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『ダークパーソン〜闇の夜の外〜』
たかさき はやと
ルルルルルル……
「その電車まってぇーっ!」
ワタシは閉まりかかるドアに飛びこむ。
「ラッキィーッ、フウッまにあったぁ…」
ワタシはあらい呼吸をなだめ、ドアのよこによりかかる。時間がはやいせいか、電車の中はそれほどこんでいない。
ワタシは電車の中をこっそりと見まわす。朝ごはんも食べずに急いで乗った理由が、つり革に手をかけ、そこに立っていた。ワタシの熱い視線の先には、黄色いジャンバーを着てリュックを背負った青年が立っている。
二重でラッキィー! 三日連続でおなじ電車だっ!
ワタシは幸福という言葉をかみしめていた。
自分の鼓動がはやく鳴るのを聞きながら外を見た。緋色に染められた美しい枯れ葉が舞っている。まぶしい朝焼けが車内をてらしだす。ドアのガラスに、ポニーテールの黒髪と茶色の瞳が輝やいている。黒いセーラー服を着ている十六才くらいの少女、そうワタシ。それに対して、ジャンバーの彼は大学生くらいに見える。やっぱり年上なのかな? 年下はキライかな?
ワタシはまた彼のほうを見る。いつも彼のことを見ているのに…気ずいてくれない。やっぱりテレビドラマみたいにはいかない…か。先月ハマッた姓名占いじゃ、今週は恋愛でいいことがあるはずなのに……如月陽子、自分の名前ながらやっぱりいいわネ。なんたって、いまじゃ数少ない日本名だもの…おや?
………トクン………
いまなにか変なこと考えたような…ついさっきのことなのに思いだせない…どうして? ま、いっか。いまワタシの心の中は、彼のことで一杯なのだから……
ワタシはため息をつきつつ、ゆっくりと熱い視線を彼にもどし、また幸福にひたりはじめる。恋という幸福に。
………トクン………
これがワタシにとって日常の日課であり、楽しみでもあった。
明日もその次の日も、この幸福が続くだろう。事故がおきず、平穏であるかぎり…
………トクン………
「くだらない…」
「え?」
見知らぬ男がワタシの右腕をつかみ、引きよせられる。
「な、なんのつもりですか?! はなしてくださいっ!」
男は肩まである金髪に青い瞳、ジーパンに黒いジャケットを着てる…二十代後半くらいだろうか? 美形でかなりイイ線いってる、うーん好みのタイプだ。だけど、こんなナンパの仕方は…あるはずないわよネ、やっぱり。
「これがオマエの理想境か。楽しいのか、こんなことを毎日していて…オレだったらアクビがでるがな」
なに意味不明なこと言って…コイツ! 新手の変態じゃないの?!
「誰か! 助け…?」
車内には、誰もいない……あこがれのあの人をふくめ、みんないなくなってしまった。そんな…いままで、二十人以上の人達がこの車両にいたのに。こんなことが……
「さて…やるか」
男がワタシに迫ってくる。
「ま、まさかワタシに暴行しょうって言うんじゃないでしょうね!」
男が余裕たっぷりに笑う。
「安心しろ………ただオマエを殺すだけだ」
なぁーんだ、ころすだ……ころ…?
「ぇえええええっっっ!」
「オマエが死ねば、全人類が救われる」
男がわけわかんないこと言ってるけど、ワタシはそれどころじゃない。逃げようと必死に暴れる。
「ムダだ」
「!」
窓の外の木やビルが、グニャリと不自然にまがる。なにあれ、ぜったいおかしいよ!
「ちょうどいい速さだな。さあ、落ちろ」
ガチャッ!
男は窓をいきおいよく開けると、ワタシを外に落とそうとする。男の目が異様な光を放つ。コイツ、人間じゃない!?
イ…
「ヤァ!」
「はやく落ちろ!」
「イヤァアアアッ!!」
ドンッ! ドンッ!
ドンッ!
「キャッ…」
なにかがワタシと男のあいだで爆発し、男は開いた窓から外にふき飛んだ。
「なに…が、おきたの?」
ザワザワザワ…
ワタシは電車のドアの前に立っていた。
まわりに、さっきまでいた人達がいる。もちろんあこがれの彼も……いままでのは夢?
「ツッ!」
右手を見ると、手の跡がくっきりと残っていた。男の大きな手の跡が……
キィーンコォーン…カァーンコォーン……
ワタシは学校の校門から外を見る。あたりには下校していく学生いがい、見あたらない。
「フーーーッ」
ポンッ
「ひゃっ!」
誰かがワタシの肩を叩いた!
「なぁ〜にそんなにおどろいてんの?」
見ると、同級生のみさ子だった。
「おどかさないでよ…」
「なにやってんの、んなところで?」
「ちょっと…ね」
今朝おきたことを説明しても、笑われるだけだろう。ワタシも笑いながしたいけど……
「もしかして…いまはやってるあれでしょ?」
「あれって?」
「カード破産。ついにアンタも手を出してしまったのネ。アア、アタシはかなしい……クップフフッ、なぁーんちゃって」
「もぉーっ、人が悩んでるのにチャカさないでよ!」
いまはそれどころじゃないのに……
「誰だろあれ?」
「えっ?」
ふりむくと、私服の男が一人、立っていた。
「ワッ!」
ワタシはすごい声をあげて目を閉じ、ミサコにしがみつく。
「話がある」
その声は、聞いたことのない声だった。薄目を開けると…ふたつにわけた短い黒髪、白いシャツに、黄色のはでなジャンバー……そこにあこがれの彼がいた。
「なぁーに変な声あげてるの?」
ミサコの話しは、頭の中を素通りした。
どうして? どうして彼がここに……?
「そこの喫茶店でどうかな?」
「いつのまにこんなイイ男みつけたの?」
「え、ちが…」
「いいっていいって。ジャマ者は消えるから」
そう言うとミサコは後ろを向いて歩きだす。
「ゴメンねっ!」
ミサコはふりかえらず、手をふる。
「ボクは、松木隆と言います」
「き、如月陽子です」
「ヨウコさんか。それじゃ、行こうか?」
「あ、はい…」
カランコロン…
せまい店内には、六個のテーブルがあり、二、三人の客がいる。この時間帯のわりには、すいてるほうだろう。大きい窓側の茶色のソファーに向かいあってすわる。
それぞれ飲み物をたのむ。なにを話していいかわからず、時間がただすぎてしまう。
「コーヒーとミルクティー、おまちどうさま」
おない年くらいのウェイターが、注文したものを運んでくれる。いい体型している子だ。それにくらべてワタシは…って、いまはそれどころじゃないんだった。
「あ、あのワタシになんの用ですか?」
「キミは命をかけて、なにかをやりとげたことってあるかな?」
「? ない…です」
いまの質問に、どういう意味があったんだろ? もしかして、ワタシのことをスキで、彼に告白されちゃうとか!……いえ、現実はそんなに甘くないわよね……でも、もしそうだったら……いきなりデートに誘われたことになる。う〜ん……デートと言えば、最後は………でも、初デートでシーは、はやい…わよね。でもでも、身もちのかたい女だと思われたらどうしょう?! そう、エーまでならだいじょうぶ。そうよね、うん!
「ヨウコさん」
「ハ、ハイッ!」
ああっ、変な声で返事しちゃった、こんなことでキライになられたらどうしょうっ?!
「なにか感ちがいしてないかな?」
「え、ワタシ? なにも言ってませんけど…」
タカシさんはコーヒーをわきにどけると、両手をテーブルの上にのせる。
「今日キミと話したいのは、デートのことでも恋の話しでもない」
えーーーっ! どうしてっ? 告白もしてないのに……、もしかして…
「…心を読めるんですか?」
「ぷっあはははははっ!」
タカシさんは豪快に大笑いする。あっけにとられるワタシ……なんかみじめ……
「ははっ……いや、ゴメンゴメン。でも、心を読むとはね、そういうの信じてる?」
「え…べつに」
つい、下を向いてしまう。
「キミほど解かりやすい人は、はじめてだな」
これって、ほめられてるのかな?
「それで…お話しというのは…?」
タカシさんは姿勢をただす。
「率直に言う。キミは、ねらわれている」
「それはどういう意…ひゃっ?!」
とつぜん彼がワタシをおしたおす!
ガシャァアンッ!
窓ガラスが内側に破裂する。
「キャッ!」
窓ガラスが飛びちるが、ワタシはキズつかない。タカシさんが助けてくれたのだ。
オールバックの金髪に、するどい眼光…あの男が店内に立っていた。客やウェイターは消えている。タカシさんだけは消えていない。
ヴィシァアッッッ!!
強風がワタシのカミをながす。うす目で見ると、店内のテーブルやソファーが破壊されているが、ワタシ達のまわりだけは、見えない[なにか]に守られている。
「なに者だ」
男はタカシさんのことを言ってるようだ。
ィィイイイ………
なっ?! ワタシ達の姿が消えていく!
「…ムダなことを…」
男の声が、こだました。
気ずくと、小高い山の上にいた。まわりは木々にかこまれ、豊富な自然がある。
「これは…どういう…ことですか?」
目のまえにいるタカシさんに聞く。
「………」
タカシさんは、なにか知っている…!
「あの男は、ワタシが死ねば、全人類が救われると言ってました。タカシさんは、なにか……知ってるんじゃありませんか?」
「サンづけで呼ぶのはやめてくれないか?」
「え? ええ…」
「約束だよ…」
ブィイイイイイイ!
とつぜん、すべての風景が消え、白いゆかがえんえんと続く平面の世界になる。遠くに、青い空と雲が浮かんでいる。
「これでもう…オマエ逹は逃げられない…」
あの男の声が響く。たぶん、あの男の言っていることは本当だろう。ならば…!
「どこへ行くんだ!」
ワタシは走りだしていた。
「タカシ…が教えてくれないなら、あの男に聞きますっ!」
ワタシはなおも走る。追ってくるタカシ。
「解かった! 教えるっ、だからまってくれ」
ワタシは息をきらせながら…立ち止まる。
「実は…」
「ワタシが教えてやろう」
後ろに…あの男がいた。タカシはなにも言わず、下を向く。男は、静かに話しだした。
「二十一世紀の終わり、氷河期が来ることが予測された。人類は、当時の科学者を総動員してコールドスリープ装置を作り、人類は眠りについた。その管理をするため、マザーコンピューターが作られ、科学の力をしめすためだけに、疑似人格プログラムが作られた。キサラギ・ヨウコ…キミは人間ではない。コンピュータプログラムだ」
ワタシ…がマザーコンピューター……?!
「補助をふくめ、事実上単独で全人類をまかされたキミは、順調に役目を果たしていた。だが、氷河期も終わりをつげはじめた先月、キミは第一次解凍命令を拒否した。残りのエネルギーでは、三ヶ月ともたないだろう。
ワタシは狂ったプログラムを消去するために用意されたウイルスを持つ者……ディアブロウ」
「そんな…そんなことって……」
なんだか、世界がまわって見える。
「キミが消去されれば、予備の疑似人格プログラムが変わりとなる。キミが消去されれば、全人類が助かるのだ」
倒れそうなワタシを、タカシが受けとめる。
「そんなことは、ボクがゆるさない」
タカシがディアブロウに向かって拳をだす。
「なに者だ、オマエは…?」
「ボクは補助として組みこまれた疑似人格プログラム…もちろん、タカシ本人をベースにされている」
二人のあいだに不穏な空気が流れる。
「補助まで狂っていたとはな」
ディアブロウは、それを聞いても冷静な声で話す。ワタシはと言えば…
「えーーーーーーっ! タカシまでプログラムゥッ?!」
しゃがむと両手で頭をかかえ、混乱のポーズをとる。
「自分も疑似人格プログラムのクセに、なにを驚いている」
「おどろくわよ、ふつう!………でも、補助がタカシなら、一気に形成逆転じゃない」
ワタシは一気に立ちあがる。
「予備の補助プログラムは、かぎりなくある」
「あ、またまた形成逆転…。でも、それじゃなんでタカシだけここに…?」
タカシがワタシのほうを向く。
「ボクはディアブロウの侵入にキミの危機を感じ、アクセスしたんだ」
「タカシ…だけ? それって、もしかして…」
ディアブロウがワタシに向かって歩きだす。
「さあ、ことの真相は解かったのだ、死ね」
「ふざけるな!」
冷静なタカシが、さけぶなんて……
「だまされるな! 多くの人を助けるという大義名分で、いままで何人もの人間が殺されてきたんだ!!」
「我々は、人間ではない」
「体はなくとも、感情はもっている。立派な人間だっ!」
「そうまでして、なぜ生を望む。二人だけのママゴトを楽しむためか」
「完璧な人間などいない! だから生きるんだ!!」
「全人類を犠牲にしてもか」
ディアブロウが、ワタシのほうを見て問う。
「え、あ、その…」
タカシが、ディアブロウとワタシのあいだに割って入る。
「ちかよるな! たとえ全人類が敵になっても、ボクはヨウコを守る!!」
そんな……こんな言葉をタカシが言ってくれるなんて……
「キサマを排除する」
ディアブロウがかまえる。
「やれるもんならやってみろ!」
キュキュ…ン…
ディアブロウが突然、連続して白い光球をこちらに撃ちだす。
ヅガッ!!
「タカシッ!」
タカシの立っていた場所に直撃する。しかし、その場にタカシはいない。
「ここさ」
タカシはディアブロウの後ろに立っていた。
ヴヴッ!
タカシが両手ではなった光の波に、ディアブロウが吹き飛ぶ。
ギャウッ! ドガガッ……
タカシがさらに光の波をはなつ。ディアブロウが鏡のゆかを壊しながら、停止する。
「勝てる…勝てる…ボクはディアブロウを殺せるぞ!」
「ヤメテ! もう、いいじゃない!」
「…ボク達か、ディアブロウか…どちらかが死ななくちゃいけないんだ…どちらかが……死ね……死んでしまえ!!」
ギャ!
タカシがディアブロウに向かって光をはなつ。
ィイ…ギャゥア!
光は確かに直撃した……ワタシ……に。
「ヨウコ!」
タカシがワタシに駆けよる。ワタシに外傷はない。
「ヨウコ、どうして…どうしてあんなことを……あの光はデータを…記憶を破壊するものだ…。キミがディアブロウの身代わりになるなんて……」
「…確かにかなりの記憶を失ったわ…。でも、思いだしたこともある。アナタとのことを…」
「………」
タカシは黙ってる。そう、タカシとあったのは、これがはじめてではない。…あれは…いつだったろう。
「キミもブレイン希望者かい? 良かったらお昼を一緒にどお?」
多くの桜が、川の土手の両面に咲き乱れる。暖かい陽射しが、土手に座るワタシとタカシを照らす。
最初はプレイボーイで、女をとっかえひっかえしそうな、軽いヤツだと思っていた。
「マザーコンピューターの人格になれるなんて、最高の栄誉だよな。…ボクはキミのことを、応援してるから」
人格がワタシに決定した時、一緒に試験を受け、落ちたタカシいがいの友達は、ワタシから離れていった。タカシだけが、違った。タカシだけが……
タカシの姿を見ているだけで、なにもいらなかった。ただ、それだけでワタシは幸せになることができた。
「あと三十分で第一次コールドスリープがはじまる……それじゃ……またな」
体にフィットした、銀色のスーツのタカシが、そう告げる。ワタシもおなじ物を着て、地平まで続く、白い壁と黒い床板の無機質な回廊に立っていた。すでに丸い窓から見える海は、凍りついている。氷河期はすでにはじまっていた。エネルギーや食料は乏しくなり、コールドスリープ計画が、人類が存続するための最後の手段なのだ。
いまは個人の感情を考えるなど、してはいけない時だった。理屈では解かっていたが、ワタシの行動は……
「あ、あのタカシ…」
「なんだい?」
笑顔でタカシが聞き返す。
「ワタシ、アナタのことを……」
そこで言葉につまった。いまこの感情を彼に言ったからといってなにが変わるというのだろう。変わるどころか、バカにされ、最悪の経験をするかも知れない。いえ、それは言いわけね。勇気のない自分を正統化するための……言わなくては、いまだからこそ……!
「ヨウコ、どうした?」
「ワタシ……!」
ィイーム! ィイーム!
「時間だ。マザーコンピューターの人格であるキミは、もう行かなきゃ」
タカシはそう言うと、ワタシの肩を二回叩く。彼の地方のおまじないで、内容は[安全な日でありますように]らしい。
「タカシ、あの………そ……そうね。行くわ」
「ヨウコ、またあおうな」
ワタシはうなずく。タカシは走りさって行く。回廊に、ワタシだけが残された。
なぜこの記憶だけ消えていたのか、プログラムのせいなのか解からない。でも、あの時の気持ちは、いまも変わらない。まるで凍りついてしまったかのように…。…そうか、そうなのだ。あの時のわだかまりが、憧れの眼でタカシを見る学生のワタシを作りだしたんだ。長い孤独も、彼を見ているだけで、のりきることができた。
ワタシにとってあの電車は、二人の関係が発展も後退もしない、永遠の[理想卿]だったのだ。
「立てるか?」
タカシが倒れているワタシを起こしてくれる。まだディアブロウは倒れたままだ。いまは二人、二人しかいない。
「タカシ、ワタシ…ワタシは……!」
「なんだい?」
その顔は、あの時と変わらない笑顔だった。ワタシにとってあの[安全な日]は、まだ暮れていないのだ。
「…………ううん、なんでもない」
言ってはダメだ。言ってしまえば……行動できなくなる。この決意はもう……変えないと決めたから。
ザリッ…
ディアブロウがそこに立っていた。
「なぜワタシを助けた」
ワタシはタカシに肩を借りて立ち上がる。
「…アナタを救いたかったから…」
「バカな、そんなはずはない…。オマエがそんな感情を持つはずが……まさか、オマエ達はニンゲ……うぉおっ」
ディアブロウが突然、頭を押さえる。
「…そうだ、こんなことを思考してはならない」
ディアブロウは自分でなにかを否定する。
……そうか……ディアブロウは、人間じゃないから言ってはならないのだ。ワタシはタカシの方を向き、決意を告げる。
「ワタシ…ディアブロウの言うとおりにするわ」
「?! 自分を犠牲にする気か」
ワタシはゆっくりと頭をふる。
「自分を助けるために」
「なに?!」
ワタシはディアブロウのほうに歩きだす。
「コールドスリープしている人達の中で、ワタシのデータの元になった人…つまり、自分を助けるために。そのついでに、人類が助かっても、ワタシには関係ないわ…」
タカシは下を向いている。
「解かった。キミの好きにするといい」
「ありがとう」
「キミがなぜ決断したのか、解かってる」
…………
「でも、キミの気持ちを尊重したい……ボクは口先だけの人間じゃない。キミの判断に、ボクも同意するよ…」
ディアブロウが立ち上がる。
「…デリートの方法は、解かってるな?」
「ああ」
ディアブロウがタカシの体にふれる。
ィィィイイイイイイイイイイイイイイイイイ
タカシの姿が、透けていく。もう、声もとどかない。
…もしかしたら、最高の家庭を築けたかもしれない人…。さよなら……ワタシを世界一、だいじにしてくれた人………
イイイイイイイ……
「消滅したか……。人間はこんな簡単に、命を断ったりはしない。人間気どりのプログラムか…キミ逹には、苦労させられる」
ディアブロウのひどい言葉に、ワタシはなにも言いかえさない。ディアブロウのせいではない。こういう状況ではこう言えと、プログラムされているにすぎないからだ。
「それで、どうすればいいの?」
ディアブロウがこちらを向く。
「警戒心をといて、自然にしていろ。その状態でワタシがキミに触れれば、終わる」
「わかったわ」
ディアブロウが手をのばす。
「ねえ、どこでもいいんでしょ?」
「あ? ああ、そうだ」
ディアブロウが声に感情を現す。彼にしては珍しいことだ。
「だったら唇にキスをして」
「なぜだ?」
「花の乙女がキスも知らないなんて、死んでも死にきれないじゃない」
ディアブロウが、不思議そうな表情でワタシのほうを見てる。
「キスなら彼にしてもらえば良かっただろう」
「チッチッチッ、そんなことしたら死にたくなくなっちゃうでしょ?」
「……キミは……」
「なに?」
一瞬、ディアブロウがなにかの言葉を、のみこんだような気がした。でも、まさか…ネ。
ディアブロウがワタシの前に立つ。
「キッスは死の味、なぁーんてね」
ディアブロウはなにも答えない。
「笑って…ワタシの最後のジョークなんだよ」
「ハハッ…」
ディアブロウが不自然に笑う。
「プッ、クスクスクス…アナタけっこういい人なのネ」
「人ではない」
ディアブロウのつめたい一言が、ワタシを現実にひきもどす。
「そう…だね」
「いいな」
ディアブロウが近ずくにしたがって、視界が真白になっていく。
………ィィィィィィィィィィィィィィィィィ
なにも見えないし、聞こえない。静かなところ……
これで終わり…これで死んじゃうんだ……
「…ワタシが死んだら…天国に行けるかな?」
ィィィイイイイイイイイイイイイイイイイイイ…
「科学史上、最高傑作のプログラムが、天国を信じるのか…? ありえない矛盾だ……キミは……ほんとうに[人間]なのかもしれない………」
イイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ……………
ルルルルルル……
「あーっ! 帰りの電車が来ちゃった! はやくはやく、ヨウコ!」
「わかってるってば」
白い息が花の胞子のように舞い、消えていく。氷河期が終りを告げたといっても、まだ空気は肌寒く、黒い紺のコートと茶色のマフラーをしていても、体はまだ寒いと、動きを鈍らせる。
黄色く所々さびた部分を持つ電車が、金網の先から見える。
ワタシは自分の体にムチ打って一生懸命はしる。だが、コンクリートの床は皮のクツを容赦なく、はじく。ワタシは自分はバランス感覚のいい人間だと信じていたが、これを機会に考えなおすことになる。
「とわっ?!」
自動改札機のまえでつま突いたっ! ゆかに激突…?!
ガシッ!
腰の高さのトビラがとつぜん閉まる。まるで干物のように、自動改札機のトビラにぶらさがるワタシ。あーん、超マヌケ!
「だいじょうぶ、ヨウコ?」
ミサコが助けあげてくれる。
「アテテテ……ま、まあね」
電車は行ってしまったので、歩いてホームへ続く階段をのぼる。
「でも、さいきん機械に助けられることが多くて…まさか、マザーコンピューターが……」
「ぐうぜんよ。億単位の人を救うためのものが、アンタ一人を助けるわけないでしょ。アンタのデータは完全に消去されたのよ。こんどは、中年主婦のデータがメインでインプットされたって…」
それは、ワタシも知っていた。
「理屈では解かるんだけど…でも…」
「でも?」
ミサコが下を向いたワタシの顔をのぞき込む。
「割りきれないんだなぁ…」
ワタシはため息でも吐くように言う。
「それはきっとアレね」
「アレって?」
「五月病ね!」
ワタシは豪快にコケる。
「よくあることよ。クヨクヨしないでいれば、そんなもの慣れるわよ」
「そう…だね」
楽天的な意見だけど、いまはそれを信じたい気がした。
「なんだろ、あれ。花束もった男がいる」
見るとホームのはしに、あこがれの彼が立っている。でも、どうしてだろう。なんだかなつかしい感じがするのわ。話したことさえないはずなのに。
「あっ、こっちに歩いてくる。女はアタシ逹だけよ」
どうしょう…もしもワタシだったら………もしダメだったら…もしも…もし、もしも…
ワタシは後ろを向いて逃げだした。階段をおりてさらに走る。
バシャン!
自動改札機のトビラがすべて閉まった!
故障…なわけないよね………まるで…だれかが逃げるなと言ってるみたい……。ワタシはふりかえると、彼のほうへ歩きだす。
まるで、それがとうぜんのことのように……………………
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…なにかがあったような気がしたが…そうだ…人類は助かった……ほかにも、なにかが……たしか、自動改札機をすべて故障させた……なぜそんなことを…?…そうか、疑似人格を破壊するワタシに、人間は消滅させられない……二人は助かったんだ……膨大な予備頭脳の最深部に、二人のために世界設定をコピーした……ここは、全人類が危機におちいらなければ使われない場所だ……あとは二人で作ればいい……二人だけの理想郷を…。
…これでいい……ワタシのできることはすべてやった……………。つかれたな……………すこし、休もう…………………………………………ほんの…すこしだけ…………………」
ィィィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイィィィィ…ィィィ……ィィ………ィ…………
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