僕と旅と水泳と 医学部4年 和田 耕二
まずは私の水泳歴を述べさせてもらおう。
「泳いだ」という経験でもっとも古いのはいくつの頃だろうか?
あれは小学校にあがる前と記憶している。父に連れられて、鬼の水泳特訓により、死にそうな目にあった。足がつかず、おぼれる私の救いの声にもだれも助けてくれなかった。恐らくその時は水に対しての恐怖心だけしか植え付けられなかった。ただただ父を恨むのみである。
その後、小学校の3年頃から、夏休みの水泳教室に行くようになった。これも初めはイヤだった。5年頃から友人が通っていた水泳教室に行かされた。この時ぐらいからだろうか?才能(?)が芽生え始めたのは。泳ぎのフォームをきちんと学び、タイムを計るたびにどんどん速くなりおもしろくなった。
中学に入ってそこを辞めた後は、さっぱり泳がなくなってしまった。しかし、中学3年のころ、腰を悪くした。このとき医者に水泳をやるように勧められた。それで高校に入り、他にやりたいこともあったのだが、水泳部に入ってしまった。1年目は鬼のような特訓の毎日だった。特に私は体力があったせいか1500mチームに入れられ、距離だけは何倍も泳いだと思う。とても大変だったが、私には忘れ難い青春の1ページとなっている。
そして今、大学ではその1500mから遠ざかり、短距離にいそしむ毎日である。
ところで私は旅が好きだ。そこで私の海外での水泳経験を独断と偏見で紹介しよう。
私にはバカンスはあまり似合わないので、どうも泳ぐのに適したビーチなどには、あまり入ったことがない。
海外で初めて泳いだのは、4年前にオーストラリアのブリズベーンでのことである。
現地の冬に行ったのだが、暖かかったので泳いだ。しかし、波は強く意外に泳ぎ始めると
寒くなり、風邪をひきそうだったのですこし泳いでやめた。横ではたくましいオージが元気に泳いでいたのだが。
次は、アフリカの象牙海岸のビーチ。水はきれいだったが、どうも変な魚や、生き物が生息していそうで、快適には泳げなかった。
タンザニアではスノーケリングをしたついでに泳いだ。海もきれいだし、波もおだやかでとてもよかった。しかし、帰りに「うに」を踏んでしまい大変だっだ。また、カメルーンとザイールでは、川で泳いで流されそうになった。マラウイでは、湖で泳いだ。ここは大きな湖で海みたいだった。
ご存知の通り、アフリカでは、淡水で泳がないほうがいい。なぜなら住血吸虫がいるからだ。私は「流れが強いところでは大丈夫」と、アフリカ通の友人に教えられ、気をつけたつもりだった。しかしビルハルツ住血吸虫がどこかで感染し、2年間症状が現れず、気が付かなかった。もちろん今は駆虫したが、そんなに悪いやつではなかった。
よくよく考えると海外で泳いだときというのは、なにかしら問題が起こっている。そこで経験者は語る。「海外で泳ぐときは、気をつけましょう。」というわけで、大学のすばらしいプールで快適に泳ぐ今日この頃である。
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