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『次元機 ジャグディーグ』








第一話 きょうこ、旅に出る。


 「きょうこ! 一緒にかえろっ」
 友達の杏が腕をひっかけてくる。
「アン、部活のほうはいいの?」
「あたし達もう三年よ。
 もう引退の時期よ」
 セーラー服を着れるのも後一年。
 春には高校生も卒業だ。
 駅から電車に乗る。
 ドアが閉まり、電車が走り出す。
 電車がゆっくりと回転をはじめる。
 窓の景色が街並みから、星々を巨大な地球を映し出す。
 宇宙を電車が走っている。
 いままでいた学校のある、宇宙ステーションが後ろに消えていく。
 いまは西暦でいうと二万年以上たつ。
 人類が宇宙に進出してからそれはいろいろあったそうだ。
 居住可能な星を発見したり、開発したり、いろいろあったらしい。
 でも、銀河を飛び出し、宇宙のはじっこまで到達した人類は、
 急速に停滞をはじめた。
 人が住む惑星は減り続け、いまや地球ひとつに逆戻り。
 人が住むのも、地球とそれを取り囲むいくつかのコロニーだけ。
 情報としての膨大な科学技術の蓄積はあるけど、
 それを使う人も減り続けている。
 人々の生活スタイルもいまでは二十世紀と変わりない。
 ま、地球の回りを走る電車くらい、生活の一部ではあるけど。
 あたしも忘れ去られた時代には興味なかった。
 いまのいままで今日という日まで。
「今日買い物に行こうよっ」
 短髪のアンがそう言う。
「えー、受験勉強はどうすんの」
「たまには息抜きも必要よ」
 アンが指を立てて力説する。
「はいはい」
 アンとはショッピング関連のコロニーという名の宇宙ドームで待ち合わせる。
 宇宙ステーションには、居住コロニーやらなんやらいくつかある。
 コロニーをひとつにしちゃうと、
 コロニーが大きすぎて不都合があるらしい。
 いくつかに別れたコロニーは、
 月の重力に引っ張られる、なんとかシステムによって、
 月の軌道に一直線に並んでいる。
 あたしはトイレで上下黒のセーラー服の身だしなみを整える。
 黒といっても光りの当たる場所は青くなる。
 赤いリボンが胸に、肩に黄色い線が二本ある。
 服を整えると次は髪。
 茶色と金色の混ざった背中まである髪をほどいて、ポニーテールにする。
 まるで馬のしっぽだ。
 エメラルドグリーンの瞳が、鏡の向こうのあたしがあたしを見ている。
 さあ、行こう。
 電車がやって来た。
 あたしはやって来た電車に急いで乗る。
 鋼鉄製の三重のドアが閉まる。
 と、一両しかない電車内は誰も乗っていない。
 間違って回送される倉庫行きの電車に乗ってしまったのかな。
 あたしの乗った銀色の電車はゆっくり動き出すと、宇宙空間に出る。
 どうやら回送ではなさそうだ。
 とりあえず椅子に座る。
 車両はゆっくり回転しながら宇宙を航行する。
 四方にある四角い窓の一方、眼下にはほの白く輝く地球が見える。
 それぞれ螺旋を描く、流線の四本のレールの中を電車はまわる。
 電車は宇宙に放り出された缶。
 リニアレールであるこの電車(かん)に車輪は無い。
 磁石の力で進んで行く。
 宇宙に光り輝くいくつもの人工物、
 あたしたちが暮らしている宇宙ステーションが浮かんでいる。
 その間を電車はレールに従いまわっていく。
 電車の液晶テレビには、
 電車が走るさまがコロニーが撮っている映像で見える。
 灰色の車体が太陽光で銀色に光り輝く。
 変わらぬ日常、変わらぬ日々。
 なにもかもある生活。
 でも、なにかものたりない生活。
 ないものねだりなのはわかってる。
 でも、なにかが足りない日々。
 なにが足りないんだろ。
 きっと日常では手に入らないもの。
 そんな日を夢見ていたそんな日。
 あたしは出会った。出会ってしまった。
 どきどきする日々に。
 それは突然だった。
ガガガ、ガインッ
 ちょっとした衝撃とともに電車が四本のレールから外れた。
 あたしは椅子からゆっくりと無重力の中に放り出される。
 どちらが上か下かも忘れたように電車は宇宙を浮遊する。
 電気が消え、地球と月だけが輝いている。
 オレンジの予備灯が車内を照らす。
 事故……なの、かな。
 こういう時どう対処するんだっけ。
 そう、まずは深呼吸しなきゃ。
 いっせいの……。
 ようこそいらっしゃいました。
 声がした……ような気がする。
 宇宙病のひとつかと思うけど、それにしてははっきり聞こえた。
 電車の中には何度確かめてもあたし一人しかいない。
 空気や重力には変わりないから宇宙病ではない、かな。
 なんだろう。
 ちょっとした錯覚かな。
 事故の方は、たぶんレールから外れたことは解かってるだろうから、
 待っていればいいんだろう。
 いがいと安心しているのはリニアレールがいままで無事故できたからだ。
 まあ、なんとかなるでしょ。
 あたしは窓の外を見る。
 窓から見える地球がきれいだ。
 青々と輝く地球だけがある。
 なんともいえない感覚だ。
 宇宙にひとりぼっちみたいな、この浮遊感。
 重力制御されてちゃ、ちょっとこんな感じ味わえない。
   そう、ちょっと得したようなものだ。
 遊園地の無重力アトラクションを無料で楽しんだようなものだ。
 これくらいの状況楽しめないでいっぱしの大人にはなれないぞ京子!
 ……とはいっても、なにもすることがないなあ……。
 つまらない日常の連鎖。
 変わらない現実。
 消えない光り。
 心さえ、とらえきれない光り。
 答えは砂のように砂浜に波と化す。
「なにもかも消えてしまえばいいのに……」
 あたしはため息まじりにそう言う。
 宇宙の静寂と空虚さが答える、はずだった。
 けれど、暗闇に男の声が響く。
「それなら、スリルに富んだ日々を楽しもうよ」
「だ、れ……ですか。
 駅員さん?」
 オレンジの予備灯は、車両に誰もいないことを示している。
「あなたに最高の時間を捧ぐ者ですよ、京子」
 またも若い男の声が響く。
 どこを見回しても姿は無い。
 無線かなにかでしゃべっているのだろうか。
 悪いいたずらだ。
「冗談はよしてください!」
「冗談なんかなにも生みだしはしない。
 そうじゃないか?」
「誰ですか。なに言ってるんですか」
「オレは地球の代理人。
 京子、あんたの光りを分けてくれ」
「あたしの光り?」
 電車がじょじょに色を失い。
 宇宙に浮かぶ地球だけが目の前にある。
「これはなに?
 なに、な、こんなことしてなにになるっていうの」
「地球が救えちゃう」
「だからなんでそうなるのっ。
 話しが解からないっ」
 あたしの声は星の闇に消えていく。
 宇宙に浮かぶあたしは手足をばたばたさせるだけで、
 自由には移動できない。
 地球だけが目の前にある。
 まるで目の前にいる地球と話している錯覚を覚える。
 闇がまた話しだす。
「むかしむかし、人間は星を渡る技術さえ手に入れました」
「それがどうしたっていうのっ」
「それらの技術の大半を人間は失った。
 いや、正確には興味をなくした」
「歴史の勉強ならまにあってます!」
「失われた技術を発掘して、
 まったく新しい解釈と選択をした人がいます」
「だからそれが」
「あなたのおじいさまです」
「……? だから、
 それがあたしを拘束することとなにが関係あるんですか」
 この人なにを言いたいんだろう。
 いや。
 いけない、いけない。
 相手の口車に乗せられるところだった。
 こんな分け解からない人、信じられるもんですかっ。
「とにかく、あなたの行動はまちがっています。
 いますぐあたしを解放して、自首して。
 あーあたしなにを言いたくて……こんなことしてなにになるんですか」
「全宇宙に広がった人類もいまや人が住む星は地球だけだ」
「意味が解からない……」
「京子……」
 おじいちゃんが目の前に現れる。
 いや、これはホログラフィだ。
 地球が透けて見えるもの。
「京子。
 私はこの星、地球を守りたいと思ったんだ。
 ジャグ……彼が言うことに最初はとまどうかもしれんが、
 いまは理解しなくていい。
 ジャグに、彼に力を貸してやってほしい。
 いつか、京子にも会って話しがしたいな。
 この一件が終わったらそうしょう。
 ……地球はきれいだな、なあ京子。
 そう思わないか……」
「おじいちゃんっ!
 これはなんなのっこれは……」
 ホログラフィが消える。
 どうやら電話ではないらしい。
「どう、力貸してくれるかな京子」
 たぶんこの人がジャグとかいう人なのだろう。
「いまの映像がおじいちゃん本人とは限らないわ」
「ごもっとも」
 たぶん本人だ。
 何故だかそう確信した。
「ジャグ……さん。
 もしかして状況が解かれば、なにか力になれるかも知れない。
 なにが起きているのか、話してください。
 ウソは言わないで率直にお願いします」
「悪いがそれはできない」
「どうして」
「時間がない」
「時間?
 あたしならちょっとくらいならいいですからっ」
「いや、ヤツらが待ってくれない」
「? 誰です、奴らって」
 宇宙に閃光が瞬く。
 近くで光りが破裂した。
 振動が電車を揺する。
 明らかに指向性のある攻撃……に思えた。
「なにが起きてるんです」
 続いてすぐに光りがあたしのいる電車の近くできらめく。
 振動が激しく電車を揺する。
「なんですか、これはっ」
「ヤツらの攻撃だ」
「ですから奴らって誰ですか」
「軍」
「は?」
「オレ軍から追われててさ。
 実は軍隊から脱走してきちゃったんだ」
 光りがきらめく。
 続いて振動。
 かなり近かった。
 音の波動だけでもびりびりくる。
「ジャグさん、威嚇にしてはかなりびりびりくるんですけど」
「威嚇じゃない。
 こちらを破壊するつもり……だろう」
「そんな。
 話しをすれば向こうも解かってくれるかも。
 向こうと話しはできないんですか」
「できるけれど、話しはできない」
「なんでですか」
「その権利がオレにはないから」
「は? そんなバカな、軍には兵士には権利が」
「オレ、人じゃないもの」
「なんですと!?」
「オレ、宇宙船の人口頭脳だから……軍の備品なのよね」
「えっ、じゃこの電車は……」
「そう、オレ自身。
 京子はオレの中にいるんだ」
 えーと、つまりジャグは軍から攻撃されてて備品であって宇宙船で……。
 光りは点滅を繰り返す。攻撃は続いていた。
 とりあえずジャグは移動して逃げてるみたいだけど、
向こうの攻撃は激しさを増すばかりだ。
「なんで攻撃してくるんですかっ」
「オレには京子のおじいちゃんが作った最新の発掘技術がつまっている。
 それはどれも地球の命運さえ左右するレベルのものだ」
「なんとかできないのっ。
 あたしも乗ってるんですよ!?」
「それくらいじゃ攻撃はやまないな」
「それじゃ逃げられるんですか?」
「このままじゃ逃げられない」
「そんな……こんなところで死ぬなんていやよ」
「だいじょうぶさ」
「なにが大丈夫なんですかっ」
「京子、きみが力を貸してくれればすぐなんとかなるんだけどな」
 ジャグはまるで人ごとのようにそう言う。
 この人じゃなかったこの宇宙船はこの状況が解からないのかしら。
「ジャグさん、そんなこと言って」
「迎撃モードで対処する」
「は? 迎撃って……向こうのほうには人は乗ってないんですか」
「乗っている。
 でもうまく急所は外すからだいじょうぶだ」
「そんなことできるなら早くしてくださいっ」
「説明するとだな、三百パーセントのうち、
 相手の自動回避プログラムをこちらは九十二パーセント上回る。
 兵士の順応性、操縦を私は九十パーセント上回る。
 自然現象による予測不可能値は二十パーセント。
 これらの分析から兵士にダメージを与えてしまう可能性は、
 百パーセントのうち、三十八パーセント……だな」
「つまりジャグさんが反撃したら、
 相手を危険にする可能性があるってこと……ですか」
「ま、そうなるかな」
 向こうの攻撃は激しさを増すばかりだ。
 このままではまずい〜はず。
 でも、だからと言って反撃もいや。
「逃げましょう」
「反撃のほうが有効だ京子」
「いいから、逃げて逃げて、に、げ、るのっ!」
 しばらく沈黙が闇の世界を支配する。
 正確には光りの振動が明滅する中で。
 ジャグが口を開く。
「……解かった。
 京子が力を貸してくれれば一瞬で逃げられる方法がある。
 それを使う。
 それは説明するとまずはきみのおじいさんがきみに……」
「きゃあっ」
 相当な衝撃がジャグとあたしにあった。
 かなり近くで光りが瞬いたのだ。
「説明はいいからっあたしが……なにをすればいいっていうの」
「きみのおじいさんは、京子がオレの力になる時、
 オレにすごい力が使えるようにオレを作ったんだ」
「おじいちゃんが……そんなのどこに証拠があるのっ」
「証拠はない。
 力を貸してここから逃げるか、
 ここでおだぶつするか、ふたつにひとつさ。
 考えてる時間はない。
 いま、決めるんだ」
「えーとうーんと……きゃあっ」
 またすごい振動がジャグに響く。
「もうっ!
 貸せばいいんでしょ貸せば、なんでも協力するから助けてっ」
ドクン……
 なにかが鼓動を開始した。
 この感覚……なんだろう。
 胸の内になにかがあふれてくるみたい。
「京子!
 それを待ってました。
 んじゃいきますか」
 電車がぐにゃりと変形した。
 まるでCGでも見ているように車内の形が変わっていく。
 どんどん車内がせまくなり、
 あっというまに飛行機の操縦席にでも座っている状態になる。
   まわりの壁に触ってみても感触がある。
 それでいてまわりは星々や地球が輝いている。
 無重力に変わりはない。
 この浮遊感……あたし一人で宇宙に浮いているようだ。
「なに、なにこれ」
「オレは姿形を自在に変化させられるんだ」
 目の前に紙のように薄いディスプレイが点灯する。
 ディスプレイには柿のタネのような物体が映る。
「オレはいまこういう形態になっているんだ。
 この形状が逃げるには適してるんだ」
 ジャグの説明は続く。
「京子が力を貸してくれると、
 きみのおじいちゃんが考えだした次元転移航法が使えるんだ」
「次元転移航法?」
「ああ、原理としてはだな」
「きゃあっ」
 またかなりの振動が響く。
「いいからなんとかしてっ」
「力を貸してくれるな?」
「ちゃんと返してよ」
「オッケイ!」
グニュウウウ
 急速な脱力感とともに、周辺の景色から地球や星々が消える。
 次の瞬間、なにも音もしない、真っ暗な場所にあたしはいた。
 どこまでも続く暗闇それでいて、
 誰もなにもかも存在を失ったかのような喪失感。
 まるでブラックホールにでも吸い込まれたような気分。
 きっと地獄へ続く道があるなら、こんな場所に違いない。
 息さえ氷そうなそれでいて温度さえ失われた世界。
 どこまでも続く静寂。
 この世の果てはあるに違いない。
 それはここだ、ここに違いない。
 あたしは半分混乱していた。
「なになに?
 ここはどこ?」
「ここは二次元さ。
 次元転移航法は一度二次元に転移してから、三次元に戻るんだ。
 二次元は平面的空間だけがあって、どこもかしこも平面。
 それでいて平面的空間、
 つまり二次元は三次元のどこにでも共通の空間だから、
 三次元、つまりこの宇宙のどこにでも出現できる。
 次元転移航法の名前の由来でもある。
 もちろんきみのおじいさんの発明さ。
 きみのおじいさんの素晴らしさ解かってくれたかな。
 次元転移航法は広がり続ける宇宙の果てから、
 反対の宇宙の果てまで一瞬で移動できるんだ。
 つまり」
「つまりテレポートしたってことね」
「はい?」
「つまり要約するとそういうことでしょ」
「要約……。
 と、とにかくこの次元転移航法をするためには、
 京子の助力がないとできないように、
 きみのおじいちゃんはオレを設計した。
 だから京子の力が必要だったんだ」
「なんでそんなことを」
「次元転移航法は破壊する力も秘められているから、
 京子がストッパーとして必要になったんだと思うんだ」
「そんなーっ。
 そんなの、迷惑です」
「それじゃ、元の宇宙に戻る」
グニュウウウ……
 宇宙空間がひしゃげたように歪曲する。
 体中がマッサージされてるような……、これはなんとも不思議な感触だ。
 っと。ちょっとした振動の後、星の明滅がまた見える。
 でも、地球はどこへ行ってしまったんだろう。
 どこにもない。
「ここはどこなんですか?」
「地球から三光年は離れたとこさ。
 光りの距離で三年かかる場所だ」
 三光年?
 うーん、とりあえず攻撃からは逃れたらしい。
「えーと、あなたは宇宙船で次元を行ったり来たりできる……のよねえ」
「そう、きみの力でもある」
「なんかジャグがバシバシ動いていた割には反動がなかったような……」
「オレの中は地球だからな」
「なわけないでしょう」
 なにがなんだかなあもう……。
「疲れた……ちょっと眠るから、なにかあったら起こして」
「了解」
「なにか、あったら……」
 あたしは眠りの糸に引き寄せられていく。
 あたしの眠りはどこまでも深く沈んでいく。
 光りが瞬いた。
 闇の中に光りが明滅している。
 まるでダイヤの光りのように光りの始まりのように。
――あなたには……。
「誰?」
 光りがあたしに話しかけてくる。
 女性の声だ。
――あなたにはジャグの抱えていることを解放できないでしょう。
 女性はそう言う。
「なに、なんのこと?」
 ジャグ……軍から追われていて、
 あたしのおじいちゃんと関係があるらしい宇宙船のことだ。
 それがなんだっていうのだろう。
――京子、あなたにはできない。
「だからなにが。
 あたしはなにもしないわよ」
 なんだろ。
 これは夢の中なのかな。
 光りはあたしにさらに話しかけてくる。
――自分のことさえできないあなたに、
――ジャグを助けることはできない。
「だからやってみなくちゃなにもかも解からないでしょ!」
 なに熱くなってんだろ、あたし……。
 だいたいなんで夢の中でまであたしは戦ってるんだ。
――あなたは越えなくてはならない。
――その現実から。
「逃げてないでしょ!
 だいたいあんた誰なのよっ。
 顔見せなさいっ」
 光りが消えていく。
 闇だけが辺りを支配した。
 あたしの意識さえ。
「……こ、……うこ、……京子」
「うん……、なに、どうかしたの」
「うなされていたようだが」
「ここは……」
 回りは宇宙。
 ただなにもない星の海。
 そう、あたしはジャグという宇宙船に、
 地球から3光年離れた場所に連れて来られたんだ。
「あ〜眠い。
 いま何時?」
「あれから五時間は立つが」
「えー? いま寝たばかりなのに……ほんとう?」
「時間の勘定、オレの計算は間違っていない」
「ふーん」
 あたしはしばらく宇宙空間を眺めている。
「あたし、お尋ね者になっちゃったのかしら」
「京子がオレと一緒にいることを知ってる者はいないと思う」
「そう……んじゃ帰して」
「それはできない」
「なんでよ」
「京子がいなければオレの力を発揮できない」
「そんなこと知らないわよ」
「きみは知らなくちゃいけない。
 地球の命運が自分にかかっていることを」
「なんで地球が出てくるのよ。
 おおげさね。
 そんな理屈じゃ説得になってないわよ。
 あたしは帰って友達に電話して、
 家に帰って勉強するんだから」
「きみの力を必要としてる人が一人は確実にいる」
「あーそうですか。
 誰もいないわよそんな人っ」
 誰だろ?
「とにかく、いますぐ帰んないとテレビが見れないし、
 食事もとれないし、おふろも入れないでしょっ」
「食事とおふろとテレビか……、
 光波を受信できればいいんならできるけど」
「すぐ映して」
 紙のように薄いA4くらいの大きさの透明なディスプレイに、
 テレビ番組が映し出される。
「チャンネル変えてみて」
 いくつかチャンネルが変わる。
「もっと他のに変えて」
「いまので見れる番組はすべてだ」
「? テレビ表と違う番組ばかりじゃない」
「ここで拾える光波はこれだけだよ。
 なにせここは地球の近くじゃない。
 光りは一光年を一年かけて渡る」
「あー……そういや地球から、
 三光年離れてるんだっけ……三年前の番組かあ」
 これはこれで見れない番組が堪能できる……。
「わけないでしょっ!
 ジャグ!」
「はいっ」
「すぐ地球へ戻ってよ!」
「いや、まだ軍の捜索隊がいたらマズい」
「そんなことで見れなくなったら、
 あたしはなにを支えにして生きていけっていうの」
「おおげさだなあテレビくらいで」
「乙女には必要なことがみっつあるわ」
「え、な、なんだって?
 ……えーあーうーんとなにが必要なんだい」
「恋愛と夢と情熱よっ。
 そして、それはテレビドラマにすべて入ってるのよっ」
「単に俳優目当てだったりしてね」
 うっ。
「違うってば。
 だいたいねえジャグ、あんたのことなんか……」
「オレ?」
 ジャグなんか関係ない……はずなんだけど、なにかひっかかる。
 夢の中で光りが言ったことが脳裏をかすめる。
 そう、ジャグのことなどどうでもいい。
 でも、このままほっとくのもなんかしゃくにさわる。
 だいたいあたしは人を見捨てたことなど一度もない。
 まあ、ジャグは人じゃないけど、
 困ってる人を見捨てるほど落ちぶれちゃいないわよ、
 あたしは。
 そう、ここはそう言ってやる場面なのだ。
 こうガツンと。
「ジャグ、あんたが逃げられるまで力を貸してもいいわよっ」
「ホントか!?」
 って、口に出してるし。
 なにを言うあたし。
 ここはごまかすんじゃなくてどうにかしないといけないのよ、
 そうよそうなんだけどどうすればいいのかねえ。
 うーんとえーとあーと……。
「でもね、あたしをちゃんと地球まで帰してくれるんなら、ね」
「解かった」
 仕方ない!
 ここは歯を食いしばってテレビはいいわよ。
「くっそーおじいちゃんのばかーっ!」
「なん、なに?」
「なんでもないわよ」
 まあ、とにかくなにをしたらジャグが逃げられるのやら。
「逃げられる目算はあるの」
「ない」
 そうないだろう。
 ないったらない……?
「んなわけないでしょう。
 次元転なんたらを持っているのに。
 あたしがいればそれが使えるんでしょ。
 しばらく姿でもくらまして……あら、
 そうしたらあたしはどうなるの、かな。
 むむむむむ……」
「そう、確かに。
 次元転移航法を使えばどんな遠くだって行ける。
 でも……」
「でも?
 でもなによ」
「次元転移航法が使える宇宙船を次元機、スパティールというんだ」
「だからそれがなによ」
「つまり……」
「つまりスパティールはジャグだけじゃないってことさ」
 ジャグとはあきらかに違う声が宇宙に響いた。
 光りが明滅を繰り返すと、
 目の前の宇宙に、ジャグと似た形の船が現れる。
「来たか!」
 ジャグの声に、ジャグが身構えた……ような気がする。
 なにせ宇宙に浮かんでいる。
「お初にお目にかかる」
 なんか目の前の宇宙船がしゃべってるみたい。
 ええと、ということは。
「ねえ、ちょっと待って。
 それじゃジャグみたいな宇宙船がまだいるってこと。
 ……えーと、逃げきれるわよねえ。
 ジャグ……、ジャグ?」
 ジャグが返事しない。
「どうしたのジャグ返事してよ」
「……あいつらは……博士のカタキだ」
「おじいちゃんの?
 そうなの」
 目の前の宇宙船に動きはない。
「とりあえずジャグ、逃げないと」
「連中と戦う、戦ってつぶす」
「いや、あの数じゃムリでしょ、数十機はいるよ。
 それともジャグのほうが強いの?
 勝てる目算があるっていうの?」
「ない」
 おいおい。
「いいんだ。
 戦って勝てばいい。
 ただ倒すだけだ」
「力で押したって負けるでしょっ」
「勝てばいい。
 ただグシャグシャに破壊する。
 行くぞ。
 ……なんだ!? 動かないぞ」
 ジャグはぴくりとも動かない。
 そりゃあたしが力貸してないからだ。
「京子、力を貸せ。
 目の前にヤツらがいるんだ」
「頭冷やして。
 勝つのはおあずけ。
 いまは逃げるの」
「なんでだ、目の前にいるんだ。
 すぐそこに」
「そう見えるだけ。
 他の人たちのレベルはジャグのとぅおーくにいるのよ。
 ジャグ、あんたメガネ変えたら?」
「そん、な。
 そんなこと言ったって……」
 ジャグがとたんに頼りなさそうにそう言う。
 そんなふうにしたって力は貸さないから。
「みなさんもジャグを、
 ジャグディーグを狙うのはやめていただけないでしょうか」
「それはできない」
「なんでよっ」
「それはぼくたちのほうがジャグより力が上だからさ」
「そんなことっ」
「ジャグディーグを破壊しないと地球が、世界が破壊されるからだ」
 宇宙に光りの花が咲く。
 宇宙船が次々と現れる。
「まさかこれ全部ジャグとおんなじのなの……?」
「まあ、ね。
 みんな次元転移航法が使えるスパティールだ」
 そのスパティーだかスパゲティーだかに囲まれてる。
 う〜ん、短い人生だった……なんて考えてる場合じゃないっ。
「なんでジャグが破壊されなきゃいけないんですか。
 地球が破壊されるって」
「あの方がそう言ったのだ」
 は?
「ジャグ、だいじょうぶ。
 この人たち(人じゃないけど)」
「博士を殺した連中だ。
 狂ってて当然だろう」
「おじいちゃんが死んだってのもどういうことなの」
「神がそう仰った」
 おいおい。
「ジャグ、あんたも相当おかしいわよ」
「うるさい連中を叩きつぶすまでのことだ」
「逃げたらできるわ。
 それ」
「なに」
「あたしならその手助けもできる。
 その方法も知ってるわよ」
「ほんとか」
 うそだよばか。
「それで、どうすんの。
 あたしの言う通りすんのどうすんの」
「う、うむ」
「とりあえずここは逃げるのよ〜そう、
 次元転移とかなんとか言うやつよ、ジャグっ!」
「解かった」
 シーン。
 なにも起きない。
「どうしたの。
 なんだかいやな雲ゆきなんだけど、さ」
「共鳴現象さ」
 また聞き慣れない男の声が響く。
「ジャグの次元転移機関とこちらの複数の次元転移機関の空間アクセスが重複して、
 この空間は三次元のまま」
「ジャグ〜!」
「すまない……次元転移航法は封じられた」
「ジャグ、あんたねえ、それじゃ困るでしょっ」
「女の声がするぞ?
 誰だいあんたは」
「そうそう、なんか女の子の声が聞こえるねえ」
 あら、あたしのこと話してるの?
「ちょっとジャグ、こっちの会話が筒抜けじゃないの」
「あー、京子、スパティール同士はいつでも、
 オープンに話しができるようになっているんだ。
 これはつまり時空への干渉による、
 振動空間の共有により相手の気持ちがダイレクトに」
「つまりテレパシーね」
「テレパ、え、いや、正確にはだな、これはだな」
「正確にはニュウタイプみたいなものね」
「は?」
「さあ、そんな解かりきったことはいいから。
 ……えーとスパティールっていうの?
 みなさんと戦う理由はありませんから、こっちには」
「誰だいこの女性は」
「あたしはジャグに味方する正義の使者よっ」
「さっき、キョウコとかなんとか言ってたな」
「そうそう」
 ばれてる……。
「あなたたちスパティールは同じ仲間なんでしょ。
 戦うことないじゃない」
「それもそうだな」
 あれ?
 賛同する人がいる。
「ヴァリスティール、なにを言うんだ」
 なんか向こうでざわめきが起きる。
 誰だヴァリスティールって。
「ぼくの名前はヴァリスティール。
 キョウコが正義の使者ならぼくは太陽の使者だ。
 よろしく」
「ヴァリ、あいさつしてる場合じゃないだろ」
「そうだ。
 我々の任務はジャグディーグの捕獲にあるんだ」
 なんか仲間割れしてないこいつら。
 うーんと、そう。
 こういう時がチャンスなのようん。
 ここでなにか言うのよ。
 パターンよね。
 そういうの。
 たとえば、えーとを……。
「えーと、ヴァリさん……あたしはどうなってもいいからジャグを助けてあげて」
 ひええ。
 なに言ってるんだろあたし。
 え、なんだ。
 しまった。
 えーとウソじゃないけど、つい口から出てしまった。
 自分の口からそんなこと言うなんて。
 言葉の重みがのしかかる。
「京子……」
 ジャグが感動した声がする。
 うーん違うとも言えないけど、
 だからといってなりゆきも含まれているのよねえ……。
 複雑複雑、複雑な気分。
 そんなことはおかまいなしに、ヴァリが一言あたしに言う。
「ジャグを引き渡してくれれば、すぐ帰れるよ」
「え、そうなの」
 それもいいわね。
「京子、なんか妖しい薄笑いがもれてるぞ」
 うぐぐ、ジャグのつっこみ。
「気のせいよ気のせい。
 とにかく、なぜこうなったのか知らないけど、
 話せばなんとかなるんじゃない」
「そうもいかないな」
 ヴァリと呼ばれた宇宙船がそう言う。
「話して解かるならぼくたちの存在はなかったんだ。
 ぼくたちは最新の軍事船でもあるのだから」
「ふーむ。
 そっか、そうなんだ。
 あなたたちは最高の武器でもあるってわけね」
「そうだ」
 今度はジャグが答えた。
 確かにジャグという武器には人権はないわ、ね。
「じゃあ、とりあえず逃げましょジャグ。
 逃げるが勝ちって言うじゃない。
 次元なんたらじゃないので、
 とにかく逃げるってのでどう」
「え、ああうん。
 推進剤による通常航行で逃げる」
 ジャグは反転すると他のスパティールから逃げる。
 向こうのスパティールと距離が離れない。
 向こうもついて来てるようだ。
 そりゃそうか。
「いいのか京子」
「いいじゃない。
 それよりなんか話してジャグ」
「うーんと、たとえばこの通常航行というものは、
 物質をオレの後ろに噴射して、反対方向へ押される原理だ。
 どんな物質量からもいまでは推進剤を作ることができる。
 質量は真空でも真空炉により補給するし、
 また星などで大量に補給できる。
 つまり循環航行とも呼ばれ……」
「つまり物は大切に、リサイクルってことね」
「え、いや、その……」
「ねえジャグ、向こうから攻撃してこないわね」
「ああ、うん。
 我々スパティールの武器の破壊力はすさまじいものだ。
 もっと離れないと使えないんだ」
「どのくらいなの」
「未来弾、アシェッドという武器が我々スパティールに唯一搭載されている。
 これは四次元に微量の質量を転移させると、
 時間流に乗ってこの三次元に戻って来た瞬間に、
 爆発を引き起こすという画期的な発明であり、
 これにより人類は時間軸さえ自在に操れることになった。
 つまり」
「どれくらいの武器の威力なの」
「超新星」
「はい?」
「超新星が生まれる。
 つまり超新星が爆発する破壊力さ」
「超新星って……星が生まれるとかいう?
 それってどのくらいの範囲が破壊されるの」
「まあ、太陽系で使えば……太陽系が吹き飛ぶくらいの威力かな」
「……ジャグ」
「なんだい」
「チャンスがあってもこっちから攻撃しないでよ」
「解かった」
 超新星ねえ……ふむふむ。
「ねえジャグ、おじいちゃんはそんな武器作ってたの」
「博士は理論を作った。
 それは次元移動のものだった。
 四次元への質量移動により超新星爆発が起きたのは偶然。
 それを徴用して、未来弾を作ったのは軍のほうさ」
「あっそう。
 つまり軍の資金でスパティール作って、利用もされてるってことね」
「よく解かるな京子」
「ありがちでしょ、そういうの」
 後ろを振り向くと他のスパティールが追って来る。
 さてどうしたものか。
 ここで延々とおにごっこしてても仕方ない。
「どうも旗色が悪いな」
 乾いた声でジャグがそう言う。
 相手は複数。
 こちらは一機だけ。
 不利は不利。
 それはそうなのだろうが、こんなところであきらめたら女がすたる。
 おじいちゃんが託したものがなにか、
 いまもってよく理解できないんだけど、
 やってやろうじゃない。
 あたしになにができるか解からないけど、
 期末試験より楽しそうなことは確かだ、ね。
「……コゲキハ」
「京子なにか言ったかい?」
「敵のほうが強大な力を持つ場合、各個撃破するのがセロリーよ」
「それはそうだが……ん?
 オイそれを言うならセオリーじゃないか」
「そうとも言うわね。
 でも間違ってはいないでしょ」
「まあね。
 でもこの作戦もヴァリたちに筒抜けだぞ」
「ああ、そうねえ……なんの過ぎ去ったことは言うがごとし。
 とにかくなにがなんでも逃げるのよっ!
 ……なにしてんのジャグ。
 すぐ行動よ。
 これ原則ね。
 それとも、あたしなにか間違ってる?」
「いや、別に。
京子はたいしたものだなと思って」
「お世辞や感謝はここを乗りきれてからにして」
 追って来るスパティールたちの中には遅いのもいれば速いのもいる。
「ジャグ通常航行では振り切れないのね」
「遅いヤツはいいが、速度の速いスパティールを引き離すのは無理だ。
 追いつかれるのは時間の問題だ」
「速い奴だけ突っ走ってこないわね。
 このままではらちがあかない……か」
「京子、やはり攻撃で……」
「近くになにか隠れるところはない」
「隠れるところ?」
「おにごっこでおにをまくには隠れんぼよ」
「それもそうか」
 時間が過ぎる。
 なにかジャグが計算または計測しているのかな。
 ジャグは静かだ。
 宇宙の静寂の中であたしは浮かんでいる。
 まるでなにもなかったかのようだ。
 こんな時間が一番……。
「あったぞ!」
「どこ?」
「通常航行で行ける範囲、二、二、六方向。
 惑星がある」
「さっそく行きましょう」
「オーケイ」
 ジャグが方向転換しつつ、他のスパティールからも距離をとる。
「京子、その星まで時間にして十分ちょいくらいかかる」
「まだ追いついてこないわね」
「そうだな」
「その間になんか情報ちょうだい」
「情報?」
「さっき色々とかなんとか、まだスパティールにはなにか力があるんでしょ」
「スパティールは基本的に星の質量を投影することによる、
 重力のフィードバックによってその存在を形成されている」
「つまり?」
「え、え〜とつまり星の化身、星そのものと言ってもいい。
 星が破壊されればスパティールも破壊され、
 スパティールが破壊されればその分身たる星も破壊される」
「つまり?」
「え、いやそのえーと、つまりはその星たる我々スパティールはその存在が」
「ジャグの分身はなんの星なの?」
「ああ、オレは地球」
「ええ〜と、それじゃあジャグが破壊されたら人類滅亡?
 まっさかあ」
「うん、そう」
「えーとを…………うそ、でしょ?」
「いやつまり、ほんとう」
「…………人類の未来、か」
 まるで人類の命運賭けてるなんて、いまいち実感がないなあ。
「それで未来弾いがいになにか使えそうなものはないの」
「たとえばスパティールは星の地殻変動をトレースしてリバース、
 戻ってくる力を利用した質量変化によって姿形を自在変化させられる。
 これによってスパティールの体に腕を作り出して放つパンチは、
 その分身たる星の質量分の攻撃となる」
「つまり?」
「あーたいていまともにこのパンチを受ければ、
 一撃で相手のスパティールも星も吹っ飛ぶ。
 まあ、そこまで威力のあるパンチを放ったら、
 パンチを放った方のスパティールも星も半壊するけれど、な」
 ふむふむ。
「攻撃するとこっちのほうにも、
 つまり地球にも打撃を受けてしまうということね。
 え〜と、近接攻撃も遠距離攻撃も無し……と。
 他には」
「スパティールが背景とする星と同じだけの重力や遠心力を作り出せる。
 攻撃に応用すれば……」
「それはいいから。
 それいがいでは?」
「いま使えそうなのはこれくらいかな。
 あいつらがオレの次元転移を封じるには、
 並列して移動していなくてはならない。
 そのため、横一列にならんで宇宙を移動しなくてはならない。
 もちろん次元転移を封じてる時は、あいつらも次元転移は使えない。
 いわゆる推進剤を使った通常航行しか使えない」
「なるほど、瞬間移動は相手も使えないのね」
「しゅ、しゅんかん? ちゃんと次元転移と言ってくれ」
「う〜んそうねえ……とりあえずホイホイしましょ」
「ほい?」
「行きましょう。
 タネ明かしはその星についてから、ね」
「あ、ああ。
 そうだな。
 ヤツらに聞こえてるしな。
 話さないほうがいいのだ。
うん」
 ジャグは星の海、宇宙を航行して行く。
 宇宙の星々は動かない。
 でも、星が陰る箇所がある。
 なにかあるのかな?
「見えて来た。
 あれが星だ」
「ジャグ、なにも見えないわよ」
「あの星には輝く恒星、太陽がないから闇に溶けている。
 星の規模、大きさとしては地球より、ひと回り大きいかな」
「ジャグ、その星に近づいて」
「オーケイ」
 目の前の星が消えていく。
 闇が近づいて来る。
 なんともいえない感覚だけが広がる。
 まるでブラックホールにでも突き進んで行くようだ。
「ジャグ、とりあえず星にそって飛んで」
「オーケイ、周回軌道に入る」
 ジャグがなんとなく楕円を描いて飛んでいるのが解かる。
 まるであたしが宇宙を飛んでいるかのような錯覚を覚える。
 まあ、気のせいだろう。
「そろそろ追いつかれるな」
 他のスパティールたちがつかず離れず付いて来る。
 かなり近い。
 見てとれる範囲に来てる。
「あの人たちもこの星の上飛んでるの?」
「ああ、周回軌道にいる」
「それじゃジャグ、重力発生!
 最大限でね」
「ん、あ、お、オウ!」
 ジャグが重くなる。
 ぐいぐい物を引っ張る。
なんだかジャグの変化が感じられるのだ。
不思議なこともあるものだ。
 そして、後ろのスパティールたちも引っ張られる。
 と、後ろに付いて来るスパティールが二つの星の重力に挟まれ、
 途端に闇に見えない星のほうに落っこちていく。
「なんだなんだ」
「でやあああっ」
「くそっ、この角度では燃え尽きる。
 次元転移っ!」
「よせっ、こんなところじゃ近いっ!」
 スパティールたちがぶつかりあってごたごたしている。
「ジャグ、次元転移できる?」
「ん、できるな。
たぶん」
「行きましょう」
「オーケイ」
 ジャグが二次元に転移する。
 再び星が瞬く元の三次元に戻ると、別の鮮やかな色の宇宙にいた。
「ジャグ、追って来るスパティールたちは?」
「まいたようだ。
 おれの気持ちが通じる範囲にはいない」
「そう……、ふうっ、ひと安心、ね」
「ジャグディーグっ!」
 誰かの声が宇宙に響く。
 これは……スパティールたちのひとりにこんな声の人がいたような。
「ジャグ、まいたんじゃないの」
「違う、全方位通話だ。
 こちらの位置を知っているわけじゃない」
「ここまで来い!
 来なければ地球を破壊するっ!」
「なに、なに言ってるのあいつは。
 ジャグを捕まえるのがスパティールたちの役目でしょ。
 なに言ってんの」
「解からない。
 ……でも、怒りのこもった思いだけがびりびり響いてくる。
 それに、ヤツは単独行動をとっているようだ」
「なんで、え、ジャグはそんなこと解かるの」
「いや、スパティールが持つ力というか、
 そんな感じ、としか言いようがない」
「まあ、言ってる内容からして普通じゃないわね。
 どうするのジャグは」
「死にたくはない」
「まあ、あたしも天涯孤独にはなりたくないわ……。
 行きましょうあいつのところへ」
「オレたちを狩り出す作戦かも知れない」
「ジャグはそう思うの?」
「いや、ヤツは本気、だと思う」
「じゃあ、行きましょう」
「オーケイ」
 ジャグが次元転移する。
 と、景色が変わると言っても宇宙には違いない。
 見渡す限り星もない。
「来たなジャグディーグ……」
 暗い宇宙に銀の滴が一滴落ちる。
 その滴の波紋が宇宙に広がる。
 それは次元転移して来たスパティールだった。
 近くに光りを発する恒星がないため、宇宙は暗いまたたきをたたえている。
 それなのにそのスパティールは銀色をみずから発している。
 すさまじい光りに目がチカチカする。
 スパティールは流線体の形が多いが、それにしてもこのスパティールは美しい。
 まさに芸術の宇宙船だろう。
 それはともかく、これが先ほどのスパティールかな。
 スパティールはこの銀色の一機だけだ。
 他には見あたらない。
 他のスパティールたち……は、どこ?
「来てやったぞ。
 なにが目的だスパイラルテイン」
「さっきはたいしたものだったな」
「だからなんだ?」
「オマエを破壊するジャグディーグっ!」
「? なに、なに言ってるの。
 あなたの役目はジャグを捕まえることでしょ」
「先ほどの失態、軍は私をもう必要としていない。
 なにもかも、もうどうでもいい……ジャグ、おまえを破壊するっ」
「話しあい……してはくれないわね。
 ジャグどうする?」
「逃げながら考えるのはどうだ京子?」
「いいんじゃない」
 ジャグは優美な線を描きながら旋回して逃避行する。
 ? 目の前になにか闇が広がっていた。
 宇宙よりも黒い闇の中の闇が。
カ……キィイイン
 ジャグがなにかにぶつかる。
 スパイラルテインというスパティールがいた。
 でもぶつかったそれは壁のようだった。
 ぶつかった瞬間、またたいて見えたのは……波紋……まるで次元の波紋?
 スパイラルテインが月さえつかめそうな巨大な腕を変形、
 出現させ、ジャグに殴りかかって来る。
 鋼鉄の腕がうなる。
 巨大な腕だから動きはスローだが、
 当たったらこっちは粉々に砕けてしまいそうだ。
ググ……
 ジャグも巨大な腕を作り出して受けとめようとする。
ガインッ
 ジャグの手が弾かれた。
 ジャグもパンチで牽制する。
ガガガガガッ
 スパイラルテインのパンチが連打する。
 なんとか受け流すジャグ。
 スローな動きながら重い攻撃の連続だ。
 でもなんだろうこの気持ち。
 まるで収束していく空間に飲み込まれていくような違和感。
 なに、なにがあたしを閉じこめてしまおうとしているの。
 まるで自分で自分に向き合うような……。
(他人の姿を見て自分を返り見る。
 これにより自分の行いが見えて来る)
 おじいちゃんがいつも言ってたっけ。
 ハテナ、なんでそんなこと思いだすんだろ。
 おじいちゃん、おじいちゃんがスパイラルテインを作ったんだよね。
 どうしてそんなことしたの。
 おじいちゃんはなにを残したの。
 自分をかえりみるって……?
 自分の中で光る思い。
 それが一瞬スパイラルテインの中にも見えたような気がした。
 スパイラルテインの中にあたしがいる?
 殴り合うジャグとスパイラルテイン。
 なん……違う。
 スパイラルテインはこちらの攻撃を反転してるの?
 これは、ジャグのパンチがジャグに当たる。
 これは罠だ。
 ジャグ、こちらから攻撃しちゃだめ。
 あれ、声が出ない。
 これはスパイラルテインの力?
「スパイラルテインのパンチ攻撃をかわせない。
 こちらもパンチで受けとめてみるっ」
ガインッ
 ジャグはパンチをパンチで受けとめる。
 違うジャグ、それは自分の攻撃よっ。
 声は響きを失っている。
 ジャグは何度もパンチを繰り返す。
 あわさる拳と拳。
「くそっ、一度離れる。
 向こうも速いな。
 まるで動きを読まれているようだ。
 京子、どうした。
 さっきから黙ったままで」
 ジャグ、戦っちゃだめ。
 逃げてっ!
ガシャ……ン
 パンチがぶつかりあう鈍い感触。
 それは衝撃、衝撃、衝撃の連続。
 なにかが崩れていく。
 動物たちの悲鳴。
 空間さえゆがんでいく。
 山が崩れ川が崩れる。
 はじける木々。
 なに、これは……。
 これは地球だ。
 地球が壊れていく。
 くっ、もうっ、なんでこうなるのよっ。
 ジャグっ!
 だめ、やっぱり言葉は響かない。
 このままじゃだめだ。
 考えるのよ京子。
 そう、ジャグの攻撃を映すなら、あたしの心も反映するかも。
 よくも大事なジャグを地球をやっちゃってくれたわねスパイラルテイン。
 い、く、わ、よっ。
 次元の水面よ、あたしの心を反映してっ!
カインッ!
 向こうにあたしがいる。
 もう一人のあたしがいる。
 さあ、あたしよ応えて!
「ジャグっ!」
 あたしは向こうのスパティールの口からそう言った。
「? 京子。
 なんでスパイラルテインから声がするんだ?
 京子、声が聞きにくいな……待て、京子に同調する。
 なに、なんだ、なにか見える。
 これは……地球が山が海が川が破壊されていくさま。
 オレはオレは自分で自分を……!?」
 ジャグが手を、その手のひらを広げ、ゆっくりと前に出す。
 向こうにいるもう一人のジャグが近づいて来る。
 ジャグは透き通って、ひとつになっていくジャグとジャグ。
 ジャグともう一人のジャグが溶け合いひとつになる。
「破れた……私が私の力が……」
 スパイラルテインの声が闇に飲み込まれていく。
 そう、存在ごと闇に飲まれる感じだ。
 なに、なんでスパイラルテインの存在が消えていくの。
「それが星の守護者たる存在のさだめ」
 スパイラルテインにいる、もう一人のあたしがそう言う。
 スパイラルテインは敗れ去り、消えてしまった。
 跡形もなく。
 なんで消えなくちゃいけないの。
 なにか悪いことしたわけじゃないじゃない。
 そう思う。
 なんとなく。
 あれ、もう一人のあたしは消えないでいる。
 もう一人のあたしが近づいて来る。
「ありがとう」
 もう一人のあたしがそう言ったような気がした。
 ううん、どういたしまして。
 もう一人のあたしにもありがとうと言った。
 もう一人のあたしの言葉。
 それは……星が発した言葉のようにも思えたのだったから……。
「あなたならできるかしら?」
 なにが?
 あ、誰かの声がする。
 泣き声だ。
 どこ、どこなの?
 君は誰?
 あたしは宇宙の中一人さまよい、
 そしてしばらくたたずんでから、
 ゆっくりと闇の海に沈んでいく。
 闇が濃くなるにつれ、鳴き声が近づいて来る。
 闇が続く……と視界が開けてきた。
 星がある。
 青い星が。
 これは、ここは地球?
 地球の雲を抜け、海と大地が、さらに街が近づいて来る。
 それは誰もがいた時代の風景。
 どこか懐かしい街並み。
 夕焼けの下で子供たちが遊んでいる。
 野原は最高の遊び場。
 でも一人だけ、泣いてる子がいる。
 誰だろう。
 あたしはその子に近づくと、しゃがみこみ、声をかける。
「なんで泣いているの?」
 その子は答えない。
 う〜ん……あたしはちょっと考えてからその子を抱きしめた。
「泣かないの。
 あなたは強い子よ」
「ぐすっぐすっ」
 その子は泣いたままだ。
「ほら、元気出して」
 あたしはその子の足についた砂をはらってあげる。
「だって、みんないなくなっちゃって」
「みんななら向こうにいるよ」
「ぼくとは遊ばないって」
「それじゃ、あたしと友達になりましょ」
 その子があたしを見すえる。
「うんっ」
 その子が笑顔になった。
 あたしはその子をぎゅっと抱きしめる。
パキィ……ン
 なにかがはじけた。
 抱きしめていたその子は星になった。
 それは色鮮やかな星。
 それでいて暗く光りの届かない星。
 そうか寂しかったんだ。
 その子、いや、その星が言葉を発する。
「私は闇の星、沈黙の声」
「なんで泣いてたの?」
「私にはなにもないから」
「誰でもなにか持っているんだよ」
「私には誰もいないよ」
「あたしがいてあげるよ」
 星が色を変える。
 なんだか暖かい色だ。
「本当か?」
「ほんとうだよ」
 星は宇宙船に姿を変える。
 あたしはジャグの中にいた。
 そして目の前にはスパイラルテインがいる。
 スパイラルテインが話しだす。
「私はスパイラルテイン。
 闇の星。
 京子、君の力となり、存在を尊重しょう。
 私でよければいつでも呼んでくれ」
「うん、わかった」
 星は、スパイラルテインは消えていく。
 次元転移したのだ。
「京子、なにかあったのか」
「いーこと」
「なんだよ話せないことか」
「そのうち、そのうち話すから」
「そうか」
 ジャグと星のあいだをただよう。
 そうだ。そうに違いない。
 なぜだかあたしには確信があったから。
 この戦いなんとかなるという確信が。








第二話 ジャグときょうこ、人と出会う。

 戦いは始まり、ひとつの戦いはあたしたちの勝利となった。
 ……となったのはいいのだ。
 だが、不満があるとするならば、そうそれはっ。
「腹へったトイレ行きたい、テレビ見たいフロ入りたい、
 漫画読みたい友達と話したい眠りたい彼氏ほし〜っ、
 家族に会いたい家にかえせ〜っ!」
「よくそうくだらないことを並べられるな、京子は。
 ま、オレも質量の補給をしなくてはならない。
 軍事基地星が近くにあるから、そこへ向かう。
 なに、食べ物とかをちょろまかすことくらい、わけない」
「だといいけど」
 しばらくするとジャグが口を開く。
「ああ、あれだ」
 立体スクリーンに投影された星は、
 寄港している軍事船から比較するにずいぶん小さい。
 月よりふた回りは小さいか。
 なにもないクレーターだけの星だ。
 ちょうど月を小さくしたようなものか。
「星の中はくり抜かれ、機械の星となっている。
 地表には空気さえ固定されている特殊スクリーンのある星で、
 こういった星は補給のためなどにあるんだ」
 ジャグが懇切丁寧に教えてくれる。
 気のせいかいまのあたしには関係ないように思える。
「大事なのはトイレがあるかないかよっ食事はフロは!?」
「それはあるさ」
 ジャグが力の抜けた声で応える。
 ジャグにはどうでもいいことでもこっちは必死だ。
 こちらは生身の人間なのだ。
 ジャグのように岩でも食っていればいいわけではない。
「じゃあ、あの補給惑星に次元転移する」
ヴウン
 一瞬で目の前が宇宙から岩がごつごつした地表になる。
 解かっていても次元転移には驚かされる。
「京子、空気があるから外に出られるよ」
「あっそう」
 あたしはジャグの外に出される。
 まるでジャグの肉体をコンニャクのような、
 色のついたゼリーのような壁をすりぬけるように外に出る。
「ところでトイレはどこなの」
「ちょっとまってくれ京子。
 いま人目につかない姿に変形するから」
 ジャグのビルの二、三階はありそうな巨体が、ジャグが縮みはじめる。
 それは変形なんてものじゃない。
 みるみるうちにジャグは人の大きさまで小さくなると、男の子になってしまった。
「ジャグあなたねえ、質量保存の法則って知ってる?」
「物質が別の物質に変化しても重さ、量は変わらない……ってやつだな」
「なにこのむちゃくちゃな変形は」
「質量圧縮さ。
 総質量は変わってないぞ」
「ほんっとすごいんだか、いーかげんなんだか……」
「すごいだろ」
「どこが。
 この科学的非常識物体!」
「意味はよく解からないが、なんだか酷い言われてるようだな」
「まあいいわ、さっさと行きましょジャグ」
「おう」
 ジャグは結構カッコイイ感じの男に見える。
 短髪に整った目鼻。
 時折見せる表情表情にどきってするものがある。
 これでジャグが人間だったら着いて行ってしまいそうだ。
 それはともかく、歩き始める。
 岩だらけの砂漠を十分も歩いただろうか。
 街が見えてくる。
 アスファルトの道が現れ、五階立ての街がある。
 どこにでもありそうな街。
 って、「ジャグ、単なる補給基地じゃないの」
「ここは最初植民惑星でもあって、一般の人も結構いるんだ。
 一千万人くらいはいるんじゃないかな」
「ふーん」
 とりあえず公園でトイレを済ます。
 と、今度はお腹の虫が鳴る。
 そういえばお腹が空いてたのよね。
「どこかで食事にしましょう」
「ああ、そうだな。
 じゃあ、あそこの店でもどうだ」
 ジャグが指さした店の前まで行ってみる。
 店は装飾された白い石柱の奥にある。
 入り口の手前にメニューの看板がある。
「う゛っ……この店はやめときましょう」
「なんでだい京子」
「足が出る」
「足?」
「あたしのサイフじゃ役不足ってことよ」
「それならほら」
 ジャグの手の上にお金の束がある。
 う〜んちょっとしたサラリーマンの年収くらいありそう。
「なに、誰かからスッたの?」
「いや、これくらいの紙なら作れるんだ」
「それってニセ札じゃん」
「だいじょうぶ、ハッキングして番号有りにしてるから」
「そういう問題」
「いやならやめとくかい」
「ジャグ、腹が減っては戦はできないでしょ」
「つまり?」
「店でたっぷり食べましょう!
 行くわよジャグ!」
「オーケイ」
 店内は一面の赤い絨毯に丸いテーブルが並んでいる。
 テーブルには白い布が床までかけられ、
 ライトは天井から照らされていながら、床にはゴミひとつない。
 ガラガラの店内を歩く。
 と、スーツで決めた女性に進められ、ジャグはあたしと隅っこの席に座る。
 壁にかけられた絵にはピカソのような抽象画がかかっている。
「ねえ、ジャグはなに頼む」
 あたしはメニューにかじりついているが、ジャグから返事はない。
「ああ、あんたは食事いらないんだっけ」
 ジャグの方に目をやると、ジャグは別のテーブルの女性を見ている。
「なに、ジャグ様はあんな子が好みなの?
 まあ、そもそもスパティールに性別なんてあるの。
 子供なんて作れちゃうの?」
 ジャグは表情ひとつ変えないで女性を見ている。
「ジャグ、あんた人間の女性に惚れたなんて言わないわよねえ」
「ヤツだ」
「奴? って、誰よ」
「あいつはヴァリスティールだ」
「……そう。
 ん〜と?
 するとどうなるわけ」
「ここでヤツと戦う」
「ちょっと、ちょっと待って。
 それじゃ大変なことになっちゃうでしょ」
「京子力を貸せ。
 ヤツを、ヴァリをすぐに倒すから」
 あたしは口を開けると「はああふう」
とため息ひとつする。
 あたしは席を立つとジャグの横を通り過ぎる。
「おい、どこへ行く京子。
 あぶないだろ、なあおい!」
 あたしはヴァリスティールの前に行くと
「同席してもいいかしら」
 とヴァリスティールに了解を取る。
「どうぞ」
 成熟した女の声が聞こえる。
 女性の前に座るあたし。
 その女性は店内だというのに白いつばが、
 円盤のように広い帽子をかぶっている。
 白のワンピースに白いハイヒール。
 そして帽子に赤いリボンが巻いてある。
 赤い指輪が黒光りしている。
 くちびるの赤いラインが笑った。
 見入ってしまう。
 美しいという言葉が女性の顔から感じられる。
 端正な顔立ち、つりあがった目に赤いまたたき。
 肌の艶がいい感じ。
 そう、こういうのがいまどきの流行というか、
 モデルっていうか……。
 まあ、雑誌からでも生まれいでたような造形をしている。
 体型も出るところが出ているボンキュッボンッなもんだ、これが。
 おっと、観察してる場合でもないんだなこれが。
 とりあえず話しかけるとしましょうか。
「いい天気ですね」
アホなこと言っちゃった。
「ごきげんよう」
 ヴァリスティールは女性の声ですましている。
 見た限りでは人そのものだ。
 ジャグが人としてぎこちない動きをしているのに比べて、
 驚くほどヴァリは自然な雰囲気だ。
「ちょっとちょっとヴァリさん、
 ジャグを挑発すんのやめてくんない。
 こっちが大変なのよね」
「それは失礼しました」
 ジャグはこっちを落ち着きなくチラチラ見ているが、席に座ったままだ。
 うーん、さながらジャグはまるで遠くから獲物にされそうで、
 ビクついてるうさぎさん……てのは言い過ぎだね。
 ジャグ、怪しい人に間違われないように。
 さてと、あたしはヴァリに向き直る。
「ヴァリさんなあに、ジャグを狙って来たの」
「いや、京子きみが欲しいんだ」
 ヴァリの女性の口元が笑っている。
 こっちはこっちで妖しいんですけど。
「そ、そう。
 でもあたしはお高いわよ。
 安くはしないんだから」
「そうかしらね京子。
 それよりもあたしといいことしましょ」
 ヴァリがどこまでもそそる女声であたしを口説く。
「というかヴァリさんなんであたしなんですか。
 あたしなんてどこにでもいる女の子じゃないですか。
 もっと広い視野で女を人を感じてもらいたいなあ」
「それは違いますよ京子。
 愛だけが人を区別する。
 それがあたしにとってあなただっただけのこと。
 京子、きみがいる宇宙は素晴らしい」
「そうなんだ。
 いえいえいえ納得しちゃダメダメ。
 あたしはスパティールなんてお荷物ジャグだけでたくさんなのよっ。
 ヴァリスティール、あんたは他の乗り手を見つけてよね」
「京子、きみという人とは運命の赤い糸でつながっていたんだ。
 あたしには見える。
 その糸が。
 二人がひとつになるのは決まっていたことなんだ」
「だっかっらっ、それはそっちのこと。
 こっちにはこっちの事情があるのよ。
 ジャグだけでも手にあまるのに、あんたの相手もしろっての!」
「そうだ」
「なんて人なの!」
「愛がぼくをきみへ突き動かすんだ」
「はん、男の愛が聞いてあきれるわっ!
 だったらジャグとあたしに勝ってから言ってほしいわね!」
「愛してる京子とは戦えない」
「あら、そっちはそうでもこっちは戦えるわよ。
 ジャグ!」
「は、はい!?」
「ヴァリと戦うわよっ」
「え、なにがどうしたって!?」
「い、い、か、ら、いくわよ!」
 ジャグがあたふたと立ち上がる。
「なにしてんのジャグ行くわよ!」
 あたしは店の外に出ていく。
 あわててジャグがバタバタと着いてくる。
「ジャグ!」
「はい!」
「お会計!」
「あ、ああうん」
 あたしは外に出ると岩場を目指して歩き出す。
 三分も歩くと街並みは後ろに消え、
 岩と砂の砂漠が一面に広がっていく。
「ぺっぺっ」
 すごい砂煙。
「待ってくれ京子」
 ジャグが追いついて来る。
「さあジャグ、変身して!
 次元転移して、ちょちょいとヴァリをやっつけるのよ!」
「う、ああそうだな。
 いやでも京子」
「なに!」
「いいのか戦って」
「なにか不都合でもあるっていうの!」
「ないです」
「よしっ、いけ! ジャグ」
「おーい、待ってくれよ」
 ヴァリが女の恰好のままで駆けて来る。
 優雅にはためくスカートが官能的でさえある。
「なによヴァリ、話し合いならしないわよ」
「そうなのか。残念だ」
「そんな口聞けるのもいまのうちよ。
 あんたなんかグッチョグチョのガジガジにしちゃうんだからね。
 覚悟しやがれ!」
「します」
 平然とヴァリが言う。
「こらジャグはやくしやがれや!」
「お、おう」
 シーン。
 戦いの前の静けさが一帯をおおう。
 ……うん?
 なにも起きないなあ。
 ジャグもヴァリも人の姿のままだ。
「どしたのジャグ!
 ジャグ、ジャグ?
 ジャアグ!」
「戻れない」
「なんですって?」
「元の姿に戻れないんだ」
「そんなことが……」
「私もだ」
 ヴァリも女性のまま同意する。
 えーというとどういうことなのかな?
「なにが起きたの?」
「誰か来るな」
 ヴァリが街のほうを見ながら言う。
 その方向には、なにか小さい土煙が見える。
「軍警察の車だな」
 ジャグがヴァリの言葉を補足した。
「どうすんの」
 あたしの言葉に二人は首をかしげる。
「我々スパティールは、人の姿のままでは人の力しか出ない」
 ということは。
「つまり逃げるに逃げられないと?」
「そういうことになる」
 ヴァリが落ち着いた声でそう言う。
「ジャグ、マズい状況なんじゃないの」
「そうだな」
 ジャグも人ごとのように言う。
「どうすんのよ」
 などと言っているまに青いラインが引かれた軍警察の車がやって来る。
 四輪駆動タイプが一台、あたしたちの前で止まる。
 中から制服姿の警察官二人が現れる。
 手には二人とも銃を持っている。
「どうかしたんですか」
 あたしは動揺しながらもそう聞く。
「手を上げてゆっくりと後ろを向くんだ」
 ヒゲにサングラスの中年警官がそう言う。
「京子、言われた通りにしょう」
 ヴァリとジャグが両手を上げて後ろを向く。
 あたしも二人に習う。
「武器は持っていないようだな。
 よし、車に乗れ」
 あたしたちはふたつの手錠を三人の手にかけられ、車に乗せられる。
 ヴァリとジャグとあたしは手錠でつながっている。
 動きにくいったらない。
「あたしたちがなにしたっていうんですか」
 車内であたしの抗議に警察官は「街で事件があってな」と言う。
「おまえたちの容姿が犯人のそれと同じなんだよ。
 まあ、似たような恰好の奴はたくさんいる。
 署で話しを聞くだけだ」
 それにしては手錠をがっちりかけている。
 話しだけで済みそうな気配ではない。
 あたしは小声でジャグとヴァリに「どうすんのよ」と聞く。
 二人とも窓の外を見ていてなにも答えない。
 車は街中を通り過ぎると警察署前らしき建物まで来る。
 警察官は降りると、後部席のドアを開け、
 あたしたちを降ろす瞬間ヴァリとジャグがケリを警察官に入れる。
「逃げるぞっ!」
 ジャグが言ったのかヴァリが言ったのか、
 なにがなんだか解からないうちに車から逃げ出す。
 後ろで声がするがもうなにがなんだか解からない。
 街中を必死で走るあたしたち三人。
 手錠で三人の手はつながれているから、どうにも走りにくい。
 なんとか砂漠に出る。
 一面の岩と砂の絨毯。
 と、爆音が空からする。
 見上げると空から隕石が落ちてきた。
「うわっうわわわわわわわわっっっっっ」
 動きが止まるあたしを両脇をかつぎ上げ、ジャグとヴァリが走る。
 岩の影に飛び込む三人。
 すさまじい轟音と衝撃波と埃が舞い込む。
「ぺっぺっ」
 口の中にゴミが入った。
 もうなにがなんだか解からない。
「おまえを倒す」
 声がした。
 男の声が。
 ジャグでもヴァリでもない男の声が。
 まるで風に乗せられて来たように。
「誰です?
 いやーな感じだけど」
「ジャグディーグ、おまえを倒す」
「なに?
 なんだって?
 誰なのー?
 姿見せてみなよ〜」
「ジャグディーグ倒す!」
 声だけで姿は見えない。
「どうやらこれは第三のスパティールによる攻撃のようだな」
 ヴァリがそう言う。
 白いワンピースもすすだらけだ。
「そうだな、オレが次元転移できないように、
 変身をロックされてしまったようだ」
 ジャグがそう言う。
「んじゃどうなるのよあたしたち」
「街では警察に追われ、砂漠では隕石を落とす作戦てところか」
 ヴァリは感心しきりだ。
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ」
「で、どうすんのこれから」
「いまのところ有効な手段はない」
「そうだな」
 ジャグとヴァリも納得してる。
「なに言ってんの!」
 あたしは歩き出す。
 三人をつなぐ手錠がピンと張り、
 ヴァリとジャグが仕方なくついてくる。
「おい京子。
 どこへ行くんだ」
「どこでもいいから逃げるのよ!」
「でも」
「男らしく度胸決めなさい。
 いくわよ!」
 とりあえず街へ向けて歩き出す。
 街への行程はなにも起こらない。
 まあ、ジャグとヴァリの無駄話しいがいは。
 と、民間の飛行場が目に入る。
「あれよ」
「な、なんだ」
 ボケたジャグはおいといて、ヴァリとうなずきあう、とダッシュ!
 ジャグをあたしとヴァリの二人で引っ張りながら飛行場の中に入っていく。
 飛行場はこれでもかと広い。
 フェンスの並びに飛行機が何機も入ってる、
 強化アルミの建物がいくつかある。
 手前の飛行機のねぐらに飛行機をいじってる、
 作業着姿の兄ちゃんがひとりいる。
 あたしたちは手錠を後ろ手に隠すと、
 作業してる兄ちゃんに話しかける。
「いい天気ですねえ」
 兄ちゃんは工具を持ちながらこっちを向く。
 青いはずの作業着が油でまだら模様になっている。
「なんだいあんたら」
 ぼさぼさの髪をひっかきながらそう言う。
「あたしたちちょっと飛行機を買いたいと思いまして」
「あーそれだったらいまは職員が休みでね」
「よければすぐに買いたいって思ってまして」
「本気でかい?」
 作業着の兄ちゃんは倉庫から出て、飛行場を案内してくれる。
「最近の流行は重力干渉しない機種が人気でね。
 自分で重力を体感したい人が多いな」
 いくつか船を見せてくれる。
「これなんかどうだい」
 黒い尖った鋭角な機体はスタイリッシュで、
 いままで紹介された機体とはどこか違う。
「こいつは宇宙空間も楽々のすぐれものだよ」
「ちょっと乗ってみたいかな」
「どうぞ」
 あたしたちは宇宙船に乗り込む。
 操縦席に座るジャグとヴァリ。
「エネルギーは十分だ」
 ジャグがチェックする。
「コンピューターロックもオーケイだ」
 ヴァリが何度かコマンドを打ち込むと飛行機のエンジンが音を立てる。
「おい、あんたら!」
 飛行機の外で驚く兄ちゃんの声が聞こえる。
「さあ行くわよ。
 れっつごー!」
 飛行機のドアが閉まり、ゆっくり動き出す飛行機。
 滑走路がすべりはじめ、飛行機が浮く。
 飛行機が轟音をあげ飛び立つ。
 滑走路がコクピットから見えなくなる。
 窓から下を見ると、街並みがどんどん小さくなる。
「ジャグとヴァリって飛行機の操縦上手いわね」
「まあな」
「なんだったら戦車だって操縦できるぞ」
 ジャグが得意げにそう言う。
「そんなのプログラミングされただけじゃない」
「操縦できることに変わりはないだろ」
 あたしのツッコミにも、やはり自慢気なジャグ。
 船の外は大気圏を抜ける熱が、赤い無数の筋が視界をおおう。
「とりあえず、なんとかなったわね」
「これからどうする」
 ヴァリが聞いてくる。
「どこかにいるそのスパティールをふんじばるのよ」
「場所は解からないぞ」
 ヴァリが冷静に指摘する。
「隕石落としてきてるんだから宇宙にいるでしょ」
「そうとも限らないが、手がかりはあるかもな」
 熱の波は消えて、暗い宇宙が広がる。
 真空が支配する空間を船はゆっくり航行する。
 なにかが窓の横を通りすぎる。
 隕石だ。
 こちらを狙った攻撃らしい。
「方向は解かる?」
「ああ、解かった。
 星の軌道上からだ」
 隕石はいくつもいくつも飛んで来る。
 あれよあれよという間に目の前に迫ってくる。
 だが、どれも宇宙船の横を通り過ぎていく。
 衝撃波で船がびりびり揺れる。
「地上を狙うのと違って、
 軌道ラインにいる船を狙うのは難しいんだ」
 ジャグが説明する。
「あれだな」
 遠くに光る岩でできた宇宙ステーションがある。
 隕石はそこから打ち出されているようだ。
 と、ひとつの岩がどんどん近づいてくる。
「やけに近いわね」
 隕石は目前まで迫る。
「あんまり悲観的なことは言いたくないけど、
 直撃しそうなんだけど……わあっ!」
 岩は目の前に寸前に迫る。
ガシッ
 真空の宇宙空間で音がしたような気がした。
 なにかをキャッチする音が。
「あれ。
視界が真っ暗だ」
 視界を塞いでいたのがスパティールの手であるのに、
 気づくのにしばらく時間がいった。
「この手はまさか……スパイラルテイン?」
「大丈夫か」
 通信機から声がする。
 間違いなくスパイラルテインの声だ。
「ええ、あたしたちは大丈夫よ」
「それはなにより」
 スパイラルテインは機械ちっくな巨大なロボットに変形している。
 スパイラルテインはうなずくと、宇宙ステーションから打ち出される岩をはじきながら、宇宙ステーションに近づくと、岩を打ち出してる発射口の橋をひんまげる。
 スパイラルテインがこちらを向く。
「中には誰もいないな」
 宇宙に四人だけとなった。
「まったくジャグとヴァリは使えないったらありゃしない」
「すまん」
「面目ない」
 すまなそうに二人は言う。
「それよりもスパイラルテインさん」
「なんだ京子」
「ここいらへんにスパティールいない?」
「この星の街中から微弱な感覚を受ける」
「じゃあ街の中に」
「それもたぶん人として隠れていると思う」
「そう……」
「私が探すか」
「いえ、あなたは空にいてここで待機して、宇宙を見張ってて。
 街中はあたしたちで探すから」
「そうか」
「この手錠なんとかならないかな」
「やってみよう」
 空気が噴出しているエアゲートをスパイラルテインの触手が通りぬけて、
 あたしたちの前までくる。
カインッ!
 一撃で手錠だけを打ち砕く。
「ああ、それとちょっと金作って」
「ん? ああ解かった」
「それじゃあ飛行場にもどりましょ」
「オーケイ!」
 ほどなく宇宙船は飛行場に戻る。
 作業着の兄ちゃんが駆け寄って来る。
「あんたらなにするんだ!」
 あたしはお金の入った紙袋を兄ちゃんに渡す。
「気に入ったからこの宇宙船買うわ」
 紙袋がずしっと兄ちゃんの腕に食い込む。
「こんなに多すぎるよ」
「あまったら他の飛行機も買うわ」
 あたしたちは歩いて飛行場から出ていく。
「これじゃ飛行場ごと買えるよ」
 兄ちゃんのうめきともつかぬ言葉が聞こえた。
 そんな兄ちゃんを後にして、あたしたちは歩き出す。
「これからどうするんだ」
「まずは服よ。
 手錠はスパイラルテインになんとかしてもらったけど、服装は変えないとね」
「そうだな」
 ヴァリが同意する。
 飛行場の付近は二階建ての家並みが並ぶ。
 数分も歩くと、ビルが乱立する場所になる。
 駅が遠目に見える頃にはデパートが見えてきた。
 人通りも多いが誰に呼び止められるでもなく、店内に入れた。
 やっぱり人を隠すには人の中ね。
 エスカレーターに乗って婦人服売場に行く。
 マネキンに服が着せられている。
 そのどれもがなかなかのものだ。
「どうやらここは当たりね」
「そうね」
 ヴァリがあたしの意見にうなずく。
「おいおい」
 ジャグがいやーな顔をしている。
 ワゴンに入った服をとっかえひっかえ見る。
 別にお金はあるのだが、つい目がいってしまうのは廉価版の安い服だ。
「この服いいんじゃない」
 ヴァリが進める服はふりふりのついたふさふさな感じのスカートだ。
「えーださいよ」
「このスカートにはこっちの服よ」
 それもいいけど。
「このジーパンもいいかも」
「うーんそうかなあ」
 悩んでるヴァリ。
 ジャグは別の意味で悩んでいるようだが、このさいほうっとこう。
「こういうブラウニーなのも好みなのよね」
 あたしとヴァリの会話にジャグがいやいやそうに口をはさむ。
「なあ、もういこうぜ」
「なに言ってるの。
 本番はこれからよ!」
「服のラインは下着から。
 まずは下着を徹底的に攻めないと」
 ヴァリの提案にあたしは。
 「よし、ここは服については一時休戦ね。
 下着売場へゴー!」とヴァリは「やったあ!」と言った。
 嫌がるヴァリを引っ張りながらあたしたちは、
 下着売場へと下りのエスカレーターに乗る。
 下からもエスカレーターに乗って来る人の首をあたしは、
 ひっつかんで階下に叩き落とす。
 その男は豪快に転がり落ちる。
「なにをするんだ京子!」
「あいつがスパティールよ!」
「なにを根拠に?」
「なにって見れば解かるでしょ!」
 中年の男はセーラー服に厚化粧をしている。
「京子そういう趣味の人を理解してあげなくちゃいけない時もあるんだよ」
 ヴァリが落ち着いて言う。
「そうだそうだ」
 ジャグがうなずく。
「この状況でいないわよっ」
 とか言ってるうちにセーラー服の男は変形して、
 流線型のひまわりみたいな形になる。
 黄色い花そのものだ。
 大きさが人並みでなければつい見入ってしまう美しさだ。
 こういうの部屋の置物にいいのよねえ。
 つやつやの花びらは生き生きとしている。
 と、巨大花は天井をやぶって飛び去る。
「あっ!」
 驚いてるジャグ。
「おい変形できるようになったぞジャグ!」
 ジャグとは対局に冷静なヴァリ。
「それじゃいくわよジャグっ!
 ヴァリっ!」
 液体のようになったジャグが、
 あたしの体にのしかかると服のように包み込む。
 あたしの体をジャグがおおいつくす。
「あいつを追って!」
「了解!」
「相手を認識できるようになった。
 あいつはデザリアだ」
 ヴァリが補足する。
「いいから追って。
 ジャグ!」
「おう!」
 ジャグとあたしはデザリアとかいう、
 スパティールの明けた穴から天井を抜けるとそこはおもちゃ売り場だった。
 子供が不思議そうにこちらを見ている。
 その階の天井にはさらに穴が開いている。
 あたしたちはさらに上の階に飛び上がる。
 そこは安売りの服にむらがるおばさんたちの足足足……。
 おばさんたちをかきわけながら天井をくぐると屋上に出る。
 そこはヒーローショーの舞台の上。
 穴から体の先端を出したジャグの上に、
 ちょこんとヒーローらしき赤い衣装の人が乗っかっちゃっている。
 なにかの演出かと客席の子供たちが喜んでいる。
 ジャグがゆっくりとヒーローの人を舞台に降ろす。
 空を見ると、飛行機雲を引きつつ天空に消えていく光点が見える。
「こちらスパイラルテイン。
 京子が追っているスパティールを補足した」
「テインさんそのまま追跡して。
 見失ったらおしおきよっ!」
「りょーかい!」
 空に飛び上がるジャグ。
 あたしをおおっていた空間が広がっていく。
 ジャグが大きな宇宙船にまで変形したらしい。
 ヴァリスティールも柿の種、
 もとい宇宙船の姿になって、
 グングン雲をつっきってくる。
 大気が下に消え、暗い闇と星の海が広がりはじめる。
 二つの柿の種、もといジャグとヴァリがスパイラルテインと合流する。
 宇宙には静寂な空間だけが広がっているが、そこにデザリアがいた。
 宇宙船の形で浮いている。
「デザリアさん、こちらは三対一でそちらを包囲しています。
 降参しなさい!」
「ダメだ。地球を救うためジャグディーグを破壊する!」
 そうとう息があがった感じで、そう叫ぶデザリア。
「いやジャグはね、地球の化身というか」
「聞く耳もたぬ!」
「このわからず屋!
 わからんちん!
 おまえのかーちゃんでえべえそおっ!」
「京子、話しがずれているぞ」
 スパイラルテインの言葉に我にかえるあたし。
 あたしながらなんともはしたない。
「ははん、京子とやら、ジャグディーグに無理矢理連れ去られ、
 こんな知りもしない辺境で命終えるとは、お笑いだな」
「うるへいっ!
 とりあえずデザリアを捕まえるわよっ」
「そうだな」
 スパイラルテイン以下三機のスパティールが、
 デザリアを囲むように展開する。
「スパイラルテインは退路を断って。
 いくわよジャグ、ヴァリ!」
「そうだな」
「オーケイ」
「了解」
 三機が返事する。
 三機は展開して、三方からデザリアを囲い込む。
 ジリジリとにじり寄るデザリア包囲網。
「いまよっ!」
 三機一辺にデザリアに機械の手を伸ばす。
 デザリアはするするとヴァリたちからすり抜けると、
 逃げるでもなく、のほほんとこちらにむき直す。
「そうか、こちらの声が聞こえるんだった。
 今度は合図はなしよ」
 それでも何度つかまえようとしても逃げられてしまう。
 まるで三機を翻弄する。
「なんで逃げるのよっ!」
「はっはっはっそりゃあなたたちが追いかけるからよ」
 勝ち誇ったようにデザリアが笑い飛ばす。
「京子、あなたたちの希望確率はあたしの中にある。
 あたしを捕まえることなど無駄無駄」
 デザリアがそうあざける。
「希望確率?」
「教えてあげよう京子。
 こういうふうになればいいな、という思い。
 それが希望確率よ。
 あたしはそれによって反射能力を使うことになる。
 京子たちがあたしを捕まえたいと思えば思うほど、
 あたしはその行動の先を読むことができるのさ」
「ふむふむふーむ。
 ……あなたは自分の手の内をしゃべったわね」
「それがあなたの希望確率だったからよ。
 知りたかったでしょ京子」
「まあね」
 希望する方面への未来予知ってこと、かな。
 デパートで発見したのはあたしの希望だったってこと、かな。
 デザリアは自分の能力をしゃべったりしてる。
 あたしが知りたかったことだ。
 なんでそこではあたしの希望がかなった、のか……。
 ふむ。
 あたしは顔をふりあげる。
「ふふ〜んこちとらそんなこと知ってたもん、
 デザリアなんかへへいのへいよ」
「強がりね」
「それはデザリア、あなたがこれから知ることになるでしょ」
「動揺させようなんて無駄なことと知りなさい。
 いままでは防御一辺だったけど、
 これからはあたしの攻撃が加わるわよ。
 泣き言なら聞かないからね!」
 デザリアが変形する。
 花が開いた。
 開いたひまわりの種は巨大な牙になる。
 スパティールなどひと口でかみ砕きそうな巨大な無数の牙。
   いやいや落ち着いて、あたしが精神みだしてどうすんの。
「ヴァリ、テイン、ジャグ、あたしはちょっとやることあるから。
 あたしに話しかけないでね」
「ん」
「解かった」
「なんとかしょう」
 あたしは目を閉じると精神統一する。
「なんだ」とデザリア。
「どうして」とデザリア。
「そんなバカな!」とデザリア。
 そんな風に時折デザリアの声が聞こえる。
 どうやらデザリアの攻撃が失敗しているようだ。
ガキィ……ン!
「京子、デザリアを捕まえたぞ」
 あたしは目を開く。
 ジャグとヴァリとテインの六本の巨大な手がデザリアを捕まえている。
「こんなバカなことが。
 あり得ない結果だ」
「あら、そうかしら。
 あなたの能力なら当然の結果よ」
「なんだと!?
 ふっふふふっあっはははっおもしろい。
 京子とやらおもしろいぞその思い」
「そう、まあ、あたしもとまどってるんだけどね」
「ふはははっいいだろう京子。
 あたしの力で良ければ力を貸そう。
 それでいいのだろう?」
「もうっ意地悪いなあデザリアさんは」
 笑っているあたしとデザリアを、
 不思議そうに眺めているジャグとヴァリとテイン。
 そう、デザリアはあたしが誘拐されていやいやで戦っていると思ってた。
 それはあたしも同じ。
 でもね、デパートで服を選んでいる時、
 その瞬間がとてつもなく一瞬の思いがあったのだ。
 こんな時間もいいかも知れない、と。
 だからあたしはジャグたちに戦いをまかせて思ってみた。
 それが本当の気持ちかどうか解からなかったけど思ってみた。
 こいつらと一緒にいたいな、と。
 きっとそれが希望確率だというのなら、
 そう、それが自分に素直になる。
 ということなのかも知れない。
「なあ、なにがあったのか教えてくれよ」
「ダメダメ、ジャグには教えられないわよ」
「ぼくならいいだろう」
「ヴァリもテインさんもダメだよう」
「そうそうこれは女の子同士の秘密なんだもん」
「ねー!」
 しばらく話した後、あたしたちは星に降下していく。
 なんといっても食事をしてホテルでぐっすり眠りたい、からなのだが。




第三話 ジャグときょうこと無ってなに。

 ホテルの窓から一筋の光り。
 あたしは起き出す。
 となりのベッドにはデザリアが眠っている。
 ヤローどもは別室である。
 まあ、なんとなくあたしがそう、
 性別の区別をつけているに過ぎないのかもしれないけれど。
 あたしはパジャマのまま起き出すと浴室で歯を磨く。
 ねぼけまなこに髪の毛はぴんぴん立っている。
 とても好きなヤツには見せられない顔である。
 口の中をゆすぐと毛グセを直す。
 顔を洗い、肌あれ用のリップをぬると浴室を出る。
「おはよう京子」
 デザリアが起き出していた。
 これはまたデザリア金髪の美女である。
 これが気に入ってる姿に人間の行動様式とは、
 いったいスパティールっていう生き物はどこで人間を勉強したのだろうか。
 あたしは食事をとるためにホテルのレストランへ行くため、エレベーターに乗る。
 スパイラルテインがエレベーターの天井から透けて現れ、実体となる。
 まさに降ってわく感じだ。
「テイン、お行儀悪いわよ」
「ははっ。
どうも降りていくものを感じると、
 反射能力を使ってしまってね」
 なんともはや、スパティールというものは病気である。
 あたしはレストランに入って席に着く。
 朝食が運ばれてくる。
 う〜これよこれ。
 普通の食事になに変わらぬ朝。
 こういうのがいいのよね。
 ジャグが頭をボリボリかきながらあたしの前の席に着く。
 だが、そのカッコときたらあんた。
「ジャグ、なにそのカッコは。
 パジャマでレストランに来るんじゃないわよ!」
「ああ、うん」
「なんだか眠そうね。
 昨日眠れなかったの」
「いやまあそこそこ」
「おはよう京子」
「おはようヴァリ」
 ヴァリはビシッとスーツで決めてくる。
 女のカッコなのがたまにキズだが。
 スパイラルテインはレストランの端で一人もくもくと食べている。
 あ、デザリアが降りて来る。
 こちらは黒のドレスだ。
「おはよう。
 ごきげんいかがみなさん」
 レストランの中がざわめく。
 結構露出度の高いドレスだからかな。
 朝っぱらからわきたつなっちゅーに。
 デザリアは動きも優雅に席に座る。
 女らしいとはこういうことを言うのだろう。
「それでどうしょうこれから」
 あたしがみんなに聞く。
「あたしはちょっと旅しょうかなあ」
 デザリアはなにげなくそう言う。
「テインさんは」
「私は京子に着いて行く」
「私もそうするかな」
 ヴァリもサングラスをつけたままうなずく。
「じゃあ朝食とったら行くわよジャグ」
「ふあい」
 パンをほおばりながらジャグが返事する。
 あたしは食事をすませると部屋に戻る。
 セーラー服をきっちり直して、ビシッといくわよ!
 さあ、みんなと待ち合わせ場所のロビーへと降りる。
 と、ジャグたちがだらけてイスに座っている。
「こらこらこら!
 これから出発って時になにだらけてるの!」
「そうは言ってもここのところハードだったからな」
 ジャグがだらけて言う。
「それじゃ温泉にでもいきましょう」
 ヴァリが本気ともジョーダンともつかない声で言う。
「そんなこと言ってると!
 次の戦いで足下救われるわよ!」
「ういーっす!」
 なんとか立ち上がるジャグ。
「テインは?」
「もう大気圏付近まで上がって行ってしまった」
「それじゃ、あたしたちも行きましょ」
 ホテルの自動ドアから出ると、広い公園まで歩いていく。
 木の影に立つあたしとジャグ。
「それじゃジャグお願い」
 ジャグがあたしを包み込む。
 柿の種は飛び上がり、
 一気に大気圏まで飛び上がる。
 あたしを包む空間が広くなる。
 ジャグが大きな宇宙船の形態になったのだ。
 まわりにはテインもヴァリもいる。
 デザリアだけがいない。
 デザリアは旅に出るって言ってたっけ。
「とりあえずあたしとジャグはオトリになるから、
 テインとヴァリはちょっと離れてあたしたちをマークしていて」
「了解」
「解かった」
「オーケイ」
 ジャグが一体だけで宇宙を進む。
 どこかからヴァリとテインも、
 つかず離れずにいるのだろうが、
 あたしには見えない。
 何時間たっただろうか。
 それは突然起きた。
「ねえみんな。一息でもついて休憩する?」
「それはできなさそうだ」
「なにかあるっていうの」
「なんだか気配がする。
 仲間の気配が……」
「そんな抽象的な表現じゃねえ。
 ジャグ、なにかもっと確かなデータとかはないの」
「ない。
 ただそんな気がする」
「そんな気ねえ……。
 あんた最高の機能がついてるんじゃないの。
 まあ、とりあえず向こうが仕掛けてくるのを待ったらどう」
「まあな。
 こちらからはなにも手を出す策もないしな。
 ん……これは……!」
 いきなりジャグが空間転移する。
 元の宇宙に戻って来ると、遙か彼方で光りの星が大きく明滅している。
「どうしたのジャグ」
「未来弾による超新星攻撃だ。
 なんとかかわした」
「どこ、どこから攻撃されたの」
「わからない。
 だが連続して攻撃される可能性がある。
 とにかくランダムに次元転移による回避を続ける」
 それからジャグは何度も空間転移する。
 そこかしこで閃く超新星の光り。
 巻き込まれたら一瞬でおだぶつだ。
「ちょっと、誰か知りませんがジャグを攻撃するということは、
 地球へのダメージになってしまうんですよっ!
 知らないんですかっ!」
 しばらく沈黙が宇宙を支配した。
「見えるのだ」
 宇宙に声が児玉する。
 そのスパティールがしゃべったのだ。
「なにがですか」
 聞くあたし。
「ジャグディーグが地球を破壊するところが……。
 ゆえにジャグディーグ、オマエを倒す」
 どうやら本気らしい。
 さっきのがずいぶん気にさわったのか。
 話しあい……どころではないような雰囲気。
 ジャグの空間転移が超新星を次々とかわす。
 相手の攻撃はかなり近い。
「ちょっとジャグ、どこ逃げてんのよっ当たりそうよ」
「一度の転移で何光年もジャンプしてるっ。
 ジダッドがどうやってこっちの移動場所を予測してるかは、わからない。
 どうやら追って来てるのはジダット一機だけのようではある。
 でもくそっ、なぜこちらの居場所が解かる」
「ほんとよっ、なんでこっちの位置がわかるの。
 それがわからないと逃げられないっ」
 そういやさっき地球を破壊するジャグが見えるとかなんとか。
 なんのことだろ。
「追いつめたぞジャグディーグ……」
「追いつめられた……」
「なになに、なんで?」
 あ、これは……。
 ジャグの前に宇宙の壁があった。
 なにものもよせつかせない、虚無が波打っていた。
 なにもない闇の波があった。
「ここは……どこなの」
「宇宙の果てだ。
 宇宙が広がっている端の端がここだ。
 もう後がない」
「これが宇宙の果て……」
「ここはなにもない無」
「なんか、気持ちが広がる感じがする」
「物質が無を浸食しているんだ……」
 ふうん……。
 声が響いた。
「ジャグとキョウコと言ったか……私はジダッドラクトーン。
 存在の喪失者。
 無への邂逅が我が使命。
 ここでジャグディーグ、おまえの存在はすべて無と帰す。
 おしまいだ」
 依然として姿は見えない。
「なによ負けないわよっ」
「京子っ!」
「なに、なんなの。
 なにこれ?」
 なにかがあたしたちを取り囲んでいる。
「宇宙の果ての引き潮だ。
 間に合わない、無に飲み込まれる」
 闇の波がジャグとあたしを包んだ。
 宇宙の果ての端の端。
 果ての闇が引き潮となってあたしたちをさらに深い黒の波に飲み込んだ。
 なにも存在しない宇宙の外にあたしとジャグは包まれる。
 音も光りも質量も、そのすべてが意味を失った、
 空間足り得ない場所に包まれていく。
「我が永劫の闇に眠れ」
 ジダッドの声を最後になにも聞こえなくなった。
 なにも見えなくなった。
 なにも感じられなくなった。
 存在は本質を失い、過去もなにもかもその時間を溶かす。
カカカ……
カッ
カッ
カッ
ど こ だ ろ う こ こ は … …
カインッ
 ど こ な ん だ ろ う ?
ピッ……
  時間 さ え 意味 を 失い。
 そ の 存在 は 昨日 で は な い。
クイン、カラカラカラ……
 暗闇は暗転して黒の三角は回り続ける。
 それはあたしの時間。
 あたしの刻のエンジン。
 次元の落とし穴があたしの手を取る。
 切り開いた未来があたしを螺旋の光りと闇にと通過する。
 声がする。
 どこかで聞いた声がする。
 それは父親のようでも母親のようでもあり、
 また幼い自分の声でもあるような。
 その声はジャグに似ていた。
 声は唐突に言う。
「存在を示せ」
 なに、誰、ジャグなの?
「存在を示せ」
 なに言ってるの。
 ここはどこ。
「存在を示せ」
 時計が逆回り。
 逃げれば戦い、戦えば逃げる。
 昨日の明日、明日の昨日。
 人が人であるかぎりその人の人の筋道……あたしなに言ってるんだろう。
 ただ時間だけがあたしを抱きしめる。
 過去という時間と未来という時間が。
 あ、誰か闇の中にいる。
 ……あたしだ。
 光り輝くあたしが暗闇に立っている。
パアッ
 光りのあたしの両手から光りの花が生まれる。
 これ知ってる。
 これは次元の花だ。
 これさえあればあたしは懸命たれる。
 これがあたしの生き方そのもの。
キインッ……
 光りのあたしが花を突き出す。
 いいの?
 もらって。
 あたしは一瞬躊躇してから、花をもらう。
 花はあたしの胸の中で回転する。
 花とシンクロするあたし。
 あたしはいま自分であることに意味を持つ。
 なにもない邂逅と未来の間で……。
「京子?」
 ジャグの声。
「だいじょうぶか京子」
「うん、大丈夫」
「涙流してるぞ」
 気づくと片目から滴が一筋流れていた。
 あたしは涙を拭う。
「だいじょぶだいじょぶ。
 それよりあたしたちどうしたの」
「ここはどうやら無のようだ」
 辺りは暗闇しかない。
 なにも存在を感じない無(む)、夢(む)、霧(む)。
「まるで時間さえ昼寝しているようだ」
「時間の経過がないってこと?」
「たぶん……いや、なにもないんだ、ここは」
「重力を作り出したり、遠心力とか、質量変化でなんとかならないの」
「無には物質の法則はない」
「次元転移航法だっけ?
 で、どうにかできないの」
「時間軸に干渉するにしても、無には二次元とか、過去はない」
「そっか……」
 なにかないかな。
 なにか……。
 なんでもいいのだなんでも……。
キインッ
 光りが輝いた。
 それは未来のひらめきだ。
 光りの自分が目の前に立っている。
 光りの自分が手に持っているのは……。
「未来よ……」
「なに?」
「未来ならここの場所を物質が浸食してるかも。
 通常空間に出られるわよ」
「スパティールごと未来弾となって、
 未来へ次元転移するっていうのか」
「理論的に問題でもあるの」
「……ない。
 だが、スパティールが未来への次元移動をした例はない。
 危険すぎる。
 というか無謀すぎる。
 なにがあるか解からない未来に、
 それも未来への次元転移航法自体、
 いままで人の未来と関連性がなくて試されたことはない」
「いまは人のあたしたちの未来に必要なのよそれが」
「そうだが確率では」
「それともジャグの演算能力で、なにか他に策があるの?」
「ない」
「じゃあ善は急げよ。
 ジャグ、必要な準備に入って」
「……解かった」
 しばらく沈黙が場を支配した。
 なにも言葉は生まれない。
 もうずいぶん静寂だけが心も場も支配する。
 どうなるのだろう。
 自分に問うても答えは出ない。
 時間だけが過ぎていく。
 正確にはなにも変わらない無限の無の中……それとも外?
 なにも答えてはくれない。
 これでいくしかない。
 でも、もしかしたらもっとなにかあったかも知れない。
 これで良かったのだろうか。
 未来の自分なら知っているだろうに。
 未来の自分から受け取った花だけが、
 イメージの中で鮮やかに咲いている。
 もう水をやる必要もないようだ。
 それほどに活き活きとしている。
 あたしもまんざら捨てたもんじゃないような、そんな気がする。
 未来はある。
 なんでか確信。
 きっとここより違う瞬間があるって思う。
「必要な計算は終わった」
「そう……それじゃいきましょ」
「オーケイ」
 波紋が広がっていく。
 次々と波紋が生まれては消えていく。
 それが準備段階なのは見てとれた。
 だけどなんだろう。
 この気持ちは。
「ねえジャグ」
「なんだい京子」
「なんか、まるでなにも悩みがないように思える瞬間がこう、あるんだけど」
「ここは無だからね。
 思考に発展性がないのかも知れない」
「おなかも空かない」
「無、だからな」
「ここが人の安住の地なのかしら」
「さあ解からない」
 波紋は球形に広がっていく。
「そろそろだ」
 振動の後、光りが視界をすべてを包む。
 なにも聞こえない見えない感触のない状態だ。
 あれ、誰かいる。
 人じゃない。
 あれはスパティール。
 ああ、あたしたちを追いつめていたスパティールだ。
「見つけたわよ観念なさいな」
「はん、なにをたわむれを。
 私たちスパティールにおまえたちの未来など託せるものではない」
 光りの中を人が通り過ぎる。
 違う。
 これは記憶。
 誰かの気持ちたち。
 光りの結晶が降っている。
 凍えた街中に少女が立っている。
 少女が手に持っているものをあたしに差し出す。
 それはあたしの中に入り胸が暖かくなる。
 記憶の少女から物もらっちゃった。
「京子きみは……!」
カインッ
 なにかが途切れた。
 いや、生まれたのだろうか。
 気がついたら宇宙空間に出ていた。
 なにも変わらない宇宙があった。
 ジダッドの声が聞こえる。
 すぐとなりにいるジダッド。
 ジダッドはやきとりの串のように細長い竹のようだ。
 空飛ぶ竹……、ねえ。
「きみはきみがそうなることを望んでいるのか」
 ジダッドがそう言う。
「え、あたしがなんだっていうの?」
「いいだろう。
 京子。
 私の力でよければいつでも貸そう」
「あらそう。
 それじゃよろしく〜」
「なんだ京子どうしたんだ。
 ジダッドが目の前にいるぞ、攻撃するか」
「あーいーからいーからジャグは黙ってて」
 ジダッドがこちらを向く。
「未来は無。
 だけど京子、きみはぼくたちの未来を見せてくれそうだ」
 一瞬先の未来。
 でもジダッドにはなにが見えたんだろう。
「ねえ、ジダッドさん、なにが見えたんですか。
 あたしの未来で」
「自分の未来は自分で開かなくてはならない。
 違うか京子?」
「いやまあそのとおりですけど」
「京子、その時が来たら全身全霊をかけて力を貸そう」
「それはどうも」
 あたしは振り向くと「ジャグ」と言った。
「ん、なんだ」
「めし食って眠れるところへ行きましょう」
「そうだな」
 ジャグは次元転移する。
 月が目の前に迫る。
 とりあえず月の街に降下する。
 空気のフィールドが張られていて、
 環境は重力が弱いいがいは地球と変わらない街並みがある。
 ジャグとジダッドは人の姿になると歩いてホテルに入る。
 月のホテルでヴァリとテインが人の姿でやって来る。
「だいじょうぶか京子」
 かなりあわてた様子だ。
「ヴァリとテイン!
 まったく役にたたないんだから!」
 あたしはヴァリとテインにグチグチグチこなかったことをグチる。
「そんなこと言ってもなあ」
 ヴァリもテインにも非はない。
 でも言いたいのである。
「ヴァリさん。
 あたしが欲しいなら助けてくれなくちゃあ」
「ごめんなさい」
 ヴァリはシュンとしてる。
「でもまあいいわ。
 ゆるしてあげる」
「ダメ」
「? 誰か何か言った?」
 みんな首をふる。
「消えないでジャグ!」
 ジャグという、いまにも消えそうな光りを抱きかかえて泣きじゃくるあたしがいた。
 それはイメージだろうか。
 立体ホログラムだろうか。
 それとも……。
「京子どうした」
 ジャグの声に我にかえる。
 ジャグは無事なままだ。
 じゃあこれは夢?
 白昼夢?
 ジダッドが目の前にいた。
「ジダッドさん、いまのは夢?」
「いや現実だ」
 ジダッドが言いきる。
「そんな……。
 気の迷いでしょ」
「そういうこともあるな」
「なにか手はないの」
「それは自分の手で切り開くものだ。
 京子、きみ自身の手で」
「なんだ、どうかしたのか」
 ジャグが話しに首を突っ込む。
「うわっ」
 あたしはジャグの襟首をつかんで、
 ロビーの壁にジャグを押しつける。
「な、なんだ京子」
「あんた……、ジャグ、あんた死んだらゆるさないんだからね!」
 あたしはジャグから手を離すと外へ歩き出す。
 ジャグはしどろもどろしながらあたしについてくる。
 あたしはジャグに向き合う。
「ねえどうしてジャグは戦うの?」
「なんだい急に」
「戦わないですます方法があるんじゃない」
「なにを言ってるんだい。
 いままでだってなんとかなってきたじゃないか」
「そうだけど」
「だいじょうぶ。
 京子はオレが守るから」
「……のに」
「え?」
「なんでもない!」
 あたしだってジャグを守りたいのに……。
 あたしにはなんにもできないのかな。
 ジャグがあらぬ方向を見つめている。
「どうしたのジャグ」
「いままでに感じたことのないタイプのスパティールが宇宙にいる」
「敵ってこと」
「そうなるかな」
「行きましょうジャグ」
「ん、そうだな」
 ジャグたちとホテルを出る。
 ジャグはあたしを包むと空に飛び立つ。
 青空は暗い夜へと変化していく。
 宇宙には柿の種もといスパティールの宇宙船の形をしたのが、
 暗闇にぼんやり浮いている。
 でも姿が黒い霧みたいなものに隠され、良く判別できない。
「テイン、ヴァリ、ジダッドいる?」
「おう」
「いるぞ」
「だいじょうぶだ」
 三方から返事がする。
 よしよし。
 こちらが優勢だぞ。
「京子、どうも相手のスパティールの姿や名前、正体が解からない」
 ヴァリが首をかしげている。
「なによ、そんなの戦えば解かるわよ」
 戦わないで済めばそれはそれでラッキーなのだが。
「場所を変えようじゃないか」
 そのスパティールはそう提案すると次元転移する。
「行きましょう」
 あたしたちも後を追って転移する。
 月も地球もなくなり、近くに星などなにもない宇宙に出る。
「ここはどこなのジャグ」
「人が住んでいる地域から百光年は離れた場所だ」
「だったら遠慮なく暴れることができるわね」
「それはこちらのことだ!」
 先ほどのスパティールが啖呵をきる。
「ジダッド、テイン、ヴァリ、ジャグ。
 みんなで相手のスパティールを包囲して!」
 四旗のスパティールは、
 ゆっくりとそのスパティールを囲うと包囲網を狭めていく。
「なにかおかしいぞ」
「どうしたのジャグ」
「近寄っているんじゃない。
 アイツに引っ張られているんだ!」
「なんですって?」
「私の力は重力制御。
 ブラックホールが我が本体。
 吸い込まれて永劫の闇に吸い込まれろ!」
「そうだ、こんな能力を持つヤツは、
 ブラルティースってスパティールだ」
「なんとかならないのジャグ」
「ダメだ向こうの引っ張る力の方が強い!」
「次元転移は!?」
「ロックされている。
 転移できない」
「無駄なことだ。
 逃げようとすれば私の反射能力が発動して、
 ブラックホールに吸い込まれてしまうのだ!」
「じゃあ逃げないで止まってみたら?」
「む! だめだ引っ張られる」
『そんな単純なわけないだろ!』
 なぜかブラルティースや味方のスパティールたち、
 みんなからツッコミ入ってるような気がする。
 それはともかく。
「どうするのジャグ。ジャグ!?」
 ジャグは黙ってしまってなにも言わない。
「……ない」
「え?」
「ブラルティース、
 おまえだけが反射能力を持っているわけじゃないんだ!!」
 ジャグの言葉が終わるか終わらないうちに、
 ジャグの中でドクンドクンとなにかが脈打つ。
「なに?
 どうしたの」
 青い粒子のような、波のようなものが、
 ジャグからブラルティースへと流れ出す。
ブアアアアアア
 黒い粒子がブラルティースから吐き出される。
 青と黒い色が混ざりあって、
 虹のような、まだらの色が吹き荒れる。
 まるで時間が震えているよう。
 ジャグとブラルティースのあいだで雷が走る。
 無数の雷が舞う。
 これが人ごとであったら見入ってしまうほどの美しい光り。
「対立能力だ」
 ジダッドの声があたしを現実に戻す。
「対立? 能力?」
「反射能力同士がぶつかった時、力は相乗効果を生み出す。
 ジャグディーグとブラルティースの生み出す力は能力の倍増。
 そしてそれは時間の破壊。
 次元の共鳴現象による存在の崩壊。
 両者ともこのままでは時空のはざまに消えるのみ」
「そんな!」
「心配ない」
 ジャグが振り絞るように言葉を紬出す。
「地球も京子もオレが守ってみせる!」
 ジャグはあたしを包んだ自分の一部を放出する。
 あたしはジャグから切り離された形になる。
「なにするつもりジャグ!?」
「心配するな京子。
 次元転移機関を停止させていれば、
 オレが破壊されても地球は無傷だ」
「ジャグはどうなるのよ」
 ジャグは無言でブラルティースに向かっていく。
ガイン!
 ジャグはブラルティースに激突すると、
 二体ともブラックホールに飲み込まれる。
 ブラッホールはその瞬間小さくなると、
 光りの波紋ひとつ残して消えてなくなる。
 あたしの入ったカプセルのような球体はヴァリに吸収される。
 ヴァリの中はジャグと変わらない。
 ジャグ……。
「ジャグのバカ〜〜!!」
 ブラックホールのあったところにスパティールが現れる。
「ジャグなの!?」
 それは黒い霧が晴れると、ブラスティースだった。
「ジャグディーグはもういない」
「ウソよ」
「ウソではない。
 ジャグディーグは私の深淵に飲み込まれた。
 それは細胞に吸収された養分のように、
 もう判別出来ないほど分解された」
 ヴァリたちがブラルティースを取り囲む。
「よせ、もう戦うつもりはない」
「いまさらなによ」
 あたしはいきごんで言う。
「ジャグディーグを取り込んで、
 ジャグディーグがなにを考え悩み、そして京子。
 きみを大事にしてきたかが解かった。
 ジャグディーグの変わりにはなれないが、
 私の力で良ければ京子、きみに貸そう」
「そんな、そんなこといまさら言ったって、  もうジャグは戻ってこないじゃない」
 あたしの声が宇宙という闇に消えた。
 それからあたしは地球で何日か過ごしていた。
 場所は山並みに囲まれた湖の端のコテージをヴァリたちが借りてくれた。
 食事もテインさんが作ってくれた。
 なに不自由なく生活が出来た。
 たったひとつ、ジャグを除いて。
 あたしは山に陰る夕日を見入る。
 湖の前の木陰にひとり立っていた。
 なんにもすることがないというのはきっといいことなのだ。
 それがたとえもっとも不自由だとしても。
「あーこのまま年とって死ぬのかな」
「なに言ってんのよ」
「デザリアさんがいる。
 こりゃ幻かなああ゛あ゛あ゛」
 デザリアがあたしのほっぺをつねる。つねる。つねる。
「はひはひ解かりまひたあ!」
「ひさしぶりね京子」
「あー目が覚めましたよデザリアさん」
「いいことね。
 体がなまってんだから、
 それくらいがちょうどいいのよ。
 京子、ふとったんじゃない。
 肌の艶はいいわね」
「ええ、テインさんの料理も旨いですし、
 買い物にはヴァリとかが手伝ってくれますし、
 なにも不自由ないです」
「そりゃいいわね。
 で、なに夕日に見入ってるのよ。
 あなたはもっとしなければならないことがあったんじゃないの。
 少なくとも前に会った時はそうだったわよ」
「そうなんですけど。
 もういいんです。
 あたしは勘違いしてたんです」
「なにを」
「ジャグがいることが、ジャグの力が自分の力、
 生きがいのようでもあったんです。
 でも、それは違いました。
 ジャグはジャグ。
 あたしにはあたしの目標があったんです」
「それでいいの」
「はい!」
「これからどうするの」
「え、夕食食べてそれから」
「違う違う。
 ジャグを待つことじゃなく。
 あなたのこれからの人生よ」
「まっ、待ってなんていません」
「それじゃなんでステーションに戻らないの」
「それは家出したことになってるだろうし、
 帰りづらいというか、
 なにから話したもんだか解からないというか」
「そんなのなんとかしてあげるわ」
「そうなんですか」
「そうなのよ」
「そういうのちょっと」
「あらそう。
 難しいわね」
 飛行機雲が空にのびていく。
 空は赤から黒い青に変わり出す。
「もうこのままなにも変わらない時間が続けばいいのにと思うんです」
「それは死んだも同然よ」
「あたしは死にました」
「それはご愁傷さま」
「あたしの一部は確かにジャグとともにあったんです」
「ウソね」
「ほんとです」
「いまの京子はニセモノだとでもいうの」
「どっちも本物です」
「だったらいいじゃない」
「良くありません」
「たとえ結果がどうあろうと?」
 デザリアの言葉はかつて、ジャグと交わした約束。
「ええ、ジャグとだったらかまわないって」
「思ってた?」
 背中でヴァリの声がする。
 振り返るとテインにヴァリにジダッドにブラルティースに、
 とにかくいままでのスパティールが全員いる。
「どしたんです。
 みんなそろっちゃって」
「未来を決める時だ」
 ジダットがそう言う。
「でも、なにを決めるっていうんですか」
「誰が必要で誰が必要じゃないか」
 テインがそう言う。
「そんなの言われても困ります」
「私の中にいるとしても?」
 ブラルティースがそう言う。
「まだ、ジャグがあなたの中に?」
 みんなが手を出す。
 その手の上で光り輝いているのは、ジャグの断片?
「京子の中で再生して」
 デザリアがうながす。
「なかなか起きなくてなあいつは」
 ヴァリが笑う。
「でも、じゃあ、え、どこにいるっていうんですか」
「きみの未来の中に」
 ジダットが笑う。
「そんなことまかされたって、
 どうなっても知りませんよ!」
 あたしの胸の前でみんなが持つジャグの断片が集まり出す。
ギイイイイ……。
 狭い一人部屋の中にいる。アイドルのポスターが張られ、本棚には漫画。勉強机に座り勉強に頭を悩ませる学生の青年が一人。あたしはそれがジャグの生まれ変わりだなと、なんとなくそう思った。「ごはんよー」「はーい」その男はあたしには気づかない、というか見えない様子だ。あたしは試しにジャグの頭をひっぱたく「いてっ」どうやらひっぱたけるようである。「あんたなにやってんのよ」「見りゃ解かるだろ受験勉強だよジュケン」「それよりも地球の命運は?」「なに言ってんの勉強とどっちが大事か考えれば解かるだろ」「女の子は」「いらないって」「あなたには待っている子がいたんじゃないの」「いないってば」「そうかしら」「受験が恋人ってね」「さみしい青春ね」「あんたになにが解かるんだよ」「解からない」「はっ、他人にましてや京子に解かってもらおうなんて……オレなにひとりごと言ってんだ?」「しっかりしてよ。魔王たおすまでにはまだまだなのよ」男は土色のマントに腰の長剣。薄汚れた服にズタ袋。耳の長いおねーさんと森の中にいる。「あなたにはまだ死んでもらっちゃ困るのよ。解かるでしょ」「そうだな」なんか栗色のこの美人のねーちゃんはなんだろ。特撮の悪役女みたいにきわどい服装。それよりなによりジャグと随分仲良さそうじゃない。「グワオ!」なんかどでっかい獣が草むらから出現する。まるで、でっかいクマさん。「おいおいこんなの出る森だったか」「だから世界の変化はこの森にも影響を与えるのよ。当然でしょ」なんか耳の長いねーちゃんが一生懸命説明しながら獣から回避してる。「こいつ手強いな」ジャグは長剣を抜くと剣撃を打ち出すがことごとく獣に弾かれる。「あぶないっ!」ジャグに獣の爪が! とりあえず、あたしは獣の足にケリ入れる。「ひざかっくん!」豪快に倒れる獣。「いまだっ」ジャグの剣が獣にとどめをさす。「あたしって、えらい? えらい?」あたしはジャグに聞く。「はん、このくらいのことで……」くそ〜、なんだよう。「食えるかな?」「さあ?」とりあえず獣さばいて、たき火で調理してる二人。「旨いな」「そうね」「あたしにも食わせなさいよ」「おまえ食えねーだろ」「誰と話してるの?」「それは……誰だろ?」ジャグは闇に呑まれていく。それはジャグの未来? それとも過去の出来事? 子供がボールを追って道路に飛び出す。「くるまがあぶないっ!」あたしは子供を抱え込むと地面を転がる。「おねーちゃんありがとう」「いえいえ、どういたしましてってあんたジャグじゃない!」「?」子供は不思議そうにこちらを見ていたがどっかに走り去ってしまう。「ちょっと待って!」塀の角を越えるとそこには学生服の男の人がいた。「なにか用?」「えっいえあのその」あたしは後ろ手に手紙を持っている。そうだ、いま渡さないでいつ渡すのだろう。「こ、これ読んでください!」「ん、あ、ああ。ありがとう」そう言って笑ってくれた。それはジャグ。「超光速でいく」スパティールのジャグ。それもジャグ。「まだ戦える!」それもジャグ。「どうした京子?」それもジャグ。「なんだ、甘いもの苦手か?」それもジャグだった。そう、ほんとはどれもジャグには違いなかったのに。あたしはなにをしていたのだろう。光りの中であたしはジャグに問う。
 ジャグはどこで生まれたの。
 博士に気づいたら博士がいたんだ。
 ジャグはどんな子だったの。
 そうだなあ、博士に絵本をねだってばかりしている子供だったかな。
 そうなんだ。
 京子はどんな子だった。
 あたしは暴れん坊だったなあ。
 強そうだな。
 ガキ大将だったわよ。
 そうだろうなあ。
 ちょっとそこいらでは負けることない無敵さだったわよ。
 その頃の京子を知りたかったなあ。
 これからいくらでも教えてあげるわよ!
 そうだな。
 湖の前の小高い丘にあたしとジャグは座っている。
 夜の星はまたたいている。
 あたしたちは空を見上げている。
 こんな時間がずっと続けばいいのに。
「ジャグ……」
「なんだ京子?」
「さあ、宇宙へ行くわよ!」
「そうだな。
 そうするか」
 願いなど空に思い描いているより空へ行った方が早いのだ。
 きっとそうだ。
 だから行こう。
 時間さえ追いつかない速さで。
 つまらない日は寝てしまおう。
 できることはがんばろう。
 いけてる時は勢いしてみよう。
「ジャグ、まずは質量足したほうがいいんじゃない」
 ジャグはひと回り小さい小人のようだ。
「そうだな。
 でもどこでなにを」
「決まってるでしょ」
 夢の島へ行くとジャグは山ひとつ飲み込むと、
 人の大きさまで戻るジャグ。
「いいわね。
 さあ行くわよ!」
「おう」
「ジャグの中はひさしぶりだ」
「お帰り」
「ただいま」
 浮遊感の中、夜の闇は宇宙へと変わる。
 宇宙はどっちが上だか下だか解からない。
 だけどきっとジャグがあたしの中心なのだ。
「ジャグ、スパティールはいる?」
「いや、いない。
 ここいらにはいないらしい」
「地球の辺りにすべてのスパティールがいるんじゃないの?」
「スパティールはどこでもエネルギー補給できる。
 本体は星からのフィードバックで、
 粒子体を保つからメンテいらずのすぐれものだ。
 だからどこにいてもいいんだ。
 どこにいても連絡できて、一瞬でどこへでも移動できるからな」
「ふーん」
「なんだ?」
「なに!」
「これは」
「なにこの振動」
「これは時空震だ」
「ジャグ、とりあえず次元転移!」
「時空震は次元そのものが震えるから、次元転移できないんだ」
「どうなるの」
「時間が崩壊する」
「なに、スパティールの能力なの」
「解からない!」
 時間が逆戻りを始める。
 今日は明日の次にやってくる。
 それが日常だったら、思い出は予言になっちゃう。
 できることはできないこと。
 それでもあたしはがんばっていた。
 その過去形は未来形へと姿を変える。
 飲んだ物はいまジュースのカンへと、姿を変える。
 ああしたらいいなと思うことが消えていく。
 目標こそが思い出。
 それがいまのあたしなのだから。
 フィルムが巻き戻されるようにあたしは逆戻りする。
 どんどん年も若くなっていく。
 これが敵の狙い?
 時の波紋は生まれいでて星となる。
 ジャグ、ジャグじゃない。
 いや、正確には地球だ。
 地球には恐竜がいる。
 ギザギザの歯の肉食竜がどかどか駆けてる。
 背中に旗のようなものが並ぶ、
 草食竜が肉食竜から身を守っている。
 なにがどうなってるの。
 あれ、あたしなんでどうしてここにいるんだっけ。
 確か大事なことがあったと思うんだけど……。
 時間だけが過ぎていく。
「人は誰もが地球を持っているから」
 誰の声だろう。
 聞いたことがある人みたいだけど。
 誰だっただろうか。
「それでよかったの?」
 母さん。
 どうだったかな。
 あたしはできるだけのことをしたよ。
 がんばったんだから。
 えっへん。
 でもねでもね、これでよかったんだろうか。
 できた時間だけ夢に近づいているんだろうか。
 敵らしきものは感じないし、身の危険も感じないのだが。
 なにがなんだか解からないのだ。
 ジャグが戻ってきてよかったと思ったのもつかの間。
 また危険な旅になりそうだったりして。
 どうしたもんかなあ。
 でもまあなんとかなるといいなあ。
「きょうこ!
 きょうこ!」
 ん、なに母さん。
「学校に遅れるよ」
 母さんが部屋のカーテンを開ける。
「あと五分寝かせてよ!」
「そんなこと言って、遅刻しても知らないよ」
 母さんがドスドス階段を降りていく。
 なにも変わらない日常。
 あたしは単なる女子学生じゃない。
 いつかなにか、どでかいことしちゃう女子学生なのである。
 ? なにか忘れてるような……ま、いいか。
 遅刻、遅刻しちゃう。
 バタバタしながらもセーラー服に着替える。
 歯ブラシくわえながら髪をとかす。
 いけない遅刻しちゃう。
 パンをかじりながら駆け出す。
 学校まではリニアレールの電車を乗り継いで、
 学校のある宇宙コロニーにたどりつく。
 肩で息をしつつなんとか遅刻せずにすんだ。
「キョウコ! 一緒に行こう!」
 下校時、友達とショッピングコロニーで待ち合わせ、駅で別れる。
 トイレで服の身だしなみを整え、
 家に帰る電車に乗ろうとすると、
 男の人に腕をつかまれた。
 黒ずくめの男は「京子探したぞ」と言った。
「誰ですか、あなた」
「オレだジャグディーグだ」
 男の顔はサングラスをかけている。
 どこかで見た顔だけど、思い出せないなあ。
「どこかで聞いたような声……って、とにかく手を離して下さい。
 たとえ知りあいだとしても親しき仲にも礼儀ありですよ」
 ジャグなんとかいう人は手を離す。
「いますぐ来てくれ京子!」
「なんのことですか。
 やっぱりあなたのことなんて知りません!」
「いいからいくぞ」
 怪しい男はあたしを抱え上げる。
「ちょっとなにするんだあ〜この変態男〜!」
「とにかく来てくれなきゃ困るんだ!」
 男はリニアレールの螺旋形のレールに乗ると、
 二重の扉に手を当てると扉が開いていく。
 真に吹っ飛ばされていくあたし。
 うああ!
 空気がなくなるー!
 空気、空気、くうききううううう?
 空気がある。
 なんでだろう。
 あれ、宇宙に出たはずなのに、なにか茶色いなにかに包まれている。
 なんかこの茶色い壁生きているみたいな感じがするのよねえ。
 あれ、なんだか体が浮いてる。
 重力制御されてないのかな。
 その割にはずいぶん気持ちいいけど。
「京子さあ行こう!」
 先ほどの男の声が聞こえる。
「なんであたしがあなたと行かなくちゃいけないんですか!」
「それがきみの運命、力だからだ!」
「わけ解かりません。
 いやです。
 絶対嫌です」
「京子きみの力が必要なんだ」
「絶対力なんて貸しません。
 他あたってください」
「なにがなんでも力を貸してもらう」
「嫌です」
「力を貸せ」
「嫌です」
「力を貸せ」
「嫌です」
「力を貸せ」
「嫌です」
「ぜーぜーなかなかやるな」
「いえいえご謙遜を。
 あなたもそうとうじゃないですか」
「戦いになる。
 力を貸せ京子!」
「貸すかボケえ!」
「なんでだよう。
 いいじゃないかよ〜」
「よくねえっつってんじゃないのよおよおよお!
 なに人引っ張って来てどうなるか、
 解かってるんでしょうねえねえねええええ!!」
「はいっ。
 まあその、たぶんそのちょっと力を貸していただけたらなあ、
 なんて思っているんですが、いいでしょうか」
「これ」
「はい?」
「椅子くらい出しなさいよ!」
「は、はいっ」
 茶色い壁がイスになる。
 ふうん、なにかの中にいるのは解かる。
 どうやってここから逃げるか。
 とりあえずイスに座る。
「お茶のいっぱいも出ないかなあ!」
「ウーロン茶でいいですか?」
「いいわよお!」
「はい用意できました」
「あら早いわね」
「どういたしまして!」
「それから外の景色が見たいなあ!」
「はいどうぞ」
 外が一面の真っ暗闇?
 いや、星が輝いている。
 下も上も右も左も宇宙ステーションさえ見えない。
「これはまたきれーになにも無いわね」
「ええ、宇宙ですから」
「なんでもかんでも思いどおりになるなんて思ってないわよね」
「はいええまあそうですね。
 まずはどうしたらいいでしょうか」
「あなたのなにがどうなってどういうことがどうなってるのかな」
「え〜あなたの祖父がスパティールという変形可能宇宙船を作り出しまして」
「それで」
「あなたの力がないとわたくしは力を発揮できないように作られまして」
「それで」
「敵のスパティールと戦うために力を貸してほしいのですが」
「ふーん。
 人に力を貸してもらうには自分の力をまず貸さないとね」
「それにはどうしたらいいでしょうか。
 京子さん」
「まずトイレに行きたいのよね。
 ちょっと近場のステーションに着けてくれる」
「はいっ」
 ステーションの外部ハッチに一瞬で目の前に現れる。
「一瞬移動!?」
「まあ、そうでしょうか。
 これが京子さんに力を貸していただいたおかげです」
「便利ね。
 ちょっといいかも」
「ありがとうございます」
 あたしは壁がハッチへと横づけされてしまう。
「よいしょっ」
 外部ハッチを開く。
ガッチョン
 鉄のバーが回転すると自動ドアが動く。
 あたしははハッチの中に入る。
「まだですか?」
 声が後ろのでする。
 あたしは通路から突っ走る。
 ダッシュで逃げ出す。
 街中に出る。
 なんとか巻いたかな。
 人通りを抜け公園に入る。
 緑が茂っている中、あたしはベンチに座り、息を整える。
 なんだろう。
 なにがなんだかいまだに解からない。
 深呼吸してから家に向かって歩き出す。
 と、公園の入り口に止まっている車が空に飛んだ。
 あたしに向かって吹っ飛んで来る。
 あたしは声にならない悲鳴をあげた。
 あの男が目の前にいた。
 あたしを抱えると男は車を避け、飛び上がる。
 男とあたしは空にいた。
 地では飛んで来た車が地面にぶつかり、爆発する。
 男は木を越え、芝生の中に着地する。
「あぶなかった」
 黒ずくめの男がそう言う。
「なんなの一体」
「私……オレたち二人は狙われているんだ」
「一体なんで、これは夢?」
「違う。
現実だ」
「誰がこんなことを」
「敵がいる。
 そいつは人にはない力を持っていて」
 トラックが空を回転しながら飛んで来る。
「力を貸してくれ京子」
「あ、ああ、え、う、うん」
 男はあたしを包む。
 茶色い生物のような壁が一面を包む。
 外が壁すべてが透明になり、外の景色が見える。
 トラックがあたしに当たる。
ガシッ
 巨大な手がトラックを受けとめる。
「京子大丈夫か!?」
「あったりまえでしょ……いえそのだいじょうぶです」
 どうもこのジャグという人は拍子抜けすること大である。
 どうしてこうこのジャグさんといると心がドキドキするんだろう。
 調子が狂うというか、なつかしいというか、不思議な気持ち。
 なんかあこがれの人と再会したような感じ。
「誰が攻撃してきてるんですか」
「たぶん敵のスパティールが攻撃してきてるんだと思う」
「あなたがたの内紛になんであたしが巻き込まれるんですか。
 あたしは普通の女子学生です」
――世界です。
 誰かの声がする。
――世界はあなたを廃する。
 女の人?
「誰ですか」
――あなたを攻撃しているのはこの世界そのものです。
「へっ」
――あなたがたは時の地震によって平行世界に来た。
――世界は秩序を守るため、あなたを攻撃してきた。
――この世界は遺物をゆるさないのです。
「そんな話し信じろっていうんですか」
――信じなくていい。
――力を貸してください。
――あなたたち二人が力を合わすことで生まれる力が未来を変える。
「解かんないよ。
 そんなの解かんないよ!」
――あなたは素直になればいい。
――それだけでいいの。
「なにをどうすればいいか言ってくれなくちゃ解かりません!」
――自分を信じて力を解放して。
「あたしにできるのそんなこと」
 あたしの胸が光り輝く。
「これはなに?」
――自分の力。
――未来を感じる心。
――あなたがいるべき世界へ戻るのよ。
「この力で?」
 なにかが脳裏をよぎる。
 誰かとあたしが会話してる。
 あたしは知ってる。
 知らないはずのその人を知っている。
「ジャ……グ……」
「なんだ京子?」
 そうなんだ。
 あたしはずっと一緒にいたヤツがいたんだ。
「ジャグ!」
「なんだ京子」
「行くわよ元の世界へ!」
「でもどうやって」
「どうやってやるの」
「誰と話してるんだ京子」
「光ってる女の人」
「それは神星だ」
「シンセイ?」
「神星は我々の世界のことわり。
 すべてにしてひとつの和だ」
「つまりスパティールの神様ってわけねうさんくさいわね」
「きみたち人間には神はいないのか」
「すくなくともあたしは助けてもらったことはないわね」
「それで神星はなんて言っているんだ京子」
「なにって、なんか用あんたは」
「神星にそんな口を聞くな京子」
「あんたらの神でしょ。
 あたしは関係ないでしょ。
 それで、なにシンセイさんとやら」
――あなたに会いたがっている方がいます。
「誰が会いたがっているって。
 この状況解かって言ってるんでしょうねえ」
 声が響く。
 声というより地響きのような、
 なにかの振動のような波動のような。
 その声はこう言っているようだった。
「我を起こすのはなにゆえぞ」
「誰だ」
 ジャグがそう言う。
 どうやらジャグにも聞こえているようだ。
「あんた誰よ。
誰なの」
「我は物質の根源。
 物質は我の影なり」
「なんか変なのが出て来たわよ。
 シンセイさんの友達なの」
――私は未来。過去とは縁はありません。
「オレたちになんの用だ」
 ジャグの質問に過去とか言うやつは。
「それはこちらの言い分。おまえたちが我の領域を荒らすのはなにゆえよ」
 と言った。
「なに言ってるの」
「我はただ眠ることのみ夢の旅人。
 なにゆえ時のまくらを叩くのか」
 やっぱ意味不明だな。
「京子、たぶんこう言いたいんじゃないか」
 ジャグが合いの手を入れる。
「つまりオレたちが次元転移するたび二次元に移動すること。
 つまり過去に干渉することになってるんだ。
 過去は改変されないのが運命なんだ」
「つまりあたしたちが寝ているのを起こしちゃったっていうんでしょ。
 なによやるっていうの。
 こっちには強い味方がいるんだから。
 行け!
 シンセイ!」
――過去を変えることはできません。
「じゃあこのままここでおだぶつになれっていうのね。
 そうなのね。
 いいわよあたしが戦ってやるわよ!
 かかってきなさい過去!」
「京子、オレが思うに、
 過去は別にケンカ売っているわけじゃないと思うんだが」
「うるさい!
 なんでこんな目にあわなきゃいけないのよ!
 ぶっとばす過去!」
「我は無限の夕闇。
 改変たる我には目的はない。
 力を貸せ。
 ならば我はおまえたちの心の残照。
 時の影者たちと遊ぶが良い」
 なんだろう不思議な気分。
「それで。
 あたしたちになにをさせたいの」
 あたしは過去に聞く。
「おまえたちが自分の世界にくくられるためには、
 四つの存在が必要だ」
「四人てこと?
  二人しかいないわよ」
「我とおまえと次元転移機関と未来だ」
「ああ、それなら四人かな。それでなにするの」
「四つから四次元に行く。
 自分の次元を作れ」
「どうやって」
「自分の世界を開け。
 影をふくめ。
 イメージしろ」
「いまいち良く解からないんだけどこう?」
 うーんと、世界、世界と。
 白い四角い部屋にあたしはいて、と。
「我は存在に隠れたりしない」
「どうしろってゆうのよ」
「心を開け」
「こう?」
 あたしは一人。
 でも親がいたりする。
 おじいちゃんのおかげでジャグとかなんとか抱えこんでえらい迷惑よ!
 ちなみにジャグなんてなんとも思ってないのよそうなのよ。
 まあそれはそれでいいでしょう。
 シンセイ!
――私ですか?
 あんたはなによ!
「コラ集中しろ」
「解かったわよ」
 えーとあたしはどこから来てどこへ行くのか。
 そういうことじゃないのかな。
 未来と過去に挟まれ、いまは、いまはジャグといる。
「なんでもこいってのよ。
 ジャグがやっつけちゃうぞ!」
「え? オレか。
 オレなのか」
「そうよあんたよジャグ」
「ふたつの魂、火となり螺旋する心」
 過去はそう言う。
「えーと、京子とオレが意識を合わせればいいらしい」
「なら、シンセイ、ジャグとあたしの意識を合わせる接続をやってちょうだい」
――なんとかしてみます。
 なにかイメージのようなものが、またたく。
 黒い円。
 幾多の映像が時間の濁流となって、黒の円からあふれ出す。
 それはあたしの過去の記憶。
 中学の時はスポーツをしている男子がかっこよかった。
 でも、あたし文芸部。
 やさしいような、なめらかな文体の部長の詩に憧れた。
 小学生の時は誰と一緒になるか夢見てた。
 自分はどんな職業になるのか夢見てた。
 幼稚園の時は覚えてない。
「おじいちゃん嫌いかな」
「そんなことないゆよ」
 ああ、これは幼い頃のあたし。
 記憶にすらない、あやふやなあたし。
「よお、京子」
 おじいちゃんが家にやって来る。
 そう、昔はよくおじいちゃんが来ていた。
 おばあちゃんは会ったことはなかった。
 もういなかったから。
「誰です。その子」
 おじいちゃんのそばに男の子がいる。
「研究所の子でな、わしが預かったんだ」
 男の子はおじいちゃんにしがみついて、おどおどしている。
「ねえ、きみ公園ゆこう」
 幼いあたしは男の子を誘って公園に行った。
 公園ではブランコ乗ったり、すべり台からすべりおりたり、
 いつものように遊んだ。
 でも、男の子はそれが珍しそうだった。
 砂場で山を作る。
「これはエベレスト」
 と男の子。
「そなんだ」
 とあたし。
「ねえ、きみはなんて名まえなの」
「ぼくはジャグディーグって言うんだ」
「そうなんだ」
 あたしはなんとなく変わった名前だなと思った。
 そうだ。
 あたしはジャグと会っていたんだ。
 遊んでいたんだ。
「それが過去の因果律だ」
 過去の声が響く。
「これは本当にあったことなの。
 それとも幻」
「縁は過去にある。
 それが時間の座にある者たちのゆくえなれば」
 時間は変転する。
 ぐるぐるぐるぐる時間はめぐる。
 もうなにもないとしても、確かにジャグとあたしはいたのだ。
 この時代に。
 この時間とともに。
「ジャグ」
「なんだ京子」
 ジャグもいまのを見ていたようだ。
「戻りましょう」
「そう……だな。
 そうしょう」
 時間はゆっくりとまわり出す。
 時計の針はもう戻らない。
 でも、先を作っていくことはできるはずだ。
 だから。
 いまは。
 ジャグ。
「ジャグ」
「なんだ」
「さあ、行きましょう」
「そうだな」
 宇宙はそれでもあり続けたのだ。




第四話 ジャグときょうこ、夕日に出会うとも。

 岩が宇宙に浮かんでいる。
 ジャグが言うには、それはスパティールだそうだ。
 あたしには青黒い岩にしか見えないが。
 隕石系のスパティール?
「相手は一体のようだ」
 一体のスパティールに対して、
 あたしの仲間となった全スパティールが展開していく。
 結構壮観ねえ。
 結構仲間が増えたんじゃないかな。
「みんな、しまっていきましょう」
 と、みんなが次々と消えていく。
 どうやら次元転移したらしい。
「なんでみんな消えちゃうの」
「誰かを追っていったようだが」
「なに、スパティールが複数来てるの」
「いや、一体しかいなかったが」
「じゃあなんなのよ」
 スパティールは鋼鉄のロボットに変形する。
 ばりばりの機械系、重量感のある巨大ロボットだ。
 目の前にそのスパティールが迫る。
 相手を捕まえようと腕を出すジャグ。
 ジャグの腕は空をつかみ、ジャグは攻撃を受ける。
「なにやってんのよジャグ」
「目の前にいたのに攻撃は後ろから来たぞ」
「寝ぼけてたんじゃないの」
「そんなバカな」
「また来るわよ」
 正面、いや、ジャグのちょっと斜め下から迫るスパティール。
 あたしは下を見るのにバランスを崩してしまう。
 あたふたと顔はジャグの横の方を向いていた。
 なにもないそこに腕が生まれた。
 腕はジャグを殴り倒す。
「だいじょうぶジャグ」
「なんとかな」
「ねえ、腕だけ横から来たわよ」
「なんだって」
「相手は腕だけ空間を渡らせることができるってこと?」
「そう思えるな」
「シンセイ」
――なんですか。
「あんたスパティールの神様なら攻撃しないように言ってよ」
――確かに慕われていますが、
――憎しみに染まった心に私の言葉は意味をなしません。
「使えない神様ね」
「京子、来るぞ」
 ジャグが捕まえたと思った時、相手は姿を消す。
「次元転移したの」
「違う。消えたんだ」
「そんなのありなの」
「聞いたこともない。
 いや、あり得ないというか」
「うんちくはいいから捕まえて」
「そういえば情報を反射するスパティールがいるとかヴァリから聞いたな。
 名前は確かクリスタルクリティカル」
「情報を反射する能力?」
「人は五感で得た刺激を神経によって反射伝達する。
 反射の連続が情報として脳に判断される。
 だが、ヤツの能力はこちらの反射の連続の途中で認識をすり替えている」
「情報がすり替えられるってこと。そんなのどうしょうもないじゃない」
「予測行動も計算してみたが、行動は予測通りだ。
 こちらの視覚、電波の反射などすべての情報を変える能力と見ていいだろう。
 それもこちらが情報を分析する間もない、
 一瞬のまたたきのあいだにすべて攻撃と防御が成立する力だ」
「見えないスパティールってこと」
「相手を感じ取れない能力だ。
 いや、こちらが行動に移すことを自在に指定できるというべきか」
「こちらの手の内がすべて丸見えってわけね」
「そうだ」
「認識を自在変化できるなら……、
 手品のハトがどこに隠れてるか解かるわけだ。
 でもさっき攻撃の腕が見えたわよ」
「二人の認識までは変化させられないのかも知れない」
「ジャグ、あなた見える相手を捕まえることだけ考えて」
「うん?」
「あたしはジャグの死角を見るから」
「オレが囮か。それしかないか」
「なによベストでしょ。
 文句なら相手に言ってよ」
「解かった。
 オレはクリスタルクリティカルを認識し続ける」
「負け、は即終わりよ。
 いいわね」
「ああ、いつものことだ」
 なにもない宇宙だけが広がる。
 いや、星々はまたたいている。
 なにも変わらずに。
 なんて、星見ててどうすんの。
 ジャグが見ないものを見るのよ。
 どこから来るかな。
 来た。
 目の前から相手のスパティールが迫り来る。
 だが、本体は。
「ジャグ、下っ」
 ジャグが相手の攻撃を避けると、相手を捕まえる。
「やった!
 へへーんだあんたの力なんて効かないんだから」
 あれ、捕まえたスパティールが消えていく。
「京子、クリスタルクリティカルが分裂していく」
 目の前にいる相手のスパティールの姿がいくつもいくつも増えていく。
「認識を左右されている。
 どれも実体に思える」
「分身の術ね」
 巨大な人の形をした複数のスパティールが四方八方から迫ってくる。
 手には剣。
「どれが当たりか解かるジャグ」
「残念ながらクジ運はないほうでね」
「シンセイ。
 いるんでしょ」
――はい。
「ちょっとアイツを説得して」
「京子、相手はそんなことしても聞いたりしない」
「いいからシンセイお願い」
――やめなさい。
 シンセイの声に複数のスパティールの動きがビクリと止まる。
 これで時間稼ぎになる。
 どうする。
 どうする。
 どうする。
 止まっていたスパティール群が動き出す。
 もうシンセイの静止も聞きはしない。
「ジャグ」
「なんだ京子」
「相手の攻撃を避けることだけに専念して」
「避けるだけか」
「そうよ」
「それじゃいずれ攻撃が当たる。
 逃げるなら」
「いいから避けるだけ」
「解かった。
 信用しょう京子」
 ジャグは相手の攻撃をかわすだけ。
 さすがに防御に専念してるだけあって見事に相手の剣をかわす。
 相手も攻撃のパターンを変えるが、こちらにはまったく当たらない。
 業を煮やしたのか相手はさらに分身する。
 まわり中スパティールで埋まる。
 星が見えないくらい、スキがないくらいの圧倒的な数だ。
「なんかおかしいな」
 相手の攻撃がテンポが悪い。
 というか間が悪い。
 それに一体一体の攻撃のスピードも遅い。
「計算する処理速度が追いつかないのね」
「京子狙ってたのか」
「たまたまよ」
 ジャグは攻撃をかわしながら本物かどうか触って確かめていく。
 ジャグが触ったスパティールはどんどん消えていく。
 宇宙から一体もいなくなる。
「今度は消えた。
 ここからいなくなった」
「でもいるわね」
「いるな。
 どこかに」
 宇宙は静寂を取り戻した。
ガイン!
 ジャグがなにかに叩き斬られる。
「ジャグ、だいじょうぶ」
「なんとか、な」
 攻撃は間断なく続く。
「相手が見つけられれば」
「簡単よ」
「ええと、どうやって」
「存在は問いによってその姿を表すのよ」
「そんなバカな」
「まあまあ、ものは試しって言うでしょ。
 スパティールさん、あなたは誰ですか」
「私は認識の羅列」
 誰かが答えた。
「んなバカな」
「ジャグっ」
「お、おう」
 ジャグの腕が相手のスパティールを捕まえた。
 と、あれ、視界が真っ暗になる。
 しまった、あたしの認識が捕まった。
 誰もいない黒い空間だけが広がる。
 いや、誰かいる。誰だろ。
「このままでは枯れた宇宙が残るだけだ」
 誰だろうこの人。
 中肉中背の青年だ。
 なんだかお父さんにちょっと似てるかな。
 場面はめまぐるしく変わる。
 幻のようにゆらぎ落ちる日。
 紅の夕焼け雲。
 ひとつひとつの雲が泳いでいるよう。
 雄大な景色が広がる。
 ちょっとした海岸の岩場の上に少女がいる。
 黒髪が肩から流れるようにある。
 黄色のワンピースに身をかためている。
「いい景色ね」
 少女が笑った。
「そうだね」
 あたしが答える。
 ずっとこの時間が続けばいいのに。
 いけない、いけない。
 これはウソの世界なんだ。
 単なるイメージよ。
 相手の手に乗るもんですか。
「おねえちゃんはどこから来たの」
「え、えーとどこだろう。
 向こうかなあ」
 あらぬ方向を指さしてしまう。
「ふーんそうなんだ。
 なんでここに来たの」
「えーと、そう。
 ちょっとした旅行よ休暇なの」
「あっ鳥が飛んでゆっ」
「そうだねえ」
 なんだか白い鳥が数羽飛んでる。
 かもめかなあ。
 なんかくちばし黄色いし。
「おねえちゃん大人って楽しいの」
「え、ええまあねえ。
 それなりに楽しいかな」
 なにイメージ相手に本気で答えてるんだろ。
「あたちは大人になったら強くなるんだ」
「お嬢ちゃん体でも弱いの」
「ううん、ちがうよ。
 おねえちゃん、だれよりも強ければ夢がかなうんでしょ」
「そ、そうかなあ。
 別にそうじゃなくても叶うよ」
「おねえちゃんはかなったの」
「うーんどうかな。
 叶ったような叶わなかったような。
 まあ、いい感じで生きてればいいかなって思ってるけど」
「夢がないなあ。
 そんなこっちゃいけましぇんよ」
「ああ、はいはい。
 お嬢ちゃんはどうなの。
 夢があるの」
「あたちはねえ……」
 あれ、なんかこんな場面、いつかあったような……。
 デジャヴってやつかしら。
「あたちは一番になるの。
 だれよりもだれよりもあの空よりも一番になるの」
「あなた……」
 そうだ、こんなこと昔思ってたような。
 それになんかこんなこと言ったような気がする。
 まあ、それもいまはどうでもいいには違いない。
 いまは戦いの最中なのだ。
 負けるわけにはいかないのだから。
 相手のスパティールがどうしてこんなこと見せるのか知らないけど。
 なにがなんでも勝たないといけないのだ。
「おねえちゃん」
「なにかな」
「がんばってね」
 そう、がんばるわよ。
 がんばって誰よりも一番になるって違う違う。
 相手のスパティールの能力を破らなくちゃ。
 相手が反射する能力を破るのだ。
 反射?
 なにをこのスパティールは反射してるんだろ。
 あたしの記憶かな。
 違うよね。
 知らない人も出てきたし。
 そういやジャグが情報を操る能力だとか言ってたっけか。
 そう、そこいら辺なのよ。
 気をつけないといけないのは。
 きっとこちらを狙ってなにか仕掛けているに違いないのだ。
 でもなにをだろ。
 こんなあたしの思い出反射してなにが変わるっていうのだろう。
 ジャグとあたしを連携させないためにこんなことしてるのかな。
「あなたはすべての情報が意味を失っても、
 あなたはあなたでいられるかしら」
 少女はいない。
 暗闇が続く広い空間。
 誰かがそう言う。
 その人は誰でもない、それでいてすべての人みたい。
「もちろんよ。
 いままで会った人がいまのあたしを反映している。
 それが一瞬の雨だとしても、あたしはあたしの心を信じる。
 思い出を越える時間があたしには未来に感じられる。
 いままで以上のすんごい人に会うってそう思えるから、また歩いていける」
「いいだろう。
 お前が破られる時を記録するのもおもしろい」
「そう。
 あたしを認めるの」
 星はまたたきを失う。
「ねえ、あなたならもっと別のやり方で勝てたんじゃないの」
「それが私の役目。
 認識するべき人を見いだすのが私の存在意義」
 なにか木の箱にでっかいラッパが付いた物がふっとあたしの前にある。
「私は一枚の記録盤から生まれた。
 人の始まりと終わりを記録するもの。
 京子。
 お前を記録するのも悪くない」
「それがあなたの能力なの」
「それは次元に映った人を感じ続けること。
 人を反射し続けるのもこれで楽しいことなのだよ」
「あなたの能力借りることになるかも」
「いいだろう。
 世界の破滅を記録するのも悪くない」
「誰がよっ。
 あなたは記録を続けたいんでしょ。
 あたしはあなたの期待に答えちゃうわよ」
「それは頼もしいな。
 ぜひそうしてくれ」
「まっかせて」
「京子が私を覚えていてくれるなら、私は京子に私の能力を貸そう」
「そうね。
 よろしく。
 あなた名前はクリティカルえーとなんだっけ」
「京子が決めてくれ」
「ならクリスでどう」
「いいだろう。
 記録しておく」
 時間が動きはじめる。
 いや、それはあり続ける現実という名のいまを、
 あたしが見つけたのかも知れない。
 なんとなくそんなことを思ってみる。
 まあ、考えたからどうなるもんでもないのだが。
 それが情報だとしたら、まずはあたしの考えたままにとらえてみる。
 それが現実であるとは誰が言ったのでもないのだけれど。
 あたし自身が情報だとしても、
 きっとそれは現実にとっては真実なのかも知れない。
「京子っ、捕まえたぞ」
「ジャグ、もういいのよ。
 いいから離して」
「なんだって。
 どうかしたのか京子」
「一言で言うとあたしの認識信じてみるかしらジャグ」
「え、えーとまあ信じよう。
 ところでなにを信じるんだ」
「つまりクリスは、あのスパティールは仲間ってこと」
「ふーんそうなんだ」
「あら、やけにあっさりしてるわね」
「いや、そうだといいなと思いはじめていたんで、ね」
「あっそ」
 宇宙はなにも言わず静寂というカーテンに包まれている。
 たとえあたしがいなくなったとて、
 宇宙にはなんの波紋もないのだろうか。
 あたしはちょっと不安に思い、ジャグを呼ぶ。
「どうした京子」
「なんでもない。
 星へ、地球へ帰ろうジャグ」
「そうだな」
 宇宙はその暗闇をいっそう深めたようだった。
 あたしは地球に戻るとホテルのベッドでぐっすり眠った。
 なにも考えないで夢さえ見ない日だった。
 一週間後、あたしはジャグを連れ出した。
 丸い月が出ている。
 夜は太陽を失い得た静寂の中、星という希望をまたたかせている。
 あたしはジャグを連れ出すと、自然あふれる緑の暗闇に踊り出る。
 虫の鳴き声と月の照らし出す田舎の風景。
 木の葉は緑を茂らせ、川はせせらぎ続ける。
 ジャグは目をこすりながら、人の姿であたしの後について来る。
「ねむ〜なんだよ京子」
 ジャグは寝ていたいようだ。
 あたしはジャグに今日の主旨を伝える。
「とりあえず今日は花見よ」
「花見って」
「花見ったら花見よ」
 草原の中、桜が一本だけ咲き誇っている。
 ライトアップされた桜の木の下にみんないる。
「デザリア飲み物は」
「用意できてるわ京子」
「食べ物はどう」
「ああ、用意してる」
「それじゃはじめましょ」
 スパティールたちとあたしは飲み始める。
 ジャグは桜に見とれている。
「京子飲みなさいよ」
 デザリアが酒を持って、あたしにしなだれかかってくる。
「あたしは未成年ですよ」
「いいじゃないの。
 誰がだめっていうのよ」
「常識です」
「きみの星は輝いている」
 赤い顔で口説いてくるヴァリ。
 ヴァリは酒に弱いのかな。
 ヴァリの横を見ると酒の空き瓶が転がっている。
 酔っぱらってるよ。
 ヴァリ酔っぱらってるよ。
 あたしはとりあえず座りながらヴァリにかかと落とし蹴りをする。
「好きだよ京子〜」
パタッ
 そう言うとそのままの姿勢で倒れるヴァリ。
 そのまま動かない。
 よし。
 横を見るとデザリアがいる。
 手に持った杯には手をつけていないようだ。
「どうしたのデザリア。
 飲んでないじゃない」
「ちょっと悩みよー」
「スパティールになんの悩みがあるってゆうのよ」
「恋よ」
「コイ?」
「それは運命の出会いだったのよ」
「えーとそれは人なの。
 いえそれより男なの女なの」
「その人は男だったわ」
「あっそう。
 まあ、デザリアはオカマみたいな感じだもんね」
「それはサーチした人のデータがそうだっただけ。
 スキになったのはたまたま」
「あっそう。
 それで誰なのよ」
「今度紹介するわね」
「はあ、楽しみなような嵐のような気分なのよ」
「もっと飲めよ京子から」
 ブラルディースがほろ酔い加減で迫ってくる。
 どうするかなあ。
 ケリがいいかパンチでいくか。
 ブラルディースの首を足ではさみ、四の字固め〜。
「あうううう」
 パタッと倒れる。
 よしよしよし。
 いっちょ上がり。
「ジダッドみんな酔っているよ。
 こまっちゃうなあ」
 振り返ったジダッドはまっ赤なまま笑顔で。
「未来は来たれり。いまこそその時だ」と言った。
「は?」
 たたみかけるようにジダッドは続ける。
「それが時間の流れ。
 時代は明日の鐘を鳴らす時、その日その星は陰りゆく光りとせん」
「酔ってるでしょジダッド」
「時間はいついかなるいまを超越しょうとするのだろう。
 それは過去の時さえ輪廻せん」
「あのー聞いてるかね。ねえジダッド」
「さらなる時代の時へと星と人の彼方に時は生まれんとする時。
 時は解放の空と化す」
「えーと、ジダッド」
 ジダッドはえんえんとお経のようにしゃべり続けている。
 まあ、これはこれで解決してるのに違いない。
 無害のハンコ押しとこ。
「スパイラルテインはどこいったかな」
 なにかこうこれだけみんなイッてしまってると、
 あたしゃどうすりゃいいのかな。
 そしてスパイラルテインはすぐ見つかった。
 台の上、棒で木の上のリンゴを落とそうとしてる。
 でも、リンゴは落ちそうで落ちない。
 サルが、ただのサルが一匹いた。
 だめじゃん。
 あ、リンゴがうまいこと落ちて、あたしのほうに転がってくる。
 あたしはリンゴを拾う。
 スパイラルテインがこちらにやって来る。
「このリンゴが欲しいのテイン」
 うなずくテイン。
 あたしはリンゴをかじった。
 あたしはかじる。
 リンゴをかじってかじってかじった。
 芯だけになったリンゴ。
 テインが泣き出す。
 よし、勝った。
 次は誰かな。
 ふいに後ろに気配がする。
 振り返るあたし。
 素早くこう言われる。
「他のヤツなら倒しておいた」
 それはジャグだった。
「なによ、おどかさないでよね」
 一息つく。
「なんでみんな変になっちゃったのかしら」
「ああ、それならスパティールは酒に弱い性質を持っているんだ」
「それを先に言え〜」
 ふとジャグを見る。
 ジャグは酔ってないようだ。
「どうしたのよジャグ。
 酔ってないようね」
「おれはきみに酔っているからな」
 あたしはジャグに近づくとチョップを入れる。
「いてっ。
 なにすんだよ京子」
 チョップチョップチョップ。
「あててててて。
 なんでだよ」
「ジャグがそんなこと言うはずないでしょ。
 酔ってないふりして酒に酔ってるわね。
 倒すジャグ!」
「誤解だ〜」
「待てジャアグ」
 そうやって一夜は過ぎていく。
 幾多の戦い。
 あたしは緑しげる丘に座っている。
 かたわらにはのびたジャグ。
 空には月が爛々と輝いている。
 全スパティールを倒したあたしの勝利とともに夜は更けゆくのだった。




第五話 ジャグときょうこ、宇宙って広いな。

 あたしとジャグは宇宙を航行している。
 まあ、呼べば仲間のスパティールが飛んで来る範囲の遊泳なのだが。
 こんなときだからそれも仕方ないことだ。
「ひゃっく」
 ひゃっくりがどうも止まらない。
「ひゃっくり」
 ふと拍子になにかがあたしの口から出て来る。
「んがくっく。なにこれ」
 それはボールくらいの大きさに大きくなる。
「こんにちわ」
 それはスパティールだった。
 ガチャガチャのフィギュアくらいの鋼鉄のロボットが目の前にいた。
 手はカニのようにかぎ爪になっている。
 盾を装備した、よくアニメに出てくるような機械系だ。
「スパティールは自在に大きさを変化させることができるんだ」
「あたしにひっついてジャグの中に入ったのね」
「私はガルラルタス。
 おっと仲間には知らせるな。
 ちなみに、
 私を体外に排除することはできない。
 いや、ためしてみたまえ。
 どうだい、できないだろう。
 だが、考えてみたまえ。
 私は京子を傷つけることもせずここにいる。
 ジャグディーグ。
 観念して軍に戻って欲しい。
 私も軍罰には寛容を願い出るから。
 軍に戻ってくれ。
 それが私の要求だよ。
 本当にそれだけなのだ」
 ジャグはしばらく沈黙を守っていた。
 そしてジャグの開口一番はこうだった。
「だめだ。
 なにもできない。
 お手上げだ。
 最初から無理だったんだ。
 なんだよ、なんでこうなるんだ」
「ジャグ、弱音吐かないの。
 それでも男なの」
「スパティールには性別はない」
「ガルは黙っていて」
「が、ガル?」
「なにもできないなら、いまはリセットされた気持ちが必要よ。
 一度無から始めましょう。
 いいわね、それでいくわよジャグ」
「だが、これから何度戦えばこんな気持ちを味わわないで済むんだ。
 もういやだ。
 なにもかもいやだ。
 すべて消えてしまえばいいのに」
「一時の感情は本当の答えじゃないはずよ。
 もう一度しっかり考えることが必要なの。
 こういう時踏ん張るのが本当の勇気なんじゃないの。
 そうでしょジャグ」
「そうか、でもそれでなにが変わる。
 なにも現実は変わりはしない。
 おれにはなにもできないんだ」
「なにもできなくても、それでもいいから、いまは戦うことを考えて。
 ガルを倒すのよ」
「それは……でも……」
「もういいかな」
 ガルが言葉をはさむ。
「いくらそんなことを話していても時間ばかりが過ぎていく。
 私たちスパティールには無限の時間などないのだから、
 もう結論を出してくれ。
 さあ、軍の施設に戻るんだジャグディーグ。
 答えを示せ」
「答えは……」
 船内が揺れたような気がした。
 それは一瞬にも永遠にも感じられた時。
 ジャグはなにを考えたのだろう。
「おれは、おれは戦うよ」
 それはか細い声だった。
「よく言ったジャグ!
 男はそうでなきゃっ、ねっ」
「どうしてジャグディーグ、きみという存在はそうなんだ。
 もっといまあるべきこと、するべきことがどうして理解できないんだ」
「話しはしない。
 戦うんだガルラルタス」
「勝算はあるのかねジャグディーグ」
「ない。どうしょう京子」
「え、えーとどうしょうかねえ。
 そこまでは考えてなかった」
「だめじゃん」
 ガルがツッコミ入れる。
 いいところに入ったよ、うんうん。
「ガルはいい芸人になれるねえ」
「そんなこと言ってる場合か京子」
「ふふっそんなこと言ったりしてたり、
 ジャグが落ち込んだりしてたのは時間稼ぎだったのよガル」
「なんだと!?」
「すごいよ京子っ」
「ジャグまでびっくりしないのっ」
「す、すまん」
「さあ、本番よ。
 いくわよジャグ」
「おう」
「なんだかよくわからないが……なんだかいいな。
 こういうの」
 ガルが悦にイッてる。
 さて、それはさておき本当にどうしょうかなあ。
「ガルさん」
「なんだい京子さん」
 あたしはガルをひと飲みにする。
ごっくん
 あ、胃までいったかなあ。
「どわあああああああああっっっっっっ」
「なにしてんだ京子!」
 ガルの悲鳴とジャグのつっこみが同時にがなりたてる。
「こ、これは小さくなっているため、
 京子の胃酸のほうが私の装甲より質量倍率が勝つのか。
 こんなことが……ばかなあり得ない話しだ」
 ガルが胃の中でがみがみしゃべってる。
グイン
 たまらずガルは次元転移する。
「今度は体内に入られたりしないでよジャグ」
「お、おう」
 ガルは外で見えるくらい大きくなる。
 いや、それどころか大きくなる大きくなる、とことん大きくなる。
 もう星くらいの大きさにまで巨大さを増す。
 ここまでくるとなにがなにやらいやはやねえ。
「ジャグディーグ。
 この手がおまえを連行する」
 ぐわっと巨大な手がジャグに迫る。
 ジャグは軽々と避ける。
 そりゃそうだろう。
グイン
 ガルはその巨体で次元転移する。
 ジャグの後ろにつくと、ジャグをその手につかむ。
「この手は次元転移を共鳴現象で打ち消す。
 もう逃げられないぞ」
 ガルは勝ち誇っている。
 めんどいなあ、もう。
「ジャグ」
「なんだ?」
ごにょごにょごにょ
 あたしは小声でジャグに話す。
「わかった」
 ジャグは巨大になっていく。
 ガルの手からはみ出すジャグ。
 地球ほどもある巨大なロボット二体が出現した。
「ジャグ、もっと巨大になって。
 どんどん大きくなって」
「そうか」
 巨大になっていくジャグ。
 負けじと巨大化するガル。
 ここに第一回ロボット巨大化競争が勃発したのでした。
 実況はあたしです。
 とはいっても比較になる星もなにもない宇宙での出来事。
 大きくなってるのは解かっても、どれくらいかは解かりません。
 三分経過。
 チーン、ラーメン食べる人はどうぞ。
 五分経過。
 麺がのびるよ。
 十分経過。
 あーかったるい。漫画でも読も。
 三十分経過。
 そういや見たいテレビがあったんだ。
「ジャグ、テレビつけて」
シーン
 なにも起こらない。
 というか、声がまったく反響しない。
 とてつもなく広い空間に取り残されてしまったような、
 それでいてジャグの中にいるには違いないのだが。
「ちょっといまそれどころじゃないんだ。
 いまは星よりも太陽系よりも銀河よりも大きくなっているところなんだ、
 話すのにも広大な距離がかかるんだ。
 わかったかい」
 一分した頃、ジャグの返答が返ってくる。
 それはそれはずいぶん大きくなったねえ。
 いやあ、立派に育ってあたしゃうれしいよ。
 とまあ、それはさておき。
「なんとかならないの。
 それに話すのにこんなに時間かかっちゃあたしゃばあさんになっちゃうよ。
 まあ、聞いてないだろうけどね。
 でもねジャグ、あたしはねえ、待たされたりするのが大嫌いな質なのよ。
 解かるかなあ、それはね」
「それってなに」
「それはねって、どこから話してるのジャグ」
「おれは、いや、敵とおれはもう宇宙の端から端までのびきってしまったんだ。
 それによっておれたちは存在それ自体がひとつの次元となっている状態だ。
 この中はジャグ次元とでも言うものになっている」
「あっそう。
 それはともかく、宇宙の端から端まであったら、星とかにぶつかっちゃうんじゃないの」
「スパティールという存在は元々粒子体で出来ているんだ」
「りゅうしたい?」
「光りといったほうが解かりやすいかな。
 物質でありながら光りとしても機能するのが粒子体なんだ。
 おれたちの体は大きくなれば大きくなるほど光りと化していく。
 物質が光りにふれても大丈夫なように、
 おれの中に入っても、
 向こうのスパティールに入ってもだいじょうぶなんだ。
 京子のまわりには空気のまくを形成しておいた」
「ふへーん、そうなんだ。
 でも光りになったらお互いをぶつけることもできないんじゃないの」
「それはだな、いまは大きさくらべをしていてだな」
「んで」
「もう宇宙の端から端まで広がってだな」
「なるへそお」
「これ、どうしょう」
「? 考えてないの」
「考えてない」
「あそこがなんか体がゆがんでるよ」
 あたしは白い宇宙に黒い霧が立ちこめているのを言ってみた。
「あれは光りが引っ張られているんだ」
「引っ張られるってなに」
「光りは重力によってひん曲がる。
 光りも物質と同じく重力に引っ張られるんだ」
「んじゃジャグは重力を作り出せるんだから、
 うまく重力を使ってガルを投げ飛ばしてみてよ」
「投げ飛ばす。
 光りを。
 どこへ」
「宇宙の外、無に」
「んー、やってみよう」
 光りが動いた。
 その一瞬、宇宙すべての星々が光りに包まれた。
 なにもかもが白一色に染まり、時間は止まったかのように思えた。
ギャリンウッ
 ジャグがガルを、光りが光りを一本背おいした。
 ガルが宇宙の外へ投げ飛ばされる。
 宇宙が一瞬白で染まり、宇宙はまた黒い静寂を取り戻す。
「やったわね」
「なんとかなったな」
 ジャグが安堵の息をつく。
 ジャグはどんどん縮み、元の大きさに戻る。
「さて、これからどうしょう」
「ガルをなんとか回収しないとね」
「私ならここにいる」
 ガルは目の前に柿の種の形でいた。
「なに、ちょうど引き潮でな、でられたんだ」
「そうなんだ。
 良かったじゃない」
「おかげさまでね」
「ガル、あたしたちの力になってくれない」
「それはどうかな」
「京子、くるぞ」
 ガルは機体から腕を作りだす。
「ジャグディーグ、京子。
 これからよろしく願いたい」
 ジャグはそのガルの腕とおそるおそる握手する。
「どういうつもりだガルラルタス」
「無には時間の流れはない。
 いや、私の中にはあった。
 それは三十年くらいだったのだ。
 そこで考えてみたのさ」
「答えはでたの」
 あたしは聞いてみる。
「答えはでなかった。
 でもね、なんとなくだけど、きみたちと話してみたくなってね」
「どんなことを」
「それがすっかり忘れてしまった。
 無の世界ではあんなに生き生きとしていた気持ちだけが思いだされる。
 それがなにか探してみたくなったんだ。
 それが見つかるまで、一時休戦だ」
「そう。それじゃこれからよろしくガル」
「よろしくガルラルタス」
 宇宙は依然として静寂という闇がその深さを増していったようだった。




第六話 ジャグときょうこ、最後の話。

 「京子。
 もう地球はおしまいの時を迎える。
 もうなにもがんばる必要はない。
 それが時間の答えだ京子はよくやった。
 京子の余生はスパティールの我々の力で百二十才までは保証しょう」
 月明かりの中、ホテルの部屋でジダッドがそう言う。
 真面目な顔してる。
 ジダットが冗談言ってる。
 ずいぶんめずらしいなあ。
「なにギャグ言ってんの。
 でも笑えないわよ。
 なに、なに黙ってんのよ。
 なにか言いなさいってば」
 黙ってジダッドは歩いて部屋から出ていく。
 まるで日常そのままに平然と。
 また酔ってんじゃないの。
 ジダッドもしょうがないわねえ。
 なんだってのよ。
 夜も更けてきた。
 このまま眠るのもなんか物足りない。
 あ、デザリアがジダットと立ち替わりやってくる。
「どうしたのデザリア。
 眠れないの」
 デザリアはあたしの言葉には答えないで。
「もう月が出てるわね」
と、言った。
「そうね」
 あたしの前のソファーに座るデザリア。
 胸がはだけたローブを着ている。
「そうそう、ジダッドが酔ってるのよ。
 まいったわよ」
「もう夜もふけるわ」
 デザリアがけだるそうにそう言う。
「あ、そう。
 でもまだ眠くないの」
 月明かりの部屋にふたりだけ。
 デザリアがこちらを見る。
「京子。
 永遠の眠りもいいものよ」
「なに縁起でもない」
「あら、今日は口が悪くてごめんなさい。
 おやすみ。
 いい夢を見なさい」
 そう言うと通路に落ちる影に消えて行く。
 なんだっていうのよ。
 みんな様子が変じゃない。
 みんなまだ酒が残っているんじゃないでしょうね。
 と、誰か立っている。扉に寄りかかっている女性がひとり。
「あら、ヴァリスティールじゃない。
 どうしたの深刻な顔しちゃって」
「終わりの時はきみといたいんだ」
「あらあんたまでそんなこと言うの。
 だいじょうぶよ。
 だいじょうぶ。
 あたしがついてるじゃない」
「そう、大丈夫だ。
 京子だけは助ける」
「だからなにがどうしたの」
「いや、なんでもない。
 気にしないでくれ」
 そう言うとヴァリも部屋から去っていく。
「京子」
 ジャグがいた。
「なによ次から次に現れて。
 まだみんな酔ってるんじゃないでしょうね」
「違うんだ京子。
 違うんだ。
 星の、星の寿命が尽きようとしてる」
「どういうことジャグ」
「地球は破壊されようとしている」
「なに他のスパティールの攻撃予測なの」
「違う。
 人のその科学と智恵で星の延命措置を続けてきた。
 でも、それももう限界にきてるんだ。
 星の力も無い。
 人も星そのものも地球を支えられなくなっている。
 地球がなければ他の衛星はその生活が成り立たない。
 地球の終わり。
 それは人の終わりを意味している。
 人はもう終焉を迎えているんだ」
「なんとかならないの」
「それはスパティールの予測なんだ」
 スパティールがみんながそう言うならそうなのかも知れない。
 でも。
「どうしても。
 なにをしてもそうなの」
「多分、きっと」
 あたしは月を見上げる。
「ジャグ。
 あたしを一人にしておいて」
 ジャグはうなずくと部屋から出ていく。
 空は変わらず月光りを投げかけている。
 雲の影が部屋を暗闇にした。
 朝は突然やってくる。
「おらおら朝よ」
 あたしはスパティールを叩き起こしていく。
 それでも寝ているのは一本背負いで起こす。
 ジャグを叩き起こしたところで、あれ、ヴァリがいないな。
「ジャグ、ヴァリは」
「知らないけれどな」
――京子。
「なに、シンセイ」
――京子。
「だからなに」
――京子。
「宇宙から聞こえるな」
 ジャグが補正する。
「しかたないな、ちょっとジャグ、宇宙行って」
「おいよ」
 宇宙空間。
 暗い中に青い歪曲の線。
 太陽の光りがまたたいている。
 地球の上に、衛星軌道上にまで上がって来た。
「来てやったわよシンセイ。
 なんの用なの」
――ヴァリスティール。
 ヴァリが次元転移して来る。
 ヴァリは動き出す。
「ジャグ逃げて」
「? わ、解かった。
 通常航行で逃げる」
 ジャグが最大転速で動き出す。
 ヴァリも追って来る。
 じりじりと距離を詰めるヴァリ。
「なあ、なんで逃げるんだ」
「シンセイに聞いてみて」
「神星、どうしたんです」
――ジャグディーグ、ヴァリスティールと戦いなさい。
「なぜです神星」
 シンセイは答えない。
 なんだか嫌な予感がした。
 まさか、なにかが始まる。
「どうして戦うんだ、京子なにか知ってるのか」
「あたしは想像したの」
「なにを」
「来るわよヴァリが」
 視界が黒くなる。
 ジャグが次元転移したのだ。
 ヴァリも二次元に転移して来る。
 何度も色々な場所に次元転移するジャグ。
 ジャグにぴたりと付いてくるヴァリ。
「まずいわね」
「なにがだ京子」
「ヴァリは強いよ思う」
「そうか」
「真っ正面から戦ったんじゃ負ける」
「戦ってみなくちゃ解からない。
 それに話せば」
「いいからちょっと止まって」
「うん」
 次元転移による二次元から三次元への移行に、
 めまぐるしく変転する宇宙が、視界が動かなくなる。
「ヴァリ」
 あたしはさらに転移してきたヴァリに話しかける。
「話しは聞かないぞ京子。
 私の使命のため、神星のために」
「これから次元弾を次元転移先で使って逃げるから、
 追ってきたら危ないですよ」
 ジャグが安堵の声を出す。
「そうだな、ここはそれで逃げられる」
 ジャグが次元転移する。
 二次元から三次元に戻る。
 ジャグはすぐ次元弾を発射する。
 そしてすぐに次元転移する。
 二次元さら三次元に戻ってくると、遙か彼方で星がまたたいている。
 遠くで光りが生まれた。
 超新星爆発だ。
「これで時間が稼げる」と、
 ジャグが言い終わる前にヴァリがあたしたちの前に次元転移して来る。
「なに、なんで冗談きついよ」
「京子、ジャグ。
 私、ヴァリスティールは太陽の化身。
 たとえ超新星の中だろうと、航行可能だ」
 ヴァリはこちらに来る。
「ジャグ逃げて」
「おう」
 まずい。
 なにかヴァリに勝てる気がしない。
 シンセイの力は借りれない。
 どうしょう。
 ジャグは次元転移を繰り返すが、
 ヴァリはその度にこちらの後をトレースして来る。
 一瞬でヴァリはあたしたちなど灼熱に飲み込んでしまいそうないきおいだ。
 負ける負ける負けるいや、戦うんだ。
 負けるとしても。
「ジャグ」
「なんだ京子」
「逃げられる相手じゃないわ。
 ヴァリと正面きって戦うわよ」
「それしかないか」
「ジャグ、宇宙の果てまで行って」
「なんとなく作戦が解かるんだが……本気だな京子」
「手加減できる相手だと思うのジャグ」
「思わない」
「さあ、行きましょう」
「そうだな京子」
グイン
 時間が時の鐘を鳴らす。
 二次元にジャグが移動したのだ。
 どこまでも続く平面の世界。
 藍色の世界。
 それでいて色とりどりの世界。
 静かで孤独で誰もいない世界。
 それでいてなじみのある感じ。
 世界の果てとはこういう場所を言うのだろう。
 ヴァリとの戦いに負けたらここにもう来れないんだなあ。
 いかん、いかん。
 どうしても感傷に浸ってしまう。
 これからもそしてそれ以上にあたしは先の次元に行きたいのだから。
 こんなところで勢いに流されている場合ではないのだ。
 がんばれあたし。
 誰でもない、自分のために。
「京子」
「なに、ジャグ」
 ジャグはいない。
 二次元の平原にあたしだけがいた。
 いや、正確には若い男性がいた。
「京子、地球は崩壊しかかっている」
 そう言うこの人はなんだかお父さんに似ている。
「地球を救うには、地球と一体となる人が必要だ」
「なんでですか」
あ、質問してしまった。
 誰だろこの人。
「人の遺伝子が地球を活性化する鍵となる。
 そう思ったんだ」
「地球を救うのはそれしかないんですか」
「試してみた。私自身で」
「そう……ですか」
「結果は失敗だったが」
「それであたしが必要だったんですね。おじいちゃん」
 男の人は、いや、おじいちゃんがそこにいた。
「宇宙はまだ終わりを知らないが、
 地球が先にまいってしまってはいけない。
 そう思わないか」
 白髪の老人が、おじいちゃんが言う。
「わからない」
「そうか」
「でも、できるだけやってみるよ」
「ありがとう、京子。それじゃさよならだ」
「またね」
「また……だ、な」
 おじいちゃんは歩き出す。
 二次元の彼方まで。
グイイイ……
 時間が動き出す。
 三次元といういつもの時空間に戻る。
グイン
 ヴァリも転移して来る。
「くそっ」
 ジャグがヴァリにパンチしょうとする。
「よせっ。灼熱の私に触れれば地球もジャグも大変なことになるぞ」
「そんなことで」
 ジャグはヴァリの忠告には耳を貸さず、ヴァリにパンチを放つ。
 避けるヴァリ。
 ジャグもこまったちゃんだなあ。
「ジャグ」
「なんだ京子」
「パンチやめて」
「だが」
「いいから」
「解かった」
 ジャグの動きが止まる。
「ヴァリは本気だと思うの。
 あたしたちも本気じゃないといけないと思う。
 言ってる意味解かるかな」
「そ、そうか。
 よく解からない」
 なんか変だ。
 ヴァリが本気なのになんだろう。
 こちらを破壊するのが目的ならできるはず。
 なにが目的なの。
 いや、こんなこと聞いてもヴァリが教えてくれるとは思わない。
 この状況では教えてくれない。
 そう思う。
 ヴァリを倒すことしか未来はないと思う。
 ヴァリを倒すことしか未来はないと思うのだ。
 しかしはこちらの攻撃は効かない。
 逃げることもできない。
 そしてヴァリは長いこと一緒にいたからこちらの手の内を知っている。
 実力もたぶんピカイチだろう。
 いままでのスパティールの比ではない。
 その上こちらのことを気がねしてくれる。
 気持ち的にも戦いづらいことこのうえない相手だ。
 どうしたもんかな。
 ヴァリはなんか特殊能力で押してくるタイプじゃない。
 とことん直球勝負のスパティールだ。
 こちらもそれに答えるだけの力がなければ負ける。
 どうするどうするどうする。
「ヴァリ、いまジャグの新能力を見せてあげるわ。
 次元さえも切り裂く次元斬よ!」
「そんな能力があったか京子」
 あたしはかまわずヴァリに言う。
「その技に驚くなよヴァリスティール。
 避けられるものなら避けてみなさい!
 いくわよ。
 ほらほらほらほらそれっ!」
 シーン。
 小声であたしはジャグに「次元転移してジャグ」と、言った。
「お、おう」
グイン
 次元転移するジャグ。
 二次元の平面の闇が広がる。
「なんだ結局ハッタリか」
「ジャグ、二次元でストップ!」
「な、なんだ」
「次元弾発射してすぐ三次元に戻って」
「お、おーお、おう」
キュイン
 少量の物質が二次元から三次元に向けて撃ち込まれる。
 ジャグに聞いた話しだと次元反射とかで、
 その少量の物質は元の次元に戻って来る。
 その質量を反映した空間プレッシャーとして戻って来る。
 ならば、たぶんうまくいけば。
グイン
 ジャグとあたしが三次元に戻って来る。
「なにをしたんだ京子」
ゴゴゴゴ……
 宇宙が揺れている。
 まるで地震のように。
 そう、空間が揺れている。
「うまくいけば、そう、うまくいけば三次元の質量すべてがヴァリに反映され、
 叩き込まれた、てとこかな」
「そんなことが。
 いや、理屈ではそうか」
 さよなら京子。
 と、声が聞こえた気がした。
「さよならヴァリ」
 あたしは涙を流していた。
 いや、ヴァリは死んだわけではないのだ。
 太陽に戻っただけ。
「太陽はこれで活性化する」
「?」
――それでいいのです。京子。
「そうねシンセイ」
「なんだ。なにが」
――京子が考えていることを実現するためにはこれでいいのです。
「どういうことだ京子。
 神星もどうしたんですこれは」
「あんた意地悪いわね」
――そちらこそ。
「なんだなんだ。
 どうしたんだよ」
「ヴァリは太陽という性質上、自分の星に帰るには倒すしかなかったのよ」
「なんだ。
 なんでそうなる」
「地球になるためよ」
「な、地球に?」
「星には星の運命がある。
 そう言ったのはシンセイ」
――そうです京子。
「星を生き返らせるために、ね」
――そうです。
「でもヴァリも太陽も寿命だったの」
――いわば博士がスパティールにした星はすべてその寿命がきれかかっていました。
「だからおじいちゃんはスパティールを作ったのね。
 あたしの考え通りなら」
――そうです。
「あのーさっぱりわからんのだが」
「つまりね、星々が寿命を迎えた時、
 スパティールが星を生まれ変わらせるために、
 おじいちゃんはジャグを作ったのよ」
「おれが?
 おれたちが、か。
 そうか。
 いやそうか。
 そうなのか」
――そうです。
「というわけで、ジャグ、ひとつになるよ」
「え、なんだって?」
「地球に同化すんのよ」
「え、まあそうか。
 地球も寿命が途切れそうなんだものな。
 それじゃ京子は降りてくれないと」
「いえ、あたしも地球に同化するわよ」
「わがまま言うもんじゃない。
 別れはつらいが京子は次の世代を生んでくれ」
「あたしが降りたら次元転移機関が使えないじゃない」
「それは……え?
 どういうことだそりゃ。
 シ、神星、どういうことでしょう」
――同化しなさい。
「なんだ、どうしてそうなる。
 京子、いけない、きみは生きないと」
「地球と同化したっていうことは、あたしが地球になることなのよ。
 だから死んだことにはならないわ」
「そうか。
 いやそうかなあ。
 理屈はそうでもきみの意識は……。
 神星、それでいいのでしょうか」
――同化しなさい。
「神星?」
――同化しなさい。
「どうしたんですか神星」
――同化しなさい。
「シンセイはその役目を終えたのよジャグ」
「どういうことだ京子」
「だって、シンセイは未来だから。
 あたしたちがこれから地球の未来に、シンセイになるのよ」
「おれが、京子が神星?
  じゃあいままでのことは」
「そう。自分たちで自分たちをたきつけていたってこと」
「そんなことが」
「これからの未来はあたしたちで作るのよ」
「そうか。
 そうだな」
「んじゃひとつになるぞよジャアグ」
「ん、ああそうか。
 んじゃこれからよろしくお願いします」
「よろしくージャグ」
「それじゃあひとつに、地球になるか」
「そうよ。
 他のスパティールたちはもう星になってるわよ。
 感じないジャグ」
「そうだな。
 そんな感じがする。
 それじゃ地球の中心に次元転移する」
グイングイングイン
 ジャグは星と地球と一体となる。
 そしてあたしも。
 地球の自然の水の流れる音がする。
 人が道を歩く音がする。
 火山の脈動が感じられる。
 ねえ、ちょっとはみんなあたしに感謝してよ。「なあ、なにか言ったか」「いや別に」あたしのおかげでみんな長生きできるんだから。「なにか聞こえない」「え、そうかな」それと、もうちょっと自分を大切にするのよ。がんばんなさいよ。じゃなきゃ地球に変わってぶっとばすわよって、あたしが地球だ。
 みんなしあわせになああああれ。
 星は力を取り戻す。
 星が生命にあふれていく。
ざわざわざわ
 人ごみの音がする。
どんっ
「きゃっ」
 人と人が道路の上でぶつかった。
 まるでノミのようにさえ感じられる人。
 でも服装まではっきりと判別できる。
 うーん偉いぞあたし。
 ぶつかった女性は男性にあやまる。
「あ、すいません」
「いえ、だいじょうぶです」
 その人、女の人と男の人が立ち上がる。
 あれ。
 あれれ。
 この人あたしに似ている。
 相手はジャグそっくり。
 向こうにはヴァリそっくりな人がいる。
 あっちにはデザリアそっくりな人が。
 なんだ、みんないたんだ。
 この星に。
 そしてあたしはぶつかった男の人に名前を聞いた。
 男の人は笑って答えてくれた。
 その人の名前は……。
「ジャグディーグと言います。
 よろしく」
「こちらこそよろしく。
 あたしは京子といいます」
 そしてあたしはジャグと歩き出す。
 あたしとジャグはそうして人ごみの中に消えていく。
 だからまたその話しはまた今度。
 じゃね。







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