寳生山 真如院 真福寺(勝田郡勝央町勝間田647)
弘仁五年、僧空海開基と伝え、美作の国間山に、天長年間仁海上人がこれを開山した。天文年間戦火により焼失した。
その後、勝北町平村に再建したが再び火災に遭い、天正十六年勝間田の住人(福田玄蕃勝昌の子孫)福田左兵衛氏が勝間田西方の田地の寄進にあり、正保年間快養和尚が再建、天明二年自盈和尚本堂を再建し嵯峨大覚寺末となる。
戦後昭和二十四年高野山真言宗となり、現在に至る。
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本尊 聖観世音菩薩
年中行事
一月一日〜三日 | 修正会 |
旧四月八日 | 花まつり |
八月十三日〜十五日 | お盆法会(棚行) |
八月十七日 | 施餓鬼法会 |
十二月中頃 | 家浄 |
寺宝・文化財
・刳抜(くりぬき)式家形石棺
作陽誌によれば、間山(はしたやま)より発掘されたと記されている。間山付近には、四世紀の岡高塚前方後円墳をはじめ多くの古墳が存在している。
家形石棺は長い箱型のつくりにふたが屋根のようになっているものがあるが、この石棺のふたは紛失して現在は残っていない。
大きさ 高さ 49.5cm、横幅 80cm、縦 149c
高野山真言宗美作八十八ヶ所霊場会発行『高野山真言宗美作八十八ヶ所霊場』より