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『アトラック』
「お姉さん探したよ」
少年がそう言って笑った。
「ぼく、迷子?」
コンクリート道路の上に少年はいた。
あたしは学校帰りのこと。
少年は短い茶髪だ。
あたしは少年を知っていると思った。
どこで逢っただろう。
「きみ誰だっけ」
「お姉さん隠れるのうまいね」
「え?」
「つかまえた」
そう言ってあたしのセーラー服の端をつまむ少年。
「なに?」
なにも少年は言わない。
特にあたしに変化もない。
ふむ。
これは謎だわ。
これはあたしへの挑戦ね。
「きみどこの子」
「昨日逢ったじゃない」
「知らないなあ」
「毎日逢ったじゃない」
「そうだっけ?」
からかってるのかな。
そんな感じじゃないけどなあ。
「あたしは昨日はテストでねえ、
なにも変わったようなことのない日だったからねえ。
きみと話すのは今日が初めてだけどな」
「ついていく」
少年はあたしについてくる。
「うーん謎は解けないわねえ」
少年はジーパンに紺のティーシャツ。
身なりはいいわね。
普通なのにわりと清潔感があって感じいい。
うーん特に特徴もないどこにでもいそうな少年だ。
もっと情報がないといけないわ。
「ぼくはどこからきたの」
「いまかな」
「電波かい」
昨今のお子様は常識が教えられてないわね。
いや、なにかいまのが重要なヒントに違いない。
「ぼくはいくつかな」
「お姉ちゃんとおんなじだよ」
「若くみてくれるのはいいけど、ぼくはどう見ても小学生でしょ」
「お姉ちゃんは高校生だね」
「まあ、それは見てのとおりよ」
「髪は亜麻色(あまいろ)。腰まである髪を両脇で結っているね」
「まあね」
「彼氏がその髪型が好きって言ったからだ」
「当たり。いい勘してるね。いえ、そんなこと聞きたいんじゃなくて」
「お弁当忘れたからおなかすいたとか」
「うーん? そんなことはどうでもよくて。いえ当たってるけど」
「犬に吠えられたから別の道で帰るところだね」
「それもそうねえ」
なんかあたしのほうが当てられてる。
「のどがかわいた」
「ジュース飲みたいの?」
「ぼくじゃなくてお姉ちゃんが」
「そういやのどかわいたわね」
「でもお小遣いピンチだから水でがまんするんだね」
「よく解かってるわね」
「昨日もその前の日もそう」
うーん、手の内を知られたポーカーでもしてるみたい。
これは勝ち目ないわね。
「それでなにが目的なの」
「たまには一緒にいたかったんだ」
「あっそう」
少年としばらく歩く。
別段普段と変わったことはない。
なあんだ。
なにか起きるかと少しどきどきしたのに。
まあいいか。
少年と公園を抜け土手道を歩く。
空は晴れていた。
まばらに雲がある。
ああ、そうか。
いつもあると気づかないもの。
少年がそこにいた。
あたしは昨日という少年を抱きしめた。
いつか見た風景。
嫌なこともいとおしいことも悲しみも喜びも日々
消えていくのではなく、あたしの中にあるのだ。
それでいいのだ。
あたしは土手の草むらに座る。
ななめ具合が座るにはちょうどいい。
風がなびいた。
変わらない日々がまたいつもと同じようにあった。
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