいながらも手をあげて応える。晴輝見てろ父さん頑張るぞ、と自分に言い聞かせながら走ったろう、チェーン脱落というメカトラで一回降車したらしいが実際ノータッチだ、これは前回鋸山バテバテで失意のエバにとって大快挙だ! 

さぁ、真はいつ来る・・・来た来た「しーん、頑張れよ、もうちょい」と声をかけると、余裕たっぷりに手をあげ笑顔で応えながらゴール! なんだ、あいつ、あれだけ余裕あるならもっと早く来い、と言ってやったが、本人はきつかったらしい。(しかし、後から写真みたら、走りながら写真を撮っていたりしていたことが判明! そんな余裕があったんだこいつ、あほか、しかもノータッチで)

意外に苦戦だったのがイネだ。Allsportsに出ている写真でも苦虫をつぶしたような顔で走っている(マッチョのHPコメントも普段より3倍くらい険しい顔というのがあったがその通り、普段より、というのが味噌!面白い)。ギャグにして喜んでいる場合ではない、前回よりも20分以上遅い。やはりこのスポーツに関しては日頃の運動と鍛錬がとても大事だということがわかる。

とはいへ、ぼくらの為に働いてきた1年だったので感謝したい。松広も前回よりも若干遅いが、しかしあれだけ太ってこのタイムはやはり乗鞍のベテランであり、チャリで全国津々浦々旅をし、峠を越え、富士山頂までチャリを担ぎあげた野郎だけのことはある。

チャンピオンクラスのマッチョは先に上がっておりフレンド商会の帰る時間もあったことからゴールで皆と会えなかったが下山待機途中で気がついた皆には声援を送った。

ということで、全員完走し、ゴールで再会する、という大きな目標を果たし喜びをわかちあった。そして、昨日、皆でゴールで再会してまたインタビューに応じてください、というアナウンサーのところへ行き、完走の歓喜を伝えその模様は実況中継でスタートの会場にある大きなスクリーンに映し出された。

復路は皆で一緒に下山し、雲海をゆっくり見ながら、時々写真撮ったり休憩したりとのんびり下りていった。真と並走しながら嬉しい言葉が・・・「ぼくは、この会に入って本当によかった、こんな体験ができるとは思わなかった。そして今日は本当に自分を誉めてやりたいと思いますよ」 と。

22kmの下りも長い、よくまあ本当にこんなに長い坂道をあがってきたもんだと思う、ギザギザのあるカーブで先ほどまで喘いでいたのが蘇る。素晴らしいダウンヒルなのだがなぜか飛ばして下りるのがもったいない気持ちになる。

昼過ぎに会場に全員無事到着しタイムセンサーを返却し地面に座って泡で大きな大きな乾杯をする。まさに美酒なのである。マドンナにTELして無事到着を報告、陽ちゃんと康司に上がってきてもらい一緒に昼食をとる。疲れたときは、こってり系、カレーうどんとカレーライスが大人気(竹はここでカレーライス食べて帰りのPAではカレーうどん食っていた!)

マドンナへ戻りゆっくり片付けし風呂に入る。ホテルや旅館と違い部屋も時間に制約なく使わせてくれ、風呂も入れ身体を休めて帰宅できるのがマドンナのいいとこ。チャリ族に優しいママなのだ。そして帰る前、康司から発言が、「あのう皆さん、ちょっといいですか、集まってください、表彰式します」 と。これには皆驚き・・。

康司が自作の賞状とメダルを用意してくれていたのだ(ガムテープで塞いだ紙袋を持っていたので、なんかやるな、とは思っていたが、作っているところを見たわけではないのだが、出発2日くらい前、夜中の2時くらいまで起きていたようだったので、どーもそれを作っていたらしい、宿題はした、と嘘をついてあとからえり子にばれた(宿題済まな、行ったらつまらん、といわれていたので)のだが、ぼくは宿題してないことを怒れなかった。

皆を喜ばせてやろう、という康司の気持ちは大切なことだった。昨年はヤヤと協働作業だったが、今年は案から製作まで全員分一人でやった。昨年ヤヤと一緒にやったことで学んだのだろう)。

さらに、セロテープをママに借りにいった際表彰のことを告げると、なんとママから特別にジャムと外国の泡(世界一強いビールと世界一甘いビール)をプレゼントに出してくれたのだ。こういう気使いがうれしい。康司が企画し陽ちゃんもアシストしてくれた思わぬこの表彰式には皆も感激しママも一緒に写真を撮った。

こうして、大きな大きな一年間の目標、待ちに待った、そして練習して、昨年無念のクマ・エバを含め初参加の人達は不安と期待が交錯した乗鞍だったが、自分のものにした喜びはとても大きかったようだ。

エバが、「このジャージ(乗鞍いまぁ)は自信持って着れるようになった」と言っていたが、ほんとその通りだと思う。心配した台風は乗鞍が終わるまで待ってくれたようにゆっくり、そして終わるや速度を上げてやってくる、という天候にも恵まれた。
全員、来年も・・・この辛さと感動こそ乗鞍の魅力で、老若男女自分との戦いを楽しみにやってくるのだと思う。

おしまい