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ダークエレメンタラー  神々の剣
グラウディアソード




第二話 ダミエールと歌と希望



「いよいよお別れだな」
 ダリルはエルフィールにそう言う。
 朝日の下、二人の後方ではジョルディーとダミエールが剣を合わせている。
「はい」
「元気でな」
「はい」
 後ろで戦うジョルディーとダミエール。
「またな」
「はい」
「それじゃあエルフィール」
「はい」
「まだ、もう少し歩こうか」
「はい」
 エルフィールとダリルは歩き出す。
 ハイベルとミラルとジョルディーとダミエールが続いた。
 途中の川で水を汲んでいるエルフィールとジョルディー。
 葉が網の目状に緑に輝く景色。
 川は人ひとりでいっぱいになる小さなものだ。
 いつになく水の流れとたわむれるエルフィール。
 ジョルディーは川に入る。
 エルフィールの顔をジョルディーの手がとらえる。
 エルフィールは泣いていた。
 ジョルディーがエルフィールの涙をぬぐう。
「バカでいい」ジョルディーはそう言う。
「なんだと」とエルフィール。
「だめでいい」
「あのな」
「普通のエルフィールが一番なんだ」
「あっ、そう」
 エルフィールは真っ赤だ。
「お二人さんあついねえ」
 ダミエールがいた。
 剣を抜いていた。
「私も混ぜてくれよ」
 顔は笑っているが、目の奥の本質が笑っていない。
「私ならエルフィールがどんなにか人でなしでも愛するだろうに」
「ジョルディーはそこまで言っていないぞ。そこまで言うのは失礼だろう」
 エルフィールの言葉に「なるほど」とダミエール。
 ダミエールの剣撃が踊る。
 ジョルディーは受け止めた。
「エルフィールは私にこそふさわしい女。消えるジョルディー!」
「それは御免こうむる」ジョルディーがそう返す。
 二度三度、剣の火花が舞う。
 二人の技量はたいしたもので、まるで演舞でも見ているかのようだ。
 ダミエールは太陽を逆光にして剣を出す。
 ジョルディーは光にダミエールを見失う。
 ジョルディーも剣を出す。
 砂風に目を閉じるダミエール。
 両者とも目が見えないまま、その剣はお互いの急所を狙う。
ギギン!
 エルフィールがジョルディーとダミエールの剣を弾いた。
 ダミエールはエルフィールの手を取る。赤い光の剣が放射される。
 ダミエールは赤い剣でジョルディーを狙う。
 エルフィールはジョルディーとも手をつなぐ。
 白光の放射剣が赤い剣を受け止める。
 エルフィールを中心に剣撃が舞う。
 エルフィールの膝蹴りがダミエールに決まる。
 よろけたダミエールを白光が捉えた。
ザキン!
 男が歩く。名前はダミエール。詩人である。街と街を、村から村を歩いて歌を歌うのがダミエールの仕事であり、生きる糧である。ダミエールは歩く。それは町に続く平原でのこと。町はまだ見えない。女がいた。しゃがんでいる。全身を蒼黒い布で覆い、振るえていた。
「どうかしたのか」
 女は答えない。
 女は縮こまっていた。
 ダミエールは女の横を通り過ぎようとする。
 女は倒れた。
 どうやら意識を失っているようだ。
 ダミエールは一息吐くと、女を背負って歩き出した。
 町の宿まで来る頃には女は起きていた。
「腹がすいた」
 女の第一声はそんな言葉だった。
 ダミエールは宿で食事を女ととる。
 女は黙々と食事をする。
「おまえさん名前は?」
「カリフラウア」
 ダミエールは町を後にしてまた歌の旅に出る。
 カリフラウアはダミエールについてきた。
 カリフラウアは踊りが上手で、ダミエールの歌に踊った。
 それはずいぶん好評で、いつしか二人は仕事の人生のパートナーとなっていた。
 それは街に続く道でのこと。
 竜がいた。
 灼熱の炎を竜は吐く。
 これまでだとダミエールは悟る。
 なんとなくカリフラウの手を取る。
 光が生まれた。
 二人の手に赤い剣が放出される。
 赤い光の放出剣はドラゴンを斬る。
ザギン!
 竜は怒りを静め、去っていった。
 光の放出力にカリフラウのフードがとける。
 カリフラウの耳がとがっている。
「あたしはダークエルフなの」
「そうか。そういうこともあるよな」
 ダミエールはなに変わることもなくカリフラウを扱った。
 そんなダミエールにカリフラウは心を開き、二人は親しい関係になっていった。
「結婚しょう」
 ダミエールの言葉にカリフラウはうなずく。
 二人だけの結婚式を遺跡でおこなった。
 光の剣が出現する。
 それは二人の指輪となった。
 神が二人を祝福した。
 それからも数々の冒険をこなした二人だった。
 ありとあらゆる苦難を乗り越えた。
 ある日、カリフラウは風邪(カゼ)で弱っていた。
 そんな時に限ってサーベルタイガー数匹に囲まれた。
 二人の手があわさる。
 赤い光の剣でサーベルタイガーの殺気を斬って斬って斬った。
 散っていくサーベルタイガー。
 二人は安堵した。
 剣のバランスが崩れた。
 弱っていたカリフラウには剣を維持できなかった。
 剣の空間に消えてしまうカリフラウ。
 後にはダミエールだけが残された。
 失望の日々。
 だが、ダミエールは立ち上がり、カリフラウを探して歩いた。
 どこまでも歩いた。
 必要とあらば神殿にも死の国々にさえ行った。
 それは無謀な旅だった。
 それで得た結論は彼女は戻らないということであった。
 ダミエールは泣き崩れた。
 日々悲痛の日を意味も無く過ごした。
 歌が聞こえた。
 希望の歌が。
 それはカリフラウの歌のようにダミエールは思えた。
 歌の先にいたのはエルフィールだった。
 エルフィールこそがカリフラウの生まれ変わりにさえダミエールは思えた。
 エルフィールに必要なのは自分ではないか。
 ダミエールは確信した。
 彼の旅は終わり、そしてまた始まった。
 ジョルディーとエルフィールは無言でそれらのダミエールの日々を感じていた。
「だからだよ」
 ダミエールは笑う。
「エルフィール。きみに必要な男は私に違いない。そうに違いないんだ」
 ダミエールの声はいつになくおとなしかった。
 翌日、ダリルはみんなの前で言う。
「それで、エルフィールたちはどうやって死の国々から元の世界に帰るのかな」
 その問いには誰も答えられなかった。
「仕方ない。私は帰る道を見つけるまで一緒に旅を続けよう」
 ダリルを再び加え、旅は始まった。
 それはエルフィールには少しうれしいことだった。
 ダリルとまだ一緒にいられるのだから。
 道は続く。それは平原の奥の奥まで続いていた。







第三話 冥界の王



 男が一行の前に立っている。
「私は冥界の王の使いです。御一行に来て欲しいと冥界の王がおっしゃっています」
「冥界の王?」
 エルフィールがダリルに聞く。
「そう。死の国々には王が三千六百人いる。その王たちの代表が冥界の王と呼ばれる。冥界の王に成ればその力は冥界の神に等しい力を得られるという。いわば冥界の秩序そのものだ」
「どうします?」
 ハイベルが聞く。
「とりあえず話しを聞いてみるのはどうかしら。それからでもいいのでは」
 ミラルの意見にエルフィールが同意する。
「エルフィールがいいのなら」
 と、ダリルとジョルディーとダミエールは納得する。
 一行は冥界の王の城まで行く。
 石の積み上がった城は壮大な建築芸術の粋を集めたものであった。
「これはすごい城だ」
 ハイベルがうなる。
「ずいぶん力の入った城ね。旅をしていてこれだけのものはそうそうないわね。いいものだよ、これ」
 ミラルはそう言う。
 門をくぐる一行。
 石の階段を上り、部屋を通り、赤い絨毯が敷かれた広い空間に出た。
 絨毯の先に大きなイスがあり、そこに黒い夏服の男が座っている。
「よくぞまいったな」
 男は冥界の王だった。
「知識の神からおまえたちの話しは聞いていた」
「光栄です」
 ハイベルがそう言う。
 冥界の王が口を開く。
「用件は冥界の王を探して欲しいのだ」
「冥界の王はあなたではないですか」
 ダリルがそう言う。
「それは正しい。その通りだ。だがな、冥界の女神が旅に出ているあいだ、冥界の住人、死人がその冥界の王の座をまかされたのだ。だが、冥界の王は百年周期で変わるように冥界の女神は裁定していったのだ。私はもう百年になる。新しい冥界の王が必要だ。そこで話しはきみたちに冥界の王たる者を探して来て欲しいのだ。どうだろう、頼まれてくれないか」
「いいですよ」
 ジョルディーはそう言う。
「おい、安請け合いするな」
 エルフィールがジョルディーをこづく。
「私もジョルディーに賛成だ」
 ダリルがそう言う。
「ダリル様?」
 エルフィールがびっくりしてダリルを見る。
「なに、人界に戻るまでのあいだのことさ」とダリル。
「おもしろいわね」ミラルも賛同する。
「まあ、ある意味ヒマですし」
 ハイベルもやる気満々だ。
 ダミエールは沈黙している。
 エルフィールのいる場所に着いて行くダミエール。
 それがダミエールの方針であるのは、誰もが理解していた。
「エルフィールはどうだ」
 ダリルの言葉にエルフィールはどきりとする。
「え、えーと別に断る理由はありませんが」
「なら決まりだな」
 冥界の王が口を開く。
「デアースの村にアルスタットという男がいるそうだ。その男は生前勇者で、たいそうな人物だそうだ。まずはその男と会ってみてくれ」
 王から地図をもらうジョルディー。
 城で一日を過ごした一行は、翌日デアース村に旅立つ。
 平原の道を歩く一行。
 ぽかぽかと、陽射しが心地良い。
「いっそここでバカンスでも楽しみたいくらだ」
 ハイベルはそう言って陽射しを眺めた。
「そうね。それもいいわね」
 ミラルも賛同する。
「不謹慎だ」
 エルフィールは怒っている。
 ジョルディーがとりなす。
 村が見えて来る。
 村には泥で出来た四角い家々がある。
 井戸で水を汲んでいる男にダリルが聞く。
「この辺りにアルスタットという男はいないかな」
「ああ、それならおれだ」
 振り返った男は筋肉隆々、短い黒髪に端正な顔、黒い瞳。かなりの男前だ。
「冥界の王の勅命でな、話しがある」とダリル。
 ダリルを見たアルスタット顔色が変わる。
「魔王ダリル……か」
「それは昔の話し、いまはしがないただのおやじさ」
「その所業許されるはずもない」
 アルスタットは剣を抜く。
 必殺の一撃がダリルを斬る。
 ダリルは間一髪かわす。
「待て、話しを聞け!」
 ハイベルが止めに入る。
ザギギン!
 アルスタットの剣撃をダリルは剣で受け止める。
 すさまじい剣撃の前にハイベルもどうしたものかと立ち止まる。
「しょうがないな」
 エルフィールはため息をひとつつく。
 エルフィールはジョルディーに手を出す。
 ジョルディーも手を出す。
 光が生まれた。
 光の剣が。
 ジョルディーとエルフィールはアルスタットの前に出る。
「きさまも仲間か!」
 アルスタットの剣が迫る。
 ミラルがアルスタットの足をはらう。
 バランスを崩したアルスタットを光は斬る。
ザキン!
 アルスタットの心にダリルのここまでの旅が描かれる。
 それは困難で地道で、いい旅であった。
 そしてエルフィールたちとの旅。
 その旅には一点の曇りもない。
 そして冥界の王の願いも理解した。
 アルスタットは剣を収める。
「おもしろい。それがほんとうならば、な」
「ほんとうだ」
 エルフィールはそう言う。
「どちらでもいい。とりあえず私は王にはならない。そう伝えてくれ。私はここで畑を耕しているのが性にあっているんだ」
「解った」とダリル。
「そうだ、人界に戻る道を知らないか」
「知らないな」
「そうか、ありがとう」
 一行はアルスタットに背を向ける。
「魔王よ」
 アルスタットが言う。
 ダリルが立ち止まる。
「おまえの過去には力は貸さない。おまえの未来にならば、力を貸そう」
 そう言うと、アルスタットは水のおけを担いで歩き去る。
 ミラルがまじまじとダリルの顔を見る。
「なにかなミラル殿」
「いえね、あなたは変わったなと思いまして」
「ダリル様は昔からこうだ」
 エルフィールはそう言う。
「そうね」
 ミラルはそう言って笑った。
 一行は冥界の王の城に向かった。







第四話 現代劇 エルフィールたちの日常的生活の場合


 「それでエルフィール」
「だからジョルディー言ってるだろう。株で十万損をしたんだ」
「あの銘柄はやめとけって言ったじゃないですか」とハイベル。
「戦いに後退はない」
 エルフィールはそう言ってはばからない。
「ダリル社長、なんか言ってやってください!」
「うん。心配するな」とダリル。
「ダリル様!」
 エルフィールの顔が明るくなる。
「心配するな。エルフィールの給料から天引きだ」
「そんな〜」
高層ビルの中。
 事務机が並ぶそこはまぎれもなく現代の会社である。
 スーツ姿のエルフィールたちがいる。
「それじゃ行くぞジョルディー」
「どこへだ」エルフィールに聞く。
「メシに決まってるだろう」
「ラーメンがいいな」
「おまえはラーメンばっかりだな。たまには別のものを食べないのか」
「ラーメンはもっとも愛が感じられる食べ物だよ」
 したり、とジョルディーが言う。
 エルフィールはジョルディーの前に近づく。
「中華にまでなら妥協しょう」
「ありがとう」
 空を鳩が飛んでいる。
 晴れた陽(ひ)ざし。
 ジョルディーとエルフィールは陽の下を歩いている。
トゥルルルル
 エルフィールの携帯が鳴る。
「もしもし。ああ、ミラル。え、仕事? うん、わかった。それじゃ」
「どうした」
「仕事だ」とエルフィールは言うと空を見た。


 下町の裏路地を人影が飛ぶ。
 跳躍している白のワイシャツに青のジーパンの二十代くらいの男がいる。
 その男は人間の力をはるかに超えた跳躍で目にもとまらぬ動きで移動する。
 その後をエルフィールが同じ跳躍で追う。
 男は高層ビルの壁を走る。
 下から壁を走って追いついてくるエルフィール。
 そしてビルの上からはジョルディーが来る。
ザキン!
 二人の光の剣が男の闇を斬る。
 男の影が吹っ飛ぶ。
 エルフィールは意識のなくなった男を抱えるとビルの壁をける。
 となりのビルの屋上に降りるエルフィール。
 ジョルディーもくる。
「仕事は終わった」
 エルフィールが一息つく。
「遅い昼食にするか」とジョルディー。
「中華で、な」と返すエルフィール。
「普遍で闇を斬るのが趣味なのか」
 誰かが言った。
 ふと、エルフィールとジョルディーは立ち止まる。
 また歩き出す二人。
 風はいつものように吹いていた。


 「本質がなびいている」
「なにがだ」
 闇が闇に問う。
「本質の衝動が人を決定する」
「くだらん。人がなにをしょうと我らは、我々は自分たちの行動に意味を求めるのみ。おまえなどになにを本質しょうというのか」
「戦いだ。戦いを挑む者がいる。あの者たちと戦いたいのだ」
「それは私の気持ちでもあるということでいいのだな」
「我々は不可分の意思と月の守護者。変わる量と質など持つはずもない」
「いいだろう」
 闇と闇は光を求めた。たとえそれが月の意志と太陽の影にすら叶うなどとも。


 「どこ行くんだエルフィール」とジョルディーは聞く。
「なに、コンビニでガムでも買うだけだ」とエルフィール。
「波紋している」ジョルディーは動きを止める。
「なにがだ」エルフィールは辺りを見る。なにも変わりない街並み。
「エルフィール。きみの身が、その本質が線となって波紋している」
「人目は……ないな。まあなに、いつものことだ」
「そうか。ならいいさ」
「仕事よ」
 ミラルが、レディススーツ姿のミラルがいた。
「どこだ」とエルフィール。
「港にいるって。闇の申し出よ」
「さて、それじゃ散歩がてらいくか」
「めしが……」
 ジョルディーは涙目だ。
「なにか手当はつくか」
 エルフィールはミラルに聞く。
「昼飯くらいなら」とミラル。
「いいだろう」ジョルディーは歩き出す。
「なにかイヤな気がする」
 ぽそっとエルフィールは言った。
 かもめもいない海。
 波はおだやかで風も気持ちをうるおしてくれるくらいのものだ。
 晴天だが、なにか雰囲気が静かだ。
 人はいても人に影がない。
 存在が感じられないのだった。
 エルフィールとジョルディーは港に併設された公園を歩く。
「よくいらっしゃった」
 スーツ姿の中年紳士が二人歩いて来る。
「創造の天使と地獄の番犬がなにをしている」
 エルフィールはそう言う。
「破壊したいだろう」
「古き秩序を」
 男は二人でそういう。
「それは闇の論理。闇なら闇らしく戦いと結果をなせ」とエルフィール。
「本気だな光のひとり」闇は笑う。
「そうだ、その戦いこそが我が秩序的周囲」「我が秩序的周囲」
 男たちは、闇は満足そうである。
「戦いなんだな」闇は震えた。
「言葉などいらない」エルフィールはそういうと手を出す。
「それは違うと思うが」ジョルディーもそう言うと手を出す。
 光が本質の一端を表す。
 ジョルディーとエルフィールの手と手に光の剣が出現する。
「望むところだ」
 闇と闇が黒い雷光となってエルフィールに迫る。
「つまらん」
ギギン!
 黒い雷光が光の剣にはじかれる。
「なんだ? 残光か。斬れないぞ」
 エルフィールが不満気だ。
「ただの闇じゃないな」とジョルディーはいぶかしる。
「ふん! ただの闇だ。その居場所に還せばいいだけのことだ」
 エルフィールは悠然とそう言う。
「それは、そうか」ジョルディーは納得する。
 闇と闇の濁流は海の水を巻き込みエルフィールたちに迫る。
「海で質量増加か」
 エルフィールとジョルディーは光を螺旋させる。
 両者の螺旋が二重螺旋たりえ、闇は完成する。
「質量保存の法則だ」
 消えた。
 闇は帰った。
「時間だ」
「めし時だな」
「そうか」ジョルディーはエルフィールの手をとる。
「どうぞお嬢様」
「なに、会社のおごりだ」
「それもそうか」
 風が舞った。
 景色が変わる。
 それは見たこともない冒険の日々。
 ジョルディーとエルフィールは知らない土地を歩いていた。
 数々の戦い。
 自然の世界での出来事。
「まあ、そんな人生もいいな」
 エルフィールは笑う。
「そうだな」
 ジョルディーも笑う。
 闇の中で天使がいる。白い翼に腰まであるストレートの金髪。
 闇の中で悪魔がいる。黒いこうもりの翼にしっぽ。黒い腰まであるパーマ。
「どうだこれは」
「うむ。いい戦いだった。我が歴史に残る戦いなりて」
「なんで我々には役割が決定されているのか」
「その生物たちが生きるためには必要な役割があるのだ。我々には我々の、その者たちにはその者たちの氏名とか、魂の宛名があるのだから」
「私は戦えればいい。この戦いこそが我が世界の苦しみと幸福」
「ならば私は天使であることに意味をうがとう」
「ならば私は悪魔であることに意味をうがとう」
「明日の創造を」
「昨日の破壊を」
「我が名はまだない」
「我が名は過去の残光」
「世界よ行く末よその道をいけ」
「世界よその末路よ輪が影をいけ」
「本質にうがたれた名を呼べ」
「本質にうがたれた名を呼べ」
「力よ我が手に」
「力よ我が手に」
 天使は飛び立つ。
 悪魔は影に沈む。
 そして闇には静けさだけが残っていた。


 「おっ、金が振り込まれてるぞ」
 エルフィールはうきうきとしている。
「ちゃんと貯金しないとだな」ジョルディーの声など聞かず、さっさと走り出すエルフィール。
「おい!」
「今度の銘柄こそだいじょうぶなんだって!」
 二人は駆け出す。
 戦いは続いていた。
 そして未来も続いていた。







第五話 勇者と魔王と森の中



 冥界の王から次の王候補の話しを聞いたエルフィールたちは、北方の町、ディグラウドに来ていた。
 ここにいる王候補の勇者は生前、魔王を倒した生粋の勇者であるとのことだった。
「ここに勇者がいるって?」
 エルフィールは町を歩く老人に聞く。
 白髪のひげと髪の男は答える。
「ああ、エルディナウなら道によく立っているよ」
 町の道を歩くエルフィール一行。
 道の端の花を見ている青年がいる。
「おまえは勇者か」
 エルフィールが聞く。
「彼には強い力を感じる。伊達に魔王を倒していないようだ」
 ハイベルは断言する。
「おい、冥界の王になれ」
 そう言うエルフィールは勇者エルディナウの腕をつかもうとする。
 エルフィールの腕は空をきる。
 エルフィールはエルディナウをつかもうとするが、つかめない。
 エルディナウをよーく見るとその姿は透き通っている。
「冥界にも幽霊がいるのか?」
 エルフィールの質問にハイベルが答える。
「冥界で死ぬことなど、特に幽霊など、そんなことはないはずですが」
「私も聞いたことはないな」ダリルも答える。
「興味深いわね」とミラル。
「どういうことだ」エルフィールの質問にエルディナウは笑っているだけなのだ。
 意思表示も文字など、あらゆるものを試してみるがなにも通じないのだ。
 やはりエルディナウは笑っているだけなのだ。
 その笑顔を見ていると、意思が通じている気がしてくるのだから、不思議であった。
 それから一行はエルディナウに着いているが、エルディナウはただただ町を歩いているだけで、なにか変わったことをするでもないのだった。
「さてどうしたものか」
 エルフィールは辺りの仲間を見る。
 みな考えているようで、誰もいい考えが浮かばないようだ。
 エルディナウは動く様子もない。ただ鳥を見たり、川のせせらぎを楽しんでいるようだ。
「話しも出来ないのだ。こいつはいないも同じではないか。もう帰って報告すべきだ」
 エルフィールは吐き捨てるようにそう言う。
「いや、万全をつくしてつくしすぎることはない」とダリル。
 ダリルの手前、エルフィールは投げ出すわけにもいかないで突っ立っている。
 エルディナウが歩き始める。
 エルディナウについて行くエルフィールたち。
 エルディナウは街はずれの森まで歩いていく。
 巨木がビルのごとく乱立した森は、幻想的でさえある。
 エルディナウは巨大石や樹の根など軽々と越えていく。
 その速度に着いていくだけで精一杯のエルフィールたち。
 と、エルディナウが止まる。
ズシンズシン
 巨木の影からドラゴンが現れる。
 赤いうろこに風になびく幾多の触手。太い四つ足が大地を踏みしめる。
 荘厳が靴を履いて歩いて来たような。
 妖精の花が咲いたような。
 たった一体のドラゴンがいるだけで、幻想の世界が広がっていた。
「ブラスタードラゴン!?」
 エルフィールが声をあげる。
「それもこれはかなりの老齢だ」
 ダリルが太鼓判を押す。
「珍しいわねえ。ここまで立派なブラスタードラゴンがいるなんて」とミラル。
「神々でさえ、これは一目置くでしょう」とハイベル。
「なにをみんな落ち着いているんだ。ブラスタードラゴンといえば、その破壊力と気性の激しさは竜の中でもかなりのものだぞ」
 エルフィールはそう言って構える。
 ジョルディーが横にいた。
 しかし、光はその本質を表さない。
 光の剣は出現しなかった。
「様子が変だぞ」
 ダリルの声に竜を見れば、竜はエルディナウになついているように、静かに寄り添っている。
 まるで友達ででもあるかのように。
「人と仲がいいブラスタードラゴンなんて聞いたこともない」
 エルフィールは心底驚いていた。
 心が本質に響く。
 音楽が森を彩る。
 自然が本質の進化に共鳴現象する。
「これは歌っているのか。ドラゴンが」
 今度はみんなが驚いた。
 その澄み渡る響きは竜の無数の触手が奏でる旋律。
 エルディナウはそれを目を閉じて聞いている。
「まるでエルディナウに聞かせるための歌のようだ」
 ダミエールが感嘆する。
 ダミエールの本質がうきうきとする。
「素晴らしい響き」
 ミラルがうっとりとする。
 ミラルの心は癒される。
「これは歌の女神にも匹敵する本質」
 ハイベルはそう言うと耳を澄ませる。
「まあ、たいした勇者なのだろう」とエルフィールは納得している。
 しばし、竜という森の女神が奏でる音楽に耳を澄ませるみんな。
 幸福な一時(ひととき)は轟音にかき消される。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ……
「なんだ!?」
 地響きが森を支配する。
「なにか出てくる?」
 森の底から巨大な闇が出現する。
 それはまさに闇そのもの。
 あらゆる希望を砕く闇の鳴動。
 砕かれたやさしさ。
 偽りの装束をまとった闇が出現する。
「わわわわ我、我は闇の王」
 闇そのものがそう響く。
 空気が一気に汚濁していくような闇が音波波動する。
「これは……」
 エルフィールは息を飲む。
「魔王!?」とミラル。
「そう言っているようだ」とダリル。
「これはエルディナウが封印したという魔王?」ハイベルは驚く。
「だだだだだとしたらどうするというのか」
 闇は森をひとのみにするかのようにその巨大さで一同を圧倒する。
 闇に鳴動したのは闇の正反対の光であった。
 希望の光がまばやく。
 エルフィールとジョルディーの間に光の剣が出現する。
 エルディナウはひょいとエルフィールとジョルディーから光の剣を受け取る。
 唖然とする一同を尻目に、エルディナウは光の剣で魔王に挑む。
ギガガガガガガガ!
 闇との興亡。
 闇との攻防。
 闇と光が明滅する。
 光と闇の演舞。
 闇の本質は王を求める。
 光の本質は希望を求める。
 それはこの世ならざる本質の押収。
 本質が闇する。本質が光する。
 それはいまの現実の表出。
ギイン!
 決着はついた。
 エルディナウの希望に、その光の剣に、魔王はまたも地に封印されていく。
「またもやも……」
 魔王は明滅しながら消えていく。
 エルディナウは一息つくと、光の剣をエルフィールとジョルディーに返す。
 エルフィールとジョルディーにエルディナウの思い出が明滅する。
 それは時間の思い出歴史の断片。
「許さんぞ勇者よ」
 闇が明滅する。
 それは魔王の証明。
 エルディナウは無名の青年であった。
 戦いの果てに魔王を封印する。
 それは太古のこと。
 エルディナウが魔王を封印したのは五千年以上前のことだった。
「おまえに呪いを反映しょう。誰とも触れられず、誰とも意志の疎通が出来ない身でこの世界を永遠に彷徨(さまよ)うがいい。それがいいぞ勇者よ」
 五千年前の魔王はそう言うとエルディナウに呪いをかける。
 魔王の正体は古代の神々の末裔だった。
 エルディナウは誰とも触れること叶わず、ただ長年生きるだけで、意識が崩壊しそうだった。
 それを救ったのはエルフだった。
 エルフは希望の種族であり、呪いの対象外だったのだ。
 エルフの森で千年を生きたエルディナウ。
 エルフの文化に癒される日々。
 それは退屈でもあり、また楽しくもあった。
 自然との邂逅。
 日々が自然とのハーモニー。
 言葉を発すれば自然と歌になった。
 そんな日々は確かに幸福であった。
 だが、エルディナウの心は思う。人々はどうしているか、それが気がかりであった。
 エルディナウは決心すると、エルフの森の長(おさ)に別れを告げると、人の住む領域を目指して旅をした。
 人がいた。
 懐かしい人々の営みが変わらず繰り返されていた。
 エルディナウは安心した。
 人は愚かでも苦しくても日々生きていた。
 人の本質はなにも変わっていなかった。
 その人々と意思の疎通は出来なかったが、それでもその旅は楽しかった。
 エルディナウは現実にあらがう人々が、懸命に生きる人々が、ちっぽけでも楽しく必死に生きる人々が、そんな人の一人である自分が好きだったのだ。
 四千年のあいだ、あらゆる地で必死に生きる人々を見ていた。
 そしていまエルディナウは旅の果て、冥府にいた。
 エルディナウの世界。
 その世界とは無音のようでいて何千年もの人々の思い出に彩られていた。
 エルディナウは、幾多の戦いを眺めていた。
 幾多の日常を眺めていた。
 いつしかエルディナウは風のように自然に人の中にいた。
「なぜ魔王を倒さない! そうすれば呪いは解けるだろうに」
 エルフィールは涙がこぼれる。
 エルフィールはエルディナウの日々に涙していた。
 そう言わずにはおれなかった。
 エルフィールのやさしさに、その言葉にエルディナウはただ笑っているのだった。
 エルディナウはまた歩き出す。
 そんなエルディナウに誰もなにも言えないのだった。
 エルディナウの周囲で光が明滅する。
 幾多の精霊がエルディナウを彩っていた。
 精霊もエルディナウが好きなのだった。
 小鳥もエルディナウに寄ってくる。
 エルディナウは楽しそうだ。
 エルディナウの笑顔は実に満足そうであった。
 エルディナウは歩き去ってしまう。
 エルフィールたちは帰路につく。
 誰もなにも言わなかった。
 ジョルディーはエルフィールにずっと寄り添っていた。
 エルフィールはずっとジョルディーの服をにぎりしめていた。
 戦いに負けたわけではないとエルフィールは思う。
 だが、言いようのない敗北感がエルフィールの心を包む。
 ジョルディーがエルフィールの腕をやさしくつかむ。
 これでいいんだ、と言っているようで、エルフィールは安心することができた。
 一行は森を帰り道を歩く。
 森は群青(ぐんじょう)の輪廻を巡る。
 本質だけがすべてを群青していた。
 それを森から見てとった者が一行には何人かいた。
 その頃、勇者は森を抜けようとしていた。
 ゆっくりしていけばいいと森は群青する。
 それでも私は人と歩いていく。
 そう答えたのはエルディナウであっただろうか。
 森はいつもと変わりなく群青していた。
 本質は森の中。
 勇者は森から出ると人の住む街に向かった。
 そこには勇者の五千年分の日常が待っているのだったから。







第六話 石の勇者



 エルフィール一行の冥界の王を探す旅は続く。
 夜の空に星が舞うようにまたたいた。
 エルフィールの息は白く凍るようだ。
 他の者も寒そうだ。
 エルフィールは空を見上げる。
 星は歌う。
 闇は深く晴れ渡る月夜の星が巡る季節の時螺旋数珠(じゅず)会いうた。
 歌はエルフィールの心に波紋する。
「もうすぐだ」
 ジョルディーが立ち止まっているエルフィールの肩を叩く。
 エルフィールはうなずくと、また歩き出す。
 エルフィール一行は夜道を歩く。
 エルフィール一行は目指す次の街の灯火が見えるところまで来ていた。
 破壊をしてみよう。
「なにか言ったか?」
 エルフィールは振り返る。
「街の人たちだな」ダリルが遠く街を仰ぐ。
 街に近づくと人々が走り逃げていく。
「なにがあった」
 エルフィールは一人の寝巻きの中年女に聞く。
「変な男が人々を次々石にしているんだよ」
「いやな予感がするな」
 エルフィールの言葉は的を射る。
 一行は街の騒動の中心に行く。
 男が立っている。
 黒い法衣を着た二十代くらいの青年だ。
 燃えるような短い赤い髪が空にギザギザにのびている。
 するどい目。
 鹿のようなすらりとした足。
 かなりの長身だ。
 沈んだ空気。
 その纏(まと)う静けさが、なにか違うと思わせる。
「たぶんそうね」とミラルはエルフィールに言う。
 エルフィールは抜刀すると青年に聞く。
「おまえが勇者ディグスタンか」
 エルフィールの問いに男は無言で魔法を放つ。
 エルフィールの足元の地面の砂が吹き上がる。
 目に砂が入りたじろぐエルフィール。
 ディグスタンがさらに魔法を放つ。
 ディグスタンはその本質を波紋させ魔法する。
 本質が物質をはじいた。
 ひるがえる螺旋。
 魔法は本質を衝動させる。
 魔法が本質と歌いだす。
 対象物の肉体は物質の構造を本質に竜と歌い破滅という実体に甘受する幸福と月のうたかた。
 魔法が発動する。
 それはまばたきの時間。
 魔法より一瞬早くジョルディーがエルフィールの前に立つ。
ピキイ
 エルフィールを狙った魔法はジョルディーにヒットする。
 男の魔法に石になっていくジョルディー。
「ジョルディー!」
 エルフィールは砂をはらう涙目に叫んだ。
 ダミエールがジョルディーにすがろうとするエルフィールを抱えて逃げ走る。
 ハイベルが豪腕の先の長剣で地を砕くと、地面が次々と螺旋に砕け、砂がディグスタンの視界を舞う。
「ちょっと、なにすんの!」
 ミラルが抗議する。
 ダリルが束縛のマインドビームをディグスタンが立っていた場所に放つ。
 吹き上がる砂に干渉されずに魔法光はディグスタンをとらえる。
パキイイイ
 月が地に瞬く。
 夜の光は月に帰る。
 ディグスタンの前に月の残像が一瞬きらめいていた。
 透明な小月は、ダリルの魔法光を吸収する。
 防御魔方陣、月の本質がディグスタンを魔法光から守った。
 ディグスタンはダリルと同時に防御魔法を唱えていた。
 この状況から正確に相手の手を考えたディグスタンの読みは本質を得ていた。
−−ジョルディー。
 ダミエールに抱えられながらエルフィールはジョルディーに手をのばす。
「ディ、ジョルディー!」
「なんだ?」
 ダミエールが歩を止める。
 大地が揺れていた。
 大地が立ち上がった。
「これは……」
 それは大地精霊のガイアギアであった。
 土の巨人、大地精霊はエルフィールとダミエールを吹っ飛ばす。
 エルフィールとダミエールの先にはジョルディーの石像があった。
 ダミエールとエルフィールのあいだに光が出現する。
ギイン!
 エルフィールとダミエールは落下の威力でジョルディーを斬る。
 エルフィールとダミエールの光がジョルディーを物質の圧縮と速度、その本質から解放する。
 ダミエールは転がりながらなんとか着地する。
 エルフィールは地に落ちる前、その手をジョルディーがつかむ。
 ジョルディーがエルフィールを抱き寄せ、キャッチした。
「姫、なにか入用でしょうか」
 ジョルディーの言葉に無言でディグスタンを見るエルフィール。
 螺旋の砂はそろそろともう落ち着いていた。
 エルフィールとジョルディーは走り出す。
 ディグスタンは石化の魔法をエルフィールに放つ。
 エルフィールとジョルディーの手に光が出現する。
ギギギイン!
 光で石化の魔法を叩き落とすエルフィールとジョルディー。
 そのままディグスタンへと距離をつめる。
ザキン!
 光がディグスタンを捉えた。
「ディグスタン! これでいけるぞ」
「やったなヴァイヴァルド」
 二十代の法衣の若者が二人暗い部屋にいた。
 一人はディグスタン。
 もう一人はヴァイヴァルドという男だった。
 精悍な顔つきはディグスタンにも劣らぬが、あごと顔つきが細く、にきびがあった。
 2センチくらいの金色の短髪が草原のように生えている。
 小柄な体つきは、小人族かと思わせるようだ。
 ディグスタンはヴァイヴァルドに言う。
「さっそく材料をそろえに走ってくれ」
「ですが、私もいたほうが……」
「石化の魔法の拘束期限がそれほどあるかないか。一刻も早く材料を取りに行って欲しい」
「わかりました」
 ヴァイヴァルドは革袋をしょうと、上着をはおると部屋から出ていく。
 ヴァイヴァルドを見送ったディグスタンは自分も上着を羽織り、部屋から出ていく。
 夜の街をほうぼうのランプの明かりが照らす。
 石の道が古い建物のあいだを走っている。
 煉瓦作りの二階建ての家が並んでいる。
 そのある家からディグスタンは出て来た。
 街の道は騒然とした人々がいる。
 ディグスタンは呪文を詠唱した。
 世界が凍り付く。
 いや、それは魔法の波紋であった。
 ディグスタンは片っ端から街の人々を石にしていく。
 次々と石像が群像した。
 ディグスタンから逃げ出す人々。
 なかには剣で反撃してくる者もいたが、ディグスタンの前にかなう者はいなかった。
 魔法使いはこの街にディグスタン一人であったから。まさにディグスタンの敵らしい敵はいなかった。
 破壊は楽しいのか。
 愛を砕きながらこの月に歌う。
 いつか出会いは塵(ちり)も積もって本質となる。
 ディグスタンは歌っていた。
 ディグスタンの魔法に石像は街に続いていく。
 川の端に来た時、ディグスタンの歌に合いの手が入る。
 川の端で油絵を描いている男がいる。
「こんな時になにをしてるんですか」
 ディグスタンは男に聞く。
「絵を描いているんだ。あんたこそなにをしているんだね」
 男は白髪に白い髭、ぼさぼさの髪にぼろぼろ服だ。
「私は皆(みな)を救っています。あなたも救いたいのです」
「そうかね、それはがんばってくれたまえ」
「こんな夜になにを描いているのですか」
 ディグスタンは急いでいるのも忘れてつい聞いてしまう。
 月に照らされた油絵は真っ暗だ。
 黒色が塗り込められている。
「人を描いているんだ。なに、この年になると人のことが描いてみたい時もあるのでな」
「あなたを石にします」
「そうか、ちょっと待ってくれ。あと一息で完成だ」
 絵描きは最後に白色で下のほうに小さな光を描き入れる。
 それは見ようによっては人にも見えた。
「よし、完成だ。いっちょ石にしてくれたまえ」
「はい」
 ディグスタンは絵描きを石にする。
 それからもディグスタンは人々を石にする。
 もう何人石にしただろうか。
 疲労がディグスタンの足を鈍らせる。
 よろけながらまた人を石にする。
 激痛がディグスタンをとらえる。
 ディグスタンの後ろに剣士がいた。
 ディグスタンは剣士を石にする。
 ひざをつくディグスタン。
 倒れるディグスタン。
 ディグスタンははいずりながらそれでも人を石にしていた。
 ディグスタンはまばたきする。
 誰かが目の前にいた。
「ディグスタン」
 ヴァイヴァルドがいた。
「材料はどうした」
「街の人々は救われました」
「なにを言っている。まだこれからだろう」
「あの夜からもう一月(ひとつき)たったのですよ」
 ヴァイヴァルドは寝間着だ。
 ディグスタンはいつのまにか部屋にいた。
「調合薬で救われた人は、あなたが石にした人は千四百二十三人が救われました」
 しばらくディグスタンはなにか考えている。
 ディグスタンはポンと手を打つ。
「そうか」
 ディグスタンは満足そうにうなずいた。
「ディグスタン、あなたに感謝する人たちがいます」
「それはありがたい」
 透き通ったディグスタンはそう言うと消えていく。
「ディグスタン……」
 ヴァイヴァルドは力なく肩を落とした。


 ディグスタンは目を開ける。
 エルフィールたちがいた。
「ここは冥界、か」
「あなたは立派だな」
 エルフィールはそう言う。
「あなたならば必要とする人もいる。しかし、よく私の魔法がとらえられたな」
 ダリルが聞く。ディグスタンはうなずく。
「あなたは自由を体現する人だ。だからゆえに、無数の手数の中でそうすると思う」
「あなたに話しがある」とエルフィール。
「創造をしょう」
「? なんだって」
「歩いていたい。いつだって。世界は変わり続けているに違いないから。だから、そう。旅に出よう」
 ディグスタンは歩き始める。
「あ、おい、用があるというのに」
 エルフィールの呼びかけにも答えず、ディグスタンは歩いていく。
「まあ、いいか」エルフィールはなんなく納得する。
「興味深い」とミラル。
「こんど知識の神に報告しょう」とハイベル。
「まあ、エルフィールが無事ならな」とダミエール。
「一級の魔法使いはお互いを知る」とうなずくダリル。
「ウグスルの町で食事していこう。エルフィール、おごってくれ」とジョルディー。
「おまえな、そういう時は年上がおごるもんだぞ。わかってるな」
「おれは三十五才だけれど」
「私……は、九十五才、だ」
「じゃあ、おごってくれるな」
「おまえなんか知るか!」
「ははは」ダリルが笑っている。
 エルフィール一行は帰り道を歩く。
 どこからかディグスタンの歌が聞こえてきた。
 それは実に心が澄み渡る気がしてきたのだった。
















人物紹介

エルフィール
95才。人間の父とエルフの母を持つハーフエルフ。ダークエルフでもある。精霊使い。魔王ダリルの元で育ち、勇者ジョルディーを倒すため、戦ったのがきっかけで、ジョルディーとともに旅をすることになる。精霊を召喚できなかったが、ジョルディーとの出会いで精霊が召喚できるようになる。賢者から特殊な光を受け取り、ジョルディーとともにダリルを倒す。その後、ジョルディーと旅をすることになる。ゴブリンの商人の村長、シルフィスアから五万年前の英雄と魔王との戦いにも着けていた一億年前の魔装具、プロテクタ、ラグナロクラッカーを貰い受け手、着けている。

ジョルディー
35才。人間の男。剣士。エルフィールとともに行動して旅をしている。ダリルの封印の魔則(まそく)によって、争った者はクリスタルに封印されてしまうという事態を変えるため、ダリルに単身戦いを仕掛ける。エルフィールを仲間にしてダリルを倒した後は、エルフィールに寄り添い、一緒に旅をする。エルフィールのピンチには頼りになる。
魔法剣、グリズリーフィッシャーは、あらゆる武器を砕く力がある。

ダリル
125才。人間の男。魔法剣士。封印の魔則によって争う者をクリスタルに封印して、争いをなくそうとした。その行いによって魔王と呼ばれ恐れられた。数々の女ハーフエルフを配下に持ち、十二の国を破って、帝国を築く。自分の存在を封印の魔則にしていたため、魔法や剣といった攻撃を一切受けつけない。封印の魔則になっている時は年をとらないため、人間にしては長生きしている。賢者が与えた特殊な光の力をエルフィールとジョルディーに叩き込まれ、倒される。死の国々(冥界)にて生活していたが、冥界の王の命により、いろいろ旅をしている。エルフィールには父のような存在。
いまは冥界の王として、責務に着いている。


ミラル
22才。人間の女。魔法使い。ジョルディーの友達。幼少より一人旅をしている。世界に八人しかいないとも言う賢者や、多くの神々と知り合いであったり、かなりの人脈と知識を持つ。あまり本編では活躍しないが、いい魔法使いである。後に伝説の魔法使いとして数々の偉業を残す。
エルフィールとは犬猿の仲であるが、その実、とても仲はいいらしい。
魔法学院を卒業後、数ある学府、いわゆる官僚のような、魔法使いの道を断り、旅に出る。
魔法の知識よりも、人との出会いを求めてのことだった。

ハイベル
3333才。魔法剣士および神の力。神と人間の女とのハーフ。神の末弟であり、その力は人間やエルフなど、あらゆる種族を圧倒する力を持つ。戦いはせず、傍観することが多い。その力は神のそれである。神々の異変をジョルディーとエルフィールたちに助けてもらう。
怪力の持ち主で、エルフィールが突っ走ってくたばると、いつも背負っている。
歌が上手いという一面もあり、神々の歌を特に得意とする。
神々が道を導くと言っているが、ほとんど自分の怪力で切り開いている。
時間の概念が無いという意味では、長生きのエルフよりも、神々に近い存在。

ダミエール
25才。人間の男。吟遊詩人。最愛の女性を失った時、エルフィールと出会い、運命を感じる。特殊な光の力をエルフィールと発揮することが出来るもう一人の男。なによりも第一にエルフィールのことを心配している。
クールというよりも、冷たい。人とは距離を取り、話すことよりも、歌を愛する男。
唯一の例外である女性がエルフィールである。
護身術程度はあるが、特に強いわけではない。以外と、この旅の一行の中では、普通の人かも知れない。
性格はいまいちで、エルフィールを奪うためならば、ジョルディーをけ落とそうと思っている。

らいでん
45歳。人。錬金術師。外見はとぼけた中年おやじだが、無精髭。冴えない中年サラリーマンといった感じ。
発掘品で、金などを持っている。
建造物や小物などに精通していて、とても博学、らしい。
古い物が好きで、古本屋で何時間でも過ごせるたち。
健脚で遺跡を巡る放浪者。
植物や生物全般、特に昆虫や鳥類が好き。
ミラルよりも長い旅の経験がある。
いくつもの技術と言語に通じている。
古物コレクションが多数有、各地に置いてある。
吉雷雲。
古い物が好き。
古い建物が好き。
古い魔法も好き。
土地の風俗に興味があり、地形などに精通している。
物質の形質を探る錬金術師。ある国ある学府の先生であったが、遺跡調査の旅の途中、一人で錬金術使って砂を崩してどんどん進んでいたら、戻れなくなってしまい、そのまま、まだ放浪中の身。

バルディ
ゴブリン。67歳。商人。中には何千年も生きるゴブリンもいるので、かなり若輩。ゴブリンなど、妖精のその種族は、大抵百歳くらいまでは、人の十代くらいに相当する精神年齢なので、まだティーンエイジャーくらいである。
色黒で、鼻はとんがっていて、目は細長く、口は裂けている。狡猾そうなその顔は、嫌悪感をもよおすものである。
魔王に忠誠を誓った種族であり、エルフや人、ドワーフたちからは、忌み嫌われる。
何千年もの戦い。
いまもその流れはあり、各地で戦いは続いている。
バルディはゴブリンには珍しく、魔王に従わず、商売のために、日々精進している。
エルフィールからはとても好かれていて、ある種、苦手なものがある。
なんでも儲けに結びつけて考えるため、ジョルディーは敬遠気味。ジョルディーとは、いくつかの冒険で、その旅をともにした仲。

カーバンクル
幸福の精霊。
つかまえれば、幸福になれると言うが……。
エルフィールを好いているが、当のエルフィールは煙たがっている。
実体が見えない精霊も多い中で、その姿は誰にでも見える。
種族によっては、不幸を招くとも言われる。

フィルフィルフィール
年齢不詳(笑)。エルフ。精霊使い。回復魔法も扱う。子供にも大人にもなれる魔法少女なおばさん。ダリルとのあいだにエルフィールをもうけるが、ダリルが幼いエルフィールを連れて行ったので、ずいぶんひさしぶりの再会であった。
ダリルの若い頃に、一緒に戦ったらしいが、それはまだ語られていない。
年のことは禁句。その時の笑顔には、みんな凍り付くらしい。
世界に八人しかいないと言われる賢者の一人。














第七話 色と踊る者



 吹雪を抜けるとそこは緑あふれる春な自然が広がる世界だった。
 鹿のような動物が駆け、虫や鳥が飛び交う。
 緑の野を歩くエルフィール一行。
 道の行く手を草が茂り、木々が青々と輝いている。
 この地方は春を謳歌している。
 ジョルディーたちはフードとマンとをとる。
「なんか変じゃないか」とエルフィールはジョルディーたちに言う。
「いい季節だな」とジョルディー。
「そうだなあ」とダリル。
「えーと、だな。いまこの地域は冬じゃないか」エルフィールは思案する。
「そういえば変ね。これは興味深いことよ」とミラル。
「これは神々の所存かと思える」とハイベル。
「私はエルフィールが無事ならばそれでいい」とダミエール。
ガシャガシャ
 銀色の肌の子供くらいの人が空から着地する。
 銀色の人は動くと鈍い金属音がする。
 美しい流線が脈動する。
 金属か生物かわからない。
 エルフィールはなにが起きたのか理解できなかった。
 みんなが唖然としている中、銀色の人が動きだす。
 それは好意的な行動ではなかった。
 銀色の人はジョルディーに近ずくと手刀する。
 銀色のするどい一撃が舞う。
ギイン!
 ジョルディーの剣が銀色の手を止める。
 銀色の人と戦っているジョルディー。
「これは金属種(きんぞくしゅ)。エルフの言葉でウラシュとも呼ばれる種族ね。金属を主食として、その寿命は尽きたことがないとか。意思があるかないかいまだに議論を呼ぶ種族だわ。その構成たる金属は絶対的な強度と美しさで知られている。魔法使いの中には魔法の源種〈げんしゅ〉、魔法の源泉のひとつだと言う人もいるわ。同時に大地の精度精霊の一種だともされていて、精霊と魔法の本質的実体であり、星の意思だと言う人もいるわね。ちなみに私だけどね」
 ミラルは冷静にそう言う。
「珍しいねこれは。神々に献上したらさぞ喜ぶだろう。これこそ神の具現。ああ、神々よ偉大なれ。いつか人々が神のその恩恵に恵まれることよ。その歌よ。高らかに空よ聖歌を歌いあげろ。神よ我が心のよりどころよ。世界よ、いまから私が神々の存在を歌いあげよう」とハイベル。
「それどころじゃない」
 エルフィールは戦っているジョルディーに駆け寄る。
「手を出せジョルディー!」
 と、エルフィールがこけた。
 エルフィールはいきおいあまって銀色の人と道から転がり落ちる。
ザボン!
 川の水に落ちる両名。
「こいつ!」
 エルフィールは銀色の人の手を取る。
「ふああっ!」銀色の人は女の声をあげた。
「なんだおまえ」エルフィールはまじまじと銀色の人を見る。
 銀色の肌は水にとけ、オレンジっぽい普通の肌が見てとれた。
 銀色の人はいまや普通の女の子だった。
「これはどういうことだ」
 エルフィールは困惑気味だ。
「だいじょうぶか」
 ジョルディーがエルフィールの手を取り、エルフィールが少女の手を取り、川から引き上げるられる二人。
「説明を求めるぞ。なんだこれは」
 エルフィールは少女を問いつめる。
「あなた顔色が良くないわね」
 少女は土と水を混ぜ合わせ、それに息を吹きかける。
 少女の手が虹色になる。
 少女はエルフィールの顔をなでる。
 なでた後に色が付いていく。
 それは血色のいい化粧なのだった。
「なにをしている。なんだ、気分が良くなっていく」
「最近眠れなかったでしょう。胃も荒れているわね」
 少女はエルフィールの腹をなでる。
 つやのいい肌色が自然と踊る。
 腹は健康的な色になる。
「これはどうしたことだ」
 おなかの感触が軽くなっていく。
 エルフィールは驚いている。
「色は物質の本質のひとつよ。木々の葉に緑を色すれば、そこは春にもなるものよ」
 少女は勝ち誇ったように力説する。
「おまえ、ガキのくせにすごいな」
 エルフィールは感謝も忘れて感嘆して言う。
「年はもう大人よ」
「そのわりには背が低いな」
「だってホビットですもの」
「なんだホビットって?」
 あ、ロードオブザリングの三作目、見てないな。
「小人族のひとつよ」と、説明するミラルがエルフィールの横にいた。
「女で小人族……もしかしておまえ勇者ウイグルスタットか」
 少女はうなずく。
「まあ、勇者のとこいがいは、おもに小人族でウイグルスタットというのは間違いないわね」
「ウイグルスタット、冥界の王にな……」
 エルフィールが落ちた。
 確かに地面の上にいたはずだが、足下が、大地がなくなってしまった。
 大地の暗闇の中を落ち続けるエルフィール。
 どれだけ落ちただろうか。
 それは無限の時間にも、一日にも、一瞬のようにも思えた。
−−なんだこれは。私はどうしたというのか。
 エルフィールは落ちるのに慣れてきた。
「あらあら、ずいぶん来たわね」
 その声の主は気楽に言う。
 ウイグルスタットも落ちていた。
「なんだこれは?」
「大地が色を失ったのね」
「色?」
「ちょっと色の配合に足りない色があったわね」
「おまえのせいか。なんとかしろっ」
「色がなければそこは闇そのものだから。だからあなたは無限に螺旋の滑り台を滑り降りることになる」
「そう、なのか?」
「だから色をつければ人生は本質を飛ぶ」
 時間は逆転の十二本の光陰の矢を時の本質に放つ螺旋の双方機神。
 人生は時の螺旋。
 いつか人生は夢をロードする。
「おはよ、える!」
 エルフィールはセーラー服を着ている。
 ここは学校。
 窓から見えるのは現代の街並み。
「昨日のドラマおもしろかったよねえ」
 エルフィールの友達? らしい女子高生が言う。
「そ、そうか」エルフィールはしどろもどろしてる。
「なによ、ノリが悪いなあ」
 学友の少女は笑っている。
「帰りにパフェつきあってよ」
「なんだそれは」とエルフィール。
「やだそのギャグつまんない」
 そう言って短髪の学友はけらけらと笑う。
 よく笑う少女だとエルフィールは思った。
 エルフィールは戦乱の中、確かに強靭な精神をふるってきた。
 だが、それにはなにかが欠けていたのではないか。
 エルフィールにはそんなことは理解も考えたこともないのだった。
 帰り道、友達と歩く。
 たあいないことで笑い、ただその雰囲気に笑いが相乗していった。
 こんな日常もいいものかも知れない。
 エルフィールはそう思い始めていた。
 空が曇り始め、雨が降り出す。
 エルフィールたちは傘がなかった。
 エルフィールたちは走り出す。
「なに、この雨」
 雨には色が付いていた。
 色んな色の雨粒が降る。
 世界が、空間が極彩色に包まれる。
「なんだこれは」
 エルフィールはある家に避難する。
 そこは草原に一軒家というたたずまいだ。
 そこにジョルディーがいた。
 子供が二人いる。
「ジョルディー、この子供どうした」
「おまえとの子供だろう」
 ジョルディーは食事を庭のテーブルに用意する。
「私が? 母親?」
 エルフィールはしどろもどろで椅子に座る。
 小学生低学年くらいの男の子と女の子は食事をほおばっている。
「私はえーと誰の子供だって? おまえ結婚してたのか」
「ああ、エルフィール、きみと、な」
「そうか、それはそうだったか」
 ジョルディーとの結婚生活は静かなものだった。
 戦いなく、ただ羊を子供と追いかけていた。
 毎日毎日草原を放牧させていた。
 草原はどこまでも続いている。
 雲が雄大に散歩している。
「ねえ、母さんも子供だったの?」
「そうねえ、そうだったかねえ」
 エルフィールはすっかりこの生活にくつろいでいた。
 剣をふるったあの日々は夢であったかのように思えた。
 こんな日常もいいかも知れない。
 エルフィールは満足していた。
 日々の過ぎる時間に幸福を感じていたのだ。
「ぼくも母さんみたいに冒険したいなあ」
「そうだねえ、その時がくるかもねえ。ほら、夕暮れだ。夕食にしょうか」
 家にはジョルディーの家庭料理が出迎えた。
「なあ、荷車を買いたいんだが」
 ジョルディーが提案する。
「却下」
 エルフィールは即答する。
「うちのどこにそんなお金があるっていうの。それより餌入れを直しといてよ。こら、あんたたち、食べたら洗いものしなさい」
「はーい」
 エルフィールは外に出る。
 夜は月の支配下にあった。
 こんな人生もいいものだ。
 エルフィールはそう思う。
 戦いの日々に見た闇はいまはない。
 日々が過ぎていくだけの心地よさ。
「これが幸福か」
 エルフィールはジョルディーに聞く。
「そうかな」
 風が舞った。
 その風には色が付いていた。
 風によって世界は、空間は闇に包まれる。
 エルフィールは一人暗闇をさまよった。
 そこは真っ暗で、なにも見えない。
 エルフィールはひとりきりだった。
 足元は泥沼なのだ。
 エルフィールは歩くが、ずいぶん歩きにくい。
 どれくらい歩いただろう。
 考えることは疲労と人への闇の感情。
 足はくたびれ、もう動けない。
 その時、島があった。
 人が二人、上がれるくらいの島だった。
 そこにワンピースの少女が座っている。
 小さな島に少女とエルフィール二人。他には誰もいない。
 エルフィールは少女に話しかける。
「どうしたのお嬢ちゃん」
「昨日はどうして忘れてしまうの」
 少女はそう質問する。
「明日のことを覚えるために」
「どうして空は広いの」
「みんなの希望が星に飛んでいくから」
「どうしてあたしは一人なの」
「みんなに出会うために」
「どうして本質と踊るの」
「猫のワルツは黄昏(たそがれ)の歌」
「どうして生きるの」
「大事なものを信じるために」
「どうして時間は早いの」
「夜の闇ががんばっているから」
「どうして時間は遅いの」
「夜の闇が休んでいるから」
「どうして人を愛するの」
「一緒に生きていくために」
「どうして風は気持ちを空に鳥と放つの」
「晴れた日はゆっくり過ごして、雨の日はじめじめ、曇りの日は気持ちがほてっているから」
「なんでみんな家族なの」
「人が気持ちを感じるから」
 エルフィールは今度は少女に質問する。
「あなたはどうしてここに一人でいるの」
「みんな忙しいんだ」
「そう、それじゃお姉さんが一緒にいるよ」
「ありがとう」
「これからどんな未来があるか探しにいこう」
「うん!」
 笑った少女の顔はやさしい色の香りがした。
 あたしはさびしかったんだ。
 なにもかもが進んでいく時間の中で、一人取り残されていくようで。
 なにかしたい。けれど、なにもしたくない。
 ただただ自堕落な毎日にあきあきしていた。
 そして少女はダリルとであったのだ。
「あたしは後悔してないよ」
 少女はそう言って笑った。
 エルフィールは少女に聞く。
「ダリル様はやさしい?」
「うん!」
「そう。良かったね」
 少女とエルフィールは光ながらひとつになる。
 だからまたあたしは歩いていく。
 目標はダリル様を越えて自分だけの夢を目指して。
「それでいいのか」
 闇の男が立っている。  灰色のコートに顔も体もおおわれている。
 エルフィールには男の声はダリル様のような気がした。
 男はエルフィールに言う。 「私に着いてくればおまえを汚し続けるだろう。おまえの常識を良心を殺し続けるだろう」  それはエルフィールの本質。
 本質の名はダリル。
 エルフィールにはそう思えていた。
 本質は不変だとエルフィールの信念がうなるのだ。
 それは闇。闇。闇。闇。
「そうかしら」
 女の声がした。
 その声に男のコートは緑色になる。それは心の森。
 女の声は、聞いた声だとエルフィールは思ったが、それが誰だかはすぐに思いいたらなかった。
「自分いがいの誰が自由をあやつるというのです」
 女の声は続く。
 男のコートは赤くなる。夕日は心にうつろぐ。
「人は生きているあいだしか生まれ変われない。あなたはなにになりたいの」
 私は。
 私は。
 私は。
「私は……」
 そうだ。
「日常を生きたい。ジョルディーと家庭を持って、子供と暮らしたい。ダリル様はおじいちゃんで、母とも話しをしたい。精霊の花火を見て、家事の疲れをとりたい。川のせせらぎに耳をすませ、森の木々の葉に目を癒したい。雨のシャワーで体を洗い、ちょっとした演劇を見て、うさを晴らしたい。ジョルディーに悩みをえんえんとぐちって言っていたい。ひまな時には子供と絵を書いて、泣いた子供をあやしたい。空を見上げて、夜の闇に包まれたい」
「いいでしょう!」
ばさっ
 闇の男はコートを脱ぎ捨てる。
 闇の男は女ホビットのウイグルスタットだった。
 ウイグルスタットは言う。
「未来が見えないのは未来に色が付いていないから。エルフィールさんはいま、未来に色を付けました。それが私にも見えました。あなたの夢に色が付くことを星に誓ってあなたの本質に色を付けていますよ」
 ウイグルスタットはエルフィールに近づく。
 二人の顔が近づく。
「な、なんだウイグルスタット」
「エルフィール、あなたの闇には色が足りません。それを足します」
 ウイグルスタットはエルフィールの唇にキスする。
 びっくりするエルフィール。
 エルフィールの脳裏に闇の誰かがいた。
 エルフィールはその闇の誰かに色を思い描く。
 それは茶色の髪。
 ちょっと浅黒い肌。
 ジョルディーだった。
 エルフィールの目の前にジョルディーがいる。
「よお、呼んだか?」
「ばか、まあな」
 エルフィールとジョルディーの手に感じる光という色が、心の闇に加わる。
「足りなかった最後の色は光」
 エルフィールはぼそりと言う。
「すべての色がそろったわね」
 ウイグルスタットはそう言う。
 闇はすべての色に彩られた。
 三人の闇が万色に明滅する。
 闇が未来から昨日を追い越していく。
 ウイグルスタットがいた。
 まだ少女たるウイグルスタットが。
 だぼだぼの布をウイグルスタットは着ている。
 ぽっちゃりした丸顔のウイグルスタットは丸い金魚のようだ。
「ねえ、画材買って」
「だめよ。今月は買ったでしょ。それに、いまがそれどころじゃないのは知っているでしょ。ウィグ、絵ばっかり描いてるんじゃないわよ。畑仕事を覚えなさいな」
 ウイグルスタットの母はそう言うと畑道具を持って家から出ていってしまう。
 ホビットの家は土から出来ている。
 家の中はウイグルスタットの落書きでいっぱいだった。
 ウイグルスタットは絵が心より好きなのだった。
 その中の絵がうっすらと消えていく。
 だが、誰もそれには気もとめないのだった。
 ウイグルスタットは家の外に出る。
 木陰の土の道、緑の葉が空を埋め尽くす。
 大小の木々が並んで立っている。
 遠くに畑がえんえんと続いている。
 自然の世界が視界のどこまでも続いている。
「おーい」
 ウイグルスタットを呼ぶ声がする。
 見上げた空には空中に浮かぶ男の子のホビットがいた。
 短い髪に活気そうな顔の少年だ。
 小人の子供だから、まるで漫画のようなデフォルメされた存在なのだった。
「あら、ラビンツじゃないの」
 空中に浮いているラビンツはゆっくりとウイグルスタットの前に降りてくる。
「ラビンツ、そんなとこから降りたら危ないよ」
「なんだよこれぐらい男なら当然だぜ」
「まったくしかたないわねラビンツは」
「おじさんの畑仕事手伝わなくていいのラビンツ」
「畑なんて、なにも仕事はないさ。この時になにをするっていうんだよ」
 ホビットの村は畑と森と土の家があるだけの静かな田舎町なのだった。
 だが、自然と静けさに包まれた村には異変がじわじわと闇が生活を包んでいた。
 ウイグルスタットは花々を見る。
 ところどころ花びらのなくなった茎がある。
 だが、花に触れると花びらの感触はあるのだ。
 透明な花がそこにあった。
 ウイグルスタットは透明な花びらを触りながら言う。
「また色が消えた」
 いつからだろうか。
 ここいら一帯がどこまでか調べたホビットはいないが、となりのとなりのそのまたとなりの村まで、色が消えていく日々が続いていた。
 道の石ころまで色を失い、見えないものにぶつかるホビットが多くいた。
 ホビットの仕事の大事な畑仕事も、作物が見えないから、ずいぶんはかどらなかった。
 このままでは生活がなりたたないと、みんな不安をつのらせていた。
 ウイグルスタットは絵を描くのが好きだった。
 ただ自然を見ているのが好きだった。
 それを描くのが好きだった。
 変わった土や砕いた石を混ぜて色にしては、絵を描いていた。
 ウイグルスタットが歩いていると川を魚が泳いでいる。
 まわりの岩が透明なので、動く水の中を魚が泳いでいるかのようだ。
 ウイグルスタットは見えないなにかにぶつかる。
 それは石垣だった。
 ウイグルスタットは絵の道具を取り出すと、石垣に絵を描き出す。
 ふいに、歌が口からもれた。
「導きだす時よこの思いを受け止めて。いつか出会いの数だけあたしの気持ちを解放してよ。どこが世界の果てだと言うの。この心はどこに着地するというの。時代はいつかも知れない流れの時を泳ぐ。いつか時代は青の時代になる。それは自然の再興。それは人々のゆくてはかえす生活の旅。いつか時代は意思の時代になる。思い描いたことが真実になる時代。それが自然の具現化。それはあたしの心の迷彩色の奥行き。流れるままに心よ描け」
 ウイグルスタットは自由に思いのままに描いた。
 歌いながら描いた。
 日が暮れるまで描いていた。
「ウィグ、精が出るわねえ」
 そこにはホビットの老婆がいた。
 横に深いしわがいくつも入った顔、
 しわに目すら隠れている。
 腰は曲がり、木の杖をついている。
 白いワンピースを着ていた。
「いつもすまないねえウィグ」
 老婆は頭を下げる。
「いいのよお、おばあちゃん」
 ウイグルスタットはそう言って笑った。
「すまないけれど、ここお願いできるかしら」
 老婆はワンピースを示す。
 スカートの一部が色が失われ始めていた。
「はいよ」
 ウイグルスタットは色を調合すると、ワンピースに色を塗る。
「ああ、助かった。ありがとうねえ。ちょっと寄ってき。お菓子でも食べていきなさいな」
「うん、もうちょっと塗ったらね」
 また色を塗り始めるウイグルスタット。
 老婆はうなずくと垣根の中の家のほうに戻っていく。
 日が暮れるまで色を塗っているウイグルスタット。
 一通り色を塗り終えるウイグルスタット。
 うーむと色彩を確かめる。
 改心の出来だと思った。
 ウイグルスタットへの依頼は尽きることがなかった。
 ウイグルスタットはふたつ返事で色を塗りつづけた。
 ウイグルスタットは色を塗るのが好きだった。
 そんな仕事があったら是非つきたいと思っていたくらいだ。
 けれど、ホビットの村には、畑仕事ばかりなのだった。
 いつか旅に出よう。
 ウイグルスタットはなんとなくそう思っていた。
 それはいがいと早い時期に訪れることになる。
 朝、ウイグルスタットが起きると、世界は一面真っ白であった。
 ふとんの感触はある。が、見えない。
 色がまったく無くっなっているのだ。
 ウイグルスタットは起き上がると、壁伝いに居間に出る。
 人の気配はない。  外に出ると、誰かとぶつかった。
「誰ですか」
「あんたのお母さんだよ」
「これはどうしたんだろう」
「あたしもわからないんだよ」
 しばらく話をした後、ウイグルスタットはまた歩き出す。
 人の気配がする。
「そこに誰がいるかね」
 いつもの老婆がいるようだった。
「ウイグルスタットです」
「そうかい、あんたの色でなんとかできないかねえ」
 老婆の言葉にウイグルスタットは土を取り出して道に塗ってみる。
 色はつかなかった。
「だめだわ」
「こまったわねえ」
 老婆の言葉が聞こえなくなっていく。
 しかし、老婆はそこにいる。
−−これは言葉の色もなくなっていってるのかな。
 人とも触れ合えず、どうしたものかとウイグルスタットは考えていた。
 世界は音の色さえ失い、なにもかも感じられずにいた。。
 世界は無色に沈黙した。
 なんの存在も感じられない無の世界。
 そこにはなんの感情もない無心の世界。
 誰もいない自分もいない世界なのだった。
 ウイグルスタットは自分が歩いているのかもわからず、ただ足を動かしていた。
 ウイグルスタットに感情の揺れはなかった。
 ただ、世界はいまスタート地点にいるのだと、なんとなく思っていた。
 ここから色を塗りたい。
 この世界を自分の色で埋めてみたい。
 そんな気持ちがあった。
 しかし、絵の具ひとつないのだ。
 なにもない世界なのだから。
 意味の色も失われ、ただ心は平面を立体するのだ。
 風が揺れた。
 風の流れがウイグルスタットには感じられた。
 心の風が吹いていた。
 ウイグルスタットは風のゆくてを見た。
 魚がいた。
 その体躯は縦に平面的なアロワナのような巨大な魚が空中をゆうゆうと飛びながら泳いでいる。
 感慨があった。
 なにせ体長二メートルはあろうかという巨大魚が悠然と白い空間を水中のようにゆくのだから。
 風は魚の流れであった。
 ウイグルスタットは呆然と眺めるだけだ。
 魚は悠々とウイグルスタットの横を飛んでいく。
 手を伸ばせば手が届きそうな距離だ。
 ウイグルスタットは手を伸ばし、魚に触れてみた。
 それは色、色、色。
 極彩色豊かな天然色の虹色が心に広がり続ける。
 こんなに色があったのだ。
 こんなに世界は色であふれていたのだ。
 心は色の絵の具箱。
 星はいつも色の旅人。
 夜のキャンパスに宇宙を描き出す光。
 ねえ、この気持ちをあの子に伝えてよ。
 そしたらいつかこの気持ちを星にして宇宙に放つのだから。
 いつまでも二人の気持ちよ星と輝け。
 そう、だから色は気持ちの代弁者。
 世界は思い色であふれている。
 だから気持ちがすたれることはないのだ。
 だからまた明日の色を考えてしまう。
 そんなウイグルスタットだったから。
 ウイグルスタットは自然の意味を知った。
 それは途端に理解したのだ。
 ウイグルスタットはうなずくと、踊りだす。
 両手から色があふれだす。
 それは気持ちの源泉。
 色は二次元から三次元へと輝きを変えていく。
 白い世界はすべての意味をその色を取り戻していく。
 青い空。
 白い雲。
 夕暮れ。
 海は波打ち、川は流れ続ける。
 鳥は飛び立ち、虫と木々は芽吹きを息吹を吹き返す。
 鳥が鳴く。
 世界は音を気持ちをその思いのたけを色に取り戻していく。
 世界は万感色(ばんかんしょく)を取り戻してく。
 ウイグルスタットは空を見上げた。
 まだ空にはあの魚が飛んでいた。
 ウイグルスタットは感謝の色を知った。
 半日のうちに人々の生活も色を取り戻していった。
「ウイグルスタット、畑仕事しな」
 母が怒る。
 ウイグルスタットはなにを思ったのか、畑の作物に色をつけた。
 母親は呆然としている。
 畑の植物はすぐに成長すると、実りだした。
「これはたまげたね」
 それからウイグルスタットは畑の作物に色を付けた。
 その作物はそれから例年よりもおいしく栄養たっぷりなのだった。
 もう誰もウイグルスタットが色を塗ることをやめるように言う人はいなかった。
 村ではウイグルスタットはちょっとしたことで呼んで色を塗ってもらった。
 ウイグルスタットも喜んで力になった。
 ウイグルスタットは成人すると旅に出た。
 村の人たちは悲しんだが、ウイグルスタットは世界の色を確かめたかったのだ。
 各地方でウイグルスタットは自然を蘇らせた。
 人々はウイグルスタットに感謝した。
 その名声は冥界にまでおよび、冥界の王がウイグルスタットを招待した。
 ウイグルスタットは冥界の自然をも回復していった。
 そしていま、エルフィールたちの目の前にウイグルスタットはいた。
 ウイグルスタットは空を見ている。
 そこには悠然と泳ぐ色彩の魚が見えた。
「なにかいるのか」
 エルフィールは同じ空を見上げるが、なにもいない。
「あなたにはそんないかめしい顔など似合わないわ」
 そういうとウイグルスタットはエルフィールの顔に触れた。
 エルフィールの心は自然で満たされ、世界がよりいっそう鮮明に心に輝いた。
 ふっとエルフィールの顔に笑顔がよぎる。
「エルフィール」
 ジョルディーが驚いたが、すぐにいつもの柔和な顔になる。
 ダリルがうなずき、ミラルも笑った。
 ダミエールは男泣きして、ハイベルは神に感謝の言葉を送った。
「笑顔の色を忘れないで」
 ウイグルスタットはエルフィールにそう笑った。
「おまえは、いったいどんなやつなんだ」
 エルフィールは困惑していたが、心はずいぶん愉快なのだった。
「色が世界を変えていく。これからが色の塗りがいがあるのよ。自然こそが色の演奏。それをこれからながめるのがあたしの仕事。忘れないで。世界は色で満ち溢れている。あなたの心の灯火を世界の自然の未来の色にしてごらんなさいな。それだけでいいとあの猫とこの空とあの森が心の色の透明さを響かせるから。あわれな色などあなたの色で塗り替えてごらんなさいな。世界は色を更新し続けている。それこそがあなたの気持ちの心の奥底に眠っている幼い日の群青の空なのだからね」
 そう言うとウイグルスタットはまた歩きだす。
「あ、おい、冥界の王に……」
 エルフィールの言葉はどんな色をしていただろう。
「ああ、王様によろしくねえ。冥界の色はもうちょっと塗るからね」
「ちょっと待て!」
 エルフィールが追いかける。
 ウイグルスタットは自分に色を塗る。
 その色は無色透明。
 なにものにもとらわれない純粋の色。
 透明になっていくウイグルスタット。
 消えてしまうウイグルスタット。
 気配さえもなくなっていた。
「あたしの心の色は何色に見えたんだ」とエルフィールは立ちすくむ。
 それにはウイグルスタットは答えなかった。
「まあ、いいか」
 遠くの花が一斉に開いていく。
 それはきっとウイグルスタットが色を奏でているに違いないのだ。
 その花はいつまでも心にある思い出のように咲いていた。
 エルフィールは一行は帰途についた。







弟八話 戦巫女



 エルフィール一行は旅をする。
 緑の木々にあふれた土の道がどこまでも続く。
 空は青く澄み渡り、どこまでも蒼である。
 陽光のメロディに鳥がさえずり、動物の気配に包まれている自然の中。
 木々の中をエルフィール一行は行く。
 新しい王候補を探して。
「魔法では王候補の居場所はここだって出たんだけどねえ」
 ミラルが木々の奥、緑の中をあちらこちら眺める。
「王候補の少女どころか、誰もいないじゃないか」
 エルフィールは悪態をつきながらミラルの頭をたたく。
 ミラルは小柄で童顔、エルフィールはそれなりに大人びた顔つきだから、親が子供をあやしているようだ。
「なにすんのよエルフィールのばかあ」
 と、先頭のジョルディーが立ち止まる。
 じっと道の横を見ているジョルディー。
「どうしたジョルディー」
 エルフィールがジョルディーの横に行く。
 道の端、緑の蔦(つた)に覆われた土色の3メートルくらいの四角い石版があり、そこから少女の石像がせり出している。
 ジョルディーは無言で少女の石像に手を触れる。
 ジョルディーの顔はどことなく儚(はかな)げだ。
 その雰囲気になんとなく、なにも言えなくなるエルフィール。
 なにかしてあげたい。
 だが、なにをしていいのかわからない。
 しばらくジョルディーと立っている。
 ジョルディーは石像に触れたまま動こうとしない。
 ジョルディーの手が冷えているような気がした。
 エルフィールは石像に付いたジョルディーの手に触れる。
 光があふれた。
 光が空を包む、天を包む、大地を包む、未来を包む。
 光がなにもかも包む。
 時間は逆流して、時代を映す。
 それはいつかの日々。
 夢を忘れた時代。
 それは未来の遠く、灰色の人々。
 それは戦乱の世。
 狂った時代。
 いまは昔、はるかなる未来よ。
 時間はその意味を問い、また時間は動き出す。
 ある日。
 ある時。
 ある場所で。
 夕日も暮れかかり、薄闇の中。
 地平線がどこまでも続く大地。
 方向によっては遠くに山があったりするのだが。
 土の大地がどこまでも続く平原に人がいる。
 少女が道ばたでニ十人くらいの大人たちに囲まれている。
 少女は逃げようとしてるが、大人たちは少女を縛り付ける。
 少女は腰まである長い金髪に青い瞳。
 まるで宝石が人になったように美しかった。
 大人たちは少女を無理に立たせる。
 狂った大人たち。
 少女が大人たちに連れられていこうとしてる。
 少女の悲痛は誰にも聞こえはしない。
 それが変わらないことならば。
 誰が夢など歌うだろう。
 昨日あった勇気はどこに放浪しているのだろうか。
 少女に影が落ちる。
 それは人だった。
「なにしてるんだ」
 十代くらいの少年が立っていた。
 短い茶髪。精悍な顔立ち。
 その瞳にはなんの迷いも曇りもない。
 ただその瞳は大人たちの姿を見つめていた。
 大人たちは横を向く。
 大人たちはなにも答えない。
 沈黙。
 大人たちは言葉を魔法にでも失ったかのように動きを止める。
 そのしわの表情は恐怖に凍りついているかのようだ。
 それはもしかしたら自分たちの行いによって魔法にかかったのかも知れなかった。
「この人たちは私がいれば戦争に勝てると言うのです」
 少女がかわりに答えた。
 少女の声はどこか気高く、それでいて寂しそうな響きであった。
 大人たちにはそれにはなにも答えない。
 少女をつかむ手は束縛の鎖のようであった。
 大人たちの目はうつろで、誰も意志の力を持ち得ていないかのようだ。
 少年には大人たちは見えていなかった。
 少年は少女の前に立つ。
 まるでそこには少年と少女しかいなかったようだった。
「捕まっている女。おまえはどこに行きたいんだ」
 少年は少女に聞く。
「私は、私は戦(いくさ)のないところに行きたいのです」
「そうか」
 少年は笑った。
ガキイン!
 一撃で少年は大人たちを打ち破る。
 大人たち二十人の武器はすべて少年に粉砕されている。
 鋼鉄の雨が降る。
 粉砕された武器の破片が輝き積もりつつ、空に舞いつつ、少年を装飾した。
「なにをする!」
 大人たちは動揺する。
 やっと大人たちは言葉を取り戻した。
 それは非難の言葉なのだった。
 大人たちは少年を取り囲む。
 隙あらば少女を取り戻したい。
 それなのに、大人たちは少年の剣技に及び腰だ。
 少年は笑った。
「おまえたち、心配するな。戦いなら、おれが強くなれば終わる。こんな少女はいらないだろう。だからこいつはおれのものだ。おまえたち、もういいぞ。帰って畑でも耕すがいい。それがいい」
 少年はそう言うとブイサインする。
 なにか知らないが大人たちは圧倒されていた。
 なんだか理解出来ないが、少年は正しい気さえしてくるのだから、ずいぶん変なものだった。
 大人たちはなにかひそひそと話している。
 それは短い大人たちの解放であった。
 結論は出た。
 大人たちは悪態をつくと少女を置いて去っていく。
 なぜか大人たちの肩の荷は軽いのだった。
 薄い霧が付近をおおう中、少年と少女のふたりきりになる。
 白い霧に夕日の赤が照らされている。
 しばらく少年と少女はそこにいた。
 日がすべて暮れる。
 完全なる闇。
 少年はランプの中に石を入れる。
 それは火の妖精が好む場なのだった。
 しばらくすると火の妖精がランプの中で踊りだす。
 少年はランプをかざす。
 少女と少年を淡い光がゆらゆらと照らす。
 少女は幻想的で、まるでこの世の美をすべて結晶したような気さえ、少年には思えた。
 少年は少女の瞳を見る。
 その瞳の奥にはなにかが揺らめいていた。
 それは少年がかつて見たことのない光なのだった。
「おまえの家まで一人で帰れるか」
「一人では帰れません。そうすれば立ちどころに巫女にされてしまうでしょう」
「巫女?」
「戦巫女(いくさみこ)と私は呼ばれているのです」
「戦巫女」
「私がいれば戦いに勝つと思い込んでいる人たちがいるのです」
 少年の本質がひるがえった。
 なにかが少年の心を支配した。
 少年は無性にこの少女を手に入れたくなった。
 どうしてか解らない。
 あるいはそれは、淡い恋のようなものだったのかも知れない。
 それは少年の夢だったのかも知れない。
 そうだ。
 これがおれが探していたものだ。
 これが世に言う運命に違いない。
 少年はすっかり世界のすべてを理解したつもりでいた。
 この女を手に入れればおれの力は倍にもなろう。
 この少女こそ、おれが探していた失った歌に違いない。
 そうだ、この少女を連れて行こう。
 たとえ火の中水の中、この少女がいれば負けることすらないように思えた。
 それは思い込みに過ぎないものだったが、少年は本質を獲得したことに気づいていなかった。
 少年は確信した。
 そして少年は躊躇(ちゅうちょ)したりしなかった。
 少年は笑って少女に言う。
「この腐った世界を滅ぼすまで破壊し尽くす」
 少年は勝ち誇ったかのようだ。
 少年の瞳は幼い野望に彩られているようにも見えた。
 それはまだ未熟でことの本質など考えもしない、まっすぐで、期待にあふれた思いなのだった。
「あなたはなんと言う人なのですか」
 少女は少年に聞く。
「おれはジョルディー。世界を変えるんだ。腐った連中はすべて排除すればいいんだよ。うん。そうだよな。やっぱりな。おれは子供じゃないぞ。もう十五歳だぞ。おまえは黙っておれに着いてくればいいんだよ。ばかな連中はこれからおれが成敗するからさ。だから泣くな。苦しむな。狂った大人は全部おれがやっつけてやるからな」
 少女はうなずく。
「おまえ名前は」
「アーティニー」
「そうか。おまえはこれからおれの子供生め。おれのものになれ。それでいいんだ。なにも考えるな。おれにだけ気をつかえ。いいな。黙ってればいい。いいな。おまえはおれのものだ。だからおれが守るんだよ。いいな。返事はするな。黙ってろ。それがおまえの幸福だ」
「はい」
 少女、アーティニーはうなずいた。
 夜もふけり、寒さが二人の身を包む。
「野宿しかないな」
 大人たちとは別の方向へと歩き出すジョルディーとアーティニー。
 ジョルディーはしばらく歩いたところにあった大岩の下に隠れ、焚き火を始めた。
「水を飲め」
 ジョルディーは鹿の皮袋の水筒をアーティニーに差し出す。
 アーティニーは黙って飲んでいる。
「おれは旅をしているんだ。腕試しだ。争いの中に突入しては、武器を叩き折って歩いているんだ。おまえはなにをしているんだ」
 アーティニーは空を見てからジョルディーを見る。
 うれいのない、澄んだ瞳がそこに輝いている。
 宇宙には星がある。それはきっと尊いものに違いないのだから。
 その瞳はまさに宇宙で見つけた心の一番星なのだった。
 渇望。
 ジョルディーはその本質にその存在を夢見て、いま目の前にいたのだった。
 アーティニーは自分の旅の目的を話した。
「私は戦いから逃げています。争いの無い地で眠りたいのです」
 もったいぶってジョルディーは言う。
「それはできない。おまえは、アーティニーはおれの後に着いてくるんだ。だからどこへも行けないな」
 冗談のように、だが、それは真剣な言葉なのだった。
「そうですか」
 アーティニーはおだやかにそう言う。
 少女は囚われていた。
 それは少年の思いに囚われていた。
 そして少女はそれには黙っていたのだった。
 ジョルディーは野球ボールほどもあるだんご虫のような生物を取り出すと火にくべる。
「おまえも食べろ」
 アーティニーはなんとなくとまどっている。
「なんだ、虫はだめか」
 ジョルディーは虫に食らいつく。
「いえ、私は食べないでも生きられるのです」
「? そんなことあるか。なんか食え。他にもまだあるぞ」
「いえ、特殊な種族には特に北欧の種族にはエーテルネーテという魔法元素だけで生きることができる、一種の魔法生成で生きる種族もいるのです」
「そうか? それは知らないことだ。まあいいさ。水もあるからな。おれに遠慮はするなよ。おれに頼れ、依存しろ。おれと歩いていればいいんだ。それがおまえの人生だ」
「はい」
 アーティニーは笑っている。
 ジョルディーも笑った。
 二人は話す。なごやかな時が過ぎる。
 さらにゆっくりと時間が過ぎていく。
 その雰囲気はまるで、二人が長いこと旅をともにした仲間のようだったのだ。
 霧はさらに濃くなり、手の先も見えないくらいだ。
 もう夜も深けていた。
 アーティニーは眠そうに目をこする。
 ジョルディーがマントをアーティニーにかけてやる。
「くっしゅん」
 アーティニーはマントの土ぼこりにくしゃみする。
 マントは夢のにおいがした。  うつらうつらとしていくジョルディー。
 ジョルディーは一日中歩き通しであったのだ。
 アーティニーは早く寝るのが日課だった。
 二人は布にくるまり、眠りにつく。
 どこかでふくろうが鳴いている。
 夢がそのいななきに響いた。
 誰かがどこかで泣いている。
 ジョルディーはそんな夢を見ていた。
 ふいに風が舞った。
 殺気が夜風と踊る。
 周囲は霧に包まれ、一寸先は闇の状態である。
 と。
 闇と霧から剣が生まれ、ジョルディーをつらぬく。
 ジョルディーはどうしたか。
 布は質量を失い、地に落ちる。
 ジョルディーは空に飛んでいた。
ガキン!
 ジョルディーの剣撃が敵剣を叩き落す。
 周囲には複数の敵がいる。
 ジョルディーにはそれがわかった。
 敵が見えるのではなく、そう感じているといったものか。
 霧のためにそれが先ほどの者たちかまでは、わからなかったが。
 ジョルディーは耳を澄ませる。
 霧が言葉を発する。
「なんだ、かわされたぞ」
「そんなばかな」
 大人たちは動揺している。
 ジョルディーもとっさに反撃出来たので、ずいぶん驚いていた。
 ジョルディーは悟られぬように岩の寝床に戻って来る。
「アーティニー、起きているか」
「はい」
「隠れてろ」
 ジョルディーはまた外に出る。
 依然、敵は見えない。
 足音とともに気配が霧と舞う。
 敵剣が煌(きら)めく。
 その光は死の月が天を揺らぐかのようだ。
 幾状の剣のきらめき。
 その中でジョルディーの瞳が敵の狂剣を射る。
ギイン!
 一閃。
 ジョルディーの一撃に敵剣が粉々に砕けた。
 きらきらと砕けた殺意が雪のように輝く。
 ジョルディーの緑色の透明な剣には刃こぼれひとつない。
 ジョルディーはついでにパンチで相手を気絶させる。
 ジョルディーはさらに躍り出る。
 だが、相手は霧に隠れていて、どこにいるか正確な位置まではつかめない。
 地理を向こうは知り尽くしているようだが、こちらは相手の人数さえもつかめないのだ。
 条件は同じはずだが、向こうはこちらの位置を正確に当てて来る。
 どうしたものか。
 ジョルディーはあせりを感じていた。
 なんとかこの霧の中で優位にたたなくては。
 あせって石ころにバランスを崩すジョルディー。
 いままでジョルディーのいたところを敵剣が過ぎる。
 うまいことにそれが敵の剣撃をかわすことにつながる。
 ジョルディーはその敵の剣を叩き折る。
 ついでに相手にケリも入れておく。
 ジョルディーのケリに敵は悶絶して倒れた。
 敵を探し、耳を澄ませる。
こつっ
 なにかがジョルディーの軽鎧(ライトメイル)に当たる。
 なんだ、いまのは。
 不思議に思うジョルディー。
 それが敵によるものだとしたら。
 嫌な感じがジョルディーをとらえる。
 すぐに横に移動するジョルディー。
 いままでジョルディーがいた場所に敵剣が過ぎる。
 それから何度もこつりと音がすると敵が攻撃してきた。
 そうか。
 石つぶてかなにかを投げてこちらの位置を調べているのか。
 そうとわかればこちらのもの。
こつっ
 その音を合図にジョルディーは楽々と敵の剣戟をかわす。
 敵の剣を砕き、ジョルディーの下段蹴りが背後の敵の足をはじく。
 倒れた相手に肘鉄をくらわすジョルディー。
 うめいて気絶する。
 それから何人も倒す。
 石つぶては逆手にとられた。
 策におぼれた者はどうしたものかと考える。
 それは行動になって現れた。
 風が舞った。
 だが、ジョルディーはそれが敵が飛び上がったのだと直感した。
 転がって敵の剣撃を避けるジョルディー。
 敵の剣が土をとらえたところを叩き折る。
 ついでにケリ。
 手ごたえあり。
 相手を気絶させた。
「絶好調」
 危機の連続。
 ジョルディーにとって、それはなんでもないことなのだった。
 そんなこんなで、あっというまに、すべての大人たちを動けなくしていた。
 ジョルディーはまだうめいている大人に近づく。
「なんで来た。なにが目的だ」
 ジョルディーの言葉にその男は、もがきながらうめく。
「その娘がいれば戦いに連戦連勝なのだ。誰もがその娘を手に入れたがっている。とに、この戦乱の世ならばなおさらのことだろう。おまえだって戦いに勝ちたいだろう。なあ、そうだろう」
 男の言葉にジョルディーはため息ひとつついてからある言葉を言う。
「おれが戦いに勝つのは自分の力。誰の力でもない。あんたも、自分の力で生きていけ」
 ジョルディーはアーティニーの元へと戻っていく。
「行こう。ここにはもうなにもない」
 ジョルディーはそう言うと、アーティニーを連れ立って、また歩き始めた。
 ふたりの姿は霧に消えていく。
 霧はまだまだ深く濃くなっていった。


 道は続いていた。
 ジョルディーとアーティニーはとある洞窟で宿とした。
 どれくらい眠っていたのだろう。
「ジョルディー、ジョルディー」
 アーティニーに起こされるジョルディー。
「なんだどうしたなにかあったのか。トイレくらい一人で行けるだろ。雨でも降ってきたか」
「帰り道がないのです」
 アーティニーが洞窟の先を指さす。
 そこにはあるはずの出口がなかった。
「落ち着け、こういう時はまず落ち着くのがいいんだ」
 ジョルディーは出口のあった場所まで歩いていく。
 出口には岩壁が湾曲となっている。
 だが、さきほどまでは壁もなにもなかった。
 ジョルディーが触れてみてもそれは岩のそれであって、岩を置いたのではなく、岩は周囲の岩とつながっているのだ。
 ジョルディーは抜刀する。
 深呼吸ひとつ。
 岩を見据えると、一気に動いた。
カキイン!
 剣が岩をとらえる。
 だが、剣戟しても岩はびくともしない。
「どうしたものか」
 うろうろその場を歩いているジョルディー。
 ジョルディーは考えている。
 うーんと考えているジョルディー。
 ぽんと手を打つ。
「よし、奥の方に行こう」
 と、アーティニーがどこにもいない。
 ふと、ジョルディーは不安になる。
 どうしていいか周囲を見る。
 なんとも言えない気持ちが心をおおう。
 それがさびしさだとは、ジョルディーは知らない気持ちなのだった。
 ジョルディーはダッシュして洞窟の奥に向かった。
 アーティニーになにかあったのかも知れない。
 漠然とした不安だけがジョルディーの心に広がっていく。
 なにが起きたというのか。
「アーティニー!」
 洞窟の奥に、明かりに照らされた場所が見えて来る。
 たき火に照らされた場所にアーティニーがいる。
 どくん。
 洞窟は胎動を始めていた。
 アーティニーは洞窟に捕まっていた。
 ジョルディーはアーティニーをつかもうとする。
 ジョルディーの足下がすべる。
 すべるすべるすべる。
 床(ゆか)がずいぶんすべるのだ。
 そのいきおいのままジョルディーはアーティニーが捕まっている洞窟の液体の中に落ちる。
 液体から顔を出すジョルディー。
 横にアーティニーがいた。
「だいじょうぶかっ」
「ええ、いい気分です」
 アーティニーはうっすらと汗をかいている。
 頬は赤くほてっている。
 というか、アーティニーは裸だ。
「なっなに、を」
「ここは温泉ですよ。いい湯ですねえ」
 そう言われればちょうどいい湯加減だ。
「そういうことじゃ」
「なんですか?」
 アーティニーが笑う。
 その言葉、その笑顔、その純朴さにジョルディーはなにも言えない。
「まあ、いいさ。無事ならばな」
 ジョルディーは湯から上がる。
「一緒に入りましょうよ」
 アーティニーの言葉にちょっとアーティニーを見る。
 その肌は白い煙であまり見えないが、なにかきらめいて見えた。
 どきどきどき。
「それじゃちょっとだけだぞ」
 ジョルディーは服を脱ぐと、一緒に湯につかる。
 ほっとひと安心。
 不安はどこへやら。
 アーティニーといるとどんな苦難もなんでもないことのようだった。
 そんな時、アーティニーをとてつもなく頼りになると思ってみたりした。
 アーティニーを見ると別の意味で気分が変わる。
 どきどきどきどきり。
 アーティニーは淡い湯気に照らされて美しかった。
 いや、それは湯気だけではなかった。
 女神かと思った。
 ずっと一緒にいたいと思った。
 心地良かった。
 心地いいこと。それはきっと真実に違いない。
 ジョルディーはそんなことを考えていた。
 それはいい湯だった。
 アーティニーと過ごすひととき。
 それだけで、なにものにも代え難い時間なのだった。
 ずっとこの時間が続けばいいと思っていた。
「ジョルディーはなぜ戦うのですか」
「なんだ説教か」
「いえ、同行する者がどういう気持ちでいるか知りたいだけです」
 ジョルディーはしばらく湯に口元までつかる。
「おれは戦っている連中が許せない。そして、それを止められない自分が一番許せないんだ。ただ、それだけだ」
 アーティニーは歌うように言う。
「自分を許してください。自分を信じてください。自分を愛してください。自由をその心 に求めてください」
 ジョルディーはきょとんとしてる。
 ちょっとその言葉はこそばゆく、心に響いて、しっかりうれしくなってしまった。
「そうだな。そうしょうか。おまえと静かに暮らすのも悪くないかも知れない」
 誰かの声がした。
 そう。
 それはかつてジョルディーが負った心に響く雷鳴。
 そうだ。
 忘れてはならない。
 自分がなにを目的にいまここにいるのかを。
 なにをなすべきかを。
 いけない。
 自分がかつてのままに存在する意味を。
 懇願。
 それはジョルディーの心の名前。
「だめだ」
「だめですか」
「おれは戦いに生き、戦いに死すまでこの剣を振るうだろう。それがおれの存在理由」
「そう、ですか」
 長い、長い時間が過ぎていく。
 それはほんのひとときの時間なのかも知れない。
 ふと、ジョルディーはアーティニーがぶつぶつ独り言(ごと)を言っているのを聞く。
「なにを言っている」
「神にジョルディーが戦いに生き残れるように願っていました」
「ばかだなあ。そんなことなんの役に立つ。そんな時間があったら自分のために使え」
「そんなこと、神様が聞いたら気を悪くします」
「神様はおまえが元気であることを思っているのさ。そうだろう」
「はい」
 アーティニーの頬はほのかにほてって、ジョルディーはその美しさにうっとりとしてしまう。
 こんな時がずっと続けばいいのに。
 そんなことを思うジョルディーなのだった。
「もうあがりましょうか。湯当たりするといけませんし」
「そうだな」
 アーティニーは立ち上がる。
 ジョルディーも立ち上がる。
「拭きましょう」
 アーティニーが湯気をまとって近づいて来る。
「いや、あの、いいって」
 すべってどぼんと湯に落ちるジョルディー。
 アーティニーはくすくすと笑っている。
 叶わないなとジョルディーは思った。
「この奥にはなにがあるのかな」
 二人は服と鎧を着けてまた歩き出す。
「きっと楽しいことですよ」
 アーティニーは笑っている。
「そうか」
 ジョルディーも笑った。
 二人は談笑しながら洞窟の奥へと歩いていく。
 二人でいればなんのことはないと思った。
 なにも変わりない日々。
 それが続くとジョルディーは確信していた。
 洞窟はどこまでも一本道で、特に変わりなく歩いていた。
 ジョルディーは抜刀している。
 ジョルディーの緑色の透明剣はほのかに光、洞窟の周囲の壁は淡い緑色にまたたいている。
 それは幻想的な空間で、アーティニーには新鮮な世界なのだった。
 アーティニーがジョルディーにぶつかる。
 ジョルディーが手で静止する。
「誰かいる」
 小声だが、アーティニーはどきどきしてその鼓動が心を支配する。
 苦しい。
 ジョルディーがアーティニーの前に出る。
 深呼吸。
 ジョルディーがいる。それだけでアーティニーは一息ついて、安心できたのだ。
 とことことこと歩いて来たのは長い曲がった鼻の持ち主。
 大きな丸目。
 大きな口で笑う。
 ひざまでしかない身長の小人だった。
 小人は狡猾そうな顔なのだが、どこかくせのあるいい感じだ。
「なんだバルディか」
 ジョルディーは剣をしまう。
「お知りあいですか」
 アーティニーは目をぱちくりしている。
「こいつはな、ゴブリンで、商人だ」
 ジョルディーはため息ひとつでそう言う。
「なんだよ親分、ひさしぶりなのに不景気な顔して」
 バルディはいきおいよく笑った。
「おめーの顔見たからだよ。なんだよこんなとこで会うとは。
 こいつは闇の眷属であるゴブリンていう種族でさ、魔王に侍従するのが生涯の種族なのさ。なのに、お金に目がくらんで闇の眷属から逸脱して、いまや魔王のためでなく、自分の金儲けのために生きていやがるとんでもない不良さ」
 ジョルディーはくさって言う。
 アーティニーがバルディに手を出す。
「まあ、お偉いのですねえ」
 見つめ合う二人。
 笑顔で手をのばすバルディ。
 握手する二人。
「へっへっへっ、そんな、ほめないでくだせえよ、美人のお人」
「あら、素直なかたですね」
 アーティニーはにこにこしてる。
「それでこの先はどうなってんだバルディ」
「へっへっへっ、親分。あっしは商人ですぜ。それは情報を売れということですかね、えっへっへっ」
 バルディは軽快に笑う。
 実に楽しそうだ。
「てめえには借りがあったなバルディ」
「おっと旦那、それはそれ、これはこれですぜ」
 ジョルディーは抜刀する。
 剣先をバルディに近づける。
「なら吐け」
「グリズリーフィッシャー。その刀はなつかしいです。アラルディンク様はお元気ですか」
 ジョルディーの顔が引き締まる。
 ジョルディーは剣を離す。
 ジョルディーがバルディにかぶりを振る。
「まあ、いい。見逃してやるからどっか行け。いまは持ち合わせはない」
「そうですか。いまだったら十割で貸してもいいでがすが」
「消えろ。それともパンチならもれなく無料でついてるが」
「旦那、これからも安泰でお元気でがんばってくだせいよ。ではね」
 去ろうとするバルディの前にアーティニーがいた。
 ひょいとアーティニーはバルディを持ち上げる。
 小人であるバルディを軽々と、まるでぬいぐるみでも抱えるように抱きしめる。
「ちょっとあねさん、なにするんで。これはどんな意味があるんですかい」
 アーティニーに抱き上げられ、足をばたばたしてるバルディ。
「かわいい〜」
 アーティニーの瞳がきらきらとしてる。
「ねえねえ、ジョルディー」
「なんだよ」
「これ買って」
 ちょっとジョルディーがいやな顔している。
「旦那、助けてくださいよ。後生ですだ」
 バルディの目がうるうるしている。
「あーなんだ」
 ジョルディーがちょっと笑った。
「助けてやらんこともない」
 バルディがいやな顔をする。
トントコトン。
 観念。
 バルディはため息ひとつつく。
「わかりやしたよ。情報ですね。特別ですよ。他の人にはこうはいかないんでげすよ」
「アーティニー」
「はい」
「今度また買ってやるからな」
「はーい」
 バルディはやっと地に降りられる。
 バルディは自由の意味を足に感じていた。
「それで」
「ここはかなり昔戦場になったそうでやす。その時、この地に大規模な魔法が使われました。それがなにかこの地域の空間と時間さえねじまげたというんですよ。まあ、それからはここはずいぶん変なところになりやして。変な怪物や種族が出没しまして。見たことも無い宝もあるというんで、時と空間の迷宮という奴もいるくらいですよ。そういうわけなんですよ旦那。これは大変貴重な情報でやしょう」
「ふーん」
 ジョルディーは聞き流してる。
「素敵ですねえ」
 アーティニーはきょろきょろしてる。
「どこに宝があるんですか」
 アーティニーはバルディに聞く。
「いやあ、それはあっしが知りたいくらいでやすよ」
「おいアーティニー。出口を探すのが一番大事なことだと言ってるだろ。おい」
 アーティニーの目を見たジョルディーはその純粋なまっすぐなまなざしにすぐに目をそらす。
きゅん。
 ジョルディーの胸が鳴り、心が躍る。
 それはアーティニーの思いそのものである。
うきうきうきうき。
 なにか知らないがとても楽しい気分になる。
 まいった。
 まいった。まいった。
 観念。
「ま、まあ、いいかな。宝ね。探そうか」
 ジョルディーは賛同する。
 そのどこまでも純粋で愛(いと)おしい視線に、ジョルディーの本質を射抜かれていた。
 目的は宝を探すこと。
「あーはいはい。了解了解」
 それがジョルディーのいまの夢となり、目標となった。
「それと偶然出口も見つかるかな。見つかるといいなあ、とほほ」
 ジョルディーはあさってのほうを見ながら言った。
「さあ行きましょう」
 アーティニーはさっさと歩き出す。
 なんでかな。
 ふとジョルディーは思う。
 なんでアーティニーといると心が穏やかになるんだろう。
 まるで。
 まるで幼い日、家に母さんといるような、そんな安心感なんだ。
 こんな気持ちは始めてだ。
 ジョルディーは歩き出す。
 アーティニーを見失わないように。
「すごいすごい」
 アーティニーは迷宮の通路の装飾を感心している。
 アーティニーのうきうきとした感嘆の声のこだまが響く。
 それが歩くたび続くのだから、これはもう女房のショッピングにでも同行したのかなにかのようだ。
 うきうきとしたアーティニーはそれから変わることなく、目を輝かせている。
 きっと冒険者にでもなったら、楽しくて仕方ないだろう。
 なんとなく、ジョルディーはそんなことを思う。
「あなたはだあれ」
 ふと、ジョルディーがアーティニーのほうを見ると、身の丈3メートルはありそうな牙と角だらけでこんぼうを持った巨人に話しかけている。
 その巨人の肩と腕と足の間接はサッカーボールのように大きく丸いのだ。
 巨人の背は高く、アーティニーはまるで、天井と話しているようだ。
 ジョルディーは抜刀するとアーティニーの前に躍り出る。
「てやあっ!」
ガイン!
 渾身の一撃。
 ジョルディーの剣の一撃に巨人はびくともしない。
 さらに蹴り。
 だがその反動にびりびりするジョルディー。
 まるで岩に打ち込んだかのようだ。
 重厚な体躯はまったく微動だにしない。
 重いことは力のひとつ。
 そんな言葉がジョルディーには思い返される。
「どうした」
 巨人は聞く。
 巨人はきょろきょろしているかと思うと、ぼけーとしてる。
 まるでジョルディーなど視界にないのだった。
 巨人は普段と変わらぬ生活を始める。
 世界が違う。
 その世界に一人入る者がいた。
「宝を探してるのです」
 アーティニーはそう笑う。
 実に楽しそうな笑顔に、巨人は一瞥する。
「そうか」
 巨人はジョルディーに背を向けると歩き出す。
 どうやら戦いにはならなかった。
 ジョルディーはがっくりと力が抜ける。
「待ってください」
 アーティニーは巨人の後を追う。
「おいっ! 知らない人に着いて行ってはいけないって習わなかったか」
 そう言いつつジョルディーもアーティニーの後を追う。
 バルディはその様子を笑って見ていた。
 それは実に下卑たる笑みなのだった。
「これは金のニオイね」
 暖かい浜辺でゆったりと過ごす一日。
 浜辺で横に長い白のイスに横たわる小人がいっぴき。
 執事が飲み物を持って来る。
 ただ波を眺めて暮らす日々。
 気づくと眠りについていた。
 空は満点の星に包まれどこかで人魚の歌声がする。
 空を光輝く妖精が飛んでいる。
 ゆっくりと手を伸ばす。
 光の蝶が飛んでいる。
 それは妖精だった。
 光そのものである光の妖精がバルディの手に止まる。
 言葉をいくつかバルディと交わすと、妖精はまた飛んでいく。
 妖精の光は音楽そのもの。
 心地よい音楽に癒される。
 希望の音楽は海のさざ波に消えていく。
 バルディの一日はそうして過ぎていく。
 それが望んだ一日。
 それが我が一日。
 自然な一日。
 のはずだが。
 なにかものたりない。
 なんだっただろうか。
 なにか大事なものだったような気がするが。
 どうしたものか。
 思い出せない。
 そうだ。
 それはきっとそうなのだ。
 そうなんだ。
 だからあっしはここにこうしているのだ。
 うん、納得。
 金こそ我が太陽。
 稼ぐのにまた終わりなし。
 はっと気づくと、バルディは迷宮に立っていた。
 岩の壁がえんえんと続いている。
 それがいま自分がいるいまの状況。
 そうそうとバルディは手を打つ。
 まだお宝を手に入れたわけではなかったではないか。
 しっかりするよろしく。
「我が人生、金に目がくらんで一片の悔い無し」
 辺りを見ると、通路の先にジョルディーたちが歩いている。
 よしよし、まだ金ヅルは逃げてないな。
すたこらさっさ。
 小人のバルディはとっとこジョルディーの後に続いた。
 洞窟の一角に掘ったような部屋があった。
 かなり広い部屋だ。
 だが、巨人にしては貧乏長屋の一部屋といったところか。
 アーティニーは部屋の四分の一は占めているふとんに飛び込む。
 ぼよよんとアーティニーはふとんのふわふわ感に包まれる。
「こんなところに住んでるなんて素敵ああすてき」
 アーティニーは幸せそうだ。
「おれは一秒だって退屈してしまって冬眠してしまうよ」
 ジョルディーはそう言ってアーティニーの横に腰掛ける。
 と、ふとんが動いた。
 その浮動。
 それは黒い毛並みのなにかの生物であった。
 ジョルディーはいきおいあまってころころころとゆかにキスする。
 アーティニーはバランスを取りながらなんとかその生物の背に止まり、なんて楽しいのかしらと思った。
 ジョルディーはあてててと立ち上がり、黒い生物をじっと見た。
 それは黒いまりもとでも言うようなものだった。
 黒い生物はアーティニーを背に乗せたまま、ふよふよそこらを移動してる。
 別段、なにか特殊な力などありそうもないのだった。
「どうもないかアーティニー」
「どうもこうも、こんなに居心地のいい部屋は初めてです」
「このほこりっぽい部屋のどこがいいもんか。なんならこの巨人と同居でもするか」
 多少の皮肉も込みでジョルディーは服の土をはらった。
 バルディはちょっと見、お宝のにおいがないことだけが不満なのだった。
「それで出口はどこなんだ」
 ジョルディーはランプを灯してる巨人に聞く。
 巨人はゆっくりとジョルディーに向く。
「宝を探してるのではないのか」
「もちろんだ」
「違う」
「探しましょう」
 ジョルディーたちの意見は見事に不一致した。
「あのなあ、アーティニー。おれたちは宝探しをしに来たんじゃないんだ。食料もないんだ。いまは出口を探すのが一番大事なことだと思うんだがな」
「そうですか。そうですよね。しゅん……」
 アーティニーは肩をがっくりしなだれて、目線はゆかをとらえ、落ち込んでいる様子。
 巨人はどっかと黒い生物に座る。
 その反動でアーティニーは波打つ黒い生物の上でぴょんと一瞬空中に飛び上がった。
 巨人がぽよんぽよんとしてるアーティニーの顔を眺める。
 巨人はじっとアーティニーを見る。
 そして口を開いた。
「出口までなら道を知っている」
「そうか」
 ジョルディーはうきうきとして落ち着きなく部屋をうろうろしている。
「その途中に入れない部屋がある。もしも宝があるというのなら、そこに違いないと思っていた」
 巨人の言葉にバルディとアーティニーは目を輝かせる。
 巨人が言うには、出口まではちょっとした行程だと言うのだ。
「じゃあ、帰り道の途中にその部屋に寄ってもいいね」
 アーティニーがジョルディーを見る。
 ジョルディーはそっぽを向きながら。
「好きにしろ」と言った。
「用意が良ければいつでも歩いていけるぞ」
 ジョルディーとバルディはもう部屋の外に出る。
 アーティニーだけが部屋にいた。
 黒い生物をなでているアーティニー。
 名残惜しそうに部屋を出るアーティニー。
 黒い生物は着いて来る。
「珍しい」
 巨人はうなる。
「黒いのはめったに外になど出ないやつだよ。あんたがあんまりにも楽しそうだから、黒いのは外が楽しいところだと思ったのかも知れない。それにしても珍しい。あんた、変わった人だねえ」
 巨人はひとしきりアーティニーに感嘆している。
 当の本人であるアーティニーは黒い生物とたわむれて楽しそうだ。
「あなたの名前はたまちゃんだよ」
 アーティニーの言葉に黒い生物はに〜と鳴いた。
 それにまた感激してアーティニーはさらにうれしくなってしまうのだった。
 それから、アーティニーは黒い生物に乗っかって移動しているのだ。
 巨人と小人とジョルディーとアーティニーと黒い生物の一団が歩いて行く。
 ジョルディーはちょっとした疑問を口にする。
「それで、出口までどれくらいあるのかな」
「後、少し」
 巨人はのそのそ歩きながらぼそっと言う。
「距離とか、時間はどれくらいかかる」
「そのうち」
 なんとも要領を得ない話しだ。
 ぼよんぼよんと、くろたまにひっついて飛び飛び迷宮を行くアーティニー。
 きょろきょろきょろ、宝はないか見て、とことことこ歩いてなにか金目の物を探しつづけるバルディ。
 なんとも勝手にみんな動いている。
 こんな連中と一緒でだいじょうぶかなあと、ジョルディーは思う。
−−心配、だ。
 自分がいなければ、この者たちはずっと迷宮を彷徨っているに違いない。
 よし、ここは自分ががんばらねばならないだろう。
 洞窟には巨人のたいまつだけがとうとうとまたたいている。
 それはジョルディーの決意であった。
 くろたまが立ち止まったジョルディーにぶつかる。
 ジョルディーとアーティニーが抱き合う感じになる。
 と、迷宮の壁が光出す。
 まるで四方の壁そのものが照明になったような淡い黄色の光がジョルディーたちを灯す。
「うわーきれいー」
 アーティニーはくろたまと喜びのダンスをしている。
「なんだこれは。こんなの聞いたこともない」とジョルディー。
 ジョルディーはきょろきょろ辺りを見回す。
「これは金になるかな」
 小人のバルディは壁を叩いてみるが、取れた壁の石片はすぐに光を失ってしまうのだった。
「だめか」
 残念そうにバルディはまた歩き出す。
 ジョルディーの前をアーティニーがくろたまとぽよんぽよんとホップステップジャンプしていく。
「おうおう、アーティニー。ちょっとはしゃぎすぎじゃないですかい」
 ジョルディーの言葉にアーティニーはジョルディーを向く。
「ばか言っとおいいでないで、あんた、人の好き好き知らんとか、あんた人の恋路を邪魔したら馬に追いかけられて異次元で王様になるでよ」
「なに」
 ジョルディーはまじまじとアーティニーを見る。
 確かにアーティニーの声なのだが、なにか言ってることが変じゃないか。
 ていうか違う人?
「どうしたんだっぺ、アーティニーどんよ」
「そだなこったなこと言うでねえ。運気が逃げるでねえか」
 やはり会話の要領を得ない。
 これはどうしたことか。
 ジョルディーは良くわからない。
「なんだこれはだっぺ」
「旦那、旦那」
 バルディがジョルディーに話し掛ける。
「なんだっぺ」
「この壁の光。ここは相手の言葉が偏光して届く場所のようでやすよ」
「そうかっぺ」
 くろたまがアーティニーごとジョルディーにぶつかってくる。
「なにすんだっぺ、アーティニー!」
 それを聞いたアーティニーは笑顔になる。
 なにか喜んでいるようだ。
「な、なんだっぺ」
 またくろたまがぶつかってくる。
「なんだっぺ」
「旦那、どうやら姉さんにはいいことに聞こえたらしいねえ。これは難儀かな」
「どうすっぺ。なんだっぺ。バルディ、あんたはなんでそのままなのかなあほんと」
「あっしら巨人や小人などの妖精族はその特性からこういった法則にはあたらないのでごぜえやす」
「そかい」
 ジョルディーはちょっと考えている。
「ならバルディ、おまえちょと力貸さんばい。アーティニーにおとなしくしてろゆうてな。頼むよなあおまみゃあさんよおなあよお」
「旦那」
 バルディは手を出す。
「なんだべさこの手はよ」
「旦那、あっしも長いこといろんなことをやってきましたが、通訳ゆうんですかい。これは初めてですだよ。だから、それ相応のギャランティーもらわんとですねえ、これは立派に仕事として認められるべきやないでっしゃろか」
 ジョルディーはバルディからそっぽを向く。
「も、あんたさに頼まん。巨人どんに頼むさあねえよいよい」
 ジョルディーは先頭を歩く巨人に近づく。
「きょどんさあ、アーティニーに言ってやってくれろ。あいつあ、こまったおなごでねえ。よう、言わんわこないなこともねえおいおい」
 巨人はジョルディーに一瞥くれる。
「わかった」
 うなずく巨人。
「アーティニー、もっと静(すず)かに歩くのだっぺ、モンスターに遭遇したらどすんだこのやっこはようと、言うてなあようよう」
 巨人はアーティニーに向き直る。
 アーティニーはきょとんと巨人を見る。
「だ、そうだ」と、巨人は言った。
「それじゃ通じねっだっぺっがこのとおへんぼくぼっさのおのお!」
ばたん
 左右の四角い壁がぱたと倒れた。
 奥のほうは暗く中は見えない。
「これはいってえ……」
 ぼよん。
 ジョルディーはくろたまとアーティニーにタックルくらう。
 もんどりうって、落ちるくろたまとアーティニー。
 ジョルディーは落ちる瞬間、くろたまとバルディをつかむ。
 バルディも影に落ちて行こうとしてる。
 とっさにバルディの手を巨人がつかむ。
 なんとか闇の中に落ちずにすむ一行。
 巨人は全員を引っ張り上げようとする。
 と、巨人は足がすべる。
 ごろごろごろ。
 みな仲良く転がっていく。
 どんごろどんごろどんごろと。
 みな、斜面を転がっていく。
 どこまで転がるのか。
 どどど。
 みな、くろたまにぶつかると、転がるのが止まる。
 くろたまがクッションになって、地面への着地はなんとかなった。
「みんなだいじょうぶかあ」
 ジョルディーの点呼。
「はい」
 アーティニーが返事する。
「金が金が落ちたああああ」
 うろうろするバルディ。
「うーん、こんなところがあるとはなあ」と巨人。
「どうやら助かった」
 さらに言えば意思疎通の魔法からも離れたようだ。
 ジョルディーは辺りを探る。
 真っ暗なのでどんなものか、辺りの様子がわからない。
「どうしょどうしょ、どうしょう」
 いがいとアーティニーがパニくっている。
 ジョルディーはついアーティニーの胸をさわってしまう。
 それはなつかしく、それでいてとても強い刺激だった。
「どうしょどうしょ、どうしょう」
 ジョルディーとアーティニーはバニックしている。
バシュッ
 火が点く。
 バルディが粉に火を付けたのだ、
「あーびっくりした」
 アーティニーはけろっとしてる。
「あ、あのアーティニー」
「なに、ジョルディー」
 アーティニーはにっこり笑う。
 なにも考えてないな、こいつ。
 結論はいつもそして単純なことなのだ。
 アーティニーは心配してみんなに聞く。
「だいじょうぶ、みんな」
「おまえがだいじょうぶなら、みんなだいじょうぶだ」
 ジョルディーはそう言うと立ち上がろうとするが、アーティニーの足もひっかけてしまう。
 ジョルディーはアーティニーにたおれかかり、そして気づくと、両手に胸があった。
「えっち!」
 アーティニーに一本背負いされる。
ずてん
 ジョルディーはゆかに叩き込まれ、一瞬呼吸が止まる。
「げほっけほっ。こ、い、つはあ〜!」
 ジョルディーとアーティニーがどたばた走り回っている。
「つかまえたぞ」
 二人は転がりながら木製の扉にぶつかっていく。
ドカッ
 ジョルディーとアーティニーが扉を吹っ飛ばしてなだれ込んだところには光輝く玉があった。
 バルディがうきうきと走り込んでくる。
「いてて」
 ジョルディーを足蹴にしてバルディは宝を取る。
 透明な玉がバルディの手に。
 それは黄金の光を発するなにか、不思議な感じのものなのだった。
「これはいい商売になるね」
「なんだ売るのか」
 ジョルディーが立ち上がって来る。
「違うねえ旦那。売ったらそれまで。不思議な幸福の光として、ふれるだけで健康になるとする。これ商売ね」
「そうか」
 ジョルディーは別段気にするでもなく、出口を探している。
「やっと見つけた」
 誰の声でもない声がそう言う。
 それは低く響く魔法の声のようにりんと響いた。
 ジョルディーたちが後ろのほうを見る。
 フード付きのぼろ布が空に浮遊している。
 風になびいたその黒い布はまるで死神にさえ思えた。
「やっと見つけたのだ。その玉をおくれ」
 男とも女ともつかない声がそう響く。
 まるで地の底から鈴が響くような声であった。
「わしが先に見つけたんだ!」
 バルディは黄金の玉を握りしめる。
「あんたのものだっていう証拠はあるのかい」
 ジョルディーがどうでもいいように質問する。
 アーティニーはぼろ布の中が気になっていた。
 アーティニーは、ひょいとぼろ布を引き上げ、中を見る。
 布の中はなにもなかった。
 いわば、透明ななにかが布を着ているかのようなものだろうか。
 アーティニーは布の中に手を入れ、終(しま)いには布の中に入る。
 布の中でもごもごしてるアーティニー。
 布はさらに話す。
「それは我が証。我が存在の証明なりて。それを失えば、我が思いは無散してしまうだろう。人に無用なものを望むな。消えろ欲望の僕(しもべ)。この言葉を聞かなければ、その存在を永劫の闇へといざなおうぞ。闇に眠れ。闇に生きろ。それが闇の時間。おまえたちに本質など無用のこと。平穏が欲しいならば、我が言葉に従うのが得策なり。それは苦しみの圧縮の結晶。地獄の業火よりも苦しい本質など人がなにに利用するというのか。人間よ。それを置いて消えるがいいぞ」
「そんな脅しに誰が夢を見るものか」
 ジョルディーは剣を抜刀する。
 構えるジョルディー。
「愚か者め。その言葉に永劫に呪われるがいい」
 布はアーティニーを引っ張ったままジョルディーに進む。
 ジョルディーが剣を一閃する。
 ごちん。
「いたーい」
 アーティニーが頭を抑える。
「ジャマだアーティニー! どっか隠れてろ」
「ジョルディーいたいから聞かない」
 アーティニーは布にしがみついている。
ドンドンドン!
 炎の呪文がジョルディーたちに炸裂する。
 狭い空間だが、ジョルディーの剣は炎を防ぐ。
 バルディは岩の影に隠れ、巨人は、のそっと無傷でそのまま立っている。
 アーティニーは布の中にいるので、まったくなにも感じない。
 布の中はまるで別の空間のような感じで、熱風すら感じなかった。
 逆に浮遊感がおもしろく、楽しいくらいであった。
 どうするジョルディー。
 ジョルディーは自問自答する。
 アーティニーが布の中にいるとか、それよりも布相手にどんな攻撃が有効だというのだろうか。
 たぷん打撃は効かないに違いない。
 だが、この場には魔法使いなどいない。
「巨人さんよ。念のために聞くけれど、魔法は使えないよな」
 答えは。
「むろん、使えない」
 ちょっとがっくりと。
 いやいや。
 そういえばバルディは精霊法を使えると聞いたことがあった。
「バルディ!」
「あっしは攻撃系は使えないですぜ旦那」
「そうか」
 ジョルディーは布とアーティニーから距離を取りながらどうするか思案する。
 と、バルディの手にある球体に目がとまる。
「バルディ、その玉渡しな」
「旦那、後生ですだ。あっしはこれがなくちゃ嫌なんで。あっしのささやかな一攫千金の夢をジャマしないでくだせえ」
「一攫千金と、この場の危機を乗り越えるのとどっちが大事だ。それが純粋な夢を持っている奴の言うことか」
「旦那、すまねえ」
 バルディはジョルディーに背を向けると逃げだす。
「これもあっしのささやかな億万長者の夢のためなんでやす」
 ひょと、と巨人はバルディの足をひっかける。
 すってーんと転がるバルディ。
 玉も転がる。
 それをキャッチした巨人が玉をジョルディーに投げる。
「よしっ!」
 ジョルディーは剣戟で玉を打つ。
カキィイイン!
 剣と玉の合間から黄金のまばゆい光が海のごとく波とうねる。
 空間が意味を失う。
 ジョルディーたちが浮遊感に包まれる。
 光は失い、闇の中、まるで無重力、宇宙の中といった感じだ。
 ジョルディーは自分がどこにいるのかと、見回す。
 星が瞬いている。
 下にも上にも周囲一面星の海である。
 誰もいない暗い海。
「どこだここは」
 ジョルディーは手足をじたばたしている。
 空がやってくる。
 二層の空がすごいいきおいで過ぎていく。
 二面の空。
 雲がすごい速さで過ぎる。
 まだ世界は多層している。
 いや、それでいいのだ。
 世界は望んでこの重力を受け入れたのだから。
 それは誰かのささやき。
−−誰だ。
 ジョルディーは辺りを見るが、誰もいない。
 ささやきはなおも続く。
 時間はいつかもどってきて、また同じことを繰り返す。
 だからいまは相対の流星。
 次元は昨日と今日をつなぐ螺旋連鎖。
 時間だけがあらゆる面を肯定する。
 だからといって、なにもかもがいいとは限らないのに。
 世界は混沌の闇。
 その闇を誰が受け継ぐというのか。
 誰が世界のこの星の影となってくれるだろう。
 誰かが闇になってくれなければ、この世界の明日と過去は時間の灯火を失ってしまうだろうに。
 それは狂っている。
 それはおまえだ。
 それは私だ。
 闇だ。
 人の闇だ。
−−闇? わからない。
 闇を希望の弓がいま、うがたん。
 法則は万能でも人は万能ではない。
 科学は万能でも人は万能ではない。
 宗教は万能でも人は万能ではない。
 王の治世は万能でも人は万能ではない。
 民の治世は万能でも人は万能ではない。
 人の治世は万能でも人は万能ではない。
 愛は万能でも人は万能ではない。
 神は万能でも人は万能ではない。
 王は万能でも人は万能ではない。
 女は万能でも人は万能ではない。
 男は万能でも人は万能ではない。
 夢は万能でも人は万能ではない。
 欲望は万能でも人は万能ではない。
 理性は万能でも人は万能ではない。
 時間は万能でも人は万能ではない。
 作品は万能でも人は万能ではない。
 法は万能でも人は万能ではない。
 技術は万能でも人は万能ではない。
 言葉は万能でも人は万能ではない。
 理論は万能でも人は万能ではない。
 力は万能でも人は万能ではない。
 正義は万能でも人は万能ではない。
 自然は万能でも人は万能ではない。
 歌は万能でも人は万能ではない。
 戦争は万能でも人は万能ではない。
 平和は万能でも人は万能ではない。
 宇宙は万能でも人は万能ではない。
 本質は万能でも人は万能ではない。
 お金は万能でも人は万能ではない。
 集団は万能でも人は万能ではない。
 個人は万能でも人は万能ではない。
 ゆえに人は万能である。
 そしてあらゆる思いを闇は万能に人に継承されん。
 さあ、この闇を受け入れろ。
 なにもかもこの闇に消え、闇に生まれる。
−−なんだ、なにを言っている。
−−おれは万能じゃないぞ。
 なるほど。
 それがおまえの本質か。
 ならばそれはまたおもしろいかな。
 ジョルディーはなにか胸が熱くなるのを感じた。
キインキインキイン
 なにかが、闇が輝いた。
 それは闇の意思。
 だから人はまたその影とだけ歩いていく。
 誰でもない自分のことだから。
 時間は戻ることをしない。
 後悔は涙に消える。
 けれど、闇だけが心の希望。
 それは継承されなければならない力。
 それが闇による現実のまたたき。
 いつか闇は時間と仲直りして、いつか世界をこの闇の中から探し出して、すべての人の願いを結びつけてくれる。
 その闇を。
 その願いを。
 その思いを。
 この闇に詰め込んで、いま、あなたの気持ちに送るまで。
 さあ、力よこの少年に宿れ。
 闇よ。
 力よ。
 この少年を本質として、その力を発揮してみればいい。
 さあ、力よ、少年の本質となったいま、その力は愛を鍵として希望の扉を開くまで、闇としてその少年の影となれ。
 闇の世界よその力よ人々の糧となりて、日々を越えていく草原よ。
 思いは誰にも止められない。
 それはただ思い出の時。
 人よその闇よ。
 いつかその闇が宇宙となり、人々が星となる日まで。
 私は私たちは闇となりてまた歩いていくのだから。
 世界よその力よこの闇をその願いに献上しょう。
 闇は永遠。
 闇は無限。
 闇は希望。
 その思いだけが続いていく。
 時間だけがその重力だけがすべての願いを闇として引き連れていく。
 だからこの思いよ、星々を越えて宇宙のそのまた向こうまで飛んでいけ。
 そのままの感情をつないでいて。
 本質よ闇に紡げ。
 その思いの連鎖が人を希望へと導くと信じて。
 少年よ少年よ。
−−なんだ。
 ジョルディーは相手もわからず答える。
 おまえさんに頼みたい。
−−なにをだ。
 いつかこの闇が花開くまで、持っていてくれないだろうか。
 それがなんだって言うんだ。
 これは私たちの希望なのだよ。
−−それはいい。
−−だが。
 なんだ少年よ。
−−その闇が害を成さないと、荷物にならないと誰が言うのだ。
 誰も言わない。
−−その意味も知らないというのにおれに託すというのか。
 この闇がいつか答えるだろう。
−−まあ、いい。
 そうか。
−−力になろう。
. 闇をいま、貴方に果たさん。
 ジョルディーはなにかを受け取った。
 それは闇だというのだ。
 浮遊感は止まり、ジョルディーたちが落ちる。
 そこは迷宮の外だった。
 ジョルディーたちは大地の上にいた。
 空は真っ暗になっていて、星々は満天に思いを紡いでいるのだった。
「おまえが闇を継承するというのか」
 空に浮かぶ布がそう言う。
 ジョルディーはおどけたように答えた。
「さあね。なにがなにやらいまはわからないな。ただおれは自分の道を行くのみ。それが人生というものだろうさ。あんたたちはそれが、闇とかいうのか。それが本質だとか継承してくれだの。おれはただ自分の道を行くのみ。ついでになにかあったらその闇とやらを届けてやってもいいっていうだけの話しなのさ。別に感謝も期待もいらない。おれはおれのやりたいことをする。それだけのことなのさ。だから誰にも気がねしない。誰もかも、それはその人たちのことなのさ」
「いいだろう。我が永遠のうれいをそなたに託そう。好きにするがいい。さあ、行け。おまえの道を我が闇夜が照らすだろう。いつかおまえが困った時、その闇はおまえの力となって暗く光の中で輝くだろう。さあ、その力を持っていけ。それだけが我らの願いなのだから。それでいい。なぜなら願いは聞くだけでいいのだから。なにをするかは自分次第。それでいい。なにが世界を制すというのか。それはきっと思いに違いないのだからな。その道を行くがよろしい」
「ああ、そうするさ。他の連中にもよろしく言っといてくれよ」
「確かに」
 布は力を失い、地に落ちる。
「あらら」
 布からアーティニーが出てくる。
 正確には布を着てしまっていた。
「似合ってる」
 ジョルディーが笑う。
 それに釣られてアーティニーも笑っていた。
 それでいい。
 誰かが言った。
 ジョルディーは別にその言葉にはなにも答えないのだった。
「ああ、せっかくのお宝が」
 砕けた宝。
 バルディは残念そうだった。
 涙ぐんでさえいた。
 執事付きの豪邸。
 バルディの夢が叶うのはずいぶん先のように思えた。
 だが、まあ、ジョルディーは自分が闇を引き継いだことは誰にも言わなかった。
 それはなんだか、言ってはいけないような気がしたのだ。
 だからなんとなく、闇がなんなのか。
 闇もなにも言わない。
 だからジョルディーはすぐに興味を失ってしまったのだった。
「帰る」
 巨人は洞窟へと歩いて行く。
 くろたまはアーティニーになついている。
「おまえはいい子だね」
 アーティニーはいいこいいこしてあげる。
 なでられてくろたまはうれしそうに鳴いた。
 くろたまはしばらくアーティニーの周囲を踊っているが、すっかり満足すると、巨人の後に着いて行った。
「あっしはまた宝を探しますぜ」
 バルディはまた迷宮に戻っていく。
「それじゃな」
「失礼いたします旦那」
 ひょこひょん。バルディは洞窟に戻って行く。
 そうして二人だけになる。
 ジョルディーとアーティニーはしばらく空を眺めていたのだった。
 夜の闇は人々をその思いのすべてを無に照らしていた。

 夜の道は出会いと別れの色彩に夢うつつ。
 月明かりだけがほのかに樹道を踊る。
ホーホーホー
ホーホー
ホー
 どこかでふくろうが夜の譜面に時を告げる。
 アーティニーの心に鳥が羽ばたく。
 その鳥はどこまでも永遠へと飛んでいくに違いない。
 土の道は岩壁と出会うと、それぞれの面へと変わり、それはまるで別れを惜しんでいるようだとアーティニーは思う。
 月夜に青く輝く岩の壁は、左右上下にどこまでも続いている。
 これはきっと地の果てというものはこういうところなのに違いない。
 アーティニーは一人納得している。
 近くまで来ると、岩壁の二、三人が通れるほどの亀裂の道が空へ、その先の天までとどいている。
 岩の道は昏(くら)く、それは冥府まで続いているかのようで、アーティニーはすっかりおびえてしまった。
「この道を行く」
 ジョルディーは自由へと歩き出すが、アーティニーは地獄の魔獣ににらまれたのごとく動けないでいた。
 それは希望を失いながら道を歩くこと。
 恐怖がアーティニーの心をひたす。
−−そういえば。
−−そうそう。
「この道は危険です。魔獣が出ます。かなり強い存在です」
 アーティニーの指摘に、ジョルディーは実に楽しそうに笑って答える。
「この道を抜ければ法呪(ほうじゅ)都市ビバイディアだ。おれはそこに用がある。ビバイディアへはこの道しかない」
「ビバイディアはいま戦いの渦中です。私はビバイディアへは行きたくありません。私は静かな自然に囲まれて暮らしたいのです」
 うなだれてアーティニーは言う。
 ジョルディーの言葉に希望は空っぽになってしまう。
「だからこそ、おれが平定する。それこそが自然。それこそが二人の楽園に違いない。おまえは黙っておれに着いてくればいい」
 ジョルディーはアーティニーと危険へと踊る。
 アーティニーは囚われの人。
 暗い道は二人をいざない続ける。
 破滅の闇が笑う。
 強い信念。
 一方でジョルディーは自分の信念という迷宮をさまよっていた。
 それを知っているアーティニーの心は悲しみの海に波打つ。
 月が天の海で輝いている間近に見る蛍のように。
 獣の咆吼が二人の心に雷鳴の世界を開く。
 眼前が破滅を明滅させる。
 危険なるデジャブ。
 それは直感であり、当然の心の波紋であった。
 ジョルディーは抜刀に鋭気を溜める。
ガガガガガ……。
 天上から現れたるは左右の岩と岩を蹴り、神の世界から降臨する魔獣。
 それはブリディッシュソードと呼ばれる魔獣の中でも美麗なる銀の毛並みを持ち、巨大な体躯は熊より大きく、サーベルタイガーのような巨大な牙でジョルディーを砕かんと迫る。
ザキン!
 破壊の彫像。
 クライスラーデジョン。
 魔獣の牙はジョルディーの剣と踊り、夢思い大地を求める。
 ジョルディーはブリディッシュソードを剣圧で吹っ飛ばす。
 サーベルタイガーの体躯に前足と後ろ足は水晶の大剣で出来ている魔獣である。
 ブリディッシュソードが体勢をととのえて、走り出す。
 その疾走に地響きが響く。
 ジョルディーはブリディッシュソードに踏まれないように走る。
 ブリディッシュソードの足はまるで走る凶器のようである。
 魔獣の足の下を走り抜ける。
 ジョルディーはしのぐのでせいいっぱいだ。
 反撃の糸口が見つからない。
 これはまずいとジョルディーはあせっている。
 実際、ブリディッシュソードはかなり強い魔獣なのであった。
ギガン!
 ジョルディーの剣がはじき飛ばされる。
 目の前に牙があった。
 ジョルディーは覚悟した。
 ブリティッシュソードがジョルディーに飛びかかる。
ズガガガガガガガガガガガガン!
 空から落ちてきた氷のつららがブリティッシュソードをつらぬく。
 息絶えるブリティッシュソード。
 戦いはあっけなく終わった。
「だいじょうぶですかジョルディー」
 アーティニーがジョルディーに走り寄る。
「ああ、なんとか、な」
 アーティニーを狙う連中との連日の戦いにジョルディーは疲れていた。
 そのうえ魔獣の中でもかなり強いブリティッシュソードとの遭遇である。
 生きてるだけでもかなりの幸運であった。
 ジョルディーとアーティニーは岩道を越えて、丘を越える。
 朝日が空から雲間から輝き始める。
 光がビバイディアの大地を照らす。
 そこには兵士たちの屍がどこまでも続いている。
 戦う人々の雄たけびが大地から響いてくる。
 戦いは続いていた。
 茶色の甲冑の軍勢と青い甲冑の軍勢が戦っている。
 それは盆地一帯で続き、人の波が荒ぶる海のごとくなびいていた。
 圧倒される状態に、ジョルディーはうきうきとしているかのようだ。
 ジョルディーの瞳はもう戦いしか見ていなかった。
「ここで隠れていろ」
 アーティニーがなにか言う前にジョルディーは動き出す。
 ジョルディーは戦いの渦中に飛び込む。
 軍勢の中に単身飛び込んだ。
 それは一瞬の演舞。
ガギギギキギギギギギギギギギギギギギ
ギギギ
ギギン!
 次々と騎士たちの剣を叩き折っていくジョルディー。
 剣の破片は霧のように光輝いた。
 ジョルディーの伎は圧倒的である。
 剣を折った相手には蹴りを入れて気絶させている。
 これは武器を持たない者は戦場で危険であるためだ。
 海千山千の騎士たちを相手にジョルディーはすさまじい力を発揮する。
 確かになにか戦乱の時代を圧倒する力がジョルディーにはあったのかも知れない。
 何人の剣を叩き折っただろう。
 光がジョルディーを包む。
 遠くの山脈から太陽が輝いている。
 日の出である。
 ジョルディーは動きを止める。
 ジョルディーのまわりは倒れた騎士たちで埋まっていた。
 その数は千人にもおよぼうというものである。
 それをジョルディー一人で倒したのだ。
 両軍ともジョルディーを遠くにとりまき、距離をとっている。
 両軍の標的はいまやジョルディーたった一人であった。
 数千人の軍勢がジョルディー一人を狙っていた。
「弓をかけろ!」
 騎士隊長らしき者の声が飛ぶ。
 いかなジョルディーといえど、弓の一斉掃射には耐えられないとの考えからだろう。
 両軍に睨まれ、息もあがり、ジョルディーは立ちすくんでいた。
 まだ戦える。
 ジョルディーは構える。
 空を鳥が自由に飛ぶ。
 ジョルディーには空を駆ける翼が無かった。
 それを一度なりと望んだことはない。
 だが、翼はジョルディーの前に舞い降りた。
 それはジョルディーに生きる意味を与えた。
 それは一人の少女だった。
両軍の人垣から少女が躍り出る。
「アーティニー!」
 ジョルディーのところまで走って来たのはアーティニーであった。
 アーティニーはジョルディーに駆け寄る。
「なんで来た」
「私も戦います」
 だが、この状況にはなにも変わりはない。
 弓という弓は変わらず向けられていた。
 アーティニーは空を見る。
 鳥がいない。
 静けさが空を包んでいた。
 雲の動きがない。
「なにか変です」
 アーティニーが言う。
「なにが変だって言うんだ」
 ジョルディーが辺りを見回す。
 ジョルディーも気づいた。
 それは空だった。
 両軍の弓がしなった。
 その時。
 天が輝いた。
 空に光球が輝く。
 それが騎士を両軍を叩きのめす。
 ジョルディーはなにが起きたのか、唖然とする。
 次々に光球は天から落ちてくる。
 両軍とも散り散りになる。
 そこへ別の一団が丘から流れ込んできた。
 馬の一団には黒い鎧に包まれた者たちが装馬している。
 その一団は全員魔法で攻撃しながら、残りの騎士たちを倒していく。
 蜘蛛の子を散らすように両軍の騎士は退散していく。
 呆然と立っているジョルディーとアーティニー。
 新しい一団はジョルディーとアーティニーには目もくれず戦っている。
 しばらくのち、戦いは終わった。
 勝ったのはビバイディアの軍隊でも、敵対するラインディアでもなかった。
 黒い鎧の一団だった。
 ジョルディーの前を黒の騎馬隊が通り過ぎていく。
 ジョルディーは黒の一団に駆け出す。
 ジョルディーが転んだ。
 アーティニーがジョルディーに体当たりして、抱きしめて離さなかった。
「離せ」
 もがくジョルディー。
「あれは、あの人達にはジョルディーでは勝てません!」
 ジョルディーは知らないが、両軍数十万の軍勢を黒の一団は千人にも満たない軍勢で打ち破っていたのだ。
 一騎当千の軍団であった。
 アーティニーが止めたのは、まさに直感の正しさであった。
 もがいてる二人の前に、止まる騎馬があった。
 降りた武人は体格が良く、黒い鎧に黒いマントをしていた。
 兜を取った顔は中年の男であった。
 まわりの騎馬の者たちも馬から降りて兜を取る。
 みな、女のダークエルフだ。
 何人か人間の男もいたが、大半はエルフばかりなのだった。
「少年と少女とは、戦場に咲いた花かと思ったよ」
 中年の男はそう言う。
 顔とは違って柔和な感じを受けた。
 ジョルディーはアーティニーを振り切って一団に迫る。
 ダークエルフたちが前に出る。
ガギギギギギギギン!
 一瞬でエルフたちの剣を叩き折る。
 唖然とするエルフたち。
 ジョルディーは呆気にとられるエルフたちを一気にぬけ、男に迫る。
「ダリル様!」
 女の声がした。
がつ!
 ダリルにジョルディーの剣がヒットする。
 エルフたちは息をのんだ。
 ダリルはジョルディーの剣を片手で受け止めた。
 ダリルは微動だにしない。
「この剣は、おもしろい」
「くっ」
 ジョルディーが苦い顔をする。
 ダリルがジョルディーの剣を眺めている。
 ジョルディーが力を込めても、剣は微動だにしなかった。
「この剣には武器だけを破壊する強力な魔法がかかっているな。そのかわり人を傷つけないようにしている。おもしろい一品だ」
 ダリルは豪快に笑った。
「笑うな」
 ジョルディーの言葉にダリルはジョルディーを見る。
「その修練は素晴らしい。少年。我が戦いの一端となり、その剣を振ってみないか」
「おまえたちも同じだ。なにも変わらない」
 ジョルディーの視線はナイフのようにダリルを射る。
「我々は戦いをなくす戦いをしている。先程の連中はいくつもの街を壊滅させてきた。それでも戦っている。それを止めたのだ。それが報いでなくて、許しでなくて、なんだと言うのだ。これが天の戦いだ。力を貸せ。その力こそが世界を動かす原動力だ」
 ジョルディーはまばたきする。答えは決まっていた。
「おれは戦うんじゃない。おまえの仲間にはならない」
 ダリルは手を離す。
 ジョルディーはいきおいあまってふらふらとひざをつく。
「少年、戦いでなければなんだと言うのだ。同じ道を行くのならば、仲間は多いほうがいいに違いない。おまえは若いからまだ理解できぬのだ。なにが正しいか、なにを信じるか、選べ。時間などすぐになくなって、手はしわに包まれ、その足はくたびれ、その心はなにも感じなくなろう。いまだから出来ることをするのだ。さあ、この手をとれ。戦いに死ぬのならば、意味のある答えが必要だろう。それならばここにある。おまえの力は私だ。その剣を神と我にささげよ」
「これは戦いじゃない。おれは歩いているだけだ。これは散歩だ。趣味だ。ただ命をかけているだけだ」
 エルフの一人が笑った。それはエルフィールだった。
「ならば我と勝負しないか」
 ダリルが提案する。
 それはいたずらをしている少年のような顔だ。
「なんの勝負だ」
 ジョルディーは立ち上がる。
「剣で戦い、我が勝てば少年、おまえは我々の仲間だ」
「あんたが負けたらどうするんだ。こんな戦いをやめてくれるっていうのか」
「いいだろう。おまえが我が剣を砕けば、我々はいっさい、その行いを改めよう」
 ダリルが抜刀するよりも速く、ジョルディーの剣がダリルの剣をさやごと捕らえる。
キイイン!
 澄んだ音が響いた。
 それは心地いい響きだった。
 ダリルの剣は折れなかった。
 ダリルは軽くジョルディーの剣を流す。
「言ってなかったな。我の剣にも魔法がかかっているのでね。きみの剣とは同じくらいの強度はあるのさ」
 立て続けにジョルディーは剣撃を放つ。
 そのすべてをダリルはいなす。
 まるで大人が子供をあやすように。
 技術の差も歴然であった。
 ジョルディーは肩で息をする。
 疲れたのではない。
 それは精神的な圧倒がジョルディーの動きを鈍らせる。
 ジョルディーの動きが止まる。
 勝てない。
 なにか心の奥の闇がそうささやく。
 なにをしても叶わない。
 これは現実の理解だと闇はうながす。
 動けない自分を呪い、負けた自分を憎んだ。
 それは絶望だと言葉を変えても良かった。
「ジョルディー、がんばって!」
−−だれだ?
−−とり?
−−そら?
−−きぼう?
−−ねえ、なんで泣いているの。
 少年は少年に聞く。
 少年と少年は大地を駆け巡り、お互いの夢を語った。
 いつか旅に出ようと話した。
 それは楽しい旅になるはずだった。
 商人のバルデイがいいルートを安く案内すると言った。
 人生が順調ならば剣などいらないに違いない。
 いまがまさにそうであった。
 一瞬の邂逅。
−−そう。
−−そんなこともあった。
−−ぼくにはいつかしたい夢があった。
−−もう忘れていたよ。
 闇はうつろう夢のごとく。
−−それはもう昨日のこと。
 もうもどらないこと。
−−いいんだ。
−−もうなにもかもどうでもいいから。
 少女がいた。
 それは希望の鳥。
 心に舞い降りた絶望という名の未来に輝いた希望のいまという時。
「ジョルディー、ジョルディー!」
 アーティニーの声に我に返るジョルディー。
 そう、負けてはいられないのだ。
 これは自分の意地だ。
 誰でもない。自分だけの思い。
 深呼吸するジョルディー。
 心の奥底から自分の力を。
 ジョルディーはダリルに向かって走る。
 渾身の一撃をジョルディーは上段から叩き込む。
 ダリルは軽く剣で受け止めた。
 見えた。
 少女の姿が。
−−誰だおまえは。
 ダリルは問い、そして答えを得た。
 その名はアーティニー。
パ、キイ……ン。
 ダリルの剣が砕けた。
 ジョルディーの剣がダリルをとらえた。
ごちん!
 ダリルの頭にジョルディーの剣が当たる。
「まいったか」
 ジョルディーは勝ち誇った。
 エルフたちが前に出る。
 エルフたちは黒い鎧から剣を抜刀する。
 それは黒い海の波のごとくうねり、輝いた。
 死が舞い踊る。
 エルフの海が動く。
 ジョルディーを砕かんと数々の剣が紋様のごとくうごめく。
 ダリルの片手が上がる。
 エルフたちは止まる。
 一瞬の乱れもなく全員止まった。
 エルフィールだけ前のエルフの鎧に頭をぶつけた。
 いててと頭をかかえるエルフィール。
 ダリルはジョルディーを見る。
「いい一撃だ。少年。いいものだ。忘れていたものを思い出させてくれたよ。しかし、まあ、我が負けるのもわけはない。おまえには勝利の女神がいたのだからな。大事にしろ。守る者が世界で一番美しい。それがおまえの生きる意味としろ。それがおまえの目指したものだ。なに、夢は変わるものだ。特にこんな場所ではな。おまえは自分の力に生きて来た。それはいい。だが、そのままでは少女は生きられまい。守るとは時に後ろ向きなことではないかな」
 ダリルはジョルディーに背を向けると乗馬する。
「逃げるのか」
 ジョルディーの背にアーティニーのぬくもりがあった。
 その思いに動けない。
 ダリルを追わずに立っているジョルディー。
 ダリルは馬上からジョルディーを見る。
「約束は守ってやろう」
 豪快に笑いながらダリルは、その馬とともに走り出す。
 エルフの一団も後に続いた。
 黒い風が過ぎると、ジョルディーとアーティニーだけがそこに残された。
 ジョルディーがアーティニーの手をとり、歩き出す。
「あなたも変わるべきです」
 アーティニーはジョルディーを見ながらそう、うながすが、ジョルディーはアーティニーなど見ていなかった。
「おまえは黙ってればいいんだ。まだ行くべきところはある。次の街へ行くまでだ」
 アーティニーは泣き出した。
「いやです。もういやです」
 ジョルディーはアーティニーをかえりみないでその手を引っ張る。
「これから、まだ、まだ、まだ。まだだ!」
 ジョルディーは歩き続ける。
 アーティニーの腕はしっかりとつかんでいる。
 ジョルディーはアーティニーを連れている。
 それは厳しい旅だった。
 武器という武器を叩き砕く。
 だが、大規模な戦いにはジョルディーは遭遇しなかった。
 付近の国の戦乱はダリルが平定していた後であったから。
 ダリルはあれ以来消息を聞かず、風の噂になにかいままでにない方法で戦乱を止めるというのだ。
 とにかくジョルディーはちょっとしたいざこざでもその腕をふるったが、それでもなにか違うと感じていた。
 ジョルディーが生涯をかけてなそうとしたことはこれではないと、どこかで誰かがいうのだ。
 そんなジョルディーの前に女ダークエルフが現れたのは、偶然だっただろうか。
「ダリル様がお呼びだ」
 そのダークエルフはそう言うのだ。
 ジョルディーは別段そんなことは知ったことではなかった。
 ただ争いの噂を聞けば、アーティニーを連れて平定しに旅をする。
 その連続であった。
「おじちゃんもうちょっとまけない?」
 アーティニーは野の菜屋のおいちゃんと話している。
 もっぱら食料調達や日々の雑用はアーティニーの役割となっていた。
「アーティニー!」
 ジョルディーの呼びかけにアーティニーはおいちゃんに手を振ってジョルディーの元に駆けて来る。
「これからダリルの元へ行く」
 アーティニーはうなずく。
 五人のダークエルフがジョルディーとアーティニーを囲む。
 エルフの呪文詠唱ののち、なにか光の竜がその場の者たちを通りすぎる。
 ジョルディーたちはその場から消える。
 気がつけば、城の前にいた。
「これはダリル様の城だ」
 雷雲に渦巻く空の下に、平原は四方にどこまでも続く。
 その中でぽつんと城があった。
 洋風のレンガの城はずいぶん古いものであるようだ。
 ダークエルフにうながされるままに城に案内される。
 ダリルは高い塔の一番高い部屋にいた。
 そこは魔法の照明でほのかに空間が広がる闇の部屋であった。
「よう、少年」
 ダリルは椅子の上に座っていた。
 丸メガネをはずすと、本を置く。
「なんの用だ」
 ジョルディーは不機嫌だ。
「なに、きみたちとの約束を守ったのでね、そのむね、報告しておこうと思ってね」
「約束?」
 ジョルディーは考えるが、よくわからない。
「なに、誰も傷つけずに争いを終わらせるのだよ。魔法を使えば実に簡単なことだったよ」
 ジョルディーにはなにを言っているのか解らない。
「それで、どんな方法なんだよ」
「なに、魔法でね、ちょちょいとね、争ったらクリスタルに閉じ込めるのさ。これで人々は安心して眠ることができるだろう」
 やはりジョルディーにはなんのことか解らない。
「具体的にはどうなるんだよ」
「こうなるのさ」
 ダリルは闇になった。
 その存在自体が闇。
 それは闇の中の闇。
 ジョルディーは抜刀する。
 だが、ジョルディーが振りかぶった瞬間、ジョルディーはクリスタルに閉じ込められる。
キイイイイン……
 まるで美しい蒼いガラスにでも閉じ込められたようだ。
「さあ、その戦いももう終わったのだよ。なにせいまは誰も戦わない時代の始まりなのだからね」
 ダリルは部屋から出ていく。
 アーティニーだけが部屋に残された。
 アーティニーはひきずってひきずって、ジョルディーのクリスタルを動かす。
 平原を砂漠をなんとか歩いていく。
 ようやっとある街まで着く。
 そこでアーティニーは生活を始めた。
 それは長い同じ日々の繰り返し。
 皮肉なことに、ダリルの封印の魔則は完璧だった。
 誰もアーティニーの求めた平穏な生活をさえぎる者はいない。
 アーティニーは満足だった。
 ジョルディーがいないことを除けば。
 静かなさびしい日々の続くことにアーティニーも慣れていた。
 アーティニーは街はずれの畑仕事の手伝いを終え、ジョルディーのいる家に戻って来る。
 そこで黙々と暮らした。
 アーティニーは何年経ってもその外見に年をとらず、アーティニーを知る人々は不思議に思った。
 噂は噂を呼び、アーティニーの元に数々の人々が訪れるようになった。
 その人々はといえば、アーティニーを神の再来だのなんだのと、拝んでは喜んで帰って行った。
 何年経っただろう。
 いや、それは何十年にもおよぶ月日が過ぎていた。
 アーティニーはジョルディーの閉じ込められたクリスタルに近づく。  アーティニーの唇がクリスタルに触れる。
 その何十年もの歳月のあいだ、内に込めた力をクリスタルにそそぐ。
 空っぽの現実に言葉を贈る。
 それは思い出。
 それは空の色。
 それは。
 愛。
 に違いない。
カ……キイ……イン
 クリスタルが透けて砕けていく。
 アーティニーの唇がジョルディーの唇に触れた。
 ジョルディーの瞳が開かれる。
 アーティニーは離れる。
 ジョルディーは立っている。
 そこにジョルディーがいた。
 それはあの日の変わらぬジョルディーなのだった。
「あ? ダリル!」
 ジョルディーは辺りを見る。
 ちょっとつまづいて転んだ。
 それは数十年ぷりの一歩であったのだ。
 なにか感覚が違う。
 それがジョルディーの違和感だった。
 アーティニーは笑ってジョルディーを見ている。
「ダリルはどこだ。ここはどこだ。おれは、いや、いい。それよりお前、なに喜んでいるんだ?」
「楽しいのです」
「なに言ってるんだ」
 アーティニーはくすくすくすくす笑っていた。
 ずっと笑っていたのだった。
 アーティニーが落ち着いてからジョルディーは説明を聞く。
「ふーんそうか」
 ジョルディーは納得する。
 ジョルディーに疑問もとまどいもなく、ただ剣の先に見えるもの。
 それがジョルディーの真実であり、すべてなのだった。
「そうか、それではダリルを倒しに行くぞ」
 アーティニーの顔が曇る。
「戦うのですか?」
「だからダリルを倒せばいいのだろう」
「それはそうですが……」
「なにか文句でもあるのか」
 ジョルディーはアーティニーを見る。
「ありません」
 アーティニーは意を決したようにジョルディーには見えた。
 いつも通りだ。
 これからもずっとそうであろう戦いの日々。
「それじゃ用意しろ。旅だ」
 アーティニーが光に包まれている。
 ジョルディーはとっさにアーティニーの手を取った。
 そういえば手をつなぐなんてひさしぶりだろう。
 ジョルディーがとっさに考えたのはそんなことだった。
 と、手が軽くなる。
 アーティニーを見ると、アーティニーが光に包まれてその姿は透けていく。
「おい、どうしたアーティニー。なんだこれはおいどうしたんだ」
−−私は消えます。争いから逃げるのです。
「おい、おれはどうなるんだ」
−−あなたのいない場所へ行きます。
「おれと、おれはおれは……」
 アーティニーは光となって消えてしまう。
 後には、ジョルディーだけしかいなかった。


 あれからいくつかの年を越えた。
 街の酒場でジョルディーは酒を飲んでいる。
 髪とひげは伸び放題。ぼろを身にまとい、力なく遠くを眺めている。
 あれからダリルは封印の魔則によって、争う者をクリスタルに閉じこめ続けている。
 確かに争いは無くなった。
 ジョルディーと約束したように戦ってすらいない。
 だが、国ごとクリスタルに閉じこめられる人々まで出ていた。
 数えきれないほどの人たちがクリスタルに閉じこめられていた。
 静かになったようでいて、人々の心に闇は増長していった。
 ジョルディーのいる酒場でケンカが始まる。
 酔っぱらい同士のケンカ。
 そう見えるがまわりの者たちは逃げ出す。
 ケンカした二人がクリスタルに閉じこめられていく。
 ジョルディーはそれをながめて、また酒をあおった。
 ダリルに戦いを挑む者もいた。
 そのすべての者がクリスタルに閉じこめられた。
 世は戦乱の時代を抜けた。
 そして訪れたのはなんであったのか。
 ジョルディーにはどうでもよかった。
 ただ失ったものを酒で埋めていた。
 日々。日々。日々。
 なにもいらない。ただひとつだけをのぞいて。
 静寂を女の声が破った。
「これがどういうことかわかっているのか」
 それはダリル配下のダークエルフだった。
 中年の男を怒鳴っている。
 男は平謝りだ。
「ひったてる。着いて来い」
 男は逃げ出した。
 ジョルディーにぶつかって床に転がった。
「束縛の言葉よ、この者をとらえよ!」
 束縛の魔法がジョルディーと男を捕らえる。
「牢獄ならば、まだ空きはあるぞ」
 エルフが歩いて来る。
−−負けないで。
 少女の声が響く。
 確かに聞こえた。
 ジョルディーは辺りを見回す。
 誰もいない。
 ジョルディーは立ち上がった。
 魔法はジョルディーから離れる。
 ダークエルフの束縛の魔法はジョルディーをとらえていなかった。
 魔法を無効化するなど、かなりの力の持ち主なのか。
 ダークエルフは身構えることはしなかった。
 封印の魔則で争いは起きない。
 支配するダークエルフはある意味ふぬけていた。
「なんだおまえは、抵抗するならば」
 その時なにかがジョルディーの中で明滅する。
 それはなにかなつかしい思いだったのだ。
 ジョルディーは自分でも考える前に行動していた。
 ジョルディーのパンチがエルフのみぞおちに決まった。
 倒れるエルフ。
 ジョルディーはクリスタルに包まれない。
 なにも起きてはいない。
「これはいったい……?」
 ジョルディーは自分の中でなにかが波紋しているのを感じた。
「そうか」
 それはアーティニーの思いであった。
 それがジョルディーを封印の魔則から守っていたのだ。
 ジョルディーは理解した。
 アーティニーは姿を消した。
 しかし、その思いはジョルディーをいつも守っていたのだ。
 涙するジョルディー。
 それは悲しみでなく、しあわせの涙なのだった。
 一通り泣いた後、ジョルディーは歩き出す。
 もう一度、ダリルと戦うために。
 その道はまたアーティニーとの道でもあったから。


 エルフィールはそれを見ていた。
 そしてジョルディーも。
 二人の前にはアーティニーがあの時のままに、少女の姿で立っていた。
「おひさしぶりです」
 アーティニーがそう言って笑う。
「ひさしぶり」
 ジョルディーも笑った。
 なんとなくエルフィールは黙っていた。
「あの時私は……」
 アーティニーの言葉にジョルディーは黙っている。
「ジョルディー、あの時あなたが傷つくのを見るのがもう耐えられなかったのです。だから、あなたと一緒には行けなかったのです。でも、見捨てたことなど心に誓ってないのです。ただあなたが静かに生活していてくれたらと思っていました。それは私の思い上がりかも知れません。あなたにはあなたの人生があって、私はなにもしないで逃げてしまったのですから。でも、私にはたえられなかったのです。その戦いに。その破滅に。あなたが苦しむ姿に」
 ジョルディーはうなずく。
 ジョルディーの気持ちはアーティニーに負けないくらいやさしい気持ちにあふれていた。
「アーチャがいい」
 ジョルディーの言葉にアーティニーがきょとんとしてる。
「アーティニーの愛称はアーチャがいいと思う。どうだろう」
 アーティニーはうなずく。
「とてもいいと思います」
 アーティニーは笑っている。
「アーチャはこれからどうしたいんだ」
 ジョルディーはアーティニーに聞く。
「あるがままに、自然と調和の歌を歌いたいと思います」
「そうか」
 ジョルディーはうなずく。
 ジョルディーはエルフィールのほうを見る。
「それでいいか」
 ジョルディーの言葉にとまどい、うーんと考えて、しばらくしてからうなずくエルフィール。
 ジョルディーはアーティニーを見る。
「きみは変わらないね」
「私は時間の運動における一時の梅雨に過ぎないのです」
「わからないな」
「私は別の世界の神でもあるのです」
「そうか」
「あなたを封印の魔則から守るためには、私が冥界にいる力をフィードバックすることにより、達成されるものでした。一緒に戦うことが出来ないことをお許しください。世界が滅亡しても私は生き続けます。それはとてもさびしいことなのです。私には帰る世界もなく、たださまよう永遠の空の鳥なのです。飛ぶことは止められず、ゆえにどこにも止まる木はないのです。あなたとなら、なにか得ることがあると思っていました。それは本当の気持ちだったのです。嘘偽りなく、ただそう思っていたのです」
「ああ、いや、いいんだ」
「ジョルディー、またあなたと冒険がしたいのです」
 アーティニーはそう笑う。
「そうだね。……アーチャ、きみの願いが知りたい。教えてくれ。きみの夢をその心を」
 ジョルディーの手に光がある。
 それに手をのせるアーティニー。
 二人はエルフィールを見る。
「これでいいのか。もっとなにか、他にないのか。話しだってしたいだろう。一緒に歩きたいだろう」  エルフィールの言葉に、ジョルディーとアーティニーは沈黙している。
「くそったれ!」  エルフィールも光に手をのせる。
 光がすべてを包む。
−−夢があります。
−−それはどんなことだろう。
−−それは言ってしまったら叶わないものなのです。ただ。
−−なに。
−−ジョルディーが歩く道に祝福あれ。
 光が消えると、また元の木々の中にいた。
 アーティニーはどこにもいない。
 石版のあった場所には、見たこともない花が咲いていた。
「彼女は、アーティニーはおまえが望めば戦いについて行くと思っていた。なぜ引き留めなかったジョルディー」
 エルフィールはジョルディーの腕をつかんで言う。
「アーチャの好きな道を歩いていてほしかった。過去にも未来にも束縛されない生き方をしてほしかったんだ」
 ジョルディーは空を見ている。
 木々の葉音が自然を奏でる。
「いまはエルフィール、きみがいるじゃないか」
 ジョルディーの言葉にあわてるエルフィール。
「わ、忘れるな。私はおまえを暗殺するために一緒に旅をしてるんだ」
「覚えているさ」
 ジョルディーは歩き出す。
 その後をエルフィールと、一行が続いていた。
 一行はまた歩き出した。







第九話 魔王記



 エルフィール一行は旅をする。
 冬を越え夏を越え旅をする。
 それは長いようであり、一瞬の月日のようであった。
 それは昨日と踊る明日と夢見るような本質の道。
 樹木の道をくぐり抜け、陽光の元にまた歩を進めるエルフィール一行。
 穂(ほ)が実る。
 どこまでも続く黄色い穂(ほ)の平原。
 風にそよぐ穂。
 風に踊る穂。
 風に舞う穂。
 穂
  穂
 穂
    穂
 穂
 穂、穂、穂、穂穂穂穂穂穂穂穂穂穂穂穂穂穂 穂 穂 穂 穂 穂。
 太陽の光を浴びて穂は喜びのさざなみ。
 世界はどこまでも続いていて、それは人いるかぎり、冥界に人が増える限り、この世界は広がり続けるのだから。
 人は過去を忘れていく。
 けれど、冥界(じごく)がその広さを止めることはない。
 人は夢の価値をいつかあった過去の日に求めるものだから。
 明日を目指す女がいる。
 それはいまを歩く男に助けられた女。
 その女の声に答える女がいる。
 それは冥界で昨日からずっと忘れられていた歌を歌う女。
 それは冥界の人。
 それは夢の人。
 過去の人々。
「おまえは王にならないか」
 エルフィールのその一言。
 エルフィール一行の前には女性が一人だけ立っている。
 他には誰もいない穂の広場。
 エルフィールに贈られた言葉に、女性は踊る。
 二十歳くらいの年だろうか。
 端正な顔立ちがうるわしさを放つ。
 そんな気がダリルにはした。
 黄色のワンピース、その深いスカートが大地をエスコートするように揺れる。
 女性の踊りは見事な踊りだ。
 足元まである長い黒髪が雄壮に揺れながら空を歌い、髪は風に流れ、天まで揺れる。
 女性の右手は昨日を描き、左手は過去を描く。
 忘れられた日々と踊る。
 世界はまだこんなにも変わっていけたから。
 リビングスカイ。
 美しい。
 思いは連弾となって風に波うつ。
 映す世界よ。
 その色よ。
 心が躍る美麗さよ。
 その場の誰もが踊りの華麗さに感嘆した。
 見る者の心が躍りだす力がその女性の踊りにはあった。
 ジョルディーは見とれている。
「いへへ」
 エルフィールがジョルディーの口をひっぱっている。
 ミラルはくすりと二人を笑う。
 ダリルは無言で微笑ましく思っている。
 ダミエールは無言でうらやましく思っている。
 ハイベルはくしゃみしていた。
 異変。
 時はそのままでは一時たりとてなく、世界は回転に螺旋の進化をすすめ。
 氷ついた心のもやは、もうそれは希望のようにゆらりゆらりと雲のよう。
 変わり続ける時。
 その認識。
 そしてそれゆえに世界は一瞬ですべてが変わる時の宴。
 その女性の踊りを中心に見えない風が穂を吹き飛ばす。
 黄色の疾風。
 その疾風はなにもかもが吹き飛ばされそうなくらいだ。
 そう、この苦しみも悲しみも一瞬で風と舞い散るさだめ。
 だからまた、この種に希望を込め、銀色になれとつぶやいたから。
 ダリルが防御の魔法で皆を風から守る。
 どのくらいの時が過ぎただろうか。
 女性の踊りが止まる。
 穂の絨毯(じゅうたん)が見渡す限り続く場に、女性は一人だけでいた。
 女性のまわりだけ穂が舞っている。
 それは螺旋のように穂。
 それは思い出のように穂。
 それはおととい忘れていた穂。
 穂っと女性はため息をついた。
 エルフィールは口から草をとる。
 不快と土まみれのエルフィールは怒り心頭である。
「なにをする!」
 エルフィールの言葉にその女性は答えない。
 女性の赤い瞳の視線がエルフィールをとらえる。
 恐怖、
 葛藤、
 信念。
 エルフィールが吹っ飛び、木にぶつかって止まる。
 エルフィールと木がきしんだ。
 ダリルの防御魔法はまだ機能していた。
 それを越えてきた攻撃だった。
 なにが起きたか誰にも理解できなかった。
 どんな魔法かとミラルは考えるが、ちょっと知らない魔法なのだった。
 ダミエールはエルフィールへと駆け寄る。
 ジョルディーは抜刀すると女性へと駆ける。
 ミラルは魔法でジョルディーにいろいろな防御魔法を何度もかける。
 ハイベルは大地に剣をうがつと神の力で女性の下の大地を砕く。
 鳥は飛ぶ。
 無意識の自由はその翼の中に包まれていたから。
 なにものにもとらわれない思い。
 忘れられた世界の番人。
 その希望はその夢は闇の中からいつも宇宙の果てをその翼としていたから。
 女性は跳躍した。
 女性の世界が回転する。
 軽く十メートルは飛んだか。
 女性はジョルディーの目の前に着地する。
 まるでここが自分の居場所であるかのように、ごく自然なものなのだった。
 ジョルディーはその動きを女性に止められる。
 女性はジョルディーにキスをしていたのだ。
 ジョルディーの世界が変転する。
 景色が変わっていく。
 景色の踊り。
 空間は時代は世界は変わり続け、ジョルディーはある時には現代にて働いていたり、ある時には宇宙戦艦でパイロットをしたりしていたのだ。
 それは一瞬であったが、ジョルディーには永遠にも思える時間であった。
 そして、それが過ぎてしまうと、それはうっすらと、少しか思い出になっていないのであった。
 確かにあったはずの思い。
 それは無塵の闇。
 それはかつてあった世界の話。
 それは万有引力の心の作用。
 それは払われていない、利息のツケ、なのであろう。
 女性の存在がその世界だとジョルディーは思う。
 神話が神であった時代。
 物語は神の言葉。
 それはその日の生活の思い出。
 だから生活は物語の続き。
「ここは……」
 ジョルディーは忘れていたものを思い出した。
 それは一瞬の時代。
 ジョルディーが忘れていたものであった。
−−だからそうだろう。
 闇がいななく。
 タイムラグなく、ジョルディーは女性と対峙していた。
 着地の瞬間ダリルの攻撃魔法が女性をとらえ、ジョルディーは剣で牽制しながら女性の足をはらう。
 世界はゆっくりと動いていた。
 ダリルは攻撃魔法を放つ。
 ダリルの魔法は効果を示さなかった。
 女性の防御にダリルの攻撃魔法はすべて無効果だったのだ。
 ちょっとミラルはびっくりした。
 ダリルの攻撃はかなり強い魔法であって、これを防御するというのは、魔法を使う者には驚きと賞賛に値することなのであった。
 おっと。
 敵をたたえている場合ではない。
 ミラルはなにか策を考えているが、なにも思いつかないのであった。
−−スランプかしら。
 ちょっと別の意味で悩みむミラルであった。
 その女性は魔法の防御だけでなく、ダリルの攻撃魔法と同時に来たジョルディーの足払いを、ひょいと手でジョルディーの足を受け流して、ジョルディーの足の流れを空に向けさせる。
 よってジョルディーは空に蹴りをしたような形になった。
 女性がジョルディーの顔にでこぴんする。
 空中でジョルディーはくるくる回転した。
 空をガメラよろしく転がるジョルディー。
 女性はなにを思ったか、ジョルディーと一緒に転がっている。
 女性はジョルディーと踊る。
 ジョルディーは女性と回転しながら向かい顔。
 そんな状態でもジョルディーは女性に蹴りを入れる。
 女性の手がちょっとなとな。
 その蹴りに座る女性。
 ちょうどベンチに腰かけるように自然な動作であった。
 女性はジョルディーと一緒に空中を回転していた。
 真近で見ると綺麗だとジョルディーは女性を見た。
「だから……ゆえに……という……」
 なにか、女性が言葉を紡いでいる。
 ジョルディーは飛ばされながら空中で身構えるが、この距離の魔法攻撃を防ぐ手立ては無い。
−−ここまでか。
 だが、女性からは一向に魔法はこない。
 ジョルディーは女性とともに着地する。
 女性はなおも言葉を紡いでいた。
 ジョルディーが聞いていた言葉は呪文ではなかった。
 それは歌であったのだ。
 女性は歌いながらいつのまに手に入れたのか黄色い花を手に持ってそれを眺めていた。
 エルフィールは木に吹っ飛ばされた時に背中から激突する。
 息が止まり、胃液が吐き出される。
 しばらく吐きながらうめいている。
「だいじょうぶか」
 ダミエールが駆けて来る。
 エルフィールにその声は聞こえていなかった。
 ダミエールの姿も見えてはいなかった。
 エルフィールは駆け出して叫んだ。
 風が雷鳴する。
 それは精霊の歌であった。
 エルフィールの声が響く歌の風。
「我が怒りよ空に吠えろ。この存在こそは怒りの結晶。その思いは空さえおおう。サラマンダー! 破壊と破滅だけが炎でなく、その息吹は星の紋章。世界はその世界から生まれた。煉獄(れんごく)の使徒。サラマンダー! 水よ空に飛べ。悲しみの雨となり、また降りそそげ。愛は情熱。ゆえに海は思いの炎。ゆえに空の夕闇は思いの炎。サラマンダーよ。その存在よ。世界が始まりの歌を歌えば、炎は世界から世界は炎から自然を明滅するのだ。炎よ世界に螺旋せよ。構築の日。火の心よ無の心よ、空が紅蓮(ぐれん)の夕日に染まるとも、いま、世界は本質を求めん。烈火(れっか)の車輪を心とせん。いまいでよ、原始の世界の烈火を空に描かん。その偉大なる心を放たん。サラマンダーよ! なぜおまえだけが破壊の翼を持つのか。なぜ休むことなど炎の翼には求められないのか。なぜ人には炎の翼はないのか。再生の紅蓮よ。その炎の翼でどこまでも飛んでいけるというのに、なぜこんな場所にいる。さあ、答えよ、いまいるこの時、この場の力となって。いつか時代が勇気するまでのことよ。紅蓮の使徒、サランマンダーよ!」
 炎の絵が空に描かれる。
 それは平面に描かれていく。
 それは絵ではなく、炎の精霊世界なのだった。
 熱砂と火山の国よ。
 水なき炎の精気の渦とうねりと波の波止場よ。
 それはいつかいつも人が得ている火の発生の原始の世界なれば。
 炎舞(えんぶ)。
 絵の竜が舞い踊る。
 それは平面に描かれた世界の中で。
 炎の竜の絵は、世界をあ修羅と描きくるす。
 炎の竜はその空間いっぱいになると、次元と空間の境界を砕いて出現する。
 エルフィールを螺旋に竜が舞う時、空間が黄昏に風が導く。
 エルフィールは精霊をその心に反映する。
 エルフィールの心は精霊世界にある。
 そしてその思いはサラマンダーとしてエルフィールの前に存在していた。
 ゆっくりとサラマンダーはいままでにない大きさまで巨大化する。
 炎舞零無(エンブレム)。
 空を紅蓮に夕日のようにエルフィールの心に彩られる思いにサラマンダーは舞う夢の黄昏時。
 いずれ夕闇が世界の本質たろうとも。
 その炎は斜形(しゃけい)の彼方より射出る槍。
 世界はその炎に風を送る。
ぐらふつつ。
 炎の竜はエルフィールの怒りに奮え、そのわななきに心はぐるぐら。
 炎の竜のよな、とかげは女性に踊る。
 エルフィールはさらに精霊を心に描き、天(そら)歌う。
「大地よその思いよ、偉大なる始源の彼方から、巨人の魂の灯火の歌わん。影なる大地にも、空なる大地にもその思いに砕けた種の木々よ、森となって大地を飾らん。思い出の空にも大地にも、偉大なる竜鳴(りゅうめい)のあいだから飛び立つ鳥さえよ。いま偉大ならしめん思いの大地。その重さに人を引きつけ。その広大さに人を旅立たせん。いまその大地の拳(こぶし)よ、砕けた思いをつかんで空に帰すならば、それが精霊の意味を伝えしもの。ガイアギア。いま逡巡の上に立つ巨人よ。その思いよ。ガイアギア。この大地の君臨よ。いま、世界は砕かれた魂のために大地は鳴動し続けているのだから。いま、その思いを空へ解き放たん。ガイアギアよ」
 女性の立つ大地が砕け、岩の巨人が出現する。
 エルフィールの精霊法ガイアギアである。
 大地の女性の足元から巨大な岩のこぶしが形成される。
 エルフィールの破壊の気持ちは炎の精霊世界に、創造の気持ちは土の精霊世界に双点を結ぶ。
 巨人の彷徨が大地を砕く。
 ミラルはこれほどの膨大な精霊の方向性、精霊力を感覚したことはなかった。
 ミラルにとって、エルフィールの精霊法の使い方は幼稚に思えたが、その双方向性には、無限さえ感じたのだ。
 女性はただ踊っていた。
 精霊たちが出現して、その力を拡大しているのを感覚しながら踊っていたのだ。
 そして、巨人の手をエスコートにして、女性は大地に、岩の巨人にキスをする。
 太古の大地の感覚が巨人を包む。
 それは雄大でなにもかもが大地であった瞬間。
 大地の精霊が眠りから目覚めた瞬間。
 大地はなにひとつ得てなく。
 大地はなにひとつ夢見てなく。
 大地はなにひとつ忘れてなく。
 至始(しげん)の明滅。
−−そうだ。
−−あの世界こそが我(わ)が求めた本質。
−−始まりこそがまた始まりの眠り。
−−眠りこそが我が心の歌。
−−破壊に呼び起こされ、静寂に眠る。
−−世界は大地から生まれ、大地へと帰っていく。
−−望んだ空はいまだ遠く、我が生まれし世界は雲の彼方。
−−忘れていた思いよ。
−−その邂逅(かいこう)よ。
−−いま我はゆかん。
−−その思いの果てに。
 それは思いというよりは、大地の地響きであった。
 岩の巨人、ガイアギアがその瞬間に砂へと砕けていく。
 (ファイアーストーム)炎竜来踊(えんりゅうらいぶ)。
 炎の竜が女性に舞う。
 竜は炎の渦となり、女性を中心に舞い踊る。
 過去も未来もそれは炎の証。
 精霊は有り得べし空。
 炎が、竜が女性にその重さを放つ。
 女性は迫る竜の前で踊る。
 それは。
 乱舞(らんぶ)。
 崩壊とも可逆ともいえんその鏡面空(きょうめんくう)。
 どこまでも続く濁流の鏡面空(テラス)。
 濁流の中に白いテーブルに白いイス。
 一人の女性はそこでゆったりと紅茶を楽しむ。
 その世界はいつでもゆったりと有り続けたから。
 それは自由のひとつの一面。
 崩壊し続ける世界でそれでも女性は一人、ゆったりと過ごす。
 それは濁流の時にも、なんら変わらぬ力。
 そして本質。
 いま。
 女性は炎の竜の前にいた。
 女性の蹴りが飛んでくるサラマンダーを吹き飛ばす。
 炎の竜のすべてを陽の星が包む。
 灼熱の本質が炎の竜を包む。
 そこはどこまでも光を放つ炎の故郷、そして存在の証。
 轟音。
 炎の竜は彷徨(ほうこう)に天は限りなく光りながら竜は無限の形に躍る。
 サラマンダーは精霊世界に消えていく。
 ジョルディーが剣を蹴りを放つ。
 ジョルディーの剣が女性と舞う。
 ジョルディーの間断ない攻撃に踊っているだけの女性。
 それでいてひとつの攻撃も当たりはしない。
 ダリルの魔法攻撃による、いくつかの光球が後ろから女性に舞う。
 乱舞流(ランブル)。
 狂い舞う演舞は舞台で繰り広げられた。
 それは昨日よりも美しく。
 今日よりも鮮やかに。
 忘れられた世界が共鳴する。
 赤いスカーフ。
 黄色のスカーフ。
 紫のスカーフ。
 布が女性と踊る。
 夢はまだ忘れられた時の彼方で舞い夢(ぶ)する。
 一人の女性が光球を蹴り飛ばし、一人の女性がジョルディーの蹴りを蹴り止め、一人の女性が光球を蹴り飛ばし、一人の女性がジョルディーの剣をはじき、一人の女性がジョルディーを蹴り飛ばす。
 それは一人の女性が一瞬で五人にも六人でもあった。
 女性の蹴りにジョルディーが立ったまま後ろへ飛ばされ、足は地にあるが、その蹴りの重さに両足で地面を受け止め続けながら飛ばされる。いきおいはゆっくりとなくなり、ジョルディーはなんとか立っていた。
 女性の上に影がある。
 空にハイベルがいた。
 ハイベルは跳躍していたのだ。
 ハイベルが剣を天上から女性に叩き込む。
 ハイベルと女性は透き通り、お互いの存在は通りぬけてしまった。
「これは……」
 エルフィールたちはそれがどんな意味を持っているか理解した。
 世界そのものを存在とする者たち。
 それは人が知るもっとも高等な存在。
「神と神は戦いによる存在の多層は出来ない。神々の存在は多層されていて、存在は始神(ししん)を探す。神は夢を見ず、それはいつのまにか幻想の森へと人をいざなわん。それゆえに託す選択。それゆえに交流する思い出の風景。それはいつか感覚のオーバーラップ。いづれ人は神話の庭で空を見上げる。高尚(こうしょう)なる花よ。その思いよ。それは神々の黄昏。それは忘れられた時代の輝き。いつか空がそのまま心の境界。なれば。いま、風は思いの始まりなれば。また風に思いえがかん。それが継承の心なり」
 ミラルが説明する。
「あなたは神ですね」
 ダリルが女性に聞く。
「まあ、そうかねえ」
 女性はにやにやしている。
「なぜこんなことをするのです」
 ジョルディーが聞く。
「なんでって戦うことに理由がいるのかい」
「教えてやってもいいぞ」
 努気(どき)。
 エルフィールは抜刀しながら怒りの言葉と気を発する。
 ダリルが手で制す。
 それでも前に出るエルフィール。
 ミラルがエルフィールの足をひっかける。
 すってーんと転ぶエルフィール。
「くそっ」
 顔を上げたエルフィールの前にダリルがいる。
「いまは話しをすべきだと思う。まずは話しを聞いてみよう」
 エルフィールはぷいと横を見る。
 みんな立ち上がり、その女性、女神に向き直る。
 みな剣をしまう。
 女神はあらぬほうを向いて、飛ぶ蝶を眺めている。
 女神はなにも言わない。
「あなたはどこの神ですか。なぜここにいるのですか」
 ハイベルが聞く。
 その言葉は紳士的で、気品にあふれている。
 女神は髪を手でとかす。
 なにかが女神の髪のすきまで明滅している。
 それがなにか、ミラルにはわからなかった。
「あたしはここの女神さ」
ィイイイイン
「すると冥界の女神、か」
 ダリルがそう言って納得している。
 女神はふいに歩き始める。
「どこへいく」
 エルフィールが聞く。
 ずいぶんつんとした口調だが、女神はそれには気にもせず、前を見て歩いている。
 その歩く方向は冥界の王がいる王都のほうだ。
「冥界の王と話しがあるのかな」
 ダリルが女神に聞いた。
「のどがかわいた」
 女神はそう言う。
ィイイイイン
「神はのどがかわいたりしないだろうに」
 エルフィールはつっぱねるように言う。
 女神はどんどん歩いていく。
 エルフィール一行は着いて歩いてく。
ィイイイイン
「なに」  みんな数歩歩いただけだ。
 それなのにもう冥界の首都まで来ていた。
 ミラルはこれが神の力とうなずいている。
 王城には寄らず、女神は井戸に設置されているでかいおけから水をがぶ飲みする。
「ぷはあ! いいわねえ、心の一杯は」
 女神が誰もいないところに手招きする。
 街の人々がそこここにぞろぞろと集まって来る。
 素朴な布着に帯を巻いただけの街の人々が立ち並ぶ。
 その中心に女神とエルフィールたちがいた。
「ひさしぶりね」
 女神が街の人たちにあいさつする。
 街の人たちがそれぞれあいさつしている。
「なんかあたしがいないあいだに変わりは無かったのかな」
 その言葉に特に返事はない。
 女神はだいじょうぶだと思う。
 いや、それはあるいは街の人たちの思いでもあったか。
「そろそろ次の王の決まる時ね、それで見つかったの」
 女神はエルフィールたちに聞いているようだった。
 冥界の王を探してエルフィールたちは旅をしていたのだ。
「ちゃんと探している。もう少し待ってもらいたい」
 エルフィールがつっけんどんにそう言う。
「ふん、まだ見つからないのかい。しょうがない、どん亀どもだね」
 女神は悪態をついて嫌な顔をしている。
 美人が台無しである。
「まあいい。いま決める」
 と、女神は言ってダリルを指差す。
「おまえ王になれ」
 女神はダリルにそう言った。
どくん。
 ダリルは困惑している。
 ダリルは女神に問う。
 歌うよに問う。
「私に地獄の番犬になれと。冥界の王とは死者の支柱。世界はその思いに鳴動する。それでいいと世界は言うのですか。冥界は破壊の足跡。なにが人を招くのか、それは木々のさざめき。揺らぐ世界の一端。なにが自然のゆくえ。命はどこにでもあって、ここにはないから。人は存在の可重(かじゅう)。それでも空は星と夕日と雲と晴れた青い空。ここには空はあっても、それはいつも人の影で作られた存在の天辺(てっぺん)。くらうくら。それでも日々思いは空に沈殿していくのだからと。それが冥界の神の意味であり、意志であると言うのですか」
「そうだ」
「私には勤まりません。誰か他の人に願いたいのです。私は旅がしたいから。やっと自分のしたいことが見つかりそうなのです。それはいろいろな人たちとの出会いがもたらしたやさしい思い出のおかげなのです。私の知っている戦いいがいに、まったく違う戦いかたがある。そんな思いが私の中にあるのです。まだ私の知らない世界がある。そんな気さえしてくるのです。まったく違う時間。まったく違う思いがあると、この者たちに、あるいは他の者たちに感覚するのです」
 ダリルは平伏してそう言う。
 ダリルの言葉に一片のまじないなく。
 だが、女神の言葉にはハリケーン。
「はっ、あんた女神に口答えする気! 破壊は鳴動する。それがいま世界をその崩壊を見た者がそんなことを言うのだろうか。天と地の世界はその光に明滅する。それは神ではなく、人の王の思いだとわからないわけではないだろうね。この世界が輝いているのは誰のおかげだい。誰がこんな昏(くら)い大地に光りをもたらしたのさ。それが見えないとも聞こえないとも言うのだろうね。それが天の理(ことわり)だと言うのだろうね。それがすべてだと聞いてるのかねえぇえええ」
 女神は怒っている。
 世界がぐらぐらと鳴動する。
 それはまた錯覚であり、また冥界の住人たるダリルには現実であったのだから。
 ミラルはふと、女神が一人でいるような気がした。
 黄昏の神々と呼ばれる一群の神々はその存在のひとつひとつがすべてであり、また個別の一神なのである。
 いわばひとつの本質に無数の本質が明滅する。
 黄昏の神々という一群を目にする時、その感覚はすべての神と対面しているに等しいはずだ。
 理屈ではそうでも、ミラルはなにか、冥界の女神がまったくひとつの存在で形成されているような、それでいて無数であるような、なにか落ち着かない気持ちを覚えていた。
 ダリルに女神がつめよる。
 と。
「そいつは魔王ダリルじゃないか!」
 群集の中から声がする。
「魔王がなんの用だ」
「封印の魔則で人々は氷ついてしまった。クリスタルに閉じこめられた人の誰が夢を見るというのか」
「帰れ」
 口々にののしりの言葉を連ねられる。
 なにか重くるしい雰囲気だった。
−−冥界の住人はここにしか存在できないんだが。
 ハイベルは一人つっこみをしてみる。
 攻撃力ならばこの群集すべてと戦っても勝てる。
 だからハイベルはのほほんとしてる。
 ミラルは別に気にしていない。
 逃げることも容易だとミラルは楽観してる。
 だが、それは強大な力を持つ女神いがいをのぞいて、だが。
 一人だけ、その重苦しさに共鳴した者がいた。
「誰がそんなことを言う! ダリル様がどんな気持ちで戦っていらしたというのか!」
 エルフィールが声を張り上げる。
 群衆は収まらない。
 女神はあくびひとつすると手の指を曲げる。
 女神の見えない力に村人が何人か前に出てくる。
 若い男や女たちだ。
「あたしゃね、人のことをこそこそ言う連中が大嫌いでね。そんなんでいいのかい。ほんとうに」
 女神の言葉にみな沈黙する。
 別の意味でまた重い空気が流れた。
「口先ではなく、実際に戦ってみな」
 女神はどうでもいいように言う。
「そ、それは。ダリルと戦って勝てるはずがありませんよ」
 戦慄。
 それは砕けた心。
 奪い去られたやさしさ。
 憂いという名の思い。
 それは確かにそうなのだった。
「ならばこれならどうだい」
 女神は木の板に木の小さな彫像が並んだものを出現させる。
 この世界ではメジャーなゲームである。
 なんとなく両者盤を囲む。
 だが、ダリルはゲームでも強い。
 女神の指示の元、何度戦っても誰も勝てないのだ。
 見かねて出て来る者もまったく相手にしない。
 ちょっとした感嘆があった。
 それはひとときの交流であっただろうか。
 女神はあくびをしてそれを見ていた。
「もういいだろ。こいつらは死ぬまで拷問だねえ。でもここでは死なないからずっと苦痛が続く日々の永遠かねえ。うん。それがいいわねえ。人生は苦痛の海。それをどう過ごそうといいだろう。苦しみが早いか遅いか、あんたはどっちがいいかな。それともあんたはよっぽどそういうのには慣れてるのかい。ダリル。もうあんたは用なしなのかねえ。さあ、この世界で放浪の旅もいいだろう。あんたが自分の幸福を優先するならば、それだけいい苦痛をおくれるだろうよ」
 くっくっくっと女神は笑う。
 女神のその妖艶な笑顔がさらに凄みを増す。
 周囲の人々はしんと静まりかえる。
 冥界の人々は冥界の女神の影であるから、誰一人その存在に意味を問うことはできないのであった。
「わかりました。王になることを引き受けます」
 ダリルは女神の前にひざまずく。
 街の人たちもひざまずく。
「なぜです。ダリル様は断ったはずです」
 エルフィールが抗議する。
「その変わり、その者たちの身柄は引き受けます」
 ダリルは続いてそう言う。
「そうかい。それは苦労かけるねえダリルとやら。それじゃ王様になってもらうよ。百年といわず、長くするといいさ」
 女神はそう言うと笑う。
 実に楽しそうに笑う女神であった。
 なんとなくミラルは女神の感覚には響くものがないのだった。
 いまにも女神に殴りかからんとしてるエルフィールにジョルディーはその手をにぎる。
 ちょっとどきりとして、そしてほんわかしてしまうエルフィール。
 いやいや。
 と、女神を見る。
 女神はエルフィールなど感覚していなかった。
 一女神がエルフィールなど気にするはずもないのだった。
 それはエルフィールも感覚していた。
 女神はさらにダリルに向かって言う。
「それじゃダリルを光でつらぬけ」
 エルフィールがきょろきょろする。
 いや、それはエルフィールとジョルディーに言われた言葉だった。
「なに?」
 しばらくエルフィールはなにが言われたかわからなかった。
「出来ないかしら」
 女神がエルフィールに歩いていく。
 実にゆっくりとゆっくりと。
 女神の一歩に地響きがうなる。
 大地が砕け、空の色が揺れる。
 精霊は消え、風もなく、光も失われる闇に、女神だけがいる。
 歩いてくる女神。
 いや、それはエルフィールの錯覚なのだった。
「やるんだ」
 ダリルがエルフィールに言う。
 はっとするエルフィール。
 なんとか女神に気持ちを向かう。
「理由を言え」
 エルフィールは地獄の底からの鳴動にも一歩も引くことなくはっきりと女神に言う。
 エルフィールの問いに女神は。
「言わない」と答えた。
 女神はさらにエルフィールに歩く。
 それは実にゆっくりした動作なのだった。
「頼む」
 ダリルがエルフィールに頭を下げる。
 ダリルのそんな姿など、エルフィールは初めて見た。
「わかりました。わかりましたから私にダリル様を見下すような姿をとらせないでください」
 エルフィールは困った。そしてジョルディーを見た。
 ジョルディーがエルフィールにうなずく。
 手をにぎる二人。
 二人の手から光があふれる。
ギイン!
 光が明滅する。
 それは出会い。
 それは旅立ち。
 それは夢の語らい。
 そしてダリルはある王国の貴族の一人として生まれ育った。
 大国のひとつであるバランシア。
 国は温暖な気候にあり、また戦乱も無く、静かな時代であった。
 父はダリルが物心つく頃にはベテランなる騎士としてある小隊の隊長をしている人物だった。
 ダリルの父は厳しく、そして公平を重んじることだった。
 強く、また誰にでもやさしく、学問にも秀でたもので、ダリルは十五歳になった時も、父以上の人などあまりいまいと思えていた。
 その日も貴族学院からダリルが帰って来ると母の名を呼ぶ。
 いつものように布を織る姿がない。
 明滅する時間。
 誰が夢を語るというのか。
 絶望。
 破壊。
 世界はそれでもその力に螺旋を描く。
 父の足元で床に横になる母。
 父は抜刀した剣に赤い流れが伝う。
「どうしたの父様」
 父は答えない。
 歩いて来る父にこてんと腰を床に打つダリル。
 ダリルの父は剣を振り上げるとダリルに振り下ろす。
がつ!
 剣はテーブルにぶつかりなんとかダリルは助かる。
「あの、そのいやうわあわくわ」
 ダリルは、はいながらなんとか剣を構える。
 武術の授業で使った中型の剣だった。
 父は剣をダリルにさらに振り下ろす。
がぎいん!
 なんとか父の剣を受け流す。
「くわあ!」
 ダリルはなんとか立ち上がる。
 父は無言でさらに剣を振る。
 それは一撃一撃に容赦のない剣戟であった。
 傷だらけのダリル。
 ダリルは部屋の壁に背がつく。
 もう後はない。
「あのなぜどうしてあのその」
 ダリルはなにか言おうとしてるが、それは言葉にならない。
 父が振りかぶる。
「うわあ!」
 ダリルが突きを放つ。
 それは相手をつらぬいた。
 そして部屋の中で息をしているのはダリルだけなのだった。
 暗い部屋には窓からの陽光が白く床にあり、白と黒のハーモニーが部屋を包んでいる。
 ダリルは城下街から逃げて逃げて逃げていた。
 ダリルを狙うのは騎士団であって、一瞬たりとも気が抜けないのだった。
 神話の樹森(じゅしん)にまでダリルは足を踏み入れていた。
 その森は入る者をいつのまにか眠らせてしまう森であって、誰もその森には入らないのだった。
 森での眠りは魔法ではなく、そういう場であるというのが魔法使いたちの見解なのだ。
 精霊使いは眠りの精霊の群生地であることを知っていたが、精霊の気持ちの一端でもある精霊使いたちが他の者たちにその本質を明かすことはなかった。
 神話の樹森(じゅしん)の地で、精霊たちに包まれ、ダリルも眠気に包まれる。
 疲れてもいた。
 木の下で眠ってしまうダリル。
 森には小動物の宝庫となっていた。
 動物たちも、ここは安全であることを知っていたのだ。
 そして、ある程度の小動物には、精霊たちは語りかけないのだった。
 森は大木の集まりで、また樹にとってもここは安全地帯なのだった。
 月が出ている。
 森は幾状の光のカーテンをその枝から放っている。
 星の光のような光が明滅する。
 それが精霊であるのか、なにかまったく別のなにかなのか、それは知る者はいない。
 歩いて来る音が暗闇に静かに、ゆっくりと響く。
 森の中動く影、それは人の影であった。
 ダリルは緊張する。
 追っ手ではないのか。
 あるいは、自分になにか危害を加える者ではないか。
 ダリルは手元の剣を確認する。
 ダリルの息が荒くなる。
 うっすらとした光の中、浮かび上がる人影は大人の女性であった。
 ダリルまで歩いて来る大人の女性がいた。
 それはエルフなのだった。
 ダリルが目を覚ましたのは夜も深けた時のこと。
 ダリルはしばらく言葉を失い、しばらくは森の中でエルフの女性と黙って向かい合っていた。
 沈黙。
 それは森の樹たち。
 それは絶望と希望のあいだ。
 それは忘れられた星に一人で眠る夢。
 声が闇と夢に響く。
 闇はその声に色を見いだした。
 夢はその声に力を見いだした。
「あなた、精霊たちに気に入られたようね」
 エルフはそう言う。
 その言葉は心に響き、なにか、精霊の発する音のような気がダリルにはした。
 だが。
 この者が誰か知らない。
 ダリルはエルフの言葉にはなにも言わない。
 だが、初めて人と出会ったような気がした。
 初めて会った気がしない。
 なにか不思議を感じていた。
 それはこのエルフに感覚する色彩樹(あざやかさ)の心。
 色彩。
 木々がエルフをさざめいている。
 木々はエルフに思いの葉。
 木々はエルフに花咲かすとも。
 昨日は今日に明滅する。
 木々はエルフの存在を幸福する。
 木々の葉のさざなみがエルフを彩る。
「この森には誰もいないよ」
 三十代後半くらいの女性はそう言うのだった。
 実際、森の中はダリルとエルフの女性だけなのだ。
 確かにダリルもそれは感覚していた。
 賭をしょうとダリルは思った。
 この人を信用しょう。
 そうでなければ、いまの自分はどうにもならない。
 それはダリルの本心であった。
 ダリルは決心した。
「ぼくはダリルと言います」
 ダリルは自己紹介した。
 エルフの女性もそれまで黙っていた言葉を紡ぐ。
「私はエルフでフィルフィルフィールと言います」
「じゃあフィルですね」
 ダリルはそう言ってなごんだ。
 一度決意してしまうと、人を信用するのはなんだか簡単なことだと思った。
 ダリルは落ち着いていた。
「そうね」
 とフィル。
 お互い知らないはずなのに、なんだか笑っていたのだった。
 おだやかな時。
 つれづれなるままに。
 エルフは長寿の種族であり、それは人間には思いもよらないほど広大な時の世界の種族なのだった。
 エルフはエルフだけの種族としてあり、人とエルフが一緒にいるなど、冒険者たちいがい、ほとんどない。
 フィルはエルフという種族は端正な顔立ちをしており、それは美の女神の一端、一族ともいえるようなものなのだった。
 髪の色や瞳の色は影となって灰色にしか見えない。
 その髪は腰まである。
「ここにいればダリルになにもあるはずない」
 ダリルは内心を言い当てられてちょっとびっくりしていた。
「なに、ここにくる奴はみんなわけあり、ということ。まあ、しばらくすると、この静寂にまた森を出ていくのだけどね。なぜかみんなここではいい子でねえ。でも、まあ、また自分の道がここから見える時が来る。孤独と一人になる時間とは違うものなのかも知れない。さて、あなたはどんな道を歩きたいのかな。まあ、時間はあるから、ゆっくりと考えてみなさい。この森には時間のある人しか来ない。自分を見つめることが人生の一番長い近道なのだから」
 そう言ってフィルは笑う。
 それからしばらくダリルとフィルは笑い話した。
 フィルはダリルのことをえらい気に入ったようだった。
 ダリルも、一緒にいるだけでいい人というのは初めてで、貴族学校で習った日々は、気を張っていたばかりで、それはある意味自分を失っていたのではないか。
 そうかも知れないと思い始めていた。
 ダリルは一昼夜フィルと話して、ようやっと眠りにつく。
 不思議と、この森では時間が長く感じた。
 森には寝床は無く、木の下が寝床なのだった。
 くしゃみするダリル。
 木の下はずいぶん寒いのだった。
 少女の声が響いた。
「あんたほんとばかねえ。木の気持ちを感じれば、寒くないのよ」
 木の上に少女がいる。
 一時、少女の髪が虹色を帯びたよな。
 風にそよぐ髪。
 それは虹に彩られ。
 それは。
 虹の蝶。
 舞う。
 ともさ。
 少女には群青の精霊たちが周囲を明滅している。
 まるで少女に精霊の世界を仰いでいるかのように。
 精霊の璃力(りゅりょく)が波紋する。
 圧倒。
 それは精霊の力。
 精霊の存在。
 精霊のうつらつら。
 精霊の昨日は今日のうたかた。
 なにが存在を色彩にうつすのか。
 それは存在の夢。
 いづれなき、存在歌(フィール)。
 少女には長い髪が足元まであり、前髪で顔は隠れている。
「きみは誰だい。ここにはフィル一人だって思っていたよ」
「あたし一人だけよ」
「きみ一人だけ?」
「あたしよ、フィルよ」
 少女はそう言って笑う。
 セクシーな大人の姿とは対照的に、いまのフィルはとてもかわいい少女なのだった。
「きみは……どっちが本当の姿なのかな」
「さあね」
 フィルは木から降りて来る。
「一緒に眠るかい」
「あら、えっちなことはほんとうに好きな人とすることなのよ」
「いや、別にそういう意味じゃ」
 ちょこんとフィルはダリルの背中に抱きつく。
「あんた汗臭いわよ。まあいいけど」
 なんとなく気持ちがどきどきするが、それは時間とともに落ち着いて、静かな感覚にとらわれる。
 まるで母に抱きしめられたような、なにか自然な思いが心をおおう。
「愛があればそれがやさしさ。愛があればそれがなつかしさ。いつか誰から愛されたから、自分は自分でいられる。絶望にうなだれて、その人のことを忘れてしまうのだから。だから、自分の愛する人を、愛してくれた人を忘れてはだめなのよ。子供よ子供。その涙に眠れ。子供は歌って踊ってそしてまた自分の道を探すでしょう。子供よ子供。その道に、いつか自分の人生を見つけるでしょう。あなたが誰か、その時聞きましょう。子供よ子供。いつか出会った人に感謝して。自分が感覚した世界をその空にして。いつか思ったままにあなたの希望が星の回転にゆられて、いつか誰かにその思い伝わるように歌うたう。だから子供よ子供。それがいつかわからない。子供よ子供。その世界こそが自然の感覚だから。いつかあなたの風があたしの思いに響くよに。子供よ子供、そして子供よ大人へ旅をするとも。子供よ子供。ゆっくり眠れ。それがいつか感じた光の意味だからさ」
 少女のフィルの歌はまるで母親の子守歌のようで、なんだかゆったりと、ゆっくりと心に響く。
 ダリルはちょっと涙が出てしまった。
 いけない。
 男は泣いてはいけないのだ。
 フィルの感触だけがうれしかったのだ。
 フィルの思いにやさしくなれる。
 ゆったりなれる。
 その日はぐっすりと眠れたのだ。
 大人のフィルの話しでは、ダリルのいた国では王の命令である種の人たちを国から排除することになったというのだった。
 ダリルが木に剣を叩きつけて剣の稽古をしている。
「あなたの剣は木を傷つけている」
 大人のフィルがダリルにそう言う。
「それがなんだっていうんだい」
「精霊の思いこそがこの空の広大さの意味なのよ。それをあなたは感覚することができるかしら」
「わからない」
「そのうち、理解できるでしょう」
 フィルの元、ダリルは自分で剣の腕を磨き、フィルから魔法の知識と見聞を広めていった。
 それは有意義で楽しい時間なのだった。
 大人のフィルは黒い茶色の髪をしていた。
 それはいつも深い森の中にいると、光ではなく、なにもかもがほぼ灰色に見えるからなのかも知れないのだ。
「なぜ剣を振るうのですか」
 大人の姿のフィルは毎日剣の鍛錬をするダリルに聞く。
 ダリルは明るく笑って言う。
「人々は困っています。私はその人たちを助けてあげたいのです」
「それはあなたへ向けられる気持ちでもあるのですよ」
「私などどうでもいいのです」
「自分を救えない者に誰を幸福にできるというのでしょう」
 ダリルはちょっと沈黙した。
 躊躇しているようでもあった。
 だが、次の瞬間には決意した表情で話し始める。
「父には父の立場と信念がありました。それを恨むことはありません。ただ私は私の信念のために剣を振るうのです。破壊が正義だとは思いません。誰かのために誰かを不幸にすることも生きることだと理解しています。ただ、この剣で私は困っている人々を助け、そして私の信念に倒れるのを待つだけなのです。世は戦乱を迎えようとしています。これからこの剣が必要になります。戦いが人を左右するのならば、私の剣も人から必要とされることを信じているのです」
 フィルはうなずく。
「そうですか。あなたの信じる道はあなたの本質そのものなのです。どこまでも自分の道を歩くがいいでしょう。誰もあなたを止めないでしょう。あなたを止めるのはあなたの死のみです。さあ、歩いていなさい。破壊など誰の本質でもないのです。これからあなたが見てきたことを吟遊詩人は歌い、語りつがれることでしょう。それでもあなたの気持ちがあなたの剣の重さを超える時を願ってやまないのです。あなたが息絶えるまで、あなたが自分の信念に眠れるように願っています」
「ありがとうございます」
 ダリルはフィルから他のエルフたちのいる場所を聞くと旅に出る。
 ダリルにとって、フィルはすでに教師のようであり、親のようでもあった。
 もっとも安心できる存在であったのだ。
 だが、ダリルはここに永住しょうとは思わなかった。
 自分にはこれからなにができるのか。
 自分を世界で試してみたい。
 このぬるい生活から、この安心した世界から旅に出たいと思っていた。
「私の旅には仲間が必要なのです。この世界を変えるための仲間がいるのです」
 ダリルはそう言って旅に出る。
 大人のフィルへの敬愛はいまも変わりない。
 それは淡い恋心だと言ってもよかった。
 だが、ダリルはフィルに恋心を伝えてはいなかった。
 なぜだかわからず、それはなんとなくだった。
 フィルといればそれは天国であって、この森も静かで、なににも左右されたりしないのだった。
 静かな時間。
 平穏。
 夢流れることなく、ただたゆたう中から、現実を見つめていた。
 ダリルにはそれだけの心の余裕が持てる環境であったのだから。
 だが、だからといって、安穏(あんのん)とした生活など、ダリルには希望することなどなにもないのであった。
 大人のフィルはなにも言わず見送った。
 それが大人のフィルの自然な思いであった。
 その人のままに生きるがいい。
 それは森の意志でもあり、そしてそれはフィルの思いでもあったのだ。
 ダリルは森の中を歩く。
 道などない。
 ダリルの行く手には、ただ森が続いている。
 どこが目指すべき土地なのか。
 それはダリルの思いが道となる。
 森がダリルを巡る。
 ダリルはそれでも歩き続けたから。
 木々の葉が舞う。
 昼。
 陽光が灯(ひ)のカーテンとなって何重にも森を彩る。
 自然がダリルと踊る。
 無数の木々、無数の緑の葉が陽(ひ)と踊る。
 緑のカーテンを越えてダリルは自分の道を行く。
 神話の森はなにもかもが自然の調律がとれている。
 その緑緑(りょくりょく)は思いの自然の竜のように大地に踊る。
 その緑力(りょくりょく)は精霊の群青(ぐんじょう)。
 この森は神話が伝える世界の前からある古代樹の群生なのである。
 小さな木から、巨大な樹まで、どこまでも広がっているかのようだ。
 神話の森の果て。
 神話の森はサウンド山脈まで続いていて、ダリルは森の葉の海からたまに見える山を目指して歩いていく。
がさがさがさ。
 なにかが森を駆けている。
 あきらかになにかの意志を感じる動きである。
 それが破壊の意志なのか、なにか別の意志なのか、自然を感覚することができないダリルには、わからないのであった。
−−獣か。
 ダリルは身構える。
「いやっほおーい」
 木から子供のフィルがダリルに降りてくる。
 ダリルの背中に着地するフィル。
 よろけながらダリルはなんとか立っている。
「な、なんだよフィル」
「あたしは退屈に眠る姫。勇者の口づけを待っているのですよ。う〜んじゃ一緒にいくう」
「おれは遊びにいくんじゃないぞ。戦いにいくんだ」
「あら、あたしはあなたの思いがどんなものか、そばで感覚してみたいだけなのよ。けっして暗い森から抜け出して、すっきりラクして楽しんで、羽をのばそうなんてこれっぽっちも思ってないわけよ。けれど、まあ、いいんじゃない。あなたがどういう戦いをするか、あたしが見届けるのもいいかもよ。あたしがいれば楽しいわよう。どんなにすごいことが起きるか、一緒に楽しんであげるから。ねえねえどうどう。いまなら別にお金はいらないのよん。うふふふふふ」
 なんとなくどきりとするダリル。
 大人のフィルとは違い、子供のフィルには別の意味でどきりとする感覚があった。
 大人のフィルが安心とゆったりした感覚なのに対して、子供のフィルは不安定で、それでいてダリルの知らない夢を感覚して、どきどきするのだ。
 それは正反対にある存在のようでもあった。
「おまえとなんか旅するもんか。フィルさんとならともかく」
「あら、あたしはフィルよ」
「それは、そうか」
 ちょっと考えるダリル。
 さらに考えるダリル。
 またまた考えるダリル。
 つまり。
 結論。
「そ、そうか。別にいいけれど」
 ダリルは子供のフィルに苦笑いする。
 ダリルはいまだに子供の姿のフィルを大人のフィルとは違う存在だと感覚していた。
 だからダリルは別の人として子供のフィルに接する。そのほうが自然な気持ちであった。
 ダリルはフィルを背負って歩いていく。
 ダリルはサウンド山脈を越えなくては、フィルが紹介してくれたエルフの場所には行けない。
 サウンド山脈は地図の中でもっとも高い山の連なりで、巨大な山の壁が左も右も一直線に地平の彼方まで続いている。
 その先は地図には載っておらず、誰も知らないのであった。
 それは神々の山脈とか、大地の雷(いかずち)とか呼ばれるのだ。
 山の高さも相当あって、これを徒歩で越えるのは無理と言われている。
 だが、歩いて越える道がある。
 それは地下道を通ることだ。
 無数にある地下道の連鎖、そして縦横無尽(じゅうおうむじん)な空間のそれぞれ。
 広大なゆくえの連なり、そこは永遠の迷宮と呼ばれる場所である。
 その地下道は地下一二階までしか明らかにされておらず、一説には冥界まで続いているとか、無限に続いているとか言われており、その名も永遠の迷宮とか、無限の迷宮と呼ばれていた。
 一説には神々が作った迷宮とか、人は地下から掘って外に出て来たのだとか、いろいろ言われているが、明確な結論は無いのであった。
 洞窟までは森が続いていた。
 洞窟の入り口は小さく、ちょっとした洞窟の入り口のようだ。
 日も暮れかかり、もう暗闇はダリルの視界を踊る。
「なんでダリルは旅をするの」
 フィルが聞いてくる。
 先ほどまで眠っていたので、眠そうだ。
「それは仲間を求めているからさ」
「仲間がいれば楽しいからねえ」
「仲間とこの戦乱に戦いを挑むためさ」
「一人では戦えないの」
「一人で戦乱に身を投じるなんて奴がいたら、おめにかかりたいくらいだよ」
「あっそう。いたらさぞやあなたを楽しませてくれそうね」
「ありえないな。なにせ、案外、人生は退屈でつまらないものだからさ」
「あなたはなにか言うことがダイナミックじゃない」
「そうかな、まあ、そうかもなあ」
 迷宮の入り口は山の岩壁と大地の接点にあった。
 それは大きな城の城門くらい、壮大な大きさなのだった。
 ダリルは迷宮に入る。
 中には山脈を通り抜ける人たちのために魔法石が四角い通路の床に点在して、迷宮の通路をほのかに黄色く照らす。
 ダリルは迷宮へと歩を進める。
 四角い通路が続いている。
 しばらくダリルは歩いていると、男が倒れている。
 それは黒い服に黒いマントの20代くらいの男性なのだった。
「だいじょうぶか」
 ダリルの問いに答えがある。
「マジックトラップにかかっていて動けない。ちょっときみのほうを見ることができないが、助けてくれようなどと、きっとすばらしい人なのだろうなあ。私は動けないのだよきみ。私はベイルベーム。この迷宮で地図の仕事を請け負っている。怪しい者ではない。」
 格好はとても怪しい。
 マッパーというよりは、盗賊みたいだ。
 そう思ったがダリルはなにも言わなかった。
 貴族学校の学院長いわく、騎士たる者、軽口をたたくべからず。
 そしてダリルはそれをいまも守っていた。
「なんのトラップなんだ」
 魔法の罠らしきものは、目には見えない。
「風の手だ」
 風の手。
 それは風が体を押さえつけるというものだ。
 マジックトラップの中では、旅する者に良く知られた物だ。
 だが、どこにも風どころか、そよ風も感じない。
 とりあえずベイルベームを起こすダリル。
「フィル」
「なに、いい加減背中から降りろよ」
「ぐー」
「眠ったふりすんな!」
 と、床から風がうなりをあげてダリルに疾風の雨と化す。
 まるでジェットコースターのよに、動きがままならない。
 なんとかそこにたちとどまるダリル。
 だが、乱風雨(らんぷう)に歩くことができない。
 ダリルは抜刀すると、床にたたき込む。
 魔法の罠が床の石に込められているとの思いからだが、床は砕け、三人は闇に落ちていく。
 奈落の底には底がなく。
 あるのはただ飛ぶ思いの矢。
 その世界は暗く冷たく、ただなにもないだけの世界。
 夢や希望さえも沈殿していく。
 思いの泉。
 光の波紋。
 群青の明滅。
 ダリルの視界を光りが明滅する。
 どうやら無事のようだ。
 なんとか立ち上がるダリル。
 そこは地下一階であった。
 周囲は広間になっているようだ。
 薄暗く、あたりはうっすらと青い光に照らされていた。
 光の源が声を発する。
「危なかったわね」
 そこに大人のフィルがいた。
 蒼い光がフィルと踊る。
 光の精霊とともにいるフィル。
 精霊という存在は幻想の現実の境目。
 ダリルの思いの灯火。
 それは言葉となって精霊をしたう。
「なんとか精霊に助けてもらったけれど」
「助かりました。ありがとうございます」
 ダリルは感謝する。
 ベイルベームがダリルの剣をとり、短剣でフィルに動くなと牽制(けんせい)する。
「悪く思うな、おれは盗賊でね、なに、助けてくれたんだ、せっかくだから財布でももらおうか。あーよいよい」
 ああ、やっぱりね、とダリルは思う。
 フィルは笑っている。
「あいにく手ぶらでね」
 ダリルがそう言う。
「私もだわ」
 フィルとダリルから財布を探すが、なにも見つからない。
「笑う人にはなあ、金があるんだ。しけた旅人だなあ。おまえらむすっとしてるから金がもうからないんだぞ。わかるか、人生楽しんでる奴ほど金があるんだ。苦しい苦しいと貧乏だからと。そんなのあたりまえだろう。それがいけないことじゃない。ツイてない時もある。いまのおれがそうだ。そうだろう。でもな、あきらめない。だからおれはプロの盗賊としてこの道を歩いてられるんだよ。いいか、若いの。働いて働いて、そしておれがかすめとる。それがおれの理想なのだよ」
「それはすまないね」
 さて、どうするか、とベイルベームは考える。
 見たところ子供にエルフの女。
 特に金にはなりそうにない。
「おまえらどこへでもいけよ」
「仲間にならないか」
 ダリルの言葉にベイルベームはちょっと辺りを見る。
 どうやら自分に言われたらしい。
「おまえ冒険者か。盗賊が仲間に欲しいのか」
「ぼくは冒険者じゃない」
「じゃあなんだ」
「ぼくは世界を変えるんだ」
「世界? 慈善事業か」
「それも違う」
「なにをしょうっていうんだ」
「すべての矛盾を砕く」
 フィルがちょっとくすりと笑う。
 それは子供のフィルであった。
「うおっなんだ」
 ベイルベームは周囲を見る。
 大人のフィルはいない。
「ああ、気にするな。フィルは大人にも子供にもなれるんだ」
「魔法か? うーん。いや、そうか、ふーん。ともかく、ダリルくんはなんかでっかいことをしょうっていうんだな」
「混沌を大地に、天の声を空に、群青を人に」とダリル。
「混沌(こんとん)の存在を人は魔王と言うのよ」
 子供のフィルがくすくすそう言って笑った。
「なんと言われてもしなくてはならないことがある。それが我が道。破滅が生きるならばそれさえも我が道。自堕落に生きるよりはなにもかもが破壊されようとも、天の思いに身をまかすのみ。我が思いよこの星の世となれ。何百年何億年の苦しみよ、いまその絶望を打倒さん。我が天命は神の雷ですべてを砕く。その思いに言葉よ踊れ。我が風となり、思い出よ歌になれ。うち捨てられた悲しみよ、いまこの思いにまた蝶と飛ぶ。生きる喜びを知れ」
 子供のフィルが爆笑した。
「さすが貴族ね。すばらしい話しだわ。ダリル様す、て、き」
「子供になにがわかる」
 ダリルがフィルをにらんでいる。
「あんただって子供でしょ」
 フィルはさらに楽しそうだ。
「おまえじゃなくてフィルさんを出せ」
「だからあたしがフィルだってば」
「それは……そうか」
 納得。
 ベイルベームはずいぶん考えていたようだが、なんとなく、理解したようだ。
 ベイルベームがダリルに言う。
「あ、いや、なんとなく話しはわかる。ダリルというのか。おもしろい。あんたの話しはおもしろいよ。うん、おれも昔はでっかい夢を望んでいた。だが、現実には金がなければなにもできない。だからおれは思う。なんとかしてくれるなら、それを感覚できる人がいいってね。ダリルくんの話はおもしろい実に心に響く言葉だ。こんな奴はそうはいない。みんなにごった目をしてやがる。おれは長いこと盗賊してたから、人の心のくさった感じはよくわかる。おまえさんの心はすばらしい。うん、まあ、とりあえずはお試しということで、しばらく一緒に歩いてみたいと思う」
 ベイルベームはダリルの仲間になった。
「ぼくはまずこの迷宮をデステアニールへと出て、エルフを探すんだ。エルフという種族は多様な文化を持つだけでなく、その精霊との親密さ、その魔法の知識の豊富さは群を抜いている。各国はエルフをなにか別の存在だと考えているが、ぼくは同じ道を歩くなにか知識の存在だと感じるから。エルフは人を自然の破壊者と避難している。お互い距離を置いているが、仲間になれば、これほど心強い存在はないに違いない。それはこれからのぼくの戦いが証明する」
「そうか、まあ、でっかいことするなら、仲間は多いほうがいいだろう」
 三人は歩き出す。
「とりあえず上への階段を探そう。一階のほうが安全で近道だ」
 ベイルベームの話にダリルとフィルも賛同する。
でんでろでんでろでんでろ。
でんでろでんでろ。
でんでろ。
「なんだ、なんの音なんだ」
 ダリルは落ち着きなくきょろきょろしてる。
「そうか、ダリルくんは迷宮は始めてか」
 ベイルペームは余裕で言う。
「どきどきで、もりあげるために、危険なモンスターが戦闘できる範囲に来ると緊迫感のある音楽が流れるのよ。ちなみに魔法使いが3人常駐して、魔法でしてるのよ」
 フィルがダリルに説明してる。
「な、なんでそんなこと」
「商売よ」
「商売?」
「そんな強くないモンスターがいる浅い階で、冒険者気分を味わう人たちのためにしてるのよ」
「それがどう商売になるんだ」
「お金は退治したモンスターを買い取ったり、食料、武器防具を売っているのよ。冒険者ギルドの大事な収入源よ」
「ふーん。世の中は広いな」
 なにかダリルは忘れているような気がする。
 どっか、とダリルに黄色い液状、巨大なゼリーが落ちて来る。
「そうだ、モンスターが出た時の音楽だったな」
 ダリルは液状生物であるスライムに、はがいじめにされ、身動きできない。
「あっはっ、あははははははっ」
 子供のフィルは笑い転げている。
「おまえは助けてくれんのかフィル」
「楽しすぎる」 「おまえには仲間の命を救う気持ちはないのか」
「あーらあ、自分の命は自分が楽しい人生を送るためにあるのよ」
 フィルはさらに笑った。
「そんなことはあるはずもない。天命と自分の信念に生きるのが人生だろう」
「なら、誰も傷つけず、自分がそのままに自然にあればいいじゃないですか。ダ、リ、ルちゃん」
「はん、そんなことがあるものか。フィルさんならともかくおまえの言うことが信じられるかっ!」
「だからあたしがフィルだってば。もっとあたしにやさしくしてよねえええん」
「フィルさんならともかく、誰がおまえなんかに! おまえなんかすってんころりんとんぼ返りだっ!」
「うーん。意味はわからないけど、すごいぶじょくね、そうなのね、むむむむたあー!」
 フィルの攻撃。
 ダリルの口に塩のかたまり。
「むががががが」
 ベイルベームが剣を振り上げる。
「いま助けるぞダリル」
「ぺっぺっぺっ助かるっぺ、ベイルベームぺっ」
「どりゃー」
どか!
 ベイルベームの剣戟(けんげき)がダリルにクリティカルヒットした。
 床にしこたまぶつかるダリル。
 ダリルはなんとか立ち上がる。
「いってー。味方に当てるな!」
「だいじょうぶ、数の撃てば神も見放す。いまおれは仲間を救うための力となる。世界よこの声を聞け。我が名はダリルが仲間の一人、ベイルベームなり。この剣におそれおののけ。我が力の前にいまはたさん。この力をしかと剣演舞戦撃ともな。力なくうなだれるならば、この剣にいま力を雷(いかずち)のいななきとせん。はっとちょっと仏でござい。いまその思いよ、んはははは。さあ、そのこのあのとのそらの剣の舞いを見んとしゃっとい。なとんとん」
がんがんがん。
 ベイルペームの剣戟はすべて、はずれる。
 そしてそれはすべてダリルにたたき込まれる。
 ベイルベームはダリルに向き直る。
「やっぱりダリルに当てやすい」
「それがいま言う言葉か」
 ダリルは剣を振るう。
 踊る剣は思いの果てに。
 ダリルの剣は破壊を司(つかさど)る神のように。
ギイン!
 ダリルの剣がスライムを雨とす。
 ダリルの活躍だけで敵を蹴散らす。
ぱぱらぱっぱぱー。
「おめでとー、おめでとー」
 九官鳥が飛んで来て、そう言いながらまた飛び去っていく。
−−あなたはレベル1になりました。
 ダリルの心に声が響く。
「なんだレベルって」
 ダリルは思案顔でフィルに聞く。
「レベルとは経験値。この迷宮での強さを、冒険者ギルドが決めているの。帰りにレベルに見合った贈り物がもらえるから」
「ふーん」
 ダリルは軽傷であった。
 ダリルは自分の腕に布を巻く。
「血を流すなら献血にいけばいいのに」
「この状況で言うことはそれだけか!」
 きゃははと、フィルは逃げていく。
 ダリルはフィルを追いかける。
 子供のフィルは逃げながら歌う。
「あなたの思いが夢の後。それはいつか誰もが通る道なのか。あなたの思いは続くとも、それが永遠の空になるなどと、いつならうのでしょう。旅は道連れ世は情け。それでいいのなら、誰が家になどいるでしょう。旅は冒険のゆくえに人ありて。それはいつか出会った人のよによにまに空にいつかそれでも空を見上げて旅に出る。それはいつかあなたの思いになれば、それゆえに思いはあなたの永遠を癒すとも。それでいいと精霊は歌う。それはあなたの人生の一端なのだからさ」
 フィルの歌にダリルの傷は癒えていく。
 ゆっくりゆっくりと精霊がダリルの心を舞う。
 それはとても心地いいことなのだった。
 まるでそよぐ風と自然の地にいるような気分になってくる。
 なんとなく田舎もいいなあとか思う。
 そんな気分だろうか。
 ベイルベームの攻撃。
 蹴り。
 ダリルは床につっぷした。
「なにをするんだベイルベーム!」
 ダリルが抗議する。
 ベイルベームはフィルを脇に抱えてとんずらしてる。
「おい、なにしてんだ!」
 ダリルはベイルベームを追う。
「おれはフィルが好きになった。あの歌になにを思うのか。おれはいま一瞬で一生を得た気分だ」
 ベイルベームはそう言ってさらに走る。
「あら、あたしの魅力にそんなにめろめろなのね」
 子供のフィルはうっすらと瞳を開いて笑う。
「ベイルベーム! おまえってやつはなんてことだ。おれもフィルさんをちょっと好きなんだ」
「おれはあの幼い顔立ちにその感覚に恋してしまったんだ」
「え? おまえまさか」
「なにも言うなダリル。おれは、おれは愛に生きるんだあ〜」
「おまえは、おまえは、おまえはロリコンだったのか!」
 ベイルベームはいい年の大人。
−−それが。
−−それが。
−−それがロリコンなど!
ぐわがらどがらがごががごがん!
 それはダリルの世界の破滅。
 それはベイルベームにとってホームページで小説を書くほど恥ずかしいことなのだった。
 すっころぶベイルベーム。
 ベイルベームはダリルに言う。
「そうか、おれは愛のために自分を見失っていた。いけないこれではいけないよな。ううっおれはどうしたっていうんだ。これが、これがおれであるはずがない。おれは欲望にその愛にああ、その永遠に自分は虜(とりこ)となってしまったんだ。我が心はもうここにはない。あるのはフィルの思いだけ。それだけなのだ。ああ、月よ、笑わば笑え。それでもこの愛は変わることはないだろう。それでいいのだ。そう、人は愛に生まれ、愛に自然をえがくのだからさ」
 ベイルベームがのんきに歌っているので、ダリルが追いついてくる。
「すまんダリル」
「いや、まあ。子供のフィルなんておれはなんとも思ってないからなあ。なに、フィルがなにかしたんだろ」
「あたしこわい〜」フィルがかわいくもじもじしてる。

「信じるか!」ダリルは怒って言う。
 ベイルベームはダリルに言う。
「だが、ダリル。それでもフィルを思う気持ちにうそはない。一緒にいたいんだ。この思いに一片の悔い無し! ああ、もう世界は愛色になり、世界はその思いに回転しているのだったからさ。それではそれでその思い。いつか世界は恋愛の精霊に踊ることだろう。なにがいいのかなんて知らない。知っているのはこの思いだけ。そう、愛こそが世界をその空をすべてとしているのだからさ。ああ、そうさ。そうなのだ。フィル、ダリルとおれとどっちをとるというのか。答えてくれよ、ああこの気持ちよ」
「は?」
 ダリルはぼーぜんとしてる。
「いやん、どっちも選べないいいい」
「いや、おれは別にフィルのことなんか……」
「ダリル、なにも言うな、おまえの気持ちはわかっている。おまえだってフィルのことは好きだろう」
「おれは、大人のフィルさんならけっこう好きだが、子供のフィルなんて好きでもなんでもないさ」
「ああんあたしをとりあうなんて、いけないわ。おやめになって」
「いや、だからおれはなんとも」
「ダリル、仲間のおまえではあるが、フィルは渡さない」
「いや、フィルの気持ちはどうなんだ」
「おまえと対決するぞダリル」
「え、いや、なんでそうなる」
 ベイルベームがフィルの腕をとる。
 ダリルがフィルの腕をとる。
 フィルを中心にベイルベームとダリルが回転しながら踊る。
 フィルはなんとも楽しそうだ。
「なんだなんだ。おれはなにしてるんだ」
 ダリルはフィルと踊る。
 それはひとときの驚きと音楽。
 それは楽しいことだと、ダリルはいつか思う日が来るのだ。
 ダリルの手は離れ、フィルはベイルベームと踊る。
 楽しそうな二人。
 ダリルは下を向いている。
「ィル」
「フィル」
「フィルー!」
 ダリルは叫んでいた。
「なに?」
「好きだー!」
 それは心の声かどうか。
「あたしもダリルのこと好きだよーえへへえ」
 ベイルベームががっくりと床に両手をつく。
 フィルとダリルは踊る。
 それは一時のダンス。
 それは夢見る存在のラインダンス。
 精霊の祝福なればこその思いならばこその時ならば。
「二人を応援するよ」
 と言ってベイルベームは笑う。
「いや、まあ、その」
 なんでぼくはこんなことを言ったんだろう。
 それはきっといきおいに違いない。
 ダリルは気の迷いだと思う。
 だから、またダリルたちは歩いていく。
ごばっ。
 床が砕けていく。
「なんだなんだ」
 ダリルが落ちていく。
「危ない」
 ベイルベームがダリルの手をつかむ。
ごばばっ。
「うわっ」
 ベイルベームの足場の床も崩れる。
ぱしっ。
 ベイルベームの手を大人のフィルがつかむ。
「フィル!」
 ダリルが叫ぶ。
 落ちるダリルをつかんでいるベイルベームも宙ぶらりんで、二人を大人の姿のフィルがつかんでいる感じだ。
「あ、二人はさすがに無理です」
 フィルもダリルもベイルベームもさらに地下へと落下していく。
「言葉に揺らめく思いよ」
 フィルが精霊たちを感覚する。
「世界はその思い。その力。だからまた思いは空へと色となる。帰る道はないのだろうか。それはまた道を探すことなりて。その思いだけが風となる。雷鳴は私の思い。雨は私の思い。曇りも晴れも私の思い。それがすべてではなく、この力よ、その思いよ、その自然よ、この思いの意味となりて心踊らせん。さあ、いまこそその力を思いの果てに感覚せん。力よ、心が描く未来を連れて、夢に旅をしてほしい。なにが思い出を花とうめるというのか。それがいま私の風の道」
ぐいんぐいーん。
 ゆっくりと浮力に包まれるダリルたち。
 だが、そこはずいぶん深い縦穴で、ずいぶん降りていくのだが、まったく床に着くことがないのだ。
 まるでそれは地獄の底へでも落ちていくようなそんな気持ちだったのだから。
 それは一時間くらいだろうか。それとも三時間だろうか。
 暗い落下に、ダリルたちはまったく時間の感覚がなくなっていたのだ。
 ゆっくりと水に着水するダリルたち。
 水の底、足はつかない。
 暗い中、水面だけが感覚を取り戻す。
「がぼぼがぼぼ」
 誰か泳げない人がいる。
「ベイルベーム、ぼくの腕につかまれ!」
「いや、おれは泳げるけれど」
「ええ、じゃあフィルさん」
 ダリルはフィルをつかむ。
 それは子供のフィルだった。
 ダリルの背中につかまるフィル。
「だいじょうぶかフィル」
「うぷぷぷぷぷっ」
 フィルの攻撃。ダリルは二十五のダメージを受けた。
「うげえ」
 一通り水で顔をぬぐうダリル。
「フィルは泳げないんだな」
「あら、子供の時は泳げなかったのよ」
「だからややこしいわっ!」
 子供のフィルは一呼吸おいて、心を世界にすえる。
 思いは精霊の世界へと共鳴する。
 フィルの言葉は精霊の歌。
「フィルセター。フィルセター。その青の精霊よ。人が思いによって空想するならば、その思いをあたしにあたえて。フィルセター。フィルセター。暗い夜も平気な鳥よ。この思いを空に飛ばして。暗い闇が自由の始まりだとしても、これではなにも心に明滅しないから。フィルセター。フィルセター。聞いておくれ。あたしは暗い夜にも明かりがほしい。フィルセター。フィルセター。夜に響く精霊よ。暗いいつかの影にこの響きを伝えておくれ。フィルセター。フィルセター」
 子供のフィルの声にほのかに蒼い光が舞う。
 ダリルの心に子供のフィルの言葉が踊る。
 それはなつかしいいとしい世界。
 それは帰っていく鳥の影の一瞬の空の色合い。
 ダリルはちょっと子供のフィルがすごいのではないかと思った。
 なんか、フィルはやっぱり大人のフィルと同じ存在なのではないかと考えたりする。
 だが、それは時間の中で、すぐに忘れられたいくのだから。
 子供のフィルの呼び出した光の精霊が暗闇にまたたく。
 それは暗闇のホタルのように舞い、宇宙の星のように輝いて、月のように周囲を照らす。
 精霊はフィルの心と踊る。
 フィルの思いに精霊は踊り出す。
 透明な水面が蒼く照らされ、どこまでも続いている。
 視線の奥、一キロくらい先は、精霊の光も届かず、暗闇に包まれている。
 周囲のすべては水の水平線がどこまでも続いているようだ。
 水の平原。
 それはどこまでも暗く、どこまでも思いの鏡面として宇宙のようである。
「ううむ、どこまでも水面が続いているな」とベイルベームは言う。
「そうだな」とダリル。
「地下十二階までは地図が形成されていますが、その地図にこんな水面は記載されてないわね。まるで暗黒の精霊の世界のよう。ここならどんな精霊だって眠りについてしまいそう。世界はだから暗闇の明滅に灯火(ともしび)、歌うのだから。宝はこの思い。夢はこの思いの羽。だからまた心は自然と恍惚(こうこつ)する。いまだけでない時、いまだけでない空。いまだけが自然として、過去からの思い出が響く夢の彼方という名のいまに思いよ、描け」
 フィルはそう言う。
 子供のわりにはよく知っているなあとダリルは思うが、よくよく考えれば、大人のフィルと同じフィルなのだなあと思ったりもする。
 光の精霊がうれしそうにフィルの周囲を踊る。
「そうすると、かなり深いところまで浮遊してきたんだな」
 ダリルはフィルを背負ったまま泳ぎだす。  どこまでも続く水の連なりを、ダリルたちは泳いでいる。
 どれくらい泳いだだろうか。
 なにか水滴が重く感じる。
「なんだこの水は、なんだか重く感じるぞ」
 ダリルの感触には、ずいぶん重いものなのだった。
−−すべての消滅を。
−−死滅の破壊を。
−−狂気の死を。
「まるでなにかひとつの意志をこの波に感じるぞ」
 ベイルベームが指摘する。
「これは精霊の意志。それは破滅の帝王。世界の浄化しかない純粋のうねり。消えた思いの影。忘れられた子供の頃の夢。その灯火がまだ、人の世に希望を明滅させるから。まだ時代は歌う。その暗闇の中にあった崩壊の序曲を。忘れられた人はここで眠っている。誰にも起こされることなく。誰にも思い躍ることなくただその思いのままに世界を波紋するままに。精霊は躍る。その思いのままに。だから精霊はあらゆる自然の姿。自然の思い。精霊と踊らん。それが自然な人の理(ことわり)」
 フィルはそう歌う。
 色彩音(メロディ)。
 夢すくらむは思いの彼方に。
 なにもかもが闇。
 なにもかもが夢。
 なにもかもが虹。
 色。
 それはかほとかの世に言う時の歌のなだか。
 時は群青の精霊に思い。
 それは詩と史に明滅した思い出のことさら。
 精霊はフィルにだけ共鳴していた。
「精霊がぼくたちになんの用だっていうんだ」
 ダリルはフィルに聞く。
「知らない。けれど、意識がそうとう混沌としていて、あたしでは同調できない」
 水は意志を持った存在としてダリルたちに牙を剥く。
 その水はそれ自体が意志の集合。
 水は存在を凶器と化す。
 破壊の水が渦と逆巻く。
 うねる意識の混沌。
 砕かれる思い。
 もうなにもかも忘れてしまった思い出。
 精霊はさらに渦となる。
 水、ではない。
 まるでスライムの海にでもいるかのように、重い水なのだった。
 その重い波にもてあそばれるダリルたち。
 フィルだけはなんの影響もなく浮いている。
「どうしたんだ。なんでフィルだけ平気なんだ」
「どうやら、あたしは気に入られたようね。まあ、せいぜいがんばりなさいな」
「そんな、おい、助けてくれよ」
「ダリル、ダリルはなにくれんのかなあ。えーとねえヂルチスのバッグとかねえ」
「おまえは守銭奴(しゅせんど)かあ!」
 フィルはまったく思い通りにならない。
 なんだまったく。
 もっと現実のほうが変わるだろうに。
 ダリルはぐちるが、それは別段、子供のフィルには興味のないことなのだった。
 ダリルは剣を振るう。
 だが、なにせ相手が巨大すぎる。
 見渡す限りの精霊の力相手に、なにができるのでもなかった。
「こういう時、正義の味方は自分の力で乗り越えるものよ」
 フィルはけたけたと笑う。
「ベイルベーム、なんか手はないか」
「ない」
「剣もきかない、魔法は使えない。精霊使いは笑ってやがる。どうしょうもないだろう、これは」
 破滅の意識が明滅する。
−−これまでか。
 だが、なにか忘れているような気がする。
 自分にはここまでの力しかなかった。
 そう、それはうまくつじつまがあう話だ。
 もともと自分にはなんの力もなく、誰一人として自分を正確に感覚した人などいただろうか。
 いや、誰もいない。
 誰が自分を理解したというのだろうか。
 なにが世界だというのか。
 フィルが笑っている。
 フィル、フィル。フィル。
 それはどきどきすること。
 夢。
 忘れられた思い出の色。
 もうゆったりとしたことはどれくらいないだろうか。
 忘れてしまった自分。
 ゆくえ。
 未来。
 それはいまから始まるとも。
 フィルの感覚になんとなく、ダリルは自分も、もしかしたらなにかできるかも知れないと思った。
 なにか急にそう思ったのだ。
 なぜか、突然なのである。
 ダリルは言葉を紡ぎだす。
「世界よその果てよ、聞いてくれ。この思いはどこまで続くのだろう。なんのためにこんな思いがあるんだろう」
 楽(らく)、楽、楽、楽楽楽、らっくらく。
 ふと、ダリルの言葉に波がうなったような気がする。
 それは気のせいかも知れなかった。
 ダリルは精霊に歌う。
「こんな思いを笑ってくれ。いつか世界がこのうねりならば、この苦しみならば、その思いよその思いに果てがあることを力としていくならば、この力もまた時代のひとつのそよ風となるだろうに。いつかこの思いよ螺旋となって世界をめぐれ。いつか世界が思い描いた地平線にたどり着けるまでに。この思いよ力となってこの思いを世界の果てに放つ。それがいいか悪いかなんて知らない。それがいいのかなんて思ったことなんてないさ。だから一緒に踊ろうよ。この光が暗闇に変わるまでに。この思いよ踊りだせ。それがいまだといま言おうよろうよう。昏(くら)昏(くら)昏(くら)昏(くら)くとも。そもそも、そもその思いに踊り。虫が鳴き、空(そら)うべき時の時にも。それはいつか揺らぐひととき。これがいい、あれがいい。なにがいい。それでもまた探していたからさ。それでいいと思うなりて。ゆっくりとまた思い時、時、時なんて時なのさ。思い描いた空のよな花。願い花。夢の花。いつか出会いが別れと歌うよに。その思いよ花になれ。いつか枯れない花となれ。いつか花には思いが舞い踊り、その夢を語るだろう。いつかその思いが、その気持ちを草原するだろうさ。世上(ゆじょう)の砂原で思いよ花となれ」
 色彩音明日(メロディアス)。
 ラックトゥースダイスラン。
ころころころと永遠に転がるサイコロよ。
 思い出のららら。
 うたかたのららら。
 群青のららら。
 明滅のららら。
 それは。
 らっく。
 (楽)。
 だかららっくららら。
 らっくららら。
 向こうは苦労の歌。
 旋界(せかい)はとてな。
 夢の間。
 夢のまにまに。
 それはいつか、うつらうともなん。
 ゆらゆらゆらら。
 それはもう二度とない時の連鎖なれば。
 るらるらるるる。
 るらるるる。
 ダリルの歌、とは未熟なれど、その言葉に、うねりはゆっくりと穏やかになっていく。
 精霊はその歌に色々色彩明滅していく。
−−とは、世界よ、その思いなれじど。
「いま、やゆせんその面影よ。そぞろたつ思いならば。それでいいといま言おうというに」
−−なにが思い出か。なにがこの群青(ぐんじょう)か。
「それがいいとは言わない。舞っているのは風の思い出。それが一千の里(さと)を越えた思い出」
−−ならば、はせん。思いの連乗(れんじょう)。思い出は夢に帰りゆくふらう。るう。
「それがいい」
−−それがいい。
 波は完全にその力を水平に化す。
 暗闇は穏やかに波とうねる。
「やるじゃない」
 フィルが笑っている。
 ふふふと。
 その笑顔にダリルは心が笑顔になった。
 フィルが精霊と歌う。
 暗い水平の精霊はダリルたちを上の階まで持ち上げてくれる。
 ダリルたちは天井から出ている階段を上がっていく。
 ダリルたちの服には、一滴の水もついてない。
 それは精霊であったから。
 そして悲しみも精霊には一瞬の曇りなく、心穏やかにあったから。
「人の悲しみが集まる場所がある。そんな精霊がいるんだな」
 ダリルは納得顔だ。
「ひとついいことしたわね。あの精霊、ずいぶん歌を忘れていたような感じだったもの。あたしから感謝を心に思い描いたから。ダリル、ありがとう。見直したよ。ちょっとだけども、ね」
「そうか。そうだろう」
 ダリルが精霊と対話した、最初で最後のことであった。
「ベイルベーム、変なナレーションつけるな!」
「いや、たいしたもんだ。これからはダリルと呼ぼう。様をつけたほうがいいかい」
「好きに呼ぶさ。それが仲間だろう」
「まあな」
「そこまでだ冒険者」
 誰かの声がする。
 年老いた男の声だ。
 フィルの歌に光が声のほうに舞う。
 暗い広間。
 暗闇にぼうっと光る一人の姿。
 黒いローブに身を包んだ白髪の老人がいる。
 長い髭(ひげ)が揺れる。
 手には木の杖を持っている。
「誰ですか」
 ダリルは聞いてみる。
「我は精霊の守護者。その思いよ世界のくらさ、うらうらその思いに果てあるとも。精霊は我が思いなのだ。我が名はその名もバリルステインダだ」
 それは確かに精霊の歌のように思えたが、なにか変な、フィルとは違う感じの歌なのだった。
「その守護者がなんの用ですか」
 ダリルは質問する。
 バリルステインダは問答無用で歌う。
「精霊はそのままにあるのが自然のことわり。そのままに歌われるもの。だから私の歌こそが精霊の歌。おまえたちの歌が精霊だなどと、誰が言うものか。さあ、いま、この力の前にその歌を月の光にさらさん。さあ、我が思いの歌にその思いに精霊に踊れ。この群青など、この昏(くら)さなど、なにも誰も輪廻することなどあるだろうか。さあ、その思いに深い悲しみを。いまから時代はその思いは人生など昏(くら)いひとときの夢だとなぜ認めないのか」
 バリルステインダの歌に精霊が踊り出す。
 世界の暗転。
 昏(くら)い力。
 昏(くら)い連続。
 だが、その力はなにもかもが異質であった。
「違う」
 フィルがぽつりと言う。
「どうしたフィル」
 ダリルがフィルに聞く。
「この歌は精霊と共鳴するのでなく、支配している。いえ、歌ですらない」
「精霊法ではないのか」
 光の精霊がダリルにぶつかると、ダリルの鎧が砕かれる。
 フィルがダリルに言う。いや、それは歌であったか。
「これは、魔法で精霊を動かしている。……。その歌よ。その力よ。あなたたちは明かりの役目。その力は滅びの歌。昨日よりも広大な思い。その思いだけが力の始まり。忘れていた感情よ。思い出のやさしさよ。その思いに心を思い描く。星だけがその回転。思いの果てに夢描く。それがいつも見た夢だとしても。なにが自然かなんて時それぞれ。いつか出会った風。いつか空にまた吹く時もあるから。いつかその思いが花となる日。いつかこの夕日が心になる日。そしてまた続く思いよ。連なる思いよ、その果てに夢をえがかん」
 フィルは歌うが、それは精霊にはとどかない。
 バリルステインダは歌う。
「原始の青よ、その空よ、我が思いに答えたまえ。雷洛(らいらく)の刻(とき)。イデオロギガル。我が言葉は暗黒の精霊の絶望の世界よりの闇のまたたき。もうこの世界が我が暗闇の存在意義。さあ、精霊よ踊れ。その思いがクラクションの宴。眠り姫は笑う。この闇の中でこそがすべての群青だと知ってるいるからさ。願いたまえその闇。乱より蘭。雷羅(らいら)雷羅(らいら)雷(らい)。その苦悩が力。その悲しみの数が言葉なれど、誰が愛など歌うだろうか」
 闇の精霊は魔法に彩られ、男の力に明滅する。
 闇の精霊はゆっくりとダリルたちに踊る。
 フィルも負けじと歌いだす。
「あなたの言葉は鏡の世界では逆さまになりて。その思いが花。その思いが空。その思いが忘れられた夕日の色だとしたら。この想いよ憂愁の雲を描け。世界は花。宇宙という木の花。いまあなたが得た力など、精霊には不自然。なにもかもがあるべき時、あるべき思いの果てにあるべき時。その思いは空の果て。その思いはなにもかもを一瞬の雨と化す。だからまたその思いは歌い、精霊は踊るのだから。暗い夜ならば光。そしてその光は月のまにまに」
 光の精霊が闇の精霊と踊り、闇の精霊はゆっくりと闇へと戻る。
 広間は暗闇のままにある。
 誰がここにいるか。
 それは暗闇の使い。
 それはただ自然の超越を願う魔法使いである。
 お互いの歌が精霊を明滅させる。
 それは生成と消滅のくりかえし。
 お互いの力は拮抗しているようである。
 と。
 歌が重複していく。
 ダリルとフィルの歌が響き合う。
 精霊がダリルとフィルのあいだを舞う。
 バリルステインダには精霊は舞わない。
「うぬう、こうなれば」
 バリルステインダは攻撃呪文を唱え始める。
 それはすでに精霊とは関係のない、魔法であった。
 蹴り。
 それはダリルがバリルステインダに放ったものであった。
 すばやく倒れ込んだバリルステインダをベイルベームが縛り上げる。
「そこまでだな」
「精霊をその支配下においてなにをしょうとしていたの」
 フィルはバリルステインダに聞く。
「ふっふっはっはっはっはっはっ」
 バリルステインダは笑う。
「なんだなんだ」
「我は人にあらず、その存在はさらに高等なるものなり」
 バリルステインダは勝ち誇っている。
 が、一向に動きは人そのものだ。
「驚いただろう」
「いや、まあ、そういうものなのかな、とか」とダリル。
「まあねえ」とフィル。
 ダリルたちはその話の真意などどうでもいいのであった。
 ダリルはさっさと上の階段を探そうと提案する。
 バリルステインダは話始める。
「我が存在は時を越えたその思いの連鎖、偉大な魂の修練。その砕かれし希望の星石。我が本質こそが力。我が夢の彼方の水平線に鳥がさざなむとも。それが世界だと誰が言うのか。水に沈んだ世界。世界の上に世界があり、その世界の空にまた世界が広がる。それがいまの本質だと誰が示したと言うのか。それが鏡の世界。いつも思いがある。それは我が精霊の方向。大地は宴。空は宴。風は宴。我が世界の異変として、その思いは風の旅人になるだろう。おまえは果てなのか?」
 異変。
 それはバリルステインダの饗宴。
うらうらう。
雨雷(うら)羽羅(うら)卯(う)。
 それは始まりの歌だとバリルステインダが歌だと風そよぐ時。
 それはいいことだと精霊が歌う。
 それはいけないことだと精霊が歌う。
 忘れてしまった眠りの夢にも、精霊が舞う、精霊の力の源、その始まり。
 それはいつか揺らぐことなき光の群青樹(ぐんじょうじゅ)。
「フィルフィルフィールと呼んでよね」
 フィルはにこりと笑う。
「これは驚いた。世界の果てがなんの用でここにいる」
 老人は変わったものでも見ているようだ。
「あら、世界はその果てこそが始まりの歌。ねえ、そうでしょうよ」
「そうか、まあ、いい。我は別に始まりの時になど用はない。我は破壊にも創造にも興味はないからな」
「そう、ラインスドアってわけなわけだ」
 フィルと老人はさっきから話している。
「おまえらさっきからなんの話してるんだ」
 ダリルが不思議顔だ。
「なに、人にはその感覚する世界の次元としての鏡面が歌を奏でるのよ」
「さっぱりわからんな」
「それでいいのよ」
 フィルは納得顔だ。
「ふーん、そうか」
 バリルステインダは立ち上がる。
「おまえたちが求めているものなど知らないが、まあ、いい。私は精霊の守護者としてここにいる者。おまえたちなどどうとでもなるがいい」
 老人は、バリルステインダはすたすたと歩いていく。
 そしてダリルたちだけになった。
「なんだったんだいまのやつあ」
 ベイルベームはがうなる。
 フィルがバリルステインダを見送りながら言葉を紡ぐ。
「精霊の守護者でしょ」
「とてもそうには見えないがなあ」
「人が死んだら涙する。だから精霊にもその気持ちを思い描く存在が必要なのよ」
「そんなもんか」
 ダリル一行は上の階段を探す。
「これは……」
 それはあきらかに人が作り出した理路整然と構築された通路であった。
 通路に足音が響く。
 それはどこまでも続くような回廊。
「なんだか精霊がずいぶん感覚するのだけれど」
 ダリルは暗い回廊をひたひたと音とともに旅をする。
 それは昏(くら)い夜道のように。
 それは世界の果てのまたたきのごとく。
 天使はいつまでも天使だったから。
 苦しみは歌いつくされた。
 これからはもっと楽しい歌を感覚していた時の闇のこと。
 回廊は白と黒の模様の四角いつややかな石が並べられた広場に出る。
 まさに装飾の極みともいうべき、宮殿のごとく精微な作りの広間だ。
 円錐の柱が何本も立っている。
 豪華な調度品もそこかしこに並んでいる。
 ベイルベームはさっそく品物の物色を始めている。
 上に上がる階段がある。
 数十人はあがれそうな壮大な階段である。
 剣戟(けんげき)の音がする。
 複数の剣ががなりたてる音がする。
 それは上の階からの音なのだった。
「上でなにか起きているのか。どう思う、ベイルベーム」
 ベイルベームはあっちこっちの品物を見ている。
 まったくダリルの声など聞こえていないようだ。
「まあいい。行こうフィル」
 ダリルとフィルは階段を上がってみる。
 そこはさらに広大な空間となっていて、そこで、鎧を着た男たちが戦っていた。
 その人数は百人といるだろうか。
「これは、まるで戦場のようだ」
 ダリルはぽつりと言う。
「この人たちは狂気の精霊にとりつかれている」
「戦っているのではないのか」
 ダリルが聞く。
「最初はそうだったのかも知れない。でもいまはただ相手を殺すことに心を支配されている」
「愚か者たちじゃよ」
 バリルステインダが横にいた。
「なんだじいさん、なにか知っているのか」
 バリルステインダはこほんと咳(せき)ひとつすると、話始める。
「奴らはドットステイダムの騎士団だ。ここの混沌の精霊を操れれば、巨大な力になる。だからここに混沌の精霊の力を得に来たのだ」
「これはじいさんの手際か」
 ダリルの質問にバリルステインダは笑った。
「わしはただここにいるのが使命。きゃつらは、その心の闇に混沌の精霊が舞った。それだけのこと。おまえたちも混沌の精霊には触れたじゃろう」
「ああ、そういえばそうか」
 ダリルは納得している。
「こいつらはどうなるんだ」
「さあな、その混沌に己(おのれ)の本質を見つけるか、それとも……いづれ、落日の精霊とは誰もが出会う定め。それがただ、時代の輪廻。誰がその思いを歌にするというのか」
「そうか」
 ダリルの眼が爛々(らんらん)としている。
 ダリルは初めて人が戦っているのを眼にしていた。
 それはこれからダリルが踊り出す場所。戦場であった。
 ダリルは緊張していた。
 いや、それはなにかを見つけた眼をしていた。
 それは自分が生まれた場所に戻ったような、なにか得も言われぬ感情に左右されていた。
 どうするか。どうすべきか。
 いや、それは決まっていた。
「ここは危ないから、他のルートを探しましょう」
 フィルは提案する。
「それはもっともな話だ」
 ダリルはそう言いながら抜刀する。
「それがあなたなのですか」
 フィルの問いにダリルはうなずく。
「これから世界を変える。まずはこの連中から変えなくてはならない。それが我が道なり」
 ダリルは単身斬り込む。
ガイン!
 ダリルの剣は鎧にはじかれる。
 その鎧は最高の鋼鉄と技術で作られたものであって、人の技術士の最高のものであった。
 ダリルの未熟な剣は鎧にはじかれた。
 それは貴族学院で学んだ技術の前に、ダリルの初陣であったのだから。
 ダリルは戦場など知らない。
 その圧倒さなど、話に聞いたことしかなかったのだ。
 その鎧の男はダリルに向き直る。
 上から剣が振り下ろされた。
 ダリルは自分の剣の端(はじ)と端を持って、両手で相手の剣を受け止める。
 受け止められなかった。
 吹っ飛ぶダリル。
 重い一撃だ。
 それはどんな貴族学院の教練騎士よりも重い一撃なのであった。
 激痛が走るが、腕は動く。
 なんとか立ち上がるダリル。
 その男はまだダリルの前にいた。
 圧迫感。
 苦痛。
 息が苦しい。
 いや、それは戦場の一瞬であった。
 ダリルはその場で立っているのが精一杯で、どう動くのか、考えることさえできないでいた。
 男の一撃。
 また上段からの攻撃である。
 ダリルは今度は自分の剣を斜めにして剣の先を肩に当て、相手の剣を受け流した。
ぎゃりぎゃりぎゃりぎゃり
 金属音の後、相手の剣がすべりおち、相手はいきおいあまってバランスをくずす。
 ダリルは剣を突いた。
 鎧の隙間、腕の付け根に剣は突き刺さる。
 ダリルは渾身の力を込めた。
 ダリルの剣が手から離れる。
 相手が倒れたため、ダリルの剣も倒れた。
 そして、相手の男は動くことはなかった。
 ダリルは肩で息をしている。
 剣を引き抜くと、また狂乱の波に挑む。
 混乱。
 戦乱。
 雷乱(らいらん)。
 しばらく後、ダリルは剣をひきずりながらフィルの元に帰ってくる。
 戦いは終わっていた。
 ダリルがまともに戦ったのは五人だったろうか。
 ほとんどの者たちは、相打ちとして倒れていた。
 ダリルは思う。
−−誰もいない。
−−いや、誰を探していたんだ。
−−なんで我はここにいるんだ。
−−忘れてしまった世界。
−−夢ばかり見ていた日々よ。
−−それはいつのことだったか。
−−おぎなうことのできない心のからっぽさ。
−−なにが世界を変えるのか。
−−確かに我は世界を変えるためにいたはずだ。
−−それは確かにそうなのだが、この心のなさはなんだ。
−−これが世界の終わり。
−−ならば、世界の果てということか。
 ダリルは自分の存在意義さえ薄らいでいた。
 それはもしかしたら狂気の精霊にとりつかれていたのかも知れない。
「おつかれさま」
 フィルはにっこりと笑う。
 それはとてもゆらゆらゆせせ。
 それはゆったりとした空を思い出すこと。
 心の雲には変わることなく変わり続けるうつらうつらつらが思いとしてあるのだから。
 フィルの笑顔。
 ダリルはふと思った。
 待っていたものはこれだ、と。
 忘れゆく幼い日々。
 望んでいた時間。
 やさしい思い出。
 それだけではないけれど、ゆったりとした感覚。
 ゆっくりと星と踊った日々よ。
 また自然を歌とするも。
 鎧はフィルの前ではただ重い服。
 剣はなにも傷つけることはなかった。
 ダリルは剣を杖変わりにフィルの前に行く。
「ああ、終わった」
 ダリルはフィルにもたれかかる。
「無理をするわね」
「そう、だな。だが、これは我の第一歩にすぎない。これからはこれが我の日常なり」
「まあ、たいへんね。あなたが死んだら、誰があなたを演じるというの」
 フィルが笑う。
くすくすくすくすり。
「我には自分の姿が見えない。だから生きている。だから殺すことができる。守る人を守るため、その身崩れるその日まで我が信念に朽ちる時よ、汝、我が果てなり」
「まあ、すばらしいわねえ。あなたが死んだら、花でも送るわ」
「縁起でもないな」
「あなたが人を殺すならば、あなたはいづれ、誰かに殺されるでしょう」
「我は死を恐れない。いっさいをその運に帰すまで、我の戦いが終わることはなし」
「あなたは不幸な存在。不幸な人が誰を愛し、誰を幸福にするというのでしょうか」
「夢は次の世代が引き継げばいい。我はそのための礎(いしずえ)」
「あなたの破滅をここで感覚しています」
「それがいいだろう」
 ダリルはフィルを見る。
 フィルの声が響く。
 それは精霊の舞い。
 それは忘れられた人々の記憶。
 それは群青の竜による空のわだち。
 鳴くがいい。
 鳥よ。
 空はいつも心の在処(ありか)。
 だから。
 フィルの声が響く。
「怖(こあ)。それはあなたがあたしの思いの核(コア)たる存在。あなたがいればそれは楽しく、永遠の冷獄(れいごく)なのだから。瑠瑠亜(るるあ)、瑠亜(るあ)。あなたがいれば自然は力を失い、私の思いは狂い舞う。瑠亜(るあ)、瑠瑠亜(るるあ)瑠亜(るあ)。もうあなたは私の手の届かない人あなたがいるだけでなにもかもが哀しい夜の歌。なにがあなたを無情さに静まるの。なにが世界を必要だと、あなたは歌うのでしょうか。どこにでもある生活。それいじょうにたいせつなことがどこにあるでしょう」
 フィルはそう歌い、精霊と舞い踊る。
 それはフィルの始まり、思いの始まり。
 生きて、自分を救い。人を救う。
 世界の果てはそう波紋しているようで。
 思いはいつも砕かれた石の破片。
 崩れた砂に意志はなくしも。
 ともしびなど夢みなければその涙に沈むことなどあるかいて。
 時間は自由の歌。
 誰にも問われない存在よ。
 崩れる輪廻よ。
 なんにもない世界なら誰も必要ないのか。
 なにもかもある世界なら、誰か必要なのか。
 言葉は思いの欠片(かけら)。
 二度とない世界よ。その意味よ。
 いつか出会いさえ、この時が忘れてしまっても。
 それでもまた、世界は変転する夢の回転樹(ルクライミング)。
 人の痛みは美しい。
 人の苦しみは広大な砦。
 守るものはその思いだけ。
 だからまた、人は思いはせていた。から。
「だからまた、私はここにいたから」
 フィルが笑う。
「フィルがいてくれればいい。それがいま思いの果てなればなり」
「そうですか」
 フィルの後ろに、ダリルの前に剣を振り上げる騎士がいた。
「あぶない!」
 フィルはダリルをかばった。
 倒れるフィル。
 ダリルの剣が男と組み合う。
 数刻の後、ダリルはなんとか立っていた。
「フィル!」
 ダリルはフィルを駆け起こす。
 だが、フィルは動かない。
 それは眠っているかのようであった。
「誰か、誰か助けてくれ。なんでもする。だから、誰か助けてくれ」
 涙。
 なにもかもが、その苦しみのすべてが、涙となって流れてしまえばいいのに。
 苦渋。
 破壊の代償は夢失い。
 聖舞(セーブ)。
 人は星の遠心力に心得る。
 人はその狂気に心失い。
 人を昏(くら)く。
 人を昏(くら)くしていく。
 誰も傷つけず、心穏やかに暮らせ。
 思いは花となって散った。から。
 世界はそれでも変わらず美しい。から。
 また人はそれでも心踊らせたから。
「誰も助けてはくれない」
 大人のフィルがいた。子供のフィルを抱えたダリルの前に。
 時間は夢のあいだの人生の演奏。
 誰が主体で誰が忘れられた石の意志なのか。
 思い出においてきた未熟さを教えてほしい。
 世界はいつも変転してる。
 それは人のため。
 それは自然のため。
 それは愛のため。
 それは哀のため。
 それはいつか約束の地で再会した空の星々。
 時代は超えていく。
 なにが時間をさえぎるというのか。
 なにがこの道を螺旋するというのか。
 人はすでに手に入れたやさしさを、そっと胸のポッケにしまっていたのだから。
「いつまでも子供ではいられない」
 そう言ったのは、子供のフィルだ。
 ダリルの手の中にいるのは、大人のフィルのほうであった。
「でもね、大人は老いてしまうだけ」と、ダリルの後ろで子供のフィルが言う。
 ダリルの手の中には大人のフィルがいる。
 大人のフィルがダリルの後ろにいる。
 大人のフィルはダリルに言う。
「たとえば約束は守らなければなりません。人はひとつの約束に思いを星としながら、その心を躍らせます。それは時の砂上。いつか約束が思い出の彼方まで人を連れていく時まで。私は歩いていくのです。忘れられた約束に私は空を見上げ、そして夜に打ち上げられた夢をつむぐのです」
 子供のフィルがダリルの横でささやく。
「誰も気にはしない。人に約束など最初からなかったのよ。約束は束縛の言葉。それは誰も幸福になどしない。誰もなにもない世界。約束という世界には、誰も生きることなどできるはずもない。だから人は約束を忘れ、そしてまた思い出を約束するのよ」
 大人のフィルがダリルに言葉踊らせる。
「たとえば、一人の人、愛する人と愛することが誓い。愛をまっとうするのが人の務め。愛を感情することこそが人の思いの舞い。愛いがいになにが世界だというのです。それこそが永遠の思い。愛は気持ちでもっとも尊い心の星。人は愛を感じて人となる。愛は五感、そして気持ちの始まり。愛に人は心生まれ、愛に人の心は砕かれる。愛は一番大事なものを守る世界観。愛いがいに人をつなぐものなし。人の愛よ永遠なれ。この思い出よ人の意志よ、いま、愛の空へと思いの蝶を飛ばす。自分の信じた人と性をするのです」
 子供のフィルが不敵な笑みを見せる。
「いいじゃんいいじゃない。好きに性を踊れば。それが理性の邂逅(かいこう)。夢はなに。夢性(むせい)はなに。忘れてしまった言葉は思い出に描かれていたから。愛に夢も希望も失い、路頭に迷うだけ。愛は絶望。愛はろくでなしの遊び。愛に人は死に、誰も助けられずに愛だけが残る。人のいない気持ちなどどこに存在するだろう。人の愛よ。人のうれいよ。それは人の忘れかけていた惰性。人は愛などなくても生きていける。人に愛に狂い、愛に哀(あい)する。人は愛にだけ生きているわけではないのだから。自分の好きに性をすればいいのよ」
 大人のフィルはダリルに語る。
「人の命は大事なもの。それが守るべきもの。人の命以上に守るものなどあるでしょうか。それがもっとも愛を受ける存在。人の命に世界は歌い踊る。人の世界は命の中にある。人は命の精霊。」
 子供のフィルが笑いながら言う。
「人の秩序はその命。秩序なくして守るもの無し。失ったら戻らないもの。けれど、もっとも重く軽い存在意義。何人殺したら世界は変わるの。理想のために命は紙切れなのだから」
 大人のフィルが「世界よりもあなたが大事なのです」と言う。
 子供のフィルが「世界を救ってください」と言う。
「あなたは人にあたえる人。人を助け、人に道を指し示すでしょう。人を破壊してはいけません。けれど、人にはすべきことがあり、それが王道だとあなたは知るでしょう」
「あなたは君臨する人。あなたを人は魔王と言って恐れおののくでしょう。人の心を破壊しつくすでしょう。人の気持ちがなくとも、自分の力で行動しなくてはならないのです。あなたが、魔王が破壊しつくした世界で、一人生きていくのですから」
 大人のフィルは人の気持ちについて言う。
「人のいやがることをしてはいけません。人の思いを否定しないで。その人の思いをやさしさで包んであげるのです。その人の気持ちを尊重してあげるのです。人の気持ちに寄り添い、けっしてけっしてその人の思いを育んであげるのです。人の気持ちに寄り添うことこそ生きることですよ。他人の気持ちをやさしさで感覚するのです」
 子供のフィルは人の気持ちのことを言う。
「他人の意志など結果でしかない。自分の思いのままに生きればいいのよ。人の気持ちなど、なにが意味するというのでしょう。本質こそが大事。人の気持ちはいずれついてきます。人の気持ちなど恐れない。ただ自分に忠実に生きるのみ。ただ自分の思いを他人にぶつけて、他人の気持ちはそれは自分の気持ちの反映」
 大人のフィルは希望について言う。
「希望のために働かなくてはなりません。働きの中に、休息は見つけなければなりません。働きこそが救い。それこそが未来を形成します」
 子供のフィルは希望について言う。
「どんなにがんばっても、求められるレベルは上がるばかり。休む地は見つかることなし。希望なく、ただ働くことが続くのみ」
 それは大人のフィルであって、子供のフィルであった。
 交互に踊る相互。
 その思い。連なり。夢。
「あなたは一番怖い人ですか」
「あなたは一番やさしい人ですか」
「あなたは誰にでもやさしい人ですか」
「あなたは誰にでも厳しい人ですか」
「狂い続ける舞いを人に」
「理知なり続ける舞いを人に」
「自分を傷つけない力を」
「他人を傷つけない力を」
 絶対(うた)。
 相対(かた)。
 絶対相対(うたかた)。
 絶対相対(うたかた)。
 絶対相対(うたかた)。
 そして。
 すべての対となる気持ちの一点よ。
「生き続ける力を。生きることこそが存在の証明。希望に生きることが空の夕暮れ」
「人に破滅の死を。絶望に死すことこそ自然の理。」
「あなたはどちらか選ばなくてはなりません」
 大人のフィルにそう諭されるダリル。
「あなたはどちらか選ばなくてはなりません」
 子供のフィルはそう言って笑った。
−−ぼくは……。
「ぼくはただ同じ時代を超えていきたい」
 ダリルは子供のフィルの手をとる。
 ダリルと子供のフィルは歩いていく。
「だから時代は変わっていくのです」
 大人のフィルはそう言うと闇の中に姿が見えなくなる。
−−あなたは世界を選ぶ。
−−世界はどこまでも続く。
−−その果てなど、どこにあるでしょうか。
−−あなたが世界の果てでなにを見て、なにを探して、なにを見つけるでしょう。
−−それはあなたの影という名の闇。
−−それはあなたの真実。
−−それは消えることのない麦の草原。
−−くんたられた。
−−世界はそれでも一度もその本質を止めることなく、鳴動していたから。
 ダリルは大人になるにつれ、フィルと一緒に歩いていた。
 エルフは長寿のため、一般に成長は遅いと言われている。
 けれど、フィルはダリルと同じだけ、大人の姿になっていった。
 大人のダリルと大人のフィルのあいだには赤子がいる。
「この子の名前はなにがいいかな」
 フィルが笑う。
「エルフのフィル。エルフィールがいい」
 ダリルが笑う。
「いいわねえ」
「おれは旅に出る。仲間を集めて、戦いを始めなければいけないのだ」
「そうですか。私はここでエルフィールを育てています」
「そうか。それではな」
 そしてまたダリルは旅に出る。
 最初は一人、二人の仲間だったダークエルフを、ダリルは三十歳になるまでに千人にまで増やしていた。
 ベイルベームはエルフとも対等に話しをした。
 それはずいぶんエルフたちの関心を呼んだのだ。
 ベイルベームは合流したエルフィールにとっても人生の導き手として隆々としていたのだった。
 ダリルの仲間は一騎当千の軍勢で、一人とて、力を歌わないものはいないのだった。
「なあ、ダルタルダッテ」
 ダリルは仲間のダークエルフに言う。
「そろそろ世界は変わらなくてはならないだろう」
 それに異を唱える者はいなかった。
 ダリルたちは小国ダガンテを打ち落とす。
 少数精鋭のアルバガンテ騎士団をダリルは一歩も引くことなく打ち破った。
 快進撃の始まりであった。
 未開の地にある国群(こくぐん)いがいの一二ヶ国の騎士団を打ち破るまでに五年とかからなかった。
 地図にある王国の騎士団をすべて打ち破り、そして最後の騎士団との戦いでダリルはジョルディーと出会った。
 そこにいたのはあの日の自分であっただろうか。
 だが、ダリルとの戦いに勝ったこの少年には野望が無い。
 信念が無いのであった。
 それが口先だと思ってもみた。
 だが、その言葉が、その存在がダリルの中で許されることはなかった。
 ジョルディーをその生きかたを根底からくつがえす。
 そのための封印の魔則であった。
 ジョルディーがダリルの執念というクリスタルに閉じ込められた時に感じたものは感動と言っても良かった。
 それは世界の平定よりもうれしいことなのだった。
 それからダリルはずいぶん退屈していた。
 もう争いは無い。
 人はダリルを見れば逃げ出してしまう。
 ダリルはもっぱら城で魔法の書を読んで一日を過ごした。
 そしてその日々はジョルディーがクリスタルから解放され、またダリルの前にエルフィールと一緒に現れるまで続いたのだった。
 これでいい。
 ダリルは満足だった。
 次の世代が越えていくのはきっとその思いに目覚めたからだ。
 ダリルは最後までそう信じてその身は砕けたのだ。
 冥界では旅を続けた。
 冥界は広く、それでいてどこもかしこも人であふれていた。
 いままでのすべての人がいた。
 ダリルなど知っている人などあまりいなく、ダリルは多くの土地で多くの人々と話しをして過ごした。
 それは信念とは違う。
 そういえば若き日のジョルディーが言っていた、散歩というのに近かった。
 旅にこそ、人との出会いこそがダリルの生き甲斐であった。
 そしてジョルディーとエルフィールとの再開。
 それでいいと誰かが言った。
 ダリルはまた冒険の旅に踊り出たのだった。
「だから、また若者と旅が出来てうれしかったのだ」
 ダリルの前にエルフィールとジョルディーがいた。
 ダリルは光にその思いを明滅したのだった。
 冥界の女神がダリルにうなずく。
「助かったよ」
 冥界の女神がダリルに感謝する。
 その言葉に見下した感覚はないのだった。
「良かった」
 エルフィールはため息をつく。
「おまえたちにはまだすることがあるぞ」
 女神はエルフィールとジョルディーの腕をつかむ。
「なんだと。私たちは冥界の住人ではないぞ」
「世界の果てへ行け」
 女神の目が輝いた。
 世界は海に包まれ、その果ては地図にも明記されてはいない。
 どんな国があるのか。
 どんな人がいるのか。
 どんな獣がいるのか。
 まだ知られてはいなかった。
「時間を司る螺旋竜がおかしな行動をとっている。そのために黄昏の神々の長、大神(たいしん)さえ力をさえぎられる事態だったのだ。おまえたちは行け。解決するまで帰ってくるな。死んでも冥界では優遇してやるぞ。おまえたちの戦いだけがこの不変を変える可能性を持っているのだ。まだ世界は混沌の重力にしか大地を形成できないでいる。おまえたちは世界の果てに行ってことの真相を探ってくるのさ。もしできないならここで死ね。出来るなら生きろ。それでいいとおまえの本質もうなっている声が聞こえるとこだろう」
 エルフィールはどぎまぎしている。
「知識の神に聞いてみればいい」
 ジョルディーが言う。
 エルフィールは納得顔だ。
「あいつは暗くて嫌いだね。話しなどしないね」
「なにわがまま言ってるんだこの女は」
 エルフィールはこぶしを振り上げてるが、ジョルディーとダリルとハイベルとミラルとダミエールが羽交い絞めを決める。
 ハイベルが言った。
「神はそれぞれが世界を形成していて、事態によっては協力できないのですよ。相互の神の思いには、不可侵の流旋(りゅうせん)という存在があるのです」
 ハイベルが必死に説明する。
 エルフィールの力がうなだれ、ため息ひとつ。
「いいだろう」
 エルフィールは納得の一言を述べる。
「お母様によろしくねん」
 女神はエルフィールにそう言って笑う。
「母になんの関係があるんだ?」
 それはエルフィールたちにわかるはずもなかった。
 エルフィールは女神の気まぐれだと思う。
 ジョルディーは野道の花を、その飛び交う虫を見ていた。
 ミラルは女神の本質を感覚していた。
 そして、時間はまたエルフィールたちに道を示す。
 エルフィール一行は旅に出る。
 ダリルは王として冥界の都市に残った。
 一行は人の数はそのままにまた旅を続ける。
 エルフィール一行は歩く。
 世界の果てを目指して。
 ダリルの変わりの増員は。
 迷惑。
 だとエルフィールは怒る。
「なんっでおまえが着いてくるんだ」
 エルフィールは女神につかみかかろうとするが、ジョルディーたちに止められる。
「冥界出るまで道案内だよ。納得だろう。冥界を出るには道を知る本質の空と風が必要だよ。それは冥界の王かまたは女神にしかできないことでもあるのだから。特におまえたちには世界の果てへの近道を旅するのだから。当然だろう。ところでねえ、冥界は閉じた世界だから世界の果ては無い。だが、おまえたちのいた世界にはある。だから、地上に出るまで一緒に旅をする。神殿には行かないことだね。黄昏の神々の神殿は無限形成され、その果てはない。そして、世界の果てには神々は近づくことはできない。それが世界の果てというもの。これは使命なのよ。神の使命になんの不満があるっていうのよ。ばちあたるぞ。こら。んー。なんかさあ、のどかわいたなあ。ちょっと戻るか。都市の水はうまいのよねえ。ああ、ちょっとあんた、水をくんでこいや。ああ、日が照っているからさあ、誰か日傘、おまえたち動き遅いなあ。ほらばち」
 エルフィールに石投げる女神。
「ぶっとばす」
 てなわんや。
 「なにが世界を夢見るというのだろうか。なにが一番いとしいのだろうか。それは願い夢見ているには違いない。それは世界よ。その空よ。鐘鳴りて時は成(せい)する。いまが一番いいと言うには夢すぎて、それでいいと思いはとらととと。とにかくそれでも世界 はゆっくりと自然に歌い。それは精霊の歌。それは世界の果てよ。その思いよ。くらっく昏(くら)くくらっく昏(くら)くらっくらっくらっくらんらんらん。それでいいよと幸運よ、あの人たちの空を彩れ。誰が世界の果てだなどと笑うだろうに。夢はうるうべき時の歌の恍惚(こうこつ)たる世界のとんぼさえラララらっくラックらっくラックらっくらっくてんしょん。人には夢がある。それはいまであること。それは夢と希望の時にある時のこと。働く時間。夢見る時間。空を見上げる時間。人はいつ歌を歌うのだろう。そんな時間はどこにあるのだろうか。それではひとつうたうたいうた。それはうたの幼少時。運は心にひらかれているから。昏(くら)い夜にも明かりが欲しい。明るい昼にも影が明滅していて。人の心など誰が見れるというのだろうか。誰が聞こえるというのか。誰が感覚するというのだろうか。さあ、その思いのままに旅人よゆけ。それが旅の空の下に歩いている感覚の空にうつろうとらとらとら。とらうべくは思いの果てよ。いつか願いは時間を超えいく。それでもおまえは旅をするというのだろうか。それでいいと誰が言うのか。風よ歌え。森よさざめいて気持ちとあれ。いつか時間は誰もかも思いの空にその果てにあるということにおののいて空に思い夢見るまでのことならば。時よ、その思いよそれでもさらに人は灯(ひ)を忘れることなどできないのだから。いついまいつかその思いはゆんどるくゆらゆらゆらら空を舞うに違いないといま言うだろうからさ。なにが願いだと影と人は笑いなにが夢だと光と人は涙しながらそれでもまた人はその果てを目指して旅をしているのだから。さあ、その思いとともに旅をすればいいに違いないのだから。夢よその流れよ、旅する気持ちよ。いつも幸運の星を見失うことなく、いつかその心に灯るらっくすたーよ。おもえもその思いも空もいつか心にえがいた世界の中の向こうから流れ星という気持ちがやがてゆったりとやさしく人をその思いを星にするだろう。それでいい。それでこそ旅なりて。なにがいいのかなにがよくないのか。それは知らない。それは旅人。それがすべてなり。旅がゆくての思いならば。いつかいつかいつか願いよ、その思いよ、その夢よ、心にという岩になりてどこにでもあるという夢に眠るひとときの歌よ。それがいつか旅の果てをゆくゆくとも。それでもまた人は旅を知る。誰もその思いに鎖などかけることなどあるものだろうか。思いのままにまにまにいつかたどりついた人に言うだろう。ありがとう。いつもこの空の思いにゆらゆらゆらりしていたからさ。いつか思いが夕べの空に変わるまで。それでもまた旅人は探していたから。その思いを。その果てを。その夢にゆっくりとくつろげる場所をだからいいのだ。だからいいさ。だからそれでも人は歩いてゆく。それは旅。心の旅。夢の旅。希望の旅。それはゆっくりした思い出の中にあるという宝島なのだからさ。さあ、ゆけ。いつか人が忘れてしまった希望の果てに、さ」
 ダリルはそう歌った。
 それは精霊の歌であった。
 ダリルの思いという思いが精霊となってエルフィールの周囲を巡る。
 だが、それに気づいたのはミラルとジョルディーだけであった。
 女神はしらんぷりしていたのだから。
 精霊が笑う。
 それは精霊の歌。
 それは精霊の力。
 世界の果て、それは精霊の星なのだったからさ。
 風が歌を運ぶ。
 それは空を響かせる。
 それは夢を響かせる。
 それは人を響かせる。
 混沌(カオス)。
 それは一人に始まり、三人から渦となり、そしていつかすべての人にあるという場所。
 それは世界の果て。
 それは思いの果て。
 それは歌の果て。
 だからまた人は旅をする。
 忘れられた自分の影と光という存在を探すために。
 それが世界の果て。
 それが混沌の始まり。
 それが人の思い世。
 そしてまた一行は旅をする。
 世界の果てへの旅の道のりはまだ長いのだから。







第十話  鏡面神(きょうめんしん)



 時はうつろいの歌を歌う。
 夜は静寂の虜。
 人は眠りを夢に歌い、心は舞い踊る。
 光。
 目覚めた時間はふらくたる。
 思い出から目覚める時。
 過去の残照。
 ではなく。
 本質の時間が晴れを告げる時。
 朝。
 明るい日差し。
 葉が陰らすいくつもの日のカーテン。
 小鳥が喜びをさえずり、虫が無限を飛び交う。
 大木がそこら中にあり、道などない。
 苔(こけ)が大地をおおう。
 それは変わりなく、森のいつもの日々。
 森の中をエルフィールたちは歩いていく。
 森の移動だというのに、まるで山歩きのように大変だ。
 精霊使いのエルフ、エルフィールはすっかり息もきれて、ばてばてで歩いている。それにくらべ、人の成年女性であるミラルはしゃきしゃき動き、神の子ハイベルは強靱な肉体で女性に手を貸している。人の成年男子であるジョルディーとダミエールも慣れたものだ。黄昏の神々の一群である冥界の女神は飛んでいた。
 いや、それは空を歩いているといったほうがいいか。
 エルフィールの言葉が冥界の女神に向けられる。
「この前の数歩歩いただけで目的地に着くあれ。あれをしてくれたっていいだろうにさ」
 冥界の女神はつんとすまして笑っている。
 そしてエルフィールにこう言った。
「あらあら、子猫ちゃんはもう力なく、その言葉は意味という力を失い、負け惜しみとなって、空を彩る鳥なのかしらねえぇえぇえぇえええ?」
 けらけらけらと女神は笑う。
 その言葉には、人をあざけり、不快にするすべての要素が入っているかのようであった。
 そうだと思えないとエルフィールは思っていた。
 エルフィールが他人を敵視することはだいぶなくなった。
 それはジョルディーのおかげであった。
 エルフィールは気づいていないが、ジョルディーがそばにいるだけで、敵対心が失せてしまうのだった。
 だが、この冥界の女神だけはどうにも好きになれない。
 それどころか、戦って倒してやりたいくらいであった。
「それが神としての態度か、それが人をエルフをドワーフを統(す)べる神の姿だと言うのか!」
 エルフィールがげきこうする。
 女神はまったく意に介さない。
 ダミエールがジョルディーに小声で話す。
「エルフィールをしばって連れてったほうがいいのではないか」
「なに、いつものことさ」
 ジョルディーはいつものと変わらずのんびりと、黙々と歩いていた。
「だからなあ!」
 エルフィールは女神につかみかかるが、それは中をすべる。
 エルフィールはなにがおきたかわからない。
 ミラルが魔法で幻を見せていたのだ。
 それとは気づかず、何度か同じことをしているエルフィール。
 そんなこんなで一行は森を抜ける。
 街がある。
 そこはかなり大きな街だ。
 流れる大河に流れている。
    れ

    け む

    と

    に そ ん な と き と か ね

と こ な

    と

    こ と か な

    か

    な

    あ


 水は街の中を縦横無尽に走り、大河が街の中心を抜ける。
 巨大な樹が街の要所要所にあり、その大木は空にとどきそうである。
「水樹(すいじゅ)都市ミラニアラーだ」
 女神はそう言って笑った。
 ミラルはその笑いにふと思う。
 どこか楽しそうで、それでいて寂(さび)しそうだと。
「冥界の中でも屈指の水と自然の街でね。ずいぶん貧しいけれど、食べ物には困らないさ」
 一同は女神の説明を聞きながら街に入っていく。
 誰もかもすぐに扉を閉めていく。
 不思議な感じ。
 いくらなんでも、誰もかれもである。
「この街の連中はこわがりなのさ」
 女神は笑っている。
「そうか?」
 エルフィールは納得していない。
 ミラルはなにか、女神を見て、人々が逃げていくようだと思った。
 まあ、冥界の女神なんてそんなものかな、ともミラルは思う。
「ゼビゼフィビィーティ様」
 街の人の一人が呼びかける。
 女神は聞いていないで先に歩いていく。
 エルフィールいがいの仲間はびっくりした。
 普通、黄昏の神々に名前を付けることはないからだ。
 それはここが冥界だからなのか。
 ミラルはなんとなく、別の人と間違えているようだと思った。
 それも、まるで、かなり近い存在の人と。
 女神がいた。
 冥界の女神の前にもう一人の女神が。
 その存在はまさに左右対称のようであった。
「なんだ? 冥界の女神は二人いるのか?」
 エルフィールは女神に聞く。
 エルフィールいがいは緊張感に包まれていた。
 その場の神は一神。
 それは知らぬはずもない。
 風が舞った。
 エルフィールはずいぶんいいものだと思っていた。
 かすかに、魔法使いのミラルは女神と女神がぶれたように思えた。
 ジョルディーとダミエールには初動だけ、神の子ハイベルとて、すべては見えなかった。
「ひさしぶりぃ〜」
 冥界の女神はそうもう一人の女神に話しかける。
「いやあ、ずいぶんひさしぶりじゃないの」
 もう一人の女神も答える。
 それは実に仲のいい会話だった。
 二人の女神はゆっくりと、普通に歩み寄る。
「ようこそ、我が街に」
「いいえ〜、お出迎えとはねえ、うれしいねえ」
 そう話しながら、二人の女神は指相撲をしている。
「なんだ、仲が悪いのか?」
 エルフィールがジョルディーに聞く。
「そうらしい」
 エルフィールが冥界の女神に歩いていく。
 女神同士はにらみ合ったままだ。
「なんで仲が悪い」
 エルフィールの問いにどちらも答えない。
 エルフィールは不満、ぐち、悪口を3時間ジョルディーに話した。
 その話のあいだ、「そうだな、それはたいへんだな、いいことあるといいな」と答えるジョルディー。
 ミラル他、一行はすでに休憩していた。
 ジョルディーはエルフィールに話す。
「自分が他人を理解するのは難しい。それは一生かかってもできないことなのかも知れない。話ができればそれはとてもうれしいことなんだ。それはとても喜びのことなんだ。だけれど、そんな時間はすぐに過ぎてしまって、他人への昏(くら)い気持ちにとらわれてしまう。それが人生なのかも知れない。それが生きるということなのかも知れない。一生、それは人の本質として変わらないのかも知れない。それでも人は人と話していくんだ。それが希望だと信じているから、ね」
 エルフィールはあくびする。
 ジョルディーの話など聞いてなかった。
 エルフィールはぐちを言うだけ言って、疲れたと言って眠った。
 エルフィールは6時間眠ってから起きた。
 女神はまだ戦っているようだ。
 ミラルもジョルディーもその様子を眺めている。
 エルフィールはとことこ歩いていく。
 エルフィールは女神同士戦っている、冥界の女神のほうにパンチする。
 それははじかれた。
 というより、吹っ飛ばされるエルフィール。
 止まっているように見えて、なにか、動いているらしい。
 エルフィールはほこりをはらってミラルの元まで来る。
「どうしたんだ、これは」
 ミラルの元にぽわんと見慣れない猫くらいの小動物が表れる。
 緑色の毛並み、大きな目。
 丸いボールにひものようなシッポの先に丸い毛玉。
 可愛い。
 エルフィールは思わず抱きしめてしまう。
 ミラルはなにかエルフィールが知らない言葉で小動物と話している。
「ふーむなるほど」
 ミラルは納得している。
「なにを話したんだ。って、これはなんだ。精霊か」
 エルフィールははてな顔だ。
「そんなものね。カーバンクルと言って、とても物知りなのよ。あたしの友達なの」
 ミラルは笑っていた。
 エルフィールはちょっと考える。
 カーバンクル。
 聞いたことがあるとエルフィールは思った。
 精霊としては精霊使いとも話したことがないと言われる伝説の存在。召還できれば、伝説となるという。
 魔法使いとしての使い魔としては一番人気、というか、それを得ていれば、賢者クラスどころか、神の意味に匹敵するとも言われる存在である。
 一部の種族には、神ともあがめられるている。
「違うよな……使い魔?」
 エルフィールはミラルに聞く。
「違うでしょ……友達」
 そう言ってミラルはにっこり笑っている。
 友達?
 なんだ?
 とにかくありえない。
 伝説のカーバンクルではない。
 エルフィールはそう考えることにした。
 それはとにかく。
 女神同士の戦いは続いていた。
「なんか、込み入ってるようだな」
 エルフィールはミラルに言う。
 こういう時、ジョルディーに言うのがエルフィールの常だが、最近、ミラルに聞くことも多くなった。それがどんな心理の変化なのか、エルフィールは考えてはいない。
「なんかね、カーバンクルが言うには、ね」
 ミラルが説明を始める。
 ミラルは魔法使いだ。
 魔法使い。
 それは、
 知識のトリロジー。
 頼りになるとか。
 貴重な人材だとか。
 ここぞと言う時の戦略家とか。
 旅の仲間には魔法使いは一人はほしいという話しである。
 が。
 ミラルの場合、あまり役にたったことはない。
 なにか賢者をエルフィールとジョルディーに紹介したとか、なんかあるような気があるが。
 それはまた別の話、だとエルフィールは思っている。
 エルフィールにとってミラルとは、茶飲み友達くらいのものなのである。
 そのミラル。
 が。
 たいしたことがないミラルが、最近どうも頼りにしている自分がいる。
 もしかして、ミラルは結構たいした奴なのではないか。
 そんな気持ちがよぎることもある。
 いや、それは気のせいにすぎないのだ。
 うん。
 エルフィールは納得した。
 それがエルフィールにとってのミラルの位置であった。
 ミラルは話す。
「カーバンクルが言うにはねえ、あの女神には、聞くも涙、語るも涙の話があるというのよ。それはあの冥界の女神は最初、原始の神として、三人でひとつの存在として、神をしていたというのよ。それがね、黄昏の神々が台頭してきた時、黄昏の神々は一神しか認めないから、その気持ちに応じて、一人は影となって眠り、一人は悪となって冥界にて狂気の存在となり、一人は冥界の女神になったというんですよ。たいへんですよねえ。それがいつか、元にもどるあてなどないというのに。女神はこの冥界のすべてでなくてはならないのですから。誰も冥界の女神のために泣いてくれないというのです。誰ひとり、悪はもう一人が引き受け、誰もいない人のことなど忘れてしまうというのですから。どうして人はその思いに答えなどないのでしょうか。いつか、この思いに答えがあるならば、答えてください。誰がこの最初の植物を育てたのですか。教えてくださいな」
「え、いや、なに言ってるかわからないぞ、ミラル。もう少しわかりやすく言えよ。なんで、突然、そんな、なんか、偉そうな人みたいなこと言うんだよ」
 しどろもどろのエルフィール。
「どうしてかしらうーん」
 ミラルは悩んでいる。
「つまり、さ」
 ジョルディーがエルフィールの脇にいた。
「兄弟げんかだ」
「そうか! それは良くないな」
「おい、なにする気だ?」
 ジョルディーが聞くまでもない。
「やめなさーい!」
 エルフィールは叫ぶ。
 だが、もちろんそんな言葉など聞く女神たちではない。
 だが、エルフィールの叫びに答える存在がいた。
 カーバンクルがエルフィールの後ろに表れ、夜の暗闇を照らしたのだ。
 それは希望の光。
 エルフィールは精霊を召還する。
 攻撃。である。
 冥界の女神への本気の攻撃である。
 エルフィール。
 ちょっと、本気である。
 呪場が展開する。
 呪場とは魔法が発動するフィールドの展開であり、そこだけ言葉は膨大な時間の圧縮を受ける。精霊法では精霊が舞いだす、という表現となる。まさにエルフィールの周囲を精霊たちが舞っているのだ。
 絶神(ぜっしん)
 それは絶対の存在。
 狂っていても神。
 苦しくても神。
 楽しくても神。
 よろしくっても神。
 命がけでも神。
 神、神、神。
 それでも人は願わずにはおられず、そして、また人は観念するのだ。
 観念しなさい。
 エルフィールは力を言葉とする。
「願いよ、思いよ、私に力を貸して。世界よ、その精霊たちよ。我が思いに力と成せ。世界は混沌としていて、それでも意志は我が意志にありて。グリフィン。その翼力(よくりょく)よ。その力よ。その思いは世界をはせるとも。力は日常のため。力は世界を螺旋させる。力は地球の回転から。力は我が言葉から。力は世界の指針なりて。力はほしい。力はあればきっと幸福なことなのだ。だから私はおまえを欲するのだ。力よ、その名はグリフィン。破壊せよ、その女神と女神の敵を。いま、世界の昏(くら)さをくだかん!」
 ごごごごごごご……。
 平面に鳥でもない、竜でもないような生物がうごめく。
 精霊におけるグリフィンとは光の精霊であり、それは実体化することさえ高位の精霊使いにとってはできるが、エルフィールにとって、いまは攻撃の手段に過ぎない。
 そして、それがエルフィールであった。
「ひまだわ」
 瑠璃(るり)はそう言ってお茶を飲む。
「お嬢様は少し忙しいほうがいいですのに」
 メイド服の女性がそう笑う。
 瑠璃(るり)は空を見る。
 九の色とりどりの星が空に浮かんでいる。
 青い小鳥が何羽か、ぱたぱたと飛んでいる。
 気持ち良さそうに。
 心地よい日差し。
 今日は絶好のティータイムだろう。
 風がどこまでも続く草原の草をゆらす。
虫は謳歌している空気。
 空の星々もきれいに輝いている。
「今日はよく理想が見えるものね」
 瑠璃(るり)は空の星々を見ながらそう言うと、ちょっと笑った。
「そうですね」
 メイドも笑う。
 光のグリフィンが女神たちに当たり、透き通って消えていく。
「あまりにもレベル差がありすぎるのね」
 ミラルは納得する。
 エルフィールは納得していない。
「なんで効かない!」
「うるさい!」
 女神かける2がエルフィールにぱんちする。
 それは衝撃波となって、光速にさえ届きそうである。
 エルフィールはひらりとよけた。
 エルフィールの後ろにカーバンクルがちょっと揺れて見えた。
「誰と戦っている?」
 エルフィールに女神がチョップする。
「狂気か」
 もう一人の女神がけりを繰り広げる。
「思い出か」
 女神の明滅した力がエルフィールの髪をゆらめかす。
「すべての過去か」
 エルフィールはすべての攻撃をかわした。
 それには驚きはしなかった。
 ただ、女神が悲しんでいるように、なにか、そう思ったのだ。
 花は舞う。
 ただ、それがさだめと踊るのみ。
 けれど、力よ、その思いよ、その願いよ、いつか、その思いが人の夢となり、花となりますように。
 力ゆらゆら。
 ゆられながら。
 世界よ。
 うつろうとも。
 その力を示せ。
 それがいつか見た空だったとしても。
 また、人は歩いて行く。のだから。
 力よ、その歩みに力を与えたまえ。
 あなたにも力ありますよに。
「まだだ」
 エルフィールはけりをふたりの女神に決める。
 そのまま呪場を発生させるエルフィール。
 それは三人のトライアングル。
 えがけ、紋章陣。
 それは世界の文様だとしても。
 力よ、我が心に力とせよ!
 エルフィールは叫ぶ。
「力なく涙する者よ、破壊された構造よ、願いむなしく、力なくおとずれる荒廃の夢の後足、それでも、人は力あると言うのですから。世界よ。まだ力は人にあります。まだ、希望はあります。まだ、願いはありますか。世界よ。その力よ。まだ世界よ。その思うたゆたうとも。願いよ、力よ、我が本質よ、宇宙の広大さに、その世界に共鳴するとも、力はあると、この道よ。我が願いなりて。いくぞ。世界あるかぎり、道をいけ。その道こそが時代なりて」
 呪、場。魔法。というものは。
 絶神大樹祈願(えくせれんと)
 世界よ。
 くりかえすとも。
 世界よ。
 頑張れ。
 だから。
 宝。
 願い。
 力。
 言葉の剣とすとも。
 願いよ。
 力よ。
 いつか見た夢と希望と思い出を心明滅するとも。
 あるば。
 あれば。
 いつか。
 力よ。
 地球の回転の力を、我が心とすのだから。
 願いよ。
 力よ。
 言葉よ。
 いつまでも、この願いを込めていて。
 この力を得て、希望をのせていけ。
 いつか倒れるまで。
 私の力となれ。
 世界よ。
 心うつろうとも、時よ、この世界足り得ますよに。
 力よ。
 エルフィールはジョルディーを見る。
 うなずくジョルディー。
 二人の手がふれる。
きいん
いん
ん……
 暗闇に誰。
 あなたは誰ですか?
 それはいつかいた自分。
 それは忘れていた希望。
 それは願い舞う心という日々よ。
 瑠璃はゆっくりと笑った、から。
瑠璃 瑠璃 瑠璃
 瑠璃  瑠璃   瑠璃  瑠璃
瑠璃 瑠璃 瑠璃   瑠璃  瑠璃
 瑠璃  瑠璃  瑠璃  瑠璃  瑠璃
瑠璃  瑠璃  瑠璃    瑠璃  瑠璃
 瑠璃  瑠璃   瑠璃   瑠璃
    瑠璃   瑠璃   瑠璃 瑠璃
 瑠璃  瑠璃  星は見えたかしら  瑠璃
瑠璃  瑠璃  瑠璃  瑠璃  瑠璃
  瑠璃   瑠璃  瑠璃
瑠璃   瑠璃     瑠璃     瑠璃
「今日もいい日だったわね」
 瑠璃(るり)がそう言う。
「はい。お嬢様」
 メイドがそう答える。
 エルフィールもジョルディーもその場でお茶していたから。
「急がしいのですか?」と瑠璃。
「そうねえ」とエルフィール。
「まあまあですよ」とジョルディー。
「それはよろしいですね」とメイド。
「またね」と瑠璃。
「そうね」とエルフィール。
 一瞬、それは一瞬のことだった。
 エルフィールとジョルディーは元の場所にいた、
「感謝と笑顔が勝利する」とエルフィール。
 エルフィールはミラルを見る。
「そうねですね」
 ミラルはそう言って笑った。
 三人目の女神が目を覚ます。
「ひさしぶりですね」
「そうね」
「ひさかたぶりです」
 時間は無限にある神々よ。
「永遠のようでした」
 それは眠り姫の言葉。
「話したいことが、たくさん、たくさんあったんだ、よ。きっと」冥界の女神はたどたどしくそう言う。
 冥界の女神ともう一人の女神が泣いて笑って、そして、きっと、喜んでいた。
 エルフィールはきっとそうではないかと思った。
 エルフィールもちょっと泣いてちょっと笑った。
「よかったわね」
 ミラルがそう言う。
「そうだな」
 エルフィールはちょっと照れてしまった。
 それはきっといい日に違いない。


 「えーとこっちの計算がこうなって、えーとこれがこうなって」
 夜ごと繰り広げられるミラルの言葉と魔法によるゆらめく炎。
 それは……。
「ああ、また計算があわない」
 ミラルはエルフィール一行のさいふをあずかっていた。つまり、会計係とでもいうか。一人一人のお金の管理をミラルはしていたのだ。
「うーん」
 計算があわない。
 毎日の会計結果。それは一向にあわないのである。
 おもにエルフィールとか、ジョルディーとか、ダミエールはけっこう伝票を残してくれるのだが、みんなどんぶり勘定なので、ミラルは最後にはたいへんになっていっぱいいっぱいになっていた。
「今週もお金が足りないなあ」
 夜空を眺めるミラル。
 みんな眠っている。
 すやすやと。
 いいなあ。とか思う。
 星空は輝いていた。
 満天の空。
 それはすんでいるよで、なにも見えないようで、いて、なにかそこから本質が降り注いでいるよで。
「あーあ、お金でも降ってこないかしら」
 ため息ひとつ。
 ミラル。ちょっと眠っていた。
 はっとする。
 カーバンクルがそばにいた。
「おお、いやあ、いい空ね、また詩を聞きたいのかな?」
 カーバンクルはすんだ歌をうたう。
 ちょっとミラルは癒されていた。
 それはほんのひとときの夢。
 ちょっとしたため息。
「ため息は青い鳥が逃げていくわよ」
 誰に言うでもなく、ミラルは笑った。
 カーバンクルが猫のように鳴いた。
「あら、そうね。ここの計算がまちがっていたわ」
 ミラルは書き直す。
「ふむ。いいわ」
 カーバンクルが酒を取り出す。
「いえいえ、この仕事があがるまで、それじゃ、いただきます」
ぐびぐび。
 ぷはあっ。
「んまい!」
 ねむー。
 でも、がんばんないと、あたしの背中にみんなの貯金がかかっているのよっ!!
「みゅー」
「え、それはないって?」
「みゅー」
「ああ、そうねえ、それはそうよお。うんうん」
「みゅー」
「え、お金?」
 カーバンクルはお金に変身する。
 それも金貨。
「うふふふふふふ、これで今週はのりきれるわ。うふふふふふふ。ああ、いけないいけないわよそれは。人をたばかってはいけないのよ。それは魔法使いとしてはいけないことなのよ。ええ、観念したわ。だから、とにかく、別のことを考えるわ」
 カーバンクルは踊って、そして魔っている。
「ありがとう。それだけで気持ちはとてもうれしいのよ。うんうん」
 そうよ、これが現実と戦うということなのよ。
 あたしがやられねば誰がやる、ばい、きゃしゃーんよ!
「うふふふふふふふふふふふふふふふ、ふふ」
 ミラルは呪文を放つ。
 心あればお金なくとも、それは気持ちが一番大事なんだからねっ!
 それは呪文というよりも、観念である。
 いつか、お金があれば、みんなががんばれるのよおおおおおおおお!
「うふふふふふふふふふふふふふふふふふふ」
 それは実にやばい顔をしてるミラルである。
「みゅー」
「え、いまはどうするかって?」
 うーん。
 考。
 考。
 考。
  思考  思考   思考
   思考  思考 思考  思考
 思考 思考  思考  思考 思考
思考 思考 思考 思考  思考
 思考  思考 思考 いい考えは思いつきましたか?
思考 思考 思考   思考  思考
 思考  思考 思考  思考
「ひらめいた!」
 はっちゃけ!
「みゅー?」
「今日はとりあえず眠りましょう。明日考えることにするわ」
 眠るミラル。
 それはとてもいい顔をしていた。
「みゅー」
 カーバンクルもミラルの横で眠っていた。
 それでも星々は輝いていたのだから、さ。







第十一話  オプティション



 空の影という名の宇宙世界が波紋共鳴していく。
 それは冥界の響き。
 人の心が潤う時。
 冥界の植物は育っていく。
 それは自然に、けれど、人に耕された土地は違うようだ。
 なだらかな盆地の草原。
 木々は乱立してあるようで、それでいて、道に沿ってある。それが木にそって道が作られたのか、道が後から作られたのか。それはよくわからない。
 緑の木々は思い出の反映。
 草原と耕された豊かな大地。
 高い建物はなく、どこまでも空と大地のハーモニーが続いている。
 忘れられた思いまでが草木となる場所。
 ここでは人々の思いが太陽となり、月となる。
 いまは心が陽をかざしていた。
 陽は緑をほのかに光らせていた。
 思いの角度で、その光は明滅しているのだ。
「歌は忘れてしまったの?」
 女神の影の一人がそう言う。
「忘れていないわ」
 もう一人の女神が言う。
「だって私と私と私の歌ではないですか」
 冥界の女神はそう言う。
 草原に風が舞う。
 靴を隠すくらいの草が風にゆらいだ。
「まるで草原が歌っているよう」
 ミラルが自然に感嘆してそう言う。
 青空が草原の奏でる歌を聞く。
 そこから心が生まれた。
 影の女神は闇の底に触れると光が波紋していく。
 もう一人の女神が空となって星を抱きしめる。
 冥界の女神が大地に舞い踊る。
 鏡がきらめいたように三人の女神が草原で舞い踊る。
 三人の女神の先には丘となった森や街や遠くの山々が見える。
 景色と色彩と空の青さと雲の白さが三人の踊りに交差する。
 ふいに、メロディが凪がれた。
 影の女神が闇を風に波紋する。
 もう一人の女神が光りを風に波紋する。
 冥界の女神が透明さを風に波紋する。
 波紋は歌。
 冥界で女神三人が歌う。
 明るい日差しの中、歌う。
 もういいでしょうと歌う。
 希望を歌う。
 笑顔を歌う。
 絶望の過去を歌う。
 栄光の日々を歌う。
 可能性を歌う。
 それは未来。
 人が得た唯一の力。
 それはいつか見た日々の残照。
 なのだから。
 うろぼろす。
 忘れかけた人の力。
 陽炎(かげろう)のように心映す空を海の波のように砂のまたたきのように思いの風だけがこの星を抱きしめ続けていたから。
 いいでしょう。
 大地を愛しています。
 空を愛しています。
 この道を愛しています。
 空の広がりよ、思いの深さよ、自然の多彩さよ。
 思いの連鎖が宇宙と踊る。
 愛は宇宙なの。
 愛は一瞬の光の波紋。
 それは心を波とするとも。それは心を光りとするとも。それは心を闇とするとも。
 時代は思いを越えるとも。
 思いは時代を越えるとも。
こ  思いと時代はともにあるとも。
 思いと歌はともにあり、歌は心にいつもありますよ。
 愛はありますか。
 いつか。
 出会う人よ。
 いつか愛する人よ。
 いつか出会う道にさえ、人は幸せを探せるのですから。
 さあ、その思いに力を歌にするまでのことならば。
 三人の女神が歌う。
 ハーモニー。
 三人の声が時にリレーされ、時に一緒に手をつなぎ、時に風と波とまたたきのように、思い出のように、まだ知らぬ光のように、歌に響かせた。
「さくら、それは花の名前。人。それは希望の名前。人よ、いま、力あるかぎり歩きなさいな。それで力つきたのなら、また思いをえがいて、また力を感じて、また思い出を思い出して。人はいつか感情を得たとも。それは破壊のため。それは創造のため。それはいまを問い続けるため。人よ、願いよ。いつか人が希望の歌を歌うまで、私たちはいつか人が忘れてしまった思い出を歌うことでしょう。誰でもいいことであり、あなただけのことであり、いつか誰かの夢に舞い降りる思いなら、あなたの気持ちをきっといつか夢にしてくれるでしょう。あなたたちがいれば誰も彼もいつかあなたの存在を信じることでしょうにねえ。さあ、あなたの希望を歌いなさい。さあ、あなたの存在を歌いなさい。さあ、あなたの感情を歌いなさい。それこそが心の願いとなるまで。いつか見た道のかたわら。それは雑草だったでしょうか。それとも、どぶかわだったでしょうか。それとも、花、だったでしょうか。黄色い花だったのならば、それはうれしいことです。あなたの好きな色はなんですか。あなたの好きな願いはなんですか。あなたの好きな夢はなんですか。あなたがいれば成立する時代よ。あなたがいればきっとそれだけで希望であると信じていますよ。だから、それは一時の思い出。さあ、歌いましょうよ」
 エルフィールは泣いていた。
 それは感動の歌だった。
 それはミラルにとっても、ジョルディーにとっても、ダミエールにとってもそうであったのだから。
 エルフィールとジョルディーとミラルとハイベルとダミエールは地上にいた。
 いや、それはそう感覚したと言うべきだろうか。
「後はあんたたちの道を歩くがいいさ」
 冥界の女神がそう言う。
 三人とも、似た顔立ちだが、たぶん、冥界の女神だと、ミラルはなんとなく思った。
「道案内はいないのか」
 エルフィールは冥界の女神らしき一人につっかかる。
「ないね。エルフィール、あんたねえ、よく冥界の女神があたしだとわかるわね」
「敵、は見失わないから、ね」
「あっはっはっはっはっはっ」
「うふふふふふふふふふふふふ」
 エルフィールと冥界の女神は笑っている。
「また地獄に来たら会おうじゃないか」と女神。
「その時はいいパンチを用意しとくよ。魔法付きのな」とエルフィール。
「あっはっはっはっはっはっ」
「うふふふふふふふふふふふふ」
 エルフィールと女神は仲良く笑っている。
 それはちょっと怖いとミラルは思った。
 エルフィールたちは女神たちから離れ、自分たちの道を行く。
ズシッズシッズシッ
「ハイベル、なにやってんだ」
 エルフィールがハイベルに文句を言う。
 ハイベルの一歩に、足の周囲にはちょっとしたクレーターができる。
「気にするな、体重が重いだけだ」
「どれだけ思いんだ。まったく」
 ハイベルは一行の一番後に着く。
 半日も歩いただろうか。
 陽(ひ)はもう地平線へと落ちていく。
 道は土から砂漠となり、どこまでも続いている。
 どこまでも夕日の砂漠が続いている。
 もう地図にはない場所を歩いていた。
 知っている場所に戻るのにさえ、一日はかかるだろう。
 そんな知らない土地を、エルフィールは先頭を悠々自適に歩いている。
 まるでなにかこの未知の道を知っているかのようだ。
「エルフィール、自信満々だけれど、道を知っているのか」
 ジョルディーが何気なく聞く。
「知らない。けれど、こっちだと思う」
 それは予想の範囲の答えではあったが、ジョルディーを始め、誰も異論はないのであった。
 知らないこと。
 それはもっとも愚かで、強いことなのかも知れない。
 知らない土地。
 それは地図にさえない場所。
 そこは旅行ではなく、冒険の領分。
 みな、不安でないわけではない。
 だが、そこが歩ける道であると知っている者には、それは歩くべき道なのであった。
 7日間、なにもなく、ただ歩くのみの日々であった。
 朝も過ぎて、また一行は歩き出す。
「おい、ジョルディー」
 エルフィールに答えるジョルディー。
「なんだ」
「私が一番嫌いなものはなにか知っているか」
「ダリルか」
「違う、地平線しか見えない旅なんて、なにが楽しいのだ。歩くのにも限度があるだろう。どっかから馬調達してきてくれ」
「それは無理だろう。鹿なら用意できるぞ」
「ばかか! 鹿には乗れないだろうが」
「うまいわね」とミラル。
「なにがだ」とエルフィール。
「いえ、なんでも」
 ミラルは星を見る。
「なにが見える。青い空しかないぞ」
「そう、普通わね。でも、あたしには見えるのだから」
 ミラルはそう言うとちょっと微笑した。
「変な奴だ」
 エルフィールはぶつぶつ言いながらでも、また歩いていく。
 一行は歩き続けていた。
「るっくらっくるっくらっくらんらんらん」
 ミラルは踊りながらカーバンクルと踊り舞う。
「なんだ、ミラル。元気ならあたしを背負ってくれよ」
 エルフィールが憎まれ口を叩く。
「あら、いいわよ」
 カーバンクルがエルフィールをつまみ上げる。
「おい、なんだこれは、かっこわるいだろ」
 カーバンクルはどんどん上がっていく。
「おい、高いよ、あぶないだろ」
 さらに飛んでいく。
「高い、たかすぎる。た、たあすけけてぇえぇえぇえええええ〜」
「楽しいっていいことよね」
 ミラルは楽しそうだ。
 エルフィールが風に落ちる。
「うひゃわひゃあひゃわあわあわあわあわあ〜」
 大地は遠のき、ジョルディーたちは点にしか見えないくらい高い。
 上空の風に涙目になりながら、エルフィールは目を開けた。
 丸い光。
 地平線が丸かった。
 砂漠はまだ続いていたが、ちょっと先に緑が見えた。
 辺境のその先には、なにもない。
 それが通説であったはずなのに。
 なにかがある。
どくん
 心が鼓動する。
 希望がエルフィールの心に灯る。
 それもつかのま、エルフィールは浮遊感に包まれる。
 カーバンクルがいなかった。
「おい〜」
 下からすごい風が疾風のごとくエルフィールを舞い踊らせる。
 いきができな……い。
 ハイベルが怪力でジョルディーを投げる。
 ジョルディーがエルフィールをキャッチする。
 一瞬、エルフィールが浮いた。
 一呼吸するエルフィール。
「だいじょうぶか」とジョルディーが聞いた。
 エルフィールは一瞬、空にいることも忘れて、ジョルディーを見ていた。
「うん」
 だが、落ちていることには違いない。
「うわあ〜」
 その二人をさらにハイベルが受けとめた。
 エルフィールは大地に足をおろす。
 ダミエールが手をとる。
 まだ生きていた。
 安心と違和感とがないまぜになって、エルフィールはちょっと笑った。
「そ、空っていいものだなあ」
 エルフィールは泣きながらそう言った。
 ミラルはうんうんとうなづいていた。
 一行はまた歩き始める。
 エルフィールが示した大地を目指して。











第十二話  岩の鳥



 岩の鳥がいる。
 大地にでんと座り、それはなんとも、威風堂々とした容貌である。
「ずいぶん立派なオブジェじゃないか」
 エルフィールは見惚れている。
 ミラルはオブジェにしては不自然だと思った。
 それはまるで生きているように、なにか波紋とでもいうような気持ちが感じられたのだ。
 数十階のビルディングにも見えた容姿は、一行が近づくにつれて、小さくなってゆき、それは目の前まで来ると、一行の背丈よりもちょっと高いくらいになってしまった。
「魔法でもかかってるのか」
 エルフィールがしげしげと眺めている。
 ミラルはこれが存在していることを知った。
 そう、この鳥は実在する。
 その証拠に、その鳥の影には揺らぎない力が見てとれる。
 魔法使いであるミラルには、それは自明のことのように見てとれた。
 ジョルディーはエルフィールに抱きつかれて、なんとなく、鳥を見ているが関心はないといった感じだ。
 ハイベルは歌い、それにダミエールが伴奏を付けている。
 三味線のような音楽器をダミエールは奏でる。
 それは聞いたことのないような音楽であるのであった。
 カーバンクルが踊るように舞い上がり、鳥のくちばしにキスをする。
 と。
 鳥はうなるように動いた。
 いや、それは気のせいであったようだ。
「これはこれはなんと素晴らしいことだろう」
 誰かが横にいた。
 それは作業着に調査用ヘルメット。
 中年の男性がいた。
 三十代くらいだろうか。
 柔和な笑顔で鳥を眺める男は、なんとも景色にとけこんでいるようだ。
「探したよ」
 男はなんとも喜ばしいといった感じで言った。
 男の短い髪が風に揺られる。
 細い目はいとおしいものでも見るように鳥を見る。
「誰だあんた」
 エルフィールが聞く。
「これはこれは失礼した」
 男はおじぎひとつすると、にっこりと笑う。
「私は錬金術の研究をしている人間の男で、らいでんと人は呼びます」
 エルフィールがじーっと男を見ている。
 エルフィールは終いには男をまさぐり始めた。
 ふむ、とエルフィールはうなずく。
「所持品もそう、手のこなれかたもその通りね」
「みゅ〜」
 カーバンクルが鳴く。
「カーバンクルはこの人が気に入ったようだわ」
 ミラルは珍しいと思った。カーバンクルが認めたということは、その人の誠実さを好きになったのだ。そう、エルフィールのように。
「だからなんだっていうんだ」
 エルフィールはさらに男に質問する。
「なにが目的だ」
「この鳥が呼んでいたんだ。だからここまでいくつもの町や村をへて、辿り着いた」
「そんなことがあるか。なにか黄金でもあるとふんでのことだろう」
 エルフィールはじと目で見ている。
「そうではないわね」
 ミラルは鳥に触れて言う。
「なにを鳥は求めている」
 ジョルディーが男に聞く。
 エルフィールはちょっと不満そうに黙った。
 らいでんはうなずく。
「その前に、自己紹介もかねて、話をさせてくれたまえ。私は」
 らいでんはここいらの岩の性質とか、この鳥がどんな意味を持つのか、その持論を展開した。
 エルフィールいがいはまじめに聞いていた。
 ジョルディーの腕につかまっていたエルフィールがあくびする。
 ダミエールが一曲披露する。
 エルフィールはダミエールの曲もたまにはいいものだと思った。
 鳥がうなった。
 いや、それは風のわななきであったであろうか。
「鳥はエメテンタスを求めていると言っている」
 らいでんはそう言う。
「言っていることがわかるのか」
 エルフィールが聞く。
「いや、この岩の性質から、足りないものはそれであると思ったのだ」
 らいでんは鳥ではなく、風の吹く先を見ている。
「こっちだ」
 らいでんは歩いてゆく。
「おいこら」
 エルフィールが憤慨してるまに、一行は先に歩いてゆく。
「待てってば」
 エルフィールもあわてて追いかけた。
 深い森がどこまでも続く。
 樹海とでも言う言葉がぴったりとくる木々の深さだ。
「まだ先なのか」
 エルフィールがすでに息があがったようすで言う。
 一行はさらに樹海へとゆく。
 どろ水やヒルにジョルディーはマントでエルフィールをおおい、カーバンクルがミラルの周囲を守る。ハイベルはなにもないように普通に歩き、ダミエールは口笛を吹いて歩いていた。
 らいでんは慣れたように歩いてゆく。
 木が揺れた。
 いや、それはすべての木が共鳴するように揺れているのだ。
 一同が立ち止まり辺りを見回す。
 木が歩きだした。
 いや、それは木であって木ではない。
 木がうねりをあげてヘビのようにうねる。
 枝で造詣されたような巨大なヘビ顔。
 森はすべてがヘビのようになっていた。
「樹竜(じゅりゅう)か」
 らいでんは驚いたように、いや、それは感嘆の声として感動していた。
 樹竜がうなりをあげて襲いくる。
がぎいん!
 ハイベルが剛剣の一撃でそれを射る。
 だが、樹竜は蚊でもいたかのように、なにかきょろきょろしてる。
 エルフィールはジョルディーを見るがその手からは光はでない。
 樹竜が暴れる。
 カーバンクルがミラルを抱え、ミラルはらいでんを抱えている。
 ジョルディーがエルフィールを抱え、ダミエールが曲を奏でながら樹の上にいる。
 ハイベルが剛剣でいなすが、それがやっとである。
「な、なんとかしろ〜っ!」
 エルフィールが叫ぶ。
 ほい、と、らいでんがこしょう入れを取り出す。それをさっさとふる。
 粉は樹竜にそそがれる。
 樹竜のあちこちから花が咲く。
 樹竜がきょとんとしてる。
「クエーッ!」
 樹竜は一声いななくと、満足したようにまた森に戻る。
 木々にはすべてに満開の花。
「定説通りだな」
 らいでんがなにかメモしてる。
「わかってるならはやくやれ〜っ!」
 エルフィールが怒鳴っているが、らいでんはまた歩く。
 一行はまた歩き出す。
 エルフィールがぽつんと残された。
 静まりかえったような森の暗闇に、エルフィールは背筋が凍る。
 エルフィールも一行にゆき、ジョルディーの腕をつかんだ。
「きょ、今日は寒いな」
 ジョルディーはエルフィールをマントに包んだ。
 森を抜ける一行。
 苔(こけ)から草となり、草原と続いてゆくが、所々で小さな丘となっている。
 らいでんは地形を見てはなにかメモをとり、台地の土を触ってはうんうんうなずいている。
「なにをしてる! はやく目的地へゆくぞ」
 エルフィールがどんなにせきたてても、らいでんはでんでん虫のようにのろい行程でしかない。
「らぐだらくとてだーと!」
 丘のひとつに若い女が立っている。
「えーと、デルタエイトの古代語のようね」
 ミラルはうーんとうなる。
「意味はこの先へはいかさんと言っているようね」
「どうするジョルディー」
 エルフィールはジョルディーに聞く。
 ジョルディーはマントから手を出して指さす。
「かわいい顔だ」
「はあ」
「いい胸、あのおしりは安産型かなひでででで」
 エルフィールが怒り目でジョルディーをつねっている。
 ゴーヤという植物はビール瓶より一回り大きく、ごつごつした小さな突起がいくつもある。独特の苦みが通には評判で、料理の素材として使われることもある。
 ゴーヤでジョルディーを叩くエルフィール。
 逃げるジョルディー。
乱乱乱RUN。
 と。
 流星が頭上に。
 いや、それは雪だった。
 ゆっくりと、それはすぐに吹雪となって一行をおおう。
「これはあの女性が?」
 ハイベルがらいでんに聞く。
「いや、違う。ここの地形のようだ」
 らいでんは歩いてゆく。
 女はらいでんの前に立ちはだかる。
「るるらるら」
 ミラルが女性の前で踊る。と、女性が笑いだした。カーバンクルが女性をくすぐっていたのだ。
 女性はなにか言う。
があがあがあ
 鴨(かも)の大群がミラルとカーバンクルを踏みつける。
「らだくだるがらでら」
 ミラルには、これが私の友達よ。と、女性の高笑いとともに聞こえてきた。
 エルフィールはジョルディーを追っかけている。
 ハイベルとダミエールとらいでんはなにかを黙々としてる。
 ハイベルが木を倒し、ダミエールがいかだを作り、らいでんが指示していた。
 いかだが出来ていた。
 ハイベルがミラルとジョルディーとエルフィールをいかだに乗せる。
 ハイベルがいかだを怪力で押す。
 すべりに乗って、いかだは走り出す。
「はがらべらがら!」
 ミラルには、逃げるのか、と聞こえた。
 ミラルにはらいでんも奇妙な人物に思えたが、この女性もずいぶん変わっているように思えたのだ。
いかだが走る。
 丘を越え、雪道というより、雪海原を疾走するいかだ。
 一行は一本の帆にしがみつき、なんとかその雪の波に耐えていた。
 いかだには手すりのようなものもあるが、みんな、帆にしがみついていた。
 すごいいきおいであったのに、いかだはゆっくりとその速度をゆっくりとした定速度に変えていた。
 白雪の少女が平行にいる。
 白一色の少女は手毬を持っている。
「遊んで……」
「つかまったな」
 ハイベルが苦(にが)い顔をする。
「なんだ?」
 エルフィールがきょろきょろする。
 ミラルが眼鏡(ねがね)をかけて説明する。
「彼女は雪童子(ゆきわらし)。とてもかわゆく、楽しい遊びをするけれども、その存在は永遠だから、いつまでも遊ぶことになるかも知れない。とてもきわどい祝福の座敷童子」
 ジョルディーが雪を投げる。
 雪童子は笑って高速で避ける。
「楽しそうだな」
 エルフィールはなんとなく眺めている。
 ハイベルは雪だるまを作っては投げる。
 雪童子は雪だるまでお手玉してる。
 ダミエールの曲には、歌いだす雪童子。
 ミラルがカーバンクルを放つ。
 雪童子と仲良くなっている。
「万策尽きたわね」
 ミラルはため息をついた。
 みんな下を眺めていた。
「私はまだなにもしてないぞ」
 エルフィールがきょとんとしてる。
「らがらめらがら!」
 先ほどの女性が追いついてきた。それも徒歩でである。
 ハイベルはひょいと女性をつかまえると、雪童子に投げる。雪童子は楽しそうに女性と踊っている。
 一行はなんとか南極もとい、難局を乗り越えた。
 いかだは速度を取り戻して、また疾走する。
 いかだが止まる。その先には白い建造物。
 みな、近づくのに、エルフィールが立ち止まったままだ。
「どうしたエルフィール」
 ジョルディーが聞く。
「変だぞその建造物。こんな形は作れるはずない。なにか魔法によって作られたものだ。いま、精霊に聞いてみるから」
「これはコンクリートで作られたものだ」
 らいでんが答える。
「錬金術か」
 エルフィールがらいでんの元まで歩いてくる。
「錬金術ではないよ。ある土と土を混ぜると、それはとても強固な粘土になるんだ。これは昆虫から得た技術であり、それは自然の報酬なのだ」
「昆虫はどうやってこの技術を得た」
「それはわからない」
 らいでんはアーチ状のゲートをくぐる。
 一行はそれに続いた。
「誰かいるのか」
 エルフィールの問いにはらいでんが答えた。
「砂の層から、ここはずいぶん放置された建物であると思う」
 ミラルがさらに言う。
「不自然な魔法の後はありません」
「風を感じるな。穏やかな向かい風だ」
 ジョルディーがさらに言う。
「神は進むことを祝福している」
 ハイベルがそう言う。
 ダミエールは静かな曲を弾いている。それは風の運ぶ砂の音とよく合う感じだ。
 エルフィールを見る一行。
 エルフィールはきょろきょろ辺りを見る。
 精霊がいない。
 ここにはなにかあるのか。
「え、えーといいんじゃないか」
 エルフィールはとりあえずジョルディーの後ろに陣取る。
「どうした」
 ジョルディーが聞いてくる。
「風よけだ」
「そうか」
 一行は前に進む。
 暗い四角い通路が続いてゆく。
 らいでんが砂と砂を混ぜて、さっと一振り。
 それはきらめく光となって、通路を風に運ばれてゆく。
 間接照明のように、月明かりのように、ほのかに光が金色に輝いている。
 力を貸してもらおう。
 闇が揺らめいた。
 ジョルディーだけがそれを聞いていた。
「どうした?」
 エルフィールが聞く。
「闇が揺らめいている」
「そうか」
 一行は先に進む。
 通路は長方形の石を積み上げられて作られていた。
 一部の石だけに彫刻がある。
「これはすごい」
 らいでんは熱心に見ている。
「だから、立ち止まってんな!」
 エルフィールのけりをらいでんは以外にもよけた。
 床にあったなにかをとるため。エルフィールはその拍子にころころと転がる。
ばたーんと、床が開く。
「なんだこの典型的なトラップわあ!」
 床の端になんとかつかみついてるエルフィール。
 ジョルディーが来るが、エルフィールよりも穴の奥を見ている。
「なにしてる」
「助けが必要か」
「あたりまえだろう」
 ジョルディーは闇の奥を凝視している。
「じぇよおるでえいえ!」
 ずりあがってくるエルフィール。なんとか床に戻り、一息つく。
 息をきらせるエルフィール。
 横には闇の奥を見るジョルディー。
「なにか見えるのか」
「いや、見えない」
 エルフィールのけりがジョルディーに決まった。
「これでよく見えるだろう」
 ジョルディーも床の端になんとかすがりつく。
 らいでんは彫刻を見ている。
 ミラルは周囲を調べるが、この穴を渡ることはできなそうだ。
 エルフィールは一休み。
 ハイベルが横の岩を怪力で殴る。
 地震のような地響きがうなる。
 岩には傷ひとつない。
「だめか」
「あ」
 エルフィールが口をあんぐりとあける。
 はいあがろうとしていたジョルディーが穴に落ちた。
 ジョルディーは剣を壁に叩きつける。
ぎいん
 はじかれた。
 もう一度。
がぎいん
 剣が壁をとらえた。
「生きてるかあー」
 エルフィールの声が上から響く。
 ジョルディーは壁の破片がすぐ下で音を立てているのを聞いた。
 剣を引き抜くと、下に降りる。
 そこは井戸の底のように、暗く、苔(こけ)むした匂いがした。
 底は土になっている。
 光の砂が降りてくる。
 らいでんの砂のようだ。
 人が通れる穴が横にある。
「横穴があるな」
「だそうだ」
 そう言うエルフィールをハイベルがひょいとかつぐ。
 エルフィールが息をのむひまもなく、ハイベルが穴に降りてゆく。
 ハイベルのもう片手にはミラル。背中にはらいでんがかつがれていた。
ずしん。
 ハイベルがしゃがんだ姿勢でジョルディーの横にいた。
 ダミエールがカーバンクルに座って、曲を弾きながらゆっくりと降りてくる。
 降りたエルフィールが砂をはらう。
「先に言え」
 エルフィールのけりがハイベルをとらえる。ハイベルは岩かなにかのように硬く、びりびりときたエルフィールはうさぎのようにはねてからころげた。
 エルフィールが起き上がる頃には、皆、横道に歩いてゆく。
「置いてくな!」
 エルフィールは追いかける。
 一行はずいぶんゆっくりと進んだ。
 風がない。
 らいでんの光の砂はその場にとどまっていた。
 一行は暗闇を手探りで歩いた。
 暗闇に進む一行。
 周囲は丸い岩の洞窟といった感じだ。
ごろごろごろ。
 洞窟がうねるように、生き物のように動く。
「これもコンクリートか」
 エルフィールがらいでんに聞く。
 ジョルディーがエルフィールをつかんだ。
 突風に皆吹っ飛ばされる。<BR> 「みゅー」
 ミラルの前にはカーバンクルがいて、ミラルにはスローモーションのように、ゆっくりと風が吹いていた。
 なにかがいる。
 ミラルは鳥が一緒に飛んでいることを感じた。
 すでに洞窟らしき壁もない。どこにいるのか。ここはどこなのか。暗い中を一行は飛んでいた。
 一行はゴムに引っ張られるように逆の方向に戻される。
 いや、また元来た方向に。それをぐるぐる繰り返す。
 しばらくすると、一行は止まった。
 それは地球の中心にでもいるように、無重力。とでもいうようであった。
 誰かがいる。それは一行の誰もが感じた。
 らいでんは砂を探る。
「もう砂がない」
 カーバンクルは光る力があるが、ミラルにじゃれるだけだ。
 別段、ミラルもカーバンクルとじゃれていた。
 暗い空間。周囲360度、どの方向からも、黄金の流星が無数に一行に向かって来る。
 黄金の流星が一行を月のように、けれども、それはすばやく周回する。
 黄金は一行の中心まで来ると、ひとつになる。
 それは黄金のひとつ。 「これだ」
 らいでんが手を伸ばす。
「むがらくがらばあ!」
 さきほどの女がらいでんにつかみかかる。
 一行は黄金の周囲をいきおいあまって回転する。
 黄金のひとつから光がわきでる。
 それは光の流れ。
 黄金から花が360度に生えてゆく。
 その花もまた黄金であった。
 花はひとつひとつが違う。お花畑に一行はいた。周囲から黄金の昆虫がやってくる。
 らいでんは女を背中にかかえたまま、花に手を入れる。らいでんがひろいあげたのはひとつの種。光っていた種はうっすらとまたたいている。
「これは?」
 エルフィールがらいでんに聞く。
「原始の種だ」
 草が道となり、遺跡の入り口までそれは続いていた。
 一行は岩の鳥まで戻る。
 エルフィールと女がもみあっていたが、他はなにもなかった。
 らいでんが種が砕き、砂と混ぜ合わせる。それを岩の鳥につけてゆく。
 岩の鳥は羽ばたくと、岩の翼で空にいた。
 もたげた顔、その体躯はまるで竜のようでもあった。
「礼を言おう」
 周囲の岩石がそううなる。
「我々は三百億年眠り、それが一眠りなのだ」
 岩の鳥から、水晶の小さなオブジェが降りてくる。
「これは礼だ」
 岩の鳥は羽ばたくと、空の彼方へと飛んでゆく。
 一行はそれを眺めていた。
 らいでんは水晶を眺めている。
「むがらむて!」
 ミラルには、我らの神が行ってしまう、と聞こえた。
 らいでんは女に水晶のオブジェを渡す。
「むが」
 女はじっと水晶を見ている。
「むがらくて、なでなぐあ」
 これは新しいシンボルだ。
 女はちょっとぼけーっとしてから、らいでんを眺めた。
「るがらてらくーてあ」
 お茶でもどうだ。
「それはいい」
 らいでんは女に着いてゆく。
「私たちもごちそうになりましょう」
 ミラルが皆に言った。
 ジョルディーが刀身を見ている。
 それは透き通った、緑色のうすい水晶のようである。
 これが今回の感謝の意だ。
 闇が揺らめいた。
「おまえの剣、変わってないか」
 エルフィールが言う。
「いや、元のままさ」
 ジョルディーも歩き出す。
「なんか見たことある剣だな。……そう、ダリル様をぶったたいた剣に似ているよ、うん」
 一行は歩く。それは、まだ知らない大地のこと。







第十三話  穂山



「これからどうしましょう」
「歩いて行けば、どこかの道に着く」
「神々が導いてくださります」
「空はまだ天にあるのだから、それはとても羽のように……」
「キュキュ〜」
「らいでんに聞いたらどうだろう」
 ジョルディーの提案に皆、らいでんを見る。
 らいでんは草の元にいる。
「草なんか見ておもしろいのか」
 エルフィールがそう言って草を見るが、ため息ついて、ジョルディーにケリ入れる。
「なにか道はないか」
 ジョルディーがらいでんに聞く。
「道というのではないが、町までの近道ならば知っている」
「それで頼む」
 らいでんの後を皆着いてゆく。
「おいおい、そんなのだいじょうぶか」
 エルフィールは足踏みしていたが、とりあえず着いてゆく。
 らいでんは山に向かって歩いている。
 山の麓(ふもと)まで来ると、陽(ひ)は沈み、周囲はまったくの暗闇になり、一行はたき火をたく。
「これが近道か」
 エルフィールはふて寝する。
「それはとても良い夢であるとね……」
 ダミエールが一曲披露する。
 それはとても心休まるものだった。
 エルフィールはぐっすりと眠る。
「これは何です」
 ジョルディーがらいでんの煙草(たばこ)について聞く。
「茶の草を煙で吸うのですよ」
「変わった文化があるのですね」
 ジョルディーも吸ってみるが、奇妙な顔をして、礼を言ってはみたが、変なものだなあと思っていた。
 ダミエールが楽器をいじっている。
「誰から教わったんですか」
 ミラルがダミエールに聞く。
「ぼくは羊の放牧をして生活していたんだ。そんな時、ある老人に出会った。その老人は楽器を自在に弾いて、また次の日、旅立って行った。退屈な毎日になにかある。そんな一瞬がその曲にはあったんだ」
「そうですか」
 ダミエールが軽快な曲を奏でる。
「かぐらざかざんざらららさとららいんどぶるらいらいらいなあはとあなにあいつああらるてぃあふぉんてぃんくすああららばいないとあらいてぃんぐすらすくくクアルラルティン」
 不思議な節に知らない言葉をミラルは連ねていく。
 その言葉はリズムになり、舞う風となって心に響いた。
 ミラルの歌にカーバンクルが喜び舞い踊る。
「みゅ〜」
 ミラルもカーバンクルと一緒に舞い踊った。
「私も踊ろう」
 ジョルディーが踊る。
 それはとても奇妙で、のたくたした、つたない踊りであった。
 らいでんも踊る。
 それは見たことのない踊りであった。
 静かな夜。
 それはちょっとしたダンスパーティであった。
 夜は更けていく。


 翌朝、岩山を登る。
 灰色の砂の急な斜面を斜めに歩く。
「一直線に登れば速いぞ」
 エルフィールが一直線に走り駆け上がる。
 つまづいて、転がり落ちるエルフィール。
 それをジョルディーとダミエールが抱きとめる。
ぎいん
 ダミエールの短刀がジョルディーに迫る。
 ジョルディーは緑色の透明な剣を抜刀して、短剣を粉々にする。
「お見事」
「どうも」
 お互い笑う。
 エルフィールはきょとんとしてる。
 らいでんが説明して、先頭はらいでん、それにエルフィール、ジョルディー、ミラル、ダミエールと続いた。
 山には木の一本も生えてはいない。
 けれど、倒木があり、そこにキノコが生えている。
 らいでんはそれを見ている。
「ここで間違いないようだ」
 らいでんはさらに登る。
 エルフィールはそのキノコを食べてみる。
 なんだか笑い出すミラル。
 一行は休憩をいくつかしてから、頂上に近づいたところまで登ってきた。
 一行が頂上が見えるところまで来た時、雲が一行を覆った。
 雨雲だ。
 周囲の視界はゼロになる。
 雨が横から風とともに吹きすさぶ。
「降りるか」
「そうだな」
「でも、道が見えないぞ」
 ジョルディーとダミエールとエルフィールが話している時、らいでんは笑っているエルフィールの髪に小さな蜂をくくりつける。
 蜂が飛ぶ方向を糸でつかむらいでん。
「こっちだ、来るぞ」
 なにかの羽音。
 それは轟音となって響く。
 なにか小さなものが飛んで来る。
 それは小さな蜂であった。
 無数の蜂がうなるように吹き抜ける。
 その後、雲は頂上まで晴れていた。
 光の道を一行は歩く。
 エルフィールは口いっぱいに蜂をくわえている。
 むしゃむしゃしてるエルフィール。
「お、笑いが収まった」
 エルフィールも登り始める。
 一行は山の頂上にたどり着く。
 そこには一本の白い巨木が遥か天上まで伸びている。
 らいでんが白い木に触れる。
「これはいけない」
 ジョルディーもそばに来る。
「どうした」
「水分が木を伝わっていないようだ」
 ジョルディーはその手に力を感じた。
 ジョルディーがエルフィールを見る。
 エルフィールもうなずく。
 二人は手を合わせる。
 光が生まれた。
きいん
 白い木はその枝を開く。
 いや、それは枝ではなく、なにか綿毛かなにかのようだった。
ごごご……
 山がうなりをあげて崩れ始める。
「木につかまれ!」
 らいでんの声に皆、白い木につかまる。
 山は崩れ、白い木は空に舞った。
 白い木はあっというまに上空にあった。
 雲は遥か下にあり、大地と川が見えた。
 白い木の下には黒い細長い長く丸い物体が着いていた。
 風が収まる。
 白い木はゆっくりと風に揺られ、降下を初めていた。
「木を登るんだ」
 一行は白い木を登る。
 綿毛のところまで一行は来る。
 らいでんが一人一人の背中に綿毛をつける。
「さあ、行くぞ」
 らいでんが飛び出す。
 らいでんの背中の綿毛が風を受けて滑空する。
 ミラルもダミエールも飛び出す。
 エルフィールが足が震えて動けないでいた。
 ジョルディーが手をにぎってくれる。
 エルフィールはうなずいた。
 ジョルディーとエルフィールは飛び出す。
 風に揺られた。
 と。
 白い木がその黒い巨体を地面にぶつけ、また山となっていた。
 まるで一滴の水滴が波紋を描くように、その種は地面に埋まる。
「またここで芽を出すんだな」
 ジョルディーの言葉にうなずくエルフィール。
 一行が降下する遥か先には、町らしきものが見えた。
                        続







第十四話  草民



 町は黄色い藁(わら)で作られたもので、とても質素な円形のものだ。
 まるで円形の藁が日向ぼっこしているようだ。
 黄色の丸い藁の家がどこまでも、見渡す限り続いている。
 人が数人入ったら、一杯になりそうな家だ。
「ここは放牧の村かなにかか」
 エルフィールが珍しく的確なことを言う。
「それにしては町の規模が大きいようだ」
 ジョルディーの意見にダミエールも賛同する。
 まるで牧歌的な光景だとミラルは思った。
 カーバンクルが歌い踊る。
 風が西に流れていた。
 ミラルの髪を風が凪いだ。
「喉が渇いたあ」
 エルフィールがジョルディーにもたれかかる。
「まだ昼だぞ」
 ジョルディーがいなすが、エルフィールは眠気だ。
「もう昼だ」
 らいでんはすたすたと知ったように歩いて行く。
 一行はらいでんに続く。
 穂の家々は整然と並んでいる。
 町を歩く人々は皆ずんぐりむっくりした丸い体型だ。
 男はひょっ、とした布の三角帽子に濃い眉(まゆ)と髭(ひげ)。女はふわふわした丸い布帽子に腰まである巻き毛。それぞれ、土色の古ぼけた緑色の服を着ていた。
 町の人々にはその顔に愛嬌があり、なんともゆったりと歩いている。
「ドワーフの村か」
 らいでんはうなずく。
「そんなの見ればわかる」
 エルフィールは怒り肩で水を探すが、どこにもない。
 ドワーフたちはエルフィールたちには関心がないといったように、小さな陶器の瓶(かめ)を持って歩いている。
 まるで瓶とドワーフがダンスしているようだとミラルは思った。
 一行はある家の前にいる中年の女性に聞く。
「どこか食事できるところはないか」
 エルフィールがいきごんで聞く。
「ないね」
 中年の女性は土色の古びた布服で、愛嬌のある笑顔であっさりと答える。
「どっかにあるだろ」
 エルフィールがそう言うが、女性は笑っているだけだ。
 不満のエルフィールを制するようにジョルディーは聞く。
「なにかと交換ではどうだ」
「なにを持ってるんだい」
 けれど、一行はここでの通貨らしきものも、価値あるものもない。
 らいでんが懐から銀貨、銅貨、金貨をじゃらじゃらと取り出す。
「これでどうだろう」
「おまえ金持ちだなあ」
 エルフィールが一枚もらおうとするが、らいでんにつねられる。
「なに、発掘品だ」
「盗掘だろ」
 エルフィールが涙目で言う。
「だめだね。ここでは意味のないものばかりだね」
 女性は大笑いした。
 まるで世間知らずを見るようだ。
「なんだここは変人のよりどころか。ここいらはこんな奴らばかりか」
 エルフィールがらいでんにくってかかる。
 らいでんは女性に聞く。
「では、なんならいいのか」
 らいでんの質問に、女性は考えている。
「そうだね、いま、水を汲みに行く人が足りないねえ」
「なんて原始的なとこだ」
 エルフィールたちは大きな水瓶を持ち歩きながら、辟易(へきえき)している。
 ミラルは空を見上げる。
 からっと乾いた青空に白い雲がたゆたっている。
「それになんで水瓶がこんなにでかいんだ」
 ドワーフ言うところ、体躯にあった大きさだと言うのであった。
「みゅ〜」
 カーバンクルが陽気に空を舞う。
 くるくるくると雲の周囲を舞うと、雲は砂絵のように動いた。
 エルフィールは一言、
「動けねえ」
 弱音をはいて、汗だくのエルフィールが座り込む。
 ハイベルがエルフィールを水瓶ごと背負う。
「うへえ」
 エルフィールが荒い息をつきつつ、ハイベルに背負われている。
 ハイベルは楽々と歩く。
「神様とやらも、役にたつんだなあ」
 エルフィールが寝言のようによたれ言う。
「神々は決してあなたを見捨てたりしません」
 ハイベルは陽気だ。
「そう願うよ」
 エルフィールが眠る。
 風が気持ちいい。
 暑い陽ざしに、水瓶が冷たかった。
 エルフィールがほがらかにすやすやのZ(ゼット)を発する。
 遠くに藁の家の連なりが見える。
 それは金の穂の町のようにミラルには見えた。
 けれども、穂の家は風が吹けば飛んでいってしまいそうな感じだ。
 もっと強い家にすればいいのに。
 ミラルは歩きながらそう思った。
 太陽の光がいくつもの輪となって、蒼空の景色を彩る。
 白い雲がほのぼのと広がっている。
 雲は動かない。風が上空にはないようだ。
 いや、風は地上も吹いてはいない。
「なんだあれ」
 エルフィールが言うのは、町のことだと、皆気づく。
 穂の家の町の真中に、巨大な木がある。
 先ほどになかったものだ。
「蜃気楼だろう」
 らいでんが蜃気楼について説明する。
 それは空気の温度によって、遠くの景色が近くに見えるというのだ。
 でも、近づいても、その木は消えたりしなかった。
「違うぞ」
 してやったり。エルフィールはらいでんにけりを入れる。
「あんたたちにも見えたかい」
 おばさんは笑って説明する。
「あれはこの町の守り神さ」
 なぜ見えるのかはわからないとのことだった。
 一行は木まで歩いてみる。
 天まで届きそうな巨大な木。
 根元まで来ると、木は空の上まで、地平線のように、空の果てまで伸びているようだ。
 エルフィールはジョルディーを押す。
 ジョルディーが木に触ると、それは確かにあった。
 エルフィールが恐る恐る触ってみる。
 それは木の感触である。
 木の枝には青々とした緑の葉がある。
 魔法は感じないとミラルは見ている。
 それはエルフィールも同じだ。
 精霊を感じない木なのだった。
 らいでんも調べるが、なにもわからないのだった。
きいん
 ジョルディーが抜刀する。
 一撃。
キイン
 透明な刀身は木の根に止まる。
「殺気はないようだ」
 ジョルディーは剣を収める。
 ハイベルにいたっては、動こうとしない。
 カーバンクルが楽しそうに舞いながら、それにダミエールが曲を奏でる。
 一行はしばらく木陰で休む。
 巨大な木の木陰もまた、巨大だ。
「きれい」
 ミラルは葉の空を見上げる。
 木の葉は無数に茂り、葉の隙間からまたたく太陽の光は夜の星々のように輝いていた。
「くすぐったい」
 エルフィールがもだえる。
「どうやらアリンコでも服に入ったか」
 どれ、と、ジョルディーがエルフィールの服に手を入れる。
「いやん」
 エルフィールがくねくねと動く。
「とれた」
「ジョルディー」
 エルフィールの顔が真っ赤だ。
「いがいとテクニシャン」
「お、おれもだ」
 ジョルディーが背中に手を伸ばすが、届かないらしい。
「まかせとけ」
 エルフィールはジョルディーの背中をばんばん叩いた。
「いでで」
「どうだ、とれたか」
「あ、ああ。ありがとう」
 ジョルディーは咳き込みながら礼を言う。
 先ほどの中年女性のドワーフが来る。
「あんたら、そんな格好で寒くないのかね」
 ジョルディーたちは薄着に鎧、エルフィールにいたっては、露出過多なへそ出しルックである。
 ジョルディーがエルフィールに触れると、冷たい。
「こうすればいい」
 エルフィールはジョルディーのマントにくるまる。
「動きにくいなあ」
 ジョルディーが苦笑いする。
「古着でよけんば、どうだい」
 女性の出した服は、どれも民族衣装のような、それでいて、古さが肌に合い、色の薄れた色彩がとてもきれいなものだった。
 エルフィールが着てみる。
「これは」
 ジョルディーが驚いたように、嬉しそうにエルフィールの姿を見た。
「なんだよ」
 エルフィールが恥ずかしそうだ。
 何枚かの布を巻いたようなその着物は、とてもエルフィールを彩り、とても良く、そう、それはまるで妖精のようだとジョルディーは思った。
「綺麗だ」
 ジョルディーがそう言う。
「あ、……ありがとう」
 エルフィールも下を向いて言った。
 それぞれ一行は布を着る。
 エルフィールは軽鎧(ライトメイル)の上に着ているが、ジョルディーとハイベルは着物の上に着たので、でかい鎧を着ければ、姿はあまり変わらないのだった。
 ハイベルは装飾のされた、薄黒い黄金の鎧。ジョルディーは黒いレザーメイル(皮鎧)とチェインメイル(鎖鎧)の組み合わせであった。
 ミラルはちょこんとしていて、人形かなにかのように、ひっそりとした花のようだ。小柄であるせいもあるのだろう。
 ダミエールは元から似たような格好だったので、変わり映えしない格好だ。
 らいでんは冒険帽を脱いで、着てみるが、どうにも似合い過ぎている。
「ここの出身じゃないのか」
 エルフィールが笑った。
 ミラルがカーバンクルにも着せてあげるが、その服はするりと抜けて、しっぽにからみつく。カーバンクルは楽しそうにしっぽを振っているのだった。
 カーバンクルが舞うその空は、青く澄んでいた。


 しばらく休んだ一行は、この町で食料を調達しょうということになり、水瓶をさらに半日持ち歩く。
 それはもう夕日を越え、夜になっていた。
 町の人々が家から木を見ている。
「どうした」
 エルフィールが聞く。
 町の人々は、夜が来ないと言うのだ。
「いまが夜だろう」
 エルフィールが聞いても、ただ、夜が来ないというのだ。町の人は、誰もが木を見ていた。
「あの木になにかあるのか」
 エルフィールは木の根元まで来る。
 ジョルディーも横にいた。
 二人がお互いを見る。
 どちらともなく、手を合わせる。
 光が生まれた。
いぃん
 精彩兼備。
 風舞く場にて。
 色移り行くは風。
 疾風の色彩の布の竜が風となり、エルフィールの周囲を舞う。
「なんだこれは」
 エルフィールが驚いて見る。
 布の海に。
 舞竜。
 マイル舞うとも。
 画する堅牢たる無機質。
 広漠陵山。
 有限なる闇さえも光になるとも。
 妖精樹華。
 エルフィールにはそれが川に流れる水のように、豊かなる脈動を感じるのだ。
 穂葉々。
 彩りの蒼。
「これは妖精なのか?」
 木から白い雪が降る。
 それは穂の家に触れると、穂は緑色の長い草に変わっていく。
 それは薄い緑と深い青に彩られた草なのだ。
 町の人々はその草に水をまき始めた。
 乾燥した大地に湿気がこもる。
 ジョルディーはエルフィールがまだ巨大な木を見ているその先を見た。
 根元に、一人の光の人がいる。
 それは光っていて、良くわからない姿。
 町の人々は見えないようだった。
「あなたは誰ですか」
 エルフィールの問いに、
「私は木の守護者たる存在」
 と答える。
 その声は風に響いて、無機質に響いた。
「神話には聞いたことがある」
 らいでんが話す。
「木の精霊に守られた村」
 けれども、とらいでんは聞く。
「四季の精霊ならば、あなたは誰ですか」
「私は春」
 季節は変わり、また四季は歌う。
 この草はどこから来たのか。
 どこへ行くのか。
 それは誰も知らないことなのだから。
「木は地球の剣」と光。
「ならばなにを斬る」
 エルフィールは問う。
「風を斬る」
「ならばなにに納まる」
 ジョルディーが聞く。
「大地の根に帰る」
 ミラルが聞く。
「世界の果てを知りませんか」
 春の光は答える。
「それは大切なこと」
「よく考えたんだが」
 エルフィールが思案気で皆に言う。
「世界の果てなんて探さなくていいんじゃないか」
 皆がエルフィールを見る。
「このまま帰ってしまっても、どこか別のとこ行ってもいいんじゃないか」
 春の光がまたたく。
「それはあなたに大切なこと」
 エルフィールはそれがなにを意味しているか感じた。
 なんともそれはなにかが芽吹いたように思えた。
「ど、どこに世界の果てはあるんだ」
 エルフィールは聞く。
「それは自然が教えてくれます」
 光る春はそう言うと、そこにたたずんでいた。
 一行は町を出て、旅を続ける。
「どうするこれから」
 エルフィールが遠くを見ながら言う。
 と。
 エルフィールの腕に色とりどりなアゲハ蝶が止まる。
 数分、羽を休めた蝶はまた、飛び立って行く。
「あっちだな」
 一行は西へ歩き始めた。
                   続









第十五話  絹雲と色彩風



 ちゅんちゅんちゅんと、小鳥がさえずる。
 それは幾重にも山びこのように、自然の連想曲となって、風を彩る。
 エルフィールは小鳥の目覚ましに起き上がる。
 空は遠くに太陽が見える。
 空がピンク色に光っている。
 夕焼けと同じ朝焼けというものである。太陽の光が大気に屈折して、光に含まれている色彩のうち、赤い色を表すのだ。
 エルフィールは一行を見る。焚き火を中心に円状に皆並んで横に眠っている。
 焚き火は消えいて、エルフィールは寒いと思った。
 ジョルディーのマントにもぐりこむが、ジョルディーが動かないので、エルフィールはころころころとジョルディーから転がる。
 それをエルフィールはニ、三回繰り返す。
 ジョルディーはてこでも動かない。
「眠い〜!」
 エルフィールの周囲を色鮮やかな光が舞い飛ぶ。
「精霊よ、その影よ。世界は甲状の大地殻からその岸壁の弓状となりて……」
 エルフィールの詠唱に精霊がその大地がうなり鳴く。
 ジョルディーの下の大地が砕け、ジョルディーをその土がふとんのように包む。
「いつまでも眠ってろ」
 寝ぼけ眼でエルフィールは歩く。
 ジョルディーはそれでもまだ眠っていた。
 大地は乾いているが、草が所々にある。
 どうやら雨はあるようだ。
 エルフィールにはそれが精霊として感覚されるので、別段、なにか考える必要はないのだった。
 キジバトが木に止まっている。
 エルフィールはそれを獲ろうと、詠唱ののち、大地に触れて、岩の槍で鳥を狙う。
 けれども、岩の槍は鳥の直前で止まる。
 精霊は動こうとはしない。
 エルフィールにはそれがなぜか解らなかった。
 エルフィールはなおも歩く。
 と、小川が流れている。
 その周囲には緑のカビが、そのさらに周囲には、草が生えている。
 小バエがたくさん舞っている。
 エルフィールは川の中に手を入れる。
 ひんやりとして、気持ち良かった。
 糸のような水草がいくつも踊っている。
「いてっ」
 エルフィールは手をエビにつかまれた。
 手をぶんぶん振って、なんとか逃れるエルフィール。
 川から少し離れた木の下で、エルフィールはごろんと転がり、昼眠をする。


 ミラルは眠っていたが、朝の陽ざしに目をこする。
 ミラルは、ねむ気まなこで起きる。朝日はすでにその姿をすべて見せていた。ダミエールが一曲奏でて、カーバンクルがそれに舞い踊っている。
 ミラルはあくびしながら、のびをする。
 ミラルはドワーフたちの穂の町から二日歩いて来た道を見た。
 そこにはもう地平線の点と見える町。そして、周囲は山ひとつない地平線。
 なにもない地平線。
 この道はどこへ続くのか。
 その問いに答えるのは風の吹く空気の揺らぎのみ。
 ミラルには心地よい風だ。
 魔力を感じる。
 ミラルはその方向に歩いて行く。
 けれども、そこには小川が流れているだけだ。
 木の下にエルフィールが寝ている。
 ミラルはその横に座ると、遠く、雲を見ていた。


 ダミエールは起きてから、一曲奏でるそうして一日が過ぎてゆく。


 ハイベルは起きる。
 その精悍な面構えは一瞬たりと変わることはない。
 起き上がる。
 大剣を持ち上げる。
 それは長い。
 単なる長剣に見えるのは、ハイベルの巨体ゆえだろう。
 巨大な木のように、悠然とそこにある。
 それはハイベルに違いない。
 歩いてゆくハイベル。
 大剣を肩にかつぎ、その動きは優雅でさえあった。
 道はその一足に踏み固められてゆく。
 ハイベルには、遠くの小川でも近くに見えた。
 ゆっくりと歩いて、木の下まで来ると、腰掛ける。
 神話の歌を歌う。
 いつのまにかいたダミエールが一曲つける。
 それにエルフィールの鼾(いびき)がテンポを与えていた。
 ジョルディーが歩いて来る。
「そろそろ行くか」
 うなずく一同。
 ジョルディーはエルフィールを背負うと、歩き出す。
 一行はそうして、また歩き出した。


 一行は道を歩く。
 と。
 遠くから緑色の群れが来る。
「なんだあれは?」
 エルフィールは身構える。
「待て」
 らいでんがエルフィールを制する。
 近づいて来るそれは大きな草が風に流れて来るのだ。
「風草だ」
 風草はゆっくりと一行の前を通り過ぎて行く。
 ひょい、とエルフィールが草に乗った。
 草はエルフィールを、その体重をふんわりと包んでまた風に乗る。
「これは楽ちんだ」
 エルフィールは楽しそうに行ってしまう。
「ちょっと、そんな、どこに行くか解らないのに」
 ミラルはそう言うが、ジョルディーもエルフィールの風草に乗る。
 らいでんもダミエールも風草も乗る。
 もう、と一息ついて、ミラルも風草に乗った。
 カーバンクルがミラルの乗っている風草をはんでいる。
「やめなさい」
 ミラルはカーバンクルをでこぴんではじいた。
 一行を乗せた風草の群草は空高く上がり、地上は遥か下に見えた。
 エルフィールの髪を風が凪ぐ。
「いいねえ」
 エルフィールはそう言って、風行く先に笑った。
 一行はしばらくそうして風に揺られていたが、町が遠くに見える。
 それは先ほどの穂の家がある、ドワーフの町であった。
「言わないこっちゃない」
 ミラルは暗い顔でそうため息ついた。
 風が吹いた。
 突風にミラルは目を細める。
「なんか来るぞ」
 エルフィールの言うことに、ミラルは顔を上げる。
 黄色の大地と青い空のあいだ、そこからなにかがこちらに来る。
 それは黒い点であったのが、近づくにつれて、巨大な黒い布が空を飛んでいるのが解った。
「こっちのほうじゃ、布も空を飛んで行くのか?」
 エルフィールが聞くが、らいでんは「聞いたことはないな」と言った。
 その黒い巨大な布はどんどんこちらに近づいて来る。
「もしかして、まずいんじゃない?」
 ミラルがちょっと汗たらして言う。
 さらに黒い布は近づくにつれて、巨大になり、まるで大地の布が飛んでいるようだ。
「このままだとぶつかるんじゃ」
 ミラルが弱弱しく言う。
「そうだな」
 エルフィールは眠そうだ。
「寝ないでください!」
 そう言うミラルにエルフィールはじゃあ、魔法でなんとかしてくれと言う。
 ミラルは考え込んでいる。
 風が気持ちいいとエルフィールは思った。
 エルフィールはよっと立ち上がると、草の先を持ち上げた。
 風草は風を受けて、さらに高く空に舞い上がる。
 ジョルディーたちもそれに習った。
 はっとしたミラルも草の先を上げる。
 一行は黒い布の大地の上に出る。
 布というより、それは対象された形を表す。
 上から見た黒い布の大地には、森林が延々と続いている。
「これは空エイだな」
 らいでんがあごに指をあてて、思案気にそう言う。
「だが、こんな巨大な空エイは聞いたこともないな」
 らいでんが関心している。
「ちょうど逆方向に行きたかったんだ」
 エルフィールは空エイの大地に飛び降りる。
「適当もここまで来るとすごいわ」
 ミラルは関心してそう言う。
 一行は空エイの大地の草地に降り立つ。
 一行は草地、深い森の中に降り立つ。
 けれども、エルフィールが座り込んで動かない。
 どうした、とジョルディー。
「足があ」
 転がるエルフィールの足をハイベルが触っている。
「どうやらくじいているようだ」
 ハイベルが軽く足を伸ばしてさすってやる。
 エルフィールはちょっとうめいた。
「ジョルディー……」
 エルフィールはジョルディーを探すがいない。
 ジョルディーは草を抱えて歩いて来る。
 草を揉んで、それを長い草でエルフィールの足に巻いているジョルディー。
「これは腫れに効く草で」
「そんなの知っている」
 エルフィールはジョルディーから草をとり、涙目で自分で巻いている。
「なんで私だけこうなる」
「日々の行いね」
「日々の行いだな」
「神々はいつも見守っていらっしゃいます」
「日々の行い」
 全員の意見は一致した。
 ダミエールが一曲奏でていた。
 エルフィールがジョルディーに肩を借りてひょこひょこと歩く。


 うっそうとした森の中、空の光は葉に幾重にも遮られ、森の中は間接照明のようにほのかに明るいのだ。風が一方向に向かって流れている。
 空エイが飛んでいる方向から吹いてくるようだ。
 周囲は白い霧らしきものでぼんやりと薄暗く、ほのかに茶色い迷彩光が穏やかに照らす。
 ミラルは変だと思った。
 これだけの規模の森だと言うのに、けれども、鳥もいなければ、虫もいないのだ。空エイの上だからと言ってしまえばそうかも知れない。けれども、と、ミラルは思う。ここは自然の森とはなにかが違うと思っていた。
 一行は歩く。
 道は黄色から黒茶までの色彩の落ち葉のジュータン。
 それはとても歩きやすいものであった。
 エルフィールもなんとか、ジョルディーにつかまりながら歩けた。
 枝葉が何度もエルフィールを打つ。
 エルフィールの顔が真っ赤になり、怒りはどかーんと行動となる。
 エルフィールは樹の根にケリを入れる。
 それもひねったほうの足だ。
 倒れたエルフィールにジョルディーが手を置く。
「だいじょうぶか」
 そうだ、とエルフィールが大地に手をうつ。
「けらなければいいんだ」
 エルフィールは詠唱を始める。
「ガイアギアよ」
 大地は微動だにしない。
 なんだ、これは。
 エルフィールは考えている。
 そうか、空エイの上だからか、とまた詠唱する。
「サラマンダー!」
 森に向かって手を向ける。
 けれども、なにも起きない。
「なんだこの森は」
 そこでエルフィールは初めて、森に精霊を感じないことを認識した。
 周囲は白い霧に暗く、静かで、風の音いがい、聞こえないのだった。
「どこを歩いているか解らなくなるな」
「それに、一向に森を抜けない」
 ジョルディーとダミエールの言葉に、エルフィールは「風の来る方向に向かえばいいだろう」と言った。
「ごもっとも」
 らいでんはうなずいて、それから一行は風の来る先を目指す。
 一行は風の来る方向に歩く。
 風は空エイの進行方向から来るのだ。
 だが、いくら歩いても暗い森はその表情を変えない。
「気づいているか」
 らいでんがぼそりと言う。
「なにかいます」
 ミラルがそう言葉をつなぐ。
「なにもいないぞ」
 きょろきょろするエルフィール。
 と。
 木陰に黒い影がひょいひょいと動くのが見える。
 それはちょっとした小動物くらいのものか。
 エルフィールとジョルディーとハイベルには、それが猫のような動物であることが見てとれた。
 ミラルはきょろきょろしてる。
 カーバンクルは一緒に踊っている。
 エルフィールが猫のような動物にケリ入れる。
 猫の上には小人が乗っている。
 小さな槍がエルフィールに飛んでくる。
 それを避けて、小人どもにでこぴんしていくエルフィール。
 小人がそこいらに倒れていく。
「らいでん、ここいらの小人は攻撃的なのか」
「見たことのない種族だ」
 らいでんは倒れている小人に顔を近づけるが、小人からぱんちされる。
 小人たちは草の服に、槍などを持っている。
 一人の小人が木を持ち上げて振り上げている。
「おい、すごいのがいるぞ」
 エルフィールが後ずさる。
 その怪力はハイベルにも匹敵しそうである。
 大木がエルフィールたちに振り下ろされる。
ぎいん
 ジョルディーが剣で大木を打ち砕く。
 木の破片が舞い散る。
 小人たちがざわめく。
 小人たちの動きが止まる。
 エルフィールたちは構えている。
 と。
 年老いた小人など、いろんな小人たちが出て来る。
「どうやら敵ではないようだ、と言っている」
 らいでんが小人の言葉を伝える。
 その言葉はミラルでも解らないものだった。
「その力を貸して欲しいそうだ」
「いきなり都合がいいな」
 エルフィールの言葉をらいでんが伝えると、小人がエルフィールにケリ入れる。
 エルフィールが顔をおさえながら、変なこと伝えるなとらいでんにケリを入れる。
 らいでんはなにか話している。
「ふーむ……」
「それで?」
 エルフィールがらいでんに聞く。
「ゲルゲドラを倒す力を貸して欲しいという」
「なんだゲルゲドラって」
 らいでんが聞く。
「強い奴だそうだ」
「それじゃわからんだろ」
 らいでんはさらに聞く。
「世界よりも強いそうだ」
「だからわからんて」
 どうにも要領を得ない話が続く。
「要はそいつを倒せばいいんだろ」
 エルフィールは小人に向き合う。
「受けおうのか?」
 ジョルディーが聞く。
「そのかわり喉かわいた」
「道も聞いてください」
 ミラルが指摘する。
 らいでんがあらかた話す。
「この森に出口は無いそうだ」
「それは困ったな」
 ジョルディーがうなる。
「水のほうは」
「あるそうだ」
 一行は小人たちの後を着いて行く。
 森の姿は変わらないが、小人たちは知った庭を歩くように歩いてゆく。
 何時間歩いただろうか。
 広場に出る。
 そこはエルフィールたちにはちょっとした広場であるが、小人の村らしきものが広がっている。
 土壁家や瓦葺の家々。
 霧の森の中、その集落は、土と草の色彩を描いている。
 エルフィールが村に入ろうとすると、小人がケリ入れてくる。
 腹をおさえたエルフィールがケリ返そうとするが、ジョルディーとミラルが止める。
「あんたらでかいから、ここまでだと言っている」
「水は」
 小人が草のコップに水を持って来る。
 エルフィールはぐいと飲んだ。
「もっとくれ」
 小人がなにか言う。
「後は成功報酬だそうだ」
「だったら、そのなんとかいう奴んとこ連れて行け」
「一休みしましょう」
 ミラルが提言する。
 皆その場に座り込む。
「なんだよ、こんなとこにいたって仕方ないだろう」
 エルフィールがうろうろ歩いている。
 らいでんは小人と話している。
「ゲルゲドラは神出鬼没だそうだ」
 エルフィールは森の奥、霧を見ている。
「どうした」
 ジョルディーが聞く。
「この森には精霊を感じない。でも、この霧はなにか普通じゃない」
 皆霧を見るが、なにも変わったところは見出せなかった。
 小人がざわめきだす。
「どうやらお出ましのようだな」
 エルフィールは拳を打つ。
 小人の一人、実の殻で身を固めた男がいきり立ち、鼓舞するように叫ぶ。
 小人たちはそれぞれ武器を持ち、猫や小鳥に乗って、走り出す。
「この小鳥はカラシチョウマツという鳥だな。スズメよりも茶色が色鮮やかなのが特徴だ」
「それどころじゃないようだ」と、ハイベルとダミエールが駆け出す。
「待ってました」
 エルフィールも走り出す。
 一行は小人の後に続いた。
 木々が後ろに進む。
 霧の中、先は見えない。
 轟音が響く。
 それは獣の叫び声のようだ。
 聞いたことのない類のものだとミラルは思った。
 エルフィールが吹っ飛ばされる。
 エルフィールをジョルディーが受け止める。
「だいじょうぶか」
 エルフィールはそれには答えず、駆け出す。
 姿は見えない。
 いや、霧に隠れているだけなのか、それは解らない。
「ここだ!」
 霧の先、エルフィールがケリを入れたところは木だった。
 どこにもいない。
 けれど、どこかにいた。
 小鳥の小人が吹っ飛ばされる。
 体勢を立て直して、なんとか羽ばたく小鳥。
 小人たちは戦っているが、小人には、なにかから避けたりする動きが見られた。
 小人は妖精の一種だ。
 ミラルは妖精にだけ見えるものなのかと思う。
 けれども、ならば精霊使いであるエルフィールにも見えてもいいに違いない。
 カーバンクルは風と踊っている。
「皆伏せて!」
 ミラルは魔法の言葉で言う。
 その言葉に一行と小人族が地にはいつくばる。
「風よ、紅蓮はその花と呼び、光よ、邂逅はその葉と呼び、炎よ、雷霧はその枝と呼び覚ます時、影るはそのいただきの疾風」
 ミラルの呪文に炎が球体となって、その呈(てい)を広がせていく。
「流葉(るは)はその鳳呈(ほうてい)に成す」
 炎は連なり、進み始めた。
 炎が螺旋を描く。
 膨大な炎に、霧が蒸発、いや、それはひとつの白いなにかになっていく。
「実体があるなら」
 エルフィールがパンチする。
 その拳は空をきる。
 ジョルディーがその手を受け止める。
 光が生まれた。
きいん
 風の葉音。
 葉の疾風。
 葉々楠葉。
 エルフィールがいた。
 ジョルディーがいた。
 葉の宇宙に二人がいた。
 収束する光の花びらと広がる光の花びらの中にエルフィールとジョルディーは空中のワルツを踊る。
 四季彩の葉が無数の風となる。
 風が紅葉の葉となってはまた流浪する。
 ジョルディーにも精霊がその流れが見えた。
 炎の化け物がまた炎の葉となって散っていく。
 葉が集えば、それは光となって、また葉に戻っていく。
 風連過花。
 練武連舞。
 紅蓮武装。
「静するはその烈星なればこそ、弧暮れる時代の蓮杖」
 ミラルの声がする。
 カーバンクルが楽しそうに踊っている。
 エルフィールとジョルディーはお互いを見る。
 エルフィールがジョルディーにケリを入れる。
 ジョルディーがうなずくと、エルフィールを投げ上げる。
 エルフィールの後ろにカーバンクルがいた。
 エルフィールが両手を広げる。
 ありったけの四季彩葉がエルフィールの両手に集まって来る。
 エルフィールが両手を交差させる。
 ふたつの葉の塊はひとつとなり、葉のニ重螺旋を描く。

 風。

 風が吹いた。
 草の平原。
 どこまでも続く原っぱには、一面の草。
 その平原には丘があり、その上には一本の巨木。
 その木には、緑色の葉が連なって茂っている。
 そよ風の中、エルフィールはその巨木を見ていた。
 エルフィールにはその木が語る時間を感じることが出来た。
 エルフィールは横を見る。
 ミラルがエルフィールの横にいた。
 ジョルディーがエルフィールの横にいた。
 小人族とエルフィール一行が木の下にいた。
 そよ風の中、エルフィールが前に一歩出る。
「いつからか、精霊はその方向性を失い、一本の木は森となっていく」
 エルフィールが言う言葉に、葉は揺らめいたようであった。
「精霊を解き放て」
 エルフィールが風と葉の合唱に歌うように言う。
 ミラルが木に近づく。
 伸ばしたミラルの手が葉の影に彩られる。
 ミラルの手が光る。
 ミラルが木に触れると、その木は一本の杖となる。
 それは使い込まれた、魔法使いの杖なのだった。
 ミラルよりもちょっと大きなその杖は、きいんと、澄んだ音を周囲になびかせた。
 葉の音は光を越えて、連なる山の頂上に届く。


 森。
 鬱葱たる歴然たる木々の自然の秩序たる葉の鎖。
 森林には自然の風と雨と雷と雪があるという。
 森の中は闇。
 そこにはうっすらとどこまでも続く霧があり、知らない人にはとても歩く気にはなれない、暗い森である。けれども、そこにはコロボックルという小人族が住んでいる。
 小人たちは今日も変わらない生活を送っていた。
 けれども、その生活には、四季彩ある森の葉々の広がりが一年中あるという。

 エルフィールたちは小人たちと別れ、風の来る道を歩く。
 霧は変わらず一寸先を覆うが、もう迷い霧は無い。
 エルフィールはちょっと不満気だ。
 その理由は。
 一行は小人たちから巨木だった杖をもらった。
 それは森であった木。
 精霊はその流れを取り戻し、一行は道を見つけることが出来た。
 小人たちはエルフィールに礼を言うのだった。
 でも、エルフィールは不満気だ。
「良かったね」
 エルフィールは不満気だ。
「私にはなんの報酬もないのかよ」
 ミラルは杖を繁々と眺める。
 エルフィールが不満気だ。
 ミラルは杖を眺めている。
 その杖には幾千年、幾億年の時が感じられた。
 これだけの一品はそうあるものではない。
 というか、この空エイの上だから残っていたとも言えるものであった。
 ミラルはその杖から膨大な時空を感じるが、別段、その力を解放したいとは思わないのだった。
 カーバンクルが杖の上に止まる。
 みゅ〜と、喜びの声を上げる。
 それから、杖の上はカーバンクルのお気に入りの場所になるのだった。
「そういや、エルフィール」
 ジョルディーはエルフィールに聞く。
「なんだ」
「足はだいじょうぶなのか」
「あー」
 森の中にはエルフィールの声が木霊(こだま)したという。
                            続







第十六話  光学のエレメンタリティ



 霧の森の中。
 そこは薄暗く、鳥の声さえしない。
 誰も知らないはずの森。
 鬱蒼と続く霧の森。
 風がやって来る空エイの進行方向へと歩く一行。
 落ち葉の絨毯には、霧が薄くなってから、昆虫がそこかしこに見えた。
 らいでんは昆虫ほつかまえては、それをじっと見てうなずいていた。
 風が螺旋を描く。
 エルフィールにはその風は心地よく、なんともいえないいい気分だった。
 と。
 エルフィールの頭にでん、と鳥が止まる。
「おもっ。なんだこれは」
「帽子鳥ね」
 ミラルが言うには、それは獣に止まって、行きたいところまで、連れて行ってもらうというのだ。
 エルフィールが乱暴に歩いたので、帽子鳥は落ちてばたばたと羽ばたきする。
 怒った鳥はエルフィールの足にくちばしを叩きつけている。
「いてて、なんだよおい」
 それをミラルは見ていた。でも、とミラルは言う。
「でも、人の頭に乗る帽子鳥なんて珍しい」
「空エイの上には人はいないんじゃないだろうか」
 らいでんの指摘。
「いるじゃないか」
 エルフィールが指差すほうには人がいた。
 一行はとりあえず人影に歩いてみる。
 幾筋もの光がうなる。
 それは光の巨大な獣。
 高さは10メートル、ビルの5階建てくらいはあるだろうか。
 光っている巨大な獣が走る。けれども、それには地響きひとつ起きない、静かな疾走であった。一行の周囲を何匹もの光の巨大獣が走る。
 その疾走感もさることながら、その姿は光の芸術のようである。
「光獣だわ」
 ミラルが指摘する。
「なんだそれ」とエルフィール。
「光の姿であり、それでいて、精霊使いいがいにも見える獣……」
「え、精霊使いだけど知らないなあ、知らないよな」
「知っている」
「知ってる」
「神々はなんでも知っています」
「まあ、そこそこには」
 エルフィールいがい知っていた。
「でも、こんな巨大な光獣は初めて」
 それはミラルいがいも同じであった。
「人もいるぞ」
 エルフィールの指差す方には、巨大な光っている人と家がある。
「で、あれはなんだ」エルフィールがミラルに聞く。
「知らない存在です」
 それは皆同じだった。
「あれは光人に光家だ」
 エルフィールは断言する。
 それはとりあえず、光獣は光の人のところでごろごろとなごんでいる。
「私の家にようこそ」
 光の大きな人はそう言うが、声はどこか近くから聞こえたようにミラルには思えた。
 光の人は、光の巨大な家のドアを開ける。
- エルフィールが先頭を歩いて家に入って行く。
 ミラルは恐る恐る続いた。
 一行は光の家に入る。
 けれども、家の壁は透明で、家に入った気にはならなかった。それどころか、光の壁を越えて来る風すら感じた。
 エルフィールが手を触れると、光の家の光の壁はやすやすと通りぬけた。
「それで、なにか用でもあるのですか」
 ジョルディーが聞く。
 エルフィールは出された小さなカップティーを取ろうとするが、触れることはできなかった。
「あなた方にこの光獣と戦ってほしいのです」
 周囲はいつのまにか空の上。
 いつのまにか、光の家は空に浮かんでいた。
「それはどんな意味があるのですか」
 ミラルの質問に、光の人は答えないのだった。
「戦いか? 戦っていいんだな」
 エルフィールの瞳がうるうると輝きだす。
 エルフィールは抜刀すると、光獣を斬る。
 けれども、それは空を斬る。
 光獣は光であり、物理的な力は効果がないのであった。
「ならば、サラマンダー!」
 炎のとかげが光獣をおおう。
 けれども、光獣は無傷だ。
 光獣は攻撃をするでもなく、うろうろするだけだ。
「さて、どうしますかな」
 光の大きな人はそう言って、それはくすりと笑ったようであった。
 光の人は光の本を読んでいる。
 それには光の文字が記されていた。
「精霊語のようね」
「魔法の言葉だな」
 その光の本を見ていたミラルとらいでんの指摘は正反対だ。
 なにが書いてあるのかまでは、二人には解らなかった。
「こうなったらファイアーストーム」とエルフィールは叫ぶ。
 ミラルがエルフィールの頭を木の杖で叩く。
「やめなさい、そんな巨大な精霊法攻撃では、みんなまで打撃を受けるでしょう」
 ミラルはさとす。エルフィールは涙目でミラルを見ていたが、次にはサラマンダーをミラルに放つ。
 サラマンダーがミラルに舞う。
「デ・クレジット」
 ミラルは魔法の盾でそれを防いだ。
 その瞬間。
 光。光の門へとサラマンダーが変化する。
「これは……」
 ミラルとエルフィールには、門の中にいる獣が見えた。
 二人は門の中に入る。光の家は小さな家であったし、光の獣も小さな獣であった。二人は近寄り、獣に触れてみる。
 獣はなついてるようでも、警戒しているようでもない様子だ。
「こいつは精霊のメディヴィラだ」とエルフィールが言えば、「いいえ、これは使い魔のランドラッカーよ」とミラルは言った。
 そして、二人の前には、老人が等身大の光ってはいない、普通の背丈の老人がいた。
「なに、光の屈折で大きく見えただけのこと」
 老人はそう言って微笑んだ。
「だいじょうぶなのか」
 ジョルディーが聞いて来る。
 ジョルディーたちには、光の門をくぐったミラルとエルフィールが光の大きな人になっているように見えたのだ。
「あなたは誰ですか」
 ミラルは光の人に聞く。いや、それは光っていないただの一人の老人であった。
 長い白髪はたいそう長いこと生きているように見えた。
 そのシワは、とても深いようだ。
 白に近い灰色のローブを着た老人は頭のてっぺんこそ輝いていたが、とても柔和な感じを受ける人であった。
「精霊法と魔法は昔、同じものであったそうだ」
 老人はそう言う。
「ここは世界の果てですか」
 ミラルは聞いた。
「そうではない」
「地上に降りるにはどうすればいい」
 エルフィールが珍しくまともなことを言う、奇妙な顔をするミラル。
 老人はうなずいて答える。
「世界の果ては幸福が地上に降りた形式。変わりなどないこと。それはきっといつか誰かが考えたこと。忘れた時間と闇の継承者の行く手。人が手にいれた最初の言葉。まだ知らないことの闇。次元はいつかその方向から風を感じていたのだ。忘れてはならないことが人にはある。それは戦いであるのかも知れない。それは世界が平らな和であること。いつか世界が忘れてしまった柱と形。世界は光であふれたことだと人は言う時。できないことはないとある魔法使いは言って、あるとある精霊使いは言った。だからこの世界には精霊使いと魔法使いがいるのだと言うこと」
「あなたは賢者ですか?」
 ミラルが聞いたが、老人は「いいえ、私は空エイの上にいる一人に過ぎません」と言った。
「どうしたらいい」
 ジョルディーの問いにエルフィールは、「入ってくればいい」と言った。
 ジョルディーたちは恐る恐る入って来る。
 そこは岩を積み上げて作った家であった。いくつかの等身大の木の家具があった。
 奥には炉釜(ろかま)とかフロ場とか、本棚の並ぶ部屋が見えた。
 さきほどまで空の上にあった家は空エイの上にあった。
「なに、光の屈折で空の上に見えただけなのだ」老人はうつらうつら眠そうにそう言う。
 光の花びらが舞う。
 それはミラルとエルフィールにだけ見えたこと。
 魔力が増幅される。そんな不思議な感覚をミラルは感じた。それはまるで恋愛感情に似た気持ちでさえあった。 気持ちが高揚していくのがミラルには感じられた。
 エルフィールは性的なまでの欲求を感じた。それはまるで気持ちよかった。それは初めての性の目覚めのような気さえするのだった。
 歌が聞こえる。二人だけに。
「愛することは自然を感じた最初の始まり。愛はいつか忘れられても、二人の思いは誰も忘れることなく、ここにひっそりとあり続けるでしょう」
 光の花びらが無数に舞う中で、思いは重なる。
 白い馬とエルフィールは平行してどこまでも続く平原を走っていた。
 風がエルフィールには気持ち良かった。
 馬の向こうにはミラルが低空飛行の鷹と走っていた。
 それはなんだかいつか二人で走った平原なのだった。
 風に光の花びらが舞った。
 踊る精霊と魔法の風。
 それはミラルとエルフィールの二人の関係。
 それは思いの双方向性。
 夢々山々。
 愛過旅過。
 二乗翼歌。
 それは精霊が歌っているようでもあり、魔法の風のようでもあった。
 エルフィールとミラルが近づく。
 エルフィールはミラルにキスする。口と口が触れ合った。
 二人の衣装は光となって、二人は生まれた時の姿になる。
 しばらくキスしていた二人は離れる。ミラルが小さなやさしいため息をついた。エルフィールの頬は照っている。
 二人はちょっと距離をとる。
 服はその色を取り戻す。
コウウウウ……。
+  その時、エルフィールには魔力が加わり、ミラルには、舞う精霊たちと踊ることが出来た。
「さあ、この歌に歌いなされ」
 老人の言葉にエルフィールはミラルを見る。ミラルはそれにうなずいた。
 ミラルが床に木の杖を打つ。
「我が円状の集いとは縁。それは揺らめいた焔。気の利いた歌が聞きたい。砕けた木よりもいまの気持ちは緑の葉。さあ、天(そら)よ雲に集え」
 床に光の魔方陣。
 エルフィールが精霊に歌う。
「精霊よ空に舞え。くどいた空は歌に舞い。なにが惑いた雲か。感情は光よりも精霊に近い。さあ、その思いは光の翼と化すことも可能なりて。暗い宇宙は精霊の踊り場。舞い踊れ竜。それは空の帰るべき場所なのだ」  エルフィールのが精霊の風を纏(まと)った。
「あおーん」
 空エイが雄たけびを上げた。
 空エイが羽ばたいた。
 エルフィールとミラルの声と思いが重なる。
「大地をその手に」
 空エイは四角い口でうなずくと、その巨体を大地に降り立たせた。
 ゆっくりと静かな着地だった。
「これで地上に降りられるな」
 エルフィールは得意満面の笑顔だ。
「いいものを見せていただきました。力は対立と協力にあるものだと思うのです。それはともかく、ここでは時間の過ぎ方が違います。ゆっくりと休んでいかれてはどうだろうか」
 老人はそう言うと本を開く。
 ミラルとエルフィールはその言葉につくづく安心を覚えた。
「そうさせていただきます」
 ミラルはそう言うと本棚の部屋で魔法書を読みふけった。
 エルフィールは素っ裸になると、広いフロ場で湯につかった。
 ジョルディーも湯につかる。
 ハイベルは料理を作っていた。
 ダミエールは見たこともない楽器を奏でては関心していた。
 らいでんは建物の構造に興味津々だ。
 カーバンクルは光獣であった獣と踊っていた。
 老人はくしゃみする。
 それから、みんな集まって食事にした。
 それは楽しく、一時の休息であった。
 エルフィールは酔いつぶれ、その寝息にダミエールが一曲付けた。
 エルフィールは絨毯の上に大の字に横になる。
 すやすやと眠っていた。
 その横でミラルは横になる。
 ジョルディーはダミエールの曲に耳をすませる。
 ハイベルが歌を歌い、それは静かな歌なのだった。
 一行は一眠りする。
「なにか礼がしたい」
 ジョルディーが老人に言う。
 老人は考えていたが、「窓の景色が光でしか見えないのがなんとも残念だ」と言う。
 エルフィールの手が光り、エルフィールはジョルディーの手をとる。
 光が生まれた。
きいん。
 家の窓の景色は光の色を色彩の光景とした。
「ありがとう。これはずいぶん楽しいことだ」
 老人は嬉しそうにうなずいた。
 一行は老人に感謝して、光の家から出て、空エイから大地に降り立った。
 地平線のように巨大な空エイは轟音とは裏腹に、ゆっくりと風を受けて空に舞って行く。
 草原に一行だけが残った。さあ、行こうとエルフィールが空エイの向かうべき方向に歩きだした。
 いつしか、草は踏みしめられた道になっていた。
 この先に町があることを、それは示していた。
 一行は歩き出した。
                   続







第十七話  エーテル色彩舞



 青空の下、平原を歩く一行。
 どこまでも続く平原は壮大だが、エルフィールにとっては、だだっ広いだけの空間に過ぎない。
 草原が空を包むようだと、その雄大さをミラルは見ていた。
 ミラルの杖の上ではカーバンクルが寝ている。
 日なたぼっこである。
 エルフィールがこづくが、カーバンクルは眠っている。
 睡眠。
 すやすや。
 空は透けるように青く、雲はどこまでも草原と協奏曲を奏でる。
 ハイベルはその大地を踏み固めて行く。
 ハイベルの精悍さに一片の変わりもない。
 まるで岩が歩いているようでさえある。
 揺るぎなく、頼もしい。
 それは一行の誰もがハイベルに感じることである。
 ハイベルはなに気にするでもなく、悠然と歩いているだけ。
 大剣がその歩に揺れる。
 どこまでも続く空の天。
 空エイは遥か遠くの空の向こうに飛んで行き、それはもう点のようだ。
「なにか落ちたぞ」
 エルフィールが拾ったプレートには、魔法の言葉が書いてある。
「これは魔法学院にいた時のものです」
 ミラルが受け取ると、それをなつかしそうに見ている。
 数年前、ミラルは魔法学院で優秀な成績を収め、友達といた。
 魔法学院の制服は色彩豊かだ。それは魔法で自然の四季を得た色合いなのだった。
 友人たちは魔法使いとしての就職先が決まり、それぞれ話ていた。
「ミラルはどこに行くの」
「ミラルならどこにでも行けるじゃない」
 友人たちはそう言ってはやし立てた。
「旅に出ようかなあ」
「なになに、冒険者にでもなるつもり」
 それは定職とは見られない、不安定な職種だ。
 旅に次ぐ旅。
 それは各国を旅する、吟遊詩人のようなものだ。
「仲間に当てでもあるの」
「まずは行路のある町へと歩いてみたいの」
「一人でですか」
「そうよ」
 みんなちょっとびっくりして、ミラルを見る。
「なにか必要なことはない」
「先生には相談したの」
「杖は用意したの」
 みな、それぞれの思いを言いたてたが、ミラルはどこか、空の向こうを見ているようだった。
 ミラルは友人たちを見る。
「ありがとう。でも、なにも用意も考えてすらいないの」
 友人たちは随分心配の言葉を紡いだが、ミラルは黙ってそれを聞いていた。
 しばらくして、友人たちは魔法の言葉でミラルに危険がないように、とそれぞれの自然からの引用でミラルに語りかけた。
 ミラルは涙目で、魔法のキスをそれぞれにした。
 その友人たちとはそれ以来会っていない。
 エルフィールの前にいるミラルは、ちょっと笑ったようだった。
「なんでもない、昔の思い出の品です」
「そうか」
 エルフィールはそう言って草原の大地を地平線へと歩く。
 エルフィールの歩に、いつものだるさはない。
 やる気のない、揺るだる気さがなく、いつにもまして力強く歩くエルフィール。
 それに歩を強め、寄り添うジョルディー。
 風の精霊がエルフィールの周囲を舞い、それに力を得ているのだが、そんなことには気づかないのだった。
 いつもよりも多い風の精霊の存在。
 なんとなく、ミラルはエルフィールを見てそれを感じてはいた。
 けれども、エルフィールに聞くことまではしなかった。
 らいでんはもう少し、気にしているようだったが、それでも、変わらない歩きである。
 ダミエールはたまに口笛を吹いては、ちょっと空を見た。
 雲は青空に服飾のように装飾のようにまばたいている。
 雲から吹くように風がエルフィールたちの衣服を揺らす。
 光の精霊がエルフィールを通り過ぎる。
 その壮麗さと言ったらどうだろう。その流麗さにエルフィールはちょっと立ち止まる。
 光の輪舞(ろんど)がまたたく。
 光輪爛々と。
 それは精霊であるはずなのに、一行の誰もが見てとれた。
 エルフィールだけでなく、一行が立ち止まる。
 一行の誰もがその光を見ていた。
 普段は目にすることのない光。
 光の波が空と草原を舞う。
「オーロラだ」
 エルフィールが空を仰ぐ。
 別段、エルフィールには精霊の動きは見慣れたものだが、それにしても随分大きな精霊の光の流れなのだ。
「こんな真っ昼間からなんて変なこともありますね。夜に精霊が光るというのは、聞いたことがありますが」
 ミラルはそう言うと目をこらす。
 ミラルにはなにかが空を泳いでいるのが見えた。
 黄色く光るひよこの群れが空を飛んでいる。
「これはなんだ」
 人大のひよこが飛ぶ後には、色彩のオーロラが追い駆けるように舞う。
 ひよこはその数を地平線のすべてとする。
 ひよこの無数の群れは、まるで黄色い雲が移動して行くようだ。
 その数は空を覆うようだ。
「エーテル光鳥のようだ」
 らいでんはそう指摘する。
「こっちじゃひよこが空飛ぶのか」
 エルフィールがたいして関心もなさそうにそう言うと、くしゃみする。
 らいでんは手で日よけしながら、「そうだ」とそう言って、空飛ぶひよこを見ている。
 エルフィールはジョルディーのマントで鼻をふきながら、らいでんがひよこの数を数えているのを見た。
「数えきれないだろう」エルフィールはそう笑った。ミラルはらいでんが光る砂の入った瓶を持っているのを見てとった。瓶の中の光は少しづつ、増えているようだった。
 翼の群速は無数であった。
 どこまでも続く黄色の群雲である。
 黄色い群像の後には波打つオーロラ。
 それは綺麗で流麗で華麗であったが、なんとも違和感のある風景であった。
 エルフィールはふらっと空を見る。
 エルフィールは精霊の言葉を聞いたような気がした。
ごいん
 でかい卵がエルフィールのどたまにぶつかる。
 がにまた、M字。
 エルフィールは倒れることなく、なんとかかんとか立っていた。
 ぶつかったいきおいで、卵が割れる。
 からからからと殻が砕けていく。
 そこからでかいひよこが生まれる。
黄色い毛並はとてもつやつやとしていた。
「ぴよー」
 ひよこは一声鳴くと、くるっと回転して、エルフィールの前に着地する。頭をかかえているエルフィールの前に立つひよこ。
 エルフィールはふらふらとたたらを踏むと、涙目で、なんとか踏み止まる。
 エルフィールには周囲に小さなひよこ達が飛んでいるのが見えた。
「おお、ひよこが小さくなったぞ」
 エルフィールはふらふらしながら言った。
 そんなエルフィールを見るもの。
 それは先ほどのひよこである。
 じーっと見てるひよこ。
 エルフィールは目のチカチカがとれる。
 焦点のあったエルフィールの前には人大のひよこ。
 ぐふ。
 こいつか。
 とエルフィールは立ち上がる。
「てなもんや、なにしやがる」
 ひよこにけり入れようとして、エルフィールはふらふらして、つまずいて大地に転がる。
 先ほどのダメージの中、なんとか立ち上がる。
 エルフィールはひよこの存在にはっとすると、ちょっとびっくりする。
 人大のひよこはエルフィールをじーっと見てるから。
 ひよこのつぶらな真ん丸の目には、純粋な黒円だけがある。
 エルフィールとひよこの目が合う。
 オーロラの風が吹いたような気がエルフィールにはした。
「恐怖を恐れるな」
 ダリルは幼いミラルにそう言った。
 なぜその言葉をいま思い出すのだろう。
 エルフィールの周囲に強力な精霊の風が舞う。
 エルフィールはそれには気づかないでいた。
 エルフィールの前には純粋な瞳のひよこ。
 そこには邪悪なものがなにもないのだ。
 これにはエルフィールはまいってしまった。
 なにも嫌みがないという存在はエルフィールには天敵であったのだ。
 エルフィールはちょっと嫌な顔をすると、ひよこから逃げるように歩く。
 ぎょっとするエルフィール。
 でっかいひよこがどかどか地面を歩いて着いて来る。
 まるでハイベルが後ろにいるかのような巨大な足音であった。
 汗汗、早足になるエルフィール。
 それを追い駆けるひよこ。
 エルフィールには逃げの一手。
 なんで逃げるんだ。
 素朴な疑問が脳裏をよぎる。
 エルフィールはふいに止まる。
 振り返るエルフィールの前にはひよこ。
 いきおいあまって、ひよこはどかんとエルフィールにぶつかった。
 そのひよこのいきおいったら空が綺麗な夕日に彩られたくらいだった。
 なんてことだろう。
 そう思いつつ。
 ごろごろごろ。
 転がるエルフィール。
 12、5回回転してから、エルフィールは止まる。
 怪我はないようだ。
 立ち上げると、ひよこと対峙するエルフィール。
 ひよこはきょとんと、エルフィールを見ている。
 なになになに。
 素朴な疑問のひよこ。
「なにしやがる」
 エルフィールがでかいひよこにケリ入れる。
 本気のケリが決まった。
 全体重が込められた、渾身の一撃。
 が。
ぼよよよいん。
 なんともはや。
 精霊舞うそのケリの力はふくよかな腹に吸収される。
 そのいきおいはそのままエルフィールに戻って来る。
 ごろごろごろ。
 また12、6回回転するエルフィール。
 なんとか戻って来るエルフィール。
 らいでんがひよこの横にいる。
 エルフィールはとりあえず、らいでんの意見を聞くため、立ち止まる。
 らいでんはあごに手をあて、思案気に言う。
「生まれたばかりで、飛び方を知らないのだろう。このままでは光をその翼にとらえることはできないな」
 らいでんはひよこを見てそううなる。
 知ったことではない。
 エルフィールは服の土をはらうと、すたすたと歩いて行く。
「ぴー」
 ひよこはエルフィールの後をどかどかと大股で着いて来る。
 エルフィールが早足となるとなり、止まるとひよこは止まった。
 いらいらいら。
 エルフィールに雷がびりびりいなびく。
 それは電気の精霊に違いない。
「着いてくんな」
 エルフィールがひよこを睨(にら)みながら、重々しく言った。
 それは常人ならば、気圧された気迫のものであったのだ。
 ぴよぴよぴよ。
 ぴよ。
 なんだろう。
 エルフィールは歩いて行く。
 どかどかどか。
 それでもでっかいひよこはエルフィールの後を着いて来る。
 エルフィールは止まり、またひよこを見る。
「ぴー」
 ひよこはエルフィールの顔をじっくりと見ている。
 エルフィールがひよこの顔を見てる。
 じっくりと見てる。
 一瞬の沈黙。
 風がなびいた。
 それは精霊の風であった。
 流麗なるは。
 そう。
 ぽんと手を打つエルフィール。
「腹がへってんのか」
 エルフィールは魚のにぼしをひよこにやる。
「くあくあくぴー」
 ひよこは喜んで食べる。
「エーテル光鳥は太陽の光がなくては生きていけない。このままではこのエーテル光鳥は夜に追いつかれてしまうな」
 らいでんが指摘する横で、エルフィールはにぼしをあっちこっちに放り投げ、それをキャッチするひよこをげらげら笑う。
 なんだって。
 エルフィールの動きが止まる。
 いらいらいら。
 ぎがぎがん。
 どぴしゃーん。
 雷。
 雷電は風と舞う。
 エルフィールが腕組みしながら、ハイベルを蹴る。
 ハイベルは微動だにしないが、エルフィールと話す。
「なにか飛び方を教える飛行術はないのか」「ない」
 ハイベルはないと言うて、また石像のように立っている。
「神々の力もたいしたことないな」
 つば吐いてエルフィールはそう言うと、ジョルディーの手を取る。
 前に二人の光でジョルディーの傷を癒したことがあったから、エルフィールは期待してのことだった。
 一分経過。
 二分経過。
 五分経過。
 30分経過。
 でも、なにも起きない。
「らいでん」
 エルフィールはらいでんを蹴る。
「知らないな。解かるのは、これでは夜に追いつかれてしまうだろう」
 らいでんはとりあえず、ひよこの翼をもんでやる。
 ひよこは気にするでもなく、エルフィールの後を着いて来る。
 エルフィールはうろうろ適当に歩くが、ひよこはそれに着いて来る。
「ずいぶん気に入られたな」
 ジョルディーが微笑む。
「そういうのは苦手だ」
 エルフィールはむすっとしながらも、ひよこの歩幅に合わせて歩いているようだと、ミラルは思った。
「なにか芸でも出来ないものか」
 エルフィールはお手をするようにひよこに言う。
 ひよこは足をでんと乗せる。
 おもっ。
 なんだこいつ。
 どがぴしゃん。
 怒った。
 エルフィールは怒った。
「ジャイアントボディプレス」
 エルフィールがひよこに体当たりする。
 ぼよん、と、転がるエルフィール。
 ごろごろごろたあっ。
 今度は回転からすぐに立ち上がる。
 ひよこは顔を横に曲げて不思議そうにエルフィールを見ているが、突然エルフィールに体当たりして来る。
 ごろごろごろごがん。
 転がって岩にぶつかるエルフィール。
「だいじょうぶかエルフィール」
 ジョルディーが歩いて来る。
 怒りの電気をぱりぱりと帯電させながら、雷の精霊がいなびかりを照らす。
 ジョルディーの言葉には答えず、エルフィールはひよこに手を伸ばし、呪文を詠唱する。
 ぱぱちぱちぱち。
 炎がエルフィールの手に収束する。
「サラマンダアひゃひゃひゃ」
 笑い出すエルフィール。
 ミラルが後ろでくすぐっている。
 間に合ったと、ミラルは汗を拭う。
 さてと。
 五分経過。
 ぽてぽてぽて。
 すっかりとやる気のうせたエルフィールはまた歩き出す。
 ぽよぽよぽよ。
 それに着いて来るひよこ。
 ぽてぽよぽてぽよぽてぽよ。
 歩くエルフィール。
 着いて来るひよこ。
 歩く着いて来る。
 歩く着いて来る。
 どらららららじゃん。
「着いてくんじゃねえー」
 エルフィールがひよこに足間接を決める。
 ばんばんばんとひよこが手を大地に打つ。
「わんつうすりい」
 ハイベルが手をエルフィールにたたく。
 エルフィールがひよこから離れる。
 涙目でひよこがひょこひょこ歩く。
「ケガをさせてどうする」
 ミラルの言葉にも、エルフィールは一人さっさと歩いて行く。
 ひょこひょこひよこ着いて来る。
「着いてくんな!」
 ひよこへのケリが頭上に決まる。
「ぴよー」
 ひよこが黄金に光る。
 なんだ。
 なに。
 なんば。
 光の精霊が舞った。
 ぽへん。
 一行は一瞬にして、ひよこになってしまう。
「ぴよぴよぴよ」
 おい、なんだこれは。
 エルフィールは文句を言うが、その言葉はすべてぴよに発音された。
 ひよこエルフィールの質問にひよこらいでんが答える。
「ぴよ」
 解からん。
 なんだそれは。
 ひよこエルフィールは憤慨する。
 ひよこエルフィールがぱたぱたと羽ばたく。
 それは特に意味のないことだったが、翼は光風を受け、空に舞うひよこエルフィール。
 浮遊。
 風の精霊がいつにも増して色彩を得ている。
 いつも見慣れた風景が綺麗に見えた。
「ぴよぴよぴよ」
 お、飛べるぞ。
 ひよこジョルディーも精霊が見え、その翼は風をとらえた。
 一行がぴよぴよ翼を羽ばたくと、光を翼はとらえ、自在に飛行出来るようになる。
「ぴよぴよぴ」
 エルフィールは次はおまえの番だとひよこに呼びかける。
 でも、ひよこはまだ飛べない。
 大地をぽてぽて歩いているひよこ。
 一行はひよこの上空を舞う。
 なにかから解放されたと、ミラルは思えた。
 ミラル以外は、いたって平常心だった。
「ぴよぴよ」
 ひよこエルフィールは怒っていた。
 ひよこを両足でつかむと、空に羽ばたくひよこエルフィール。
 ひよこは空の風にびっくりしているが、しばらくすると、風の精霊はきっと友達だと思った。
「ぴよー」
 ひよこは楽しそうだ。
 その風と光は、ひよこの翼を彩った。
「ぴよぴよぴ」
 そうだ、空はおまえの領分だ、とひよこエルフィールは言った。
 でも、ひよこは羽ばたこうとはしない。
 ぱたぱたぱたとひよこエルフィールはひよこを地面に降ろすと、ひよこに向き合う。
 ぴよんこ。
「ドロップキック」
 両足蹴りをひよこエルフィールがひよこに決める。
 だが、力は吸収される。
 倒れたひよこエルフィールの上に気配という名の影。
 ひよこの両足蹴りが上空から来る。
 寸前でひよこエルフィールは避ける。
 ごがんごがん。
 ひよこの蹴りに砕ける大地。
 その後から地下水が噴出する。
「ぴよぴよやっぱりケガには温泉だよなぴよー」
 ひよこエルフィールはサラマンダーを大地に放つ。
 湯は一帯を温泉と化す。
 一行はひざまで湯につかる。
 ずいぶんつかっていても、時間は感じなかった。
 ひよこはぬくぬくと湯につかる。
 空はその世界を夕日と化す。
「空を飛べても、もう時間が無いなぴよ」
 ひよこらいでんが空を見てそう言う。
「杖で名帝を地下に打てぴよ」
 ひよこエルフィールはひよこミラルに言う。
 ひよこミラルはきょろきょろするが、うなずくと両翼で杖を大地に打つ。
 温泉水は波紋を幾重にもさらに光り、その波紋のすべてを魔法陣とする。
「想明は風に揺らめき、重慶珍重するはそのいかずちぴよ。崩壊した概要とその大地は暗くその範囲を円型とするも、光得手とても砕けん空とその地平たる星よ。いくつもの歌が夕日を彩る。なにがその表情を彩るというのか。空よ。聞け。光たるは昨日の闇。得た言葉は闇と光を紡ぐともに。行こう。どこに光の果てがあるとも、闇ならば永遠だとしても、まだ永遠は遠く、ひとときの眠りに感謝を得て、紡ぐ世界よ。空よ。天よ。雷鳴よ空を打てぴよ」
 きいんきいんきいん。
 魔法陣はひよこエルフィールの精霊との対話を波紋する。
 空が光りにまたたいた。
 一行はその姿を元に取り戻す。
「ぴよー」
 ひよこが鳴いた。
 雷鳴。
 雲という風艦砲射撃の一斉正射。
 それは鳥の打ち出す飛行機光であることに、エルフィールと一行は気がついた。
「こっちのほうじゃ鶏(にわとり)が空を飛ぶのかぴよ」
 エルフィールの問いにらいでんが答えた。
「エーテル雷竜だ。エーテル光鳥の成鳥であり、光の精霊の結晶たる風。あの光を媒体にして平行飛行すれば、こいつは太陽にさえも追いつけるだろう」
 ぱたぱたぱた。
 ひよこが飛び上がる。
 ひよこには成鳥しか見えていなかった。
 じたばたじたばたと。
 なぜかひよこの背中にエルフィールがいた。
「ちょっと待て、いま髪の毛がからまってるからなぴよ、待て待て待てえ」
 ひよこは一直線の成鳥の後に続く一直線の虹に乗ると、一気に成鳥まで追いつく。
 すでに一行は後方遥か、大地がめまぐるしく進転する。
 うあああああ。
 エルフィールが涙目でなんとか目を開く。
 大地が円状にぐんぐんと進んで行く。
 世界は白から青に変わって行く。
 大地が丸かった。
 空が綺麗だった。
 と。
 なんか変だ。
 息が出来ない。あまりにも、ひよこは速く飛んでいた。
 一瞬の浮遊はなんとか一息つき、周囲を見る余裕が出来た。
 あれは。
 先日の空エイがいた。
 大地を一周して地平線を丸く見て、空エイまで、ひよことエルフィールはまた一行の上に来ていた。
 世界がまぶしい。
 エルフィールは目をしぱたかせると、空が世界がうすぼんやりと見えて来る。
 そうか。
 これがそうだ。
 エルフィールはこう思った。
 光の世界では、空と大地と地平線は虹色だったんだ。
ごおおおおお。
 それは一瞬の遭遇。
 ひよこと空を飛ぶエルフィール。
 そのままひよこの群れと合流する。
 エルフィールは精霊世界という名の大地を一周したなどとは思いもしなかった。
 それからエルフィールはひよこたちと世界を何周しただろうか。
 すでにエーテル光鳥の群れの中に入り、ひよこの中にいることに、なんの違和感も抱かないようになっていた。
 風と風と風。
 その連なりだけが彩る。


 「なんとかしないと」
 ミラルはジョルディーに訴える。
「それでエルフィールが幸福なら、それでいい」
 そう言って、ジョルディーは風の行方を見ていた。
「そんな……、らいでんさん」
 ミラルはらいでんに聞く。
「手はない。少なくとも、錬金術の中に精霊から精霊使いを連れ戻す力などないのだ」
 それはミラルも同じであった。
 どうしたらいいのか解からない。
 いつもと変わらない風景。
 それには、エルフィーユだけがいなかった。
 悔しそうに地を見るミラル。
 土はいつにも増して、暗く、堅そうであった。
「みゅ〜」
 カーバンクルがミラルの横で鳴く。
 ミラルははっとする。
 なにが変わったのだろうか。
 それは。
 ミラルは顔を上げる。
 風景は変わらない。
 ミラルは目を閉じて、杖を大地に立てる。
「方角はこちらだな」
 らいでんの言葉は砂を導き、砂は螺旋を描いて、でも、なにか、それはなにを意味するというのだろうか。
 ダミエールは砂の流れを見て、静かな曲を奏でていた。
 ハイベルはその砂の流れに歌う。
 歌はどこかへ流れて行く。
 それはどこか。
 風。
 それは風の歌。
 風来尾。
 風が吹いて来る道を歌に舞う砂が示した。
 ミラルは想う。
 なにかが舞っているかのようだ。
 そう、これはきっと……。
 それをミラルはエルフィールの精霊風だと感じた。
「デ・フォルト」
 一言の詠唱にてミラルは杖を大地にうがつ。
 魔法陣が空に広がった。
「風よ聞け。おまえの名前は世界を探す時間。望郷にはまだ早すぎる。世界の円はおまえには広すぎる。帰郷の念には歌がある。崩壊は人の特権であり、おまえの翼にはまだない。空に住居はない。大地こそがおまえの家。光と闇の地平線になんの意味を問うというのだろうか。叶えられた花は目指すは空か大地か光なのか。小鳥はまだ自分自体の歌に気づかずにいて、それが風の始まりだなどと、光にもうつさず、さあ、その勇気をうがてよおまえの得た雷鳴に答えたように」
 ウインド。
 エルフィールに風が吹いた。
 それは進行する風とは違う風であった。
 風が見えた。
 精霊が舞っていた。
 それは確かに、いつも、それまでエルフィールが見ていたものであった。
 光の方位陣爛々美流に。
 風忘羅意。
 場時来化。
 空々雷々。


 エルフィールはその場で羽ばたく。
 進むのを止めたのは、ジョルディーたちの真上であった。
 横でカーバンクルがきゅ〜と鳴いた。
 なにか見たことがある奴だと思った。
 風たるエルフィールはなんとなく、そんなことを思った。
 それは風。
 なつかしい。
 なにかなつかしい風。
 ひよこがぴよと鳴いた。
 エルフィールはきょとんとする。
 ひよことエルフィールのあいだに光。
 光の玉が空にはある。
 漂う光の固まり。
 それはゆっくりと白い玉となる。
 大地では、ハイベルがジョルディーを空に投げる。
 空には巨大な卵。
 ジョルディーが卵に触れる。
 光の亀裂。
 卵が砕けると、それはひよこではなく、エルフィールが生まれた。
 卵の殻は光に透けていく最中、生まれた姿のエルフィールとジョルディーは手を取る。
 エルフィールはジョルディーを見た。
 なんでだ。
「なんで笑ってる」
 エルフィールの問いにジョルディーは答えない。
 風と光が触れた。
 二人のあいだに光が生まれた。
きいん。
 地平空へと進む光。
 きらきらと光の粒子を放ちながら、進む二人。
 エルフィールとジョルディーが空を飛ぶ。
 ひよこがそれに合流する。
 二人と一匹は一緒に空を飛んでいた。
 ひよこの群れが見えて来た。
 飛翔演舞。
 ひよこの群れと飛ぶ。
 ひよこたちと大地をもう一周すると、ひよこと別れ、エルフィールとジョルディーは大地に降り立つ。
 光の粒子は消え、二人はいつもと同じように、大地に立っていた。
 はあーと、息を吐くエルフィール。
「お帰りなさい」
 ミラルがエルフィールに抱きつく。
「なんかあったのか」
 ダミエールとハイベルは曲と歌のフィナーレを飾る。
 らいでんが眩しそうに光空を見ている。
 その方向にはなにがあるのか、一行は知っていた。
 夕暮れ時。
 夕日が一行を彩る。
 景色には、エーテル光鳥の光雲というオーロラ翼が幾筋も残っている。
 夕日の奥に、一直線の飛行機虹光とオーロラの世界。
 そこにいたことに、エルフィールは実感がなかった。
 いや、エルフィールはまだ精霊の鳥であったことを覚えていたのかも知れない。
 ミラルがぎゅっと手をにぎってきたので、エルフィールは力いっぱいにぎりかえしてやった。ミラルは苦く笑った。
 やがて夕日は色を失い、闇が空を覆い始めた。星々がまたたき始める。
 それを眺めていたエルフィールはまた歩き出す。
 一行はそれに続く。
「召還出来る精霊が増えたな」とジョルディー。
「昼限定だけどな」
 エルフィールは笑っていた。
 ちょっとそれは、涙まじりだったけれども。
 それは雲翼の霞が涙となっていたのだった。
 オーロラに彩られた夕日を背景に、一行はまた歩き出したのだった。
                             続く。







第十八話  バルキリー輪舞(ロンド)



 夜の道は暗く、一行は黙々と歩いていく。
「なんで夜に歩く。なんだこのやぶとか葉は」
 エルフィールが嘆くのも無理はない。
 ちょっとした森林には、月明かりも時々ひらめくだけで、とても暗く、その闇はどこまでも続いていくようだ。
 つるのような葉に足をとられることもままあることであった。
「この森からは真なる陰りの魔力が漂流しています」とミラル。
「神々はここに災いを暗示しています」とハイベル。
「カンがささやく、ここにはいてはいけないと」とジョルディー。
「この地理地形からは、錬金術の方位がとれない。これは不吉」とらいでん。
「私はなにも感じないぞ」とエルフィール。
 ということで、一行は夜も歩いて、この森林を早く抜けるために歩いていた。
 ずしん、と全身に響く轟音が大地にうなる。
 エルフィールが止まり、それに一行も止まった。
「なんだこの地響きは」
 エルフィールはきょろきょろするが、一行でそれを感じたのはエルフィールだけであった。
「精霊? それにしてはなんだこの圧倒される精霊流は」
 木々の上から、月のライトに照らされた、巨大な鎧が三騎。
「でかいモニュメントだなあ」エルフィールが見上げる。
「いえ、これは実体として見える精霊。でも、こんな精霊が存在するはずはありません」とミラル。
 一行の見上げる三騎の巨大な鎧はそれぞれ矛で打ち合う。
 その轟音はエルフィールだけに感じられた。
「これが精霊であるはずはない」
 なぜなら、精霊の姿は自然の反映であり、それだけの自然があるから、精霊の姿があるのだ。こんな巨大な精霊の姿、その精霊力。こんな精霊を反映する自然など、あるはずはない。それは一行の誰にもわかった。
「魔法かなにかか」エルフィールはミラルに聞くが、ミラルはかぶりを振る。
「精霊を巨大化させる魔法など、聞いたこともない」
「知らないだけだ。あるんだろう」エルフィールの意見はまったく聞いてもらえなかった。
 とにかく、この三騎の精霊に踏まれないように逃げるので精一杯である。
 自然の精霊に触れることにはなにもないが、これだけ巨大な精霊。なにがあるか解らない。
「走れ」
 ジョルディーに言われるまでもない。一行は走っていたが、その一行の前に、夜の闇を纏い、美女が空間に漂う。
 一行は巨大精霊も忘れ、見とれるように止まる。
 それは天から纏う布を幾重にも風のように踊らせるその女性は、長い髪すらも光に包まれている。
「精霊なの?」
 ミラルはその美しさに感嘆する。
 精霊が人にすらその姿が見えるとは、その力、存在力は並の精霊ではない。
 それは一行の誰もが見てとれたことだった。
 いや、エルフィールは別段、気にも止めていないようだ。
「数騎しかいないと言われる精霊騎女、俗にバルキリーと言われる精霊だろ。その力は絶大だが、その力を得られる精霊使いは極わずか」
 エルフィールが指摘する。
 一同がざわめいた。エルフィールの指摘があまりにも的確であり、それはまるで精霊使いのような言葉であった。
「確かに精霊使いだが」
 らいでんがうなる。
 エルフィールはバルキリーを見る。
 バルキリーは上位精霊の中でも美しい女性の姿であり、それは精霊使いでさえ、その力を得る者はごくごくわずかである。
 その美しさはエルフの上をいく絶世の美女である。
「おまえさんたち、世界の果てを知らないか」とエルフィール。
 バルキリーはたたずみ、なにも言わず、そこにいるだけである。
「なんだって?」
 エルフィールがなにかをバルキリーに聞く。
「聞こえないって」
 歩いて近づくエルフィールの足下が砕け、エルフィールは大地の闇の中に飲み込まれる。
「エルフィール!」
 ミラルの叫び、だが、大地はさらに砕け、一行をもその闇に飲み込んだ。
 バルキリーだけが、一人闇の中に輝いていた。


 「おい」
 エルフィールのケリがらいでんに入る。
 らいでんは気がつくと、光る砂を放つ。
 周囲は砕けた岩の空洞だ。
 空は遠くて、とても堅牢な岩の牢にでも一行は閉じこめられたようであった。
「らいでん」
 エルフィールが聞く。
「風はないな。完全な密室であり、周囲の岩も上がれそうにない。あまりにももろい岩質だ」
 らいでんはそう結論付ける。
 ハイベルが怪力で岩壁を砕こうとするが、ジョルディーが両手でハイベルの拳を止める。
「無理だ」
 ジョルディーの言葉に、ハイベルは背中を落とし、その背の大剣が地に下りた。
「みんなで酒でも飲めばいいんじゃないか」
 エルフィールの案は、けれども、全員一致で却下された。
 空はうっすらと明けてきて、それは点のように頭上はるか彼方に見えた。
 まるで穴の塔が空まで続いているようだとミラルは感嘆まじりに思った。
「なんてことだ」
 エルフィールはいらいら歩いていたと思ったら、手を岩に向ける。
「サラマンダひゃひゃひゃ」
 ミラルがくすぐる。
「するなってば」
「なにしやがる」
 ミラルはエルフィールと格闘するが、狭いせいか、鍛えたエルフィールと普通の体力のミラルでも、案外いい勝負である。
 身軽で体術に長けたエルフィールだが、狭すぎて、ジョルディーとハイベルとにぶつかり、すっころんでいるところにミラルが杖で足をからませ、間接を決める。
 いててと、頭をおさえるエルフィール。
 エルフィールはミラルを見た。
「なんだおまえ」
 エルフィールはミラルの後ろを見ていた。
 そこには先ほどのバルキリーがいた。
 バルキリーは光輝いている女性として見える。
「なんだ、聞こえないぞ」
 エルフィールはバルキリーに近づくが、ぎょっとする。
 バルキリーは三人いた。
 一行を囲むように三人の光る女性がいた。
 三方向からのバルキリーの放つ光はやさしい光で、間接照明のように、踊る月のように、色彩光が周囲を舞い踊る。
「いっぺんに言うな」
 エルフィールは怒鳴る。
 一行で精霊の言葉が聞こえるのはエルフィールだけである。
 たとえバルキリーと言えども、実体を持たない存在なのである。
「誰が、だから、それはおまえだろう」
 エルフィールは怒鳴っていて、それは支離滅裂だ。
「だからいっぺんにしゃべるな!」
 周囲の岩が砕けて、巨人の手が表れる。
 大地の精霊ガイアギアが出現しょうとしていた。
 ガイアギアはエルフィールが召還した精霊であった。
「こんな狭い場所で、みんなをつぶす気ですか」
 ミラルが杖でエルフィールを叩くが、エルフィールはよけた。
 エルフィールにはバルキリーしか見えてなかった。
「だから、これでいいんだろ」
 エルフィールの言葉に、ガイアギアは動き、大地は砕け、一行の足下の大地はさらに砕け、一行は宙に浮く。
 底無しのように落ちる一行に、しばしの浮遊感が包んだ。
 バルキリー三人も一行と一緒に落ちていた。
 ミラルが呪文を詠唱する。
「デ・クアヴィス」
 ギガギガンギガイアン。
 轟音、そして光が揺らめいた。
 その光に一行は浮力を得る。
 上から浮力の得られないガイアギアという名の岩の巨人が来る。
ぎいん
 ハイベルが大剣でガイアギアを貫く。
 ぎがごおん。
 ガイアギアが砕け、大小の岩が落ちて行く。
 ミラルは踊るように岩をけってガイアギアの破片をよけた。
 ジョルディーとダミエールはエルフィールの両手をとり、岩をよけていく。
 らいでんはハイベルにお姫様だっこで助けてもらっている。
 岩とともに、三人のバルキリーに照らされた一行は、下にゆっくりと降りて行く。
 照らされた闇は、けれども、広大な空間であるように見えた。
「なんだここは」
 エルフィールは闇の精霊が多いことを見てとれたが、別段、それは気にもとめていなかった。
 やがて一行は暗闇の底に足をつける。
 それはひんやりしていて、息は白い。
「寒くて耳が痛いな」
 そう言うエルフィールの両耳をジョルディーがその手で温めた。
 きゃっきゃとエルフィールはじゃれるように足踏みする。
 それはいつしか踊りとなり、舞い、精霊との踊りになった。
 それにダミエールが曲を付け、ハイベルが歌う。
 それはなんとも綺麗でいいものだと、ジョルディーとミラルは見入ってしまう。
 三人のバルキリーはエルフィールの舞いを見ているようで、立っているだけである。
 バルキリーの表情は微動だにせず、まるで氷ついているかのようだ。
「大地の底は冷えるな」
 らいでんはそう言って、いつのまにか入れたホットティーをミラルに進める。
 ミラルは感謝して、一口飲んだ。
 周囲にはバルキリーがほのかに輝いて浮かび、その中で、エルフィールは精霊と踊っていた。
 ジョルディーもそこいらの岩に座り、ホットティーを飲んだ。
 深い縦穴の洞窟に響く音は、とても軽妙で、エルフィールは好きに踊っていた。
 綺麗だなあ。
 風の精霊がエルフィールと踊り舞う。それがなんとなく、一行には見えた。
 精霊をまとったエルフィールの踊りには、ミラルは感嘆するのだが、でも、ミラルは問う。
「なぜ精霊が見えるのでしょうか」
「それはここが精霊の多い場であるからのようだ」
 らいでんはちょっと離れた所で、なにかを見ていた。
 そこは横道となっていて、人が通れそうなくらいの穴であり、その先が光っている。
「あれは」
「精霊結晶だな」
 らいでんはそう言うと、横道に入って行く。
 しゃん。
 エルフィールが踊りを止めて、一行は横道に入る。
 もの言わぬバルキリーたちはそこで目をつむり、漂っているのだった。
 横道の一行の中、ミラルは目を見張る。
 精霊結晶で埋め尽くされたその洞窟は青白く、てかてかと輝いていて、それはとても美しいものだったが、けれども、とミラルは言う。
「素晴らしい眺め、けれども精霊流の密度が高すぎる。純度99パーセントの精霊結晶の場。一瞬でも心が濁ればその精神は焼かれる」
「だからなんだってんだ」
 エルフィールはそう言うと、すたすたと精霊結晶の洞窟に歩いて行く。
 ミラルは追い掛けようとするが、ジョルディーは止める。
 ミラルはジョルディーの顔を見るが、ジョルディーはやさしくうなずくだけなのだ。
 ダミエールは岩に座って、目を閉じて曲を弾いている。
 ジョルディーとミラルとハイベルはエルフィールの行方を見ている。
 らいでんは岩に座って目を閉じて、曲に耳を傾けた。
 エルフィールの行く手には六角柱の透明な水晶の幾何模様で構成された洞窟。
 それは精霊結晶の道。
 その道に進む。
 だが、別段、エルフィールは普通に歩いている。
 まるで精霊の海の中を歩いているようだと、エルフィールはその精霊密度をぼけっと見ていた。
 精霊色彩の舞い。
 でも、目が慣れてしまえば、エルフィールにはたいして気にもとめないことなのであった。
 洞窟の奥から鎧がふたつ歩いて来る。
 誰も着ていない鎧。
 魔法で動く、リビングメイルなどは、宝を守るために、遺跡によく仕掛けられているものだ。
 エルフィールの目が爛々と輝く。
 ぎらつく、と言ったほうがいいのかも知れない。
「こういうのを待っていたんだ。サラマンダー!」
 エルフィールの手から出でた炎のトカゲはリビングメイルをとらえるが、リビングメイルの動きは止まらない。
 走り出すエルフィール。
 リビングメイルにケリを入れるが、パンチにはじかれ、回転しながら吹っ飛ぶエルフィール、いや、パンチは両腕で受け止め、その怪力を回転で吸収したのだとしたら、エルフィールは着地すると、よろけたが、また走り出して、抜刀して斬るが、その細剣は装甲の厚さにはじかれる。
 何度も剣を振るうエルフィール。
「ははっ」
 エルフィールは笑ってさえいた。
 もう一体のリビングメイルのパンチがエルフィールに繰り出される。
ぎいいん。
 ジョルディーの魔法剣がそれを受け止めた。
「くっ、砕けない。殺意がない。これは守り専用の鎧だ」ジョルディーが指摘する。
 ミラルは驚いていた。精霊密度の中にも、ジョルディーは一瞬の躊躇もなく、走り出したからだ。
 二人の剣撃はリビングメイルには効かない。
 ミラルがその場から魔法で射るが、鎧は止まらない。
 ハイベルがその場にいた。
 両手のハイベルのパンチに、鎧は砕ける。
 鎧の中には精霊がいたが、鎧がなくなると、さっさとどこかへ行ってしまう。
 精霊が鎧を動かすなど、精霊結晶の中ならではだと、ミラルは思った。
 エルフィールは周囲を見るが、他には鎧は見あたらない。
カーンカーンカーン。
 洞窟のその奥では、誰かが鉄槌で精霊結晶を叩いている。
 誰だろう。
 エルフィールはなに気なく思う。
 それはドワーフ。妖精族たるドワーフは、精霊結晶の中でも、別段、なんともさなそうだ。
 ジョルディーとハイベルは精霊結晶から出て行く。
 精霊結晶から出たジョルディーはその場で岩に崩れ倒れる。
 ミラルがささえた。
「目がかすみ、息が出来なかった」
 ジョルディーは咳込みながら、なんとかそう言った。
「それは私も同じだ」
 ハイベルもひざをついて言った。
「ならば、どうやって鎧をその拳にとらえたのですか」
 ミラルの問いに、ハイベルは「運が良かった」と言った。
「それはなんとも」
 らいでんは笑って光る砂をハイベルとジョルディーにかけた。
 それで二人は息も出来、目もなんとか見えた。
「感謝する」とハイベル。
 ハイベルとジョルディーはダミエールに感謝する。
「暗闇の中、その曲が戻る道を示した」
 ジョルディーはそう言って苦笑いした。ダミエールはそれには答えず、曲を奏でていた。
 一行はエルフィールを見る。
 精霊の濁流は青白い突風となって見えて、エルフィールはその先に消えて行く。
 一行には既に近づける距離ではなくなっていた。


 洞窟の奥は行き止まりになっている。
 そこは精霊結晶によって美しい色彩光が移り行く場所である。
 横穴がいくつかあり、そこのひとつはフロ場のようだ。そのひとつはトイレのようだ。
 そして、ひとつの部屋とも言える場所には、ドワーフのひげもじゃの老人が一人。
 緑色の服に帽子。それは素朴な格好である。
 ドワーフを見ているエルフィール。
 精霊結晶の上、鉄槌で細長い一品をたたくドワーフ。
 打ってたまに見る。それの繰り返し。見ているエルフィールはあくびが出る。
 エルフィールはドワーフの前まで歩いて来る。
「ここでなにをしている」
 エルフィールの問いにドワーフは黙って、鉄槌を叩くのみだ。
 ドワーフは鉄や結晶石を加工細工する技術を独自に持っており、それはエルフの持っている、繊細された精霊精神とは違う、人にも好評の剣や鎧を作るのだ。
 力の象徴たる王剣はドワーフに作ってもらうのが、各国の習わしともなっているほど、その技術は人に愛される一品だ。それは鍋やクワのような農具にまでおよぶ。
 ドワーフは寡黙でずっと鉄器を作っている。そんなイメージが人には一般的なほどだ。
 精霊が四角い透明な六個のタイルにいる。
 それは精霊パズルという、精霊使いが作る、おもちゃのようなものだ。
 精霊の流れをとらえた時に、このパネルパズルは説けるようになっている。
 エルフィールはひょいひょいと説いてしまった。
 ドワーフがじっとエルフィールを見ている。
「な、なんだよ」
「精霊は好きか」
 老人のドワーフは一言そう言うと、また鉄剣を鉄槌で打つ。
「一応、精霊使いだ」
カーン。
 ドワーフは手を止めず、ぶすっとした表情で言う。
「精霊を好きなのかと聞いた」
 老人のドワーフいかにもむすっとした様子でそう言う。
 エルフィールは考えている。考えている。考えている。
 ぽんと手を打つ。
「うん、ジョルディーといる時、精霊が踊っているように見える。そんな時は精霊がとても綺麗に見える。それが好きってことかな」
「うむ」
 ドワーフはゆっくりとうなずいたようだ。
「その剣は」
「精霊結晶の中で打つ鉄は精霊を彩る剣となる」
「それくらいは知っている」
「うむ」
 ドワーフはまた鉄剣を打っている。
「世界の果てを知らないか」
 エルフィールは聞いてみるが、ドワーフは新手の歌かなにかと逆に聞いてくる。
 これはだめだとエルフィールは質問を変える。
「あの精霊、バルキリーどもはなんなんだ」
「バルキリーか。あれは光景騎士だ。おまえさんではかなわんだろう」
 ドワーフはにやりと笑っているようだ。
 怒るエルフィールを尻目に、ドワーフは剣を取り出す。
 それは細い中剣だ。
 柄には指輪がふたつ着いたおしゃれな部分も見てとれた。
「これがなんだと言うのだ」
 エルフィールは不満気にそう言う。
「わしは昔、鉄工の町で剣や鎧を作る鍛冶屋じゃった。その町で何十年も腕をふるったもんじゃ。それがある日、ある客人がある剣を持って来た」
「それがどうした」
 エルフィールはじれたように聞く。
「まあ聞け。その客人は剣を出した。その剣には精霊が宿り、その剣を打ち直して欲しいという依頼じゃった。わしはいつものように腕をかけて剣を打った。だが、その剣はなんとも繊細洗練された作りで、ついには、砕けてしまった。わしにはその剣を打つなにかが足りなかったのだ。そのフィルフィラなんとか言う客人はエルフでな、剣に宿った精霊を連れて行かれた。エルフは精霊使いという前に、精霊とのつながりを生まれながら持つ種族。わしは自分の腕を信じられなくなっていた。わしの自尊心も砕けていたのじゃ。そのエルフは鉄剣を置いていった。これを鍛えてくれという依頼じゃった。これは救いと、それからわしは精霊結晶の洞窟で、鉄剣の精錬に打ち込んだのだ」
「そのエルフは茶髪で瞳は銀色、垂れた布服ではなかったか」
「そう、そうじゃったな」
 母さんだ。
「わしには精霊剣ひとつ鍛えることが出来ないとは。わしは腕を磨き直すために、この精霊結晶の鉱山で剣を打ち直す日々に三十年をついやした。悩み苦しんだ年月であったが、打ち込むその時間は楽しくさえあったのだ」
 ドワーフが剣をエルフィールに向けて置く。
「これをやろう。どう使うかはおまえさん次第じゃがな」
「……」
 エルフィールはうなずくと、剣を手に取った。
 立ち上がり、そこから出ようとする時、エルフィールはドワーフを見た。
「じいさん、感謝する」
 エルフィールはさらに精霊の加護があるように、と言ってから、一行の元へと戻った。
 エルフィールが他人に感謝することなど、ミラルが聞いたなら、どんなにか驚いたことだろう。
 だが、その言葉はドワーフにしか聞こえなかった。
 エルフィールを先頭に一行は先ほどの広場に戻る。
 そこにはバルキリーが三騎いる。
 エルフィールだけがその広場の中央に踊り出る。
 それはまるで決まっていた演劇が始まる雰囲気でさえあった。


 光の風が舞う。
 バルキリーたちが半目を開き、それはエルフィールをとらえる。
 三方を囲まれた形になるエルフィール。
 ミラルが加勢しょうと前に出ようとするが、エルフィールが手で制す。
「手を出すな」
 ?
 なんだ。
 エルフィールの前に別の風景が広がる。
 なんだか、なんだかとてもなつかしい気持ちだ。
 幼い子供が、子供たちが歩いている。
「おまえの母ちゃんエルフなんだって」
「なんだそれえ」
 子供たちは幼いエルフィールをはやしたてる。
 涙目でエルフィールは、だけれども、なにも言えないでいた。
 家に帰ると、母はイスに座り、窓の光景を見ていた。
 夕日に彩られた母はとても綺麗であった。
 いや、エルフは美麗な種族である。
 また自然と美しいものをなによりも愛する種族である。
 こんな田舎の人の町になぜ一人いるのかどうか、それはエルフィールにもわからないことだった。
 母はエルフィールを見る。
 涙目のエルフィールは涙をぬぐう。
 母は笑ったようだったが、それは気のせいだっただろうか。
 いまのあなたではみずからの道を歩くことは出来ないでしょう。
 母はイスに寄り添う幼いエルフィールに言う。
 ひとつには、仲間を得るという道があります。
 そしてもうひとつは、あなたが見つけるでしょう。
 なかやってなあに。
 大事な友達よ。
 いらない。ともだちなんて、いやなんだもん。
 いい時もあるでしょう。いやな時もあるでしょう。それを越える時間を持っていることは、いつかあなたになにかを感じる時となるでしょう。
 エルフィールは不思議そうに母を見ていた。
 まだ、なにもわからなかった。
 いま、仲間がいる。
 けれども、まだ一人がいい。
 仲間はいるだけだと思っていた。
 だが、いまは少し違った。
「一人では出来ないことがある」
 エルフィールは三騎のバルキリーに言った。
「だから、おまえは間違っている」
 三騎のバルキリーが揺らめいた。
 バルキリーと対峙するエルフィール。
 抜刀するエルフィール。
 それはドワーフに貰った精霊剣。
「単なる鉄剣で精霊になにをするというのですか」
 ミラルはそう疑問を呈するが、エルフィールにはバルキリーしか見えない。
「世界を斬る」
 ドワーフに鍛えられた剣が天をとらえ、エルフィールの視線はバルキリーをその姿をとらえた。
 大地に波紋。
 三騎のバルキリーは矛を精霊結晶の大地から取り出すと、矛で精霊結晶の大地を叩く。
 周囲の洞窟一面が精霊結晶となっていく。すさまじい精霊圧である。ぶあっとうなった風には、魔法で防御するミラルとて、もう入ることは出来ない。エルフィールだけがバルキリーの前にいた。
 精霊結晶と化した場は、精霊だけの空間となり、それは青白く光る空のように、うなりを上げて精霊の群流が舞っていた。
 精霊を纏ったバルキリーたちは、その手をエルフイールに向ける。
 ごおおおおお。
 圧迫。
 エルフィールがひざをつく。
 圧苦、圧痛。
 目がくらみ、足がぐらつく。
 ずっと走っていたように肩で息をするエルフィール。
 バルキリーたちは矛をシャンと大地に打ち鳴らした。
 シャン。
 シャン。
 シャン。
 バルキリーは動くことなく、そこに立っているだけなのだ。
 その場にうずくまり、ふるえるエルフィールに、バルキリーは慈悲の視線でその行いを問う。
「違う」
 エルフィールはふらつきながら立ち上がる。
「あんたは間違っている」
 エルフィールが周囲の精霊結晶をその剣で叩き砕いていく。
 驚いた精霊たちが流れるように光のように濁流となり、天へと踊る。
 バルキリーの姿が揺らめいた。
 エルフィールはバルキリーに駆け寄る。
 バルキリーに剣で打つが、バルキリーは見えないなにかで受け止める。
 エルフィールは叫んだ。
「精霊圧縮(アグルバースト)!」
,mmJldauopsetualeketgjalsdjkoklds7ljごls85608fdjs856s0l;g98キイン7l9uvpz;ei5jpuhj:−sa−0e8s0f8sギンoerijtulo4eiu56oujyeloギイインthfgub90su8g907sr09ygカイイイン8s0giul;backuplightattackde−fensejhgiyu5ew7
 精霊錬磨。
 精霊豪舞。
 精霊崩壊。
 エルフィールの精霊剣にバルキリーの一騎が封印される。
 いや、その剣は単なる鉄剣ではなく、すでにバルキリーという精霊の宿る精霊剣となった。
「いやああああ!」
 気合いの元にエルフィールは走り出す。
 二騎となったバルリキーは、その無表情なる氷のような視線、表情のまま、エルフィールの周囲を横に舞う。
きいいん
 高音が響く。
 エルフィールの剣はバルキリーに振れては、バルキリーにはじかれていた。
 鉄剣の柄に着いている指輪をエルフィールは左手の薬指に着ける。
「精霊接触」
 指輪には小さな鎖が着いていて、エルフィールの右手に剣、左手には細い鎖を舞いする指輪の左手。
 エルフィールは剣をバルキリーに叩きつけると、「サラマンダー」と言った。
 精霊の剣はサラマンダーを纏い、バルキリーを一刀両断する。
「精霊圧縮」
 そのバルキリーはエルフィールの指輪に封印される。
 ドワーフの一品たる指輪には、バルキリーがいる。
 エルフィールは大地をける。
 空中に舞ったエルフィールは指輪を手の前に出して「精霊召霊」と言った。
 指輪からバルキリーが出でて、エルフィールの服と軽鎧は消え、透明な色彩の布鎧が裸のエルフィールを纏う。
 残ったバルキリーは矛を放つが、精霊の鎧はその矛を受け流す。
「形勢逆転」
 あれ。
 なんだこれ。
 エルフィールはひざを着く。
 鎧と剣が重い。
 剣と鎧は精霊の力を得すぎて、エルフィールには、まるで岩を着て、岩を持っているような重さである。
 好機とばかりに、バルキリーはその手の矛で鎧の無いエルフィールの顔を連打する。
 エルフィールの頭がぐがぐが右左に振られる。
「エルフィール!」
 ミラルが叫んだ。
 バルキリーの殴打が止まる。
 エルフィールにはキズひとつなく、その顔には丸めがね。
「器用だな」
 ハイベルがぼそりと言った言葉に、らいでんはうなずいている。
 ドワーフの眼鏡はなんの変哲もないものだが、矛の撃にも一片のヒビも入っていない。
 エルフィールはバルキリーの殴打のあいだ、詠唱していた。それはこんな呪文である。
「精霊がいるべきは空の下。こんな地下ではない。いるべきは精霊使いとあるべき存在。正しきことは恋。いなずまよりも精霊に触れる時に風は風景となる。おまえの名前は自由と愛のはざまでいななく雷鳴。消えて無くなるよりは、生きた時間を愛と認めろ。破壊などで精霊が舞うものか。崩れた人々の彼岸に、いつか空は道と成す時。世界は天と地に分かれた時から、地平を制す。砕けろ雲の空に雷鳴と。なくせない鳳仙花」
 エルフィールが白銀に光り輝く。
「うなれ、華麗なるが精霊合唱、雷撃凰!」
 精霊の濁流をその剣と指輪鎧にて。
 ソードリングディフェンス。
 精霊濁流に舞うエルフィール。
 精霊流の回転の力をそのまま剣で叩きつける。
ぎいん。
 バルキリーは矛で受け止めた。
「これでどうだあ!」
 エルフィールは頭突きした。いや、正確には眼鏡顔面頭突きである。
 バルキリーはにこり、と笑った。
 バルキリーはガラスのように砕けていく。
「精霊圧縮」
 エルフィールの言葉に、最後のバルキリーは眼鏡に封印された。
 エルフィールは一息すると、「精霊招霊」と言って、バルキリーを剣と指輪鎧と眼鏡に宿らせると、剣を両手を上から大地に打つ。周囲の精霊結晶がすべて、一瞬で砕けた。
 水晶片が、無数の光が舞う中、エルフィールを上を見ていた。
 精霊圧縮。
 精霊招霊。
 陣騎彩舞。
 そう。
「バルキリーは私とある時は一人であり、精霊招霊された時は三騎の光景となる」
 エルフィールが笑いながらそう言う。
 巨大な三騎の精霊が空から舞い降りる。
 その巨大さは城のように悠然とそびえる鉄騎。
「この三騎の巨大精霊にどう挑むのか。さて、どうするかしら」そう言いつつ、ミラルは迷いながら、防御魔法を唱える。
 らいでんは砂をまき、ハイベルは大剣を抜く。
 ジョルディーがエルフィールに手を出す。
 エルフィールはかぶりを振る。
「気にするな。これはバルキリーの影だ」
 ジョルディーはちょっと驚いたようだが、手を戻すと言う。
「そうか」
 雷鳴動静。
 三騎の巨大な精霊はたたずんでいる。
 エルフィールは巨大な精霊を見上げる。
「バルキリーの精霊流が月の明かりに照らされて見た幻影騎」
「それでも、精霊にはあり得ない力ではないのですか」
 ミラルの指摘に、少し考えているエルフィール。
「精霊は自然の化身であり、精霊が自然を砕くことなく、その精霊の影はひとつの風景に過ぎない」
「つまり見えるだけだと」
「少なくともいまはそうだ」
「でも、この巨大さはなんですか」
「それだけ、なにかを守りたかったんだ。きっと」
 一行は落ち着いてエルフィールの周囲にいた。
「やったな」
 いつのまにかいたドワーフがいきまいた。
「とりあえず、でも、良かった」
 そう言ったミラルがエルフィールに抱きつく。
 エルフィールの体は裸なのだが、なにかひんやりとした精霊の風を纏っているようで、ミラルには気持ちが良かった。
 バルキリーを纏ったエルフィールは、疲れてはいたが、まだ動くことが出来た。
 それだけの気力が精霊の力が感じられた。
 ミラルが離れ、ドワーフがエルフィールの前に来る。
「おまえさんはこれから光景騎士じゃ」
「ありがとうじいさん」
 エルフィールはドワーフに感謝した。
 烈聖と呼ばれた精霊使いがいた。
 幾千の戦いをバルキリーは精霊使いと戦った。
 だが、守りきれなかった。
 精霊使いは死に、バルキリーはそれきり黙って、いつしかその姿は三騎となった。
「じゃから、光景騎士たるバルキリーには、精霊使いによってその方向性を見る必要があったのじゃ」
 ドワーフはそう言うと、エルフィールの持つ精霊剣に触れる。
 エルフィールは元の姿に戻る。
 だが、バルキリーは指輪と鎧と剣にいた。
 エルフィールを守るために。
「おまえさんを感じて、信じているのじゃろう」
「そういうのは、苦手だな」
 エルフィールは苦笑いする。
「でも」
 と、エルフィールはミラルたちを見る。
「いまなら、それも悪くないかなと思うんだ」
 バルキリーが三騎、エルフィールの周囲に立っている。
 目を閉じて、寡黙な表情にその動静は、一見なにも変わってはいないようだ。
 そよ風がエルフィールの顔を凪ぐ。
 いや、それはバルキリーの方向から吹いて来るようであった。
「なんでそんなに詳しいのですか」
 ミラルはドワーフがバルキリーに対して持つ知識に疑問、というより、そのよりどころを聞いてみたくて仕方ない気持ちでいっぱいであった。
 ドワーフはなんとはないことのように答える。
「わしの息子が光景騎士じゃった」
「それはまた。だが、これだけのバルキリー。ちょっとのことでは負けまい」とエルフィール。
「魔王ダリルに倒されたよ。あんたの大将にな。魔王を倒す。これが使命じゃと言って、遠くの異国まで風の精霊へと吹いたのじゃ。それから何年も音沙汰はなかった。数年後、精霊の剣を持ったエルフが風の噂とその最後を伝えてくれたのだ」
 一行はドワーフから視線をそらす。いや、ジョルディーは見ていた。
「なぜそれがエルフィールに関係あると」ジョルディーが聞く。
「お嬢ちゃんの持ってる剣はダリルの紋章がある」
 エルフィールは空を見てから、ドワーフのほうを向くと聞く。
「そうとわかっていて、なぜ私に剣を」
「わからん」
 ドワーフはかぶりを振る。
「けれどもな」
 ドワーフは続ける。
「あの精霊パズルは息子がよく解いていたものじゃ。その精霊パズルの精霊言葉は愛。じゃからかも知れん」
「すまない」
 エルフィールは一言、言った。
 一行はしばらく沈黙した。


 バルキリーがエルフィールにささやく。
「それは本当か」
 エルフィールは一行に言う。
「こいつらは世界の果てから来たというんだ」
「それで、その場所は?」
 ミラルの問いをエルフィールはバルキリーに聞く。
「世界の果ては移動してるらしい」
「それは難儀だな」らいでんはうなる。
「それ以外にはなにかないのか」
 ジョルディーの問いをバルキリーたちに聞くが「だめだ、答えない。どうやらわからないらしい」
 基本的に精霊は言葉ではなく、感性の触れあいでの意志の疎通となる。その感じは、世界樹の精霊の言葉に感じたものと同じであった。
「とりあえず、バルキリーの来た方向に行けばいいのでは」
 ミラルの指摘には、一行がうなずいてた。
 それから一行は、少し休もうということになった。
「こういうのがあるんだがな」
 ドワーフは酒瓶を出す。
 一行はそこで座り、酒の席となる。
 ドワーフと男性どもはどんちゃか宴会となっている。
 ミラルは離れて一人飲むエルフィールの横に座る。
「はあー、たいへんな一日だったわね。それで、どこまでいったのよ」
 ほろ酔い加減のミラルがエルフィールにからんでくる。
「どこへだ」
「照れなさんな。ジョルディーとはどこまでいってんのよお」
 ちょっとエルフィールはきょろきょろ左右を見てそれから、ちょっと顔を赤らめたようだった。
「そ、それはだら」
「ABC。どこまでよ」
「エイはキス、ビーはバストタッチ、シーは……コンコルド?」
「それは鳥」
「わ、私はダリル様みたいな男性がいいんだ」
「ダリル様みたいな男性って」
「ダリル様は誰も避難なさることはなかった。寡黙な雰囲気がいいなあ」
「ジョルディーも寡黙よ」
「だ、ダリル様は剣の腕前がすごかった。強い人だった」
「ジョルディーも強いわよう」
「ダリル様となら、どこまでも行けると思った」
「ジョルディーはどこまでも着いて来てくれるわよ」
 えーとあのその、と、たじたじになるエルフィール。
「ジョルディーのこと、どう思ってるの」
「好きだ」
「ぶほっげほっぶへっ」
 ダミエールが酒を吹いて、焚き火にかかってメラメラと火の粉が舞う。
 聞いてたんだ。それはそうと。
「ダミエールはどうなのよ」
「同じくらい好きだ」
「ぶへっげへっへっ」
 今度はジョルディーが酒を吹いている。
 焚き火がメラメラと火の粉を上げる。
「でもね」ミラルは続けて言う。
「好き、ずうっと好きという時、愛してるという気持ちになるの。そしてそれは一人。エルフィールはどちらを愛してるの」
「うーんそうだな」
 エルフィールは悩んでいる。
「愛してるのはダリル様だけだ」
 ジョルディーとダミエールは酒をぐいっと飲み干した。
 でも、とミラルは思う。それならば、なぜダリルの元にいなくて、いま旅の大地に立っているのか、と。


 夜も更けて。
「妻とは120年連れ添ってな。子供は12人」
 ドワーフはいい感じに酔っぱらい、口が良くまわる。
「父さん」
 通路から、ドワーフが立っている。
 同じヒゲのドワーフだ。
 ちょっと見、見分けはつかないようだ。それが種族の違いによるものなのかはミラルにはわからない。
「精霊の剣が出来たんだね」
「うむ」
「母さんが待っている。帰ろう」
「そうだな。また町で鍛冶となろう」
 老ドワーフはふらつきながら、歩いて行く。
「良かったな」
 エルフィールの言葉にミラルはうなずく。
 一行はその場で朝まで過ごす。
 朝光が縦穴を照らす。
「さあ、行くぞ」
 エルフィールは元気にそう言う。
 ジョルディーとダミエールは二日酔いだ。
 うわあ、昨日のボディブローが効いてるよ。
 ミラルは杖を取りながらそう思った。
「しゃんとしろ」
 エルフィールは往復ビンタをジョルディーとダミエールに見舞う。
 ノックアウトされる二人。
 倒れたジョルディーとダミエールをハイベルが抱える。
 一行は歩き出した。
 そして、洞窟には、風の精霊が舞っていた。
                        続。







第十九話  ドラックル協奏曲



 ミラルは魔法をカーバンクルに灯りを付けて、洞窟を歩く。
 薄暗い洞窟は、けれども、歩きやすく、人の手が加えられていることが、一行には見てとれた。
 カーバンクルが光りながら螺旋に飛んでいる。
「こら、そんなにはしゃぐな」
 エルフィールが怒鳴って追いかける。
 ごちんと、エルフィールがカーバンクルにぶつかる。
 エルフィールは頭かかえているが、カーバンクルはくるりと舞って、喜びの声を上げた。
「こいつめ」
 エルフィールが追いかけるが、カーバンクルはひょいひょいとその手をかわす。
 幸福の精霊たるカーバンクルをつかまえられるなんて、あり得ないことなのにと、ミラルは見ている。
 遅れて歩く男二人がため息をつく。
「二日酔いなんて最低よ」
 ミラルはジョルディーとダミエールを杖でこづく。
 カーバンクルは魔法の光を纏(まと)いながら、楽しそうに洞窟の中を回転しながら飛んでいる。
 しばらく歩くと、道が分岐している。
「らいでん出番だ」
 エルフィールがうながすように言う。
 らいでんは調べるが、「どの道も今日使われたようだ」と言った。
「それなら、歩いていれば誰かに会うだろう」
 エルフィールの言葉は適当なようにもミラルには思えたが、一行はとりあえず、歩いてみることにする。
 誰かがどの道も歩いているならば、歩いていれば誰かに会う可能性は高い。
 一行は丸い坑道を歩いて行く。
 ちょっと寒くて、湿気が多いと、白い息を吐きながら、ミラルは思う。
 ミラルはなんとはなく言う。
「でも、こんな坑道を誰が作ったのでしょうか」
「そりゃドワーフだろう。あいつりゃあ手先が器用じゃないか。宮殿も岩山に作ったりするじゃないか」とエルフィール。
「けれでも、この洞穴には装飾がいっさいないのです。繊細な仕事をするドワーフが、こんな簡素な丸いだけの坑道を作るでしょうか」
 それに答えようとしたエルフィールが、なにかにぶつかる。
「なんだ、行き止まりか。でも、なんだこの壁。ぽよぽよしてるぞ」
「この壁は精霊なのかも知れない」らいでんは壁をなでながらそう言う。
 そのなでなでに壁が笑いだす。
 壁がくるっとこちらを向くと、それは丸い黒サングラスをした黒い丸鼻と、とんがった口が表れる。
「もぐらだな」
「もぐらだ」
「もぐらね」
「もぐら」
 一行は見たままを口にする。
 身長2メートルはあろう、もぐらはでかい腕にスコップを持って、ヘルメットをかぶっている。
「でかいうんぴ」
「やめなさい」ミラルがエルフィールを杖でいなす。
「もぐもぐもぐら」
 もぐらが話す。
「こっちじゃ、もぐらが話すのか」とエルフィールが聞く。
「興味深い」とらいでん。
「なんて言ってる」
 エルフィールがらいでんに聞くが、らいでんは苦い顔をする。
「聞いたことのない言語だ。いや、これは精霊が音と舞うことなのか」
「妖精の使う精霊流、エルフのラビアトでもないようです」とミラルが続けた。
 エルフィールが腕を振り上げる。
 と、エルフィールの腕をミラルが両手で止める。
「なにするんです」
「言葉が通じないなら、拳で語り合う」
「やめなさい。なんて野蛮な発想するんですか」
 にらみ合う二人の前にもぐらがずずいと出る。
「おら、もぐらでね、ドラックル言う種族だよってもぐ」
 もぐらはもぐもぐもたもたとゆったりと踊って歌うように言う。
 くぐもった声は、独特の抑揚がある。
 エルフィールがため息をつく。
「こっちじゃ、もぐらが踊りながら歌うのか」
 エルフィールのたとえは的確と言えた。ミラルはうまいことを言うものだと関心したほどだった。
 らいでんがエルフィールの言葉に答えた。
「ドラックルというのは聞いたことがある。妖精の種族のひとつだったと思う。地中で一生を過ごして、穏和、とても気のいい種族だと聞いている」らいでんはさらに、「この坑道は貴殿が作られたのかな」と聞いた。
「んだもぐ」
 もぐらはどことなく、得意気だ。
「なんだ」
 エルフィールはぎょっとした。
 もぐらは横になると回転しながら一行に迫って来る。
 ドラム缶ごろごろ。
 驚いて逃げる一行。
がが、がごん
 ハイベルが腕力でもぐらを止める。
「よいしょもぐ」
 もぐらが立ち上がる。
「なにすんだ!」エルフィールが叫ぶ。
「なんでげすもぐ。ただ前に進むだけでもぐ」
「あぶないだろう」
 抗議するエルフィールの腕をもぐらがでんと掴(つか)む。
「なんだよ、おい」
「あんたべっこいい娘なんだなもぐ。おらの嫁さんになるんだなもぐ」
「はあ?」
「くっくっくっははっ」
 らいでんが笑い出す。
「もてることはいいことだ。いやあ、実に素晴らしい」
「そんなことを言うのはどの口だ」
 エルフィールのケリ。
 けれど、空振りに終わる。
 もぐらがぐいぐいエルフィールを連れて歩き出すから、エルフィールはびっくりした。
「こいつ」
 エルフィールのケリには、けれども、もぐらは意に介した様子もない。
「ならば。とりゃ、サラマンダうひゃひゃ」
 ミラルのくすぐりがエルフィールを笑わせる。
「こんな狭(せま)いところであぶないでしょう。ドラックルさんも無理強いはしないでください」
「無理じゃねえもぐ。嫁さんにするだけもぐ」
「そう言えば、ドラックルの嫁とは、いわゆる巫女のような、一種の象徴としての人だと聞いたことがある。これで生活には困らないな」
 らいでんはそう言ってエルフィールの肩をぽんぽんと叩く。
「どんな生活だよ。おい、ジョルデイー」
 ジョルディーはダミエールとなにかを話している。
「ミラル」と懇願の声に、「え、えーと。話をですね」ミラルはあたふた。
「ドラックルの未来はこの人もぐ。だから行くでもぐ」
 もぐらは横になると回転しながら進む。それはかなりの速度だ。エルフイールはもぐらの上で回転してる。すでに目がまわり、「あわわわわ」とぐでんぐでんに車酔いしてる。
 すぐにエルフィールの声は聞こえなくなり、もぐらはいなくなる。
 後には、暗い洞穴が続いているだけだ。
 一行は立ちすくむ。
「それでどうする」ハイベルの言葉に、らいでんは目を閉じて、誰も動かない。
 いや、みんななにかに耳を澄ませていた。
 なにか音が響く。
 ダミエールが手にする小さな鉄の棒が鳴り響いていた。
「エルフィールのポケットに小さなダミエールが作った楽器を入れておいた」とジョルディー。
「あたしは魔法でマーキングを付けておきました」とミラル。
「私は光る砂の袋を付けておいた」とらいでん。
 一同は見合うと、うなずく。
「まあ、いつものことだからな」ジョルディーがそう言って笑った。
「こちらだな」
 ダミエールが歩く先に一行は続いた。
 カーバンクルが魔法の光を失う。
 ミラルは魔法で光りを灯そうとするが、光らない。
「私の砂もだ」
 らいでんは石と石を打つが、音はするが、石から出る砂は光らない。
「魔法でもつたっていけない」とミラル。
「なにか精霊の成すことなのか」ジョルディーは問うが、肝心の精霊使いがいない。
 カーバンクルはどこかへ行ってしまった。ミラルはなんとはなく、吉凶を占うが、時の鐘はなにもミラルの心を響かせないのだった。
 ダミエールの音楽鉄器が鳴る、その音が道を示していた。
 暗闇の坑道がどこまでも続いているようだった。
 一行はけれども、見えているかのように歩いていた。
「ここだな」ダミエールが言うには、ここにエルフィールがいるとのことだった。
 一行がたどり着いた場所は、広い空間。
 いや、それは壁がなくなったからそう思うだけで、以外と狭いのかも知れない。ミラルは一声出してみるが、どこにも反響しない。それはかなり広い空間のようであった。
 ミラルはなにかにぶつかった。それは硬いなにかであった。
「これは木だな」
 ジョルディーが指摘する。
 なるほど、その感触は杖と同じである。ミラルが歩いて行く道には、木が何本もある。
 木はどこまでもあるようである。
 暗闇の空間に森があった。
 一行が歩いて行く木々、その森は広大なものであった。
「どこまで続く森なのかしら」
 ミラルは杖で木をかわしながら歩いている。
「これは妖精樹だ」
 らいでんが指摘する。
「なんだ妖精樹ってのは」ジョルディーが聞くと、ミラルが答えた。
「魔法使いには、その木の枝は魔法を使う媒体として使われる。その枝は高級なお茶にも霊薬にもなるので、とても需要の高く、それでいて、希少価値、つまりまあ、見つからないので、枝ひとつで家一軒が買えるだけの価値ある一品よ」
「一本もらっていくか」
「軽口だな。おまえの腕には重すぎる一品だろう」
 ダミエールは抑揚のない言葉でジョルディーに言う。
「ジョルディーの気ならば、これくらいは持てるだろう」とハイベルは楽観的だ。
「どの道それは無理ね。この枝は陽に当たると燃え尽きてしまう性質で、これを持ち運べるのは一部の商人の秘術よ。でも、こんなにあるなんて話聞いたこともない」
「だが、ここにある」とダミエール。
「さしもの、黄金の小槌(こづち)と言ったところか」ジョルディーがついで言った。
「ここがドラックルの森か」らいでんはうなずいて、木を丹念に調べてなにやら関心している。
「ここでなら、光るかも」
 ミラルは呪文を詠唱して、灯りを付けようとする。
 と、後ろからでかい手にこづかれる。
「なにすんだおまえもぐ。明かりがついたら、木が枯れてまうでねえかもぐ」
「そ、そうなんですか」
 ミラルは見えないもぐらに聞く。
「んだもぐ。ここらはおらたちの最大の森だもぐ。ここがなくなったら、ドラックル族はどうなっちまうだもぐもぐ。それはもう、ドラッグル族は滅んでしまうもぐ」
 らいでんはうなずいて聞いている。
 ミラルはもぐらの手にあいさつする。
「人のよさそうなドラックルね」
「そうか。同じように思えるが」ミラルの言葉にジョルディーはつっこみ入れる。
「あの、こちらに人のえーと女性が連れて来られませんでしたか」
「おうもぐ、それなら我らの守り女神様だあよもぐ。ついにいらっしゃったのもぐもぐ。ドラックル百年に一度のことよもぐ」
「なんかやっかいなことになっているような」ミラルは杖でこまったと地面に描く。
 もぐらたちの歓声がもぐもぐと聞こえる。
「ほおらよもぐ、これから戴冠式だあよもぐもぐ」
 遠くから、エルフィールの声がする。
 一行はそちらのほうに歩いて行く。
 エルフィールの声はなにかを話しているようだが、それはなにかを静かに話しているようでいるようだった。
 木の根に足をとられつつ、なんとか一行は森の中心らしき丘に到達した。そこはもぐらがたくさんいて、そこから先は進めない。
「エルフィール、無事ですかあ!」ミラルが叫ぶ。
 声はなぜか良く響いた。
 反響する、なにか建築物があるのかも知れないが、いかんせん、暗くて見えない。
「あー無事よ」
「いま助けるから」
「それにはおよばないわ」
「なんでえ」
「こいつらにいま精霊とはなにかを教えてるところだから。こいつらもぐらには、進むべき精霊の風と光がいま、必要なのよ。そう、そうなのよ。このままではただのもぐらになってしまう。妖精族たる自覚が必要なのよ」
「なに言ってんの。第一、世界の果てはどうすんの」
「それは大事なことね。そうね、それはこうするのよ。あんたら行って来て。私は、ここでもぐらを鍛えているわ。後で事の顛末を聞かせて」
「なにバカなこと意ってんの」
「さあ、もぐらども、行くわよ。天は我にあり」
「あほですか!」
「私はいまもぐらなのよもぐ」
 一瞬、とてもバカらしい気がしてきたミラルだったが、なんとか持ち直す。
「世界は夜行夜風。すべては月に照らされる時とて、おまえは違う。砕け、光のまばたき。九条の筋道が法道として、魔の夕暮れは過ぎ去った星の回廊。続け、竜の言霊(ことだま)。恋歌恋情。あずらうは暦の羚位(れいい)。加条の虚空と居城の牢獄線。来たれ、地平という名の幾条節、束ねて背の翼と広げ、月の弦にて射抜くパプリオン。キャクニオン、連雲が奴我(きゃつ)めを兎にとぜとじとく縁数を五千といくつと天意霊意、波状と閃(せん)」
びきんびきびいいん。
 ミラルの詠唱が完了して、闇の束縛矢がエルフィールに放たれる。
 だが、その闇は動き鈍く、まるで岩のように固まる。
 魔法が強すぎる。これは、広大な妖精樹によって魔法が倍乗されているんだ。
 ミラルは魔法をキャンセルしょうとするが、それは硬質の矢としてエルフィールをとらえる。
きゃきいいいん。
 バルキリーが闇の石矢を砕いたが、それでも、その衝撃にエルフィールは吹っ飛んだ。
「だいじょうぶですか」ミラルが問うが、暗闇は沈黙を守っている。
「いいじゃねえか。そっちがその気なら、こっちはこうだ」
 ミラルは無事を良かったと思ったが、ジョルディーたちはやっかいなことになったと思った。
 エルフィールの歌に精霊が舞う。
 圧倒的な力がエルフィールを包む。
 これはすべて精霊なのか。自然が流線となりて、呼べる。
「雲が集まり天となり、草が集まり大地となる。虹連線路。恒星竜状。幾千の幾万の周位方位得て、地平と水平線は光景風景を入り火たる。リスペクト。天上の一角、大地の一角、水平線の一角、その角度に方位を得ん。柚湯は温まるな、イカルガの背にその羽ばたきと氷塊の原理現象にて、空に似たその異形は星系儀(クワール)さえも回転を自在に流離(さすら)う。いいだろう。その群状には誰もがびっくりびんびん物語。さあ、その踊りを見て見るとしょうか」
い。
い。
い。
いん。
「せいれいしょうれい〜、シードライア!」
 ごごごごご……。雷鳴のような轟音がする。
 青い空。
 その上空には広大な大地がある。
 雲を抜けて、その大地は下にある大地に降下して来る。
 空から空エイが大地に降り立つ。
 連駆星道。
 精霊大地。
 廃棄天霊。
 回転する断層。
 砕ける岩の蝶。
 空エイはゆっくりともぐらたちを直撃した。
ぴこぴこぴこはんまーずしーん。
 空エイのアタックに、もぐらたちが吹っ飛ばされた。
 さらに大地であった無数の岩が降り注ぐ。
 岩群にもぐらたちが弾かれて弾んでいく。
 巨大な岩が空から落ちて来る。
いん……。
 ジョルディーは抜刀する。
 刀身は闇を映して光らない。
 力無い剣で構えるジョルディー。
 力を貸そう。
 ジョルディーに闇が揺らめいた。
 ジョルディーはなにも言わずに刀身を見た。その色はいままでにない、深く暗い色を見せていた。
「てえい」
 気合いはなにもとらえない。
 まるで空気に触れたようだった。
 ジョルディーの刀身が巨岩に触れると、岩の動きはゆっくりとなり、そっと横に回転しながら動いて地に降りる。
「はっ」
 ハイベルは怪力で岩を砕き、「ほいほいっと」ミラルは魔法で大きな傘を作った。傘に触れた岩は弾かれて一行から離れて行く。
 ジョルディーは間断なく、大岩を暗く透明な剣で流すように横に転がす。
 ミラルは魔法で軌道をそらした。
「これはまいったな」
 らいでんは両手に持つ石で大岩をさっとこすると、岩はすべて砂になる。
 妖精樹はどうか。
 岩が木にあたると、岩は微塵の光となってしまった。
 空エイは羽ばたくと、悠然とゆっくりと、また空に戻って行く。
 後には太陽に照らされた広大な森があった。
 それはどこまでも続くかのような木々の森。
 葉を持たない枝の木々が延々並ぶ森だ。
 そこには砕かれた大地の岩がいくつか積み上がり、そこいら中にもぐらが倒れている。
「見たかいてっ」エルフィールは拳を上げるが、そこをミラルに杖でこづかれる。
「なんてことすんですかあんたは」
 もぐらがざわめいている。
「森が枯れるもぐ」
「もぐ」「もぐもぐ」
 森の木々が硬くなり、まるで石のようになっていく。
「なんか魔法使ってくれよ」とエルフィール。
「一時的に暗くすることは出来ても、一帯を暗闇にし続ける魔法など、あるはずもありません。エルフィールさんこそ、精霊でなんとかしたらどうなの」
「そんなこと……」
 エルフィールは後ろを見る。
 エルフィールの髪をなにかが揺らすが、風は無い。
「精霊の風」
「それって……」
 ミラルがエルフィールから弾かれる。
 エルフィールの周囲に精霊が舞っていた。すさまじい精霊圧。一行は後ずさりせずおえない。
 エルフィールは空を見ていた。
 ミラルは妖精樹からなんらかの魔力が放出されていくのが感じられた。
 精霊?
 ミラルはエルフィールを見る。
ジャラララララ……
 ドワーフの装飾された精霊剣を抜刀すると、指輪をして鎖を弾き、詠唱を始めるエルフィール。「精霊招霊バルキリー!」一騎バルキリーがエルフィールの服を光にすると、バルキリーは透明な鎧となりて、もう一騎バルキリーは眼鏡をかけてあげて、もう一騎バルキリーは矛(ほこ)を手渡す時のエルフィールは準備万端。
 しゃん。
 しゃん。
 しゃん。
 三っつの矛が鳴る。
 三騎のバルキリーたちが矛を打ち鳴らす。
 バルキリーたちは天から伸びる民族衣装を着て、エルフィールの周囲にいる。
 妖精樹の力か、バルキリーは実体のように、はっきりとミラルには見えた。
「いくぜ」
 エルフィールは岩を矛でひょいひょいとドーム状に積み上げて行く。
 いつのまにか、空は岩で覆われていく。
 らいでんが放つ砂で精霊圧が弱まる。
 ミラルは妖精樹から出る魔力を見ていた。
 いける。
「こんのっ」
 ミラルは妖精樹から出る魔力を杖で空にそそぐ。
 その魔力が、エルフィールが上げた岩を固定していく。
 ジョルディーは岩の形を斬り整え、ハイベルがエルフィールの周囲に、その岩を投げる。
 ダミエールが曲を奏で、それにみんなの息があった。
 ちょっとした岩の天井が出来上がる。
「どうだ」
 ぐっと矛をかかげ、エルフィールは肩で息をするが、もぐらはもぐもぐしてる。
 天井の岩からわずかな光が、森の木々にそそいでいた。
 ほのかな陽光が妖精樹にそそぐ。
ばちばちばちばち。
 妖精樹からなにかが弾ける音がする。
「もぐもぐもぐもぐもぐもぐ」
 もぐらたちが一斉に両手をふらふら振って、もぐもぐ言う。
 妖精樹の枝が燃える。
 いや、それは線香花火のようなものだ。
 森の木々の枝先から、火花が灯る。
 まるで花火の花が咲いたようだ。
 一斉に森の木々の枝に花火の花が咲く。
「明暗の花が咲いたもぐ」
 もぐらの歓声。
 もぐらたちが喜んでいる。
「女神が明暗の花を咲かせたもぐ」
 もぐらたちがもぐもぐ言っている。
「ま、まあな。こんなもんだ」
 エルフィールがポーズ決める。
「わかってないでしょ」ミラルはぼそりとつっこんだ。
 エルフィールは花火の花を見ているが、その花から闇の精霊が生まれ出でているのを感じた。
「この木から、世界へと、闇が生まれるのですね」
 ミラルの言葉に、エルフィールはうなずいた。
 感謝する。
 闇が揺らめいた。
 ジョルディーは闇を見ていた。
 エルフィールはもぐらの木に触れる。
 葉が幾重にも舞い。
 エルフィールは草原にいた。
 空気は精霊に充ち満ちていて、そして目の前には女性が立っていた。
 女性は子供のようにはしゃぐように踊る。
 お帰りなさい。
 誰かの言葉に精霊は座り、エルフィールはただいまと言った。
 雲の向こうに翼は風を求め、いずれゆく星には、きっと旅立つためのイスがあるのだろう。
 眼鏡を取り、涙をぬぐって、エルフィールは言う。
「この木は精霊の木なのか。そしてこの精霊は」
 エルフィールはもぐらに向き合う。
「先代の女神は私に似ていた。だから私は女神だと」
「そうもぐ。前の嫁はいい人もぐ」
「母は、先代の女神はどこへ行った」
「嫁は世界の果てへともともぐ」
「世界の果てへ……?」
「世界の果てへとエルフィールさんのお母さんが向かっていると」
 ミラルの結論は、一行の結論と同じであった。
 一行はもぐらたちが木々の前で豊かにもぐもぐあたふたしているのを聞いていた。
「精霊の流れは自然そのもの。そして、宇宙とそれは同義」
 エルフィールの言葉に、うなずくジョルディー。
「でも、どちらに行けばいいと言うのでしょうか」
 ミラルは再び暗闇に包まれた妖精樹の森の中、途方に暮れた。
 エルフィールはジョルディーとダミエールの手を取る。
 ジョルディーとエルフィールとダミエールの手から光が出でて、それはひとつの坑道を照らした。
「なんてな」はしゃぐエルフィール。
 ジョルディーは波紋する躍動を言葉にする。
「言いたいことがあるがいいか」
「愛は進む道。言えよ」
「好きだ」
「私も好きだ」とダミエールも言う。
 エルフィールがうなずく。
「私が好きなのはダリル様だけだ」
「そうだよな」ジョルディーとダミエールがため息を肩でつく。
「でもな、やさしいジョルディーのとこは好きだな。ダミエールの曲もとても好きだ」
「そうか」ジョルディーとダミエールが意気揚々と活気づく。
「そうだ。いいんじゃないか、好きなことは良いことだ。それがなんであれな」エルフィールは笑顔でそう言う。
「気づいてないわね」ミラルがジョルディーとダミエールを哀れむように、泣いている二人の肩を叩く。
「それではここでさらば。もぐらたちよ、行くわよ」
「まだそんなこと言ってんですか!」ミラルが怒鳴る。
「さあ、これからのことを話すぞ」
 ミラルはもぐらたちに話すが、もぐらたちは歩いて行ってしまう。
「どこへ行く」
「蕾(つぼみ)が開花したから、おらたちは冬眠する時もぐ。次は300年後に会うもぐ」
 もぐらたちは行ってしまう。
 エルフィールはミラルたちを見ると、「さてと、世界の果てへと旅立つか」と言った。
 一行はさっさと歩き始める。
「おい、待ってくれよ」
 エルフィールは一行を走って追いかけた。
 暗い坑道は、けれども、闇の道であった。




 おれさまは鬼獣人(ギーガー)。魔王に従う、とても強い奴だ。
 お、向こうから、人間どもがやって来る。へへへ。いいかもだぜ。
 暗闇でこちらは見えまいな。
 と、光るなに丸い生物がくるくると回転する。
「お、ギーガーがいるぞ」
 ちっ、見つかっちまったかいやいやら。
「どこへ行こうってんだい」
 おれはでかい図体で相手を威嚇するぞんぞんぞん。
 どうだ、怖くて動けまいや。
「サラマンダ(ごんっ)えてっ」
「やめなさいこんなところで、みんなが危ないでしょ」
「だからって杖で殴ることあないだろ」
 なんだこいつら、ケンカ始めやがった。
 まあ、いい。食らえ、一撃の棍棒(こんぼう)。
 ぶうんと弧(こ)を描いて、強力な一撃がマントの人間に当たる。
ぎいん……いいん。
 おれの棍棒が砕ける。
「おれの魔法の棍棒が。なんだこいつ」
 こいつ、透明な剣を持っていやがる。
「いい一品だ」
 中年の男がしげしげとおいらの鎧を眺めている。
 蹴ろうとするが、足のあいだにある光る砂に、転んだ。
 なんだこりゃ。
 いかんいかんいかんな、うんうん。
「おれは魔王群の中でも、手練れ中の手練れよ。これくらいのこと、この拳(こぶし)を食らえ」
 ぶうん。
 これを防いだヤツはいないんだあがらが。
 でかい大男が前に出て来るな、おいらの拳を止めたあよ。
「いてて。なんて力だ。こりゃ人間の力じゃないよ。強いじゃないかあが」
 これはやばいんだなだな。こんな連中、もしかして、勇者か。勇者の一行なのか。きっと魔王の奴を倒す途中なんだあな。こいつあいけねえや。魔王のヤツあ、いま動いてねえ。ここで足止めんだあ。いくぞうぞ、おいらおいらうらんらん。
 どすどすどす。
「妖精族たるおいらにゃ、こんな精霊の力があるんじゃにゃん。食らえシーバード」
 光のツバメが数羽飛んで行く。
 これは魔法とて止めることはないぞい。
 剣も盾も効かないでがん。
 みたかガバガバ。
 と、ありゃ、なんだ。
しゃん。
しゃん。
しゃん。
 三人の女性。いや、精霊なのだが。
 バルキリーだがや。
 あ、光のツバメがバルキリーの肩に止まる。
「本物のバルキリーなんて、始めて見た。ほんとにいるんだ。あれ」
 なんだこの女、バルキリーの鎧にバルキリーの眼鏡に、あ、バルキリーの矛が来る。
がぎん。
 おいらの兜と鎧と盾が砕けた。
 壁まで吹っ飛ばされる。
 えてて。すごいいてえよ。かあちゃん、おらもうだめだ。
「うるうるう」
 むせていると、人間どもは歩いて行く。なんだ。魔王のヤツに用なんじゃないのか。おれの早とちりと、ちり紙ってヤツだな。うんむ。いんだ。これでいんだ。あ、石がある。ひろって投げてやれ。
ひゅういん……ぎいん。
 ナイフが石を叩き落とす。
 曲を弾いてる男の早技。
 信じられる。曲弾いてるじゃねか。
 こいつら強いでねえか、えんがちょ。
 おいら逃げるように駆け出す。
 どこまでも走っただあよ。
 もういいよ、ここまでは来ないだら、ゆっくりと歩いて行く。
 おれはデンジョンをとぼとぼと歩くが、力なく、もう歩く力も無い。おいらの自信はずたずただあよ。魔王に顔向けできないよ。幾千の人間との戦い。それにはすべて戦って来ただあよ。魔王のやつあ、いま人間とは戦っていないからひまだあよ。こんな暗いデンジョンで人間を待ち伏せして、不意打ちするくらいの毎日だあよ。もうダメだあよ。おいら、もう魔王のヤツにゃあ、顔向け出来ねえ。
 もぐら穴をどれくらい歩いただあよ。
 あ、人間の子供がいる。
 こんなところに一人かあよ。
 つかまれたら、一回転。
 ずしんとな。こんなちびっこに投げられるとは。おいらひざ付いてしまうだあよ。
「もうおいらだめだあよ。動けないだあよ」
「おいらのとっちゃん探してるんだ。おまえひまなら家来になれ」
 ちびっこは丸い瞳でそう言うんだな。
「わかっただあよ」
 おいら、ちびっこ肩に乗っけて、それから、旅に出ただあよ。
 デンジョン出た。
 空は暗闇から、光が出ていたあよ。おいらにゃまぶしいだあよ。
「風の吹く方に行こう」
「わかっただあよ」
 おいら、ゆっくりと歩き出したんだあよ。
                         続。










































第二十話  オーガスタ アーク アース その青い大地に眠る人



 一行は洞窟を歩く。
 通路となっている洞穴の道は、カーバンクルが照らすが、それは周囲の空間だけである。
 その道の静寂は闇と惑い、風は無く、いつしか、ミラルは、永遠の暗闇を歩いているように感じるのだった。
 トーンオントーンされた闇の色は、とても綺麗であるが、それはまだ見ぬ場所である。
 一行の靴音をミュージックに、エルフィールが話す。
「 さっきの奴 (やつ) は手応えの無いなような奴だったな 」 とエルフィールは歌うように言う。
「 いや、この一行が強いのだろう。相手は決して弱くはなかった 」 とらいでん。
 一行の足音に不協和音が混じる。
 それは誰かの靴音。
 そして、向こうから足音がすることに、一行は気づいた。
 一行は立ち止まり、見えぬ闇と対峙する。
「 なんだ、またか 」 戦いになると思ったエルフィールがぐっと構えた。
「 そうとは限りませせんよ 」
 そう言いつつ、杖を前に身構えるミラル。
 暗闇に響く音。
 暗闇が歩いて来る。
 そんな気がミラルにはした。
「 きゅー 」
 光るカーバンクルに照らされたのは、とことことこと歩いて来たのは長い曲がった鼻の持ち主。大きな丸目。大きな口で笑う。ひざまでしかない身長の小人だった。
 小人は狡猾 (こうかつ) そうな顔なのだが、どこかクセのあるいい感じだ。
「 ゴブリンか。一撃だな 」
 そう言ったエルフィールは魚々 (ぎょぎょ) っとする。
 そのゴブリンは幟(のぼり)に肩から下げた板の上に弁当がいくつか並ぶ。
 あり得ないなと、ダミエールがつぶやいた。
「 おねえちゃん、弁当は一個500ゼニーね 」 とゴブリンは言った。
「 一個くれ 」 とエルフィール。
「 買うのかい 」 ずっこけるミラル。
「 でも、なんでゴブリンが弁当なんて販売してんだ 」
 エルフィールは弁当食いながらそう言う。
「 きっと悪い魔法使いにゴブリンにされてるんだろう。ところで、もうちょっとまからな いか 」
 らいでんの交渉にゴブリンはかぶりを振る。
「 いけないねえダンナ。ここいらの相場を知らないんですかい 」
 渋々払うらいでん。
「 なに考えてるんだミラル 」
「 性悪なゴブリンのこと。なにか裏があるのかも知れません 」
「 うん、それはあり得るな。もう一個くれ。どうしたジョルディー。なんで隠れてるんだ 」
 ゴブリンはその名前に反応する。
 じーとマントで顔を隠すジョルディーを眺めている。
「 なにしてるんでやす親分 」
「 人違いだ 」
「 そういえば貸していた金返してくだせえよ 」
「 あれは返しただろう 」
 マントから思わず顔出して言う。
 そこにはにこにこ笑うゴブリンが一匹。
「 いやあ、おひさしぶりでやす親分 」
「 あ、……うん。ひさしぶりだなあ、バルデイ 」
「 知り合いか 」
「 ちょっとな 」
「 紹介しろよ 」
 エルフィールの言葉に、嫌そうな顔をするジョルディー。
 こんな顔をするジョルディーを、一行は見たことがなかった。
 ミラルは珍妙なことだと思ったが、いい傾向だとも思った。
 それは自然な姿に見えたのだ。
 ミラルは杖でジョルディーの肩を軽く叩く。
「 バルディさんというと、あのバルディさんですか 」
 ミラルの言葉にうなずくジョルディー。
 ミラルはジョルディーの話から聞いていたとおりだと思った。
 確かにこれは。
「 なんとも手強い相手ですね 」
「 なんだミラルは知っているのか。て、そんなに強い奴なのか。そうは見えないが 」
 しげしげと見ているエルフィールに、バルディはとことこ近付いて来る。
「 あねさん、この鞘入れでは、剣が痛んで、剣が腐食しちまいますよ 」
「 そうか 」
「 これならだいじょうぶ 」
 バルディは器用に皮巻いて、鞘入れを作る。
 それは器用には違いないが、別段、変わったところはないような一品である。
「 ありがとう 」
 エルフィールは付けてみる。
 それはエルフィールをさらに輝かせて見せた。
 バルディがウキウキと手を出す。
「 なんだよ 」
「 あねさん、こんな一品はどこにでもあるわけじゃないんでげやすよ 」
 エルフィールは考えているようだが、バルディをケリ倒すと、上を歩いて行く。
「 あてて。なにすんですか、あねさん 」
「 踏み倒す 」
「 うまいなあ。親分が連れてる女はいい人ばかりだ。変だけど 」
 ジョルディーがちょっと真顔になった。
 いや、険しいと言っても良かった。
 バルディは立ち上がると、「 そうでやすか。あの旅は悲しいことだったんですね 」 と言うが、ジョルディーは答えずに、その背中が丸まったのを、ミラルは見てとれた。
 エルフィールを電球が照らす。
 ひらめいた。
「 ああ、そうか、おまえアーティニーの時のゴブリンか 」
 エルフィールは一人納得している。
「 知っているのですか 」
 と言うミラルにうなずくと、エルフィールは笑ってバルディの前に来る。
「 あねさん、なにすんですか 」
 エルフィールはバルディを抱えると、歩き出す。
 バルディはじたばたしながらきょろきょろ見ている。
「 気に入った 」
 ぴきーんと凍り付くバルディの表情。
 バルディがいやーな顔をする。
「 親分〜 」
 じたばたするが、エルフィールは頬ずりしている。
 逃げ足が得意なバルディには、ある種の天敵がいるようである。
「 あー、なんだ。出口は知らないか 」
「 知ってるでやすが 」
「 案内してくれ 」
「 こういうややこしい道を知るにはどんなに努力がいったことか。ダンナ、それは一丁一日にはいかないことだったんでげやすよ 」
「 らいでん 」
 ジョルディーがらいでんに聞く。
「 成功報酬でこれくらいバルディにやろう 」
「 いや、これくらい 」
 なにか手の指がすらすら流れるが、らいでんがうなって、ジョルディーと交渉成立となる。
 ジョルディーはらいでんから硬貨をもらう。
「 なんの音だ 」
 不穏な音に、エルフィールはバルディを見る。
「 口笛? 」
 ミラルはバルディを見る。
 バルディは口笛を吹いていた。
 洞窟内が燃え上がった。
 あたふたするエルフィール。
「 あれ、熱くないぞ 」
「 これは精霊紅葉だな 」
 らいでんが洞窟の石を触りながらそう言う。
「 なんだ、それ 」
 エルフィールは目ぱちくりする。
「 ある種の鉱石は精霊の宿となり、その精霊がバルディの精霊法によって、目覚めたんだろう 」
 洞窟の石は淡い赤に明滅して、それはとても幻想的だった。
「 綺麗 」
 ミラルは驚嘆する。
 精霊の明滅を見ることなど、あまりないことである。
「 さあ、おまえたち、道を示しておくれでやすよ 」
 精霊使いたるエルフィールには、さらに見えるものがあった。
 それは精霊のこと。
 エルフであるエルフィールには、精霊がバルディの旋律を楽しんでいるのが見てとれたが、別段、エルフィールにはどうでもいいことであった。
「 精霊のやつらが道を示してくれやすよ 」
「 なるほどお 」
 うなずいているエルフィール。
 一行は紅葉している石の洞窟を歩いて行く。
 歩くぶんには、先ほどよりもいい感じであった。
「 あねさん、そろそろおろしてくんないか 」
 バルディが手足をじたばたしながらそう言う。
「 ん、ああ、そうか 」
 エルフィールはバルディを地面に下ろす。
 一行は洞窟を歩く。
 精霊に明滅したほら穴は、幻想的だ。
 と、明滅は色彩を変える。
「 なんだ 」
「 どうしたエルフィール 」
 ジョルディーがエルフィールに聞く。
「 精霊たちが、なにかを欲している 」
 エルフィールはバルディを見る。
 バルディは汗々(とってもあせっ)ている。
「 姉さん、後生 (ごしょうだ) だ。これは大事な一品だよ。高いんだよ。ああっ 」
 ひょいと、エルフイールはバルディの懐から、彫像を取り出す。
 エルフィールは彫像を見ているが、それをかざす。
「 これでいいのか 」
 エルフィールは精霊語でなにかを話す。
 すると、彫像から光りが放たれる。
 洞窟の明滅たる光りが上に上がっていく。
 エルフィールには、岩石にいた精霊が解き放たれて行くのが見てとれた。
「 そうなんだ 」
 エルフィールは笑顔になる。
 ふたつの轟音。
 ひとつは精霊の音。
 もうひとつは、岩が崩れる音。
 洞窟が崩れた。
 精霊がいなくなり、岩石はその堅さを失い、岩はいくつもの大きなブロックとなり、崩れて行く。
 一行も空中へと身を躍らせる。
 青空が見えた。
 そこはすでに空だった。
「 いま歩いていた洞窟の横は崖となっていたようだ 」
 ジョルディーはそう言って、エルフィールを見る。
 風にジョルディーの声ははためいていた。
 ジョルディーはさらに言う。
「 愛しているよ 」
「 あー、そうだな。あたしもそうだよ 」
 二人は笑顔でそう会話した。
 岩石がゆっくりと回転しながら、太陽光と踊る。
 崖の下には銀色の糸のような川が流れている。
 青空の下、雲がいくつもいくつも見えた。
 ぱああと、一行の横でなにかが光る。
 エルフィールが見ると、ミラルの詠唱に杖が光っている。
 虹の放射光が幾重にも見える。
 と、落下の速度が低下したようだ。
「 お、いいぞ 」 エルフィールが喜びの声をあげる。
 一行はゆっくりと降りて行く。
 鷹 (たか) だか、隼 (はやぶさ) だかが通り過ぎる。
 エルフィールは呑気にエサやってる。
「 ぷはあっ、やっぱり、息が続かなはあっ 」
 ミラルの詠唱はそこまでで、一行はまた自然落下する。
「 なんだ、たいしたことないな 」
 エルフィールは腕組みしてそう言う。
 と、エルフィールがなにかにキャッチされた。
 それは人だった。
 青年がエルフィールを抱きしめて、風のように空を駆ける。
 風がエルフィールの髪を凧 (たこ) の糸のように揺らす。
 エルフィールはその男性を見た。
「 誰だおまえ 」
「 ラギアースと言う。よろしく 」
 男はそう言うと笑顔になる。
 短い金髪が風になびき、それはとても洗練された色合いである。
 風の向く方を見ると、なにか縦に長い白いくらげのようなものが、エルフィールとラギアースをつかまえているのがわかる。
「 精霊のフファーバか 」
 エルフィールは、その姿をダリルの本にあったことを思い出していた。
 それは幼い日、空に見たことがあったからだ。
「 どうやってこの精霊を? 」
「 なに、精霊使いが魔法器具でつかまえてくれるのさ。ここいらでは良くいる精霊でね 」
 フファーバはその姿が誰にでも見える、強い力の精霊だが。精霊使いともいえど、それを捕まえるなど、あり得ないこととされていた。
「 そんなこと聞いたこともない 」
 横を見れば、一行はフファーバの群れに助けてもらっていた。
 いや、それは並んで動く、人の意志の感じられるものである。
 それは精霊のグライダーといったようなものであった。
 ラギアースが聞く。
「 さっき、魔法の光りが見えたから、なにかと思って来たんだ。お嬢さん、お名前を聞かせてもらえるかな 」
「 エルフィール 」
「 いい名前だ 」
「 どうも。ところで、もっと速く出来ないのか 」
「 これが限界さ。なにせ、私は精霊使いではないのでね 」
 エルフィールは精霊語でなにかを風になびかせる。
「 もっと風を描け 」
 フファーバが進む速度が速くなる。
 風圧が一気にあがる。
 空が一気に近くなる。
 いや、それは雲が円を描いて、後方へ駆けて行くというものであった。
 一気に谷を抜け、広い荒野に出る。
 そこには大小の建物が、ひとつの街か広がっていた。
「 すごい、一気に街まで戻って来たぞ。きみは魔法使いか 」
「 精霊が好きでね 」
「 それはいいな。いい子だ 」
「 あんたよりは年上だぞ 」
「 人生は長さじゃない、楽しんだ密度さ 」
「 ふーん。そんなもんか 」
 どこまでも清々しいラギアースだが、エルフィールは別段、気にもならないようだ。
 フファーバはゆっくりと大地に降りて行く。
 エルフィールは大地に降りる。
 ラギアースは手綱を鎧を着た大男に手渡す。
 ラギアースは軽鎧を着た、いい感じの男だ。
「 それでは、お茶でもどうだい 」
「 食事もつけろ 」
「 いいだろう 」
 街中。
 フファーバの飛行場は壁に包まれていて、壁の道の先には、板のような建物が幾重にもある。
 窓は弓状に弧を描き、そのひとつひとつに大小のアルシュがある。
 道は土であったが、建物は白い壁であり、それはなにかの石であるようである。
 街並みは低いが、街の中心にはいくつか、大きな建物が見えた。
「 広い街だな 」
「 だろう。けれども、ここには10年前にはなにもなかったんだ 」
「 そんなもんか 」
 屋台に毛の生えたような店の前にある白い丸テーブルで、食事を取るエルフィールとラギアース。
 テープルにある白い傘が陽を影らす。
「 ずいぶん苦い味だな 」
「 スレイアルという郷土料理さ 」
「 ふーん 」
 道の向こうからジョルディーやミラルたちが来る。
「 やあ、ハイベルじゃないか 」
 ラギアースは笑ってそう言う。
「 そうだな 」
「 知り合いか 」 エルフィールが聞く。
「 まあな 」
「 そちらは 」
 ジョルディーが聞く。
「 ラギアースさんだそうだ 」
「 よろしく 」
 一行はあいさつすると、食事を取る。
 日差しは爛々(らんらん)と降り注ぎ、ほのかに、暖かい昼である。
 道を歩く人たちは、色鮮やかな着物を着て、作業する人などが見える。
 エルフィールは昼寝している。
「 ハイベルはこの街に住んでいたのですか 」
 ミラルは聞くが、「いや」と答える。
「 この街は新しいもののようですね 」
 ミラルはラギアースに聞くが、「 ここは流浪の民が作った街なのさ。それが商業などで人が増えて、こうなっているんだ 」 と簡潔に答えた。
 バルディはラギアースを質問責めにする。
 その内容は商売に関することだった。
 ラギアースは的確にそれに答えていく。
 一行はラギアースの明晰(めいせき)さを見て取ることが出来た。
「 ラギアースさんは商人なのですか 」
「 いやなに、つまらん街の雑用係さ 」
 ラギアースはそう言って笑った。
「 みなさん、旅をしてるそうでやすが、ここでお仕事をして、そのあいだに地形を調べてみるというのもいいんでねえでやすか 」
 バルディはそう提案する。
「 悪くないですね 」 とミラル。
「 この街を歩いてみたいところだ 」 とらいでん。
「 この風景を一曲奏でてみたいところだ 」 とダミエール。
「 力になろう 」 とハイベル。
「 エルフィールはどうする 」
 ジョルディーはエルフィールに聞く。
 寝覚めのエルフィールはふぁいと返事をすると、また眠る。
「 畑は耕す季節のようだ。きっとクワの使い手が必要なことだろう 」 とハイベルが言った。
「 それはいい 」
「 私が斡旋しょう 」 とラギアースが請け合う。
 それから一行は街はずれの田畑が広がるところまで歩く。
 整頓された田畑がどこまでも続いて行くようだ。
 そこには水田から土畑から、色々な果実の木や、つたの植物が千差万別に植えてある。
 一行は動きやすい服に着替え、中年の男性から、説明を聞く。
「 うきゃっ 」
 ミラルがエルフィールのスライディングに転ぶ。
「 なにすんの 」
「 いや、スライディング出来るようになったんだよ 」
 ぴしゃーん。
 ミラルの背後に雷が落ちる。
「 するんじゃねえ 」
 怒り顔のミラルなんて始めて見るエルフィールである。
「 顔が変だぞ 」 とジョルディー。
「 あら 」 と笑顔になるミラル。
「 ミラル? 」
 にこり、と「 なんですか 」
「 いや、怒ってないか 」
「 ええ、ちょっと 」
 エルフィールは笑顔の杖の連打を避けると、「 茶を飲め 」 と言う。
「 なぜですか 」 と真顔になる。
「 無茶するな 」
「 なるほど。あなたもね 」
 ぐりぐり顔をぶつけあいながらミラルとエルフィールが笑った。
「 ところで 」
 エルフィールがみんなに言う。
「 これはいいな。なにかするべきだと思う 」
「 というと 」 ミラルがうながす。
「 手に職を持って、日々の生活に変えなくてはいけないと思う 」
「 エルフィールが言うとバカみたいな意見に思えるから不思議です 」
「 どこがだよ 」
「 でも、せっかくこんな大きな城下町にいるのですから、なにか仕事を探すのもいいかも知れませんよね 」
 一行はそれから畑でクワを振るが、ハイベルはその怪力で、すぐにひとつの畑を耕す。
「 驚いたねえ。十日の仕事を半日で終わらせるとは。他の人もいい仕事っぷりだ 」
 農家のおじさんは関心している。
 ハイベルは汗を拭 (ぬぐ) うと、用水路の水で顔を洗う。
「 なんだこりゃ 」
 エルフィールは水田に辟易(へきえき)している。
 ぴきーんと、バルディの目が光る。
 ラギアースとなにか話しているバルディ。
 一行が一作業終わり、休み時間となる。
「 宿はおさえておきましたでやすよ。はい、お茶 」
「 おー気が利くなあ 」
 エルフィールはそう言うと、お茶を飲む。
 空は高くあり、雲が雲々 (うんうん) と広がり、太陽が眩しい。
「 働くっていいことだな 」
 エルフィールはそう言う。
「 そうね 」
 ミラルがそう答えた。
 一行は宿へ行き、暖を取る。
 布着だけの一行は、宿のテーブルで茶を飲む。
 外は真っ暗となり、幾分か冷えてきたようだ。
「 おかしいわね 」
 ミラルが指摘する。
「 そうだな 」
 らいでんがそう呼応した。
「 農作業が出来るほどの気候なのに、吹雪いて来ました 」
 ずしん、と、なにかの重低音が響いて来る。
「 来たか 」
 ラギアースはにやりと笑った。
「 精霊竜か 」
 ハイベルが大剣を抜き、外に出る。
 なにかの足音は響いているが、なにもいない。いや、吹雪で見えないだけかも知れない。
 宿からの明かりは、白い雪と暗い闇を映すのみだ。
 ハイベルは構えるが動かない。
 その瞳はなにも映していない。
「 でかいなあ 」 と見上げているエルフィール。
「 そうだな 」 とジョルディーが呼応する。
 一行には見えていない。
 精霊使いと闇の継承者だけが、それを見ていた。
 吹雪く竜は轟音と歩いている。
 だが、音はすれど、姿は見えない。
 いや、見えるものがある。
 白い玉がふたつ、白い牙がいくつも、闇の中を明滅する。
 ミラルは怖じ気づく自分を賢明に奮い立たせていた。
 それほど、圧倒されるなにかを感じる。
 その吹雪すべてが吹雪く竜であった。
 バルディはふるえて、ミラルの後ろにがたがたしていた。
「 八重星(やえぼし)が綺麗だなあ 」 とミラル。
「 そうだな 」 とジョルディー。
 エルフィールとジョルディーの手が光る。
 轟音に光りの剣が挑む。
ぎいいいん。
 吹雪はひとつの光りの玉になる。それは雪のたまご。
 家一軒ほどの雪の固まりである。
 低温の吹雪く音が聞こえる。
「 これで、春には精霊竜のひながかえるだろう 」 エルフィールはそう言って、たまごを見上げた。
 夜はその静寂を取り戻し、一行は夜風が暖かくなったのを感じた。
「 この手の奴はしょっちゅう来るのか 」
 エルフィールの問いに、ラギアースは被りを振る。
「 ここ最近、街は変でね。なにかが来るのかも知れないな 」
「 おまえの立つ場所で、滅多なことを言うな 」 ハイベルがたしなめた。ハイベルのその時の顔は、一行が見たこともない、いや、それは戦いの時にだけ、見る顔であった。
 一行は宿に戻る。
「 酒でも飲むか 」 ラギアースの杯をかわすエルフィール。
 1階の食堂で宴会となる。
 木の分厚い四角いテーブルには、料理が並べられた。
 酒もふるまわれ、それはラギアースのもてなしであった。
「 だから、そこでおれはこう言ったんだ 」
 ラギアースが街や、昔ハイベルと旅の道の上のことを軽妙に話す。
 ラギアースの話はおもしろく、一行は退屈しなくてすんだ。
 だが、ハイベルは自分が話しに出て来るたびに、険しい顔をするのだった。
 ダミエールが曲をしらべて、エルフィールが舞い、ラギアースが歌った。
 その時だけ、ハイベルは杯に目を落とした。
 一行の夜が過ぎる。


 「 起きるでやす 」
 バルディがフライパンを打ち鳴らす。
 バルディは一行をたたき起こす。
「 なんだよ朝っぱらから。楽しい一日は朝からだぜ 」
 と言って、エルフィールがへとへとの髪の毛をたしなめながら、眠たげに起きて来る。
「 次の仕事は早いんでやすよ 」
「 そうか 」
 バルディの言葉になんとも納得させられるエルフィール。
「 こういう時のあいつは無敵だ 」
「 そうか 」
 ジョルディーの言葉に妙に納得するエルフィール。
 一行は着替えると、街を歩く。
 街の空気はほのかに冷たく、また、ゆっくりと暖かくなっていた。
 太陽は上がりつつあり、ゆっくりと街の風は暖かくなる。
 鎧に剣と、一行はフル装備である。
 それはバルディの指示であった。
 騎士の国とはいえ、この一行の目立つことと言ったらなかった。
 一番目立つバルディは、てけてけと先頭を歩く。
 ゴブリンが街を歩いていると、まるでぬいぐるみでも歩いているようである。
 バルディは街の中心を目指す。
「 どこへ行くんだ 」 とエルフィール。
「 なに、つまらないところさ 」 とラギアースは肩で笑う。
 一行が着いたのは、街の中心にある、大きな建物のひとつである。
 それは切り立った崖のような、白い壁が重なったような建物であった。
 一行が歩いて着いた部屋は広い。いや、それは百人程の人がいる集会場のようであった。
 らいでんが建物をじっくりと見ている。
「 おいてくぞ 」
 エルフィールの声に、らいでんは見ながら横に歩いて来る。
 ラギアースが広場の中心に案内する。
 一行のいる場所はちょっとした高段になっている。
 一行を見る人々。
 男女の青年たち。
 バルディはひょこひょこあっちこち歩いている。
「 エルフィール姉さん、よろしく願います 」
「 なんだ? 」
「 バルキリー出せるそうじゃないですか、ぜひ生徒の前で 」
「 生徒? 」
「 騎士の卵でね。ここは騎士の中でも、精霊使いを重宝するのさ 」 ラギアースは窓を見上げてそう言う。
「 精霊を? 」
「 教えてやってくれ 」
「 そんなのつまらん 」
「 それはそうか。それじゃ 」
 ラギアースが合図すると、生徒の一人は精霊を召還する。
 それは水の精霊であった。
 水滴がいくつか上がるという、なんとも地味なものだ。
 それぞれ、炎の精霊や光りの精霊など、いくつか見てとれるが、なんとも地味めなものである。
 エルフィールがなにか話すと、精霊は巨大化する。
 騎士たちは悲鳴を上げる。
 それは見たこともない精霊の姿であった。
「 これくらい出来るだろう 」
 騎士の大半は精霊を帰還させるが、何人かは立って、精霊を維持した。
「 いいな 」
 エルフィールはラギアースを見る。
「 こんなもんだ 」
「 いいんじゃないか 」
 ラギアースは笑っている。それはなんとも陽気な声であった。
 ラギアースは一声かけると、生徒たちの精霊は精霊の世界に帰還する。
「 精霊使いなのか 」
「 いや、出来るのはこれだけでね 」 ラギアースはそう言って、両手を広げて見せた。ラギアースの手には、精霊はいなかった。
「 ふーん。器用だな 」
 エルフィールは関心したが、別段、それに興味は持たなかった。
 騎士が精霊を使えること自体、珍しいことであり、そういう意味では、ここにいる騎士たちはとても貴重な存在であった。
 エルフィールはいくつか精霊を召還すると、それを自在に変化させた。
「 すごいものだな 」
 ラギアースは感嘆する。
「 旅をしてれば、これくらいは使えるようになるさ。それに 」
 ラギアースはエルフィールを見る。
「相方が精霊に好かれるタチでね」
 エルフィールはジョルディーを見ながら、笑った。
 それから、生徒たちは、枝のようなものを取り出す。
 それはちょっと短いものだった。
「 魔法使いも必要でね 」
 ラギアースはミラルを見る。
「 いいでしょう 」
 ミラルが杖を前に出す。
 詠唱の後、生徒たちの杖が光り出す。
 その力に、びりびりとふるえる。
 生徒たちの杖は光りの粒子となり、太陽光と合流する。
「 この杖ではここまでです 」
 ミラルは報告するようにそう言った。
「 魔法が使えないからか、なんとも、珍妙なものに見える 」
「 それは偏見です。魔法はその英知と勉学の結晶。決して、それは遊びではないのですよ 」
 ミラルはきっと、ラギアースを見る。
「 おーこわ 」
 ラギアースは笑いながら、逃げて行く。
 生徒たちは剣を取り出す。
 これには、ジョルディーが答えた。
ぎいいいん。
 生徒たちの剣はそのすべてを砕かれる。
 ジョルディーの緑樹剣が低温を響かせる。
 生徒たちは、目をしばたたかせるあいだのことだ。それは驚愕に彩られていた。動揺出来る者は、まだ達者なほうだった。
「 いい太刀筋だな。これだけ出来ると、ちょっとした騎士だな 」 とジョルディーは笑った。
「 いや、騎士だよ 」
 ラギアースは「 魔法も精霊も剣も使えて、いいだろう 」 と一行を見た。
 それはなんとも変な話のようだった。
 少なくとも、エルフィールたちのいたところでは、そんなことは聞いたことがなかった。
「 どうりで、みんな小さくまとまっている 」
 エルフィールはそう言うが、らいでんは「 精霊が使えるのは地形ではないか 」 と指摘した。
 ラギアースは「 たぶんそうだろう 」 と答えた。
「 まだ出来ます 」
 剣の達者な者が前に出るが、それとて、エルフィールの細剣に適う者はいなかった。
「 太刀筋はいいが、剣の軌跡 (きせき) が見えるぞ 」
「 なに、まだひよっこどもさ 」
 ラギアースはくすりと小笑う。
「 でも、これだけの人数、なんのために? 」
 ミラルの質問に、ラギアースはちょっと真顔で、「 騎士の国があってもいいだろう 」 と言ってから、小笑いした。それは清々しい笑いであった。
 ミラルはその視線を追う。
 ラギアースはハイベルを見ていたが、ハイベルはそれには答えなかった。
 あまり仲が良くないのか、と、ミラルは二人を見た。
 それから、らいでんが砂の特徴を教え、終いには、ダミエールが曲まで教えた。
 エルフィールとジョルディーの踊りに、生徒たちが踊り出す。
 場内は歓声と轟音に鳴り響く。
 二曲踊ったところで、一行は退場する。
 何人かは、熱心に話しを聞いていたが、それも一時間もすると、一行は外に出る。
「 ふいー。こんなもんでいいのか 」
 エルフィールはのびをする。
「 上出来さ 」
 ラギアースは相づちを打つ。
 それから食事をして、一行は街を歩く。
「 それでは始めようか 」
「 いいだろう 」
 ラギアースとハイベルがそれぞれ抜刀する。
 ぎいんと、ハイベルの大剣が太陽光にひらめいた。
「 あいかわらずのばかでかさだなハイベルよ 」
「 そうだな。おまえの剣はそれかラギアース 」
「 そうだ。なんでも斬るそうだよ。話によるとな。どうする。色男。その大剣で受け止められるかな? 」
「 どうかな 」
 ラギアースの長い剣は銀色に輝き、それはまるで、ハイベルの身長ほどの長さだ。
「 ちょうどいい長さだ 」
 ラギアースはにやりと不敵に笑い、その剣の切っ先を、ハイベルへと向ける。
「 おまえのでかぶつ斬るぜ 」
「 出来るならな 」
 そして、どちらも動かない。
 時が静止したかのようだ。
 それから、十分がたった。
「 なにやってんだこいつらは 」
 エルフィールは眠たげに見ている。
「 冗談ではなさそうだ 」
 ジョルディーの言葉にも、エルフィールは動かない。
 ダミエールが曲をたなびく。
 それはなんとも静かな曲であるのだった。
「 勝負は一瞬か 」
 らいでんはうなる。
「 だからどちらも動かないのでしょうか 」
 ミラルは問いかけるように言う。
「 どっちが勝つか、賭けましょうぜダンナ 」
 バルディの手をつねって、その額を指で弾くジョルディー。
「 ダンナはお堅いや 」
 バルディはへへへと笑うと、道に出来た人だかりの方に行く。
「 ハイベルの奴、なんだか変だな。剣に殺気がある。伝わって来るんだ 」
 ジョルディーはエルフィールにそう言う。
「 ハイベルは戦士だ。その手に持つ剣に殺気くらい宿るだろうさ 」
 エルフィールは意に介さないようだ。
「 でも、ハイベルらしくない 」
「 そうだな 」
 風が変わる。
「 動く 」
 両者の姿が風になる。刹那。
 轟音が二人の影を黒い衝撃とする。
 魂低一句。
 雷劇双舞。
 鬼神来轟。
 二人の剣が雷を放つ。
 いや、それはラギアースの剣からであったか。
 ハイベルの大剣をラギアースの細剣が受け止める。
「 斬った 」
 ラギアースが、にやりと笑う。
 いや、ハイベルは体で受け止めていた。
 血走る。
 けれども、なんでも斬る魔剣を持つラギアースの狙いはハイベルの大剣。ハイベルの体ではない。魔剣はその力を出すことなく、止められていた。
「 止めたよ 」
 ハイベルは言った。
いん。
 ぎいん。
 大剣が長剣をはじく。ラギアースの手は空になる。
「 終わったな 」
 ジョルディーがため息をひとつついた。
 エルフィールの目がぎらついた。
「 行くぞ! 」
 エルフィールが駆け出す。
 ジョルディーも走り出す。
 ハイベルは大剣ほ振りかぶる。
 その目は影に見えない。
「 こんのばかがあ! 」
 エルフィールとジョルディーの手が光り放たれる。
きいん。
 光りがハイベルを斬る。
 すべては光りに包まれた。


 生まれた時、父はすでに伝説だった。
 海神としていて、巨大な背中だけが覚えている。
 育ったところは大陸の中心の方で、そこは温暖な気候のいい場所だった。
 文学者が多く住むその地は、生活にはほどよく、けれども、なにかが無いのだ。
 千年そこで暮らした後、私は大剣を手にしていた。
 旅が私を築いてくれると信じた。
 歩いた半生。
 その中で、もっとも近く、もっとも深い人生との邂逅(かいこう)。
 九千年近く生きた人生の中で、ある青年との出会いがあった。
 クインアースというその女性は、とても変わった感じを受けた。
「 夢は一瞬で達成されるけれど、愛は一生続く。夢は一瞬、愛は一生 」
 そう言って笑うクインアース。
 なんとも口がうまく、それでいて、騎士としての出会いだった。
「 おまえの剣が千本目だ。その大剣もらおう 」
 にやりと笑う彼女には、ぎらつくような目があった。
 その手には魔剣デュアリセイヴ。
 後になんでも斬る魔剣だと知ることになる。
「 騎士なんてくだらない。掃除してやるよ 」
 いん、とその剣を小手ではじいて、横に足をはたいて、投げていた。
 クインアースが芝生に倒れていた。
 信じられないていで、ぱちぱちと目をしばたたかせている。
「 千本目には、ならなくてすまないな 」
 歩いて去ろうとする私に、その女性と弟のラギアースが付いて来た。
 どうしてそうだったのか、いまは解らない。
 いつのまにか、奴、クインアースの背中を守り、見知らぬ騎士と戦う旅にいた。
 ある時、十人の騎士たちと戦い、その剣を怪力で砕き、彼女は斬る。
 たまに、ラギアースのパンチが残った騎士の腹に当たる。
 そんな戦い。
 だが、騎士の剣を砕くだけのクインアースの剣は変わっていた。
 いつしか騎士たちが彼女に着いて来て、集い始めていた。
 その数は数百人にも上った。
 流浪の人や、民も集い、千を超える人がクインアースに集っていた。
 もうクインアースは一匹狼ではなく、騎士の集団の長であった。
 クインアースに剣を教えることもあった。
 クインアースの腕前もあがり、手合わせは増えて、毎度のことになっていく。
 一年もたてば、彼女の腕は私からも、一流に見えた。
 元々の腕があり、それに技術があれば、百人力といったところだろう。
 手合わせで疲れ、木陰で休む。
 私は木にもたれかかるクインアースに話す。
「 愛ゆえに人は迷い、愛ゆえに人は争うのか 」
「 愛は誰も殺さないわ 」
「 じゃあ、どうしておれたちは戦っているんだよ 」
「 戦いは神の示す道 」
「 愛と神の示す道の本質は同じではないのか。それは矛盾していないか 」
「 人のあげあしをとるな! 」
 真っ赤になったクインアースはとてもかわいく、きれいだった。
 いつしか、広大な大地に、騎士の国を造る。
 そんな話になっていた。
 造り出された街はにわかに活気付き、外との交流も始まっていた。
「 もう遊んでられないな 」
「 そうだな 」
 彼女は季節が夢を見たような存在であった。


−−我はすべてを斬るもの。
 長剣はクインアースに語りかける。
 クインアースは無言で長剣を空にかがげる。
 それは空の青を反射して、とても綺麗に銀色に輝いた。
−−我は季節を斬り、空さえもその手にかざそう。
「 冗談だな。笑える剣だ 」
 クインアースは剣をかざして、立っていた。


冥府魔道。
万死万生。
雲々空々。


 いつもの手合い。
 それがどうにも鈍い音を発する。
 いや、それは最近良く聞く剣戟の音であった。
 剣戟を止め、私は言った。
「 最近のおまえはどうかしてる。剣に覇気がない 」
 おれはクインアースに言った。
「 ならば剣で聞け。それが私たちのしてきた道だろう 」
 おれとクインアースは対峙する。
ギイン。
 おれの一撃にクインアースは地に落ちた。
 もうそして、動くことはなかった。
「 おのれハイベル! 」
 剣をとる仲間の騎士団たち。
 だが、おれにはなにが起きたのかわからなかった。
「 やめろ! 」
 ラギアースが止める。
「 正式な戦いで死んだのだ。その名誉をおまえたちは知らないはずはあるまい 」
「 王は、いや、クインアースはおまえのことが好きだったんだ 」
「 そうか 」
 私も彼女のことが好きだったのだ。
 私はその場に泣き伏した。
 そして、誰も動かなかった。


「 いつでも帰ってこい。ここはおまえが所属する、帰る場所であることを忘れるな 」
 私は旅をした。
 旅のあいだ、思い出すのはクインアースのことばかりだった。
 歩き出した時、すでに道は決まっていたのかも知れない。
 季節の葉を幾枚見て来ただろう。
 放牧を見て、山を上がり、川を下った。
 これほど綺麗な森林は見たことがなかった。
 夜明けの暗い寒さが息に白い。
 向こうから、人が歩いて来る。
 そして、エルフィールとジョルディーとの出会いへと至る。
 それは変わった旅の証だったのだろうか。


 光りの後、ハイベルの前に魔剣がある。
 ラギアースがハイベルに手渡す。
「 これはおまえの剣だ 」
「 クインアースが使っていた剣か 」
 ハイベルはラギアースから長剣を受け取る。
 その時、ハイベルは長剣の風景の中にいた。
 部屋にはラギアースだけがいた。
−−なんでも斬るというなら、私の憂いも斬ってくれ。
 クインアースは長剣を手にする。
−−我はお主の剣を受け止めなかった。
「 いい剣だ 」
 ハイベルは王者の剣を着けると、立ち上がる。
 騎士団がみな、ひざをついていた。
 ハイベルはただ、立っていた。


 「 見送りはしないぞ。まだやることがあるんでな 」
「 そうか 」
 そう言うとラギアースは歩いて行く。
 一行はラギアースとは反対の街の外に向かった。
 一行は街の外れまで歩いて来る。
 武来覇王。
 鉄器混合。
 連騎連動。
 騎士たちがざわめいた。
 轟音と地響き。
 巨大な鎧が三騎、戦っている。
 その鎧は大きな木が縦に三本立った以上に大きなものだ。
「 バルキリーの影が実体化してる 」
 ミラルはエルフィールを見るが、「 バルキリーに変化はない、けど 」 とエルフィールは答える。
 鎧は耕した畑さえも踏みつけて行く。
「 せっかく耕したのに 」 エルフィールの怒気に、三騎のバルキリーが天から降り立つ。
 天から伸びる布の着物を着た三騎のバルキリーが踊るようにエルフィールの周囲を舞う。
 周囲は青暗い空間となり、エルフィールを淡い光りが包む。
 一騎バルキリーはエルフィールの服を透明なる鎧にして、一騎バルキリーはエルフィールに眼鏡をかけ、一騎バルキリーは矛 (ほこ) をエルフィールに手渡す。透明な鎧を素肌に着たエルフィールが立っていた。
しゃん。
しゃん。
しゃん。
 空は青さを取り戻し、三騎のバルキリーはエルフィールの周囲に立っている。
 エルフィールはバルキリーの力で、空に舞う。
 エルフィールが巨大な鎧の胸に矛で打ちかかる。
がいん。
 矛は、いや、エルフィールは弾かれる。
 ジョルディーとダミエールはエルフィールを受けとめる。
「 同じ力ならば、バルキリーの影に分があるのか 」
 らいでんはそう言って、砂をまく。
 ミラルは詠唱を始め、ハイベルは長剣で鎧に挑む。
 ハイベルが踏みしめた大地が砕けた。
 ハイベルは鎧の胸へと宙を一回転してから打ち付ける。
 ハイベルの体の回転力をらいでんの砂が加速させ、長剣のいきおいをミラルの魔法が加える。
 そしてハイベルの怪力の一撃。
かあん。
 大剣は衝撃を持って、鎧を圧するが、ハイベルの一撃にも、鎧は微動だにしない。
 ハイベルは一回転すると着地する。
 その着地のいきおいに地面はきしむ。
 デュアリセイヴは、精霊は斬れないなとつぶやいた。
 三騎の鎧は見合うと、その手の剣をそれぞれの鎧の中心にと構える。
 バルディがほへえっと空の彼方を仰いだ。
「 海の鳥が来るだ 」
 バルディがぼそりと言った言葉をミラルは聞いていた。
 妖精の風が吹いていた。
 バルキリーに守られて、いきまいているエルフィールには、それを感じないでいた。
「 なんだこれは 」
 エルフィールがふらふらとたたら歩く。
 なにも見えないようにふらふらとしてるところをジョルディーに助けられる。
「 あねさん、動かないで 」 バルディが助言する。
 ミラルのほほになにかが弾ける。
「 これはなにか水のようなもの 」
ぎいん。
ぎいん。
ぎいん。
 巨大な鎧たちが矛剣の剣先を地面に打ち付け、大地が地響きを上げる。
いいん。
 虹色の風が吹く。
 虹色のカーテンが周囲をおおっていく。
 それは虹色のしゃぽん玉だった。
 それがどこまでも、ここいら一帯をおおっている。
 小さなものもあれば、木や鎧よりも大きなものまである。
 らいでんが指摘する。
「 これは精霊濁流。精霊流が吹きだまりを起こすと、シャボン玉のようになって、それは自然の樹木を枯らす。精霊流がこんな大規模で移動することが、バルキリーの影を実体化させたのだとしたら、あまりにも大きな精霊流だ 」
 らいでんはさらに、「 これだけの精霊流など、ここいら一帯の自然が氷りついてしまうだろう 」と言った。
 それはこの街の滅亡を暗示しているようである。
 ハイベルは王者の剣を抜くと、空に掲げる。
「 エルフィール! 力を貸してくれ! 」
 エルフィールはハイベルに抱きつく。
 その影が動いた。
 巨大な三騎の鎧はその手の矛剣の剣を地面に打ち付ける。
 矛剣から菱形の鎖が幾条にも発して、それは鎧のドレスのように飜〈ひるがえ〉る。
いん。
 鎧に施された幾重もの装飾紋章が金色に光り輝く。
 矛剣の矛が幾重の間接を表し、剣は地面にありながら、矛は自在に動くようになる。
 巨大な三騎の鎧がその手にする三本の矛剣の矛をハイベルの剣に叩きつける。
がいいいん。
 それはハイベルの王者の剣に見事に当たる。
 エルフィールを守る三騎のバルキリーと影との力が合わさる。
 ハイベルが王者の剣を鎧どもの矛ごと持ち上げる。
 それに連動して、すべてのしゃぼん玉が空に上がって行く。
 ハイベルの怪力が、鎧とバルキリーの天秤をへて、しゃぼん玉を持ち上げて行く。
 しゃぼん玉の重さをエルフィールと三騎のバルキリーが支えた。
 しゃぽん玉は空に上がる。
「 そのままではまた精霊濁流は戻って来る。このままでは埒 (らち) があかないぞ 」
 らいでんの指摘に、エルフィールは精霊語で応えた。
「 精霊招霊! ピグニカ! 」
 エルフィールの言葉に、空の彼方から、無数のひよこたちが飛来する。
 ひよこたちがしゃぼん玉を割って行く。
 しゃぼん玉は跡形もなく、精霊風となって、自然へと帰して行く。
「 もう、だいじょうぶだ 」
 ジョルディーがエルフィールを抱える。
 力無く、エルフィールがジョルディーに身を預ける。
「 ぴよー 」
 エルフィールの前に一匹のひよこがぴよぴよしてる。
「 元気だったか 」
「 ぴよ 」
 エルフィールの言葉に、ひよこは元気良く鳴いた。
「 そうか 」
 ひよこは空に上がる。
 ひよこたちはまた空の彼方へと進んで行く。
「 ありがとよ 」
 エルフィールは力無く、感謝の言葉を口にする。
 色彩演舞。
 花鳥風月。
 羅漢鬆蝶。
 砕けたしゃぽんは花となって、一行のあいだを通り抜ける。
 花の風。
 花の乱流。
 四季折々の花が妖精の風となって、周囲を巡り行く。
 一行の周囲は花になる。
 近くにいるお互いの顔も見えない程の花の渦。
 と、その花が開く。
 まだわからないの。
 ハイベルは振り返る。
 私たちは、いつも一緒にいるのよ。
 ハイベルはぼそりと、そうだなと言った。
 ハイベルは人影とは別のほうに歩いて行く。
 花の風は開け、一行が待っていた。
 ハイベルは一行と合流すると、また歩き出した。


 夜も暮れて。
 一行は旅の空の下、森の中で、夜の眠りとする。
 倒木に座るジョルディー。
 焚き火の前でジョルディーがうなだれている。
「 どうしたの 」 とミラルが聞く。
「 なんだかエルフィールのことを考えるとどきどきする。まるで気持ちがここにあらずということになって、なにも考えがまとまらない 」
「 それは病気ね。それも不治の病よ 」
 がーん。
「 だから、あら 」
 ミラルが横を見るとジョルディーがいない。
 ジョルディーはふらふらと一人、森の闇の中を歩いて行く。
「 そうだったのか 」
 と、向こうから光る鎧を着た何者かが歩いて来る。
「 誰だ 」
 それは光りの鎧を着た騎士である。
 その光の騎士は光の剣を抜刀する。
−−我々の敵だ。
 闇が揺らめいた。
−−光の騎士だ。
「 光の騎士? なんだそりゃ 」
 ぶうんと来た、光の剣をジョルディーは避ける。
 ジョルディーも抜刀する。
ぎいん。
 ジョルディーの魔法剣と光の剣はかちあう。
「 殺気はあるが、これは存在しない光りなのか 」
−−光の騎士の目的は闇の消滅。人に殺意は無い。
「 じゃあ、おまえだけ斬られろ 」
−−いまの宿主はおまえだ。
「 結局おれがやばいんじゃないか 」
 闇は揺らめく。
 笑ったようだった。
「 なんとかならないのか 」
−−おまえが闇の継承者である以上、戦う系図に変わりはない。
「 そんなの知ったことか 」
 ジョルディーは駆けて逃げ出す。
−−なぜ戦わない。これもひとつの闇のさだめ。
「 おれには関係ない戦いだ 」
 全速力で走るが、前には、光の騎士。
 いつのまにか、先回りされていた。
−−相手は光の騎士。逃げられるものか。戦え。それが闇の形質。
「 だから、そんなのわからんて 」
 ジョルディーは光の騎士の突きを紙一重でかわして、光の騎士の腕の間接を決める。
「 どうだ 」
 光の騎士は丸い光の玉となると、また騎士となる。
「 そんなのズルいだろう 」
 走って逃げるジョルディー。
 いまのところ、まったく勝ち目はない。
 駆けてはいるが、ジョルディーに進むべき道はまだ無い。
 葉を避けながら、広けた泉に出る。
 そこでエルフィールが水あびしている。
 あらわな肢体が月明かりに照らされている。
 これは救いの女神、と、ジョルディーはエルフィールに走り寄る。
「 エルフィール、手を! 」
 近づいたジョルディーを殴り飛ばすエルフィール。
 軽く2メートルは吹っ飛んだ。
 なんとか立ち上がるジョルディー。
「 なんでだよ 」
 ジョルディーの顔には青あざがくっきりとある。
「 あ、いや、ムカつくこと考えてたらつい 」
 ジョルディーの目の前には光の騎士がいる。
 いん。
 光騎剣戟。
 世界が一刀両断される。
 その剣戟 (けんげき) をかわして、なんとか木に上るジョルディー、
 光りの騎士は上がって来ない。
「 ふいーっ、とりあえず一息つけるか 」
 と、木が轟音に大きく揺れる。
 光の騎士は光りの剣で木を叩き斬ろうとしている。
 それは時間の問題のように見えた。
「 たあすけてえー 」
 ジョルディーが叫ぶ。
「 おまえ、キャラ違うぞ 」
 エルフィールの突っ込み。
「 ピンチの時にそんなもんない〜。それに 」
「 それに? 」
「 高いところはだめなんだあー 」
「 いいこと聞いた 」
「 なんだってえー 」
「 いや、これでいいだろ。サラマンダー 」
 炎のとかげが光りの騎士を包む。いや、それどころか木も包まれる。
 光りの騎士はけろっとしてる。
 光りの騎士は変わらず木を斬撃する。
 サラマンダーによって、木は火に包まれる。
「 事態を悪化させてどうするー 」
「 ああ、ごめん 」
「 闇、なにか手はないのか 」
−−日の出だ。
 光の騎士はその太陽光に消えて行く。
−−光の騎士は闇の中でしか生成され得ない存在なのだ。光りは闇に生きて、闇は光りに生きる。それがこの世の理 (ことわり)。
「 ふいーっ、助かった 」
 と、木が、ばりばりばりと倒れて行く。
「 おわーっ 」
 エルフィールがジョルディーをキャッチする。
 エルフィールにお姫様抱っこされるジョルディー。
 ジョルディーは涙目である。
「 おまえも泉に入るか 」
 ジョルディーはちょっとどきどきした。
 でも、いやなどきどきではないなと思った。
「 そうだな、おれもあびるか 」
 ジョルディーも服を脱ぐと、ゆったりと泳いだ。
 エルフィールが水をかけてくる。
 それは朝日に輝いて、とても綺麗だ。
「 綺麗だ 」
「 そうだな 」
 それはどちらにも言った言葉だったが、それはもうジョルディーにはどうでもいいことだった。
 服を剣に干 (ほ) して歩いて行くエルフィールとジョルディー。
 一行と合流して歩き出す。
 雨上がりの空が、ゆっくりと明けて行く。
 雨流彩々。
 紅葉流転。
 四季抱擁。
 朝風が気持ち良かった。
 ジョルディーはなにかを実感したが、それはまだ言葉には出来ないでいた。
 森の木々の影から、朝日がうっすらと見え隠れしているのが見えた。
 一行は仕度をすると、立ち上がる。
 太陽がうっすらと見える。
 一行はそれを頼りに歩き出した。
                  続














第二十一話  流転なりし砂と風



 太陽はすでに空の上にあり、木々の葉のあいまから、陽ざしがきらきらときらめいている。
 大小の木々の中を歩く一行。
 一行の足取りは軽い。
 なんとも意気揚々だ。
 木の一本一本を眺めるらいでん。見たこともない木だと、興味津々にらいでんは言ったが、別段、らいでんいがいは木の違いには無頓着なのだった。
 エルフィールには、見慣れた精霊がいることがわかって、なんだか空気が澄んでいると思った。精霊がうきうきしている。それはこの地が自然としての精霊循環があることの表れであった。
 ミラルには、魔法、その魔導法則と紋様秩序の流れが正常にあることが見てとれた。魔導行路があるという時、魔法使いはその地を、真理と本質の地平として、歩く魔導書として、貴重であり、なにより、見えない竜が見えると言われていた。
 ジョルディーはなにも感じなかった。ジョルディーの魔法剣、グリズリーフィッシャーはどこまでも涼しい振動をジョルディーに伝えていた。それはこの地がなによりも平穏である証であった。
 ハイベルはこの地には、神の加護があると、ゆったりと歩いた。
 いい曲が弾けそうだと、ダミエールは口笛を吹いた。
 葉の絨毯の上を歩く一行。その葉も珍しいものではあったが、ミラルが本にはさんだり、らいでんが採取したりするいがい、一行は踏みしめるだけであった。
 木々は視界を遮るほどにうっそうと茂るが、ミラルは鳥の声が聞こえないことに気づいた。
−−これは海が近いのかな、でも、海鳥がそれにしてはいない。
 らいでんも似た意見に達したようだ。ミラルの視線にうなずくらいでん。
 足下は砂になり、木はまばらになってくる。
 木々の視界が開けた。
 木々はそこまでで、一行は開けた場所に出る。
 見渡す限り、一面の砂漠。
 乾いた風が吹く。
 澄んだ青空が高い。
 空の太陽はギラついて、海岸にいるような気がミラルにはした。
「なあ、なんで世界の果て探しているんだろう」
 エルフィールがなんとはなく言う。
「螺旋竜の異変、それが世界の果てにあるということ。それを冥界の女神から頼まれたのですよ」
 ミラルがそう言う。
「頼まれてないよ」とエルフィール。
「いいえ、頼まれました」
「ここの地層は変わっているな」
「圧倒的な文量。けれどもそれは人の一端に過ぎないこと」
「この菓子いいぞ」
「それは歌詞がいいからだ」
「はんぺんた」
「ラギアースは道が導くと言っていたぞ」
「導きのままに」
「木がなにか言っているぞ」
「あの街の硬貨の円を二百円もらったぞ。使えるのかなあ」
「酒を飲もう」
「飲み過ぎはほどほどに」
「神々は?」
「静かな波動を感じます」
「靴より高いものはない」
「蔓(つる)と蔦(つた)はどう違うんだ」
「だいっこんらん。だいっこんらん」
 どたばたどたばた、らばるたすぱるた。
 はあー、だいこんもって踊りましょう。
 それぞれが背中を向け、ちょっと立ち止まる一行。
 ミラルも一度はどうでもいいと思った方向であった。それだけの異変に、神々が動かないとも思えなかったし、それに、このパーティになにが出来るだろうとも思っていた。
 いや、ミラルにとって、旅に出たのはなぜだったか。
 それは出会いを求めたものであっただろうか。
 それならば、いくつもの出会いがあったのではないか。
 エルフィールなんて、場あたり的になにか言っているだけで、さらになにも考えていない。
 エルフィールは近場の葉をはんで、苦くてけほけほしている。
 腹をかいてあくびする。
 エルフィールはなにも考えていない。
 けれども、巨大なる樹の春の精霊に、なにか世界の果てには大事なことがあると感じたのだ。だから、エルフィールはこの旅を続けて来た。
 ミラルは空を見上げる。でも、とミラルは思う。なにかもう、この旅に満足しているのだ、と。魔法院では学べないことがある。だから、魔法研究所への話も断り、街を出たのだ。最初は数ある魔導書で魔法や魔道を探したが、そんなことはすぐに飽きてしまった。元から学者タイプではなかったのかも知れない。いや、それは若さゆえに、旅によって、魔導の道、理(ことわり)の道を探したのかも知れない。魔法陣が回転しただけではない、世界の回転を感じたかった。それはいまも変わらない。
「世界の果てなんていいから、もう帰ろうぜ」
 エルフィールが提案する。というよりは、退屈だから、街で酒でも飲みたいところなエルフィールなのだった。
「なにを言っているのやら」ミラルは頭をかかえる。
 らいでんは諭すように言う。
「話によれば、かなり危険な香りがするな。螺旋竜の異変とは、尋常ではない。これはとても大切なことだと思うよ。戦いは雷鳴。けれども、人が種族が、魔王がその存在を歌うのも、この自然あればこそなのだ。誰も踊る大地がなければ、誰も踊ることなく、見上げる空なければ、誰も歩くことはないのだ。本が伝える千年前のことは、これからの千年のためにあるのだ。金貨は物質の硬化、この星の縮図、その裏表は影と光りをいまに伝えるエンドレス」
 一行は世界の果てを目指すべきだと言う。
 風の精霊にフィルフィルフィールの意志が宿り、エルフィールに語る。
「螺旋竜ならば、見ましたよ。一緒に行きますか?」
「あ、はい」
 きょろきょろするエルフィール。
 風の精霊はもういなかった。
 エルフィールは風を感じていた。
 それがなにを意味するのか、まだその精霊の名は知らないのだが。
「行こう。世界の果てへ」
 一行はエルフィールの方を向く。
「考えたんだが、うちのかっちゃあを探せばいいのではないか」
 エルフィールの提案に皆驚く。
 エルフィールにしては、なんとも的確な意見であり、それはらいでんがうなるほどであった。
「そ、それはそうですね」
 微妙な表情で納得するミラル。なんだか自分がエルフィールに遅れをとったような気がした。
「確かに、世界の果てが移動していて、エルフィールの母上がそこにいるのならば、それは正しい選択だろう」
 らいでんはうなずいて、そう指摘する。
 砂海は流砂の渦を幾重にも重ね、そのうねりは、まるで雲が渦巻く空のようである。
 エルフィールは砂漠に入る。
 と、砂はまるで水のようにふよふよしていて、とても歩けたものではない。
 あわてふためくエルフィールの手を、ジョルディーがつかんだ。
 しばらくむせているエルフィール。
「けほほっ。こ、これは、摩擦なく、それでいてからみつく……。まるで砂のゼリーのようだ。ここいらの砂漠はこんななのか」
「砂海(さかい)だな。シーウォークとも呼ばれることもあるように、とても流動的な場所だと言われている。ここを渡るのには、行商人が知っている方法があるという」とらいでん。
 先に言えとエルフィールのキックを、らいでんは石を拾おうとしてかわす。エルフィールはまた転がって砂海からジョルディーに助けられる。
「ここを通らなくてもいいのではないですか」
 ミラルが提言する。
 風が吹いた。
 エルフィールの髪を風が踊らせる。
 それは清々しい風だ。
「いや、この先に世界の果てがある」
 エルフィールは言い切る。
 それはミラルが見たことのないエルフィールの横顔である。
「精霊か?」
 ジョルディーが聞く。
「いや、そんな気がするんだ」
「世界の果てに螺旋竜の異変のなにかがあると、冥界の女神は仰っていました」とミラル。
「そんなのどうでもいい」とエルフィール。
「螺旋竜はあらゆる精霊竜が束ねられた自然踊る世界の姿。その異変たるや、世界の危機と言えるのではないか」とらいでん。
「私は行きたいから行く。それだけだ。世界が見たいんだ。この風の来る先になにがあるのか。心がうずくんだ。どこまで行けるだろう。それを考えただけで、わくわくするんだ。まるで、この世界の空が、まだ広がっているように思える」
 エルフィールはそう言う。
 エルフィールの心には、あの時の風がいまも吹いていた。
「そうだな。それでいい」
 ジョルディーがうなずいた。
「またあてずっぽうなことを」
 けれども、と、ミラルは、方向性としては悪くないと言った。
 ハイベルは神の意志のままにと言い、ダミエールは曲を奏でた。らいでんは無言でうなずいた。
 一行は砂海を見ていた。
「丸太を入れてみたらどうだ」
 ジョルディーの言葉に、ハイベルは一本の大木を引き抜き、それを砂海に入れる。
 丸太は浮力を受けることなく、沈んでいく。
 砂は摩擦なき底なしの液状のようだ。
 流れる砂に、一行は立ちすくんでしまった。
「あまりにも、砂が丸いのかも知れない。それによって、浮力が得られないのだろう。なんとかならないものか」
 うーむと、らいでんはうなる。
「即興でなんとかなるものか」
 エルフィールがどうでもいいように言う。
「即興みたいな存在のあなたがそう言いますか」
 ミラルがエルフィールの口をつまむ。
 ミラルとエルフィールの目と目が火花散らす。
「精霊は見えないのか」
 ジョルディーがエルフィールに聞く。
「いや、なにも見えないな」
 魔法についても聞くが、ミラルも魔法は感じないとのことだった。
 ハイベルの魔剣であれば、砂海は斬れたかも知れない。けれども、ハイベルは黙して動かなかった。その姿は石の彫像のようである。小鳥がハイベルの肩に止まり、ハイベルは笑顔になった。それは、実にやさしい笑顔であった。
 風の精霊が砂の動く音をエルフィールに伝える。それはまるで、竜の鼾(いびき)のように聞こえたが、エルフィールにはどうでもいいことであった。
 エルフィールがだれた声を上げる。
「食事にしょうぜ」
 エルフィールの一言に、一行はそこでござ変わりのマントを広げる。
 長丁場になりそうだった。ここでひとまず休むのに、言葉はいらなかった。
 なにか策を練るにも、一行には時間だけが頼りなのだった。
 ラギアースから受け取った重箱の弁当を広げて、話している一行。
「フファーバを借りて来たらどうでしょうかえっくしゅん」
 ミラルがくしゃみ付きの提案をする。
 ジョルディーのマントで鼻を拭くミラル。
 嫌そうな目でジョルディーがそれを見ている。
「考えたんだが、この距離を精霊たるフファーバで超えるのは無理だろう。それよりもうまい酒はないのかな」
 エルフィールの指摘は、けれども、一行は精霊使いの言葉として聞く。
「では、どうするか」とらいでんがお茶をエルフィールに渡す。エルフィールはつまんなそうにお茶を飲んでいる。エルフィールはとっくに自分の酒を飲んでしまい、また、ここでふるまってくれるらいでんは、お茶を持っていた。
「迂回してはどうだ」とダミエール。
「周囲は砂海のようだ。砂海はすべての大地を貫くという。どこまで行っても砂海であるかも知れない」
 ハイベルの視線は遠くを見ている。その目は砂海の果て、一行の誰よりも遠くを見ているようだ。
「さて、どうするか」ジョルディーがうなる。
 その答えは出ない。
 一行は立ち往生してしまった。
「えい、なんとかならんものか」
 エルフィールが地団駄(じだんだ)踏んでいる。 「あっちやこっちや、せわしない人ね」
 ミラルはお茶をすする。
 ダミエールが静かな曲をたなびく。
 それは自然が描く四季の葉の動きをメロディにしたものだった。
 風とあいまって、それは絶妙な技である。
 エルフィールがその曲に踊り始める。
 ジョルディーが歌う。
 なんとなく、癒される一行。
 と、ハイベルが立ち上がる。
 その目線は、遙か、砂海の彼方を見ている。
「なにか来るな」
 ハイベルの向く方を見る一行。
 と、砂海の向こうから、なにかが近づいて来る。
 バルディはぴょんとジョルディーの肩に乗って、手を顔にかざす。
 ジョルディーは別段、気にするでもなく、砂海を見ている。
 遠く砂海の果てから越えて来るそれは、ぴょんこぴょんこ跳ねている、トビウオのように弧を描く魚であるようだ。けれども、その体型はもっと大きい。
 近づいて来る魚。
 それにしては、でかい図体だ。
 赤い巨体、ずんぐりした丸目、立派な二本のひょろっとした横髭(ひげ)。
「魚……てか、金魚だな」
「金魚だな」
「金魚だ」
「美しい」
「これは商売の臭いね」
「金魚ってでかくなるよな」
 向こうからやって来る。それは金魚である。
「きんぎょー」
 と言って、金魚が来る。
「毎度ながら、こっちじゃデカイ金魚が泳いでんのかよ」
 エルフィールがらいでんに悪態をつく。
 らいでんは慣れたように、うむ、とひとつ言う。
「私も始めて見る。たぶん、話に聞く砂魚の一種、グライディングホイールホースライダーだな」
 らいでんはそう言うと、金魚を眺めている。
「ぐらいぐらいでぃ……、略して、金魚だな……」
 エルフィールは清々しくそう言うが、ミラルはジト目で杖でぐりぐりする。汗汗(こまっ)ているエルフィール。
 金魚は近づいて来る。
 金魚は数魚いるが、その一匹、その背には人が乗っている。
 手綱を握るその人は、ぐんぐん近づいて来る。
 一行の前で金魚はゆっくりと止まる。
「助けが入り用かな」
 渋い声。
 大きな水中眼鏡を外したごつい男が、一行に聞く。
 砂を防ぐであろうマフラーを外した顔は、いかつい顔に髭(ひげ)づらの中年男。
 ごつい顔つきに皺(しわ)が目の横を彩る。
 短い黒髪に日焼けした肌。
 その細い目は、鋭く、老練な感じを受ける。
「何者だ」
 エルフィールが聞く。
「なに、ここいらで漁師をしているホイールライダーさ。それとも、ラギアースの奴の紹介状が必要かな」
 男の冗談にミラルが笑っている。
「けっけっ」
 バルディも笑っている。
 エルフィールはどこがおもしろいのか、ミラルをいぶかしがっている。
 男は陸に上がると、おじぎする。
「私はガルデバルデラカルク。ホイールライダーだ」
「よろしく。私はエルフィールと言って、精霊使いとしてはなかなかのもんだ。その力、必要な時は、いつでも言ってくれよ」
「それは頼もしい。では、砂の精霊に言って、流れを読んでくれ」
「まあ、あれだ」
「なによ」とミラル。
「能ある鷹は爪を隠す、だ」
 ミラルがふーんと言う。
「それは、そうだな。精霊の力、簡単に使うものではないな」
 そう言って、ガルデバルデラカルクは豪快に笑う。
 ミラルは多くの人に出会い、その人の人となりを見ることが出来たが、信頼出来るように思えた。なによりも、好印象であった。
 エルフィールたち一行は一通り自己紹介する。
 ひょこひょこひょこな。
 バルディがとことこと前に出て来る。
「おやっさん、それで、その砂魚は幾らで借りられるかな」
「いや、別段、ただで貸してもいいが」
「それじゃいけないね。元値がないと、こっちがもうからないでやすよ」
「なんの話をしている」
 エルフィールがぐぐぐと怪力でバルディのどたまをぐりぐりしている。
 バルディが足をばたばたさせて嘆く。
「あねさん、しょ、商売でやすよ。自然なことだあよ」
 そう言ってから、バルディが力なく、うなだれた。
 ちーん。
 それからそれから。
「これが水中眼鏡だ。これが砂避け口元スカーフ。服はいまのままでいいな。なにか質問はあるかな」
「でも、なんで力になってくれるんだ」
 エルフィールがガルデバルデラカルクに聞く。
 人なつっこそうな笑顔で、ガルデバルデラカルクが答える。
「噂には聞いている。あんたら希望の剣を使うんだな。そんな連中には、こんなところでとどまってほしくない。それだけなんだよ」
「希望の剣?」
 エルフィールはひょっとした顔をする。
「エルフイールとジョルディーの光りのことを言っているようだな」
 と、らいでんが補足する。
「そうなのか?」
 エルフィールはミラルに聞く。
「さあ、そこまでは知りません」
「なんだ、魔法使い様もたいしたことあないな」
「魔導の道は世界と法守のあり方、いわば真理の探究。それは闇と光りの深淵なる波紋の雲月とその真実。せてせてた。学問の道は一日にしてならず。焚き木を背負ってどこまでも。本読め、歌え、踊って見上げた空の色。アニメのDVDはもっと安くしろ。けれども、魔法使いはそんなに安っほいものではないのですから」
「へーそー。そーなんだー」
「その口ふさいでさしあげましょうか」
「できるならな」
 ミラルとエルフィールはおでことおでこをごつんごつんしながらそう言う。
 おでこがすべって、ミラルとエルフィールはキスをする。
 ちょっと赤くなるミラル。ぺっぺっうげーとなっているエルフィール。
「それは幸福の具現であるという。なに、古い言い伝え、単なる古人の比喩(ひゆ)だろう」
 ガルデバルデラカルクはそう言うと双眼のライダーゴーグルを着ける。
「そうなのかハイベル」
 エルフィールはハイベルを見る。
「ああ、この旅にいることが、幸福だよ」
 ハイベルはゆっくりとそう言う。
「やすっぽい幸福だな」
 エルフィールは鼻で笑う。
 さすがのミラルももうツッコム気力もない様子である。
 それから一行は金魚で砂海(シーウォーク)に出る。
 馬上金魚。
 空に舞うような独特の進み方をする金魚に、一行はおっかなびっくりだ。
 実際、海面上にいる時は、空中にいた。
「これは、なんだ、うぶぶ」
 砂に半身が入ったと思うと、また空に舞い上がる。
 とんてけとんてけせぶせぷせぷ。
 上下上下上下と。
 なんともせわしないものである。
 さながら、ロデオのミニジェットコースターとでも言ったところか。
「これでは乗馬ではなく、金魚に遊ばれているだうぷぶ」
 ミラルは振り落とされないだけで精一杯だ。
「きゃっほーい」
 エルフィールは喜びいさんで、あちこち横に走っている。
 若いから順応性があるからか、ミラルもこれは楽しいと思う。
 ジョルディーは最初からぐったりしている。乗り物は苦手である。
 それでも、五分もすると、一行は難なく金魚を走らせ、砂海を駆ける。
 けれども、どこまで行けども、陸地は見えない。
 一時間もすると、一行はすっかりうなだれてしまう。
 船酔いなんてものではない。世界がぐるぐるしている。
 休もうにも、周囲はすべて砂海である。
「ゆっくりと進もう。しばらく休憩だ」
 ガルデバルデの機転で、一行は速度をしぼる。
 ゆっくりと進む金魚の背で、ぐったりしている一行。
 エルフィールだけが、まだ周囲を走っている。
「や、野生児はいいわね、え」
 ミラルの憎まれ口もうまくいかない。
 と、向こうから金魚に乗った人が来る。
「他の漁師ですか」
「それならば一馬というのは変な話だ」
 向こうから来るそれはエルフである。
「エルフィール?」
 向こうからエルフィールが来るのが見て取れる。
 ミラルは目をこするが、それはやはりエルフィールだ。
 ミラルの横にもエルフィールがいる。
「蜃気楼の類ではないな」
 ジョルディーはエルフィールにそう言うが、ジョルディーは、はっとする。
 エルフィールがきょとんとしてる。
 エルフィールの目の前で止まった女性はエルフィール。
 一行の横にもエルフィール。
「エルフィールが二人?」
 ミラルが変な声でそう言った。
「母さん」
 エルフィールはどことなく、おしとやかな声でそう言う。
「え? お母さん?」
 一行には同じように見えるが、それはエルフという種族的なものかも知れないとミラルは思う。
 髪型とか、そういった細かいところではない、なにかが、このエルフには共通しているようである。
 砂海に波紋があり、それは二人のエルフのあいだにあるものであった。
「そういえば、こちらのエルフには、気品とどことなく、静かな雰囲気があるなえてて」
 そう言うジョルディーの頬(ほほ)をエルフィールがつねる。
「夢じゃない」
「自分の頬つねろよ」
 涙目でジョルディーが言う。
 リンと鈴が鳴る。
 いや、それはフィルフィルフィールの言葉であった。
「ひさしぶりね、エルフィール」
 フィルフィルフィールはそう言うと笑う。
 まるで、始めて花が咲いた時のようだと、ミラルは思った。
 一方のエルフィールを見ると、そちらは泣いているのか笑っているのか解らない顔だ。
 ミラルは多分、喜んでいるのだろうと思った。
「えーと、紹介してもらえるかな」らいでんがエルフィールにそう言う。
「こちらは母上の……」
「フィルフィルフィール。よろしくね」
 一行はそれぞれあいさつする。
 フィルフィルフィールは布を巻いた華麗でそれでいて、質素な着物を着て、長い髪は、それだけで芸術のようにたなびいている。
 エルフは美麗が多いが、それにしてもその綺麗さは一段とあるように一行には思えた。
 おしとやかな口調は、エルフィールとは確かに違うようであり、その違いは、エルフィールと旅をして来た一行には、いくつも見てとれた。
「母上、どうしてここに?」
「旅をしていてね。ここには旧友に会いに来たのよ」
「せっかくの対面のところすまないが、世界の果てを知りませんかな」
 らいでんはいつもの落ち着いた口調で聞く。
 エルフィールは気もそぞろにフィルフィルフィールに触れている。
「それは知りませんね」
 ハイベルは別段、それが意味のある言葉であることが見てとれた。
「エルフィール。あなたがン百年生きてんなら、お母さんの年は……はっ殺気」
 ミラルはフィルフィルフィールの笑顔に怒りマーク付きにちょっとびびる。
「聞いてはいけないこともあるわよね」
「は、はひ」
 後退るミラル。
 けれども、ミラルはフィルフィルフィールには、なにかあるべき積み重ねられた正しき時間を感じるのだ。それは魔法というよりは、直感に近いものだ。
 ミラルはジョルディーを見る。ジョルディーは無言でうなずいた。どうやらなにも感じないらしい。
 悪い人ではないようね。
 一行は静かに話ながら、また歩き出すことにする。
「母上には、天気が良くて、お元気でしょうか」とエルフィール。
「なに、たどたどしい。家出娘が何十年ぶりに母親に会うわけじゃあるまいし」とミラル。
「あ、ああ、う、うん」
 うわー、そのまんまあたりか。
 ミラルはあきれていたが、それからエルフィールを苦い目で見る。
 そこにはどんなドラマがあり、道があったのか。ミラルの心に魔法の波紋がたなびいた。その場では、フィルフィルフィールだけが、その波紋に気づいた。
 旅の話を母にするエルフィール。
 エルフィールがふいに笑顔になる。
 それはミラルの知る中で、最高の笑顔だっただろう。
 一行はゆっくりと進む。
 ちょっと遅れて、エルフィールとフィルフィルフィールが着いて来る。
 ふいに、ミラルには、エルフィールとフィルフィルフィールの二人に、風の精霊が舞い踊る姿が見えた。目をぱちくり、もう一度見てみると、それはなにか蜃気楼のように消えてしまっていたのだった。
 エルフィールはそれまでの旅のことをフィルフィルフィールに話している。
「なるほど、それで螺旋竜を探しているのですか」
 フィルフィルフィールが聞いた。まるで言葉に精霊が波紋するような、透き通る声である。
 エルフィールはちょっと考えて、それからミラルに聞く。
 エルフィールはそう言うと、フィルフィルフィールを見る。
 うなずくフィルフィルフィール。
 エルフィールはなんとなく、いい気分であった。
 一行は進む。
 フィルフィルフィールが来た方向へ。
 フィルフィルフィールとエルフィールは笑いながら進んでいる。
 意外と仲いいなあと、ミラルは思った。
 ごがん。ごご、ごご。
 岩石、護岸。
 砂海から、大小の岩が空へと上がって行く。
 さらに別の巨岩が砂海から出でて、流れて行く。
「これは……」
 ミラルがため息混じりにそれを眺めている。
「砂海はあらゆる性質の岩石が生まれ出でる場所なのです」
 フィルフィルフィールはそう言う。
 精霊使いであるエルフィールには、ある種の精霊が生まれ出でるのが見てとれた。
 四大四柱精霊のひとつ、それは石の性質精霊の断層であった。
「うわっと」
 金魚が眼前の岩を砕いている。
「シーサーペントはここで硬すぎる岩を砕くためにいます」
 フィルフィルフィールが言っているのは、金魚のことのようだとエルフィールはしばらく考えて思った。他の仲間はすぐにわかったけれども。
 ごがんごががん。
 周囲の岩石が固まっていく。
 たちまち、金魚と、そのライダーたる一行の足は岩に覆(おお)われ、一行は岩石にその半身が埋まる。
 砂海はそのすべてを硬い岩へと変わっていく。
 世界を横断するようにある砂海のすべてが固まる。
 その砂海岩の紋様を空から見た形は竜。
 それは形だけでなく、世界の自然たる精霊竜の一角、地竜そのものであった。
 その強大な地竜の精霊の力にエルフィールは身震いする。
 エルフィールとフィルフィルフィールの体が淡く白く光る。それほどの精霊の力。
 風の精霊が空を幾重にも舞う。
 まるで透明のカーテンが幾重にも舞っているようであった。
「風の精霊が見える?」
 ミラルは空を見上げてそう言う。
 ジョルディーたちも空を見上げる。
 ミラルは美しいと思うが、魔法使いたる自分にも精霊が見えるということは、かなりここの精霊の力が強くなっているようであることが見てとれた。
 それは他の仲間にも共通することであった。
 誰にでも見えるほど、精霊の力が爛々と輝いていた。
「これは……精霊竜?」
 エルフィールがいぶかしい声をあげる。精霊使いたるエルフィールには、なにかわきあがるものがあり、それほどのものは、精霊竜であるように思えた。
「そう、この砂海すべてがひとつの精霊竜。そして、その竜はいま、固まり、砕け散る壁となろうとしています。硬質化した自然はうなりを上げていま、その世界さえも砕こうというのです」
 フィルフィルフィールは目を閉じてそう言う。
 ミラルは半信半疑だ。魔法使いは実証を常とする学問の徒。それでも、ミラルがいくら考えても、この事態が変わるようには思えなかった。それならば、フィルフィルフィールに聞いてみたいことがあった。
「それは自然の構成が崩れることを意味しているのではないでしょうか。精霊がその存在とする空間である自然を砕くようなことをするなど、聞いたこともありません」とミラルは言った。
 フィルフィルフィールはうなずく。
「そう、これも螺旋竜の異変によるものでしょう。このままでは、世界の地表はすべて固まり、終いには、この星が砕けてしまうでしょう。さて、エルフィール。精霊法でこの集まる岩盤を砕くことが出来るかしら」
 フィルフィルフィールは笑ってそう問う。それはまるでいたずらっ子のようだが、エルフィールとは違い、なにやら品位さえ感じるから変なものだとミラルは思う。
 ミラルはうなずくと固まりつつある水平線を見る。
 砂海はどこまでも、水平線、いや、地平線の彼方まである。そのすべての自然に思い描き、反映することなど、精霊使いとは言え、自分には無理なことに思えた。
 ミラルが経験や知識に照らして考えた末であるのに対して、エルフィールのそれは、直感によるものであった。
「そうですね。ミラルさん、魔法で出来るかしら」
 フィルフィルフィールの言葉にミラルはうなずくと、詠唱を始める。
 けれども、杖はなにも思いの鏡たり得ない。
 まるで、杖という水面はミラルの詠唱に波紋しないのだ。
「これはいったい……」
「ほいほいほーいミラルねえさん、そんな時はこれでやしょ」
 バルディは木の杖を取り出す。
 それはずいぶんと小さなものであるが、杖には違いない。
 エルフィールがしげしげと眺めている。
「ふーん。いいものだな」
「でがしょでがしょ、そうでがしょ。いまだったらお安く……」
「ていっ」
 エルフィールはバルディの持つ木の杖の精霊を解き放つ。
 木には葉が繁る。
 生命の息吹が放射する。
「ああっ、あねさんなにすんでやすか」
 エルフィールはバルディのふところから、布袋を取り出す。
「それはこのあいだの報酬でやすよ」
「私たちの分もあるだろう」
「エルフィール」
 エルフィールがフィルフィルフィールに向きあう。
「精霊濁流が各地で起きています。あなたも遭遇したと言っていたいくつものこと。精霊の木の異変。三騎のバルキリー。精霊の元流、幾重もの精霊竜を束ねたるは螺旋竜。それは自然そのもの。四季は宴、雨季は大地と空の橋。いついかなる事柄も、それは地平より出でて、地平へと帰ることの意味。崩壊は秩序ではなく、それは自然が歌う夢と邂逅の永遠。世界、冥府魔道、冥界の女神から聞いたことがこの一端であるならば、あなたならばどうしますか」
「え……、でも、私にこの強大な精霊を……」
 とまどうエルフィールに風が吹いた。精霊の風。それは春と名乗った巨大な木の精霊から感じた風。
 なつかしい風にエルフィールは眼を閉じる。
−−私の友人が世話になっているようだね。
 あなたの友?
−−そうだ。彼はずいぶんと意地っ張りでね。古代の賢者との約束をいま、我々は精霊使いたるきみに答えようじゃないか。いまこそ、我々の力を使ってくれたまえ、エルフィールくん。
 エルフィールに春の精霊たる、木竜(ウッドドラゴン)の力が飛来する。
 透明な竜がエルフィールを包み、そして、エルフィールの胸に光る玉が輝き、エルフィールは両手をその光りにそえた。
 精霊木の力をエルフィールは得た。
 眼を開くエルフィール。その顔は、実に清々しいものだった。
「そう私なら、こうするかも知れない」
「エルフィール」
 ミラルがいつになく、不安そうな声を出す。
「心配するな。だいじょうぶだいじょうぶ。心は平安に眠る波紋。強くやさしく、勇気を持って進もう」
 そう言って、それから、「ハイベル!」と言ってからエルフィールは詠唱を始める。
 ハイベルは魔剣を抜くと、地にうがつ。
 岩石は砕け、エルフィールは動けるようになる。
 走り出すエルフィール。
 とは言っても、周囲の砂海は固まり続けている。
 動く大地は、とても歩けるようなものではない。
「ジョルディー!」
 エルフィールはジョルディーに跳び蹴りする。
 ジョルディーは両手でエルフィールの足をとらえ、投げ飛ばす。
 エルフィールは空中に人魚のように舞う。
「精霊招霊(せいれいしょうれい)バルキリー・ヴァルキュリア!」
 エルフィールの周囲には、バルキリーが三騎。
 エルフィールのいる大地は闇の波紋ののち、暗くなり、色彩は色を潜(ひそ)める。光りの空と暗闇の大地に立つ時。
 バルキリーはエルフィールの周囲を流転しながら色彩と舞う。
 エルフィールがゆったりとした淡い光りに包まれる。
 精霊変化。
 一騎のバルキリーがエルフィールの服を光にすると、バルキリーは透明な鎧となりて、もう一騎のバルキリーは眼鏡をかけてあげて、もう一騎のバルキリーは風の精霊が長い旗に飜(ひるがえ)る矛(ほこ)を手渡す時、エルフィールの髪は太陽の光りによって、虹色に輝き、そして準備万端となる。
 三騎のバルキリーがエルフィールを受け止める。
 そこはミラルの前。
 三騎掌打。
 しゃん。
 しゃん。
 しゃん。
 三っつの矛が鳴る。
 三騎のバルキリーたちが矛を打ち鳴らす。
 そのひと打ちに暗い大地に雷鳴が轟く。
 雷鳴天舞。
 百花繚乱。
 舞踏天女。
ミラルに精霊具たるその花風を散らす。
 ふよふよん、と、花の風はさらに強くなり、花嵐がミラルの周囲を巡り踊る。
 花風が過ぎると、暗い世界はその色彩を取り戻していた。
「これは、風?」
 ミラルは風を感じた。
 それは、空エイの上で感じた風だった。
−−こんな若造どもに任せていいのかい。
 地竜はフィルフィルフィールに言う。
「時代は変わります。それは、新しい息吹によるものでしょう。あなたも私もすでに古い息吹に違いありません」
−−そんなものかね。
「そうですよ」
 フィルフィルフィールは一人そう言う。
 そんなフィルフィルフィールを、ジョルディーは眺めていた。
 ミラルは杖を振ると、杖を大地に打つ。
 空エイの森がざわめいた。
 こおおおお。
 杖は千の木々と共鳴すると、光りを放つ。
 ミラルの詠唱が、空エイの森林に木魂する。
 すべての木々の力がミラルの力を波紋して、それからその波紋はミラルの杖に収束して、ミラルは杖から自然の力を得た。空エイの木々の葉が、ミラルの呪文に共鳴する。
「我が千年はこの木々のざわめき。揺らぐ葉は万年の蓄積。かすらうまう、風は地の鍵となりて、地竜となる。出でたる栄華は北東と北西のあいだ。時間は自然の中に眠り、そして起きている時。その力は無限の広がりを感じて、それはこの杖たる一本の木にも似て。大地の竜だけではない、空には空の、木には木の、水には水の竜がいる。世界に名だたるその竜々(りゅりゅ)、世界竜たる螺旋竜にも、自然竜たるそのすべてに、この杖を魔導という扉の鍵として、いま、呪文をうがたん」
 地殻が動明する。
 感じる。
 ミラルの杖の先には、星そのものがあった。
「これが地の理(ことわり)」
 フィルフィルフィールの言葉に、ミラルはうなずく。
 ミラルは詠唱を解放する。
「ゼ、ラグラ、ゼトゥース」
 烈火烈帝。
 流浪流転。
 封叡風土。
 ぎいんぎいんぎぎいん。
 遠く、どこかの空で、空エイが声響かせる。、
 ミラルの杖たる空エイは、そのすべての木々を響かせ、その力はミラルの手に集約する。
 ミラルの手が光った。
 光りが、希望の剣が、あった。
 ミラルの手に。
 横にはエルフィールとジョルディーがいる。
 三人は希望の剣を持っていた。
 希望の剣は三本となり、三人はそれぞれの希望の剣を砂海たる地竜にうがつ。
 闇の地平が波紋して、暗闇の大地は光り得て、砂海となる。
「砂海は地殻の循環となり、それ自体が地竜」
 フィルフィルフィールはそう言うと両手を円描いて交差する。
 らいでんが横でなるほどと言った。
 ダミエールが曲を奏でていた。
 固まった砂海の大地から岩山が出て来る。  それは巨大な山であった。
 山は空へと上がって行く。
 その円形の姿は。
「金魚?」エルフィールは素っ頓狂な声で言った。
 それは岩の巨大な金魚。
 星の卵から出でたる魚。
 星卵星魚。
 月下月魚。
 月々星々。
 それは空へと上がり、月がひとつ空に増えた。
「綺麗だな」
 エルフィールが新しい月を見上げてそう言う。
 一行はしばらく空の金魚月を見上げる。
 どこまでも澄んだ空に淡い月。
 そして、砂海には固まった道がひとつある。
「ここを歩いて行きましょう」
 フィルフィルフィールの提言に、一行は歩き始める。
「精霊竜のひとつ、地竜。それは螺旋竜のひとつ。それを解放したのです」
 フィルフィルフィールはそう言う。
「春という名の木竜(ウッドドラゴン)と地竜(ガイアドラゴン)の解放。あとは空竜(エアードラゴン)と雷竜(サンダードラゴン)と炎竜(フレイムドラゴン)か」とらいでんがついで言った。
「知っているのですか」とミラル。
「いや、勘だよ」とらいでん。
「伝承の詩はそれを歌っている」
 ダミエールはそう言ってから、ちょっと明るく、それから暗い調べを弾いた。
「そうだな。多分な」とジョルディー。
「それを神々は知っています」とハイベル。
「商いの臭いがするよ」うししと、狡猾そうな顔でバルディは笑う。けれども、慣れたいまは愛嬌さえ感じるから不思議なものだと、ミラルは思った。
 エルフィールはその会話の意味はわからなかったが、この道を行けば、その答えがあることだけは、なんとなくわかった。
 一行は歩き始めた。
−−星の地平線をひさしぶりに見たよ。ありがとう。
「それはこの子たちに言う言葉でしょう」
 フィルフィルフィールは笑ってそう言う。
 エルフィールはちょっと不思議そうに、フィルフィルフィールを見ていた。
 風がなびいた。
 精霊の風が。
 それは竜の子守歌。
 それはこれから始まる旅の行方。
 方位脈々。
 流移方角。
 道程方々。
 道の遠くに木々が見えた。
 一行はそこへと歩く。
「フィルフィルフィール」
 ミラルがフィルフィルフィールの横にいた。
「あなたは賢者ですか」
「そうです」
 フィルフィルフィールは静かに答えた。
 道はまた砂海に戻りつつあった。
 一行は早足で歩く。
 エルフィールがつまずいた。
 フィルフィルフィールが抱きとめる。
「いい仲間に出会いましたね」
 エルフィールの目に光るものを、ミラルは見ていた。
 風が吹いていた。


              続


























第二十二話  月夜に舞うは風の精霊たり得ても、エルフィールは影と舞う夜(よ)。






 夜が来る。
 それはひどく暗く、そして、見た者を光りの世界へと連れ去るという。
 一行は森の中を歩く。
 太陽は空の真上にあり、爛々と輝いている。
 木々の葉は無く、大地には、一面の紅葉した葉の絨毯(じゅうたん)が続く。
 風が寒いと、ミラルは感じていた。
 枯れたような色合いの大小の木々の迷路を歩く一行。
 木々の連なりは、遠近法をまどわし、進んでいるのか、戻っているのか、錯覚すら覚える道だ。
 木々の枝々が、複雑な幾何紋様を描き、それは芸術と言っていいものであるが、一行は歩き疲れ、それを眺めているでもなく、黙々と歩いていた。
 一行はそれぞれ袋から布を取り出す。これは麻で編まれたもので、均等に編まれていて通気性にすぐれ、砂漠では日差しを抑え、寒い夜には暖を取るすぐれものでマントの上にさらに肩かけた。
「ラギアースもいいもんくれんじゃないか」
 エルフィールは寒い息を吐きながら、そう言う。
 足を止めず歩きながらの会話だった。
「あの街では、立地的に貴重な物のようだ」
 らいでんはそう言うが、このくらいのものがと、エルフィールは良く分からなかった。
 ミラルがエルフィールの肩を杖でこづく。
「感謝、感謝。感謝の気持ちが大切なのだよきみ。平和な時間は毎日の挨拶から。わかっとるかねえきみい」
 がつん、と、どたまぶつけて、エルフィールがミラルに「おはよお」と言った。
「よ、良く出来ました。息臭いから、のけてくれる。昆虫なんか食ってるからよ」
「うっせえよばあか」
 エルフィールはどかどか歩いて行く。
「酒くれよ」
 ジョルディーの懐から酒瓶をかすめるエルフィール。
 ジョルディーがあっと言う間も無く、飲み干す。
 空っぽの酒瓶を逆さにして、ジョルディーが涙目で、一滴舐めた。
「くあーっいい気分だぜ」
 真っ赤になったエルフィールを見て、ミラルが変な顔をしている。酒に強いエルフィールが、一本の酒瓶で酔っぱらうとは。
「ラギアースがくれた酒だな」
 らいでんは自分の酒を舐めて、うなずく。
「87度はあるな」
「なるほどお」
 ミラルはうなずく。
 それは疲れがあったからかも知れない。エルフィールはほろ酔いで言う。
「なんらけろ。そこらへんがいくつにも見えるらろ」
 ふらふら歩くエルフィール。
 木々の根に足を取られ、すっころぶ。
 そこを、ハイベルが抱える。
「神々のご加護を」
 ハイベルはそう言うと、エルフィールを担いで歩く。
 どれくらい歩いただろうか。ひょっとエルフィールはハイベルの肩から降りると、ひょひょっと、木々をケリ、枝に座る。それはかなり高いところにあった。
「お猿さんですかあんたは……」
 呆れ顔で、ミラルはつぶやいた。
「そうかもね知れませんね」
 おほほと、フィルフィルフィールが笑った。
 エルフィールは木の実を投げて来る。
 それは堅い実ではなかったが、拳くらいのそれは放物線を描いて来る。
 ばちこん、と木の実に当たったミラルが、「あうちっ。……あなたの娘さんは、とてもいい大人になりました。手に負えないくらいにね」と泣く泣く言った。
 フィルフィルフィールがミラルの顔に触れると、痛みはやわらいだ。
 それは魔法のようでもあったが、単に手がひんやりしているようでもあった。
「エルフィールならではだな」
 ジョルディーがそう言う。
 なんだか笑っているジョルディー。
 ミラルはちょっとそれは不快そうであったが、仲間は違うらしい。
「大技だな」とハイベルはエルフィールを称え「くだらんな」とダミエールは静かに言った。
「曲芸を始めたら、たんまり稼げるでやすなあ。いやこれはほんとにねえもうええそうですとも」
 けけけ、と、バルディはいつもの狡猾そうな笑顔で笑った。
 はっと、バルディは殺気を感じる。
 暗い空を見上げるバルディ。
 バルディはエルフィールに抱き上げられた。
 じたばたするバルディ。
「うききっ。かわいいじゃないか」
 頬ずり。頬ずり。
「姉さん姉さん。だんな、だんな」
 ジョルディーはさっさと歩いて行く。
「後生ですだー」
 バルディの声が響いた。


 大きな岩が幾つか入り組み円を描いている。
 木々はカーテンのように周囲を覆っているが、空には月があることがうっすらとした光りで見てとれた。
 今夜はここで休もうということになり、一行は腰かける。
 岩と草地にそれぞれ腰掛け寄り添うように座った。
 エルフィールの両脇はジョルディーとダミエールが占める。
 一行はそれぞれ食事を取る。
 旅の途中のため、ちょっとしたものだが座るだけでもずいぶん休息になった。
 ミラルはフィルフィルフィールの横に座り、話している。
 穏和そうな雰囲気がフィルフィルフィールにはあり、それだけで癒されるようだとミラルは思った。
 ミラルは話しを聞いてほしいと言って、フィルフィルフィールがそれにうなずいた。
「なぜ戦うのでしょう」
「それは敵がいるからではないでしょうか」
 フィルフィルフィールは簡潔に答えた。
 ミラルはうなずく。
「では、敵とはなんでしょう」
「利害の対立、剣の響き合う音、自由への渇望。けれども、意外と気が立っている時に目の前にいるだけなのかも知れません」
 ミラルがうなずく。
 エルフィールがケッと酒をこぼしながらフィルフィルフィールとミラルに悪態をつく。
「斬る時に斬る。それだけだ。なにを思うことがあるものか」
 そう言って、エルフィールはまた飲んでいる。
 フィルフィルフィールは左右に首を振って、ほっときなさいという合図。
 ミラルはうなずく。
「では、魔法とはなんでしょう」
 さらにミラルがフィルフィルフィールに聞く。
 ミラルがこうも人に質問することは珍しいことであった。
 幾ら魔法使いが真実の探求をその生業(なりわい)とすると言っても、それはやはり技術的に追い求める部分が多くまたミラルはそういった問いかけよりも、旅を選んだ者である。魔法技術よりも世界を見ることがミラルの懇願(こんがん)したことであった。
 フィルフィルフィールはうなずくと、ゆっくりとこう言った。
「魔法が精霊の歌であるならば、それはずいぶんいいものに違いありません。けれども実際にはかなり人によって造られたものであると思います。なにが真実かを求めることは精霊には無い言葉なのです」
 ミラルはうなずいている。そこへ、またエルフィールは茶々を入れる。
「なんだかなあ。精霊が力を使えって言ってるから使うそんだけのことだよ。もうそんだけ」
 そう言ってから、かっかっかっと、エルフィールは笑った。
 ミラルはエルフィールを気にせずにさらに聞く。
「では、魔法と精霊とは、どのような関係なのでしょうか」
「いけません」
 フィルフィルフィールはかぶりを振る。
「それは誰もたどり着くのことのない、世界を構成する一柱のことわりのひとつであり、それを解くことはこの空を持ち上げるに等しいことなのです。無理をしてはいけません。無茶をするならお茶を飲みなさい。けれどもそれは世界の葉をしげらすこととは違うのですから」
 ミラルとフィルフィルフィールは話している。それをつまらなさそうに突っ込むエルフィール。
 ジョルディーたちもなんだか地形についてらいでんと語らっている。
 わきあいあい。
 一行は団欒の時を迎えていた。
 風が舞った。
 それは心地いいものだとミラルは思った。
 涼しい風。
 その風が一瞬強まった。目を閉じた一瞬のこと。
 と、突風のようにあらわれた竜にミラルがつかまれ、それはすぐに点となって見えなくなる。
「あれ、なんだ」
 と思う間も無くエルフィールたちも竜もつかまれて飛んでいた。
 長い腕にマントのような翼をひるがえして竜は空を滑空する。
 風が気持ちいい。
 ジョルディーは涙目で高速なる空と大地と遙か先の地平線を見る。
 それは月明かりに照らされてとてもいい景色である。
「これはワイバーンとか飛竜とか呼ばれる類の、比較的移動に使われたりする低流なドラゴンだな。あまり高等なクラスじゃない竜だ」ジョルディーは余裕でそう言う。
「そんなこと言ってる場合か」
 エルフィールはそう言うと精霊をその影たる言葉を詠唱する。
 破壊の言葉は、けれどもなにかの風にかき消される。
 その風の主がエルフィールの前に現れてこう言うのだ。
「おっと、待ってくれ。そいつらは助けてくれたんだよ。とても気のいい連中なんだよ」
 その声の主はドラゴンである。
 一際でかいというか腹が太ったドラゴンである。
 一行を運ぶ飛竜たちはゆっくりと羽ばたき一行は一息つくことが出来た。
「おい、なんだこれは」
 エルフィールが飛竜につかまれながら愚痴る。
 ミラルが驚いたようにこう言った。
「ちょっとこれはワイバーンレッドドラグーン。陣赤竜(じんあらわん)とも言われる、高等竜。偉大な存在の一端。世界を運ぶと言われるその翼は自由の象徴です」
「こんなデブ竜がか?」
 エルフィールは懐疑的だ。
 デブ竜もといワイバーンレッドドラゴンはゆっくりと話す。それはまるで空間がふるえているようであった。
「竜に高等も下等も無い。それは人の言うこと。竜の名は世界の四大精霊、五大魔法の陣形たる流れ。この子たちはおまえさんたちを助けてくれたんだよ。そうそういい連中なのさ」
 ワイバーンレッドドラゴンはそう言ってから、うなるようにぐるぐるとうなった。
「けっ、ドラゴンが何様だ。なんだったら、この精霊が黙ってないんじゃないか。あら?」
 エルフィールの周囲にはバルキリーはいない。
 まるでそこに危険は無いかのように。
「このばかエルフ、いえ、エルフィールというこわっぱは気にしないで下さい。それでこれはどういうことなのですか」
 ミラルは丁寧に聞いた。
 ワイバーンレッドドラゴンはうなずく。
「あれだよ」
 一行を持つ飛竜たちは速度を落とす。
 風斬り音はひそやみ、速過ぎた一行に追いついたように音が聞こえた。轟音。轟音が響く。
 それは大地が軋み、歪む音であった。
 それは何度も何度も、世界が砕けんばかりに鳴り響き、一行は耳を塞いだ。
 その轟音は空気の振動というよりも荒風のように吹きすさんだ。
 エルフィールたちは後ろを見る。
 岩山がすごい速さで近づいて来る。
 追っかけて来る岩山といったら空まであるのだ。エルフィールはあまりのことにびっくりしてしまった。
「なんだありゃ」
 エルフィールの声は轟音にかき消される。
 飛竜は羽ばたくと、一気に迫る岩山から距離を取る。飛竜のほうが速く移動出来るようであることに安堵するエルフィール。
 轟音の風から抜け出る一行。
 風は冷たいがそれは逆にいまの一行には心地いい風であった。
「なんだあれは」
 エルフィールがワイバーンレッドドラゴンに聞く。
「あれはオライオン。世界を支えていた一柱たるは羅漢(らかん)たる巨人族の末裔(まつえい)。古き民の面影残す唯一の光り」
「巨人?」
 エルフィールたちは空を見上げる。
 空には雲に隠れて顔は見えないが腕が左右に振られている。
 下を見れば確かに足があり歩いている。
「なるほど、そうなのか」
 エルフィールは納得する。
「いやに素直ね」
「私も長い旅でいろんなことを見て聞いてそして考えて来た。それで解ったんだ。そう、長い者には巻かれろ、と、な」
「それ違うから間違ってるから冗談じゃないから」
 エルフィールとミラルのコントにワイバーンレッドドラゴンが横やりを入れる。
「私たちはオライオンの前を行き、幾年幾月行くべきその道を探して来たのです」
 なるほどとミラル。
 ハイベルがワイバーンレッドドラゴンに聞く。
「それにしても、お顔がすぐれないようだ」
「ドラゴンに表情なんてあるのか?」と言うエルフィールの言葉は誰も気にも止めなかった。
「それはオライオンのことを考えると現れる暗雲たること。オライオンはいくつかの自然の支柱。けれども神々は勝手惨憺たるオライオンを雲にでもしょうと言うのです。これには我らは閉口してしまいました。自然は自然あるべき時に風は歌うというのに」
「神々はいつも賢明です」
 ハイベルはそう言うに止まった。
「なんとか出来ないのか魔法使い様よ」
 エルフィールは投げやりにミラルに聞く。それは頼りにしているのだがエルフィールが素直でないのは誰の目にもあきらかだった。それに気づかないミラルを除けば。
「魔法は万能で無くまた安易に使うものでもありません。それは精霊とて同じことでしょう? 賢明なる精霊使いのエルフには分かるでしょうけれどもね」
 ははははんとエルフィールは鼻で笑う。
「ははははん。そうそう精霊は自然そのもの。いつどこにいても私たち精霊使いは自然を感じることが出来るものだ。魔法はそうではないようで大変だな」
 ミラルは負けじと答える。
「魔法は世界の理(ことわり)そのものです。それを使うということは世界を変えること。それがどれだけ重い意味を持つのか、あなたか理解することは無いでしょう」
「はん。わからないね。そんな頭の堅い連中といたら、へそで湯が沸くよ。ぴーとね」
 ぎがーんどがーんぎがぴしゃーん。
「な、ん、で、すってえ!」
「な、ん、だ、よ!」
 イナズマが二人のあいだを行き来する。
 ジョルディーがやれやれとため息をつくとダミエールが曲を奏でた。その音楽に踊るカーバンクルはエルフィールとミラルの目の前をくるくると回転する。
 エルフィールとミラルの目が丸い流線を描くとぐったりする二人。
 二人とも目を回してしまったようだ。くてーんとなって目が回っている二人。カーバンクルは楽しそうに、くーと鳴いた。
「私はジョルディーと言います。ワイバーンレッドドラゴン。助けていただいたお礼をしたい」
 ジョルディーはそう提言する。
「神々はあるがまま自然のまにまに生きることを望んでいます」
 ハイベルのその言葉はジョルディーの意見に同意のようであると、ジョルディーたちは受け止めた。
「いい曲が出来そうだ」とダミエール。
「伝説の巨人を調べてみたかった」とらいでん。
 どうやら一行の意見は決まったようだ、まだ争っている二名を除いて。
「なぜ神々はオライオンを雲にすると言うのですか」
 ハイベルがドラゴンに聞く。
「それはオライオンが……いけない、風の重力が来ます」
「それはなんですか……」
 問うミラルの言葉は強風に途切れる。
 一行は前からの強風によって後ろ手のオライオンの方に飛ばされる。
 飛竜たちはくるりと方向転換してこの風を受け止めオライオンという巨体への方向を舵取る。
 迫るオライオンの岩の巨体へと着陸態勢に入る竜たち。
 粉塵が舞う。一行と竜たちはオライオンに叩きつけられた。なんとか不時着にはなったが、それでも相当な衝撃であった。
 エルフィールは頭を振りながら起きあがる。
 そこはその大地はやわらかい砂であり衝撃を吸収したようであった。
 エルフィールはぎょっとする。
 遙か地平の先に大地が見えている。
 エルフィールたちはオライオンという岩の巨人の上にいた。
 そこはどこか別の惑星の上にいるようでいて、遠くから歩く時の振動がわずかに伝わって来た。
 エルフィールが横を見ると遙か地平線の先に本来の大地がある。だがその方向に引っ張られることがない。なんとも変な感じであるとエルフィールは思った。
「オライオンにはその巨体を動かす力の精霊がいるのですが、それが強力な風の重力となって近づく者を捕らえてしまうのです」
 ワイバーンレッドドラゴンが座り直してそう言う。
「どうやってここから脱出するんだ」
 楽器を確かめたダミエールがドラゴンに聞く。
「いま羽を休めています。私たちには数日がその回復を意味するのです」
 竜たちは羽を広げて首を長くして寝そべっている。
 エルフィールが歩き出す。
「どこへ行くんだ」とジョルディー。
「散歩」
「それじゃ同行しょう」
 エルフィールとジョルディーが歩き出す。
「お呼びしますのでその時は帰って来てください」
 ワイバーンレッドドラゴンがそう言って見送る。
 一行はうなずいてそれから歩き出す。
 空へ向かってエルフィールとジョルディーは歩いていた。
 どれくらい歩いていただろう。
 空からなにか黒いような白いような灰色のような靄(もや)のようなものが来る。
 一瞬で視界が白くなる。
 瞬きするエルフィール。すると視界は元に戻っており服はびっしょり水に濡れていた。
「どうやら雲のようだな」
 ジョルディーも濡れ鼠(ねずみ)だ。
 後ろを見れば白い雲が離れて行くのが見て取れた。
「歩いていれば乾くだろ」エルフィールは意に介した様子は無い。
「風邪ひくぞエルフィール」
 構わず歩いて行くエルフィール。
 ジョルディーはマントを脱いで、やれやれと言いながらエルフィールの後を着いて行く。
 道は起伏に富んでおり小さな山々がある。オライオンにとってそれは体の窪みなのかも知れないが、エルフィールとジョルディーにとってはそれは歩くのに一苦労なのであった。
 いつになく精力的に歩くエルフィール。
 ジョルディーの方が息切れするほどであった。
「いやあやっぱり山登りはいいもんだなあ」とエルフィール。
「それはちょっと違うだろう」とジョルディーは苦笑した。
 エルフィールが立ち止まる。
 ジョルディーが剣の柄に手をかける。
 矢が風に舞う。
 一、二、三、四、五、六本。
 バルキリーが五本までは叩き落とす。
 六本目は?
 エルフィールはマントを舞わせ矢をはたく。
 バルキリーとエルフィールの動きは舞いのようで矢を放った方が感嘆するほどだった。
 それから矢は来ない。
 ジョルディーは抜刀しない。
 殺気が無いと剣は言っていたし、なによりもその場の空気が変わったことをジョルディーは知っていた。
「なにをする。戦いたいのか」
 エルフィールが野太い声で言った。
 山陰から人影が現れる。
 ゴブリンがわらわらと大勢出て来る。
 その数は百人はいるだろうか。
 腰くらいまでの身長のゴブリンたちは、判に押したようにひん曲がった長い鼻に細く半月の目に細い腕と足。黒いレザーの兜に黒いレザーの鎧。両腕の籠手(こて)には猫がそれぞれいる。あくびしているとこを見ると生きた猫のようだ。小柄だがこれでゴブリンは大人であり、その動きの速さは並ではない。
「ゴブリンか。相手にとって不足無し。我が剣に斬れぬ者無し」
 エルフィールはそう言うと、凍てつくような目で抜刀してから走り出す。
「おとっつあん。おっかさん!」
 素っ頓狂な声にエルフィールは足をすべらして、山を転がる。
 ジョルディーがエルフィールを抱き留めた。
「なんだあ?」エルフィールは頭を振り振り前を見る。
 バルディが山を駆けて行く。
 抱き合うゴブリンとゴブリン。
 見分けつかないから。
 感動的な場面であるようだが、エルフィールにはどうでも良かった。
「バルディどけ、こっちは戦ってるんだってのに」
 エルフィールは殺気だって言った。
 と、エルフィールはぎょっする。
 バルディがにやーと笑っている。いや、バルディだけではない、そこにいる百匹のゴブリンすべてが笑っていた。
 ざっざっざむ。
 足並みそろえて、ゴブリンたちはおじぎした。
「なんだなんだ」
 エルフィールはきょろきょろする。
 ゴブリンたちは弓をしまうと旗を出した。
 その旗は長い棒にはためいていて長方形の四角い旗がひらめいている。
 その旗には、いらっしゃいませの文字。
 呆気にとられるエルフィール。
「いらっしゃいませ!」
 轟音。
 百匹のゴブリンの号令のごときあいさつが響き渡った。
 百匹のゴブリンの笑顔には判を押したような狡猾さがあるが、すでにここまでくるとお笑いのぬいぐるみショーのようですらあった。
 さらに二百匹の猫たちの鳴き声が大合唱のように響く。
 バルディがひょこひょこっと両手を振りばたばた歩く。
「あねさん、無礼を許してくだせえよ。村の連中と来たら人のことを魔王の敵くらいしか思っていねえんでやすから困っちまうわー。でもね、あっしは前から言っていたんでしょーよ。人との商売は金になると。そしたらねえ村の連中もそこそこ解ってくれたんでがしょ。いまじゃ商売の村としてその道では重宝されるんでやすよ。ええ、ここには村があってゴブリンの里のひとつがあるんでやすよ。そして、あっしの生まれ故郷でもあるんでやすね。いやねえ親には苦労させましたぜえぜ。それはいけねえことだあな。だからいまは商売の話を持ってはたまに帰省するんでがしょうよ。思えばあっしも長い道のりを歩いて来たもんでがばす」
「そこまで聞いてないから」
 バルディの息つぎを待ってエルフィールはため息まじりにそう言った。
「それでやすね、その手にかざしたのっぴきならない気持ちとその剣をあっしの顔を立てると思って、ひいてはくださらねえかねえ。一生の一大事。たのんますですよ、あねさん」
「わかったよ」
 あっさりとエルフィールは剣を鞘に戻す。
「やる気が失せたよ、まったく」
 しばらく愚痴愚痴言っていたが、バルディが発したここの酒はうまいんでやすよの言葉に、エルフィールは一気にハツラツとなる。
 エルフィールらしい。
 ジョルディーは苦笑してからそれから良かったと言った。
 いまや先頭を歩いて行くエルフィール。
 岩山を登ると山の向こうその麓(ふもと)にはゴブリンの集落がある。
 木の家々がそこかしこに乱雑に並び、そこでゴブリンの女子供がいるのが見えた。
 木の高い塀にあるでかい木の門を通りゴブリンの村に入るエルフィールたち。
 そこかしこで牛などの家畜やさらに村の奥には畑がある。
 見たことのない家畜や畑の植物にミラルはバルディを質問攻めにしている。
 バルディはそれにひとつひとつ丁寧に答えている。
 土の道はせせこましい感じだが荷車が通るように色々配慮されているようである。たとえば車輪用の狭い石道が四本、村の大きな道を横断している。
 村の奥には飛竜が羽ばたき、その背にはゴブリンと荷物の山。
 家は丸太を縦積みしたもので屋根も丸太を斜めに積んだものだ。
 エルフィールたちは看板が示す宿屋の中に入る。
 作りは小柄だが中は酒場となっており二階が宿のようである。
 カウンターからバルディが酒を持って来る。
 丸い木のテーブルを囲んでバルディとエルフィールとジョルディーが座る。
 エルフィールは酒を一気飲みする。
「かあーっ、これはいけるな」
「村自慢の果実酒ですよあねさん。グムグムの木はゴムの材料にもなってとてもいい木なんですよ」
「そうかそうか、おかわり」
「あねさん高いんでやすよ」
 バルディは渋っている。
「どうぞ」
 バルディではない一匹のゴブリンが酒瓶を傾ける。
「これはすまない」
 エルフィールはグラスに酒をもらう。
「荒い歓迎になってすまないな。私はこの村の長をしている者だ。ちなみに大富豪だ」
「聞いてないって」
 酒に酔って、へべれけになっているエルフィール。すでにかなり飲んでいる。常人なら倒れている量だがエルフたるエルフィールは、けれどもエルフだからではなくただの馬鹿な奴ならではの後先考えない飲みっぷりであった。
「こんなとこに村作るなんてえひっく、なんでやねん」と酔いまみれのエルフィール。
「商売のためにこうしてるのかな」
 ジョルディーが村長に聞いた。
「いや村は地上にあったがオライオンが一万年前に目覚めて、そうしてからこうなっているんだよ」
 くるっとゴブリンの村のゴブリンの村長はジョルディーを見る。
「なにか?」
「もっと飲みな」
 酒の木のグラスを差し出す。
「いや、もうずいぶん飲んだ」
 確かに強い酒をジョルディーは五杯も六杯も飲んでいた。けれどもゴブリンの村長はかぶりを振る。
「男だろ。金玉付いてんだったら、このくらい飲むんだよ。それがレディーに対する礼儀ってもんだ」
「うむ、同意見だな」エルフィールが無責任にうなずく。
 それからエルフィールは「このゴブリン女なのか?」とバルディに聞いた。
「もちろん、村でも一番の美人でやすよ。若いんでやすよ。ちなみに名前はシルフィア」
 バルディはそう言ってから、けらけらと笑う。
 どう見てもエルフィールにはシルフィアは美人にも若くも見えなかった。いやゴブリンはどれもゴブリンに見えた。
「旦那あ、苦い顔してこの手の人、アラルディンク様みたいなのは苦手でしょう」
 ジョルディーはバルディにうなずく。
 それからジョルディーは酒を一口飲み、真っ赤な顔から丸い煙がぽんと出た。
 ふらふらしてからテーブルにつっぷしてしまった。
「最近の若いやつあ元気がないねえ」
 バルディとシルフィアはけらけらと笑った。
 エルフィールもまったくだと笑った。
「オライオンはどこへ歩いているんだ」
 エルフィールがさらに飲みながらシルフィアに聞く。
「わからないね。オライオンは神々の盾。けれども長い眠りから覚めた時オライオンは歩き出した。神々は止めようとしたが世界の盾たるオライオンに効く剣を神々は持ってはいなかったんだよ。それは竜とてそうだけれどね。けれどもね竜のやつあオライオンが好きだったから、その周囲を飛びその歩行の手助けをしてるのさ。この村へもね助けてくれたりするのさ」
「ぷはあっおかわり」
 まったく聞いてないエルフィールは次の酒を注文する。
 一曲歌うよ。そう言ってからシルフィアは歌う。それはこんな歌だった。
「地獄の沙汰も金次第〜、い〜くら持っててもいいんもんだ、忘れた頃に利子とかち、毒を食らわば皿までよお。旦那は今日もドラゴン探し〜、歩くお宝だよねえ。くだらないことにしょばいの臭い〜、いまかいまかと一攫千金」
「いやあ、いつ聞いても美声だねえ」バルディが手を叩く。
 それは人にはだみ声にしか聞こえないものだが、バルディはそう言うのだ。
「素晴らしい。最高だ」
 エルフィールも手放しで喜ぶ。実際のところ酔っぱらっていて聞いてなどいないが、とにかくその場のノリである。酔っぱらいだからね。
 浴びるように飲む二人。それに続いてそこそこのペースのバルディ。実はバルディは炭酸水で薄めているのだが、エルフィールにはどうでもいいことだ。
「夜になるな」
 シルフィアは扉の先を見てそう言う。
「それがどうしたあはひうあ」
 へべれけで口が回っていないエルフィールがそう聞く。
「夜が来るね」
「なんだいシルフィアふ、そんひゃ、神妙にゃ顔してええんえんえん」
「あんたたちが似ていたのさ」
「ふえ?」
「あいつにさ」
 エルフィールはジョッキを持ったまま外に出る。
 村の木の丸太門が閉まって行く。
 エルフィールは酔い足でその門の外にからくも出る。
 夜が来る。
 周囲はもう真っ暗になっており肌寒い風が舞っている。精霊使いたるエルフィールにはその風が見える。見えるというよりは感じると言ったほうがいい。それは精霊使いまたエルフたる者にはそういう自然の本質を捉えることの出来る種族的特権があるのである。
「なあんらあ、おまへえ」
 エルフィールはへべれけで喋る。
 夜が来る。
 闇の王たる夜が。
 それはもういた。
 闇の化身たるその黒いマントを纏った人やエルフのような長身の者。その姿はフードやマントに隠れてしまって、一連の服装は黒いという以外なにか特徴があるものではない。
 夜が歩いて来る。
 矢々飛来。
 ゴブリンたちが放った矢が幾重にも放物線を描き闇の者に突き刺さる。
 いや、それは闇の者をすり抜けてそれは影の世界へと消えて行く。
「ううむ、誰も闇を捉えることは出来ないか」
 丸太の城壁の上からシルフィアがそう言ってうなった。
 夜が来る。
 その闇はあらゆる闇よりも濃い。そしてどんな影よりも深い闇の水たまり。
 あの闇に底は無いのか。
 エルフィールは門を出ると闇と対峙する。
「この戦いはおれたちの戦いではない」
 ジョルディーの静止の手をエルフィールは振り払う。
「私は強いヤツと戦いたい。それこそが我が本質。我が願い。我が月と太陽の風の調べ。イスに座って眠るくらいなら死んだほうがましだ」
 エルフィールは抜刀するとその精霊剣に息を吹きかける。
「あらゆる風よ、その揺るぎない風よ。空は暗くいまは星々も見えない時、その空さえも越える風であの闇を祓いたまえ」
 精霊剣は透明なクリスタルのように透き通り精霊が爛々と輝き出す。その青く緑色の刀身は深淵なる闇を捕らえるだろうと思われた。
 エルフィールは構えて、それから息をととのえると走り出す。
 大地を蹴るエルフィールは風の重力さえも振り切り、一瞬で闇まで距離を縮める。
 闇が空に舞う。それは黒い蝙蝠(こうもり)かなにかに思えた。
 エルフィールも大地を蹴り空へと舞う。
 精霊剣が闇を捕らえた。
 手応えはある。
 けれどもやはり闇には傷なく精霊剣は闇を捕らえはしたが、それは掴んだに過ぎない。
 闇が手刀で左右からエルフィールを斬る。
 バルキリーの矛がそれを止める。
 闇の回し蹴りがバルキリーの矛をそれぞれ砕く。
「なに」
 その蹴りはひとつのバルキリーを砕き、エルフィールの精霊剣を折る。
キャキイインインイン。
 高音。砕けた剣の破片が舞う中エルフィールと闇の者は両足で着地すると、いきおい後ろへと滑りながら、しかし、こらえて止まったところをしゃがんだ姿勢からなんとか立ち上がる。
「やるじゃないか」
 エルフィールは自分が酔っているからここまで押されたのかと思ったが、それにしてはバルキリーまで砕くとは信じられない力だった。いやそれは自分もしたことではあったがそれは精霊の力を借りてのことであって力技ではなかった。
 エルフィールは舞う。
「精霊招霊(せいれいしょうれい)バルキリー・ヴァルキュリア!」
 エルフィールの周囲にはバルキリーが二騎。
 エルフィールのいる大地は闇の波紋ののち暗くなり、色彩は色を潜(ひそ)める。光りの空と暗闇の大地に立つ時。
 バルキリーはエルフィールの周囲を流転しながら色彩と舞う。
 エルフィールがゆったりとした淡い光りに包まれる。
 精霊変化。
 百花精霊。
 精霊纏衣。
 一騎のバルキリーは眼鏡をかけてあげて、もう一騎のバルキリーは風の精霊が長い旗に飜(ひるがえ)る矛(ほこ)を手渡す時、エルフィールの髪は太陽の光りによって虹色に輝き、そして準備万端となる。
 二騎のバルキリーがエルフィールを受け止める。
 そこはミラルの前。
 精霊舞、二騎掌打。
 しゃん。
 しゃん。
 二つの矛が鳴る。
 二騎のバルキリーたちが矛を打ち鳴らす時。
 そのひと打ちに暗い大地に雷鳴が轟く。
 雷凰天狗。
 千変繚乱。
 豪華天騎。
 ミラルに精霊具たるその花風を散らす。
 ふよふよんと花の風はさらに強くなり花嵐がミラルの周囲を巡り踊る。
 花風が過ぎると暗い世界はその色彩を取り戻していた。
 エルフィールは大地を蹴ると一気に闇へと距離を縮める。
 エルフィールの目の前に黒い姿のバルキリーが一騎。それは先ほど闇に砕かれた者。黒のバルキリーがエルフィールの折れた剣をその推進力を止める。
 エルフィールに繰り出される闇の手刀をバルキリー二騎が矛で止める。
 ギギギイン。
 轟音が響くと闇とエルフィールの両者は距離を取るようにそれぞれ着地する。
 荒い息を付くエルフィール。
 けれども闇は微動だにしない。
 闇は揺らいでいる。まるで笑っているかのように。
 かつてない程のプレッシャーにエルフィールは熱い体を震わせ、まるで寒いように両手で肩をつかんだ。
 エルフィールは不安を拭うように汗を拭い、それから走り出す。
 風が疾風のごとくエルフィールを彩る。そう見えただけかも知れない。
「いやあああああ!」
 エルフィールの剣は空を斬る。
 闇は避ける動作からそのまま攻撃へと移行する。それはまるで踊るように。
 ぎいん。
 闇の手刀をバルキリーが止め、さらなる追撃たる闇の蹴りが届く前にジョルディーがエルフィールを抱きかかえて横っ飛びする。
 ひゅひゅんと幾重もの弓矢が闇へと降り注ぐ。
 羽鳥に肩をつかまれ空を飛ぶゴブリンの弓隊が、闇へと矢を射る。
 無数の矢は、けれども、やはり空を斬る。
 闇はその動きを揺らめき、時に疾風のごとき早さで変幻自在といった感である。
 羽鳥につかまれて飛ぶゴブリンたちは果敢に湾曲剣で闇へと挑むが、闇は波紋するだけでその実体を剣がとらえることは無い。
 けれども、闇は動きにくそうではある。いや、その場に立ち止まっていると言っていい。
「いつものことさ」
 シルフィアがエルフィールの横にいた。
「こうやって時間稼ぎをする。そして、朝になると此奴(きゃつ)めが引き上げる。なにが目的なのかなにがその姿の意味なのか、問うことは無い。なんとも空気をつかむような話さ。まったくやれやれだよ」
 シルフィアはそう言って笑っていた。
 それは苦笑いである。
 エルフィールも笑っていた。
 こちらは高笑い楽しい時のエルフィールの笑いだった。
「強い奴と戦える。なんという喜びだろう」
 その眼は爛々と輝く。
 ジョルディーはやれやれとため息を付く。
 それでいてジョルディーはエルフィールが大丈夫そうなので、ちょっと安堵した。
「まだ行くのか」
 ジョルディーの問いは、まだ戦うのかを問うていた。
「言うまでもない」
 エルフィールはさらに笑い、皺(シワ)がいい感じに笑顔を彩った。
「そうか」
 ジョルディーは構える。
 エルフィールの後に着いて行くために。
「なにか剣はないか」
 エルフィールの問いにシルフィアはこれしかないよ、と、湾曲剣を一本渡す。
 鋼鉄製であろうその剣は鈍く光り、ありきたりの剣ではあったが蛮族が好む非常に堅く重く手堅いものだ。 「じゅうぶんだ」
 エルフィールは駆け出す。
 その後をジョ