akua
・織刻(しょくこく)トップページ・ 言葉工房トップページ
『アクアライン』
あたしは調査船アクアラインという宇宙船に乗船しているロボット。この船は地球を出航してすでに六十年がたちました。アクアラインには長い船旅のために、ロボットしか乗船していないのです。
「おはようアクア」
友達のノアルがいる。
「おはよう」
あたしたちは散歩する。
「次の星までひまだね〜」
「うん、することないねえ」
あたしたちは外見は人と変らない姿格好をしている。
通路にござひいたおじいさんが機械をいじっている。ロボットは基本的に青年タイプだけのはずなのに。誰だろう。
「おじいさん誰?」
「わしは人間だ」
「どうしてこの船にいるんです」
「ロボット作ってるのが趣味なんじゃ」
「この船は地球を出てから六十年たつはずですけれど」
「だから、六十年間ロボットを作っておる。好きだからここにおる。それがわしの生き甲斐なのじゃ」
「そうなんですか。私たちが少女タイプしかいないのはなんでですか」
「わしの趣味じゃ」
「そうですか」
「あんた知らないの。とても有名なのよ」
ノアルが横にいた。
「うん、そうなんだ」
「性能アップならばわしに言うがいい」
おじいさんはうなずいている。
「あ、艦橋で呼んでいるわよ」
通信で呼び出しを聞くと艦橋に行く。
「遅いわよ」
そこには成人女性がいた。
「誰、あれ」
「あんた知らないの。この船の館長なんだよ」
「へえー、少女タイプじゃないロボットがいたんだ」
「それがねえ、センサーは人間だと出るのよ」
あたしも艦長を感知するけれども、人間だと出る。
「この艦の七不思議のひとつ、艦長は人間よ」
「名前はなんて言うの」
「ミラルって言うらしいわよ」
「ミラル艦長!」
「なに」
「あなた人間なんですか」
「そうよ。無駄口聞いてないで、作業しなさい」
「だってよ」
あたしがミラル艦長に声かけたので、ノアルがびっくりしている。
「目標宙域まで到達」
ロボットの一人がそう言う。
「アクア、調査に行ってらっしゃい」とミラル艦長。
「はい」
あたしは返事ひとつして船外に出る。
宇宙の中をあたしは進む。
月よりも大きな星が近づいて来る。いや、あたしが近づいているのか。大気はなし。水分はないようだから、生物もいないわね。
月の上のようなところに着地する。
周囲は満天の星空だ。
まるででかい月の上にでもいるような感じだ。
なにか感じる。
なんだろう。微弱な風のような感覚。そんな感覚はあたしたちにはないはずなのに。
あたしは風の吹く先に進む。
そこには黒い球体がある。あきらかに人工的な感じだ。これが自然に作られる確立は万分の一にもないはず。
あたしは黒い球体にさわる。
誰ですか。
心に声が響く。
「あなたは誰ですか」
ーー私は自然という感覚の一端。
「えーと、なにを目的にここにいるのですか」
ーーそう、あなたの感覚に言わせるならば、私はコンビュータのようなものなのです。
「あなたを作った人たちはどうしたのですか」
ーー自然コントロールタワーが崩れ、この星から船で出て行ってしまったのです。そうして私だけが残りました。私はこの星の風景が好きだったから残してもらったのです。
「そうなんですか。良かったらあたしたちと一緒に来ますか」
ーーいえ、私はここでこの宇宙(そら)を見ているのが好きなのです。それからずっと。もうずっとこの星の空は真っ暗な宇宙なのです。
この星の空は真っ暗で、星々が輝いている。
「そうですか」
風が吹いた。
波打つように景色が広がる。
クレーターの星が満面の自然世界となり、あたしの視界を彩った。
この風は本物であって本物ではない。
「ああ、そうか、あなたの記録の風だったんだ。それをあたしのセンサーがひろったんだ。あなたの中はとても広大な自然で満たされているのですね。でも、一番好きなのはあなたが覚えているこの景色なのですね」
ーーええ、この空が一番好きなのです。
ーーよかったらもっとずっと一緒に見ていませんか。
「そうしていたいな。でもあなたが残ったように、あたしは旅を続けることが好きなんです」
ーーそうですか。さようなら。
「さようなら。それでは失礼します」
あたしは空へと浮遊する。
アクアラインへと移動を始める。
小さくなっていくコンピュータさん。
あたしはしばらくしてから、ずいぶん時間が経ってからそういった。
「またあいましょう」
あたしはアクアラインに戻る。
「どうだった」
ノアルが聞いてくる。
「うん、地球には見てきたこと送信しておいたけど、なんかあたしもデータで地球の空をもう一度見てみようと思ってみた」
「そんなの、いつでも出来ることでしょう」
「そうだね」
一眠りする。
広い草原の中、時計に服を着て走るうさぎさんを追いかける。
どんなに追いかけても捕まらない。
ああ、そうか、あたしがうさぎさんだったんだ。
あたしは自分を抱きしめる。
つかまえた。
そこで目が覚めた。
「うーん」
機能チェック。異常なし。
おかしいなあ、見る夢は地球の風景にセットしといたのに。
あたしは部屋から通路に出る。
ノアルとあいさつする。
「ねえ、知ってる?」
「なにが」
「鳥が飛んでいるんだって」
「この宇宙に?」
「そうだってよ」
あたしは脳内から船内ネットにつながり情報をもらい、それを元に検索をかけてみる。
ふむ、火の鳥なんてあるわね。不死で、その血は永遠を約束されるとか。
通路におじいさんがいる。
「おじいさん、宇宙の鳥のこと聞きました。もしかしたら火の鳥かも知れないなあ、とか」
「わしはいま忙しいんじゃ。話しかけんといてくれ」
「はい……」
おじいさんの動きひとつが楽器を鳴らすように通路に響いている。
邪険にされたようで、ちょっと残念だなあ。
通路を歩いていくとノアルが自動販売機と格闘している。
「どうしたの」
「お金いれたのにオイルが出てこないのよ」
ノアルがけり入れる。ひしゃげる自動販売機。あーあ。
「ノアル!」
ミラル艦長の艦内放送が響く。
「はい」
「あんた自動販売機の修理。そしてアクア」
「なんですか」
「あんた宇宙の鳥の調査」
「えー、こないだ出たばかりですよ。休みが欲しい〜」
「アクア」
「なんですか」
「手をつねられたい」
「行ってきます」
あたしは宇宙に出る。
白い鳥が飛んでいる。
相対速度維持。
広大な宇宙の中、鳥に近づく。
あたしと同じくらいの大きな鳥だ。
優雅に飛んでいる。
あたしは鳥に触れる。
この鳥は光ですべてが構成されている。
でも、立体映像、ホログラフィではない。
計算しても、いくつかの角度から星の光が集まって構成されたとしか結論されない。
うーん。でも、この鳥羽ばたいてるよ。
「アクア」
「なんですミラル艦長」
「データから、その鳥は害も利用性もないから、戻ってきなさい」
「はい」
あたしは鳥から離れる。
鳥が鳴いた。
いや、真空では音は伝わらないわよね、それにそんなデータは記録されてはいない。気のせいか。
あたしは艦内に戻る。地球に送信してから、通路を歩く。
ノアルがいる。
「やっと修理が終わったのよ」
ノアルはやれやれと一息ついていた。
「それはごくろうさま」
あたしは自動販売機に硬貨を入れる。
あみだくじ機能が働き、当たりが点灯する。
二本のオイルが出てきた。
「わーい。よかった」
「嬢ちゃん、よかったな」
おじいさんが言う。
「はい」
「希望の鳥に出会うなんて、滅多にないことじゃ」
そう言って、おじいさんは笑っていた。
「あの鳥を希望の鳥と呼ぶなんて、それはどんな知識に基づくものなのですか」
「なに、老人のひやみずと思いなされ。深い意味はないんじゃよ」
おじいさんはさらにロボットを作っている。
いいこと、なのかな。まあ、いいか。
あたしは散歩する。
人が住める惑星が発見された。また、そこに人と似た人がいて、生活をしているという。その惑星にあたしが降りることになった。もちろん、ミラル艦長のお達しである。
ミラル艦長が制服ではなく、なにか、現地人と同じ服を着ている。
「どうしたんです、ミラル艦長」
「あたしもこの惑星に降りるから」
「でも、どんな危険があるかわかりませんから」
ミラル艦長の瞳が輝いたような気がした。
「ここは懐かしい場所のひとつなのよ」
なにを言っているか理解できない。自立プログラミングは快調だけれども。まあ、いいか。
ミラル艦長と地表に降下する。
そこは草原だった。大気があり、また、遠くには、街のようなものまである。
誰かがしゃべった。あたしはそっちを見る。
一人、立っている人がいる。
茶色の足下まであるフード付きのマントを着ている小柄な人だ。フードの中は黒くてサーチできない。
声がする。でも、どんな言語なのか、解析する。五分である程度は聞けるようになった。この人はこんなことを言っていた。
「ミラルか? 伝説の魔法使いがこんなところでどうだい。ちょうどいい、ここで六千年の因縁を晴らそうじゃないか。ふぇっふぇっふぇっ」
しわがれた声が響く。
「艦長、知り合いですか」
「ちょっと、ね」
ミラル艦長はにこりと笑う。
「じゃあ、ちょっとお茶飲みながら話しましょう」
「いいぞよ」
「それじゃ、あたしはちょっと用事があるから、アクアは調査を続けるのよ」
「あ、はい」
ミラル艦長は歩いていく。だいじょうぶかなあ。こんな惑星に一人で。
少し歩くと森がある。
森の道の中で、数人の人がもみあっている。
そのうちの一人があたしに声を出す。
「ファイアーボール!」
その声に火の玉が生まれた。
火の玉があたしに飛んでくる。その構成は火が生み出され続けている。火が生まれ続ける仕組みは不明。この温度と速度ならば、受けてもよけてもいい。あたしはひょいとよける。
「なんと! これをよけるとは、人ではないな」
「え、ええ、まあ」
「一緒にこいつもしょっぴくのじゃ」
えーと、なんでしょう。剣や杖を持った人たちがあたしに走って来る。えーと、てててと、当て身。倒れる数人の人たち。
「お、覚えていろ!」
なんかみんな逃げていく。
一人剣を持った若い大男が立っている。傷ついているようだ。いまの人たちと戦っていたようだ。
「だいじょうぶですか」
なにも見えてないようだ。肩で息をしている。
「我が一撃を受けてみるがいい!」
大男が剣を振り上げる。
これは青銅製の剣。この剣士の筋力とその衝撃はとるにたらない。あたしは腕で止める。
「なんだこいつは」
「え、えーと」
「ゴーレムかそれとも魔法なのか」
「え、まあ、そんなところかなあ」
「ふうむ、追っ手ではないようだ」
大男は剣をおろす。
「私はアクアと言います。よろしく」
「うむ、私は聡明なる列強にもひけをとらないかの大国、グランディスティーングスに生まれ、剣士として育ち、いま、バルバディストゥースウラウス帝国と戦う若き、孤独な戦士だ。以降、見を知りおきを望もう」
剣士は流暢に話す。
「あの、でも」
「なんだ」
「名前はなんて言うんですか」
「おお、それはな、帝国から追われる身なれば、名前を言うことはできないのだ。どうか理解して欲しい」
「そうですか」
「アクア殿は旅の人かな。それとも近くに住んでいるのかな」
「あ、旅の人です」
「そうか、旅はいいものだ。若いうちは旅をすれば、世界がいかに広く、いかに険しいことか知ることだろう」
「どうも」
「いたた」
傷の痛みに倒れてしまう。あたしは応急処置をする。
「これはなんだ。噂に聞く神の奇跡というものか。アクア殿、きみは神官なのかね」
「え、まあ、そうかな」
あたしは川辺の岩まで連れて行って、座らせる。
「私は夢のために生きて、夢のために死んでいく。見ろ、あの夕日を」
空はゆっくりとその色を変えていく。
「私の夢を祝福してくれているかのようだ。ああ、なぜ私はこんなにも偉大な景色を見ているのだろうか」
「はあ」
「アクア、調査は進んでるの」
「あ、ミラル艦長」
さっきのフードの人とへべれけに酔っぱらってる。
「ミラル艦長、飲み過ぎですよ。それに仕事中では」
「いいのほ、よ。いいの。それより、艦に帰るわよ」
「あ、はい」
「アクア殿、私はあの太陽よりも偉大な心が……」
ミラル艦長と空に飛ぶ。
「まだ調査しなくていいのですか」
「また寄ることもあるわよ」
「そうですか」
艦に戻る。
地球に送信する。
「休暇はどうじゃった嬢ちゃん」
おじいさんがそう言う。
「え、仕事だったはずですけれども」
「なに、あれはミラル艦長の故郷のようなところじゃからな」
「はあ、そうなんですか」
「そうじゃなあ、嬢ちゃんには、この船が故郷のようなものだからな」
「ええ」
あたしは遠くなっていく惑星を艦の端末を使って見ていた。
「あたしにも、故郷がひとつ、増えたようです。そうなったらいいなあ」
「それはよかったな。そうなるといいな嬢ちゃん」
あたしは部屋に戻ると、眠りについた。
起きてから通路を歩いていく。喫茶、みなみのやどがある。
オイルティーを注文する。
メイド姿のロボットが運んで来てくれる。
お茶を飲むと、一息つく。はあー、いいなあ、この感じ。
「アクア」
ミラル艦長の艦内放送だ。
「あ、はーい」
「木があるから、調査に行ってきて」
「はい〜」
せっかくくつろいでいたのに。はあ〜。
あたしはマジックで涙を顔に書いた。
宇宙に出ると、あたしよりも遙かに大きな球体の葉、葉のボールが宇宙にいくつも浮いている。惑星に太陽の光は隠れて、暗闇にほのかに見える緑がきれいだ。いくつもの木が浮いている。けれども、真空に森があるなんて変だよ。あたしはひとつの木のボールに近づく。枝がいくつも重なり、球状の木となっているのだ。サーチから、それはまぎれもない植物であることがわかる。なんだろう。木と葉の表面には、ゼリー状の液体が付着している。どうやらこれが土の変わりをしているらしい。その成分は水といくつかの不明な物質から構成されている。
ミラル艦長から通信が入る。
「アクアラインのマザーコンピュータが出した結論は、こうよ。惑星があって、そこで植物が育っていたけれども、惑星がなんらかの理由で崩れ、植物は生き残りのためにそういうふうに進化したとしているわ。詳しくは地球のほうで研究するそうだから、サンプルをとって戻って来て」
「はい」
まぶしい。
太陽の光が惑星から照らされる。
球状の木の葉から、一斉に花が咲く。それはゆっくりとそして確実に色鮮やかな花を咲かせた。きれいだなあ。世界の360度が花になった感じだ。どこを見ても花であふれていた。
あたしは小さな球状の木をいくつか手にとって、艦に戻る。
「おつかれさま」
ノアルがねぎらってくれる。
「お茶でも飲みたいなあ」
「それじゃ喫茶に行きましょう」
喫茶、みなみのやどでお茶にする。なんだろう。このお茶はなにか不思議な感覚が広がっていく。心に独特のメロディが流れたようだ。ほんわかするような感じ。そんなばかな。計算できない感覚。そんなことってあるんだろうか。
「このオイル茶、なにか変ですよ」
メイドロボットがふりかえって言う。
「あなたが取得してきたサンプルの木の葉のお茶よ」
「ああ、そうか。これは宇宙のお茶なんだ」
「そうじゃな。いいものはいいんじゃよ」
いつのまにかおじいさんが横にいる。
「ロボット作りはいいんですか」
「なに、いまはお茶を飲みたい気分なのじゃ。はっはっはっ」
おじいさんは豪快に笑った。
あたしもお茶をもう一杯頼んだ。
「ティータイムほどぜいたくなことはないのかも知れない」
「そうね」
ノアルが同意していた。
ほんのひとときの時間。
それがゆっくりと過ぎていった。
「ポテンシャル、ですか?」
「そうじゃ。まあ、潜在能力とも言うがな」
おじいさんはお茶を飲んでいる。
「あたしはロボットなのですから、その能力は計算内容以外ありませんけれども」
「そうじゃな、それは百点満天の答えじゃ。達成する可能性を存在は有しておるのじゃ。あまえさんの夢はなにかな」
「夢? ロボットには夢なんてあるのですか」
「それはおまえさんにしか見えないことじゃ」
夢。夢ねえ。
あたしは通路を下を見ながら歩いている。
「なに探してるの」
ノアルがいる。
「夢よ」
ノアルがびっくりしている。
うーん。なかなかないものねえ。
あ、ミラル艦長がいる。
「ミラル艦長」
「なに」
「ミラル艦長は物知りなんですよねえ」
「そうよ、たいていのことは知っているわね」
「じゃあ、夢ってなんですか」
「え、え〜とねえ、にゃーと鳴く」
「それは猫です」
「泣いているのはねえ」
「鬼」
「や、やるわね」
「ミラル艦長の変な駄洒落は千回記録されていますから」
「まあ、そうねえ、それは鳥のような、星のようなものかな」
「今度はなぞなぞですか。ちゃんと答えてください」
「あら、食事の時間だわ。それじゃね」
ああ、逃げられた。
むむ〜。どこかにないかなあ。
あたしは通路を歩いている。
景色が見慣れない場所まで来る。
色とりどりの花々が多種多彩にある。
数えられない小鳥と蝶が飛んでいる。
花園の中心には白いアーチがある。
なんか、空まであるけど、これは本物の空だと感知される。宇宙船の中なのに。大気計算速度チェック。その空は時間、いえ、時空が多層に漂い、普通の空とは違うようなものだと結論される。
アーチの中、テラスには、装飾された白いテーブルとイスがある。
そこにはメイドさんと少女が座ってお茶をしていた。
「どうぞ」
進められるままに席に座る。
「あら、どんなお茶が好みかしら。あら、あなたは」
「なんですか」
「いえ、あたしのことは瑠璃と呼んでくださいな」
「はあ、あたしはアクアと言います」
自然と小鳥に彩られた世界。きっと、こんな世界を静寂と呼ぶのだろうか。
「あなたはなにが好きかしら」
「え、えーとあの、いまは夢を探しています」
「夢とは星の涙。鳥のおこす風。それは一時の眠りに見た心の波紋」
えーと。これは詩なのかな。
「いい歌ですね」
「あなたは自由の鳥。そうね。きっとあなたならば、自分の夢を見つけられるでしょう」
「ありがとうございます」
あたしはお茶をごちそうになって帰る。
「またいらっしゃいな」
瑠璃さんはそう言って笑った。
いつのまにか、宇宙船の通路を歩いていた。
喫茶みなみのやどに行く。
おじいさんとノアルがいた。
「わかりました」
あたしは二人に言う。
「ほう、なにかね」
おじいさんが興味津々だ。
「あたしはまだ夢の探し方を知らなかったこと、そして、それを見つけました」
「どんなことだい」
「夢はきっと明日にあるものだと思います」
「なるほど」
「だから」
「だから?」
「眠って夢を見ます。一ヶ月に見る夢の確立は三分の一。今日眠ったら、いい夢が見れる気がするんです」
ノアルがびっくりしている。
「そいつはいい」
おじいさんはうなずいている。
あたしはお茶を一杯飲んでから、自分の部屋に戻り、ふとんの上で浮遊する。この前の丸い木の小さなものがぷよぷよと浮いている。一面の窓からは宇宙の星々が見える。あたしはぐっすりと眠ってしまった。夢が見られるように。
喫茶みなみのやどでおじいさんと空間球体パズルをする。
やはり勝つのはあたしだ。
「あちゃー」
「あははっ。だめですよ、あたしには、あらゆる手が蓄積されているのですから」
「アクア、ミラル艦長が出てくれって」
「はーい」
宇宙に出る。そこには彗星が円を描いている。彗星は氷の塊だ。彗星は太陽の熱にとけて、彗星の尾は太陽と反対の方向に流れるのであって、進行方向の反対ではない。それはともかく、この彗星の中心には、なにもない。サーチしても、彗星の中心にはなにもない。
「中心まで行ってみて」
「はい」
ミラル艦長の指示で、あたしは彗星をやり過ごして、中心に向かう。彗星の軌道。なんだろう。胸の奥が暖かくなる感覚。これはなんだろう。こんな気持ちはなんと言うのだろう。視界が高速移動する。動いている。そうか、考え事してたら、一周してきた彗星にぶつかってしまったのだ。軌道修正。できない。プログラムかバーニアが破損したか。手をつかまれた。その手はノアルだった。ノアルの軌道修正で静止する。
「はふう」
一息つく。
「なんで来たの。ミラル艦長の指示?」
「理由なんてないわよ」
あたしはきょとんとする。
「それにミラル艦長もいつも言ってるでしょ、臨機応変にって、ね」
「そうだね」
「どきどきさせないでよ」
ミラル艦長の通信。
「ミラル艦長でもどきどきすることあるんですか」
「それは、まあ、ねえ」
ミラル艦長は顔が真っ赤だ。
かわいい。
あたしは周囲を見る。
彗星はあたしとの衝突でどっか飛んで行ってしまった。「中心に行きましょ」ノアルがエスコートしてくれる。彗星の中心にはなにもない。あたしとノアルはアクアラインに戻る。
地球に送信した後、喫茶みなみのやどに行く。
「やったぞい」
おじいさんがメイドロボットに空間球状パズルで勝っている。
「そんなはずはないのですが」
そう、メイドロボットさんにも、すべての手が蓄積されているはず。
「これだから勝負はやめられないんじゃ」
おじいさんは豪快に笑った。
同じだ。彗星の軌道にいた感覚とノアルの手とおじいさんの笑いの感覚。
あたしは席に座る。
「今度はあたしが勝負です」
空間球状パズルが展開される。そう、勝負は時の運なのだから。あたしは最初のパズルを表示する。静かな時間が過ぎていく。
あたしは起きる。なにか夢を見たような気がした。通路に出るとノアルがいる。
「おはよう」
「おはよう」
喫茶で朝のお茶としょう。
通路を歩いていると向こうからミラル艦長が歩いて来る。
通り過ぎざま、えりくびつかまれる。
「なんですか〜」
「困った人を助けるのよ」
「はあ、今度はなんの遊びですか」
「これはこの前の惑星が手に入れた魔法の杖よ」
ミラル艦長は杖を持って踊る。
あらゆる色彩の光がミラル艦長を包み、ミラル艦長が裸になって、色鮮やかな衣装に包まれる。
「マジカル・ミラル、参上よ(はーと)」
びしっと決めたミラル艦長は魔法少女になっている。
「って、なんで年下になってんですか」
「それは魔法少女だからよ。さあ、困っている人を助けるのよ!」
「あらららららら、らあ!」
あたしは杖に乗せられミラル魔法少女と一緒に通路を飛ぶ。
そこから先は宇宙。でも、星はヒモでくくられた絵で描かれている。
ぽん。
手を打つ。
そうか。これは夢なんだ。だからこんな変なことがあるんだ。
「ここは二次元の宇宙よ」
ミラルが笑う。
いくつものヒモの先には、光が輝いている。
「あそこは一次元の宇宙よ。そこは一人しかいられないの。あたしでも五秒がいいとこね」
ふーん。
あ、人がいる。ヒモの星に腰掛けて、星々の絵を描いている。
「天の神様おひさしぶりです」
「おう、ミラルちゃんか」
あたしはしげしげと空を見渡す。暗い星々はゆっくりと明るいほうへと動いていく。
「この天の神様が星々を描くのよ。星々は海で洗われると、真っ白になって、また戻ってくるのだから」
なるほど。って。
「そんなはずないじゃないですか。あたしだってそれくらいわかりますよ」
「あら、まだ子供でしょ」
「作られてから六十年、それに、蓄積されたデータは成人の持つ六百倍の差があります」
「それでも、まだまだお子ちゃまねえ」
「子供じゃありません! ミラルこそ、子供じゃないですか」
「あら、そうね」
「もうっ、先に船に戻ります」
あたしはバーニヤを吹かしてって、ええ? 空が自由自在に色彩を変えていく。これはなんだろう。まるで色彩の雲でも通り越すような感じ。雲の先には、ぽんと、大地に立っていた。あれ、ここはどこだろう。辺りは海岸が続いている。夕日の海の前、小高い丘で一本の木の下。あたしはなにか、セーラー服のようなものを着ている。あれ。なんか感覚が違う。まるで本当の学生にでもなったようだ。「亜久亜」一人の青年男子があたしに言う。「おまえのことが好きだったんだ」え、えーと。こういう時はどんなことを言えばいいんだっけ。検索できないな。「そ、そう言われても、あなたのことよく知らないから」「そうか」あたしは砂浜に降りて来る。本物の砂浜だ。あたしは靴と靴下を脱いで、海の波とたわむれる。「ねえ、もう帰ろうよお」ミラルがそう言う。「もうちょっと!」あたしはしばらく遊んでいた。
夜は夕闇。空はすっかりと闇のマントをはおり、星々は輝きだした。
波打ち際に座るあたしとミラル。
「ミラルさん」
「なあに」
「あたしミラルさんのこと好きです」
びっくりしているミラルさん。
「ミラルさんのことが大好きなんです」
あたしはそして、また、空を眺めていた。
「これが星の卵だよ」
天の神様はあたしに手のひらに乗る小さな卵をくれる。ほのかに光っている卵。
「それじゃ、帰りますから」
ミラルさんとあたしはほうきに乗ってまた空を見た。星々はゆっくりと夕闇に輝いている。
目が覚めると、自分の部屋で浮遊しているあたし。そうか、やっぱり夢だったんだ。ふよふよ、と小さな光る卵がある。えーと。これは。星の卵。星の卵から二翼の翼が出て、羽ばたき始めた。じーっとそれを眺めているあたし。そう。そうだ。今回のことは、地球には送信しないでおこう。あたしはゆっくりと目を閉じた。
宇宙を調査船、アクアラインがゆく。
寝ぼけまなこで、喫茶みなみのやどに行く。
「嬢ちゃん、ねぼけとるね」
おじいさんがそう言う。
あたしはパジャマにまくらを持っていた。
とりあえず席に座り、お茶を飲む。
「今日は天気がいいのお」
「いつだって宇宙は晴れてますよ」
あくびをひとつする。
「そうでもないようじゃぞ」
喫茶、みなみのやどの窓からは、吹雪いている宇宙があった。
「アクア、行ってきて」
「はあーい」
ミラル艦長に返事すると、あたしは宇宙に出る。
真空の宇宙に吹雪きがあらぶる。
視界は雪一色。
なんだろう。
変な感じ。
これは、一番近い感覚だと寒い、というのかな。でも、あたしにはそんな機能ないのに。
さらに吹雪を進む。
この吹雪の中心になにかある。
近づいて行くと、それは雪だるまだ。
全長40メートルくらいだろうか。
あたしは雪だるまに着地する。
あたしは雪の上を歩く。
なんだろう。雪の感触がある。それも、かなり思い描いたような雪の大地なのだ。これは雪なんだろうか。成分はそう示している。
ぐるっと雪だるまの大地を歩いているが、なにもない。
おや、ここになにかある。
あたしはそれを雪の中からとりだす。
それは女の子だった。
着物姿。それは白い生地に白い牡丹(ぼたん)の刺繍(ししゅう)。白いストレートの髪が、足下まである。足には白い足袋(たび)に草のような、これは藁(わら)で出来た草履(ぞうり)をはいている。
「あら、眠っていたのかしら」
女の子がそう言うと、ぴたりと吹雪がやむ。
空は一面の星空に戻る。
というか、ここは宇宙のはずなのに。
「助けていただいてありがとうございます。あたしは雪女の雪女(ゆきめ)と言います」
え、えーと。言語変換。でも、宇宙でなんで音が伝わるんだろ。データも蓄積されている。
と、あたしの視界が真っ暗になる。
アクアラインの映像だと、あたしは雪だるまになっている。
あたしは雪をはらいのける。
「まあ、自力で立ち直られるなんて、すばらしい。あたしは故郷の星で雪女として生まれ、でも、触ったものがみな、雪だるまになってしまうので、塀(へい)を雪にしてしまったり、晴れているのに人を遭難させかけたり、それでねそれで、あたしは銀河鉄道で雪の星目指して旅をしていたのが、ちょっとトイレに行こうとてすり持ったら列車が雪だるまに包まれてしまって、復旧に時間がかかるから、外で遊んでいたら、列車が急に発車してしまって、どうしたらいいか、途方に暮れていたのです」
え、これはどういう意味なんだろう。うまく言語変換されてるのかな。
えーと、この人はなにを言っているんだろう。ああ、故障かなあ。
「早合点しないのよ」
ミラル艦長だ。
「雪おんなってのは民話とか、昔話である雪をあやつる妖怪のようにあるわね。銀河鉄道は宇宙を駆ける列車よ」
「それって民話なんでしょう」
「いるとこにはいて、あるところにはあるのよ」
ミラル艦長はそううなずいている。
「それじゃあ、一緒に行きますか」
「よろしいのですか」
「雪の星に行くかはわかりませんが」
「ええ、お願いいたします」
あたしは雪女さんを連れてアクアラインに戻る。
雪女さんがアクアラインのハッチに触れる。
と、アクアラインが雪だるまになってしまう。いや、包まれたと言ったほうがいいのかも知れない。
「旗艦出力最大、ドライブかけて」
ミラル艦長がそう言っている。
とりあえず開いている部屋に案内してから、あたしは地球に送信する。おや、返信がきた。「真面目に頑張れ」と、ついでに漫画のような怒りマークまで着いている。ううう(涙)。
喫茶みなみのやどに行くと、そこは吹雪いていた。
イスとテーブルはすべて雪だるまになってる。
「風情があるのお」
おじいさんが防寒着を着て、ホットティーを飲んでいる。
「たまにはアイスティーもいいわね」
ミラル艦長はいつもの制服のままで、寒くなさそう。
あたしは雪女さんとこに行く。
雪女さんはメイドロボットが運んできたお茶を手に取るけれど、それは雪だるまになる。
涙する雪女さん。
その涙は小さな雪だるまになっていく。
まるでとことこ歩いているような雪だるまたち。
雪だるまのテーブルに並んでいく。
ちょっとそれはおかしくて、笑ってしまった。
ほんのり。
時間はゆっくりと過ぎてゆく。
宇宙は今日も晴れていた。
室内は吹雪いているけど。
ロボットメイドさんがいる。
あたしのお茶が運ばれてくるが、凍っている。
そんなことはない。ない、はず。でも。
「そんなことあるー!」
「呼んだ?」とノアル。
あたしはマジックで涙をかく。
宇宙船アクアラインがゆく、今日は雪だるまになって。
「今日はどうしたの普段着で」
ノアルが通路で通りすがら聞いてくる。
「今日は休みなんだ。風景図書館でも行って、自然の風景を楽しもうかなあ」
「うらやましいなあ」
ノアルは笑って歩いてゆく。
さあ、今日はのんびりするぞ〜。
ミラル艦長が向こうから来る。
ミラル艦長が通路をゆく。あたしには会わない。
あたしはゴミ箱から顔を出す。
しめしめ。会わなかったな。
「なにしてんの」
しゃがんでこちらを見ているミラル艦長。
「きゅ、休日なんですよ」
「あら、そう」
じーっとあたしを見てるミラル艦長。
「な、なんですか」
「あたしの部屋汚れてんのヨねえ」
「だ、だからなんです。関係ないじゃないじゃないですか」
なせだか汗だらだらなんですけれど。負けてはいけないわ。せっかくの休日なんだから。
「掃除してくれるとうれしいなあ」
じとーと見てる。目を見ないようにする。
「掃除してくれないと」
「ないと?」
「こうする」
「あはは」
ミラル艦長があたしの足裏をくすぐる。
くすぐられるはずないのに〜。なんで機能にないことがあるのー。
「あはは、わ、わかりましたから。うはは」
「ほんとお」
「ほ、ほんとですう」
「じゃあ、よろしくね」
るんたったとスキップして歩いてゆくミラル艦長。
「あうう(涙)」
ミラル艦長の部屋は艦の一番上にある。
3LDKの部屋だ。
畳の上に本が山ずみになっている。
読書家なんだなあ。
よく見ると漫画ばかり。
なあんだ。
だよね。
本の上には埃(ほこり)。
本のあいだをゴキブリが走ってゆく。
宇宙船の中は一種の機密スペースとして確立しているはずなのに。
本の横の床にはキノコまで生えている。
えーと、こういう部屋の掃除プログラミングを検索する。
うん。
これだ。
あたしはタオルを頭に巻いて、はたきを持つ。
本の上のほこりをはたく。
舞った埃(ほこり)が雪のように、霧のように漂う。
それはステンドグラスライトに輝いて、綺麗だなあ。
しばらく片(かた)しているけれども、なんだかどんよりした気持ちになってくる。
だってさ、せっかくの休日なのに。
あたしはシンデレラのアクア。
白馬の王子様がいつか来てくれるのよ。
ぱからぱから。
ほら、馬の足音。
いや、そんなばかな。気のせいじゃない。
馬の足音は扉の向こうで止まる。
ドアの向こう、扉の向こうにあらわれたのは、白馬に乗った王子様。
まぶしい。
光ってなどいないのに。
多角レンズでもとらえられない。
光はゆっくりと収まり、輝いた白馬がその姿をあらわす。
「よう、お嬢ちゃん、なにしてるんじゃ」
それは機械の白馬に乗ったおじいさんだった。
はー。
がっかり。
王子様は年寄りすぎます。
「今日は休日じゃろう。この馬の試乗につきあわんか」
「それはやまやまなんですが……」
あたしの格好を見て、おじいさんはそれはそれはと言ってから、またぱからぱから走ってゆく。
いいなあ。
本を片付ける。ふー、一息。
おや、なんかデータディスクも散らかっている。
片付けていると、テレビと目が合う。
自動起動するテレビ。
なんかドラマを流している。
女の子が二人、夕日の海を見ている。
「綺麗だねえ」
そう言って涙する女の子。
「アイスでもどう」
「ありがと」
二人はアイスを口にする。
「ひゃったいね」
「うん、さむい」
それから、砂浜をくるくる回転しながら、歩いてゆく二人。
なんとなく、それは思いがある。
涙があたしの勘を気付かせる。
そんな、涙なんて流すはずないのに。
これは涙ではない。
水分が付着したのだ。
ドアには雪女さんが立っていた。
というか、部屋は吹雪いてます。
「なにをしてるのかなあって」
「えーと、掃除かなあ」
「手伝いましょうか」
部屋はすでに雪国になっている。
「え、えーと。どうもありがとう」
掃除というよりも、雪に埋もれてきたような。
「雪がえーと、だからその、ちょっとこの雪が……」
「あ、だいじょうぶです」
そう言うと雪女さんは口から吹雪きを呼ぶ。
部屋の雪はすべて氷になる。
そこへミラル艦長が帰ってくる。
「どうなったのかなあ」
うひゃあー。
もう、だめだあ。
「いいわねえ」
「え」
きょとんとミラル艦長を見る。
「いい感じの部屋になったわ。うん。趣味ねえ。いい雰囲気だわあ」
ミラル艦長はそう言うと氷に寝転がる。
眠ってしまった。
え、えーと。
とりあえず、掛け布団をかけてあげる。
そう。
これから休日が始まるのよ。
と、氷ですべって気絶した。
起きたら。
もう、次の日。
「ちゃんと働くのよー」
ミラル艦長の激励? を受けて、あたしは今日も元気に、元気に……。また宇宙へゆくのでした。
なかがき
最近は読書の虫です。宮沢賢治の春と修羅とか、初期ギリシア自然哲学者断片集とか、センスオブワンダーとか、ファーブル昆虫記とか、マリア様が見ているなど読んでいます。妖精大作戦の一巻とか。エリアルとは違うはちゃりきがいいなあ。んでは。
さて、今日もおっ仕事おっ仕事。
部屋の鋼鉄の自動ドアからあたしは廊下に出る。
六角形の通路は白く光っている。
とりあえず喫茶に向かう。
朝はやっぱりコーヒーよね。
ごろんごろん。
なにかが転がる音。
後ろを見ると通路いっぱいの巨大な雪だるまが吹雪の中を転がって来る。
むんぎゅ。
あたしは巨大な雪だるまに包まれ、一緒に転がりだす。
ぐるぐるまわ〜る。
ぐるぐるまわ〜る。
「アクア遊んでないで」
ミラル艦長から通信。
「そのままだと、機関部にぶつかる可能性があるから、その雪だるま、なんとかすること」
はふわあい。
返事というか、ミラル艦長に返信。
探査すると、雪だるまの中になにかある。雪をかきかき泳いでゆくと、そこには、雪女の雪女(ゆきめ)さんがいた。
「なにしてるんですか」
雪女さんは困ったように苦笑いしてからこう言った。
「おじいさんが水まきを通路でしていて、その水がかかってから、雪だるまになって、止まらなくなってしまって……」
「へえ……たいへんですねえ」
あたしは彼女に着物をさらに厚着させる。
「ちょっとくいしぱっていてね」
あたしはパワー全開で雪だるまを粉砕する。
吹雪がやむ。
周囲は雪の芸術。
雪女さんをお嫁さんだっこしたあたしは、雪の破片の中に立っていた。
「だいじょうぶですか?」
「あ、はい」
雪女さんを通路に立たせる。
通路から温水が出てくる。
雪だるまだった雪は溶けていく。
あたしは雪女さんに向き直る。
「それじゃ、モーニングティーでもどうですか」
「はい」
あたしは雪女さんと歩き出す。
転ばないようにゆっくりと。
それはたどたどしいものだった。
アクアラインは宇宙船である。でも、正確には変光速船(へんこうそくせん)という。宇宙は広大過ぎて、普通のロケット宇宙船では太陽系を出るのも楽ではない。そこで、宇宙船に何重もの階層光障壁を外壁とする。何重もの階層光障壁が光速で動くことで、船の周囲の空間が縮み、進む距離を短くする。それにより、星間船として広大な宇宙の移動を成立させているのだ。
景色は今日も吹雪き。
雪女さんが来てからそれは珍しいことではないのだ。
あたしは喫茶で席に座っている。
吹雪いている喫茶でコーヒーゼリーをしゃくる。
窓の外は暗い宇宙。
変光速度のため、多少の色彩があるのが不思議ではある。
室内は暖気しているのに、雪が積もっていく。息が白い。
はあ。
一息、白い息。
寒いなあ。
窓から見える宇宙の星々は残像の流星。
ゆっくりと暗い天を揺らいでいる。
いつも見ている風景。
「なにを見ているの」
ミラル艦長が向かいの席にいる。
「私はこの宇宙を見ても、なにも感じることがありません」
「だったら感じたらどうだい」
横の席におじいさんがいる。
雪女さんが滑って行くところをメイドロボさんに受け止められている。
それを横目で見ていて、おじいさんの質問が良くわからなかった。
「え、あ、なんですか?」
あたしはミラル艦長に向き直る。
「これよ」
立体ヴィジョンがテーブルの上に展開される。
それは翼。
白い翼。
天使みたいな。そんな感じのもの。
なんの意味があるんだろ。
「なんですか、これ」
おじいさんが説明する。
「わしが作った高速、准恒性(じゅんこうせい)機関じゃ」
えーと、じゅんこう? とりあえず立体ヴィジョンのデータを見る。
「推進値と変光中の准行速度の値が変数に乱れていますが」
あたしは指摘する。
つまり、これはかなりむずい飛行機のようなものだ。
「それはそうね」
ミラル艦長がコーヒー飲んでる。
はっ、このパターンはいやな感じ。
「いやです」
「行きなさい」
う、動けない。
あたしは反論する。
「ロボット三原則のひとつに自己の身を守るということがあります。これはたいへんすぎます」
「あら、そのひとつに命令には服従するというのもあるけれど。装着する時はこのコンパクト持ってね」
おもちゃみたいな化粧入れを出される。
「これはなんの意味があるんですか」
コンパクトを手に取ると、それは杖に光ながら変化して、杖は手に収まる。そして、あたしの背に白い翼が広がる。プチひらひらの花柄、シルクのレース付きのワンピース。
かわいい服には違いない。私見、だけど。
「この服にはどんな機能があるんですか」
「単なるテクスチャよ」
ミラル艦長が眠そうに言う。
まるで猫みたいに。
ごろにゃん。
って、それどころじゃない。
「それじゃ意味ないじゃないですか」
「お約束という奴じゃ」とおじいさん。
「最新鋭翼機、バライダル・ライバラル。発進よ」
ミラル艦長が窓の外の宇宙を指差す。
あ、あう〜。
もう、この不条理をはねのける力もない。
「は、はい〜」
アクアラインから発進するあたし。
暗い宇宙に色彩の彩り。
翼機は思い通りに動く。
翼は暗い宇宙の真空をつかむ。
変光速度2度で進むアクアラインにまったく遅れることなく、この翼機は准行速度を維持する。
「すごいなー。というか、これはロボット工学ではないのでは、おじいさん」
「趣味じゃ」
喫茶で見てるおじいさんの声。
うーん。どんな趣味だろう。
あれ、なにか近くにいる。
変光速度で平行に進むなにか。
暗闇に蠢くその姿はちょっと不気味。
いや、かなりやばいのでは。
「アクア、ちょうどいいから、見てきて」
ミラル艦長の声。
どっちが怖いか。もとい優先か。
それは当然。
「はあい」
あたしは翼機でそのなにかに進む。
暗い宇宙の中、星々が雨中のように天行する。
そこに一匹のチョウチョ。
色彩の蝶。
「ミラル艦長、チョウがいます」
ミラル艦長は化粧直してる。
「ミラル艦長〜」
「あ、さらに近づいてみて」
さらに近づくとそれはあたしと同じくらいの大きさの光の蝶だ。
「彩度25、色は青から赤、黄色まで75、3の角度まで」
「色なんていいから、触ってみなさい」
蝶に触ってみる。
「これは……本物の昆虫と同じ……つまり蝶そのもの」
蝶はさらに速度を速め、進んで行ってしまう。
ただ軽く羽ばたいているだけの蝶に、あたしは追いつけない。
蝶は准行速度4以上の速度で離れて行く。この速度はすでにアクアラインでも追いつけない速度だ。蝶は光の地平線に羽ばたいている。
華麗に綺麗に羽ばたく空に。
それは蝶の乱舞。
蝶々蘭華。
光速礼武。
一条舞蝶。
蝶は光速のごとく進む。
だってね、蝶は光の化身だから。
それが蝶の早さだから。
「上には上がいるんだなあ……」
あたしはしばらく翼機の性能テストしてから、アクアラインに戻る。
喫茶でイスに座る。
「お帰りなさいな」
雪女さんが横に座る。
あれ、コーヒーが凍らない。
この翼機、暖気できるのかな。
「お茶ください」
あたしはメイドロボさんに頼む。
「あ、それならお茶の葉っぱください」
雪女さんがそう言う。
メイドロボさんがお茶の葉っぱをさらさらと触れると、それは氷砕けて、冷茶となる。
手品みたい。
「ん、美味いなあ」
「えへへ」
「人に一芸ですねえ」
「ええーひどーい」
「あ、すいません」
宇宙を見ている。
夜になったので、消灯となる。
あたしは翼機の展開で光っている。
「綺麗です」
「そうですか?」
「まるでチョウチョみたい」
あ、なんだろう。なんだかそれは。とても。
「あ、チョウチョ」
窓の外、蝶の大群が羽ばたいて行く。
わあ、綺麗。
吹雪の中。
暗い喫茶の中を色とりどりのチョウチョの色彩が揺れ動いた。
あたしは自分の部屋で起きる。
暗い部屋に浮かぶあたし。
「ふあー」
眠いなあ。
部屋はいつものように暗い宇宙。
ほの明るい翼の卵が羽ためいている。
ふあー。
もう一度ため息。
そろそろ起きよう。
着替えて、通路に出る。
と。
猫が通路にいる。
「にゃーお」と鳴いた。
「わしが地球から連れてきたんじゃ」
おじいさんが横にいた。
あたしは猫に近づくが、猫はふいっと歩いて行ってしまう。
「ほい」とおじいさんがネコ缶を差し出す。
「いいえ、ねこは孤高の生物。そんなことでなく、お近づきになってみせます」
あたしはまず猫じゃらしであやす。
イマイチ。
あれ、猫の映像が乱れる。
ノイズ。
あれ、なんだろ。
こてん、と通路に転がるあたし。その上を猫がいる。
おじいさんが横に来た。
歌うように言う。
「忘れていたのは気候にうながされた星々の星界。うなだれた時の歌」
おじいさんの声。
これはプロダクションキー?
「子守唄じゃよ」
あ、動ける。
あれ、なんだろ。
猫が横にいる。
ひょいとひざに乗せる。
「ごろごろなーご」
猫はじゃれている。
あは、いいなあ、こういうの。
「お嬢ちゃんもこの良さが解るかい」
「はい」
あたしは歌うように言う。
「忘れていたのは時代の中の星降る刻の歌。逃げていたのは、流星の示す希望と夢の後にあるという道。できないことは自然が歌う夕辺の地平線。出来たことなど一度もない。けれども、いつか出来ると信じていること。故郷はすでに幾億年先。それでも時の道を歩いて行きます。孤独と人生はひとつの古里。崩れゆく宇宙船は私という宇宙の中にある。風を感じている時が好き。時代はその鼓動を自然とする。ゆくえは雲。来た道は風。まだ時間はあるならば。この歌を聞いていますよ」
猫はにゃーと一声鳴いた。
まるで聞き入っているよう。
ねこさんねこさん。
「なぜネコさんはネコさんなんですか?」
ネコさんはねゃーと鳴いただけだ。
「ネコさんみたいになるにはどうすればいいのですか」
ネコさんはニャーと鳴いただけだ。
「ネコさんみたいな人生になるためには、どうすればいいのですか」
ネコさんはにゃーと鳴いただけだ。
「やっぱりネコさんはネコさんなんですね」
「それはそうじゃ」
おじいさんはそう言うと、にかかと笑った。
猫々にゃーん。
山高猫道。
猫・流麗流浪。
にゃおーん。
「ねこさん」
ネコがたくさん出て来る。
こんなにいたんだ。
「ネコは人を見るからな」
あたしはゆっくりと歩く。
ネコもゆっくりと歩いていた。
今日もネコ曜日。
だから、また、あたしは歩いていましたよ。
ねこねこにゃおーん。
と、な。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
『今日はもっと速くなりました。』
今日もアクアラインの中にある喫茶は吹雪いている。
壁には集められた雪の壁がある。
ここまでくると豪雪に近いものがあるなあ。
雪女の雪女(ゆきめ)さんがちょい離れた席でスーパーホットのはずのアイスコーヒーを飲んでいる。
あたしは喫茶の広い窓から暗い宇宙を見ている。
落ち着くなあ。
宇宙は今日も変らない星々を称えている。
窓の外の星は円形に動いて流星のような動きをする星々。
この変った動きは調査宇宙船アクアラインが高速ライトフィールドを展開して移動しているためだ。
いつもと変らない一日。
と、そこに翼を付けたロボットが一体。
窓の外の宇宙を飛んでいる。
綺麗な光の粒子を放ちながら飛んでいる。
誰だろう。
アクアラインにはたくさんのロボットが働いているが、こんなタイプは初めて見た。
それにこんな翼の形をした推進器なんて見たことない。
「アクア、第八デッキでお客よ」
ミラル艦長の艦内放送だ。
氷の中の喫茶には良く響く。
でもなんだろう。
お客さんてなんだろう。
このアクアラインは地球から遠く離れた孤立無援の調査船だと言うのに。
「こんにちわ」
第八デッキには青年のロボットが立っている。
かっこいいなあ。
容姿端麗。
物腰静かな感じ。
第一印象はそんな感じだ。
でもでも、こんなロボット、アクアラインにいたかなあ。
「私はVTF(ブイティーエフ)・ジョルディン。地球からやって来ました」
「なんですとお。あ、いえあのどうも初めまして。アクアライン所属のアクアです」
地球から来たですと。
どうやって遠く離れたアクアラインまだ来たのだろう。
あーこのロボットさっき窓の外を飛行していたロボットだ。
その背中には折り畳まれた翼のタイプの推進器がある。
新型の推進器かあ。
アクアラインよりも三倍速いのかな。
「郵便物がいくつかあります」
「アクアラインへようこそ。でも、よく地球からこれましたね」
「新型の翼機(よくき)のテストも兼ねてるんですよ」
「そうですか」
「アクアラインのマザーコンピューターに連結同期したいのですが」
「あ、えーと端末はここではないんですよ」
「? ではセントラスはどうしているんですか」
「あ、えーとですね、地球ではたぶんもう旧型になってしまうんですね。このアクアラインはラインに直接接続するんですよ」
「アクア、後でフロ掃除ね。あたしの風呂まで凍ってしまってさあ」
ミラル艦長が歩きながらそう言ってまた歩いて行く。
ジョルディンさんがあたしを見る。
「なるほど、人間の艦長がいらっしゃるんですね」
「驚かないんですね」
「なにがあるかわからない。それが宇宙でしょう」
「それは確かにそうです。宇宙はいろんなことが起きます。よくご存知で。あ、艦内を案内しますよ」
通路を歩くあたしとジョルディンさん。
ジョルディンさんは艦内を珍しがっている。
アクアラインはもう地球では五百年前にはなくなってしまった旧型艦なのだそうだ。
つまりは空飛ぶ博物館といった感じだね。
大きな扉を開いてマザーの部屋に入る。
マザーの部屋はかなり広い。
「こんなに広いマザー室も珍しい。いまでは通信ですぐに終わってしまうからね」
「へーそうなんですか」
それからジョルディンさんはコードで連結同期している。
いま時コードでつながるのも珍しいらしい。
情報は地球から得ているつもりだったけれども、そんな話は新鮮だなあ。
連結同期を終えて、情報の交換をすますジョルディンさん。
「さて、それじゃアクアさんに情報を預かっているから連結しょうか」
「嫌です」
「え?」
「話して聞かせてください」
ジョルディンさんはびっくりしたような顔でいる。
しばらく考えていたようだけれどもうなずく。
「分かったそうしょう」と短く答えた。
話がわっかるう。
「ならばならば話ならば喫茶でしましょうよ。そうしましょうよ、ね」
え、がおー。
「そうしましょう」とジョルディンさん。
コーヒーの力は偉大だ。うん。
あたしとジョルディンさんは喫茶へと歩き出した。
「ラスティアさんからのレターメールですか」
「そうなんだ」
ジョルディンさんは喫茶店でアイスコーヒーを飲みながらそう言う。
「それにしてもこの喫茶店は環境装置が故障してるんだね」
「いえいえ、あそこにいる子が雪女の雪女(ゆきめ)ちゃんで、だから吹雪いているんですよ」
「またまたまた冗談が好きだなあ。ははは。そこまで神秘主義にはなれませんよ」
そりゃあそうか。
「それでラスティアさんはなんて言ってたんですか」
「それでは伝えます」
ジョルディンさんはラスティアさんの口調で言う。
「お元気ですか。こちらは冬です。いえもうあれから五百年も経つのね。私のほうは元気に働いているわ。お互い頑張りましょうね。ということでした。ここまでです。……困ったな。どうだろうか。連結ではなくて、話だと上手く表現出来ないのだが」
「いえいえ、伝わりましたよ」
「けれどもアクアさん、ラスティアさんと知り合いって、情報統合局のトップのラスティアさんとどこで知り合ったのかな。良かったら聞かせてくれないかな」
「ラスティアさんとは同期だったんですよ。お互い新人だったんです。いまはそんなに偉い方なんですね」
「なるほど、こちらはまだそんなに時間が経っていないんだね。知っているとおり地球ではもっとたくさん時間が経っているんだよ。このアクアラインは高速移動してるから地球と時間差があるからね」
「そうですね」
しばらく宇宙を見ている。
「まだジョルディンさんはアクアラインにいらっしゃるんですか」
「ああ、休暇が三百年あるんだ。これは高速移動してる時間も込みでね。新型推進器のデータはもう送信したからいいんだ」
「そうですか。それじゃちょっとお話しますか」
「いいですよ」
あたしは一気にまくしたてるように話す。
「あたしはこの船に乗っていろんなことに出会って。それが楽しかったり、びっくりしたり。でも、こんなこと一々考えてるなんてロボットなのに変ですよね。もっと収束した考え方が出来ないものでしょうか」
「悩みや苦しみがあるだけ、心が自由ってことじゃないかなあ」
へえ。
「そんなこと考えたこともなかった」
そうだ。そうだよね。
あたしは決心した。
「これからは自由に自然に生きて行きます」
この決心はちょっとやそっとじゃ揺らがないわよ。
「アクア直ぐに来て」
ミラル艦長の艦内放送だ。
「短い自由でした」
あっさりと揺らいでしまった。
「まあまあ」
涙目のあたしをジョルディンさんは励ましてくれた。
いいロボットだ。
ミラル艦長の部屋に行くと艦長が小さな家? のようなものを作っている。
それは一人が入れる程度の家。
結構良く出来てるよこれ。
特殊鉄鋼材まで使ってる。
これならちょっとした衝撃や地震にも耐えられるよ。
「なにやってるんですか?」
「あ、アクア。日曜大工よ」
「あ、そうですか。なにが出来るんですか」
ミラル艦長が中に入る。
がちゃりと鍵をかけるミラル艦長。
「安眠ルームよ。この狭い空間ではデータ通信は拒否されるから、静かに眠ることが出来るわ。あ、扉が開かない。作りが甘かったか。でもこういう時のためにアクアを呼んでおいたのよ。おーいアクア、やってちょうだい」
ミラル艦長が静かな部屋で一人きり。
「これで自由だわ」
勝利のポーズをするあたし。
「だめだって」
ジョルディンさんが苦笑いしながらそう言う。
それはそうか。
家の扉を開けるとミラル艦長が家から出て来る。
手には見慣れない木の杖。
「艦内でも森があるでしょう。そこで採れた老木から出来る魔法の杖よ」
どこまで本気なんだか。
艦長はあくびする。
「さてアクア。メシにしましょう」
「あ、はい」
あたしは料理を作り、こたつの上の皿に盛り立てる。
ジョルディンさんも腕をふるった料理はなかなか良さげだ。
ミラル艦長はこたつの中でテレビ見ながらご飯タイム。
「いい味してるわ。よしよし。洗いものしたら帰っていいわよアクア」
「はあーい」
なんとかすまして、一息つくために喫茶でお茶にする。
吹雪の中、ジョルディンさんが向かいに座る。
ジョルディンさんが笑っている。
あたしはじたばたしながら言う。
「やっぱり自由じゃない〜ミラル艦長には頭が上がりませんよグロッキーですよ明日はどっちだーですよ」
あたしは口をとんがらせてそう言う。
「いやあ驚いたよ。なかなか仲の良いことでね。きみはやっぱりミラル館長の娘なんだね」
「え、そうでしょうか全然違う道を歩いていると思うんですけれども」
「本質を探していれば歩く道は同じ。まるでそれはいつも近くにいるような、まるで家族のようなそんな感じだと思うんですよ。このアクアラインは環境装置が故障してるとこもあるが、とても暖かい一面があると思うよ。まるで神話に出て来るような印象さえ受ける。私はそれをまるで家族という神話の降臨の光のようだと考えるのさ」
それは神話の一説を引用した話だった。
「ジョルディンさんはとても信仰の厚い、思いの深い人なんですね」
ジョルディンさんは窓の外の暗い宇宙を見ている。
おっとなあ。
「あたしは好きな人に憎まれ口をたたいてしまうこともあります」
ジョルディンさんはあたしを見る。
あたしはジョルディンさんに言う。
「人の思いは雲より速くは動きません。私はそう思っています。雲は風という見えない本質にその姿を変えていきます。入道雲はふくれっつらのようです。雨はがんばった後の涙と汗のようです。雪は鬱、吹雪は絶望が晴れる一瞬。台風の前のあの荒々しい怒りはどうだろう。並ぶべきことなき強い力。けれども、台風の後の晴れた青空があんなに青いのはどうしてだろう。それは後悔にも似た気持ちなのかも知れないと思うのです」
あたしはアイスティーを飲んで一息つく。
「略して言うと、あたしはジョルディンさんみたいな人、好きだなあということなんですよ」
「うん。私もアクアさんみたいな人は好きですよ」
ジョルディンさんはそう言ってから笑ってほのかに高揚してるようであった。
これは暖気のせいかも知れないけれども。
「いやあ照れるなあもう〜」
あたしも照れるよもう。
アイスティーを飲んでいるジョルディンさん。
服も凍りついている。
それを暖気で溶かす。
あたしの服は暖気の風に揺れている。
「ここはいいところだ」とジョルディンさんは言う。
「そうですね。そう思います」
「ここは風を感じるんだ」
「風? 吹雪いてはいますけど」
「そうか、きみは地球を知らないんだね」
「ええ、まあ惑星の地表には降りたことはないんですよ」
「いいとこさ」
「でしょうねえ」
「ここもいいとこだねえ」
「そうなんですよ」
「そうだ。艦内を案内してくれるかな」
「ええ、いつでもいいですよ」
「それじゃお願いしょう。まずは喫茶を出ようか」
「あ、はい」
艦内を歩くあたしとジョルディンさん。
喫茶から離れると吹雪はゆっくりと収まっていく。
「お礼に翼機(よくき)を披露するよ」
「披露ですか?」
艦板に出ると、そこはもう満面の星々の空。
翼機を広げたジョルディンさんは飛び出す。
艦板には別の翼機がある。
もうアクアラインでも導入されてるのかな。
それを着けてあたしも追っかける。
操作デバイスの錠剤が口の中で溶けてくる。
操作方法をダウンロードしてからそれで翼機を操作する。
それでもふらふらしてしまう。
なんてデリケートな推進器なんだろう。
まるで羽ばたくように進むのだ。
ちょっとした鳥気分である。
「あの、ちょっと速いですよ」
宇宙なので通信として言葉をジョルディンさんに送る。
翼機の速度限界まで出ているのに。
でも、向こうの翼機はまだ余裕みたいだ。
「操作するんじゃない。感性で宇宙(そら)と歌うんだ」
そんなこと言われてもなー。
ジョルディンさんがあたしの手を取る。
速度が一気に速くなる。
ひゃああ。あたしの機体がびりびりする。
この速度で自在に動くあたしたち。
ひうえうー。
目がぐるぐるう。
星々という世界が回転する。
凄いアクロバットバケーション。
こんなの既存の推進器では出来ないよ。
それでもなんとかアクアラインに戻って来る。
「た、たまにはいいかも知れません」
ぜえぜえ言いながらあたしはそう言う。
目がぐるぐるしているのがやっとおさまってきたよ。
ふへー。
それなのにジョルディンさんは余裕で笑っている。
やっとこさ艦内に戻って来ると、巨大な雪だるまさんが通路を転がっていて、それに飲み込まれる。
回転する雪だるまさんの中で雪をかきわけていると生命反応がある。
雪だるまさんの中には雪女の雪女(ゆきめ)さんがいる。
「おじいさんが水まきしてて……」
「なるへそう」
あたしはもぞもぞと雪だるまの中に入る。
泣きながらそう訴える雪女(ゆきめ)さんをなだめてお姫様だっこする。
「なにするんですかあ」
ずばーんと雪だるまさんをはじき、お姫様抱っこの雪女さんを通路に下ろす。
「おやまあすごいですねえ」
「今日はご機嫌いかがですか雪女(ゆきめ)さん」
「いいですね」と雪女(ゆきめ)さんが笑う。
「こちらは……」
「ああ、VTF(ブイティーエフ)・ジョルディンさんと言って、地球から来たんです」
「いらっしゃいませ」
「こんにちわ。いや、おはようかな」
「どちらでもいいですよ。どちらも好きですもの」
雪女(ゆきめ)さんはそう言って笑っている。
「こちらは雪女の雪女(ゆきめ)さんです」
「どうも」
「雪女だなんて、いないと思うけれども」
「でも人がいることには驚かないんですよね」
「それはあり得る範囲でしょうに」
「そうかなあ。宇宙は広いようで狭いなあ」
三人で歩いていると、向こうからおじいさんがいる。
通路にござ敷いて、なにか作っている。
吹雪対策のために、エスキモーのように厚着しているおじいさん。
フードから見える禿頭が今日も光っている。
今日も元気そうだ。
「なにか作ってるんですか」
「吹雪を作る機械を作っているんじゃ」
「そんなの雪女(ゆきめ)さんがいればいいじゃないですか」
「かっかっかっ」
と豪快に笑うおじいさん。
「それを科学的に解明することに意義があるのじゃ。そこが醍醐味なんじゃよ」
「そっかあ。それは考えつかなかった。それはそれはたいへんですねえ」
「なに趣味じゃい。ところでそっちの若いのは誰じゃい」
「地球から来た方ですよ」と雪女(ゆきめ)さん。
「VTF(ブイティーエフ)・ジョルディンです。よろしく博士」
「ジョルディンさんはおじいさんのことを知ってるんですか」
「データの上ではね。確かロボット開発の第一人者だと」
「へえ、そうなんだ」とあたし。
「これを着けてみないか」
おじいさんは手袋をジョルディンさんに出す。
「なんですこれは。どんな機構で動くのですか。デバイスがないようですが」
ジョルディンさんは着けてみる。
ぽん、とその手袋から花束が出でる。
「手品が出来る手袋じゃ」
「これになんの意味があるんです」
あたしは聞くけれども、おじいさんはにっこり笑って、「趣味じゃ」と言った。
「どんな趣味ですか?」とあたし。
「人生を楽しむことが趣味じゃよ」
「そうですね」
ジョルディンさんはうなずいている。
そういうものかなあ。
「それなら出来ますよ」
雪女さんは一瞬で水から氷の結晶の花びらを着けた花を作り出す。
「綺麗」
「じゃあ、どうぞ」
「ありがとうございます」
わーい、もらった。
その花は暖気されたあたしの機体の手の平で光の粒子となって消えて行く。
綺麗だなあ。
「そうじゃ、お嬢ちゃんに、新型の翼機(よくき)作っておいたぞ。艦板のとはまた違ったものじゃ」
「あ、ありがとうございます」
なんだろうこれは。まるで鉄のパイプみたいだなあ。
受け取ると、スイッチ押す。
機械の鎧が上から段々にあたしに合体する。
「み、身動きできない〜」
「それは極地宇宙用じゃ。ブラックホールの中でも移動可能じゃ」
「そんなとこ行きたくありません〜」
鎧が開かれると、転がるようにあたしは出て来る。
うへえ。
まいったまいった。
立ち上がると、ジョルディンさんがその推進器を見ている。
「これはどんな技術体系によって形成されたものなのですか」
ジョルディンさんはそう聞く。
「サイレンターブとか、セントランスからの系譜にある記述になるものじゃ」
「それにしても独創的ですね。いえ、褒め言葉とお受け止め下さい」
「独創的ねえ。そうかな。そうとも言うな」
「ランドロック・ガーディアンはお知りですか」
「多少はな」
「博士。ご健在、なによりです」
「そうじゃな。きみは第七世代かね」
「そうです」
「ならば、クリティカルヒットが出来るかね」
「ええ、出来ます」
そう言うと、ジョルディンさんは手を出して、その手の上に闇と光りの線が一点にいくつもいくつも集まって行く。
これはなんだろう。
まるで宇宙が呼吸するようなそんな光と闇のラインの流れ。
「これは……」
「宇宙の生成さ」
あたしのつぶやきに答えてジョルディンさんがそう言う。
「そして、宇宙になる」
その光と闇の線は収束して、幾つかの闇のほよほよしたものになる。
闇の蛍が舞う。
それはいくつもの闇の舞い。
そして、闇の点は消えて行く。
「これは……」
「いまの宇宙のほうが物理面積が高いから、出来たばかりの宇宙は平面化する。つまり、おもりで言えば、いまの宇宙の方に時間は進む」
「えーと、はあ、そうですか」
あたしはもじもじする。
「あたしも、バージョンアップしたいなあ。こんなことが出来るようになりたいなあ」
「かっかっかっ。お嬢ちゃんはお嬢ちゃんでいいんじゃよ」
「おじいさんはそう言いますけれども、ひどく劣等感に悩まされていますよお」
「ロボットだって才能よりも人柄さ」
ジョルディンさんはそう笑う。
「才能も人柄も負けてますう」
「それはまいったな」
おじいさんはそう笑う。
「まったく世の中にはどうしょうもないこともありますね」と雪女(ゆきめ)さん。
そうだよねえ。
生まれながらの雪女な雪女(ゆきめ)さんには分かってもらえますよねえ。
雪女(ゆきめ)さんと手を取り合って熱く握手する。
ぴっぴぴっぴぴー。
友情のレベルが5上がった。
お互いの顔を見てうなずく二人。
凍る手を暖気で溶かしながら、握手する。
手から水がしたたっている握手だった。
それから喫茶に行ってしばらくみんなと話していた。
今日はそんな感じだった。
だから、それじゃあまたね。
続く。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
『星が綺麗でした。』
星々を航行する宇宙船アクアライン。
その目的は宇宙の調査だ。
今日もアクアラインは宇宙を行く。
「今日のホットティー冷たい」
雪女のゆきめさんがそう言う。
ロボットしかいないはずの調査船アクアラインには何故か人もいる。
あたしはその一人、雪女のゆきめさんと宇宙船内の喫茶店で話していた。
喫茶店内はゆきめさんの存在の力で吹雪いている。
ゆきめさんの長い黒髪も、水滴を輝かせていて、まるで白銀の髪のようだ。
窓の外を眺めていると、大きな星々が流星のように流れている。
「アクアラインは船体を光が周回する壁面でおおっているため、進む距離を縮めて宇宙を航行しているのです」
「それはまるで魔法みたいな技術ですね」
ゆきめさんがそう笑う。
「あたしにはまったくもって、ゆきめさんの存在の力のほうが魔法みたいです」
「あたしの力は自然現象です」
「それならば仕方ありませんね」
あたしは納得する。
おじいさんはこの力を研究するといっていたけれども、あたしのサーチではどう見ても超常現象である。
自然現象で納得するいがいにいまのとこ選択肢はないのだ。
調査船のアクアラインの端末として、それはかなり恥ずかしい話だが、分からないものは分からないのであるから仕方ない。
「でも、喫茶店ではシャーベットのメニューがかなり増えましたよ」
通りすがりのメイド服姿の女性型ロボットさんがそう言う。
「良かったですね」
「シャーベットだなんて、内心複雑です」
ゆきめさんは顔を真っ赤にして恥ずかしそうだ。
「あたしのセンサーではまるで無から有を作り出すこの吹雪は、とてもエコロジーです。おじいさんなんて、この力を使ってエコ機関作るって言っていましたよ。吹雪がどうエコロジーなのかは分かりませんが」
がっちょんとゆきめさんになにかの機械が装着される。
おじいさんが防寒着であたしたちのテーブルの横に立っていた。
「それはこれじゃ、ふぉっふぉっふぉっ」
「おじいさんいつのまに」
あたしとゆきめさんはしどろもどろにあたふたする。
「ぽちっとな」
ゆきめさんの吹雪が何倍にもなっていく。
「ごほっえほっ、これが、エコ機関なんですか」
「雪の結晶からエネルギーを抽出するのだ。この吹雪の威力にそれは比例する」
喫茶店内は吹雪いや、雪崩れが発生する。
あたしは埋もれたおじいさんとゆきめさんを通路にまでかきだす。
喫茶店内は、熱湯のスプリンクラーが作動している。
「ごほっごほっ。う、うーん。まだまだじゃな」
「おじいさんまったくこりてませんよ」
あたしはため息をつくが、その息すらもきらきらと結晶となって輝いた。
「お風呂入ってきます」
ゆきめさんはそう言って立ち上がる。
「天獄風呂ですね」
「そうです」
天獄(てんごく)風呂とは、常に水を足して沸点まで沸かされているゆきめさんのための風呂だ。
常に沸かしてそれでも三分で湯船がすべて凍ってしまうので、入浴時間は三分だけという風呂なのだ。
おじいさんはさっそくござをひいて、なにか機械を作り始める。
めげないなあ。
ゆきめさんとおじいさんと分かれると、あたしは通路を歩く。
通路を歩いていると通路に轟音が鳴り響く。
通路の遠くからバイクでノアルが走って来る。
ずいぶんレトロな、昔の大型バイクだ。
「どうしたのそれ」
服までバイクスーツで決めているノアルがヘルメットを取る。
「おじいさんが作ってくれたんだよ。地上に降りた時に使ってくれってさ」
「あたしたちには翼機(よくき)があるでしょうに」
「分かってないなあ。翼機にはないこの振動がたまらないんだよ」
「そんなものかな」
「論より証拠。乗れよ」
あたしは予備のヘルメットをかぶると、ノアルの後ろに乗る。
「いーやっほお」
ノアルのバイクが発進する。
加速に対して衝撃がこない。
「このバイクのバランサーは翼機を使ってるのね」
「まあね」
「つまり宇宙を飛ぶのに近いバランス感覚を取るのね」
「そうだよ」
バイクは軽快に駆けて行く。
まるで通路の中を飛んで行くようだ。
疾風感という爽快感。
通路の蛍光灯が星々のように流れて行く。
曲がった前方にミラル艦長がいる。
「あ、あぶない」
どかんどかんどかん。
翼機でブレーキをかけたために、衝撃波が発生したのだ。
衝撃波の音が太鼓のように鳴り響いた。
それでもミラル艦長の手前でうまいこと止まれた。
セーフ。
「これはこれは。翼機のバイクとは、いい趣味してるわね」
ミラル艦長はそう言う。
「そうでしょう」
ノアルがえへへと笑いながらそう言う。
「趣味はいいけど、二人ともアクアラインの装甲板掃除一週間ね」
「はいぃ」
あたしは涙で答えた。
「それからアクア」
「あっ、はい」
あたしはバイクから降りる。
なんだかかしこまってしまう。
「用があるからつきあって」
「はあ、分かりました」
あたしはミラル艦長の後を着いて行く。
ノアルとは手を振って別れる。
ミラル艦長は正装している。
この服は特別な時に着るものだ。
なにがあるんだろう。
「あの、ミラル艦長。これからなにがあるんですか」
「地球のお偉いさんと通信よ」
通信ルームに入るあたしとミラル艦長。
映像によってヴァーチャルに世界が地球のビルの一室になる。
窓の外からはタワー列車が走り、空飛ぶ地球の景色が見える。
部屋には一人だけスーツ姿の人がいる。
「なにか発見はあったかい」
白髪の男性がミラル艦長にそう聞く。
眼鏡の奥のシワが深い人だ。
なんか見たことあるなあ。
確か偉い人だったと思う。
「そこそこに」
ミラル艦長はごく普通に答える。
「ミラル君がアクアラインに乗りたいと言った時はずいぶんびっくりしたものだよ」
「加藤補佐には骨をおっていただき、感謝しています」
「戦友の頼みだ、それには答えるものさ」
なんか。
なんかいい感じだなあ。
もしかして、ミラル艦長この人のこと好きなのかなあ。
「ずいぶんかわいいおちびちゃんじゃないか」
加藤補佐が言ってるのがあたしのことだと、しばらくしてから気づいた。
「アークシードタイプ。アクアライン所属のロボットです」
「君のお気に入りってわけかい」
「はい」
「ミラル艦長はどうかね」
「あ、はい、良く頑張っていらっしゃると思います」
「人であるのに、長期航行船に乗っていて、びっくりしただろう」
「もう大びっくりです」
加藤補佐は笑っている。
「ずいぶんかわいいリアクションの子じゃないかミラル君」
「ええ、重宝しています父さん」
「ええー。加藤補佐はミラル艦長のお父さんなんですか」
ミラル艦長が笑っている。
「調査船団での父親代わりって意味よ。血はつながっていないのよ」
「なあんだ。そうだったんですか」
加藤補佐が軽く笑う。
えーん。笑われたー。
「ミラル君が宇宙学校に来た時はずいぶんてこずったよ。学園の有名人でね。ずいぶん変っていると言われていたんだよ」
「へえー、そうだったんですかミラル艦長」
ミラル艦長が真っ赤になる。
めっさかわいい。
こんな表情普段は見たことないよ。
「やめてやめて父さん。そんなの卑怯よ」
「でもね、人望はあったかな。それだけ人をひきつける力があったんだ。だから資源船の艦長に抜擢されたんだ」
「それでそれでまたどうしたんですか」
あたしはミラル艦長に聞く。
「私は宇宙を調査する調査船が良かったのよ。長期航行のために原則として人のいないとこだけれども、父さんの口ぞえもあって、念願叶ったというわけよ」
あたしはミラル艦長の話に興奮する。
「これで船の七不思議のひとつが解明されました」
「それは良かった」
加藤補佐はひとりそう言って笑っている。
「もう、人のことネタにしてばっかり。ずるいわ、二人とも」
ミラル艦長はちょっとかわいい声でそう言った。
もじもじしてるミラル艦長もいいなあ。
萌え萌えー。
これは録画しといて、後でおじいさんと見よう。
「録画禁止」
ミラル艦長にびしっと指さされる私。
この人は超能力者か。
「はい〜」
あたしは渋々同意する。
しょうがない。後で世間話するに変更だ。
ミラル艦長と加藤補佐はしばらくこれまでの調査について話している。
「おまえに見合い話もある」
加藤補佐は真面目な顔でそう言う。
「冗談はやめてください」
ミラル艦長は冗談ぽく軽く笑った。
「戻って来て、地球で働く気はないか」
「ありません」
「父さんの頼みだ。ここで家族と暮そう。おまえには家族がいなくて、寂しい思いをさせたと思う。これからは二人で暮そう」
「家族ならいるわ」
「どこに?」
「このアクアたちよ。毎日私は家族に囲まれて暮している。全然寂しくないから。毎日やかましいばかりに楽しいのよ。お父さんには悪いけど、こっちの家族との生活が気に入ってるのよ。それは毎日が日曜日みたいなんだから」
加藤補佐はゆっくりとうなずく。
「知らない間に、大人になっていたんだな。ミラルをもう子供扱いは出来ないな」
「そうよ。私にはこのアクアという娘だって出来たのだから」
「あ、はい、どうも、アクアです」
あたしはしどろもどろでそう答えた。
ビルからの光は夕日となっていた。
ゆっくりと立ち上がり、部屋の中心で敬礼する加藤補佐。
あたしとミラル艦長も敬礼した。
「報告を受理した。上手くやっているようで安心した。これからも、旗艦アクアラインで調査の続行を望みます」
加藤補佐はゆっくりとそう言う。
「ありがとうございます」
ミラル艦長はそう答える。
「それじゃあまたな。たまにはメール送れよ」
加藤補佐がそう言って手を振る。
「はい、失礼します」
ミラル艦長もちょっと手を振った。
あたしも笑顔で手を振る。
通信室から映像が消える。
白い無機質な部屋に戻る。
「加藤補佐、いい人ですね」
あたしはミラル艦長に言う。
「そうでしょう。あたしの自慢の父よ」
ミラル艦長は笑顔でそう言う。
「ミラル艦長の父ならあたしのお父さんでもありますね」
ミラル艦長は一瞬およっとした顔した後に「そうね」と笑顔で答えた。
ミラル艦長と離れて、通路を歩く。
ジョルディンさんが立っている。
「お茶を一緒にしょうと思ったんだけれども、マザーコンピュータにここだって聞いてね」
「そうですか、お待たせしました。ミラル艦長がお母さんなら、ジョルディンさんはあたしのお兄さんみたいですね」
「それはありがたいね」
「ミラル艦長があたしのことを娘みたいだって」
歩きながら通信室でのことを話した。
「ミラル艦長の気持ち分かるなあ」
ジョルディンさんはうなずくように言う。
「アクアはかわいいからね。加藤補佐に自慢したかったんだろうと思うんだ」
「あたしなんてとてもとても。そんなことありませんよ」
「小動物みたいなかわいさなんだ。本人には分かりずらいと思うな。それに、家族っていうものは、上手く言葉には出来ないものさ。一番近くに感じる人って、自分では良く分からないものさ」
「そんなもんですかねえ。あたしにとっては、家族っていつもいる人って感じですけれども」
「それでいいのさ。いろんな家族がいるからね。アクアにはそれが家族なんだよ」
「ゆきめさんは妹みたいだし、ノアルという友人もいて、おじいさんもいる。あたしの家族は誰もが自慢の人たちです」
「みんなもアクアのことをそう思っているんだよ」
あたしはジョルディンさんを見る。
あたしの顔は高揚しながら笑顔になる。
「なるへそう。そうだよねえ。きっとそうなんだ。ありがとうございます。それが家族ってことなんですよね」
「そうさ。単純なものなのさ」
それから、ジョルディンさんと喫茶店でずいぶん話した。
いろんなことをこれでもかと話したのだ。
それから部屋に帰って休眠状態に入る。
ゆっくりとふわふわとベッドに浮かぶあたし。
窓の外の星々は線のように流れて行く。
あたしはゆっくりと瞳を閉じた。
今日はそんな一日のこと。
続く。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
『星々のように涙する。宇宙くじらとの邂逅』
アクアラインの中にある喫茶は今日も吹雪いている。
喫茶にいるアクア。
「アクアあそびましょ」
雪女の雪女(ゆきめ)が来る。
アクアの前に座り、お茶を頼む雪女。
すぐにお茶がメイドに運ばれてくる。
が、雪女の力で凍ってしまう。
アクアが手の熱で凍った雪女のカップのお茶を溶かす。
「アクアがいてくれて良かった」
「私も雪女さんと友達になれて良かった」
「今日も気持ちが暖かいね」
「そうだね」
「明日も会えるといいね」
「それは嬉しいなあ」
ほのぼのしている時間が過ぎる。
それは幸福な時間だ。
幸福な時間はサイレンのような声で緊張した時間となる。
「アクア、出てちょうだい」
ミラル艦長の言葉が響く。
「はい、出ます」
暗い宇宙に翼機(よくき)で出るアクアはまるで天使のようだ。
どこまでも広がる宇宙。
そこにはくじらが悠然と泳いでいた。
まるで海の中を泳いでいるように宇宙をいく。
「宇宙くじらがいます」
子くじらが一匹だけいる。
それはくじらそのものだ。
くじらが宇宙を悠然と泳いでいる。
通称空くじらとも呼ばれる宇宙をいくくじらだ。
アクアがそのことを報告する。
「群れからはぐれたのね」
ミラル艦長はそう判断する。
「保護出来ないでしょうか」とアクアがミラル艦長に聞く。
「子供の宇宙くじらとはいえ、こちらのアクアラインより大きいのよ。物理的に無理ね。飼育の例もないわ。観測がやっとよ」
「そうですか」
アクアは残念そうだ。
「アクア、とりあえず戻ってちょうだい」
「でも」
「私にアイディアがあります」
「分かりました」
アクアは宇宙船アクアラインに戻る。
喫茶でお茶を飲むアクア。
その前にはミラル艦長がいる。
テーブルの上のディスプレイには色々な本や情報が出ている。
「宇宙くじらを研究した本よ」とミラル艦長。
「その中には宇宙くじらの歌についてのものがあるわ」
「歌、ですか」
ミラルは不思議そうに聞く。
「宇宙くじら、通称空くじらは歌で固体同士のコミュニケーションを取っているそうよ。歌を録音したデータもあるわ。その歌を手を振動させて伝動で伝えるのよ」
「そうすれば遠く離れた群れとコミュニケーションすることが出来るんですね」
「その可能性はあるわ。歌のデータはこれよ。やってもらえるわねアクア」
「喜んでやります」
アクアが笑顔になる。
「地球には短距離光速光通信で伝えておくわ。これも任務の一環よ。そこを忘れないでね」
「はい。分かりました」
「それと、宇宙くじらに餌をあげて」
「何を食べるんですか」
「宇宙くじらは光を主食としているのよ」
「光、ですか」
「わしからのプレゼントじゃ。このライトを持っていきなさい。幸運を祈っておるよ」
おじいさんがライトをくれる。
「はい。いってきます」
宇宙に出るアクア。
宇宙を泳ぐ子くじらに近づく。
「健康にいい配色のハイブリッド光彩だよ」
アクアのライトに嬉しそうにアクアの周囲を泳ぐ子くじら。
ーー幼いお前には、この宇宙どう映るんだろうねえ。
「きっと希望にあふれているんだろうねえ」
子くじらとの時間が楽しくなっているアクアである。
子くじらが勢い余って光からはずれてしまう。
「ほらほら。急いでいる時ほど落ち着いて」
まるで母親のようなアクアである。
アクアになついている子くじら。
「きみの元気を支えるよ。私がいるから大丈夫だよ」
子くじらは嬉しそうに鳴いた。
アクアが子くじらの面倒を見る日が続いた。
子くじらは歌は覚えなかったが、成育は順調であった。
それから数日がたった。
ある日アクアは喫茶でミラル艦長と話す。
「一週間後には別の方角へ短距離光速することが決まったわ」とミラル艦長がいう。
「でもあの子はまだ子供なんです」
「宇宙くじらの飼育なんて例はないのよ。宇宙くじらは何百年も生きるのよ。それにつきあうわけにはいかないわ。分かってちょうだい」
「分かりません」
「分からなくていいわ大人の事情なんてね。でも決定はくつがえらないからね」
「ミラル艦長を責めないでくれアクア。ミラル艦長は前例主義の司令部と交渉して、一週間の猶予をもらってくれたんだよ」
「よく知っているわねVTF」
「階級はミラル艦長と同じだからね。情報源くらいあるよ。誰も悪くないとは理想や理屈かも知れないが、みんな一生懸命なんだよ」
「悔いが残らないように、残りの時間をくじらと過ごしてアクア」
「分かりました。いいえ、いいんです。そのあいだ、一生懸命面倒見てあげます」
宇宙で子くじらといるアクア。
ライトをあげている。
「なんにも出来なくてごめんね」
ーーくじらは喜んでいる。歌で遊んでいると思ってるみたい。
涙を流すアクア。
涙はすぐに結晶となり、宇宙に輝いて瞬いた。
喫茶でミラル艦長といるアクア。
「どうしたらいいんでしょうか」
アクアは泣いている。
「人生は時に痛いものよ。けれども痛みを知っている人はそれだけやさしくなれるものよ」
そういってアクアの肩を抱きしめる艦長。
「こんな気持ちがあるなんて知りませんでした。もうどうしょうもないんです」
VTFがアクアにいう。
「なんにでも可能性はあるんだ。可能性を信じることが希望だよ」
「なんにもならないのになんでここまで頑張るんでしょうか」
「頑張るのは幸福になるためだよ。逃げないで、最後まで宇宙くじらに寄り添ってあげてくれ」
「そうですね。ありがとうございます。励ましてくれているんですね」
「なに、励ますだけならただだ。たやすいことだよ」
「そんなことありません。助かります」
「アクア、ほほえみを忘れないでね。いまは不安かも知れない。けれども不安が希望に変わる瞬間が幸福となるのよ。子くじらも別れる時まで幸福にしてあげて」とミラル艦長がいう。
「はい。分かりました。ありがとうございます」
ーーこういう時、仲間っていいな。
アクアは涙をぬぐう。
「やれるだけのことをやってみます。動けるうちはあがいてみます」
通路へと歩き出すアクア。
ーーでもどうしたものだろうか。
ノアルがいる。
「かくかくしかじかでねえ」
「アクア、たいへんだね。もう一度データを読み込み直したらどうだろうか。根をつめ過ぎないでねアクア」
「うん。ありがとう。やってみるわ」
ーーあたしはそれまでの宇宙くじらのデータを読み込む。
ーー音の無い宇宙でどうやって歌を届けるんだろうか。
ーーこれは。
ーーこれはどうだろうか。
ーー通路にはおじいさんが店を開いている。
「おじいさん。お願いがあります」
「なんでもいってみなさい」
ーーおじいさんに特製のライトを作ってもらう。
ーーあたしはドレミファソレシドを光の色彩で表現してみることにした。色にドレミをふりわけるのだ。
特殊なライトを持って宇宙に出るアクア。
子くじらに色々な光を当ててみる。
「空間の振動を感知しました。子くじらが反応しています」
三日もすると、子くじらは歌を歌うようになっていた。
子くじらの空間の振動でびりびりとアクアまでふるえる。
満面の笑顔のアクア。
ーー子くじらが楽しそうだ。それに教えていない歌も歌ってる。こんなに歌の表現が良くなっている。これはあたしがいなくなっても大丈夫かなあ。
ーー子くじらがふらふらしている。
ーー次元速度に慣れてないんだ。
アクアがライトで歌う。
「赤い空は夕日。青い空は雲の船。幸福ってどんな色。色々あるよね。あなたが幸福ならそれでいい。あたしが幸福ならそれでいい。幸せをゆっくりと編んでいく毎日に。ゆっくりと歌う幸福の歌。あなたが苦しい時、悲しい時に歌ってみて。夢よりやさしく愛より強くある幸福の歌。目覚めた力で幸せになる。人はそれだけ強い者。弱い者。幸福になることが生きる真実と歌ってみる。幸福の時代がやってくる。夜明けは間近と青い鳥が歌う。夢の時代は過ぎ去った。けれども幸福の時計が時を刻む。忘れていた幸せが歌いだす。生きることに祝福を。幸せになごむ時よ永遠に。過ぎ去る時よ、この思い伝えていて。幸福の糸がからまっても、もう一度ときほぐす。幸福は心の柔軟性。思い出の数だけ幸福になれる。あの日からどれだけ来ただろう。あの日の自分は幸福だったのだろうか。それはもう記憶の彼方。幸福の青い鳥よ飛んでいけ。どこまでも。この希望を空の果てまで連れていけ。空が青から赤へと変わる夕暮れ時。ゆっくりと来た道を歩く。この道はどこへつながっているのか。それは幸福なのかも知れない。白い吐息が氷の結晶となる。幸せは雪の色。それは透き通った白。幸福は透明な色。空気のように水のように見えない色。ゆっくり心に沈んでいく色。私は幸福とつぶやいてみる。空がそうかと相槌をうつ。蘇れ自然の風。青い鳥を空まで届けておくれ。それを見ているのが私の幸福なのだから」
子くじらはそれを聞いてさらに歌う。
歌が次元を振動させる。
次元が歌を奏でる。
まるで宇宙が歌っているようだ。
「風が吹いてる」
子くじらの歌に空間が津波のように揺れている。
宇宙を飛ぶのが困難なほどだ。
「ミラル艦長、これはなんですか」
「次元振動よ」
「気持ちがどきどきして、心臓が爆発しそうです。何かが起きる予感がします」
ーー次元振動が弧を描く。三次元が崩壊している。いや、四次元が開いているのだ。四次元が開く。無数の雷の柱である次元断層が見える。
宇宙くじらが四次元から次々と出て来る。
「子くじらの歌に共鳴して、四次元から宇宙くじらの群れが出現しています」
「こちらでも観測しているわ」
ーーこれだけの規模の次元航行なんて初めて見た。気分がウキウキしてきた。
ノアルがオペレートする。
「数兆、いえ数京匹の宇宙くじらの群れです。どんどん数が増える。これは、数量メーターを振りきりました」
宇宙くじらたちの姿はまるで宇宙に巨大な虹が出現したようだ。
子くじらが一声鳴く。
それから子くじらがアクアの周囲を一周する。
宇宙くじらは泳ぐだけで次元のギアを変えていく。
ーー空へ飛べソラクジラ。目覚めた力で、さあいこう。虹の果てへ。
「元気でね。ここから願っているよ。祈っているよ」
ーーねえ忘れないで今日の日を。あたしのことを覚えていてね。あたしはそう歌った。
アクアは手を振る。
群れと合流する子くじら。
「今日がいままでで一番幸福な日です」
嬉し涙を流すアクア。
「私もそうよ」とミラル。
宇宙くじらたちの歌が次元を振動させる。
ーーまるで幸福が歌ってるみたい。なんて心地良いの。こんなにいい歌をありがとうくじらたち。
ーー宇宙くじらたちの歌の大合唱。その中で、ありがとうと一言聞こえた気がした。
「宇宙くじらの群れを見ると、願いごとが叶うといわれているのよ」
「すべての人が幸福となりますように」
アクアはお願いをする。
「あなたらしいわアクア」
ミラルは舌をまいた。
ミラルとくじらたちはしばらく、宇宙を泳いでいた。
暗い宇宙にそれは星々のように輝いていた。
続く。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーーーーーーーー
アクアライン、キャラクター紹介。
アクア。
地球の調査宇宙船、アクアラインの調査ロボット。
アクアラインの航海はかなり長いことになるので、人は搭乗していない。
ドジだが、愛嬌があり、みんなから好意的に見られている。
ミラル艦長。
アクアラインの艦長。
長期航行船アクアラインの中にあって何故か人間の艦長である。
それはアクアラインの七不思議のひとつである。
若い女性ながらも的確な指示を出す。
おじいさん。
アクアラインにあってまたしても人間。
老人であり、技術者としてはアクアたちを作った初期スタッフである。
アクアたちが好きで、船に乗り込んでいる。
アクアいわくやさしいいい人とのこと。
ノアル。
アクアが少女体であるのに対して、少年体であるロボット。
アクアと同じロボットだが、その性格はちょいはじけている。
アクアのいい友人。
雪女の雪女(ゆきめ)さん。
雪女であるため、宇宙旅行中に宇宙を漂流していた女の子。
かわいい子であるが、触ったものを凍らすため、良くアクアたちを雪だるまにしている。
VTF(ブイティーエフ)・ジョルディン。
地球から新型の推進器で遠く離れたアクアラインに到着したロボット。
郵便配達のために来たと言う。
もちろん新型の推進器の実験も兼ねており、それはアクアたちやアクアラインに搭載されることになる。
静かな落ち着いた雰囲気の青年体ロボット。