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『−烈殻機動騎兵 ヴァリュー−』
(第五十話・残骸砂丘)
「噂?」
「そうなのよ」
ミッシェルは休憩室でそう言う。
「この前の両軍一千機にもおよぶアームチェンジの戦いで、全機が大破したとか。それがたった一機のアームチェンジがしたというのよ」
「青い機体ではないのか」
「それがただのアームチェンジ一機で倒したっていうのよ」
「まさか、あり得ないことだ」
おれはくすりと笑う。
「そんなこと言ったら伝説の青い機体だってあり得ないじゃないの」
「あれはあり得るんだよ」
おれはコーヒーを飲みながらそう言う。
「それはずいぶん説得力あるじゃない。青い機体のパイロットを知ってるかのように言うわね」
「いや、あくまで一般論さ」
おれはちょっとどきどきでコーヒーを飲む。
「怪しいわね。なにか隠してるんじゃないの」
「なにを隠すって言うんだ。それともおれが青い機体のパイロットだとでも言うのかい」
「………………」
ミッシェルは沈黙する。
なにかを考えているようだ。
まずいことを言っただろうか。
沈黙は次の声で破られた。
「兄さん出撃命令です!」
「そうか。じゃあミッシェル。この話しはまた今度、な」
「御武運を」
「ああ、ありがとうミッシェル」
おれはパイロットスーツに着替えると、ヴァリューに乗り込む。
「それでどこへ行けばいいんだ」
「両軍のアームチェンジが破壊された場所でなにがあったか調査することです」
「例の一機で一千機を破壊したというあれか?」
「それもふくめての調査です」
「了解」
おれはヴァリューで出る。
前方には白い山脈が続いている。
山を越えると緑の葉が視界を埋める。
緑の葉の風を越えるとそこはアームチェンジの残骸が地平線まで続いていた。
おれはヴァリューを飛ばす。
いけどもいけどもアームチェンジの残骸だけが続いている。
これはなにが起きたというのか。
両軍の相打ちだろうか。
「兄さん、一機だけ稼働しているアームチェンジがいます」
「地図に出してくれ」
おれはそこへ飛ぶ。
そこは残骸の砂丘とも言う場所だった。
丘の上に一機のヴァリューが立っている。
いや、正確にはかなり改造されているヴァリューだ。
「レミー、あの機体が友軍のものか調べてみてくれ」
「わかりました」
おれは改造ヴァリューの前方に着地する。
じゅうぶん注意しながらおれは改造ヴァリューに呼びかける。
「ここでなにをしているのですか」
「考えていた」
低い男の声が響く。
「? なにをですか」
「人類はどこへいくのか。人が生きているならば、それは歌の残骸。昨日から続く矛盾は誰のものかね。過去に縛られた命など、なんの意味があるだろうか。破壊しなさい。憎みなさい。きみの行動が歴史という名の重力を紡ぐ希望。破壊などなんの意味があるだろう。歌え、踊れ。自分の人生に意味を問え。昨日の涙を海にするまで、歩くのだ。きみはいい出会いを持っている。その人達を大事にして生きていくがいい。それが幸福ということだ。若いとは力。若者よ普遍と踊れ。破壊の知識と欲望に歌え」
「そ……うですか」
この男とは話しが通じない。
話しはできないのか。
これは戦うしかないか。
おれは無意識に銃を操作するための操縦ボールリングをつかむ。
「やめておけ。おまえの戦いなど意味はない」
「あなたの所属を明らかにしてください」
「私はどこにも所属していない」
「ならば武装解除してください」
「断る」
「あなたのヴァリューを拘束します」
おれは改造ヴァリューの足を狙って連装実弾ショットヴィスを撃つ。
スタタン!
改造ヴァリューは易々とおれの攻撃をかわす。
それならば。
おれはレックスソードという牙のような実剣を構える。
ローラーダッシュで一気に距離を詰める。
向こうもローラーダッシュで移動する。
おれは速度に乗せ、レックスソードで攻撃する。
ガギギギン!
軽々と向こうも実剣で受け止める。
おれは連続で攻撃する。
それをすべて受け流す改造ヴァリュー。
まるでこちらの攻撃が解るようだ。
おれはレックスソードを振る。
かわす改造ヴァリュー。
だが、改造ヴァリューが避けるのは計算ずみだ。
おれはもう一方の手でショットパンチする。
ガイン!
ショットパンチがヒットする。
改造ヴァリューは後ろに飛んでショットパンチの威力を軽減する。
それから連続して実剣とショットパンチを放つがことごとくかわされる。
これはどうしたことだ。
まるで自分の影とでも戦っているような感じだ。
布のように感触のない相手と戦っているかのようだ。
「きみは実に兵士として戦士として正しい人だ」
改造ヴァリューのパイロットはそう言う。
余裕を。
ローラーダッシュで移動する二機。
おれはさらに攻撃する。
が、すべてかわされる。
ガガン!
こちらと向こうのショットパンチ同士がぶつかり、はじける二機。
おれはそのいきおいを利用して、実剣を下から振り上げる。
ガギギン!
改造ヴァリューは足裏のローラーホイールでおれの剣を受け止め、ローラーを全開に回転させて剣をホイールで叩き折る。
なんて動きだ。
どんな力がこんな攻撃を可能にするのだろう。
「きみの戦いは実に正しい。自分の信じた道をいきなさい」
「なにを言っている!」
ガイン!
一撃。
一撃の敵のショットパンチにおれは、ヴァリューは吹っ飛ぶ。
視界が暗転する。
なにもない闇が心を占める。
「あんたは失敗ばかりだね」
母はそう言って私の将来を心配した。
「自分の道を歩く勇気がおまえを強くする」
父はそう言って私に人生を諭(さと)した。
父も母も嫌いではなかった。
ただ私はなにをしたらいいのか、夢はなにか見つからなかったのだ。
「だから兵士になったの?」
ワンピースに麦わら帽子の少女はそう言う。
違う。
おれは自由になりたい。
そして。
これは生きるためだ。
「それで誰が生きれるというの?」
少女がさらに聞く。
みんなが生きられる。
「破壊ではなく、創造をください」少女がおれに手をさしのべる。
それはわからない。ただ自分なりの現実への戦いをするだけだ。
少女は大人の女性に成長する。
それはまるで美の女神。
「戦いの果てを見なさい。いまが人の限界だと認めなさい。戦いに夢があるならば、それを叶えるのが兵士の努めと知りなさい。昨日より人が死んでいく。あなたは生きている。それは死んだ人の意志。その命を時代に捧げなさい。あなたの力が時代の呼吸なのだから。信じた時代は変わります。あなたが残す思いを次世代に伝えなさい。あなたが生きた証としてその願いを私は抱きしめていますから。自分を愛して仲間を助けなさい」
そう、それは正しいに違いない。そうしょう。約束する。
「さん!」
誰だ? おれを呼ぶのは。
「兄さん!」
ああ、レミーか。
「なにか悩みはないかレミー。話しを聞こう」
「寝ぼけないでください! まだ戦闘中ですよ」
う……ん?
「レミー。おれはどれくらい意識を失っていた」
「五分ほどです」
おれは計器に目を走らせる。
ヴァリューに損害はない。
改造ヴァリューは残骸の丘に座って動かない。
「五分も? なぜ改造ヴァリューは攻撃してこない」
「わからない。それよりもその機体の正体がわかったわ」
「なんだ」
「あれはラッセル博士が我が軍で開発した機体よ」
「それがどうしてこんなことしてる」
「ラッセル博士は相手の攻撃を予測するプログラム、クライスラーシステムですべての攻撃を、あらゆる攻撃を予測する機体を開発したそうよ」
「それで攻撃がすべてかわされていたのか」
「博士の起案は軍部で何度も論議を呼んだ後で、正式に却下されているわ」
「それでここでその威力を見せつけているってわけか」
「そう考えるとつじつまがあうわね」
おれはヴァリューを立ち上がらせる。
「どうするの兄さん。相手は一千機を倒したかも知れない機体よ」
「それでも、それでも戦うしかない。それが兵士だから」
五分もこちらを攻撃してこないのはどうしてだ?
いや、いま考えるのはそれじゃない。
おれは深呼吸をひとつする。
無心だ。
無心で行動する。
なにも余計なことを考えない。
ただ集中するんだ。
おれはヴァリューを動かす。
ガガイン!
おれの剣撃が改造ヴァリューを押す。
「これは、行動原理の集中!」とラッセルは驚いた。
おれはさらにヴァリューを動かす。
「兄さん、兄さんのヴァリューの動きはめちゃくちゃです。相手を翻弄するにも変すぎます」
無心だ。
無心だ。
「なんだこれは。予測が予測が予測が私の予測が未来が見えるぞ。きみの動きは未来を見せることができるというのか」
ガギギギギギギギギギン!
ガイン!
空に舞うおれのヴァリュー。
空が回転する。
近づけば遠く、遠くなれば近づくヴァリューとの距離。自然との距離。
おれのヴァリューが実剣が陽を斬る。
予測機に背を向ける。予測機をけりながら剣で地を斬る。
剣を百八十度振る。
予測機を捕らえる剣。
「なんだこの攻撃は!? 無心? いや、なにか意思がある動き。この意識を予測する。それが予測機たる未来への本質の継承ならば」
予測機が飛ぶ。
おれのヴァリューはさらに天と地を剣で表す。
軽々と迎撃される予測機。
「なんだこの意識は。まるで過去の継承。私の選択肢にはない考えだ」
. 予測機はまったく動かないで破壊されていく。
おれのヴァリューは改造ヴァリューを行動不能にまで破壊する。
「信じられん。私の予測機を越える動きをするとは賛美に値(あたい)する」
「なにをしたんですか兄さん!」
おれは息を整えながら言う。
「なにも考えなかったことを考えた」
「そんなことで私の予測機が破れるものではない。確かにきみの行動には意識があった。それも高度な戦意があった」
「博士の予測は戦争の動きだけに限定されている。だから五分間もおれが意識を失った時予測できず、反応できず、おれを攻撃しなかったんだ。だからおれは戦かわない戦いをした」
「つまり?」とレミー。
「おれは踊りを踊った」
「え?」
「は?」
「おれは演武をヴァリューで踊ったんだ。ただ無心で、な」
「兄さん!」
「子供の頃演舞を習っていたんだ」
「ははっあははははははっ」
笑い出すラッセル博士。
「それは考えていなかった。きみは素晴らしい人だ。時が計上した自然よりも美しい。ならばこその力。いつ戦いが始まろうとも、いつ平和が終わろうともその願いは鳥の翼足り得るだろう。それでいい若者よ。時代はこれで終わりを告げる。それは浅はかさという時代なのだ。いまからきみの伝説を始めるがいい。昨日よりは明日がいいと言うのだろう。破壊と創造の天稟(てんびん)を苦労とするならば。いいだろう。私は敗北を認めよう」
「あなたに敬意を表します」
おれのヴァリューはラッセル機に頭を下げる。
「さあ、ラッセル博士、ヴァリューから降りてください。あなたの処遇は我が軍が預かります」
「断る」
改造ヴァリューからは各所から煙りが出ている。
「博士、危険です。機体から降りてください!」
改造ヴァリューは推進器全開で空に飛ぶ。
「博士!」
「このシステムには人の考えが必要だった。予測機とは、私自身なのだ」
「博士」
改造ヴァリューが空に飛ぶ。
改造ヴァリューは煙りを吹き上げ、空高く飛んでいく。
もう天空に点になってしまった。
「見えるぞ」
博士はそう言う。
「なにがです?」
「人類の未来が見える。人類は……」
改造ヴァリューは光と化す。
改造ヴァリューの残骸は星のように輝いていた。
まるで芸術のような光だった。
機動戦艦におれは戻る。
まずはコーヒーを飲みたい。
休憩室に直行してコーヒーを飲む。
「おつかれさま」
ミッシェルがいた。
おれは言う。
「博士は……」
「なに?」
「博士はどんな未来が見えたんだろうな」
「幸福な未来よ」
「そう、だよな」
おれはさらにコーヒーを飲む。
ミッシェルがおれの肩に手を置いて言う。
「未来はひとりひとりが作るものよ。戦って勝ち取るという人、日々を淡々と紡ぐ人。感じたままに生きる人。人それぞれ。結果はふたを開けてみないとわからない。から。なにが本質だと言えないように、未来を過去にすることは出来ないわ。あなたは戦いを選んだ。誰がそれをとがめるというのかしら。あなたのままに生きることに誰が否定できるというの。断続こそが力。予測からもいま、生き続ける力の連鎖。人は夢を見る。だから生きていける。だから未来を信じていける。だから、誰がなんと言ってもあたしはあなたの味方です」
「ありがとう」
おれはコーヒーでミッシェルと乾杯する。
おれは夜遅くまでミッシェルと話していた。
夜は過ぎていく。
そして朝日はまた戦争の陽をかざしたのだった。
続
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