南八ヶ岳 赤岳鉱泉(5周年梅雨山行)

(日程)
2003年6月14日(土) 〜15(日)

(テーマ)

創立5周年、ちょうど5年前の発足記念山行の南八ヶ岳をもう一度。

当初、東からのバリエーションルートである真教寺尾根から赤岳アタックし赤岳頂上小屋に泊まり県界尾根で下山するという健脚コースであったが、企画者イネの欠席による足確保の問題(ぼくは康司連れの為、一般ルートの西から入山の為)と天候不安定、かつ参加者のうち銘小屋である赤岳鉱泉未泊者も多く是非泊まりたいという声も多かったことから、まさに5年前当会はこの小屋から始まったといっても過言ではない赤岳鉱泉を訪ねる山旅に変更した。

ピークハントはやらず、コース大半は樹林帯で高低差なく雨でも平気かつ温泉もあり慰安旅行的山小屋ライフを楽しもうという企画とした(が、硫黄アタックした)。

(参加者)

羽佐田、松田、森永、熊野、山本、清水、畠田(記)&Jr(こうちゃん)の 計8名

(記録)

まっちゃん号:ゆーちゃん、秀ちゃん、熊野、メリ 飯田橋 6:30
ジミー号:さゆりさん、康司 調布 6:45

康司とコンビニで朝食を買い定刻にさゆりさんをピックアップ。まっちゃんからさゆりさんに入電で飯田橋着は混雑の為遅れる模様と。今日は土曜日なので都心へ向かう方は朝のラッシュ。

飯田橋待機の連中にまっちゃんもさゆりさんも交信トライするも誰も出ず。漸く交信できて何度もトライした旨告げると、皆で話しこんでいて誰も気づかなかったらしい。朝から何を盛り上がっていたのだろう…?

ジミー号は順調に中央高速を高度20mくらいで巡航。まっちゃんから入電で飯田橋組全員確保、これより首都高に突入するとのこと。大した遅れではなく一安心。

そこで談合坂PAで彼らを待つことにした。その間ぼくと康司は朝食を摂る。アウトドアー指向の我らは外のウッドベンチで休んでいたら蚊の攻撃に遭うは、頭からはさくらんぼの実が落下するわ。

30分強待ったところでまっちゃん号到着。無事ここで早い時間帯に合流して小淵沢ICへ向かう。
須玉ICを過ぎた辺りから八ヶ岳連峰がよく見えてきた。稜線も今のところきれいに見える。

大気の状態は雲の種類が多くて不安定であることを告げているが陽も差しており時間的にも美濃戸までクルマで入れば硫黄岳ならアタックは不可能ではない、秀ちゃん、熊野、さゆりさん、メリは南八ヶ岳連峰のピークは踏んだことがない。せっかくなら踏ませてやりたいっ、と思うようになった。(巻末の地図を参照)

10:00:美濃戸口到着予定どおり。本来ならここでクルマを置いて林道を歩きゆっくりトレッキング開始の予定だったが、硫黄アタックを考えていたので美濃戸までクルマで入ることにした。ゆーちゃん姉さんの経営する山小屋の一つであるやまの子荘に到着、ここにクルマを置く。

当初計画では、硫黄アタックせずロングコースの南沢を通り行者小屋を経て赤岳鉱泉に到着、帰路は北沢で下山の予定だったが、硫黄アタックの為計画とは逆の北沢から入り赤岳鉱泉で荷物デポのうえピストン(*)することにした。

(*)ピークハントの為、荷物等を置いて短時間で往復すること。今回はピストンと言っても登り1時間半 下り1時間かかり標高差も500mあるのでこの場合、ピストンとは一般にはいわないが用語学習の為敢えて使用した

そこで一騒動起きた。なんと赤岳鉱泉から硫黄岳までのルートタイムにぼくの地図とゆーちゃんの地図に50分も差があるのだ(ぼく地図往復3時間弱、ゆーちゃん地図3時間30分)この50分の差は大きくピストンかけて戻りがゆーちゃん地図だと17:00になってしまう! それでは遅すぎる。風呂もゆっくり入れない、しかも今回は時間もあることから一番風呂も狙っていた。

ぼくは夏冬4度鉱泉から硫黄岳往復しており記憶に多少自信があったので、取り敢えずぼくの地図を信じることにして硫黄アタックすべく北沢にルートを取ることを決定。

11:00:皆で集合写真撮って歩行開始。皆結構リュックが大きい。泊り山行初めての熊野やメリも嬉しそうだ。熊野とゆーちゃんの発汗がひどいのでちょっと心配になり問うてみると大丈夫ということ。

しかし熊野は平坦な林道にも拘わらずふーふー言っているのでどうしたのかと思ったら、なんと慰安旅行的山行の計画だったこともあり泡を5本もリュックに入れさらにバーボンのフルボトルも持ってきていた! そりゃー自業自得。「小屋に着いたら泡はぼくが飲んでやるので、それまで頑張れ」、と励ましてやった!

途中、ヘリが荷揚げの為何度も飛んでおり、一度はかなり低空飛行をしてプロペラの旋回風をもろに受け、まっちゃんとこうちゃんは、すげーすげー、と喜んでいた。

途中、大同心をはじめ南八ヶ岳連峰の稜線がきれいに見えてきたが、逆にくっきりなり過ぎていたのが気になった

(雨になる直前は霞がとれて急にくっきり見えてくることがある。これは比較的難しい観天望気(自然事象から天候を読み取ること)のひとつ、谷筋に沿ってガスが上がると晴れる@
鳥が鳴き出すと天候回復、太陽の周囲にわっかができると雨になる、夕焼雲は明日晴れる、朝焼雲は曇るA等々、例えば@などは上昇気流が発生している証拠だし、Aは東に高気圧帯が過ぎてしまったなどとそれぞれ科学的根拠はあるようだ)

12:35:赤岳鉱泉着。ここのテント場の方に歩を進めて仰ぐと横岳の岩稜から南八ヶ岳の主峰赤岳、中岳、阿弥陀岳と見える。受付を済まし早速2階のきれいな個室に入る。

13:00硫黄岳アタック開始でそそくさと昼食をとる。荷物はデポで雨具と水だけ持っていく(念のためぼくはツエルトと康司のセーターもリュックに入れる)。
案の上、雨がぽつりぽつりと落ちてきた…。すると先程まで稜線まできれいに見えていたのに一気にガスがかかってきた。展望は望めないが、とにかくピークをひとつでも踏ませたい、と思い出発決行!

しかし、まっちゃんはスリッパで玄関先で皆を見送ることに…、まあ、まっちゃんはピーク踏んだことあるからよかろう、いや、それなら康司だって、ゆーちゃんだってピーク踏んだことはあるんだ!! ぼくだって・・、でもまあ、ゆっくりマンガでも読んで昼寝して待っていればよい、強制しないのが当会のいいところでもあるのだ。

13:00:ということで、ぼくらは疲労感のあとのより旨い泡と身体をほぐしてくれる風呂を楽しみに出発したのだ。稜線までは樹林帯なのでぼくは雨具はズボンだけで傘で登行(汗かきのぼくは皮膚呼吸もしやすく蒸れにくいので上着は樹林帯では絶対着用せず傘を利用する・・山の豆知識)。

途中何度か休憩しながら登行を続けるが、元気のある康司はメリ以外に自分の話し相手になれる人はいないと、ひたすらメリに話し掛けてメリも相手をしてくれている。しかしこのねーちゃん、やはり長距離やっていただけあって本当に心臓が強い。

鉱泉にデポしてきたリュックのなかにも、いろいろな食べ物を入れてきており、何と言っても、自家製のタンを醤油で煮込んだものはうまかった。メリは荷物を担ぐ(特に食料に関して)ことには何の抵抗もないようで、あの小さな身体からどこにそのスタミナがあるのだろうと思うくらい、各種食料を持ってきていた(もちろん泡も・・その他得意のマシュマロ、カニ味噌の缶詰、瓶の銘酒八海山、お菓子…)。

ふーふー言いながら稜線の赤岩の頭を目指し登行を続ける。
14:10:赤岩の頭 稜線に出る。かなり濃いガスで目前にある硫黄岳すら見えない。雨は時折降るが然程でもないものの風がもの凄い。よって雨は上からではなく横から降ってくる。もともとこの南八ヶ岳は風が強い。

(近辺のスキー場に冬よく行くが晴天率は抜群だが風が結構強く温度も低い、その代わり雪は乾いてさらさらだけどね)

さてこの状況でアタックかけるかどうか少し迷うが、どうせガスで見えないならピーク踏ませないと登ってきた甲斐ない、そして皆元気だし、ここから30分くらいなのでやることにした。ぼくは稜線なので傘は止めて雨具の上着を着用した。康司はポンチョなので風に煽られると痩せ尾根だったら危険だが、滑落するような場所はほとんど無く雨に吹き込まれていたが大丈夫だった。

14:30:岩陵地帯を通過して硫黄岳山頂(2760m)に早いペースで到着。もちろん視界はゼロでガスの中から仲間が幽霊のように近づいてきている情景はなかなか迫力あった。北斜面に切れ落ちた爆裂火口や眼前に聳える南八ヶ岳主峰赤岳・中岳・阿弥陀の深いコルを携えた山稜が拝めないのは残念だが、初めて南八ヶ岳に足を踏み入れた4人は感激していた。やはりピーク踏ませてよかったと思った。

風強くどんどん体温を奪われて雨に濡れた素手は冷たくなったので、記念写真を撮って下山にかかった。
15:30:赤岳鉱泉に無事帰着。一番風呂の16:00にも間に合い、足並みも揃っていたこともありぴったしの到着。あー、やっぱり行ってよかった、と思った。

ただいまー、広い部屋ではまっちゃんが布団敷いてごろんとなってマンガ読んでいた。 出発前に冷水に浸けていた泡を持ってきて乾杯! 楽しみにしていたメリの自家製タン醤油煮をつまみに疲れをほぐす…・のだが、熊野が不調の面持ち。ごろんと横たわって泡が進まない…。頭痛がひどいらしい・・ぼくはボルタレン(市販薬ではない強い解熱鎮痛剤)をいつも持参しているが、取り敢えずもう少し軽いものないか問うとメリがバッファリンを持っていたので、それを服用させた。一種の高山病だろう。

ぼくは槍ヶ岳に最初行ったとき、同じような状況(雨の中合羽着て登行)で頭がガンガンしたことがある。硫黄岳は2700mなので酸素が平地の3割程度減る。ということで、ぼくらが風呂に入っている間ゆっくり休ませ、風呂上がりまた一杯やっていると大分収まったようで飯前に一風呂浴びにいった。

17:30:夕食開始。熊野の頭痛は早い投薬ですっかりよくなっており元気になった。今日は小屋はとても空いておりぼくらの他には大きなパーティーは一組だけで、他4名の個人客がいるだけだった。夏冬通してこんなに空いている赤岳鉱泉は始めてで一層快適だ(夜中、便所いくのちょっと恐かったけど・・)。

昨年燕岳でもそうだったが、この梅雨時の山行はいいと思う。眺望に拘るなら別だが、静かな山歩きを楽しめ、しかも樹林帯なら雨はほとんど影響ないのでコースをうまく選べば小屋も空いていて本当にいい山旅が楽しめる。

誰かが言った、「ステーキよ、すてき!」 あほな、山小屋やぞ、ここ! と、食堂に降りて行ったら、なんと、りっぱなステーキがジュージュー、刻んだガーリックがなんともいい匂い。そうなんです、ここの食事は有名で、ぼくは冬に来たとき海鮮鍋(山中なのに)が出たことがある。

早速持参のワイン、カニ味噌、八海山でアペリティフをやりながら食事を存分に楽しむ。こういう時は本当に山の会というのはいい。一人で食べるのは寂しいもんね、こうやって今日一日を振り返りながらワイワイと飲んで食べるのは至福の時。

最後まで食堂に居座ったあとは、屋根のあるウッドデッキにいき、久美さん差入れの洒落た西洋菓子でお茶を楽しむことにした。そのケーキは皆が手を伸ばし瞬く間にお腹のなかに飛び込み(きっと高かったんでしょうに・・)、その後メリがまた例のバーナーで炙ったセメダインの匂いがするマシュマロを披露する。そして、熊野がバーボンのボトルを開けて振る舞う。

21時近くになり、そろそろ消灯です、と小屋人が来たので片付けにかかるも、今度は自分達の部屋に戻って、ロウソク立ててツイスターゲームに興じる。さすがにこれはゲームといへども身体を駆使した競技なので、下の小屋人達の部屋に響いたらしく、「すみません、響くのでお静かに願います」と叱られた…

それでもぼくらは寝ない、今度は恐い話しを始めたが今日は本当に宿泊客もいないので便所に行くのが恐くなるので、適当に切り上げて寝た。

6:30:起床。昨日硫黄をやっつけたので今日は特にすることもないのだが、ここは山小屋。ぼくらが起きた時間にはもう誰もいない。もともと朝寝予定だったので、朝食は頼んでいなかった(ちなみに食堂食は5:30)。

まっちゃんは、晴れたら硫黄に行く、と言っていたが、結局ぼくらと同じ時間に起きたので晴れても行く気はないようだった。

小屋でバーナー沸かし持参の朝食を摂っていると、もうすぐ掃除の時間になりまーす、と言いに来た姉さんに、バーナーが見つかってしまい、「室内での使用は禁止です、自炊室をご利用ください」とまた叱られてしまった。ぼくは、ガソリンの使用は禁止でブタンガスだとよかったのではないか、と反論するも駄目らしい。まあ、駄目だろうねえ…ぼくもそう思うわ、なんとなく…。

8:10:集合写真をとって、行者小屋向けて出発。
北斜面の為か残雪が結構ある。歩き始めはつらくふーふーと少しづつ上がる。秀平の高度計付時計で高度を確認しながら上がるのは楽しい(ちなみに熊野のは、設定ミスのためか不正確な表示をしていた)。

8:40:行者小屋到着。晴れていればここから赤岳・中岳・阿弥陀が衝立てのごとく眼前に聳えており、高度感の迫力を感じることができるのだが今日はガスのなか。下界は晴れているようだし、ガスも上がっているので暫くすると見れるのだろうが、まあ一応鉱泉から昨日全景を見ることは出来たのでよしとして下山することにした。

9:05:ゆっくり休んだところで南沢を下山開始。昨日の雨でしっとり濡れた森はとてもいい匂いがする。特にシラビソは水に濡れるとなんともいえぬ匂いが立ち込める。以前にも書いたが、ぼくが雨の中を歩くのが好きな理由のひとつはまさにこの森の匂いなのだ。

この南沢は往路の北沢に比べて長く、深い森を歩く。時折休みながら気楽にのんびり下っていくが、こののんびりにまっちゃん、ペースが合わないのかとっとと下っていってしまった。南沢は林道がなく最後まで森のなかを歩くが、案外長く感じるコースである。

10:40:美濃戸山荘に到着。まっちゃんはひとりでバーナー沸かしてお茶をきめていた。ここでは休まず、やまの子荘まで行って泡を飲むことにした。(前回ぼくは気が利かずここで泡タイムにしてしまった)

10:45:やまの子荘到着。気持ちのいいデッキのテーブルを陣取り泡で乾杯をした。そのうちまっちゃんも下りてきた。

十分に休んで、ガタガタ林道を時折クルマの腹を擦りながら、原村にある大きな露天風呂の温泉に向かった。ゆっくり風呂に入り、そこで昼食をとって帰路についた。高速もほとんど渋滞なく予定どおり夕方前には東京に到着。

(総括)

もともと天候次第でプラン変更を計画していたが、初めての本格的山行と赤岳鉱泉に泊ってみたかったという参加者の構成と、5周年目を発足記念山行と同じ宿で祝えたという結果的にはとても喜んでもらえた山行であったように思う。

当初予定の東からの赤岳アタックはいつか季節のよい好天の時に健脚者を募って挑戦してみたいバリエーションルート、これもまた楽しみにとっておきたい。

今回、風雨のなか2700mという硫黄岳アタックに臨むも快適な山行だったことは、初山行の熊野もメリも装備へ十分な投資をしていたことがあげられる。秀平も、装備さえしっかりしていれば、雨でもまったく苦にならない、と言っており、ぼくがいつも言う、雨でも楽しい山歩き、晴れれば2倍、温泉あれば3倍楽しい、というのも理解されたような山行だった。

そして、今回何やらかんやら食料や飲料を持ってきてくれた皆さん、駐車料をどうしても受け取っていただけなかったやまの子荘、そして差入れいただいた久美さん・・どうもありがとうございました。

おしまい