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第一話「アスカの戦い〜踊る人〜」



 「起きてシンジ」
 アスカがシンジを起こす。
 シンジの部屋のシンジのベッドにシンジが眠っている。
「もう少し眠らせてよ」
 そんなシンジにアスカは怒声で「あんたふざけんじゃないわよ。このくそシンジ!」とは言わなかった。
「そう、それじゃもう少し寝ていて。また後で起こしてあげるから」
 そう言ってアスカは部屋から出ていく。
「?」
 シンジはなにか怖いものを聞いた気がした。
 とりあえず寝間着のまま起き出して来るシンジ。
「あらおはよーしんちゃん」
 ミサトはきわどい寝間着でエビスビールをひっかけている。
 テーブルにはトーストに暖めた牛乳。ハムエッグが出来ている。
 それはシンジが朝食係の時にしか見ない、しっかりした朝食だった。
「これは誰が……」
 ミサトの目線はアスカを指す。
「アスカが、これ全部?」
「そう、だけど。お口にあえばいいけど」とアスカ。
――なにか変だ。
 今日のアスカを見る目が点になるシンジ。
 味はいまいちだが素朴な愛情ある料理であった。
 朝食を終え、着替えたシンジは玄関を出る。
「一緒に行きましょ、シンジくん」
 アスカがそう言って着いて来る。
 アスカは道をゆっくりとしずしずと歩く。
 まるでお嬢様かなにかみたいに。
「アスカ」
「なに?」
「今日はなんだか雰囲気が違うね。加持さんのために練習してるの」
「いいえ、普段通りだけど」
 シンジはそれ以上なにも聞けなくなる。
「そ、そう」
 アスカの変身は教室でも続いた。
「おはようございます」
 誰にでも丁寧に接しているアスカ。
 トウジが小声でシンジに「どないしたんやあいつは」と聞いてくる。
「それが解らないんだ。朝起きたらこうなっていたんだ」
「なにか悪いもんでも食ったんとちゃうか」
「いや、そうじゃないね」とケンスケ。
「これは事件だよ」ケンスケの言葉にシンジとトウジはそれはないないと手を振る。
「そういえば昨日は熱があるって一日寝ていたけど」
 シンジの言葉にトウジは「まだ熱があるみたいや」と言った。
 それはずいぶん説得力のある言葉であるようにシンジには思えた。
 授業が終わりを鐘に告げる。
「シンジくん、夕食の買い物手伝ってよ」
 アスカがそう言う。
「いいよ」
 シンジは何気なく答えた。
 アスファルトは白い白光に太陽を取り込む。
 シンジとアスカは太陽に照らされた歩道を歩いている。
「シンジくんはいい人だね」
 アスカがそう笑う。
「え、そ、なに言うんだよアスカ」しどろもどろ、しどろもどろ。
「ほんとうだよ。ほんとにそう思うから。シンジくんと一緒になれる人は幸せだね」
「いまのアスカは変だと思う」
 シンジは歩きながらそう言う。
「でも、そんなアスカもきっとアスカなんだね。アスカならいいお嫁さんになれると思うよ」
「ありがとう」
 アスカはそう言って笑った。
 妖精が舞った。
 それはアスカであった。
 アスファルトの舞台からシンジへ手をさしのべる。
 シンジもあたふたしながら踊る。
 光のワルツが二人を彩る。
 愛が踊りとなりて二人は愛を彩る。
 おどおどしていたシンジもいつしか笑って踊っていた。
 ドイツ仕込みのアスカの踊りはいつにもまして輝いていた。
 アスカとシンジが止まる。
 フィナーレは無かった。
「シンジくんに祝福を」
 アスカの言葉にシンジはうなずく。
「アスカに希望を」
 二人は見つめ合う。
 どこかで教会の鐘が鳴り響く。
 時は螺旋の砂時計からこぼれ落ちて、二人という時を現実に映し出す。
パッパー
 車のクラクションが鳴る。
「今日  エヴァの  搭乗  あるそうよ」
 とぎれとぎれの言葉。
 レイが歩道に立っていた。
「あ、うん。ありがとう綾波」
「どう……いたしまして」
 レイは二人の踊りに思う。
――踊りが二人を祝福して、二人の気持ちをつなげているの? 踊っているあいだだけふたつの魂が螺旋する砂時計となる。これが感情? もっとも美しい感情。あたしには無い感情。心。だから人は歩いていく。こんな気持ちは、そう碇指令といる時の感情。人は二人ならば、こんな感情を発するというの。あたしに必要なのは碇指令? それとも……碇くん? 解らない。解らない。解らない……。鼓動が高鳴る。なぜ、どうして?
 レイは一人、そう思った。
 レイには愛が理解出来ないでいた。
 なんとなく空を見上げるレイ。そこにはまだ明るいというのに星が輝いていた。
 三人は模擬エントリープラグに搭乗している。
 ガラスの向こうではリツコとマヤがデータをモニターしている。
「これは……」
 マヤは計器を見つめる。
「アスカね」リツコの顔が曇る。
「数値はあらゆる面で一致しています」
 マヤは表情を変えずにそう言う。
「計器の故障を洗ってみて。それと、念のためアスカのほうも、ね」
 リツコはスイッチを押す。
 リツコの声がエントリープラグの中に響く。
「もういいわ。今日はおしまいよ」
 プラグから出る三人。
 シンジとアスカとレイは施設内の銭湯に行く。
「それじゃ、また後で」
 シンジはアスカに言う。
 アスカもうなずく。
 レイとアスカは同じ女湯に入る。
 アスカは短い二本のタオルを、水着のように着けている。
 レイはなにも着けていない。
 それぞれお湯に入る二人。
「レイ……さんはどうしてパイロットになったんですか」
 アスカの問いに水滴が答える。
 レイは無言のままだ。
「あ、ごめんなさい。そんな意味じゃなくて、もっとレイさんと話しがしたいな、と思って」
「あなた  誰?」
「あたしは……アスカ。そう、アスカなんです」
「そう。それがあなたなのね」
 静寂が銭湯を包む。
 レイとアスカは銭湯から出る。
 外にはシンジが待っていた。
「アスカ」
 シンジはふと、なにかの咆吼を聞いた気がした。
 ケージでは弐号機の着水面が波紋している。
 弐号機が共鳴していた。
 その相手は。
 アスカの目が赤く光る。
 司令所に警報が鳴り響く。
「使徒なの!?」
 ミサトは司令所で日向に聞く。
「はい。場所はビーセクションです」
「映像はあるの」
 巨大なビジョンに映像が出る。
 そこにいたのは赤い目をしたアスカだった。
「アスカ? それともアスカになりすました使徒なの?」
「いえ、あれはアスカ本人よ」リツコがリフトで司令所に上がってくる。
「あれがアスカだって言うの?」
「遺伝子レベルからバイオリズムまで。なにもかも計測値はアスカが本人であることを示しているわ」
「それじゃどうして。計器の故障?」
「それもないわね」リツコは言いきる。
「考えられるのは」
「アスカが乗っ取られたってこと」ミサトが苦々しく言う。
「その可能性がある、というだけよ。まだ解らないわ」
「アスカを見つけ次第拘束。必要ならば発砲も許可する」
 いつのまにかゲンドウがいた。
 指令席で腕を組みながらそう言う。
「でもアスカは」ミサトの声は途中でゲンドウの言葉にかき消される。
「命令だ」
「……」ミサトは歯を噛みしめる。
 映像の先、シンジはとまどっていた。
 シンジの前のアスカはまるで心ここにあらずという感じだ。
「どうしたのアスカ」
「呼んでいる」
 アスカの目はどこか遠くを見ている。
「なにが?」
「探していたから。ずっとずっとずっと」アスカはそう言うと歩き出す。
 警備員が一人、走って来る。
 アスカの前で止まる。
 武装した警備員がアスカに銃口を向ける。
 アスカは跳んだ。
 横の壁と天井を蹴って、警備員の頭の後ろに蹴りをヒットさせる。
 倒れる警備員。
 さらに三人の警備員が来る。
スタタタタタタタタタタタ……
 銃弾がアスカに迫る。
パキィィイイイイン!
 ATフィールドが銃弾を止める。
 アスカは床を手で殴る。
 コンクリートの床は砕け、下の階までつながる穴が出来た。
 アスカは飛び降りる。
「アスカ!」
 シンジの声はアスカに届かなかった。
「シンジくん、念のためにエヴァに乗って!」
 ミサトの声が廊下に響く。
 シンジの手が震えている。
「行かないの?」
 レイはシンジを見ている。
「行く、よ。アスカを止めなくちゃ、いけないんだ」
 アスカは次々と壁を砕いて走る。
 アスカはケージを走る。
 弐号機の前を通る。
 弐号機の目が開かれた。
 エヴァの咆吼がケージに響く。
 弐号機の手がアスカをつかむ。
「なに、誰が弐号機に乗っているの」
 ミサトの問いにマヤは「誰も乗っていません」と言う。
 弐号機は壁をぶち破って初号機の前に出る。
 初号機にはすでにシンジが搭乗していた。
「アスカを離せ!」
 初号機が弐号機の手をつかむ。
 弐号機は咆吼を上げて初号機をパンチする。
 のけぞる初号機。
 それでも弐号機の手を離してはいない。
 弐号機の動きが止まる。
 アスカはケージの壁のタラップにレイを見る。
「我が手に力を!」
 アスカはレイに手を伸ばす。
 レイは無言でATフィールドを張る。
 アスカとレイと初号機のみっつのATフィールドが共鳴する。
「なんだ、これ」
 日々の日常がリフレインする。
 人が道を歩いていた。
 それは人の交差点。
 ケンスケは高校で数学を教えている。
 トウジは車の修理工場で働いている。
 ヒカリはトウジのお嫁さん。
 ミサトは会社の社長で宴会も大好きだ。
 リツコは薬品会社で薬の開発をしている。
 加持は映画を一本監督してから、世界を旅している。
 レイは声優、タレントとして芸能人している。
 アスカはプロのテニスプレイヤー。
 マヤは小型飛行機のパイロット。
 日向は鉄道員として毎日立っている。
 青葉は時計工でオーダーメイドの時計を作っている。
 キール議長はある国の政治家。
 レイと兄弟のシンジ。
 アスカと夫婦のシンジ。
 破壊された初号機。
 それらは未来の果てにあるひとつのシンジたちの選択肢。
 未来の選択肢の花火が上がる。
 過去さえもエヴァという選択肢のひとつ。
 光が闇をなぐ。
 光がシンジに問う。
「あなたの夢はなに?」
 それはなにか懐かしい声だった。
 はっとするシンジ。
 シンジはエヴァに世界は現実にまだとけてはいなかった。
 レイにさらに手を伸ばすアスカ。
「我が主よ。私たちを希望の世界に連れていってください」
 アスカはそう言うと力を失い意識を失う。
 弐号機も停止する。
 ケージを静寂だけが支配していた。
 「それで、アスカはどうなの」
 ミサトはリツコに聞く。
「なにも覚えていないそうよ」
「そう。検査の結果は?」
「白。なにも、痕跡すら出なかったわ」
「マギはなんて?」
「三位一致でアスカは人であるとしているわ」
「指令は?」
「いままで通りアスカを使うそうよ」
「そう。なら、これで元通りってことね」
「そういけばいいけれど」
 アスカは弐号機の大破したケージに立っていた。
 アスカは弐号機に言う。
「あんたはあたしの子分なんだからね。余計なことしないでくれる。あんたはあたしの言うことだけ聞いていればいいのよ。解った!? あんたの役目は戦いでしょ。それいがいの役割なんていらないのよ。それがエヴァなんだから。また戦いが始まる。あんたが必要なんだからね。これからもがんばってもらうからね。返事は、できないか。まあそう思っておいてちょうだいね。あんたは黙ってあたしに着いてくればいいのよ。……? なにあたしエヴァに話しかけてるんだろ。これは独り言よ、そうなんだからね。じゃあ、またね」
 朝。
 シンジとアスカは学校に向かってアスファルトの歩道を歩いている。
 シンジはちらちらアスカを見る。
「なによバカシンジ」
「アスカ、……なにも覚えてないの」
 シンジは聞く。
「そう言ってんでしょ。このバカシンジ」
「そう、か」
 とぼとぼと歩くシンジ。
「でも、もしあの子にもう一度会えたら」
「なによシンジ」
「伝えたいことがあるんだ」
「言いなさいよ」
「え?」
「その子が聞いているかも知れないでしょ」
「う、うん。……なんか、うまく言えないけど、……一緒にいて楽しかったんだ。必死なきみがかわいかった。だから、好き、だよって」
 アスカは笑う。
「その子ならきっとこう言うでしょうね。あたしもだよって、ね」
 アスカは笑う。
 シンジもつられて笑う。
 朝日が二人を照らす。
 アスファルトの道はどこまでも続いていた。
 まだ道は続いていた。
 まだ。まだ。まだ……。








第二話 カオルの歌〜歌う人〜




 砂塵が風に舞う。
 風に銀塩が舞った。それはカオルの髪だった。
 銀色の短い髪が舞う。
 風は砂地を凪ぐ。
 町がある。
 木造の家々が立ち並ぶ。
 宿屋に入るカオル。
 カウンターに座るカオル。
「旅人さんはどこから来たんですか」
 中年の薄い髪の冴えない感じのマスターがそう言う。
「本質の地から本質の地へと行くところさ。う〜ん、つまり遠いところから来たんだよ」
「それは偉いこった。なにを飲むね」
「牛乳を頼みたいね」
「あいよ。二千ギルダになるけどいいかな」
「高いね」
「村の井戸が枯れてしまってね、村の連中は水の精霊を探すと言ってな、まるで金山でも探すような話しをしているんだからね。困窮が地道さに勝ってしまっているんだね」
 カウンターには少女が座っている。
「きみは水の精霊を探さないのかい」
「あたしにはそのあてがないもの」
「探さないで見つけることはできないよ」
「そんなこと、知っているわ」
「変わった影をしているね」
 少女は甘栗色の腰まである髪。素朴な存在。
 それには不似合いな深い色の影がある。
「こ、これはそのあの……ただの影よ」
「そうかい。それならそれでいい。きみが探すなら水の精霊を見つけられるだろう」
「そうかな?」
「そう。まずは歩いてみることさ。用心棒ならぼくが買って出よう」
「そう。お願いしょうかしら」
 二人は歩き出す。
 砂漠の中、石柱の森を歩く。
 なにも変わらない景色。
「なんにもないわね」
 確かになにもない。
 景色は軽い砂嵐のままだ。
「待つことも大切さ」
 カオルの言葉に少女は思案気だ。
「いいわ。そうしましょうよ」
 少女は岩の丸太に座る。
 カオルは歌う。
 それと同時に砂嵐が止む。
「影は時に宿り思いは空に竜と凍る
 消えた世界は心の宇宙に星と輝く
 存在よ空と地に踊れ
 惑う輝きは星の思い出
 感情の落城
 夢は時の彼方の波紋なりて」
「どこの歌なの?」
「希望の地で老人から聞いた歌さ」
「ふーん。あたしも旅をしたいな」
「きみが歌を覚えたら旅に出るといい」
「そうする」
「そろそろその影の力を見せて欲しいな」
「あはは、なんのことかな」
「それは魔法の特異点であり、一種の時の人だね」
「なんでもお見通しなのね」
 少女は一息呼吸すると言う。
「いいわ」
 少女は歌う。
 それは聞いたこともない世界の歌だった。
 影は少女と一体化する。
 世界が鳴動する。
 カオルと少女は止まっているのに、世界は動き出す。
 動き出す景色。
 世界は早送りされる。
 目にも止まらぬ移動スピード。
 到着したのは一面が闇の世界。
「私の世界に誰が来たのかな」闇がつぶやく。
 カオルが口を開く。
「闇よ、この少女は水の精霊を探しているんだ」
 闇は言葉を発する。
「水の精霊ならば旅に出た」
「闇は嘘をつく。水の精霊はここにいる」とカオル。
「闇のおっさん、水の精霊出さないと酷いわよ!」少女は啖呵(たんか)をきる。
「いないものを出すことはできないな。それともきみならば水の精霊の存在を証明できるのかな」
「存在は揺らぎにて影と成す。影と闇は友達なんだ」
 カオルはそう言う。
 少女はカオルの言葉にうなずく。
 少女は影と一体化する。
 それはまぎれもない闇であった。
――闇の奥に誰かいる。これはやさしい感情。忘れられた日々の思い出。
「そうか、闇が、あなたが水の精霊ね」
 少女はそう闇を口にする。
「あたり」と闇は言う。
 闇は水と成り、光の水色が水の中を踊る。
「精霊と歌と踊れ」
 カオルはそう言って笑った。けらけらけらら。妖精も笑った。
「少女の影が魔法を勇気としてくれたから。うれしかったんだ」
 水の妖精はそう言って水と成る。
「さて、帰るとしょうか」
 カオルから世界が広がる。
 それは緑あふれる世界だった。
 その世界はどこまでも広がっていく。
 そこは天地がすべてが人のためにやさしくあった。
「あなたはいったい……」
 気がつくと元の石の森にいた。
「旅人です」
 カオルは笑う。
「あたしも旅人です。名前はアスカ」
「そうか。この世界ではきみはそんな姿なんだね」
「? 影の名はラグライル。旅人さん、あなたはどこへ行くの」
「別の世界へ」
「そうかあ。じゃあ、あたしは旅に出る。困難と友達になるから」
「それじゃあ、また」
「またね」
 二人はそれぞれの道を行く。
 だからまた、旅人は歩く。
 新天地を目指して。








第三話 母とあるべき時〜ナッシングヴァイルド〜




「綾波が初めてのパイロットじゃないんですか?」
「そう、その娘がいたのはシンジくんが来る前のことだったわ。エヴァはまだ正式名称が無いため、無号機(むごうき)、ナッシングヴァイルドと呼ばれていたわ」
 リツコの部屋にシンジとリツコがいる。
 リツコはそう言うとコーヒーを一口飲んだ。
「それはレイが来る前のこと。あたしは彼女に……最初のパイロットに話しかけたわ」
「アサミ」
 リツコはそう言って少女を呼び止める。
「なんですか」
 少女が廊下に立っていた。
 腰まであるストレートの黒髪。
 華奢な体。
 その少女はなんとなくレイを思わせた。
「新しい実験のデータを取るから、後でナッシングヴァイルドに乗ってもらうわ」
「解りました」
 少女はうなずく。
チリーン
 鈴の音が聞こえる。
「それはなに、アサミ」リツコはそう聞く。
「これは母さんがくれたお守りです。いつも肌身離さず着けているんです」
「そう。アサミ、あなたはいつも母親に守られているのね」
「はい、母さんは星になりました。けれど、心はともにあると思っているんです」
「そうね。そうだと私も思うわ」視線を外しながらリツコはそう言う。
「でも寂しくはないんです。リツコさんがいてくれるから」
「そうね。私で良ければ話しを聞くわ」
 シンジはリツコを見る。
 シンジの前のリツコはなにか望郷しているようだと、シンジは思った。
「彼女は……アサミは戦うにはやさしすぎる子だったわ。そう。それはレイほどに」
「そう、なんですか」
 シンジはさらにリツコから話しを聞く。
 リツコはまた話し始めた。
 アサミエヴァに搭乗している。
 地底空間の森にエヴァを歩かせるアサミ。
「いいわね。稼働時間の記録更新中よ」
「はい!」
 センサーがアサミの目を止める。
 センサーは森の中、前方になにかが動いているのを示していた。
「グルルルルル」
 獣のうなり声がする。
 ヘッドギアの信号であるはずの声が、まるで低温が腹に響いてくるように感じた。
 それがナッシングヴァイルドから発している。
 それに気づくのにアサミはしばらくかかった。
 もう一機のナッシングヴァイルドがアサミ機の前に立っていた。
「これは一体? 誰が乗っているの? 誰も……乗っていない? そんなことが」
 リツコはなにが起きているのか理解できなかった。
 シンジの前でリツコは窓の陽を浴びている。
「アサミは驚いていたわ」
 リツコはシンジに語りを続ける。
「後で解ったことだけど、それがエヴァが初めて暴走した時だったの」
 暴走したナッシングヴァイルドがアサミ機にタックルする。
 木々をなぎ倒しながら二体のナッシングヴァイルドが突っ走る。
−−強制射出信号も受け付けない。
「逃げてアサミ!」
「逃げません!」
「なぜ」
「いま逃げたらだめな気がするんです。それに、誰かが戦うべきだとあたしの心に言うんです」
「そんなことがあるはず……まさか」
 アサミはナッシングヴァイルドを湖と一直線になるように動かす。
 暴走するナッシングヴァイルドがアサミのナッシングヴァイルドにタックルする。
 そのまま勢いで湖に落ちる二体のナッシングヴァイルド。
 水に沈んでいく二体。
 暴走したナッシングヴァイルドはアサミのナッシングヴァイルドの首を絞める。
 息が出来ないアサミ。
「ここまで……なの」
「自然は好き?」
 アサミの母はいつもそう言う。
 大自然が好きな人だった。
 なにものにも臆せず、ただあるがままに笑い泣き、ゆっくりと道を歩く人だった。
「後悔はしてない」
 アサミの母は笑う。
「それはあたしも同じだから」
 アサミはそう言って笑った。
「いつかすべての人の心が現実から解放される。その時あなたがなにを感じるか。それがあたしの夢なのよね」
 アサミの母はそう言って笑った。
「お母さん大好き!」
「あたしもよ」
 ナッシングヴァイルドが共鳴した。
 アサミの心に共鳴した。
ヴオオオオオオオオオオ!
 アサミのナッシングヴァイルドが暴走する。
 アサミの敵のナッシングヴァイルドを蹴り飛ばす。
 水中で吹っ飛ぶ敵。
 岩に激突する。
 アサミのナッシングヴァイルドはATフィールドを蹴ると敵にパンチを何度も何度も食らわせる。
 粉々に砕ける敵。
フーッ……フーッ……フーッ……
 アサミのナッシングヴァイルドは停止した。
「二時間後、アサミは救出されたわ」リツコはシンジにそう言う。
「だいじょうぶ、アサミ」リツコはアサミに聞く。
「はい」
「原因はすぐに洗うから」
「私……」
「なに?」
「私は戦いのためにナッシングヴァイルドがあるとは思いません。それは本当は自分と向き合うため、母とのことを、家族がそうあるようにあるためにナッシングヴァイルドがあって欲しいとそう思うんです。これから世界はナッシングヴァイルドに震撼するかも知れません。けれど、人の大事な部分はなにひとつ変わらないとそう思うんです。いつかそれを次の世代が証明してくれることを信じているんです。だから、私はナッシングヴァイルドが兵器だとは思いたくないんです」
「そう。それはひとつの意志であり、現実と理想をつなぐ糸たり得ると考えるわ。あなたがいればそれは形を変えるかも知れない。それでいいと私には言えないけれど。でもね。人は戦いの中から愛を探せるように、愛から信じる力を得ることもできるとそう言う人がいることがナッシングヴァイルドを動かすのだと、そう言ってみましょう。アサミがいればそれは可能な気さえしてくるわ」
 アサミは笑った。
 それはかつて見た笑顔だとリツコは思った。
 それは未来のことなのだが。
 確かにあった日々。
 それはまた続く未来を提示していたのだったから。
「それで……」
 シンジはリツコに問う。
「それでアサミさんはどうなったんですか」
「彼女は……」
「先輩!」
 マヤが部屋に入ってくる。
「計測結果が出ました」
「解ったわ。すぐに行くわ」
 リツコはシンジに向き直る。
「彼女はいまも戦っている。十四才ではなくなった彼女はいまもここで戦う道を選んだのよ」
「えっ、それじゃアサミさんて……」
「今日は徹夜よ」
「解りました」
 リツコとマヤは一緒に出て行く。
 その姿はあの出来事以来変わらぬものなのだった。
 シンジは空を見上げる。
 ほっとするシンジ。
 なぜかやさしさが心を包んだ。
 それがこれから来たる戦いの予兆だとしても、シンジは喜んだろう。
 未来は確かに感じられた日だと、シンジは思った。
 陽は色を変え、夕日が部屋とシンジを照らしていた。
 まるでシンジたち少年を祝福しているかのように。








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