鳥羽山 万福寺(勝田郡勝央町植月北島羽野)

本尊 聖観音


 境内に観音堂(慶長五年観音寺住職円慶中興)、大日堂(宇堂の上)、地蔵堂、阿弥陀堂、弁財天祠、薬師堂があった。明治二十二年十一月出火焼失し、今は寺は無く観音堂、大日堂その他が再建されている。
 万福寺縁起古文に、往古役行者小角が回国途中霊験によりこの地に弁財天を鎮座せしとされ、また観世音菩薩の由来は、京都鳥羽に置いて行基が菩薩六尊を新造中に、美作のこの地に飛行し立座した霊夢を、聖武帝と行基が同時に御告があった・・・・・・神亀三年(726)創建したと記録され、また再度の火災により大破のみぎり、京都鳥家の長者霊夢を見て、この地に下り再興した。森候の祈願所でもあり、馬継所の桜の馬場の伝承もある。
 観音堂-美作三十三観音霊場六番札所、本尊は聖観音立像(148センチ)行基作、足裏に義経と記され、源義経の守り本尊として伝承される。
 万福寺は元亀元年(1570)慈眼大師により再興されたが、寛文の頃に無住となり観音寺の兼任となった、大日堂の見正院に坊籍を許可せず、堂宇は荒廃し、火災でついに廃寺となる。