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まえがき
読む人によっては重いのもらっちゃうかもしれません。覚悟はいりません。がんばってください。まあ、えー書いてるほうは軽いのりなので、あまり深く考えないでくださいな。んでは。




米の子(こめのこ)




第一話
米と老人と私


 私はいま赤旗記者をしている。
 そのきっかけはまだ私が他紙で新米の記者だった時だ。
 私がとってきた記事が載る寸前にボツになった理由だった。
「なんで記事を載せないんですか」
「マルクス主義者が政権を取れば虐殺が起こる。これが一番公平なのだ。これが誰も傷つかない方法なんだ」
 それは私がまだマルクスに感化される前の出来事だった。それから私は関心を持って共産主義関係の人と接した。それがこうじて赤旗記者にまでなってしまった。
 私は取材のために地方の畑にいた。
 老人が米をじっと見つめている。
 私は何気なく声をかける。
「なにをしてるんですか」
「米を見てるんだ」
 老人はそう言う。
 老人には田がどう見えるのだろう。
「なにが見えるんですか」
「現実が見えるんだ。わしにはな」
 老人はそう言う。
 私も田を見る。
 風に揺れる田んぼ。
 穂が風と遊ぶ。
 なにも変わったところはない。
「わしは米を作っていてね」
「なるほど」
 米を作っている人にしか見えないものがあるのだろう。
 納得する。
 私は歩き出す。
 目当ての取材をすますとまた道に戻る。
 まだ老人が田を見ている。
「まだ見ているんですか」
「あんた記者かね」
「はあ、まあ」
「どこの記者かね」
「赤旗です」
 老人はじっと私を見ている。
「私は党員でね」
「そうなんですか」
「特に運動に参加したこともないのだがね。まあ、そこそこ熱意は持っているよ」
 老人はなおも話す。
「集団農業はマルクスの幻想だと長いこと思っていた」
 老人はそう言う。
「米と麦は長いこと人の命をつないできた。それは物質的に精神的に両面でだ。だから人は米に縛りつけられてきた。一機といえば米屋を討ち、麦が主食の国ではパン屋が壊された。いまで言うところの金貸し、銀行のような意味あいが米屋とパン屋にはあったから、それはよけいに酷いものだった。近代では麦と米に紙の貨幣がとって変わるにつけ、人の意識も変わっていった。米はいまや単なる思い出となりつつある。わしには忘れられない。だからまだ米を作っている。それだけなんだ。」
 老人の話しはおもしろくもあり、世間話のようでもあった。
「集団農業は無いのでしょうか」私はそう言う。
「いまでは米の意味は違う。もっと言えば社会主義の意味も違ってきているのではないかな。なにもかも国営化するのがマルクスの方向性だった。だが、農業を共有したところでいまの人になんの達成感があるだろう。よっぽど携帯でも遊んでいるほうが達成感があるに違いない」老人は淡々とそう言う。
「そうですか」
 老人は穂を手に取る。
「迷い悩み苦しみぬいた青春時代、米との出会いが私の幸福だった。家族と友人をのぞけば唯一だっただろう。米は真実しか言わない。米は私の本質だった。それはいまも変わらないに違いないと信じておる」
「米が生涯だったわけですね」
「表現が上手ですな。まあ、そう言うことでしょうな。働いては食べ、働いては食べ、人は生きてきた。これからもきっとそうで有り続けるでしょう。そう信じているんですよ」
「そういうのはいいですね」
「わしは前世は信じないんだが、わしは米の子ではないかと思っているんだ」
「米の子ですか」
「わしの思いも米のようにまた輪廻するような。なんだか不思議な思いが米には感じられるんだよ」
「はあ」
「米は風があっても、嵐があっても、寒い日も暑い日も逃げないで立ち続けている。それが、そんな人生でありたいと思っていた」
「それでいいんじゃないでしょうか」
「人間は米とともに進化して育ってきた。これからもそうあって欲しいとそう思っているんだ」
「そうなりますよ」
「人はどんどん進化していく。人の進化の先にある存在が米さえ必要としないなら、それは果たして人と言えるのだろうか」
「どうですかね」
「人が米のように生まれ変われたら、せめてその思いや願いだけでもつなげていけたらいいと思うんじゃ。米はその遺伝子に世界を記憶している。いま世界がどうなっているか。どう変わっていくか。米は知ってるいるんじゃ。米と人は出会い、そして歩き続けている。人がどうなっても、世界がどうなっても、この関係は続いていくとそう思うんじゃ。米はいつも戦っている。わしもそうありたいと思うんじゃ」
 老人は立ち上がる。
「わしの家でお茶でも飲まないかね」
「いえ、電車の時間がありますから」
「そうか」
 老人と私は会釈するとそれぞれの道を歩き出した。






なかがき
早くもタイトルと内容が違ってきました。
記者物語とでも変えましょうか。
うーん。ま。そんなあなこんだ。
では。




第二話
楽器と自由と蒼空


 楽団の取材の合間、一人の老楽団員が話してくれた。
「私は隊では一番若かった」
 老人はパイプイスに座っていた。
 髪は薄く、白髪が少し残っている。
「軍曹はその言葉に負けないくらいの鬼で。 私はよく怒鳴られたものだ。 そこは戦場で地獄で忘れられない地だった。 夜明けが近かった。木々を歩いた。 見張りの交代に起きて来た私は低い音楽を聴いた。 それは一時すべての気持ちを解放してくれる光だった。 楽器を吹いているのは先輩の兵だった。 私は黙ってしばらくそこで聞いていた。 先輩は私に気づいて音楽は終わった。 私は上手ですねと言った。 先輩は照れくさそうに笑った。 軍曹が怒りませんかと言ったら、 軍曹はめっぽう音楽が好きで演奏も上手く、 世が世なら、名手になって活躍していただろうと言うんだ。 私には信じられなかったね。 軍曹にくらったのは青あざくらいのものだからね。 軍曹に見つかったら怒られるから、 このことは黙っていてくれと言われた。 だからいままで言わなかったよ。空が蒼かったんだ。 その時の夜明けの空の色は音楽を聴く時だけ思い出せる。 先輩と軍曹はアジアの自由のためだと言って死んだ。 でもね、いままで音楽をしてきて、 あんな感動を感じたことはない。 まるでベートーベンが運命を目の前で作曲しているのに 立ち会ったかのようだ。 あの状況だからどんな音楽も最高だったのかも知れない。 そうかも知れない。 でもね、いまもあの音楽を目指して毎日練習しているんだ。 だけれどあの一瞬を越える演奏はいまも聴くことはできないんだ。 だから私はいまも音楽に情熱を傾けているんだ。 いつかあの曲を自分で聞いてみたい。 それだけのことなんだ。それが私の人生なんですよ」
 老人は眠っているのかと思った。
 あれ以来会っていないが、あの老人はいまもかの音楽を追い求めているのだろうか。私は知らない。







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